誠実な愛には嘘は許せない藤原信夫(ふじわら のぶお)は記憶を失い、私、佐藤詩織(さとう しおり)のことをすべて忘れてしまった。
記憶は、彼が初恋を最も愛していたあの年で留まっている。
医者は治る見込みがあると言った。
それで、私は彼の治療に付き添ってきた。
三年もの間、私は何の立場もなく彼の世話をしてきた。
京西市の社交界では、やがてそれが誰もが知る笑い話となり、そして、私がいつ諦めるか、信夫がいつ思い出すかということが、賭けの種にされていた。
酔った彼を迎えに行った夜、偶然、彼と友人の会話を聞いてしまった。
「記憶喪失のふりとは、見事だな、信夫。夏目さんとも堂々といられるし、家には佐藤詩織って家政婦がいつまでも居座っている。
でもよ、夏目さんと結婚するんなら、佐藤をどうする?」
信夫は嘲笑った。
「あの女か?あいつはな……俺がいなきゃやっていけないよ。その時は、ちょっと甘い言葉で宥めて、橙子と結婚するのは記憶を取り戻すためなんだって説明すれば、絶対信じるさ。
あいつの性格からして、俺が離婚するのを待つなんて当然、たとえ橙子との間に子供ができたって、喜んで面倒を見てくれるんじゃないかな」
私は身動きが取れず、その場に立ち尽くした。
記憶喪失なんて、嘘だった。
全部、演技だったんだ。
まあ、これでいい。
これからは、彼は自由だ。
私も自由だ。