病院の廊下。
井上は病室の前に立ち、廊下に整然と並ぶ警備隊の姿を見つめていた。その威厳ある姿勢、冷徹な表情、そしてその圧倒的な存在感に、彼は思わず震えてしまう。
扉が開き、軍靴の音が静寂を破る。冷たい音が床に響いた。
彬は軍帽を整え、表情を崩さずに歩み出した。長年の軍歴で、どんな場所でも感情を表に出さないことに慣れている。
「敬礼!」
警備隊が一斉に行進し、礼をした。
「行こう」
彬は淡々と命じ、井上の前を通り過ぎて、そのまま警備隊と共に去って行った。
廊下は再び静かになった。
井上は、彬のその凛々しい姿に目を奪われ、強さと魅力を感じながら、自分がどうしても届かない存在だということを痛感していた。あたかも雲の上にいる人を見上げるような気持ちだ。
その時、隼人が足を引きずるように出てきた。暗い表情で歩みを進めている。
「社、社長!今の体調で無理して退院しない方が......」
井上は慌てて駆け寄り、彼を支えようとしたが、隼人は冷たく手を払いのけた。
「だめだ。今すぐ戻らなきゃ、光景や秦が何か勘づいて俺の権限を奪う隙を与えてしまう。入院してることや怪我のことは絶対にバレてはいけない......ゴホゴホゴホ!」
彬との口論が引き金となり、隼人はついに我慢していた咳を爆発させた。胸の奥から響く咳に、井上は驚きとともに心配し、涙が浮かびそうになる。
「社長......グループなど、社長の地位など、今はお体の方が一番大事ですよ!」
「心配するな、死ぬわけじゃない。こんなに長く生きてきたんだから、怪我をしたことなんていくらでもある。だから心配するな」
隼人は胸を張り、深く息を吸い込んだ。
彬に軍人としての誇りを汚す発言をされて、隼人は不満の色を隠せなかった。少し目を赤くしてしまったのは、悔しい。
夜、桜子はKSWORLDで豪華な個室を予約し、彬兄のために美味しい料理とお酒を用意した。
盛京で働いている栩、椿、綾子も集まり、久しぶりの兄妹の集まりに、賑やかな雰囲気が広がった。
でも、彬を迎えたばかりで、もう送り出さなければならなかった。彬に対する名残惜しい気持ちで、桜子はつい感情を抑えきれず、目を赤くして何杯も飲んでしまった。
気持ちの中に、複雑な感情が渦巻いていた。嬉しい気持ちは本物だが、隼人のことを思うと、どうしても素直に喜べない。