花は母のために納得できない気持ちを抱えながらも、結局、弥生には何も話さなかった。
祖母は、それとなく話を聞き出そうとしていたが、花は慎重に言葉を選び、ひたすら話をそらし続けた。
最終的に、弥生も追及をやめ、ただ孫娘が母親に会いに来ただけだと思ったようだった。
数日後。
高峯はオフィスで書類をめくりながら、片手にスマートフォンを持ち、通話をしていた。
だが、書類の内容などまったく頭に入ってこない。
彼の意識は、電話の向こう側にすっかり奪われていた。
「二人きりで旅行でもしよう。どこの国に行きたい?」
「光莉、そんなに怒るなよ。落ち着いてくれ。ただ、誰にも知られずに二人きりで過ごしたいんだ。もし行きたい場所がないなら、俺が決める」
「おいおい、お行儀が悪いぞ。そんな言葉を使うな」
「じゃあ、決まりだな。場所は俺が選ぶ。すぐに行けとは言わないさ。最近は俺も忙しいし、ただ、ちょっと話しておきたかっただけだ」
「......おい、またか?そんなに罵られると、俺は悲しくなるぞ?」
そう言いながらも、高峯の口元には満足げな笑みが浮かんでいた。
だが、次の瞬間―
「どいて!」
突然、オフィスの外から怒声が響いた。
「申し訳ありません。社長は現在お忙しいので......!」
「私が誰か分かって言ってるの?すぐに通さないと、あんたたちの社長なんて簡単に失脚させられるわよ!」
高峯は眉をひそめ、通話相手に向かって低く言った。
「悪いが、また後で連絡する」
そう言って、一方的に通話を切る。
次に、机のボタンを押し、秘書に指示を出した。
「入れてやれ」
間もなく、扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは、怒りに満ちた表情の紀子だった。
高峯はちらりと彼女を見たが、驚きはしなかった。
―来ることは予想していた。
彼は秘書に目を向け、「コーヒーを出せ」と命じた。
「かしこまりました」
秘書が動こうとした瞬間、紀子が冷たく言い放つ。
「必要ないわ。あんたと話すだけだから、すぐに帰る。この忌々しい場所に長居するつもりはないのよ」
秘書は気まずそうな顔をしたが、高峯が軽く手を振ると、そのまま退出していった。
扉が閉まると、高峯はゆったりと椅子に寄りかかったまま、立ち上がろうともし