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佐伯れもん
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Novels by 佐伯れもん

この恋に永遠(とわ)の決別を〜二度目ましてのこの人生、もう同じ轍は踏みません〜

この恋に永遠(とわ)の決別を〜二度目ましてのこの人生、もう同じ轍は踏みません〜

例え一夜の過ちだったとしても構わなかった。長年想い続けた彼の子供を、しかも男女の双子を身籠ることができて彼女は十二分に幸せだった。「その子らはお前の子であって俺の子じゃない。育てるのは勝手だが俺の目の届かない所でやれ。」そう言われ北国でひっそり始まった三人暮らし。彼女にとって子供たちが何よりの宝だった。そんな日常がある日、突如終わりを迎える。耳に残るは幼子二人の恐怖に支配された叫び声と獰猛な獣の息遣い。だが健闘虚しく彼女の意識はそこでこと切れた。そんな彼女が再び目を覚ました時、そこは病院のベッドの上だった。どうやら時間が巻き戻ったようである。彼女は固く決意した。同じ人生はもう繰り返さない!
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Chapter: 73話
けれど、それではあの子たちはいなかったのかと思うと、間違っていたとはわかっていても、それでもーー あの子たちを産んだこと。そして、あの子たちを授かるに至るまでの経緯を、真子が悔やむことはなかった。 明希と叶多。 二人のまばゆい笑顔を思い出して、真子の胸がギュッと締め付けられた。 あの子たちに出会えたこと。 短い間でも、あの子たちの母親になれたこと。 それは、今でも真子にとってかけがえのない一番の宝物だった。 だが、真子にとっての一番の宝物も、彩花から見ればどうだろう。 愛する夫がよそに作った、他の女との子供ーー (そんなのきっと、悪夢でしかない……) 自分を見つめる真子の目に浮かんだ悲痛の色に、彩花の眉間にしわが寄った。 なぜだかわからないが、それ以上、彩花は真子の目を見ていることができなくなった。 彩花がフイっと真子から視線を逸らしたことを皮切りに、二人を観察していた小森は司へと視線を向けると、 「じゃあ、僕が用意したお酒は彩花ちゃんにお酌してもらうことに決定ってことでいいのかな?」 努めて明るく振る舞う小森に、司は葉山に気づかれないように、冷ややかな目で見つめ返しながら、 「ああ……」 「よかった!彩花ちゃんなら葉山様のお酌係にぴったりだよ!葉山様も!こんな美人にお酌してもらったらうれしいですよね?」 今度は、彩花が小森を睨みつけた。 葉山はというと、小森の言葉を受け、彩花の首筋から肩にかけての色っぽいラインに目をやると、 「ああ、そうだね」 葉山からの気色悪いその視線に、彩花は唇を噛み締めて耐えた。 小森は気付かぬそぶりで葉山にグラスを渡し、代わりに、葉山の手から富嶽百景を受け取った。 それから、流れるような手つきで富嶽百景の栓を開けると、 「はい」と言って、それを彩花へと渡そうとする。 彩花は富嶽百景をちらりと見た後、視線を上げて小森を睨んだ。彩花の視線に気づいた小森が、ニコッと笑ってみせると、瞬間彩花の顔は今にも泣き出しそうに歪んだ。 だが、小森が何かを勘づくより前に、彼女は目つきを鋭くすると、再度小森を睨みつけた。 小森は片方の眉をクイっと上げると、富嶽百景を持つ手を、さらに彩花へと近づけた。 しかたなしに、彩花が富嶽百景を受け取るべく手を伸ばしたそ
Last Updated: 2026-11-06
Chapter: 72話
小森の不適な笑みに、司は胸に妙なざわつきを覚えた。 (はっきりとはわからない。だが、この男のことだ。おそらく真子に関することで、俺を嘲笑っているのだろう) この間から、小森は司と真子の間に割って入っては、妨害するようなことばかりをしてきた。 (まるで、今さら俺が何をしようと無駄だとでも言うように……) (今も、そう思って笑っているってことか?) 彼は小森を見据えたまま、 「おじさん、お酌の件ですが……真子ではなく、ぜひ彩花にさせてくれませんか?」 「え?」 司の言葉に、皆が驚いたが、誰よりも驚いたのは彩花だった。 彼女は、かろうじて口元に笑みを浮かべたものの、その目は訴えるように司を見つめると、 「待ってよ司、さん……お酌の件って、一体何の話?それに、真子ちゃんじゃなくて私に、って。葉山様は、真子ちゃんがいいんじゃないの?」 このエロ親父のことだ。 きっと、お酌にかこつけて、ベタベタと触ってくるに違いない。 それなのに! (そんなことは言わなくてもわかっているはずなのに、なぜそんなハズレ役を、あの女にではなく私にさせようとするのよ!) 彩花の目を、司は静かに見つめ返した。 そして、彼女に向かって微笑むと、 「いくら顔見知り同士の食事会といえど、未成年にお酌などさせられないだろう?」 目を見開く彩花に、司は言葉を続けた。 「君はすでに二十歳を迎えた身だ。それに、門脇家の嫁になるなら、お酌に慣れておかないとだからね」 そこで、司は彩花の耳元に唇を近づけると、 「いい機会だ。おじさんで練習させてもらおうよ」 彩花は、パッと顔の向きを変えて司の顔を正面に捉えた。 (未成年にはお酌をさせられない?いい機会だ、ですって⁉︎) (こっちはその未成年の頃からあなたの接待について回って、お酌なんて散々してきたというのに‼︎) 悲痛に歪む彩花の、司は爽やかな笑みを浮かべて見つめ返し、 「ね?」 彩花は司から顔を背けると、こぶしをギュッと握りしめた。 司が、もっともらしい理由を付けて、真子ではなく自分に葉山のお酌をさせようとしていることなど目に見えていた。 (また、そっちに行ってしまうというの……) 瞬間、彩花の瞳が暗く沈む。 だが、すぐさま彩花は顔を上げると、
Last Updated: 2026-11-05
Chapter: 71話
真子はちらりと彩花へと目を向けた。 小森の予想通り、彩花は黒のドレスを身に纏っていた。 だが、肌の露出を抑えた真子とは違って、彩花の選んだドレスはオフショルダーだった。そのために、彼女のきめ細やかな白い肌は、惜しげもなく晒されていた。 とはいえ、さすが未来の門脇家の嫁。 大胆に肩を露出させていても、下品に見えるようなことは一切なかった。むしろ気品さえ漂うその姿は、常人では迂闊には触れられないであろうオーラを放っていた。 ただし、性根まで腐った人間には、そんな空気など読めないだろうがーー 彩花のほうも、真子に一瞥をくれた。 だが、真子のドレス姿を目にして「勝った」と心の中で思った彩花は、真子のことを小さく鼻で笑うと、さっさと男たちの元へと歩いていった。 そして、彼らのそばまで来ると、当たり前のように司の隣へと腰を下ろした。 自分のドレス姿を目にしてわかりやすく鼻の下を伸ばしている葉山に、彩花は内心では反吐が出ると思いながらも、上品に微笑むと、 「お久しぶりです、葉山様」 「ああ、会えて嬉しいよ、彩花ちゃん。いや〜、それにしても。司くんに相応しい女だね、君は!」 (女、とか……きっしょ) そう思いつつも、彩花は最大限の作り笑いを浮かべて、 「葉山様にそう言っていただけるなんて光栄です。おかげで、司さんの恋人としての自信に繋がりました。ありがとうございます」 葉山はまんざらでもないように笑った。 彩花はさっさとそんな葉山から顔を逸らすと、司の目を見つめた。 「(私が来たことに)驚いた?」 司は、その質問に答える前にちらりと小森に目をやってから、視線を彩花へと戻すと、 「ーーああ、もちろん驚いたよ。来られないと思っていたからね」 司の言葉に、小森は「どこがだよ」と思って苦笑した。 そのことに気付かなかった彩花は、上目遣いになって、 「私が来て、嬉しい?」 彩花からのあざとい視線に、司はフッと笑うと、 「ああ、嬉しいよ。来てくれてありがとう」 「どういたしまして」 極上の笑みを浮かべる彩花に、司も笑顔を返すが、その瞳の奥はちっとも笑ってなどいなかったのだった。 というのは、数時間前、スマホに届いた小森からのメッセージがきっかけだった。 『今日の会食、予定外の人間は
Last Updated: 2026-11-04
Chapter: 70話
皆の視線が、一斉に障子戸へと向けられた。 その視線を受けた彩花は、品よく微笑むと、 「遅れてしまい申し訳ありません」 そう言って、彩花は静かに障子戸を閉めた。 彩花の姿を目にして、真子と小森は瞬時に視線を交わし合った。 数時間前ーー ドレスのレンタルをしに、真子と小森は先日と同じ店へと訪れていた。 小森の頼みで、個室には真子と小森の二人きりにしてもらった。 ただし、下心からではない。 そうではなく、司のことも彩花のことも知っているスタッフたちの前で、彼らに関する話をするわけにはいかないと考えたからであった。 とはいえ、華やかなドレスに身を包む真子の姿に、小森の口元は自ずと緩んでしまう。 (真子ちゃんが俺の彼女だったら、普段からこういった格好をさせるんだけどなあ。ドレスとはいかなくても、上品なワンピースとか着てほしい) (でもって、そんなの真子ちゃんが仕事から帰った俺を笑顔で出迎えてくれる。そうなったらもう、幸せのあまり玄関で死ねるだろうなーー) 「どうかな、悠介くん。今日の食事会に、今着てるようなドレスって合ってるのかな?」 真子からの質問に、小森は妄想の世界から急いで戻ってくると、 「うん、いいと思うよ!今日の会食場所は料亭だからね。上品に見せるためにも、肌の露出は極力控えたほうがいいと思う」 「色は黒一択?」 小森はニコッと微笑むと、 「うん、黒一択。彼女もきっと、黒のドレスを着てくるだろうからーー」 「彼女?」 首を捻る真子に、小森はため息をつくと、 「うん、そう。真子ちゃんにはネタバラシしちゃうけど、実は今日の会食には高梨さんも参加するはずなんだ」 「えっ⁉︎」と驚く真子に、小森は静かにうなずいてみせた。 葉山だけではなく、彩花にも備えなければいけないのだなと考えて、真子の顔が険しくなった。 小森は身を屈めると、真子の顔を覗き込んだ。 「姫、騎士の存在をお忘れですか?」 ハッとする真子に、小森は眉を下げて笑うと、 「僕がいるからね、真子ちゃん。だから、一人でどうにかしようと悩まないで。ね?」 そう言って、真子の頭を優しく撫でる。 真子は安心したように笑うと、 「だね、私には悠介くんが付いてるんだもん。心配することなんて何もなかったや」 「う
Last Updated: 2026-11-03
Chapter: 69話
「俺との間に子供がいたか?」 あの日の門脇社長の言葉は、言われた瞬間は驚きのあまりちゃんと考えることができなかった。だが、家に帰ってお風呂に浸かってくつろいでいるとき、ふと気付いてしまったのだ。 もしかして、門脇社長の時間も巻き戻ったのではないか、と。 (そうじゃなきゃ、あんなこと言うはずがない!) ただ、そこで一つ気になるのが、なぜそのことを、司はわざわざ自分に聞いてきたのかということだ。 真子のように、自分自身で時間が巻き戻ったという確証があるのであれば、そのことを人に聞いてきたりするだろうか。しかも、彼は「子供がいたか?」という疑問系で聞いてきた。つまり、彼には時間が巻き戻ったという確証はないのではないだろうか。 確証はないが、巻き戻る前の記憶が何らかの形で思い起こされた。 だから、そのことを自分に尋ねてきた。そうであれば、説明がつく‼︎ ジッと自分を見据えている真子に、司はグッと眉間に力を入れると、 「ーー何だ?」 そう尋ねた。 どこか警戒しているような司の言い方に、真子はスッとその視線を下に落とすと、 「いいえ、何でもありません」 「くっ……」 「嘘をつくな」と言いたかったが、葉山たちがいる手前、司はその言葉を飲み込んだ。 お互いに目を逸らしている真子と司の姿に、葉山は心の中でニンマリと笑った。 数年前まで実の兄弟のように……いや、それ以上に親密な関係のようであった二人が、今はそんな過去があったことなど到底信じられないほどにギクシャクとしている様子に、葉山は舌なめずりをした。 あのときは司の邪魔が入って“おざなり”になってしまっていたが、二人の今の関係を見るからに、もう彼が邪魔立てしてくることもないだろう。 そう考えた葉山は、今一度真子のその身体をじっくりと眺めた。 (ああ、たまらないな……) 今すぐにでも、うっとおしいドレスを剥いで、その清らかで美しい身体を露わにしてやりたい。 葉山は鼻息を荒くして、ゴクリと唾を飲み込んだ。 フウと息を吐き、昂る感情に蓋をして平常心を取り戻そうとする。 自分の欲望でいっぱいいっぱいだった葉山は、その隣で小森が自分を射殺すように見ていることになど、ちっとも気付かないのであった。 小森はうつむいている司に目をやると、 「で、
Last Updated: 2026-11-02
Chapter: 68話
小森が二十歳になった日のこと。 これからは接待などの機会も増えてくるだろうからと、両親からプレゼントされたのが「富嶽百景」だった。 「あの門脇グループで働かせてもらってるんだ。司くんの顔に泥を塗らないためにも、悠介も”一流の味“ってものを覚えなくてはね」 「ーーありがとう、父さん、母さん」 後になって調べてみたところ、富嶽百景は一本十数万もする高級酒だった。 一般家庭の小森家にとっては、易々と出せる金額ではない上に、欲しいからといってすぐさま入手できるものではないということも知った。 (この日のために、何年も前から予約してくれてたってことか……) 両親は純粋に、一流企業で働く息子のためを思ってしてくれたのだろう。 だが、一生に一度しかなかった二十歳の誕生日ぐらい、門脇家から離れて、自分のことだけを考えて祝ってもらいたかったーー 司と仲良くなる前は、自分の誕生日はいつも、両親は小森が欲しいものをプレゼントしてくれた。 ゲームのソフト、大好きなアニメのキャラクターのフィギュアなど。 だが、司と仲良くなってからは、全ての基準が「門脇家の恥にならないもの」に代わってしまった。 「門脇家のお子さんは、そんな低俗なゲームなどしないんじゃないか?悠介も、司くんの友達でありたいなら、あちらのレベルに合わせないとな」 「アニメのキャラクターのフィギュアなんて、そんな子供染みたものを飾っていたら、司くんが遊びにきた時に変に思われるんじゃないか?いいかげん、そんなものは捨てなさい」 正直うんざりした。 それでも、小森が両親の言う通りにしてきたのは、彼自身、司の友達でありたいと思っていたからだった。 ゲームより、フィギュアより、司といられるほうが大事だった。 司と過ごす時間そのものも楽しかったが、何より、彼といれば”あの子“に会えるからーー 結局、小森は両親がプレゼントしてくれた富嶽百景を飲めないままでいた。 (まあ、巡り巡ってこうやって役に立つ日が来たのだから、両親には感謝だな……) そんな風に過去を思い返していた小森だったが、もう一度司に向けて微笑んでみせると、 「先ほど葉山様にも申し上げた通り、あらゆる人脈を駆使したに過ぎませんよ」 実際はキッチンの棚の奥で眠っていたのを、たまたま思い出して持っ
Last Updated: 2026-11-01
君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜

君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜

御子柴弥一は結婚当初は妻であるかすみを疎んじていた。祖母の八重子がある日妻にと連れてきた女が彼女だった。弥一は当時大学を卒業したばかりの22歳で、彼女の歳はなんと32歳。そもそも弥一には想い人がいた。なのに、好き好んでもいない、しかも十歳も離れたおばさんとの結婚など受け入れられるわけがない。しかし八重子に逆らえるわけもなく、少しの辛抱と心に決め、従うふりをすることに。だが、始まりこそ最悪だったものの、案外その生活は悪くなく、何より彼女の作るご飯は格別だった。弥一が少しずつ歩み寄ろうとした矢先、彼女が突然姿を消す。そこで祖母から告げられる衝撃の事実。そもそもで俺たち、結婚してなかった、だと⁉︎
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Chapter: 144話
とある日曜日。 海老原市の別荘にある自室で、弥一は一人ベッドに横になっていた。 あの日ー 最後にかすみと別れたあの日から既に2ヶ月が経過したが、あれから何度かすみに連絡してみても返事は一度もなかった。 巴とジョンも、あの日を境に仕事が忙しくなったのか、結局何の説明もないままに二人は海外へと飛び立った。今はどうやらE国に行っているらしいことを後々咲希から聞いた。 弥一は力なく寝返りを打つと仰向けになった。 真っ暗な部屋にも何時間といれば目が慣れてくる。 天井の壁の模様を眺めながら、弥一は力なくため息を吐いた。 ありがたいことに、平日は仕事で忙しく、余計なことを考える暇がない。 だがその代償として、休日になると襲ってくるありとあらゆる思考の波に、ベッドから起き上がることさえ難しい。 家族だったり、三雲や愛蘭や加島、冬馬までもが心配して連絡を寄越してくるが、むしろその気遣いが今の弥一には苦痛でしかなかった。 あの日以降、櫂斗という人物を個人的に調べている。 才覚溢れる敏腕CEOだが、使えないとわかったら部下だろうが取引先だろうが、問答無用で切るような利己的で冷酷非道な人間であることがわかった。 でも、どうやらそれだけではないようでー 店主不在のかすみの店は、オープンすることすらできないままかと思いきや、当初の予定通りに次の日にオープンしたし、なんなら初日から繁盛していた。 弥一が見に行った時には、少なくとも三人の人間が働いているようで、店は大変な賑わいを見せていた。 さらには、かすみの意見を第一に考えているかのように、営業時間もメニューも彼女が言っていた通りのものだった。 まるで、いつか彼女が戻ってきた時に難なく仕事を引き継げるようにしているかのようであった。 では、ここまでのことを、一体誰が事前に手配していたというのか。 あの男がかすみを恐怖で縛りつけているのは間違いない。 だが、それと同時に、あの男がかすみを特別に思っていることも間違いないー 今の弥一にとって一縷の望みは、かすみの店がかすみの理念に沿って経営している以上、いずれ彼女は戻ってくるだろうということだった。 ただ、それがいつになるのかがわからない。 何ヶ月後か、あるいは何年か後か。 ときに、時間の流れは人の思い
Last Updated: 2026-08-27
Chapter: 143話
かすみが二人のために用意してくれたのはネギと玉子のシンプルなうどんだった。 だが、共にテーブルを囲むかすみの前には何も置かれていない。 櫂斗はちらりとかすみに目をやったが、結局は何も言わずに席に着いた。 「いただきます。」と手を合わせる羽柴に対し、櫂斗は無言で食べ始める。 そして一言、 「味が薄い。」 羽柴の手から箸が滑り落ちた。 「大丈夫ですか、羽柴さん⁉︎別のお箸を持ってきましょうか?」 立ち上がったかすみに羽柴は慌てて、 「テーブルの上に落ちただけですから大丈夫です。」 羽柴はかすみにはニコニコと笑って、箸が落ちた箇所を布巾で拭いた。 拭きながら、目線は隣りに座る櫂斗を凝視する。 文句を付けておきながら、食べる手を一切休めない櫂斗に、羽柴は目を細めた。 「これ以上俺を見るつもりなら、今すぐこの箸をお前の目に突き立ててやるぞ。」 羽柴はムッとしたような顔つにきなって、 「こちらこそ。思ってもないような失礼なことを言うだけの口なら、いっそのこと一思いに縫って差し上げましょうか?」 互いに睨み合う男二人に、かすみは困った顔で、 「お二人とも。うどん、伸びますよ?」 羽柴は「すみません。」と、席に座り直し、再度手を合わせてからうどんをすすった。 昆布の旨みが存分に引き出された優しい味付けの出汁に、ふんわりとした溶き卵とネギが絡みついたうどんはたまらなく美味しかった。 箸が止まらない羽柴は、そのまま汁まで残すことなく一気に食べ切った。 ふう、と羽柴は息を吐くと、 「久々にかすみ様の料理が食べられました。感無量です。ごちそうさまでした。」 手を合わせる羽柴に、かすみは、 「そんな大層なものは作っておりませんが、お口に合ったのなら幸いでー」 かすみの前に、ずいっと器が差し出された。 かすみが目線を上げると、無表情の櫂斗が空になった器を手に、それをかすみへと差し出している。 「ーおかわり、ですか?」 「それ以外に何がある?」 かすみは器を受け取ると、立ち上がりながら、 「少し味を濃くしますね。」 「余計なことはするな。」 かすみは眉根を少し寄せて、 「薄かったのですよね?」 櫂斗はふんぞり返るようにして腕を組むと、 「こんな夜中に味の濃
Last Updated: 2026-08-26
Chapter: 142話
荷物を運び終え一息ついている櫂斗に、羽柴が声を掛ける。 「櫂斗様、悠長にしていられる時間はありません。あっちの件もそうですが、何よりも先ず優先すべきことはかすみ様とのことです。小5男子みたいな態度をとっている場合じゃありませんよ。もっと大人の男性らしく振る舞わないと!」 「小5男子みたいな態度とは何だ?」 羽柴はため息を吐くと、 「好きな子に対して意地悪な態度を取ることです。」 絶句している櫂斗に、羽柴はさらに言葉を続けて、 「意識するあまりそうなってしまうのだとは思いますが…いいですか、櫂斗様?そんな態度じゃ伝わるものも伝わりませんよ?」 羽柴はさらに櫂斗に詰め寄ると、 「何度も言いますが我々には時間があまりありません。間違いないために、後悔しないために、素直になることが一番なんです。いいですか、素直ですよ!」 「気色悪い顔を近づけるなっ。」 櫂斗は不愉快そうに眉間を寄せると、羽柴から距離を取った。 「お前こそ、いい加減俺がかすみを好きだと決めつけてくるのはやめろ。そんな幻想は二度と抱くな。わかったか?」 「フラワースタンドのメッセージにあんなことを書いて?」 櫂斗は羽柴から視線を逸らすと、 「羽柴、お前はジョークってものを知らないのか?それに、だ。よく考えてみろ。あいつはこの俺に相応しいと思うか?いいとこ俺専用の家政婦ってくらいだろ。あんな芋娘、俺の伴侶になど到底値しないー」 どこか遠くを見るような目の櫂斗に、羽柴は再度ため息を吐いた。 (だったら俺専用とか言うなよな) 「いいですよ。認めたくないのなら、認めなくても構いません。ただ、私が主のためにできる限りやるまでです。」 「余計なことはするな。」 「いいえ、します。何せ、我が主は小学5年生ですからね。手が掛かるのは当然です。」 「誰が小学生5年生だ?」 睨みつける櫂斗に、羽柴は真剣な表情で、 「櫂斗様が心配するのも無理はありません。あなたはかすみ様が再び母親の毒牙にかかることを恐れているのでしょう?」 櫂斗はぴくりと眉を動かした後、目を細めた。 「櫂斗様は、かすみ様との思い出作りに来日されたつもりなのかもしれませんが、私はそれだけで終わるつもりはありません。お二人の未来のためにも、今度こそ茉莉(まつり)をブタ箱
Last Updated: 2026-08-25
Chapter: 141話
そんな祖母のお葬式の場ですぐさま始まったのが、親戚たちによる遺産相続争いだった。 祖父母は家をはじめとするすべてをかすみへと遺すと言ってくれていたが、肝心の遺言書が見つからなかった。 そんな中、ギャンブル好きで知られる祖父の弟夫婦が、生前兄は遺産は全て自分とその家族にやると言われていたと言い始め、彼らが連れてきた弁護士がその証言を裏付ける書類を提示して皆に見せた。 かすみはせめてこの家だけでも自分に譲って欲しいと頼み込んだが、一切聞く耳を持ってもらえなかった。 そして祖母のお葬式後、かすみはあっという間に家を追い出され、この家もギャンブルで作った借金返済のためにすぐさま競売にかけられてしまったのだったーー そして、時を経たずしてどこぞのお金持ちがこの家を買い取ったと聞いたが、まさかそれが櫂斗だったとはー 「そんなことをしてお金をみせつけたら、その後も何かにつけてタカりにきたんじゃありませんか?」 どこか蔑んだような言い方をするかすみに、櫂斗は手の中の置物をそっと元の位置に戻すと、 「黙らせた、と言ったろう?ゴミクズみたいな人間の扱いなら慣れている。2億払って、それで奴らとはおしまいだ。」 かすみは櫂斗を真っ直ぐに見上げると、 「ありがとうございます、櫂斗さん。本当に・・・ありがとうございます。」 祖父母の靴を抱きしめ、かすみは櫂斗に深々と頭を下げた。 櫂斗はかすみを見下ろして、 「礼なら羽柴に言え。俺だったらこんな気味悪い家、例えタダでも買わなかっただろうからな。」 そこへ、荷物を手に抱えた羽柴が現れ、大きなため息を吐いた。 振り返る櫂斗に、羽柴は視線で訴える。 櫂斗は眉間にしわを寄せ、チッと舌打ちをすると、 「俺に報いたいのなら、キッチリとこの分の対価を払うことだな。何、時間はたっぷりある。これからゆっくりと返していってもらうさ。」 どこがたっぷりだ、限られた時間しかないというのにーー 羽柴は切羽詰まったような顔をした。 薄ら笑いを浮かべる櫂斗に、かすみの顔からスッと温度が消えると、 「もちろんです。」 櫂斗は鼻で笑って、 「家中の明かりをつけろ。それが終わったら冷蔵庫にあるもので何か夜食でも作っておけ。」 そう命令すると、荷物を運びにさっさと戻って行ってしまう。
Last Updated: 2026-08-23
Chapter: 140話
「え?」 車から降りたかすみは、目の前の日本家屋に目を丸くした。 あれから何度かサービスエリアに寄ったのだが、その名前に、時折目にする看板の文字に、おそらく東北に向かっているのだろうということは見当がついていた。 しかしー 立派な日本家屋を前に立ち尽くしているかすみの姿を、櫂斗はしばらくの間黙ってみつめていたのだったが、ふいに、 「おい。」 と、声をかける。 かすみは肩をビクリとさせると、ためらいがちに振り返った。 「なぜ、ここに?」 かすみの質問に、櫂斗は顎を少し上げてかすみを見下ろすと、 「しばらくはここに身を置く。さっさと荷物を移動させろ。」 そこへ、すかさず羽柴が、 「かすみ様、荷物は私が責任を持ってお運びいたします。なので、先に行って家の明かりをつけてきてもらえませんか?鍵は開けておきましたので。」 かすみの戸惑った目に、羽柴は優しく笑って、頷いてみせた。 かすみは再度日本家屋に振り返ると、ゆっくりとそこへ向かって歩き出すり 門を跨ぎ、吸い込まれるようにして歩き出したかすみに、櫂斗は荷物を下ろす手を止めると、「後はやっておけ。」と羽柴に言い残してかすみの後を追う。 かすみは家屋の引き戸に手をかけたものの、開けられないでいた。 その間に櫂斗はかすみに追いついたが、1メートルほど後ろでその足を止める。 背後の櫂斗に気づかないかすみは、そこで目を閉じると大きく深呼吸をした。 そして意を決したように目を開けると、一気に引き戸を引く。 かすみがここを訪れるのは実に8年ぶりだった。 暗くて良くは見えなかったものの、不思議なことに古びた空気の匂いはしなかった。 そして、例え暗くてもかすみの身体がこの家の間取りを未だにちゃんと覚えていた。 彼女は玄関で靴を脱ぐと、数メートル先の壁まで歩いていき、そこにある三つのスイッチの中の真ん中を押した。 すると、パッと辺りが明るくなる。 明かりに照らされ露わとなった玄関に、かすみは息を呑んだ。 ピカピカに磨き上げられた床に敷かれた玄関先の敷物は、真新しいものの、かすみが祖父母と暮らしていた時と全く同じ柄のものだった。 玄関先の靴箱の上には、祖母が集めていた可愛らしいカエルの置物たち(カエルと帰るを掛けて、大事な人たちが無事に帰
Last Updated: 2026-08-23
Chapter: 139話
空港を出たかすみたちは、再度羽柴の運転する車で移動していた。ただ、今度の車はアルファードだったために、軽自動車の時のような圧迫感は皆無だった。櫂斗は上質な皮のシートで難なく脚を組んでは、流れる外の景色を眺めていた。時折、窓ガラスに反射したかすみを盗み見ては、彼女の様子を見張る。羽柴も時折、バックミラーで二人の様子を気に掛けては、「喉は渇いていませんか?お腹はどうです?」「お手洗いは大丈夫ですか?次のサービスエリアでトイレ休憩にしましょうか?」と、声を掛けた。だが、かすみは、こんな姿で外なんて歩けない、という思いから、トイレに行く必要がないよう羽柴が差し出した水を受け取らなかった。櫂斗も櫂斗で、「俺はいい。」と断る。そんなわけで、車は一度も休憩を挟むことなく、ひたすら高速道路を走るのだった。とはいえ、空港を出てそろそろ5時間。かすみの我慢も限界に達していた。ただでさえ緊張するような場面に5時間。かすみの口の中はもはや唾液すらまともに出ていなかった。だが、それよりも深刻なことがあった。1時間ほど前からトイレに行きたくてたまらないのである。かすみはちらりと横にいる櫂斗を盗み見た。自分と同じ状況のはずのに、隣の彼はいつも通り、余裕綽々とした様子であった。トイレに行きたい。けど、こんな格好で出歩きたくない。そんな思いの狭間に揺れるかすみは、困ったように眉根を寄せている。するとー「羽柴、次のサービスエリアでおろせ。タバコが吸いたい。」主の注文に、羽柴はすぐさま、「承知いたしました。」と答えた。幸いなことに、次のサービスエリアはここから2キロほど先の距離であったため、数分走っただけで着くことができた。羽柴が車を停めると、櫂斗は流れるような動作で車から降りた。と、すぐさまかすみ側のドアが開けられ、そこから姿を現した櫂斗が一言、「降りろ。」と、かすみに命令する。かすみが戸惑ったように目を泳がせたので、櫂斗はその目を細めると、「俺にペットボトルか、何かちょうどいい容器でも持って来させる気か?」最初は櫂斗の言葉の意味がわからなかったかすみだったが、すぐさま意味が理解できたのか、次にその顔を赤くした。そんなかすみに櫂斗は、「さっさと降りてトイレに行ってこい。」かすみは唇を引き結ぶと、そろりそろりと車から降り、少し前屈みになってト
Last Updated: 2026-08-22
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