言葉の使われ方を比べると、興味深い差が見えてきます。英語の 'fait accompli' は直訳すると「既に成し遂げられた事実」で、何かがすでに完了していて、当事者がそれを変えられない・抗議しても手遅れであるというニュアンスを強く含みます。政治や国際関係、ビジネスの駆け引きなど文脈でよく使われ、意図的に相手の選択肢を狭める戦術として行われた行為を指す場合が多いですね。実際の英語表現だと "present something as a fait accompli"(既成事実として提示する)という言い回しが一般的です。
比べるときの実用的なポイントとしては、まずレジスター(言葉の格や雰囲気)です。英語で劇的さや皮肉を込めたいときに 'fait accompli' を選ぶと効果的で、文章に外来語の洒落感やフォーマルさを加えられます。逆に日本語の『既成事実』は説明的で冷静な語感になりやすく、報道や公的文書、日常会話でも違和感なく使えます。例を挙げると、英語なら "By the time the press arrived, the decision had been presented as a fait accompli." と言い、これを自然な日本語にすると「報道陣が到着したときには、その決定は既成事実として提示されていた」となります。両者は対応しますが、英語表現にはやや作為的・策略的な含みが加わることがある点を覚えておくといいです。
表題の英語化について触れると、訳者はそのタイトルを 'Sorry for Being Cute' としています。直訳に近い選択で、語感が日本語の軽い謝罪と自己肯定の混ざったニュアンスをうまく英語に移していると思います。
翻訳では語順や助詞のニュアンスをどう処理するかで印象が変わることが多いのですが、この英題は元の短さとリズムを保ちつつ、英語圏の読者にも意味がすぐ伝わるのが利点です。僕は他作品の英題、たとえば 'Kimi ni Todoke' が 'From Me to You' と訳されたケースを思い出して、タイトル一つで受け手の期待がかなり変わることを実感しました。
訳者の意図としては原題の持つ軽やかな自己主張を損なわず、かつ販促上のキャッチーさも確保する狙いがあったと考えています。個人的にはこの英題は作品の雰囲気に合っていると感じます。