藤沢修がネクタイを締め終えると、振り向いて言った。「昼に私の会社に来てくれ」
「離婚の書類にサインするの?」松本若子は率直に尋ねた。彼女は早くサインして離婚を終わらせたいと思っていた。これ以上引きずっても、悲しみが増すだけだからだ。
藤沢修は彼女の急切な様子を見て、眉をひそめた。「来てみればわかる」
そう言うと、彼は部屋を出て行った。彼の中には説明のつかない怒りが渦巻いていた。
松本若子は疑念を抱きながら、昼が来るのを待った。
彼女は昼食をとる前に行くべきか、それとも昼食をとった後に行くべきか迷った末、藤沢修に電話をかけた。
相手が電話に出ると、松本若子はすぐに言った。「昼になったわ。今すぐ会社に行っていい?」
「いいよ。来てくれ」
「もう昼食は食べた?」松本若子は習慣的に尋ねた。
「まだだ」
「それなら、家で弁当を作って持って行こうか?」
彼女は藤沢修が忙しくて昼食をとる暇もないことが多いと知っていた。たとえ昼食をとったとしても、簡単に済ませたり、コーヒーだけで済ませることもあった。
だから、時々彼女は自ら弁当を作って彼に届けていた。手間がかかることも、辛いこともいとわず、彼に栄養のある食事をしてほしかったのだ。
今日の昼食がもしかしたら最後の機会になるかもしれない。離婚協議書にサインをするために彼と昼食を共にすることが。
「必要ないよ」藤沢修は断った。「お前が来てくれるだけでいい」
「…」
松本若子の心は一瞬で空っぽになった。しかし、考え直してみれば、失望する必要はないと気づいた。離婚するのだから、彼のためにわざわざ料理を作るなんて、そんなことをするべきではないと。
「それじゃあ…」
「待って」藤沢修が突然言った。「やはり弁当を持ってきてくれ。二人分、唐辛子は入れないでくれ」
「二人分?」
「そうだ、少し忙しいから、来てくれればわかる」
「わかった」
通話が終わり、二人は互いに電話を切った。
松本若子はキッチンに向かい、二人分の弁当を作ることにした。
彼が唐辛子を好まないことを知っていたので、彼のために作る料理には一切唐辛子を使わなかった。
しかし、彼女自身は唐辛子が好きだったが、藤沢修が嫌いなため、彼のために食べるのをやめていた。結果的に藤沢修は彼女も唐辛子が好きではないと思い込んでいた。
二人分の弁当は、同