author-banner
佐伯れもん
佐伯れもん
Author

Novels by 佐伯れもん

君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜

君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜

御子柴弥一は結婚当初は妻であるかすみを疎んじていた。祖母の八重子がある日妻にと連れてきた女が彼女だった。弥一は当時大学を卒業したばかりの22歳で、彼女の歳はなんと32歳。そもそも弥一には想い人がいた。なのに、好き好んでもいない、しかも十歳も離れたおばさんとの結婚など受け入れられるわけがない。しかし八重子に逆らえるわけもなく、少しの辛抱と心に決め、従うふりをすることに。だが、始まりこそ最悪だったものの、案外その生活は悪くなく、何より彼女の作るご飯は格別だった。弥一が少しずつ歩み寄ろうとした矢先、彼女が突然姿を消す。そこで祖母から告げられる衝撃の事実。そもそもで俺たち、結婚してなかった、だと⁉︎
Read
Chapter: 128話
「ごちそうさまでした。」 手を合わせた弥一の前にはきれいに平らげらた後の食器だけが並んでいた。 結構な量を用意したはずだったのに、全ての料理を完食した弥一にかすみは目を丸くする。 「御子柴さんて、もしかして痩せの大食いですか?」 弥一はキョトンとした顔でかすみを見つめ返すと、 「いや、普通に人並みだと思うけど・・・どうして?」 その問いに答える代わりに、かすみは目の前の空になった食器へと視線をやると再び弥一に視線を戻した。 その視線の意味に気づいた弥一は、ははっ、と笑うと、 「美味しいものだったり、好きなものってなったら別!俺にとってかすみさんの料理はどちらにも当てはまるから、そりゃあ、箸が止まらないよね!」 かすみも、あはっ、と笑うと、 「最高の褒め言葉です。ありがとうございます。」 弥一はかすみの笑顔を愛おしそうに眺めていたが、ふいに、 「そうだ、ケーキなんだけどさ。」 ん?といったように、かすみは弥一を見つめる。 「先に二人で少しだけ食べちゃわない?せめてチョコプレートの所だけでもかすみさんに先に食べてほしいな。」 「チョコプレート、ですか?」 「うん、メッセージ書いたからさ。それを家族に見られたくないんだ。見られたら最後、イジり倒してくるに決まってるから。」 かすみは思わず吹き出すと、 「では、先に少しだけ二人で食べちゃいましょうか!」 弥一は「賛成!」と手を挙げると、 「よし!じゃあ、作業を分担しよう。かすみさんはケーキを取り分ける係、俺は皿を運んで洗う係をやります!」 かすみはすかさず両手を振ると、 「いけません。御子柴さんに皿洗いなどさせられません。」 だが、弥一はかすみの言葉を聞きながらもスーツの上着を脱いで椅子に掛けると、腕時計を外し、ワイシャツの袖をまくりはじめる。 「かすみさん。海老原市での俺たちの関係はもう終わったんだ。だから、俺が皿洗いをしたっていいでしょう?」 「いや、でも・・・それではおもてなしにならないです!」 「十二分にもてなしてもらったよ?俺の大好物ばかり作ってもらえたんだもん!だから、ね?」 ふいに、弥一のそんな甘え顔を正面からくらったかすみはたまらず目を泳がせると、 「ですが、私ばっかりもらいっぱなしっていうのはち
Last Updated: 2026-08-06
Chapter: 127話
お店のドアが開いた音に振り返ったかすみの目に、弥一が映った。 彼女は微笑むと、 「お待ちしておりました。」 そう言って入り口に立つ弥一を出迎える。 弥一ははにかんだ笑顔を浮かべながら彼女に歩み寄り、ケーキが入った箱をテーブルの上に置くと、 「かすみさん、カフェのオープンおめでとう!」 そう言って、花束を手渡した。 かすみは美しい花束を目に顔を綻ばせると、 「わあ、きれい。」 手の中の花束に感嘆の声を洩らした。 「表にあるスタンド花といい、すごく嬉しいです。ありがとうございます。こちらは店内に飾らせていただきますね!」 弥一はかすみの言葉に少し引っ掛かりを覚えたものの、「もちろん!」と言って笑い返した。 それから、 「それともう一つプレゼントがあってー」 そう言いながらケーキの箱までかすみを誘導すると、 「開けてみて?」 かすみが、いいのですか、というように弥一の顔を見たので、弥一は「どうぞ」と言って促した。 かすみはケーキの箱に手を伸ばすと、大事なものを扱うときのような優しい手つきでそっと箱を開ける。 「わあ。」 またしても、かすみの口から感嘆の声が洩れた。 生クリームといちごのシンプルなケーキだが、生クリームで見事にデコレーションされたケーキは言葉にできないほどの美しさであった。 「これって愛蘭たちのお店の、ですか?」 目の前のケーキに目を奪われながらもそう尋ねるかすみの姿に、弥一は堪らずクスッと笑って、 「そう。急な注文だったにも関わらず作っていただいたんだ。最初は顔を顰めてたけど、かすみさんのオープン祝いにプレゼントしたくてって言ったら、二つ返事で引き受けてくださったよ。」 かすみは感極まったような表情でケーキを見つめると、その視線を弥一に移して、 「こんなにも心のこもったプレゼントをいただけて、本当に胸がいっぱいです。御子柴さん、ありがとうございます。」 胸に手を当ててお礼の言葉を述べるかすみに、弥一自身も何だか胸が熱くなった。 「こちらこそだよ。喜んでもらえてすごく嬉しい。」 かすみは今一度花束とケーキに目をやってから、 「では、次は私がおもてなしをする番ですね!御子柴さん、少しの間椅子に掛けてお待ちください。すぐに準備をいたしますの
Last Updated: 2026-08-05
Chapter: 126話
あの水族館の日以来、加島には連絡をしていないし、あちらからも音沙汰なかった。 言わないほうが良かった。言わなければずっと友達としていられたのに。 などと、らしくないことで悩む自分に腹が立つ。 自分がうまくいかなかったからって、あの子にあんなことを言ってハッパをかけるなんて。 「だっさ。」 「何が?」 驚いた愛羅が会計のおつりを落としそうになると、加島が愛羅の背後から彼女を抱くよう手を伸ばし、見事にキャッチする。 加島は、二人のやり取りを目に黄色い声を上げているお客に向き直ると、「ビックリさせてしまい申し訳ありません。こちらおつりの630円になります。ありがとうございました。」と言って、おつりを手渡した。 「な、何しに来たのよ。」 久しぶりの彼に、声が上ずる。 お客に聞こえないよう、また加島を目を合うことがないよう、愛蘭は加島に背を向けた状態でそう小声で問い詰める。 加島は愛蘭の背中を見つめながら、 「スタッフの子から、誰かさんが最近上の空でアホ面晒してるもんだから困る、って聞いたもんだからさ。オーナーとして喝入れに来てやったの!」 「はあ?誰がアホ面晒してるですって!」 巻き舌で怒りを露わに振り返る愛蘭に、 「やっとこっち見た。」 してやったりといった加島の顔に、愛蘭は唇を噛んでそっぽを向いた。 「何しに来たって聞いたんだけど。」 加島は愛蘭の隣にそっと立つ。 瞬間、愛蘭は身体をビクリとさせた。 加島は、フッと笑うと、 「お前さあ、今日この後空いてる?ちょっと付き合ってほしいんだけど。」 「つ、付き合うってどこに?」 「かすみがお店をオープンさせたろ?その開店祝いにさ。お前、プレゼントのセンスがいいじゃない?だから、一緒に選ぶの手伝ってほしいんだよ。」 ああ、そういうこと。 散々ありえないことだとわかっているはずなのに、何かを期待した自分が恥ずかしくて、愛蘭は眉間にしわを寄せると、 「わかった、買い物には付き合うわ。だから、とりあえずそこ退いて。」 だが、加島は動こうとしなかったため、愛蘭は苛立ったように加島を見上げると、 「ねえ、退いてって言ってー」 「買い物行った後はさ、ディナーを予約してるんだ。隣町にあるお好み焼きの店。前に食べに行きたいって
Last Updated: 2026-08-04
Chapter: 125話
会社を出た弥一は真っ直ぐにエートル・カプティヴェに向かった。 店は相変わらず繁盛していて、弥一は行列の最後尾に並ぶと時計を確認する。 時刻は間もなく午後5時を迎えようというところだった。 かすみとのディナーは午後6時からにしてもらった。ディナーには早いが、久々に八重子も帰宅したし、かすみ大好き人間な巴たちを差し置いてということもあって、早めにかすみを解放するためにもディナーの時間を早い時間帯にしてもらったのであった。かすみの開店祝いは、御子柴家で贅沢に執り行おうという算段だったのである。そんな弥一は、ここでケーキを受け取り、花屋で花束を受け取っても十分時間には間に合うだろう、そう考えていたのであった。 数十分後。 前の人が終われば次に弥一の番なので、彼は予約表を財布から取り出した。 前の人が買い終わり列から捌けると、弥一は笑顔を浮かべながら前に出る。 「こんにちは、円城寺さん!予約していてたケーキをお願いします!」 そう言って、弥一は予約表を愛蘭へと渡す。 弥一の晴れ晴れしい笑顔とは打って変わって、愛羅は口元だけで笑ってみせると、 「お待ちしておりました御子柴さま。ただいまご予約いただいたケーキをお持ちいたしますので、少々お待ちください。」 そう言うと、予約表を手に店の奥へと消えて行った。 愛蘭はすぐさまケーキが入った箱を手に戻ってくると、 「では、ご予約された商品と相違ないか確認していただきます。」 愛蘭はケーキの箱を滑らかな手つきで開けると、ケーキが乗っている板毎スライドさせて、弥一にケーキがよく見えるようにする。 8号サイズの大きな生クリームケーキは、所々に赤く輝くイチゴが添えられ、生クリームでデコレーションされたケーキはシンプルであるからこその美しさが際立っていた。 ケーキの真ん中にはハート型のチョコが置かれ、弥一からかすみへのメッセージが書かれている。 弥一はそのケーキを目に小さく拍手すると、 「すごい、美しい・・・このケーキは僕の想像の遥か上をいってます!やっぱり円城寺さんに頼んで正解でした。お忙しい中ありがとうございます!」 そう顔を綻ばせる弥一に、愛蘭は内心照れながらも、ふん、とそっぽを向くと、 「天下の御子柴さまにお褒めいただき光栄です。では、商品はこちらでお間
Last Updated: 2026-08-03
Chapter: 124話
弥一と三雲の社長室でのやり取りから、遡ること数時間前。 かすみが経営するカフェ、refuge(ルフュージュ)にて、かすみから招待を受けた八重子と早苗は、かすみが二人のために用意した特別な料理に舌鼓を打っていた。 八重子は、子羊のソテーに赤ワインで作ったソースがかかったお肉を頬張ると、その美味しさに思わず目を瞑る。 早苗はグリーンピースのポタージュのスープが気に入ったようで、上品にスプーンで掬うと、あっという間にスープのお皿を空にした。 デザートは二人の好きなフルーツをふんだんに使ったフルーツタルトで、しっとり濃厚なタルト生地に、コクがありながらもあっさりとした口当たりのカスタードと生クリーム、そしてフルーツの酸味とがとてもよく合っていた。 食後のコーヒーを優雅に堪能しながら、八重子と早苗は満足そうに微笑えんでいた。 「帰国して早々、こんなに美味しいお料理が食べられるなんてとっても幸せなことだわ。」 そう、かすみの料理の腕を褒める八重子に、早苗も同意するよう頷いたので、かすみは照れたように笑った。 「お二人のお口に合ったのなら光栄です。おかげで、自信をもって料理を出すことができます!」 「もし仮に、かすみちゃんの料理を否定する輩が現れたら教えてちょうだい!御子柴家の全権力を行使して黙らせてやるんだから!」 そう言って八重子はわざと怒ったような表情を作り、早苗はまたも同意するように、うんうん、と頷いた。 かすみはくすくすと笑ってから、急に真面目な顔つきになると、 「はい、そんなことになった時はぜひよろしくお願いしますね?」 それから三人は、まるで旧友のように笑い合ったのだった。 一頻り笑った後、八重子はコーヒーカップを置きながら、 「そういえば、早苗さんから聞いたんだけど。かすみちゃん、今はウチに住んでるんですってね?」 かすみは眉を下げると、 「はい、そうなんです。借りていたアパートに欠陥があったらしく、困っていた所に偶然巴さんとジョンさんが通りかかって・・・そんなお二人の提案に甘えて同居させていただいております。」 八重子は椅子から立ち上がり、かすみの手を握ると、 「ウチのへっぽこ弥一が散々迷惑を掛けたっていうのに。それでもまた御子柴家と繋がってくれてありがとうね、かすみちゃん。」 か
Last Updated: 2026-08-02
Chapter: 123話
「いいんだけどさ、いいんだけど・・・いや、やっぱり良くないな。え、なに?その顔なんとかならないの?」 社長室には、デスクに座り書類に目を通す弥一と、その傍らに立つ三雲がいた。 弥一は、朝からただただ愚直に仕事をこなしているだけだった。 それなのに、そんな自分に怪訝な表情を浮かべ、そう尋ねてきた三雲に、 「その顔って、どの顔だよ?」 そう、弥一は聞き返した。 三雲は腕を組むと、 「もしも今、お前がその顔で下着のサンプルでも触ってようものなら、社員はドン引くだろうし、なんなら警備員飛んできそう。」 弥一はすぐさま真顔になると、 「え、そんなにやばい顔してた?」 三雲は片方の眉を上げると、 「かなりな。」 気まずい雰囲気を払拭するように、 弥一は一つ咳払いをすると、 「一応、もらった書類には全て目を通したし、必要なものにはサインもした。あと他に、何かやるべきことはあるか?」 今さら威厳を保とうとしている弥一に、三雲は苦笑すると、 「いいえ、今日社長がやるべきことは以上となります。」 「本当か?」 そわそわした様子の弥一に、三雲は思わず笑うと、 「まるで修学旅行前日の小学生みたいだな。どんだけ楽しみなんだよ!」 弥一は帰る支度をしながら、 「なんとでも言ってくれ。俺はもう、自分の心に素直になるって決めたんだ。」 「あー、はいはい。素晴らしい考えだと思いますよ?」 三雲にからかわれても、弥一は一向に気にならなかった。 弥一の頭の中は、今日のディナーを最高なものにするんだという思考でいっぱいだったからだ。 ある意味で心ここに在らずな弥一に、三雲は、 「そういえば、かすみさんへのお祝いにはケーキと花束をプレゼントするんだっけ?」 「そう。お前からのアドバイスをやっと活かせる日が来たよ。」 「かすみさんの好みがわかったのか?」 「ああ、大体だけどな。かすみさんは生クリームに目がないから、とっておきの生クリームケーキをホールで注文してる!花は、かすみさん、すみれの花が好きなんだって!だから、すみれの花を基調とした花束がいいなと思って、それももう注文しておいたんだ。」 「あとは取りに行くだけ、か。」 「そういうこと。」 淡々と返す弥一に、三雲は少し言い出し辛そう
Last Updated: 2026-07-28
この恋に永遠(とわ)の決別を〜二度目ましてのこの人生、もう同じ轍は踏みません〜

この恋に永遠(とわ)の決別を〜二度目ましてのこの人生、もう同じ轍は踏みません〜

例え一夜の過ちだったとしても構わなかった。長年想い続けた彼の子供を、しかも男女の双子を身籠ることができて彼女は十二分に幸せだった。「その子らはお前の子であって俺の子じゃない。育てるのは勝手だが俺の目の届かない所でやれ。」そう言われ北国でひっそり始まった三人暮らし。彼女にとって子供たちが何よりの宝だった。そんな日常がある日、突如終わりを迎える。耳に残るは幼子二人の恐怖に支配された叫び声と獰猛な獣の息遣い。だが健闘虚しく彼女の意識はそこでこと切れた。そんな彼女が再び目を覚ました時、そこは病院のベッドの上だった。どうやら時間が巻き戻ったようである。彼女は固く決意した。同じ人生はもう繰り返さない!
Read
Chapter: 9話
司は真子から視線を外さず、 「反省しているのか?」 真子は伏し目がちに、 「もちろんです」 前世ではこの後、司が同じ病棟に入院している彼女の病室を真子に尋ねさせ、そこで再度彼女に謝罪をさせた。 そのことも覚えていた真子は、痛む身体に鞭打ってベッドから降りようと身体を動かす。 「ーっ」 あざになっている所にベッドの縁が当たったのだろう。痛みに真子は思わず、小さく声を上げてしまった。 司はそんな真子に見ながら、その眉間に深くしわを寄せると、 「何をしている?」 「高梨さんに直接謝罪をさせていただきます。彼女の病室はこの棟の最上階でしたよね?」 「必要ない」 「え?」 思わず、真子は顔を上げて司の顔をまじまじと見た。 (あれ、記憶違い?確か謝罪に行ったはずだけど・・・) そう思った真子は、訝しむように司を見た。 そんな真子の視線に、司はさらに眉間のしわを深くすると、 「何だ?」 「あ、いえ。ただ、謝罪をしなくても本当によろしいのでしょうか?」 「彼女は今休んでいるところだ。そんな中お前が行ったのでは、却って迷惑だ」 (ああ、なるほど) 合点がいった真子は、それならばお言葉に甘えさせていただこう、と身体を動かして元の位置へと戻る。 その際、またしても痛みが走った真子は、声は出なかったものの顔を歪ませてしまう。 司はその目を細くすると、 「どこか痛むのか?」 真子はすぐさま表情を作り直すと、 「いえ、特にどこも」 「なら、なぜそんな顔をする?」 「そんな顔とはどんな顔です?」 「なっー」 真っ直ぐに自分を見上げる真子のその目に、司が言葉に詰まってしまったその時だった。 またしても真子の病室のドアがスライドされる。 そしてそこから現れたのは、栗色の髪の毛先を緩く巻いた、海外のモデルさんみたいに、スラリとした手足の美しい女性ー 司の秘書、いや仕事から離れている今は、司の恋人と言ったほうがいいのだろう。そこには、高梨彩花(たかなし さいか)が立っていた。 「良かった、ここにいたのね司。」 彩花は少し息を切らしながら、真子のそばで驚いたように目を見開いた司に向かって歩いて行く。 彩花は、まるで司しか目に入っていないかのように周りの目を憚ること
Last Updated: 2026-07-29
Chapter: 8話
そう言って、顔を上げた人物の目が、ベッドの上で戸惑ったように身をこわばらせる真子を捉える。 すると、その人物はあからさまにホッとしたような顔になると、「なんだ、生きてるじゃないか。」と、彼にしか聞こえない声量で呟き、その後、馬鹿馬鹿しいといったように苦笑して、頭を振った。 それから、ドア付近の人物は走ったことで乱れた前髪を掻き上げ、スーツの乱れも直すと、真子がいるベッドへと、長い足を使って一気に近づいた。 硬直した様子の真子を目の端で捉えた綾は、真子とその人物の間に立ちはだかると、目の前の人物を睨みつけながら、 「一体何の用ですか、門脇社長。」 冷たい声でそう問いかけた。 問われた人物である、門脇社長こと門脇司は、冷徹な瞳で彼女を捉えると、 「退け。お前にはこれぽっちも用はない。」 だが、綾は一切臆することなく、怒り心頭な様子で、 「退きません!真子は御宅の会社の階段からまたしても落ちたんですよ?一度ならず、二度までも!まともな人間ならこのことをおかしいって思うはずですけど、門脇社長は絶賛盲目中でしょうから、このおかしさに気付けないのでしょうね!」 「キャンキャン喚くな、野良犬風情が。お前の金切り声は頭にも勘にも障るんだよ」 「話を逸らさないで下さい!」 そう声を張り上げる綾に、司は侮蔑するように見下ろすと、 「同じことを何度も言わせるなよ?退けといってるんだ。お前のとこの吹けば飛ぶようなおんぼろ会社が、誰のおかげで存続できているのか忘れたか?」 その一言に、綾は言葉を詰まらせた。 司はそんな綾を鼻で笑うと、何も言い返せない彼女の脇をすり抜けようとするが、それを阻止しようと綾が身体を半歩横にズラした。 まだ邪魔立てする綾に、いよいよ司の怒りが沸点に達そうとしたその時、 「綾、大丈夫だから。ほら、こっちに来て。」 と、ベッドの上の真子がそう優しく声を掛ける。 綾は真子に振り返ると、 「どこが大丈夫なの?そんなにひどい怪我を負ったっていうのに!」 そう心配から声を荒げる綾に、真子は柔らかく微笑むと、 「心配してくれてありがとう、綾。ただ、今の私も、あなた同じくらい心配なの。だから、私のことを思ってくれるのなら、お願いだからこっちに来て」 と、綾が少しでも司から距離を取れるよう、
Last Updated: 2026-07-21
Chapter: 7話
だが、こういった患者への接し方をよく心得ていた医師は、決して怒ることはなく、むしろ優しい声色で、 「あなたの名前は清川真子さん。瑞鳳市の清掃業者で働く、19歳です。」 と、敢えて真子が聞いてない個人情報まで付け加えて、説明してくれたのだった。 それを聞いた真子は、信じられないというように目を見開いた。 先程、医師が自分の年齢を19歳だと言ったのは、再度医師がそう言い切ったことから、どうやら聞き間違いではなかったことがわかった。 さらには、真子が今現在瑞鳳市で清掃業者として働いているとも言っていた。 信じられないが、信じるより他なかった。 (時間が、巻き戻った) そんな彼女の頭に、ふと、さっき見ていた夢の中で二人の男女が言っていた言葉が思い起こされる。 彼、彼女らは確か、人生をやり直すとか何とか言っていた気がする。 あと、自分を何より一番にとか、最後まで言えてはなかったがラッキーパーソンがどうとか言っていたはずだった。 まさか。だが、そうだとするとこの状況全てに合点がいく。 (私が人生をやり直すために、時間が巻き戻った) となると、現在のこの状況は過去にもすでに経験済みなはずで、真子は素早く頭を回転させると、これがいつのことだったかを思い出そうとした。 そして、それをはっきりと思い出した彼女は、そろそろ来るはずだ、そう思い病室のドアへと目をやる。 すると、真子の予想通り、そのドアは勢いよくスライドされると、そこから一人の女性が病室の中へと駆け込んできた。 その女性は苦しそうに肩で息をしながら、真子がいるベッドの淵に手を掛けると、 「真子大丈夫なの?あなたがまたあそこの階段から落ちたって聞いてあたしびくっりして慌てて飛んできたんだよ!」 そう息継ぎもなく話す彼女に、真子は安心させようと、「あたしは大丈夫だよ。目覚めた時は混乱してて、変なこと話しちゃったみたいだけど、今はもう意識もはっきりしてるから大丈夫。心配かけてごめんね、綾(あや)」 “綾”と呼ばれた女性は、身体を折り曲げたまま、顔だけ上げて真子を見ると、 「どこか痛いところはない?」 「うん、ないよ。大丈夫」と、綾を安心させようとそう答えたものの、本当は、強く打ったという頭をはじめ、身体のいたるところがジクジクと痛んでいた。
Last Updated: 2026-07-21
Chapter: 6話
急に目覚めた真子に、看護師は隣にいる医師に向かって慌てて、 「先生!患者さんが目覚められました!」 医師は看護師のその言葉に頷くと、 落ち着かない様子でキョロキョロと辺りを見回している真子に向かって、 「清川さん、心配しなくても大丈夫ですよ、ここは病院です。」 そう言って、真子を安心させようと穏やかな声で話し掛ける。 だが、真子はそんな医師の胸元の服を縋るように掴むと、 「すみません、私の子供は。双子はどこですか?」 まだ未成年の少女とはいえ、真子のその整った顔を急に近づけられた医師は、どぎまぎとしながらも、自身の胸元を掴む真子の手をトントンと叩くと、 「清川さん、ここに来る前の出来事について何か覚えていらっしゃいますか?」 そう聞かれた真子は間髪入れずに、 「覚えてます!熊に。ヒグマの母親に襲われたんです。」 それを聞いた医師と看護師は、すぐさま互いに意味あり気な視線を交わし合ったのだが、そのことに気づかない真子は話を続ける。 「子グマが明希と叶多の近くに来てしまって、何で家に入ってきたのか。戸締りは嫌ってほど確認したはずなのに。けど、とにかくヒグマの親子が我が家に入ってきてしまって。ヒグマの母親が子供を守ろうと私たちに襲いかかってきたんです。私も二人を守ろうとしたんですが、情けないんですけど真っ先にやられてしまって。そんなヒグマの母親は次に明希にー」 だが、そこであの時の光景がフラッシュバックしてしまった真子は、ショックからその先の言葉が出なくなってしまう。 一分ほど黙った後、真子は何とか心を落ち着かせると、 「でも、真っ先にやられた私がここにいるってことは、明希も叶多も助かったんですよね?二人はどこですか?」 そう焦ったように尋ねる真子に、医師と看護師は再度視線を交わすと、 「清川さん、今のあなたは、どうやら事故のショックによりかなり混乱されているようです。」 と、言葉を選ぶように医師が言う。 言われた真子は、圧倒的な力差のある野生の獣に襲われたのだから、混乱するのは当然で、わざわざそんなことを言って確認してくれなくていいから早く双子の安否を、どこにいるのかを教えてほしい。そう思い、 「先生、私の子どもたちはどこですか?」 と、悲痛な面持ちで再度問いかけた。 それを聞い
Last Updated: 2026-07-21
Chapter: 5話
落ちているのか、はたまた浮いていってるのか。 不思議な感覚の中、真子の体は暗闇の中を漂っていた。 目を開けたいのに、ひどい金縛りに襲われているかのように、開くことはおろか、指先の一つも動かせない。 すると、不意にどこからか若い男女の話し声が聞こえてきた。 その声ははじめ、遠くの方からしているようだったが、段々とそれが近づいてくるようで、真子はそちらに顔を向けたいのだが、それができない。 為すすべもなく、ただの浮遊者としてその場にいるしかない真子は、二人の会話に注意深く耳を傾けた。 男女は真子のそばまで来ると、男の子の方が、 「すごい!見て、本物の眠り姫だ!けど、かわいそうに。よっぽど悲しかったんだね。彼女、泣いてる」 そう騒ぐ男の子に、 「泣かなくてもいいのにね。しかたのないことだったんだから」 そう言うと、女の子は真子の目尻から溢れ出た涙を掬ってくれた。 二人がそう言うまで、真子は自分が泣いていることすら気づかなかったのだが、心優しい二人の対応に心の中で感謝の言葉を述べた。 それから、女の子は短いため息を一つ吐くと、 「姫って呼びたくなるほど可愛いのは認めるけど、目覚めてもらわなきゃ困ることになるのは私たちだよ」と、冷静な声で言った。 そんな二人の不可解なやり取りに、真子は質問をしたい衝動に駆られたが、口も動かせない彼女ではもちろんそれが叶う事もなく、再度黙って二人の会話に耳を澄ませた。 女の子は話を続けると、 「目覚めてもらった上で、前の人生とは違う選択をしてもらわないとだしね。」 「じゃないと、また同じ結果になっちゃうんだっけ?」と聞く男の子に、女の子は静かに、「そう。」と返す。 “前の人生とは違う選択?” どういう意味だろう、と考える真子を他所に、二人は、 「彼女には何よりも自分自身を大事にすることを学んでもらわなきゃいけない。そうでなければ、何度人生を繰り返そうとも同じ結末しか訪れない。」 「けど、彼女が人生をやり直せるのは今回限りでしょう?優しすぎる彼女には難しいんじゃない?」 「そうなったら、残念だけど、今回も彼女とあの双子ちゃんたちが犠牲になるだけだね。」 "彼女とあの双子ちゃんが犠牲になるだけ、って・・・これってまさか、私たちの話?" 「うわぁ・・・よく
Last Updated: 2026-07-21
Chapter: 4話
(H道の朝日川市って、あいつらが住んでるところじゃないか?) 「ねえ、ねえ、パパー!早く僕に買ってきてくれたお土産見せてー!」 そう、司の手を掴み、ブンブンと振ってせがむ息子に、彼は、 「うるさいなっ!ちょっと黙ってろ!」 と言って、その手を振り払うと、急いでテレビへと駆け寄った。 残された息子は、父のただならぬ様子と、生まれて初めて、父からぞんざいに扱われたことへの驚きから、泣き出してしまう。 そんな息子のただならぬ泣き声を聞きつけ、母である彩花は慌ててドレッシングルームから駆けつけると、 「流央、一体どうしたの?何で泣いてるの?」 流央は司を指差しながら、 「パパが僕に痛いことしたの!僕のこと怒った!僕何も悪いことしていないのに!」 実際にはそんなに痛くはなかったものの、母親には心配してほしくて、少し大げさに伝えた。 泣きながらそう訴える息子に、彩花はまさかと思いながら、司に目をやった。 彼が自身と同じく、息子のこともどれほど大切にしてくれているかは、誰よりも彩花が良く知っていた。 そんな彼が、息子に声を上げるなど信じられなかったのである。 だが、司は、そんな妻にも息子にも目をくれず、ただただ食い入るようにそのニュースを見つめていた。 そして、その頭の中では絶えず、 (頼む、どうか。どうか人違いであってくれ) そう、切に願っていた。 しかし、そんな司の願いは無情にも届かず、 「ヒグマに襲われたと見られる遺体は、この家に住む清川真子さんと、その子供たちである双子の叶多くんと明希ちゃんのものであることが、その後の警察の調べにより判明しました。」 そう女性キャスターが読み上げると共に、テレビの画面には、規制線が貼られた見覚えのある家と、真子と双子の子供たちの写真が映し出された。 ヒグマに襲われたのが真子たちだっと知るや否や、 「うそだ。うそだ、うそだ、うそだー」 そう、取り憑かれたように司は呟く。 そんな司を他所に、さらにアナウンサーは、「また、この清川さん親子の住宅の敷地内で、遺体として発見された男性の身元も同時に判明しました。なお、この男性は清川さん親子を襲ったヒグマに襲われて亡くなったわけではなく、男性の胸元には刃物のようなもので刺された後と、この男性の遺体の近
Last Updated: 2026-07-18
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status