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ケダモノとバケモノ

作者: 一一
last update publish date: 2025-06-23 21:00:00

「ルエル?」

 理性が止まれと訴える。

「ルエルと言ったか?」

 理性が戻れと警鐘を鳴らす。

「それはこの国の宰相の……」

 しかし感情が、本能が、止まることを許してくれなくて。

「ルエル・レオ・ナヴィスタスの事か?」

 目の前が真っ赤に染まったと錯覚する程に、憎悪の炎がレイを突き動かしていた。

「なんだぁ?このガキ。ルエル様だろうが。何呼び捨てにしてやがんだ」

 そんなレイにベルリは吐き捨てる様に言う。

「ですがこの女、結構上玉ですぜベルリ様!捕らえて売ればいい金になりそうじゃないですか?」

「よく考えろザギ。こんな所に1人な訳ねぇだろ。どっかに仲間が隠れてるに違ぇねぇ」

「ならよダル?その仲間も一緒に売っぱらっちまえば、更に儲けもんじゃねぇか?」

 ザギとダル、そう呼び合っていた取り巻き2人が話しているが、レイの耳には届かない。

「答えろ。ルエルとは、10年前エレナート王国を滅ぼした男か?」

 その問に少し考えた後、ようやく思い出したという風にベルリが声を上げた。

「お前、もしかしてエレナートの生き残りか?確かに噂では姫は2人居るって話だったが……捕らえた王妃も姫の片割れも、そんな奴は居ないの一点張りで有耶無耶になったんだっけ?やっぱり居たのかよ」

 その言葉に、やはりあの時一緒に居た男だと確信し、剣に手を伸ばすレイ。

 そんな様子に気付かずベルリは続ける。

「しかしあの時のルエル様は凄かったよなぁ!?俺は傍に付いてるだけで何もせずに終わっちまったのが残念だったが、たったお1人で国を滅ぼしちまった!改めてあの人の強さに感服したってもんよ!」

 もうコイツの言葉を聞き続けるのも我慢の限界だった。

 しかし、最後に聞いておかなければならない事がある。

 さっき捕らえたと言っていた2人、その2人は……

「お母様と妹はどこにいる?」

 そう問われ、ベルリは下卑た笑みを浮かべ、こう答えた。

「ウチらの軍の慰み者にしてやったよ。んで壊れたから捨てた。壊れた玩具は要らねぇからな?」

 その答えに、レイの理性は、完全に。

 消えた。

「貴様ァァァァァァァ!」

 剣を引き抜き、ただがむしゃらにベルリへと突っ込むレイ。

 それに焦ることも無くベルリは反応する。

「ザギ!ダル!」

「へい!」

「了解!」

 その声に、2人は即座に魔法を展開し始める。

 レイはそんな2人を見向きもせずにまっすぐベルリを見据えて、そして剣を突き刺した。

 しかし。

「残念ハズレ〜」

 確実に心臓を突き刺したと思われた剣は、ベルリの体をすり抜けていた。

 完全に無防備なレイ。

 その状態を見逃す筈も無く、ベルリはレイの腹に鋭い蹴りを入れる。

「がはっ!」

 モロに食らってしまい、受け身も取れず後方に吹き飛ばされるレイ。

 激痛と嘔吐感に耐えながら立ち上がろうとするレイに、ダルの魔法が襲いかかる。

「俺達を無視してもらっちゃあ困るぜ!」

 絶え間なく襲い来る炎の塊を避けながら、合間を縫ってベルリに接近するレイ。

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 今度こそ切り裂いたと思われた剣は、またしてもベルリの体をすり抜ける。

「まだだ!」

 何度も煌めく剣閃。

 常人なら反応すら出来無いであろうその剣はしかし、ベルリをすり抜けるだけで一度も手応えを返してくれない。

「煩わずらわしい!」

 ただ無闇矢鱈と剣を振り続けるレイ。

 そんな様子を、ニヤニヤしながら見ていたベルリが口を開く。

「おいおい、どこ見てんだ?」

 その声は自分の後ろから響いてきた。

 驚き、咄嗟に後ろを振り向いた時、目の前には炎弾が迫っていて。

「ああああああああ!」

 衝撃にまたしても吹き飛ばされるレイ。

 咄嗟に顔面をガードしたが、全身焼けるように痛く、実際多数の火傷を負っていた。

「殺す!殺してやる!」

 それでも尚立ち上がろうとするレイを見て、ベルリは嘲笑あざわらう。

「何だお前?単に突っ込んでくるだけでただの雑魚じゃねぇか。お仲間も居ねえみてぇだし、どうやってここまで来たんだ?」

 その言葉に、レイはフラフラになりながら立ち上がり答える。

「お前相手、私1人で十分だ!私の復讐は私だけの物!誰にも渡すものか!」

「ハッ!言う事だけは立派だが、てめぇはただの雑魚だ!俺様には到底敵わねぇ!無駄な復讐人生だったな!」

 無駄なものか。

 この心には、散っていった王国の者達の想いが込められている。

 その想いを、私の復讐を、これまでの人生を。

「笑うなぁぁぁぁ!」

 あまりにも無謀な突撃をしようとするレイの脳内に、ニイルの声が響いた。

(レイ。聞こえますか)

 その声にハッとし、動きを止めるレイ。

 ベルリ達はその様子に訝しみ、動き出す事が出来ない。

(レイ、私の予想通り危険な状況にある様ですね)

(何これ?幻聴?)

(幻聴ではありません。魔法で脳内に直接語りかけているのです。詳しくは後で話しますが、とりあえず今は落ち着きなさい。こちらにまで殺意の感情が流れて来て、うるさいんですよ)

 そんな事を言われても、と一瞬思ったレイにニイルは更に追い打ちをかける。

(そんな事じゃありません。冷静じゃ無いからそんな脳内ダダ漏れ状態なんですよ。良いから落ち着きなさい馬鹿弟子。それでは勝てる相手にも勝てませんよ)

 そんな相変わらず厳しい言葉を投げかけられ、次第に冷静になっていくレイ。

(良いですか?冷静になって戦えば、あなたは強いのです。誰が教えたと思っているんです?私の顔に泥を塗らないでいただきたい)

 少し反省しつつも、そこまで言わなくてもと思うレイ。

(やかましい。これ以上、師匠に恥をかかせる戦いはしないでください。大丈夫、貴女はこの、バケモノの弟子なんですから)

 その言葉を最後に、ニイルの声は聞こえなくなった。

 全く、あそこまで言われるなんて、恥ずかしいにも程がある。

 完全に冷静になったレイは一旦目を瞑り、深く深く、深呼吸した。

 全身が痛い、息をするのさえ辛い、でも生きている。

 ならば。

「悪いわね、冷静さを欠いていたわ。では始めましょう、本当の戦いを」

 その言葉に様子を伺っていたベルリ達は、一瞬惚けた後笑いだした。

「何言ってんだお前?勝敗は明白だろうが!ケダモノみてぇに突っ込むしか能のないガキが!そんなボロボロの状態で何が出来る!?」

 確かに、さっきまではケダモノだったのだろう。

 正しく本能に従うだけのケダモノ。

 人間に狩られて当然の存在。

 でも、今は違う。

 一喝されて目が覚めた。

 真っ赤に染まっていた視界も、今はとても鮮明に見える。

 そう、今の自分は。

「バケモノの弟子よ」

 そう言い、脳内に一瞬で治癒魔法の魔法陣を作り上げる。

 途端、体の傷が癒え痛みも無くなっていく。

「略式!?」

「ベルリ様!アイツ高等魔法師ですよ!?しかも治癒魔法の略式なんて、かなりハイレベルの!」

 その様子に狼狽える3人。

 それを尻目に、レイは更に脳内で魔法を構築する。

「強化魔法『+3ブーストスリー』」

 通常、身体強化に重ね掛けは出来ない。

 しかし魔法陣について深く理解していれば、この様に効果の書き換えが可能となる。

 つまり、今のレイは先程よりも……

「これで3倍よ」

 一瞬で距離を詰めたレイ。

 流石に先程までと段違いのスピードで接近されては、ベルリ達も反応が出来なかった。

 一刀の元に、ベルリではなくダルを切り捨てるレイ。

「まずはさっきの傷のお返し。これで邪魔な横槍も残り1人ね」

 剣に付いた血糊を振り落とし、真っ直ぐにベルリを見据えるレイ。

「さ、さっきまでと速さが段違いだ……なんなんすかあの魔法!」

「舐めんじゃねぇ!速くたって当たらなきゃ意味ねぇんだ!狼狽えんな!」

 明らかに同様しているザギを一喝し、腰の剣を抜くベルリ。

「幻影騎士と謳われた俺には、どんな攻撃も防御も通じねぇ!それにてめぇの速さは見切ったぜ!もう俺に通じねぇよ!強化魔法!」

 そう言って、今度はベルリが自信に強化魔法を施し、襲い掛かって来る。

 いくら強化した身体能力だろうと、ランシュの動きには到底及ばない。

 ランシュとの模擬戦の中で慣れたレイは、ベルリの剣筋を見抜く。

 それを剣で防ごうとした時、ベルリの剣がレイの剣をすり抜けた。

「……ッ!」

 咄嗟に、強化した身体能力で強引に回避するが、左肩を浅く斬られてしまう。

「これが幻影騎士と呼ばれる所以だ!てめぇはこのまま何も出来ず死んでいくのさ!」

 そんな挑発に耳を傾けず、冷静に状況を見ながら攻撃に転ずるレイ。

 しかし、レイの剣は先程までと同じ様にベルリをすり抜けるばかりで、一向に傷を与える事が出来ない。

 更に向こうの攻撃は防御をすり抜け、レイに傷を増やしていく。

 このままではジリ貧になると考え、レイは後ろに大きく飛び、距離を置いた。

「どうしたどうした!?逃げ回るばかりじゃねぇか!さっきの威勢の良さはどこ行った!?」

 明らかにこちらが有利だと確信しているベルリが、挑発を口にする。

 そんな様子すらも観察し、この状況を打破すべくレイは魔法を構築した。

 生み出された雷撃はしかし、ベルリにも隣のザジにも当たる事無くすり抜けていく。

 その様子を見てレイは呟いた。

「幻影騎士、ね……意外とチャチな手品だわ。じゃあこれならどう?装填魔法!」

 瞬間、ベルリの隣に居たはずのザジが消え、その後落雷の様な音が鳴る。

 それと同時に、ベルリの後ろで何かがぶつかる衝撃音が響いた。

 後ろを振り向いてみると、全身蒼白く輝くレイが刺突の構えを取っており、その奥では胸に穴の空いたザジが壁に叩きつけられていた。

「『雷装らいそう』」

 レイの奥義、装填魔法『雷装』である。

 以前説明した通り、『雷装』は負荷に耐えられるよう改良し、30%の出力でなら実戦でも使用可能となった。

 しかし、一瞬だけなら100%で使用しても、『+3ブーストスリー』使用時なら体が耐えられるのだ。

 先程までの幻影は、ザジが行使していた物だと見抜いたレイ。

 ならば、幻影を纏っていても避けられないスピードで貫くという戦法に出た。

 所詮は幻、実体は見えないだけでちゃんと在る。

 ならば対処は簡単。

「避けられない程速ければ問題無いわね。今の私は、最初の時よりざっと5倍速いわよ。これでもう勝ち目は無いわ」

 剣を突きつけ勝利宣言をするレイ。

 これで心が折れてくれれば良いのだが。

「舐めるなぁぁぁぁ!」

 レイの希望を裏切り、ベルリは向かってきた。

 しかも幻影は未だ健在ときている。

「魔力を節約していただけで、俺の方が遥かに上手く幻影を見せれるんだよ!」

「チッ!」

 強化魔法を解除し、『雷装』の出力を30%にまで下げて対応するがしかし、実のところレイはかなり追い込まれていた。

 何故なら先程ベルリが言った通り、幻影の質が格段に上がっているから。

 今は何とか『雷装』で対応出来ているが、強化魔法だけでは対応し切れない。

 しかし、『雷装』を維持し続ける事は、常に多大な魔力を消費するという事。

 最初の治癒魔法と強化魔法、更に『100%の雷装』で魔力が少ない今、雷装を維持出来るのは、もって2分が限界だった。

 故にレイは全身に力を込め、叫ぶ。

「一気に片を付ける!」

 ベルリはレイの攻撃に、ほとんど対応出来ない。

 対してレイは、ギリギリではあるが回避する事が出来る。

 徐々に傷が増し、動きが鈍くなるベルリ。

 遂に、レイはベルリの脇腹を深く切り裂く事に成功した。

 幻影によって、すんでのところで致命傷は回避したが傷は浅くない。

 同じく追い詰められたベルリは、幻影で一気に距離を離し吼えた。

「ここまで追い詰められたのは久しぶりだぜ!お前を強者と認め、全身全霊で殺してやる!」

 その様子に、奥の手を隠していたであろう事を察し、一気に仕留めにかかるレイ。

 しかし一足遅く。

「『神性付与ギフト』」

 絶望への扉が。

「『発動オープン』!」

 開かれてしまったのだった。

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