呪文や詠唱のニュアンスを英語に移すときに最も気を付けているのは、言葉の意味と音の両方をどう両立させるかだ。'黒棺 詠唱'のように象徴性が強いフレーズは、直訳すると意味は通るが、響きが薄れてしまうことが多い。私はまず原文の語感──子音の強弱、母音の開き、拍の長さ──をメモし、それが持つ情感(重苦しさ、荘厳さ、冷たさなど)を英語でどう表現するかを検討する。直訳の「black coffin chant」では平板に感じられる場合、語順や語彙を工夫して"Ebon Coffin Invocation"や"Chant of the Black Casket"のように洗練させることも考える。単語選びは意味と響き両面のトレードオフで、"coffin"と"casket"、"black"と"ebon/onyx"の違いが与える文化的・音響的影響を重視する。
詠唱は声に出されることを前提に書かれていることが多いから、英訳はタイミングやリズム、音節数を無視できない。私は訳文を実際に声に出して確かめ、尺が合わない箇所や舌がもつれる箇所を調整する。劇中で音楽と重なるなら、母音の伸ばしやすさや子音の歯切れのよさも評価基準になる。さらに、原文にある語呂合わせや漢字の掛詞、古語的な響きは英語に直せないことが多いので、脚注で補足するか、別案として意訳で雰囲気を再現する手法を用いる。例えば、元の文が歴史的・宗教的な語彙を含む場合は、やや古風な英語("O, bearer"や"Thou who...")を採るか、逆に現代英語で鋭く訳して距離をとるかの判断も必要だ。
最終的には二段構えで仕上げることが多い。まず直訳に近い"literal"版を作り、意味を損なわないか検証する。その後、朗読や演出で使える"performable"版を別途作成し、監督や声優のフィードバックを反映させる。私はこのプロセスを通して、原作の深い象徴性を保ちつつ英語圏の聴衆に自然に届く言葉を探していく。こうして出来上がった詠唱は、文字としても、声としても原作の空気を尊重していると感じられるはずだ。