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佐伯れもん
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Novels by 佐伯れもん

君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜

君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜

御子柴弥一は結婚当初から妻であるかすみを疎んじていた。二人は望んで夫婦になったわけではない。祖母の八重子がある日妻にと連れてきた女が彼女だった。弥一は当時大学を卒業したばかりの22歳で、彼女の歳はなんと32歳。そもそも弥一には想い人がいた。なのに、好き好んでもいない、しかも十歳も離れたおばさんとの結婚などもちろん望むはずがない!しかし御子柴家の絶対的君主である八重子に逆らえるわけもなく、少しの辛抱と心に決め、従うふりをすることに。だが、始まりこそ最悪だったものの、案外その生活は悪くなく、何より彼女の作るご飯は格別だった。まあ、家政婦には悪くないか。なんて思っていた矢先、彼女が突然、姿を消した。
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Chapter: 31話
そんな三人の会話を盗み聞きしていた弥一は、ふと、自分は既に胃袋を掴まれた状態にあるのではないかと思った。 なんせ、かすみの作り出す料理は美味しいものばかりなのである。未だかつて、彼女が弥一に出した料理ではずれのものなどなかった。 正直今だって、弥一の口はかすみの作る料理を求めていた。 というのも、あの今朝の料理。あれは早苗が作ったものだということに、弥一は気付いていた。 昨日のことでどうやらかすみの機嫌を損ねてしまったか、あるいは気恥ずかしさや後ろめたさからか、まあ、理由は何にせよ、今朝の朝ごはんをかすみは作らなかったらしい。 朝も感じたことだが、早苗の料理は決して不味くはない。むしろ美味しいのだと思う。が、やはり弥一の口が求めるのはかすみの作る料理だった。 彼女の料理は高級料亭のような、豪華な食材がふんだんに使用されているわけでもなければ、繊細な味わいを楽しむそれとも違っていた。かといって、変に中毒になるような濃い味付けをしているわけではない。 あの味を表現する言葉があるとすれば、それは安心感と優越感だ。 かすみの料理を食べると、ほっと息を吐くことができる。家に帰ってきたんだな、そう思える。 そして、こんなに美味しい料理が主に自分のためだけに用意されたものだということに、何とも言えない優越感を感じる。 今だって、奥さんの料理に対してぼやく片山に、かすみの料理を食べている自分のことを自慢したくて堪らなかった。 うちのは何を作らせても美味しいけどな、と。 そして弥一は確信するのだった。 そんな自分はやはり、かすみの料理に胃袋を掴まされたのだな、とー 弥一と三雲を乗せた車は、御子柴御用達の高級寿司屋に到着した。 格式高い暖簾をくぐると、二人はカウンター席に案内される。 この寿司屋には個室などなく、カウンター席のみだったが、そもそもで高級すぎるが故に各界の著名人と呼ばれるような人々しか出入りできないため、プライバシーを気にする必要がないからであった。 そのため、弥一は席に着くと、大将に向かって、「コース料理とは別に、うにといくらとえんがわを二枚ずつ、彼に出して下さい。」と、言った。 それに対して大将が「かしこまりました。」と言うと、弥一は素早く隣にいる三雲の方を向いて、 「女性から誘われたとして
Last Updated: 2026-05-07
Chapter: 30話
午前の業務を一頻り終えた弥一は、ふうとため息を吐くと、椅子の背もたれに深く沈んだ。 今朝は時間がなかったため朝食を食べられなかったことと、仕事で頭を使ったことで、弥一のお腹は究極に空いていた。 お昼には少し遅くなってしまったが、昨日約束したこともあり、三雲を誘って行きつけの寿司屋に行こうと椅子から立ち上がる。 ついでに、昨日と今朝の出来事について、三雲に意見を求めよう、とそう思った。 弥一があの家に帰るようになって以来、弥一にとって三雲は、自分の置かれた境遇を知る唯一の同期であり友として、信頼し、重宝していた。 その証拠に、一年前、自身が社長に就任することになった時も、自身の秘書に迷わず三雲を選んだのだった。 弥一が社長室を出たとき、ちょうど中に入ろうとしていた三雲と鉢合わせた。 「ちょうど良かった。約束通り寿司をご馳走するから、これから一緒に食べに行こう。」 そう、弥一は三雲に声を掛ける。 三雲は、「社長、毎回毎回そんな風にしてもらわなくても大丈夫ですよ。接待だって重要な仕事の一つなのですから、私は単に仕事したにすぎませんし。」と、気を遣う。 弥一はそんな三雲の耳に顔を近づけると、ヒソヒソ声で、「相談したいことがあるんだ。つべこべ言わずに行くぞ。」と、言った。 三雲は呆れたような顔をすると、「マーケティング部から企画書のことでお前のサインが欲しいと頼まれた。それにサインしてくれたら、俺がそれをすぐマーケティング部に届ける。そうしたら、晴れてお前の相談とやらに付き合えるけど?」と、小声で返す。 「どれだ?」と間髪入れず尋ねる弥一に、三雲は書類を差し出す。 弥一は書類を受け取ると、サッと目を通した。 企画書は、新しくデザインした下着の展示会についてのものだった。 よくまとめられた資料に、弥一は万年筆を取り出すと、最後のページに流れるようにサインをした。 そしてそれを、「ん。」と言って、三雲に差し出す。 三雲は書類を受け取ると、「先に車の方へ向かっていてください。」と、そう言って、走り去って行った。 弥一は言われた通り、先に車へ向かおうと思い歩き出した。 と、休憩室の前を通り掛かった時だった。 中から聞こえてきた話し声に、弥一は思わず足を止める。 ちらりと中に目をやると、そこには男が三
Last Updated: 2026-05-06
Chapter: 29話
かすみはアラームの音に、ぱっと目を覚ました。 昨日はお酒の席があった日だから、今日の朝ごはんはいつものやつを作らないと。 そう思いながら、まずはアラームを止めようとベッドから起き上がる。 彼女は手を伸ばしアラームを止めると、そこでやっと、部屋の様子がいつもと違うことに気づくのだった。 「ああ、そうか。もう終わったんだった。」 彼女はそう呟くと、再びごろりとベッドに横になった。 この二年間で久しぶりとなる二度寝に、彼女の顔が綻ぶ。 昨日は日付けが変わってから車移動したこともあり、彼女の身体はまだ睡眠を欲していた。 そして、彼女にはそれをする時間が与えられている。 ああ、なんて贅沢なんだろう。 そう思いながら、かすみはゆっくりとその目を閉じていった。 彼女が再び目を覚ました時、時刻は午後二時を回っていた。たっぷりと寝られたことに、かすみは満足そうに「ん〜!」と伸びをする。 それからベッドから出ると、そこを軽く整えた。 かすみの新しい家は、二階建ての店舗兼住宅だった。一階がお店で、二階を自宅として使用するタイプの家だ。 間取りはそこまで広くはないが、立地が立地なだけにかなりいい値段がした。そんな物件をかすみが購入できたのは、偏に八重子のおかげであった。 かすみは、洗面台で顔を洗うと、そのまま着替えることもなく寝巻き姿のままキッチンへと向かった。 彼女は寝巻きと称して高校の時の赤ジャージの下と、白地に丸文字で"世界着服"と縦に書かれたTシャツを愛用していた。 これとは別にもう1セット、赤ジャージの下に、黒字に白文字で"猫のしもべ"と書かれたTシャツもあって、彼女は毎日交互にそれらを寝巻きに着ていた。 もちろん、海老原市のあの家でもかすみはそれらを寝巻きにしていた。ただし、自身の部屋の中でのみ、だったが。 誰の目を気にすることもなく、くたくたに伸びて着心地の良い服に身を包み、自身のためだけに気ままに料理を作る。 材料は昨日、ここに来る前に寄った二十四時間営業のスーパーでに買い込んだものだ。 彼女はその、言葉通りの"自由"に、思わず鼻歌を歌っていた。だが、ふとその鼻歌を止めると、顔を左に向ける。 二年間そこにはいつも早苗がいて、ぺちゃくちゃと二人で話すこともあれば、ただ黙々と手を動かすだけの
Last Updated: 2026-05-05
Chapter: 28話
「まずいまずいまずいまずいー」 弥一は呪文でも唱えるかの如く、その言葉を呟き続けながら、とにかく手と足を動かした。 慌ただしくシャワーを浴びると、ドライヤーで髪を八割ほど乾かした。それから、クローゼットに駆け寄るとスーツやワイシャツを引っ掴み、バタバタと着替える。 着替え終わった弥一は、主寝室から出て階段を一気に駆け降りると、腕時計に目をやった。 7:42 もう歯は磨いてあるが、出勤前に何かお腹に入れておきたい。 お酒を飲んだ次の日の朝ごはんのメニューも決まっているから、いつも通り、しじみの味噌汁が出るはずだ。 そう考えた弥一の口は、もうしじみの味噌汁の口になっていた。味噌汁を一杯飲むくらいの時間はある。他のを残してしまうことは申し訳ないが、時間がないのだから致し方ないし、わかってくれるはず。あと、歯磨きは会社に着いてからすればいいだろう。 そう思い、弥一はリビングへ続くドアノブへと手を掛ける。と、弥一の頭にふと昨日のことが思い出された。 彼は自然と顔が緩むの感じ、それにはたと気づくと、まるで雑念を追い出すかのように頭をぶんぶんと振った。 それから、「よしっ。」と自身に掛け声を掛けてリビングへと入る。 「おはようございます。」 早苗は少し冷めたような目つきでそう挨拶しながらも、いつも通り朝食の準備をしてくれていた。 弥一はサッと辺りを見回したが、かすみの姿はなかった。 昨日のこと、引きずっているのだろうか? 弥一は少し申し訳ない気持ちになりつつ、椅子を引いて席に着いた。 ダイニングテーブルには、鮭の焼き物に、だし巻き玉子、漬物と、いつも通りのメニューが並んでいる。 そしてもちろん、お目当てのしじみの味噌汁もあった。 弥一は「悪いけど、時間がないから味噌汁だけいただくよ。」と、キッチンにも聞こえるよう、わりかし声を大きくしてそう言った。 それに対して早苗が、「そうでしょうね。」と言う。 早苗の小言に、弥一は咳払いを一つすることで払拭すると、「いただきます。」と、手を合わせた。 そして、しじみの味噌汁が入ったお椀に手を伸ばすと、一口啜った。 「ん?」 弥一は、不思議がるようにその眉をひそめる。 気のせいかと思い、もう一口啜ってみる。 あれ、何でだ? 弥一の眉間がさら
Last Updated: 2026-05-04
Chapter: 27話
「わざわざこんな暗い中出て行かなくても。」 玄関先まで出てきた早苗は、キャリーケースを手に靴を履き替えるかすみに、そう声を掛ける。 靴を履き終えたかすみは、振り返ると、 「そういう契約ですから。」 そう言って笑った。 それから、早苗に向けて深々と頭を下げると、 「早苗さん、本当にお世話になりました。」と、言った。 早苗は慌ててかすみにその頭を上げさせると、 「よしてくださいよ。私は何もしてはいませんし、してたとしてと大したことじゃありません。」 「早苗さんがいてくれたからこの二年間を乗り切れました。早苗さんが間に入ってくれてたからこそ、私たちの生活は成り立っていたのですから。」 「全てはかすみさんの努力あってこそのものです。」 温かい言葉に、かすみは目頭が熱くなる。 そんなかすみに、早苗も目元を潤ませると、 「まるで今生の別れのようになっておりますが、私はここであなたとの縁が切れるなどとは思っていませよ。」 かすみの頬を涙が伝う。 「っ、私もです。早苗さん、私は必ず夢を叶えます。その時は必ず、八重子さんと一瞬にいらしてくださいね!」 「ええ、約束です。」そう言って、早苗はかすみの手を取ると、その手を自身の手で軽く叩いた。 かすみは早苗の目を真っ直ぐに見つめると、「本当にお世話になりました。」と言った。 早苗はなんとか涙を堪えると、うんうんと頷き、 「身体に気をつけて。」 「早苗さんも。どうぞご自愛くださいね。」 二人は名残惜しそうにお互いの手を握り合っていたが、やがてその手を離すと、かすみはキャリーケースを引きずって玄関のドアを開けた。 最後にもう一度、かすみは早苗のほうを振り返ると、「ありがとうございました。」と言った。 早苗は今一度ただ頷くのみだった。今生の別れではないと自分で言ったものの、何か話そうものなら、泣いてしまいそうだったからだ。 早苗に頷き返したかすみは、次に背筋を正す。 そして背を向けると、ドアから出て行った。 早苗は堪らず目元を拭った。 かすみとの生活は日々穏やかに流れていったが、一緒に皿洗いをしたり、食事の下ごしらえをしたり、買い物に行ったりと、ささやかながらもその丁寧な暮らしはどれもが楽しく、心豊かになるものだった。 人生の本当の贅
Last Updated: 2026-05-03
Chapter: 26話
二年前、かすみは八重子との間にとある契約を交わした。 八重子は孫の目を覚まさせるべく、少しの間、孫の妻(仮)としてを生活を共にしてくれる人を探していた。 そんな時に出会ったのがかすみだった。 八重子が出した条件は、弥一の妻(仮)として一緒に暮らすこと、ただそれだけだったが、お金をもらう以上はもっと厳粛にやろう、とかすみが自分の中でさらに条件を付け加えていった。 そして出来上がったのが、彼の食生活を支え、彼の邪魔にならない範囲で彼の生活を最大限整えること、だった。それがこの家でかすみが自分に課した仕事であったが、彼女は一度としてそれを、八重子が払う莫大な対価に見合うものとは思っていなかった。 というのも、八重子からは生活費と称して月々三百万円もの大金が振り込まれていたからだ。 かすみの作る料理に高級なものは一つもない。全てが家庭料理としての範疇に留まるものだった。 なので、生活費に充てたとしても、かなりの金額が残るわけである。そして、その残りのお金の全てがかすみの報酬金とされていた。 かすみは多すぎると言って八重子に減額するよう求めたが、八重子は当然の金額だと言って聞く耳を持たなかった。 さらには、二年後、この生活をやり遂げた日には、感謝の気持ちとして更に五億円を渡す、とそう言われた。 もちろんかすみは断ったが、八重子も八重子で譲らない。 「かすみちゃん、今後の人生のために良いこと教えてあげる。いい?もらえるものはね、なんでも遠慮なくもらっておくべきなのよ!」 そう言って、晴々とした、見ていて気持ちいい笑顔を浮かべる。 八重子のそれは、まるでちょっとしたお小遣いをあげるくらいの言い方だった。 文字通りの大金持ちな八重子と自分の価値観のあまりの違いに、当初からかすみは面食らってしまっていた。住む世界が違うとはまさにこのことか、と身をもって体験した出来事だった。 「それはかすみさんが要求したわけではなく、支払う側の八重子さまがそう決めたものなのですから、やはり気に病む必要はありませんよ?」 早苗に何度もそう言われたかすみは、そういうものなのだろうかと納得しようとした。 そして、かすみは気持ちを切り換える。 今日という日に有終の美を飾ることはできなかったが、せめて与えられた仕事はきっちりこなそう。
Last Updated: 2026-05-02
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