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不具合か、それとも予兆か

作者: 中岡 始
2025-06-23 17:28:32

部屋の灯りはつけていなかった。天井の照明は、いつからか使っていない。高田は代わりに、モニタの明かりだけで夜の時間を過ごしていた。デスクの上には冷めたコーヒーと、読みかけの技術書、そして使い込まれた黒い手帳が置かれている。

時刻は午後八時を過ぎていた。システムの定期チェックは完了し、今日の業務も予定通りに処理されていた。いつもと同じ静けさ。何も乱れはない。部屋の空気も、照明の色も、思考の密度も。だが、それでも…確実に、どこかが昨日とは違っていた。

高田は手帳を手に取り、ゆっくりとページをめくった。指先に少しだけ力をこめる。紙の感触が、微かに温度を返してくる。普段なら、感情処理の補完として数式やコードを記録するだけの手帳だった。けれど今夜は、そうではなかった。

新しいページの端に、日付を書く。六月十七日。小さく、乱れない文字で。

その横に、ペンを止めずに、文字を一行だけ記す。

「二度目の接触予告。僕は、了承してしまった」

記し終えた瞬間、手が止まった。鉛筆の先端を宙に浮かせたまま、高田は視線を文字の上に落とす。その一行には、数値もロジックも含まれていない。定義されていないものを書き残すことに、いまだ慣れない。それでも、その記述には確かな事実が含まれていた。

“了承してしまった”。

そこには明確な意思があった。たとえそれが無意識の反応であっても、彼の中にある、わずかでも“接触を拒まなかった”という意志が働いたことを示していた。

その結果が何をもたらすのか、まだ分からない。彼のなかには、依然として警戒が残っていた。人との接触は、常にリスクを伴う。過剰な期待、誤解、侵入、そして…傷。過去に積み上がった“失敗のログ”は、すでに数百行を超えている。なのにどうして、今、こうしてまた、新たな接続を許容しようとしているのか。

自分でも、わからなかった。

いや、正確には、わからないふりをしていたのかもしれない。

今日届いた、あの一文。

「今日、弁当でも持ってこか?」

たったそれだけのメッセージに

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