ニイルによる地獄の特訓が始まって1ヶ月が過ぎた。
最初の頃はすぐに魔力切れを起こしていたレイだが、次第に魔力切れを起こしにくくなっていった。
また、肉体の疲労や魔力が回復しきっていない時は座学にも取り組んでおり、魔法に対する知識も、実践で咄嗟に使用出来る程身につけるに至った。
おかげで装填魔法使用時も、30%なら5分間活動出来る様になり、今は出力、活動時間の向上を目標に修行を重ねている。
(復讐の為なら何でも出来ると意気込んでいた私でさえ、心が折れかけたなぁ…)
と、魔力切れを起こしては気絶し、ランシュにボコボコにされては嘔吐し、食欲が無くても無理矢理食べさせられていた最初の頃を思い出しレイは遠い目をした。
今ではそこまで酷い事にはならなくなってきたが、それでも変わらないハードさに、しかし強くなった事を実感し嬉しさを噛みしめながら歩みを続けるレイ。
レイは今、首都セストの東の外れに向かって歩いていた。
その場所にはセストリア王国が保有し、ギルドが管理するダンジョンが存在する。
ダンジョンとは、はるか昔から存在すると言われる迷宮で、中には古代の遺物と呼ばれるお宝や、それを守護する様に罠や魔物が徘徊する、形や大きさも様々な建造物である。
何でも、世界には100階層を超える物すら存在するのだとか。
セストに存在するダンジョンは、地下に広がる形をしており、現在は28階層まで踏破されている。
本来ダンジョンは命の危険が伴う為、許可された者しか入る事が出来ない。
しかし冒険者は中の魔物を掃討するという名目で中に入る事が許されているのであった。
レイもこの1ヶ月の間で冒険者登録を済ませ、過去に何度か訓練としてダンジョンに潜り、魔物と戦った事が有る。
その時は4人で行動していたが、今はレイ1人きりだった。
今日はニイルからの指示で1人きりのダンジョンアタックに挑むのである。
ニイルからは行けるところまで行け、と言われ、3人は後からやってくるそうだが、本来ダンジョンは1人で向かう様なところでは無い。
1人で出来ることは限られているためパーティを組み、各々をカバーするのが基本であり鉄則である。
過去のダンジョンアタックで罠の見分け方やダンジョンにおける知識を色々と教わったがそれでも。
「1人きりで生きて帰れるのかしら…」
と、相変わらずのスパルタぶりに少し不安になるレイ。
死んだら元も子もない為無茶をするつもりは無いが、何が起こるか分からない、それがダンジョンである。
気を引き締め直しレイはダンジョンへ向かうのだった。
無事にダンジョンに辿り着き、現在は3層。
大きなトラブルも無く順調に進んでいた。
確かにここは踏破された階層である為、罠の場所や道順などはダンジョン入口で売られているマップで確認する事が出来る。
しかしダンジョン内の魔物は野生の魔物よりも強く、階層が進む程に更に強くなっていく。
3層の時点で1人で辿り着いた冒険者は数人しか居なかった。
そんな事は露知らず更に進んでいくレイ。
気付けば12階層まで辿り着いて居た。
1人でこの階層にまで辿り着いたものは居ない。
たかが1ヶ月の修行期間だったが、生来の才能も相まって知らず知らずの内に、今では人類の中でも上位の強者になっていたのだった。
そんな前人未到の偉業を成し遂げた事にもやはり気付かず、しかし周辺の異常さに気付くレイ。
「おかしい…魔物の数が極端に少ない…」
狼型の魔物を切り捨てながら周囲に意識を向ける。
このダンジョンは下に行くに連れて魔物が強力になり、そして出現数も少なくなる。
魔物発生のメカニズムは未だに解明されていないが、黒い影の様なものが集まり、魔物になっていく。
下層になればなるほど、強力だが個体数が少ない魔物が生まれるのである。
しかしここは12階層の中程だというのに、未だに数体しか魔物と遭遇していなかった。
「他の冒険者?それにしては痕跡が見つからないけれど…」
ダンジョンには、たまに魔物が襲って来ない休憩ポイントと呼ばれる場所が存在する。
レイもそこで休みながら来たのだが、直近で他の冒険者が使用した痕跡は存在しなかった。
「他の冒険者と行き違いになったか、それとも新種の魔物か、はたまたダンジョンの異常か、あるいは…」
あるいは休憩ポイントすら使わず先行する強者が居るか…
そんな事を考えながら散策していると、タイミング良く休憩ポイントに辿り着いたレイ。
そこで一旦休憩しながら様子を見ようと考えた時、ここにきて初めて冒険者を発見した。
「丁度いい、何か知ってないか聞いてみる…か…?」
レイが近付いたところ、何か様子がおかしい。
4人程人が居るのだが全員倒れているのである。
「大丈夫!?」
罠という可能性に気を付けつつ、駆け寄るレイ。
しかしそこにあったのは、先程まで冒険者だったであろうモノだった。
4人全員が死体、装備からして中堅どころのパーティだろう。
ただし所々、まるで着け忘れたかの様に装備品が無くなっている。
更に傍には焚き火があり、食事中だったのだろう料理が散乱している。
しかしそれ以外の食料や回復薬などの所持品が何も無い。
それが何を示すかと言えば…
「どうやらこのダンジョンに下衆が入り込んでいるようね」
そう、ここは休憩ポイント、魔物が入り込んで来ない場所である。
仮にここにまで入ってくる新種の魔物が居たとして、それに彼らが殺されたのだとしても、それにしては死体や装備品等が綺麗すぎる。
魔物は他の動物、そして人間も捕食する。
食い荒らされた物はらそれは見るも無残な物となるのだが。
しかしこの4人はいずれも剣による致命傷ばかりだった。
となれば人の手によるものだろう。
ダンジョン内は人の目が届きにくい為殺人が横行していると聞く。
しかし証拠が無いため噂だとばかり思っていたのだが…
「これを見れば、噂は本当だったのだと言わざるを得ないわね」
傍の火は未だに燃えているし、死体から腐敗臭もしない。
恐らく殺されてからまだそんなに時間が経っていないのだろう。
自分の近くに殺人鬼が居ると考え、警戒レベルを最大に引き上げるレイ。
慎重に、しかし迅速にここから移動しなければならない。
「ごめんね」
かつての同業者達に謝罪し、弔わず先に進むレイ。
「仇はとらないわ、でも襲いかかって来るのなら容赦はしない」
そう決意し先に進むレイ。
そして更に魔物の数は減り、15階層では全く魔物に出会うことは無かった。
「近いわね」
神経を尖らせながら進むレイの耳に複数人の話し声が聴こえる。
隠れながら近付くと3人程の人影が見え、更に明瞭に会話も聴こえてくる。
「さっきのパーティの奴らの装備、どれくらいで売れますかねぇ?高く売れりゃ派手に使っちまいましょうや!」
「そりゃ良いや!最近良い女が入った店があるんでさぁ!ベルリ様も一緒にいかがです?」
どうやら会話の内容的に先程のパーティを全滅させたのは彼らで間違いない様だ。
中央に居るベルリと呼ばれた黄色髪の男がリーダーだろう。
「黄色…?」
その髪色に微かに記憶が蘇るレイ。
あの色をどこかで見た事が…
「しっかしあの方にも困ったモンですねぇ。ウチら3人で遺物を見つけて来いなんて」
「全くでさぁ!こんな任務ベルリ様じゃないとこなせませんよ!」
「当たり前だ。俺は1番信頼されているからな。ルエル様に」
その言葉に完全に思い出し咄嗟に飛び出してしまうレイ。
「あん?何だお前?」
訝しむベルリを真正面に見据え、憎しみの炎をその目に宿す。
そう、奴は今ルエルと言ったのだ。
レイの探していたもう1人の男、復讐の相手、必ず殺すと決めた仇。
そして目の前の男は…
10年前ルエルに付き従い、母国を滅ぼす一助を担った男であった。
「言い訳にしか〜聞こえないと思うけど〜あの日〜全員の意思で〜滅ぼそうとした訳では無いの〜それを〜知っておいてもらいたくて〜」そう締め括り、スコルフィオは過去を語り終えた。彼女にとっても嫌な思い出だったのだろう、そう言い終わった彼女の顔には疲労が見え、苦悶の表情を浮かべている。だがこの中で一番苦痛を感じているのは間違いなくレイだろう。そんな彼女は話を聞き終わった後も俯き、その表情は薄紫色の髪に隠れて伺い知れない。「だから私は〜貴女に敵対しないと誓ってるの〜私も自分の国を守ってるから〜貴女の気持ちは少しは分かってあげられるし〜」気遣う様な表情を浮かべスコルフィオはレイへと話し掛ける。その間もレイは無反応だがスコルフィオは構わず続けた。「だからこそ、あの時貴女達を救えなくて本当にごめんなさい。私の力が足りないばかりに、貴女にはとても辛い過去を背負わせてしまった。謝っても許される事では無いけど、それでもこれが私の本心よ」口調を本・来・の・ものに戻し、椅子から立ち上がり頭を下げるスコルフィオ。その後に続いて控えていたヴァイスも頭を下げた。「償いに、貴女の要望を可能な限り叶える事を誓うわ。それだけじゃ許してはもらえないでしょうけど、誠意だけは示しておかないと」頭を下げ続けるスコルフィオ達だが、レイは一向に反応を見せない。
ここはとある大陸のとある場所。普通の人間なら近寄りすらしない辺鄙な場所である。そして本来そこを使用する者達も、常ならば一年に一度の定例会にしか集まらないのだが、今日に限ってはとある人物の招集により臨時で集まっていた。巨大なテーブルに席が7つ。特に指定は無いのだが、いつもの様にまるで自分の席が決まっているかの如く座る6人。その各席の後ろに控える様に6人が立ち、合計12人がこの場に集っていた。「さて、本日は急な呼び掛けにも関わらずお集まりいただき、誠にありがとうございます」そう言って話し出したのは『傲慢』と呼ばれる男。ここに集う者達は、お互いの本名も素性も知らない者達ばかり。更にそれを探るのも暗黙の了解として禁じられている。故にお互いの事を、自分に冠せられた罪の名で呼び合う事が通例となっていた。「急な招集という事もあり、生憎『憤怒』殿は来られませんでした。なので本来なら次の定例会でお話するべきなのでしょうが、緊急の案件につきこの様に緊急招集という形で…」「『憤怒ヤツ』が来ないなんざいつもの事だろうが。能書きは良いからさっさと用件を話せ」『傲慢』の話を遮り『暴食』と呼ばれる男が口を開く。恐らくこの中で、唯一全員に素性がバレているであろう人物。それ程迄に彼は世界的に有名で、他の素性を隠しているメンバーと比べても異質だった。
全てが終わりレイ達4人がいつもの宿に戻った時には、太陽が昇り始める時間になっていた。朝日に目を細めると緊張が解れたのか、途端に空腹と眠気がレイを襲う。(そういえばご飯もまだだったわね)仕事終わりの食事をするつもりがここまでの騒動になってしまった事に、つい苦笑してしまうレイ。今すぐにでもベッドに飛び込みたい欲求を堪えて、まずはニイルの部屋でレイとニイルの治療を行う事となった。治療と言っても例の如く、ニイルの用意した魔法薬を飲むだけなのだが。しかしそこで一悶着起きた。ニイルから差し出された魔法薬を見た瞬間、今迄の鬱憤が爆発したのだろう、レイが以前苦言を呈した時以上の怒りでもってニイルに詰め寄ったのだ。「魔力は治癒魔法では回復しないからこれを飲むのは分かるわ。でもいい加減この地獄を何とかしないと耐えられない」と、今迄ニイルに向けた事の無い剣幕でそう告げたのだ。「以前貴方は言ったわね?飲んだ事が無いから分からない、と。なら今すぐ貴方も飲むべきだわ。そうすればいかに貴方が悪逆非道な行いをしてきたのか分かる筈よ」その迫力は、フィオやランシュでさえもレイを止めるのを躊躇わせる程。流石のニイルもその雰囲気に呑まれつつ、抵抗を試みる。「い、いえ…私も飲みたくないから飲まない訳では無く、飲・ん・で・
「一体…何が起こってるの…?」震える声で囁くレイ。誰かに対して言った言葉では無い。ただひとりでに、無意識の内に出た言葉であった。レイは全てを目撃していた。スコルフィオの周囲に突然現れた騎士達も。その騎士達と戦うマーガも。スコルフィオが燃やされ、しかし何故か死なずにマーガ諸共斬られる所も。そして、意識を取り戻したマーガの首が刎ねられる所も…その全てが、ま・る・で・現・実・の・上・か・ら・重・な・っ・て・流・れ・る・映・像・の・様・に・、半・透・明・
「『神性アルカヌム』?それに『惑わす淫魔アスモデウス』って…」聞き慣れない単語を耳にし、1人呟くレイ。だがその圧力プレッシャーはどこか身近で、しかしその何倍も大きくて…「『神性アルカヌム』とは、簡単に説明するならば神性付与ギフトの上位互換です。か・つ・て・存・在・し・た・神の権能、その半分程が人間と混ざり合い新たに名を得たのが『神性アルカヌム』、その保持者達を『神性保持者ファルサ』と呼びます」ニイルの説明に愕然とするレイ。かつてレイが勝てなかったベルリや、序列大会で会ったルヴィーネ、レイが出会い戦った相手はどちらも尋常では無い強さを有していた。しかしその『神性付与保持者セルヴィ』達でさえも、『神性保持者ファルサ』の前では劣るのだという。にわかには信じがたいが、そもそもレイはこの力の事をよく知らない。
土煙の中から姿を現すマーガ。今にも倒れそうな様相で意識も朦朧としているが、その瞳には確たる意志を宿していた。横で倒れているブレイズに目を向けるマーガ。意識は無いが呼吸は辛うじてしている状態だった。しかしその状態も長くは続かないだろう、最早一刻を争う状態であろう事は傍から見ても理解出来た。(魔法障壁のお陰で、何とかお互い一命は取り留めた。敵の増援が来た以上本来なら部下を呼んで撤退するべきなんだろうけど…)周囲に意識を向けるが戦闘の音が全く聞こえない。最後に見たのは部下全員がたった1人を相手に向かって行った時。それから一向に助けに来ないところを見るに、想像したくは無いが全員やられたのだろう。(敵の増援が来た以上、早々にこの場を切り抜けなければならない。僕の魔力ももう空だけど、何とか君だけは逃がしてみせるよ)内心でブレイズに語り掛けるマーガ。彼を喪う事はセストリアの、いや世界にとっての損失だ。それ程この『剣聖』は人類にとっての希望なのである。