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『ゴッド・チャイルド』の伊坂幸太郎は、一見すると明るい物語の中に巧妙に邪心を織り込んでいる。
主人公の少年が神のごとく他人の運命を操る能力を得た時、最初は善意で使っていた力が次第にエスカレートしていく。その変化が自然で、読んでいるうちに『自分だったらどうするか』と考えずにはいられなくなる。
『悪の教典』の貴志祐介なら、邪心を極めた教師の話がたまらない。表面上は完璧な教育者を演じながら、裏で冷酷な計算を巡らせる主人公にゾッとする。
ユニークなのは邪心が『教え導く』という行為に潜んでいる点。生徒たちの弱みを巧妙に利用し、洗脳とも言える手法で操っていく過程が恐ろしくも引き込まれる。最後の学園祭のシーンは、これまで読んだ中でも最も不気味なクライマックスだ。
『罪と罰』のドストエフスキーは、
邪心の心理描写において金字塔とも言える作品だ。
主人公ラスコーリニコフの『非凡人理論』は、善悪を超えた存在になれるという歪んだ信念から犯罪へと駆り立てられる過程が圧倒的。特に犯行後の精神的崩壊の描写は、読む者の胸に重くのしかかる。
面白いのは、彼の邪心が単純な悪意ではなく、むしろ過剰な知性と理想主義の歪曲から生まれている点。これは現代の私たちにも無縁ではないテーマだ。
三島由紀夫の『金閣寺』は美に対する歪んだ執着が邪心へと発展する傑作。
吃音の青年が金閣寺の美しさに取り憑かれ、最終的には『美を破壊したい』という衝動に駆られる。この転換の描写が秀逸で、読者は主人公の論理に引きずり込まれそうになる。
特に印象的なのは、主人公が『美は永遠でなければならない』という考えから、逆説的に破壊を選ぶ心理描写。邪心が崇高な感情から生まれる危険性を考えさせられる。
『人間失格』の太宰治は、自己嫌悪という形で表れる邪心を描いた異色作。
主人公の『他人を信じられない』という性質が、皮肉にも周囲を傷つける結果を生む連鎖が胸を締め付ける。特に幼少期のエピソードでは、純粋な子供の心に芽生えた歪みが、後の人生を決定づける様子が痛切に伝わってくる。