レイが1人でダンジョン攻略を行っている頃、ニイルは1人別行動をとっていた。
ここはズィーア大陸から少し離れたテデア大陸、その辺境の地の森の中である。
そこにひっそりと一軒家が建っているが、今は人が住んでいる気配は無い。
代わりにその家の横にニイルが以前来た時見なかった、小石を縦に積んだオブジェの様な物が出来ていた。
ここはかつて、世界を巡る旅をしていた3人がたまたま見つけ、そして出会った人物が住んでいた場所だった。
当時は何故こんな人里離れた所に住んでるのかと思ったが、最近になり結構な有名人と判明した今なら、人目を避けるように隠れていたのも首肯ける。
「よう爺さん、20年来の約束を果たしに来たぜ」
そう言って以前聞いた特徴と一致するオブジェの前にしゃがみこみ、ニイルが言う。
そう、ここは1年前までレイと、その師匠であるザジが住んでいた場所だった。
この1ヶ月の間にレイからザジの話を聞き、やって来たのだ。
ちなみにこのオブジェの様な物はレイが作ったお墓で、この下にはザジが眠っているそうだ。
レイは持ってきた酒瓶を開け、その墓にかけ始める。
「この酒、あんたの愛弟子が言っていたが好きなんだってな?会った時から安酒をバカスカ飲む酒豪だったが、死ぬまでそれは変わらんかったのか」
少し苦笑しながら話しかけるニイル。
その脳裏にはかつて出会った時の記憶が蘇ってきていた。
「あの時は驚いたぜ?こっちのギルドの依頼でこの森の薬草を取りに来たら家なんか見つけちまってよ?オマケに中にはとんでもねぇ強さの爺さんが住んでるときた。幻覚でも見てんのかと思ったよ」
あの時の事は、まだ鮮明に思い出せる。
油断していたとはいえ、あの体術が得意なランシュを一撃で切り伏せたのだから。
そんな事が出来る人間がまだこの世に居ると思っていなかったニイルは、自分の驕りと見識の狭さを大いに恥じたものだった。
「そりゃいきなりテリトリーに入ったのは悪かったとは思ってるが、いきなりウチの女を切るかね普通?後から聞きゃバケモノだと思ったから切ったなんて笑いながら言いやがって。どっちがバケモノだって話だよ」
あんなに美人のいい女なのに…とその後もブツブツ言いながら、残りの酒を自分で飲み始めるニイル。
「しまいにはキレた俺を見て死を悟って自分の腹切って自害しようとするしよ…」
その後、死ぬ覚悟を決めたザジと激昂するニイルを、宥めて落ち着かせる為に孤軍奮闘したフィオが1番疲れた顔をしていた。
「でも、嬉しかったんだ。俺達の本質を見抜いた後も仲良くしてくれて。楽しかったんだ。あんたと交わす宴の日々が」
その騒動後仲良くなり、1週間程ザジの家に滞在したが、夜になれば必ず宴会をし、お互い酔っ払いながらバカ騒ぎしたものだ。
「今でも思うよ。あの時戦っていたらって。まぁ当然俺が勝つだろうけど?でも、純粋な剣術のみなら俺は確実に負けていただろうなぁ。あんな爺さんになってもあれだけ動けるなんて、全盛期のあんたはどれだけバケモノだったんだよ」
少し酔いが回ってきたせいか、それともこの懐かしい気持ちがそうさせるのか分からないが、ニイルは尚も笑いながら語り続ける。
「最後には、また飲もうなんて言ってくれて本当にありがとう。俺達バケモノを受け入れてくれて本当にありがとう。3人ともあんたを本当の爺さんの様に想っていたよ」
しかし直後笑みを消し、頭を下げながら言った。
「本当にそう想っていたんだ。でもごめんな、あれから結局あんたに会うことは無かった。会おうと思えばいつでも来れたのに。」
そう、問題は距離では無かった。ニイルは実際、つい先程まで別大陸であるセストの宿屋に居たのだ。
空間転移魔法を使用すれば1度来たことのある場所にすぐ飛ぶ事が出来る。
それをしなかったのは単純に…
「忘れていたってのは勿論有る。言われれば思い出すが、俺達は基本心に留めて感傷に浸る事をしない。いや、永い時間の中で失われてしまったモノだ。だから思い出すことはあれど、そんな事もあったな程度でしか思い出さなかった」
嬉しかったのも楽しかったのも嘘じゃない。
それは確かに事実だが、しかしそれは過去の出来事なのだ。
過去は過去の物として現在に持っていく事をしない。
人間は良くも悪くも過去に引きずられる。
楽しかった出来事を再現させようとする様に。
忌まわしい記憶を払拭させようとする様に。
復讐を誓うレイもそうだ。
過去が彼女を縛り付け、そして生きる糧となっている。
人間とは得てしてそういう者であり、それが出来ないのであればそれは。
「俺達はバケモノだから。過去に囚われることも無い。俺達は人間じゃないから。人間の尺度を忘れる。まだ良いだろう。まだ大丈夫だろう。そんな気持ちで先延ばしにした結果、人間は寿命を迎えて死んでいく。今まで何回も経験した事なのに、俺はまた、同じ過ちを繰り返しちまった」
事故や病気であったのなら、それでもまだ弁解の余地はあっただろう。
だがザジの死因は老衰だという。
人間を見ようとしないで、しかし『まだ』と期待する。
そのツケが今回も回ってきたのだから言い訳のしようがない。
「俺は今後も同じ過ちを繰り返していくのだろう。この日が遠い記憶になれば、この後悔すら忘れるかもしれない。だから先に謝っておく」
自分はバケモノであって神では無い。それは自分が1番よく知っているし神になりたいと思わない。
だから過去の記憶を全て覚えておく事はしなかった。そんな事をしたら自分が壊れてしまうのが分かっていたから。
自分はバケモノだが酷く弱くて、悲しいくらいに人間だったから。
それでも…
だからこそ…
「あんたの忘れ形見は絶対に守るよ。あの子が生き続ける限り、この約束は忘れないし破らない。だから…」
だからあんたも俺達を見守っててくれ。
そう心の中で続け、立ち上がった。
ちょうどその時フィオの声が脳内に響く。
精神魔法と空間魔法の応用で、契約を結んでおけばどれだけ離れていても、相手に声や思考を届けられるという、ニイルのオリジナル魔法である。
(どうしましたか?)
いつもの口調に戻りながらニイルが応答する。
(お兄ちゃんに言われた通りルエルについて調べていたんだけど、やっぱり最近裏でコソコソしてるみたい。表向きは2年後の序列大会に向けてらしいけど、全世界から強い人達を集めてるみたいだよ。しかも表も裏も関係無く、ね)
その内容にふむ、と思案するニイル。
2年後に開催される序列大会、それは定期的にセストリア王国にて開催される、表社会の強者を決める大会である。
それは名高い冒険者だったり、とある国の魔法師だったりと例年様々な人間が参加する、世界的に見ても有名な大会であった。
そこに出場するだけでも強者として認められる証拠なので皆こぞって参加したがるのだが、裏社会の人間は違う。
例えば暗殺者や、歴史から名を消された犯罪者など、有名になっては困る者達がほとんどだ。
しかし戦闘において真に強者足り得るのは、そんな常に命のやり取りをしている者達である。
故に、表以上の強者がゴロゴロ居るのが裏社会なのである。
そんな裏社会からも参加者を募っているのは明らかにおかしい。
そもそも参加する人間の方が少ないだろうし、参加するにしても何か大きなメリットがない事には…
そこまで考えた所で更にフィオが続ける。
(後はこれは確証が無いくらい怪しい情報なんだけど、ここ最近ルエルが秘密裏に『繁栄の証』を集めてるって話も聞いたよ)
(それは本当ですか?)
(うん、でも本当だとしたら厳重に情報規制されてるから証拠が見つからないの。だからもしかしたら嘘かもしれない。でも…)
そう、でももしそれが本当ならば…
(ほっとく訳にもいきませんか)
(そうだね、多分あれの真の価値は知らないだろうけど、それでも『繁栄の証』は強力な兵器になり得るからね)
『繁栄の証』が1箇所に集まるのは時期尚早だ。
あれをただの兵器として見てるのだとしたら尚更に。
(分かりました。今すぐそちらに向かいますので、貴女達2人はダンジョン前で待っていてください)
(良いけど、なんでダンジョン前なの?)
(杞憂であればそれに越したことはないですが、もしその情報が本当だとしたら、『証』のほとんどはダンジョン内に在ります。その捜索隊と、今ダンジョンアタック中のレイが鉢合わせでもしたら…)
(あの子が危ないかも!すぐにお姉ちゃんと合流して向かうね!)
「さて、早速あんたとの約束を守らなきゃならんらしい」
フィオとの通話を終了し、残りの酒を飲み干しながらニイルは言った。
杞憂ならそれで良いが、ただ今回はザジとの約束、そして『証』も絡んでるとなると…
「これから忙しくなりそうだから、また暫く来れないかもなぁ…でも必ず来るよ。今度は皆で。」
そう言い残し、ニイルは彼の地へと飛んだのであった。