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山並みに響く木霊
山並みに響く木霊
Auteur: 音羽

第1話

Auteur: 音羽
国民的人気を誇るキャスターから、ネット中で非難の的となる尻軽女へ。白石雪乃(しらいし ゆきの)がその座から転落するのに、たった一晩しかかからなかった。

理由はただ一つ。実の姉、白石琴音(しらいし ことね)の葬儀で、義兄の黒川蒼真(くろかわ そうま)に薬を盛ったからだ。

事が明るみに出ると、彼女のSNSアカウントには罵詈雑言が殺到し、職場でも同僚たちからの軽蔑の声が至る所で耳に入ってきた。

挙句の果てには、収録用のスピーチ原稿までもが下劣な言葉にすり替えられる始末だった。

しかし雪乃はそれを一瞥しただけで原稿を閉じ、顔色一つ変えずに全て暗記で収録をこなした。

スタジオを出る時、隣の芸能ニュース収録ブースのドアの隙間から、興奮したアナウンスの声が漏れ聞こえてきた。

「黒川グループのCEO、黒川蒼真が新人タレントの水野莉子(みずの りこ)と熱愛か?なんと水野さんは、黒川さんの隣に三ヶ月以上留まれないという歴代彼女のジンクスを打ち破っただけでなく、本日黒川グループの株式三十パーセントを贈与された模様です……」

廊下では、スタッフたちが声を潜めて噂話をしている。

「三十パーセント?じゃあ、雪乃の手元には何も残らないってこと?」

「あんな女に相応しいわけないでしょ。あいつがやった事を思い出すだけで吐き気がするわ」

雪乃は足を止めることなく控室へ戻り、ドアに背中を預けてようやく重い溜め息を吐き出した。

五年前の薬物事件により、彼女は最も不名誉な形で蒼真と結婚する羽目になった。

そして、その一件を境に蒼真は彼女を深く憎むようになった。

芸能ニュースのトップには、常に彼と違う女たちの親密な写真が掲載される。その女たちは皆、琴音に似た顔立ちをしていた。

彼は最も露骨なやり方で、雪乃を侮辱し続けているのだ。

お前は琴音の髪の毛一本にも及ばない。琴音に似た身代わりを探すことはあっても、お前を一瞥することすらしない、と。

雪乃の心は、当初こそ抉られるように痛んだが、今やもう感覚を失い、麻痺していた。

スマホが二回振動した。

一通目は局長、上田文哉(うえだ ふみや)からのものだった。【山村のドキュメンタリー番組の企画が通った。期間は三年、一ヶ月後に出発だ。おめでとう】

二通目は蒼真からだ。【夜、本邸に戻れ。株式譲渡の書類にサインが必要だ】

彼女は数秒画面を見つめ、最後にどちらにも同じ短い返信を送った。

【了解】

本邸には煌々と明かりが灯っていた。

ドアを開けて中に入ると、蒼真の隣に座っていた女が顔を上げてこちらを見た。莉子だ。前回の親族の集まりで見かけた女だった。

所詮は蒼真が自分を不快にさせるために選んだ、身代わりの一人に過ぎない。そう信じていた雪乃だったが、その顔をはっきりと捉えた瞬間、衝撃に息が止まった。

琴音と瓜二つだったのだ。

しかし今、改めてその顔を見ても雪乃の心に波風は立たず、黙って株式譲渡契約書にサインをした。

「他にサインするものはある?」

蒼真は明らかに彼女のこの反応を予想しておらず、一瞬呆気にとられた後、鼻で笑った。

「今回は賢くなったな。殊勝なフリをして同情を引く作戦にでも変更したか?

だがお前が何をしようと、結果は同じだ。雪乃、これはお前が自ら招いた報いだ」

雪乃は何も言い返さず、背を向けて外へ歩き出した。

車が本邸から離れた時、再びスマホが振動した。

母親の白石芳江(しらいし よしえ)からの音声メッセージだった。再生すると、ヒステリックな声が車内に響き渡った。

「蒼真があの泥棒猫に株を譲ったって聞いたわよ!どうしてサインなんかしたの!あれは白石家のものよ。琴音がいない以上、あなたのものになるべきでしょ!

いいこと、すぐに戻りなさい。どんなに騒いででも、サインを撤回させるのよ。そうじゃないと私……」

雪乃は音声を切り、ハンドルを握る手を微かに震わせた。

怒りではなく、ただ疲れ果てていたのだ。

騒いだことはあった。蒼真が初めて莉子に株を譲ると言った時、二人は大喧嘩になり、彼女はドアを乱暴に閉めて飛び出した。

だが、車を走らせている途中で息子の顔を思い出し、子供のために彼ともう一度ちゃんと話し合おうと引き返した。

しかし書斎の外で、彼と秘書の会話を聞いてしまった。

「社長、本当に宜しいのですか?本来は奥さんが受け取るはずの株式を、すべて莉子さんに譲渡するなんて……いくら何でも、それは……」

「いくら何でも、何だ?」蒼真がその言葉を遮った。声に感情の色は微塵も浮かんでいない。

秘書は数秒の沈黙の後、声を潜めて言った。

「……ただ、奥さんがあまりにも不憫で、見ていられなかったのです。社長もご存知のはずです。あの時の薬の件は、奥さんの仕業ではありません。

白石家が黒川家との縁を繋ぎ止めたいがために、奥さんを送り込んできたに過ぎないことを……それなのに、世間からの謗りをすべて背負わされているのは奥さんです。

奥さんが本気で社長を慕っていらしたことも、ご存知のはずです。あの日記を公表すべきではありませんでした」

書斎に、長い沈黙が降りた。

もう蒼真は口を開かないのではないか――雪乃がそう思い始めた頃、蒼真の声が響いた。氷のように冷酷な響きを帯びていた。

「それがどうした?白石家が俺を陥れたんだ。雪乃がそれを知っていようがいまいが、俺には関係のないことだ。

本気だと?両親に言いくるめられて俺のベッドに潜り込むような女が、本気などと口にする資格があるのか?

それに、俺が気にかけるのは琴音だけだ。他の人間など――」

彼は一拍置き、その一文字一文字が、雪乃の心臓を容赦なく打ち据えた。

「どうでもいい」

彼は最初から、すべてを知っていたのだ。

薬を盛ったのが彼女の両親であることも、彼女が身代わりに矢面に立たされただけの存在であることも。

だから何だというのか?

彼は全く気に留めていなかった。

彼女が五年間も汚名を着せられ、ネット中から辱めを受けるのをただ黙って見つめていた。それどころか――

自らの手で「日記流出」事件を仕掛け、彼女をさらに深い奈落の底へと突き落とした。

騒動が起きた当初、世論はまだ完全に彼女を切り捨ててはいなかった。一部の視聴者やファンは彼女を庇い、事の不自然さを指摘して、彼女自身も被害者かもしれないと声を上げてくれていた。

彼女の日記が公にされるその時までは。

そこに綴られた義兄への道ならぬ恋慕の一句一句が、薬を盛ったのは彼女の計画的犯行であるという決定的な証拠となり、彼女に「稀代の悪女」という消えない烙印を押し、永遠に逃げ場を奪った。

真実を知ったあの日、彼女はテレビ局に山村でのドキュメンタリー収録企画を自ら志願した。この場所から離れたかった。

車はいつの間にか、川沿いに停まっていた。

雪乃はハンドルに突っ伏し、押し殺した呼吸と共に華奢な肩を震わせていた。

誰もが口を揃えて彼女を「恥知らず」と罵った。姉が世を去ってからろくに日も経たないうちに義兄を誘惑し、すっぱ抜かれたあの日記こそが、彼女が以前から義兄を虎視眈々と狙っていたという何よりの罪の証拠だと。

でも本当は。最初から蒼真と愛し合っていたのは雪乃の方だったのに。
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