平安時代の髪型に使われた装飾品は何?

2026-04-25 04:33:03 129

3 Answers

Hudson
Hudson
2026-04-30 17:19:43
平安貴族の髪を彩った装飾品といえば、『釵子(さいし)』が特に有名ですね。細工を施した金属製のヘアピンのようなもので、季節の花や鳥をモチーフにした華やかなデザインが多かったようです。当時の女性たちはこの釵子を髷に差すことで、身分の高さや美意識を表現していました。

『櫛(くし)』も重要な装飾品で、実用性だけでなく象牙や漆塗りの豪華なものが好まれました。『十二単』の装束と合わせて、髪にさす櫛の素材や数がステータスシンボルになったとか。現代のアニメ『うたの☆プリンスさまっ♪』で平安風衣装を見ると、こうした装飾品の再現に驚かされます。
Cassidy
Cassidy
2026-04-30 17:24:30
季節感を重視した平安時代の装飾品で興味深いのは、『花簪(はなかんざし)』です。生花ではなく絹で作られた造花を髪に挿し、その時々の風情を楽しんでいました。春は桜、秋は菊といった具合に、自然の移ろいを髪に映す繊細な美意識が光ります。

『貝合わせ』に使われるような貝殻を加工した装飾品も存在し、特に夜の宴では月光を受けて輝く螺鈿細工が好まれたと伝わります。こうした品々は単なる装飾ではなく、和歌の題材になるなど文化的な役割も担っていたのです。
Charlie
Charlie
2026-05-01 12:38:22
唐櫛(からぐし)と呼ばれる輸入品の櫛は、平安貴族の間で珍重されました。中国から伝わった透かし彫りの技術が施されたもので、当時の国際交流を感じさせる品です。髪に挿す位置によって意味が変わり、後ろ髪に斜めに挿すのが流行だったと『源氏物語』の描写から読み取れます。

簪(かんざし)の原型となった『細釵(さいし)』も見逃せません。長さ20cmほどの銀製で、先端に鈴や玉を下げたものは歩くたびに涼やかな音を奏でたそうです。『枕草子』には、こうした装身具が宮廷生活の雅やかさを引き立てていた様子が生き生きと記されています。
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