'三四郎'のような近代文学を読むと、作者はしばしば人物のため息や社交上の困惑を示す手段として、古語や漢語を織り交ぜます。私はその取り合わせに魅力を感じていて、'難儀'が持つ多少の重さがモダンな語彙と衝突することで、登場人物の内面がより鮮明になります。翻訳や現代語化では単に"difficult"とするよりも、語感に合わせて"what a bother"や"how distressing"など複数の訳語から最適な一つを選ぶことが鍵だと考えます。
最近読んだ中で特に印象に残っているのは、'No Game No Life'のシュヴィと白の関係を深掘りしたファンフィクションです。元々はライバルとして火花を散らす関係だったのが、徐々に互いの才能を認め合い、やがて複雑な感情へと発展していく過程が丁寧に描かれていました。特に白の内面の変化が繊細で、ゲームを通じて相手を理解していく様子に引き込まれました。
この作品の素晴らしい点は、敵対関係の緊張感を保ちつつ、微妙な距離感の変化を自然に表現しているところです。最初は言葉少なだった白が、少しずつ心を開いていく描写は胸に迫るものがありました。作者の筆致が二人の心理描写に長けており、感情の揺れが手に取るように伝わってきます。