Chapter: #17「紫弦様、おはようございます。今日は街に視察に行かれるのですか?」「あぁ。父上が元気なうちに、できることをやっておこうと思って」街は活気を取り戻しつつある。身体の弱い者、貧しい者に幼い子ども。誰もが安心して生活ができるように、紫弦は新しい施設や職業を模索していた。異国で経済を学んだ弟が帰ってきてくれたこともあり、二人で国をよりよくする為に奮闘している。発展というより改善に近い。ただ今まで目を向けられなかった部分に着目している。強い者が快適に暮らせる国ではなく、弱い者が楽しく暮らせる国づくりを。自分達に与えられた時間は有限だから、この命が続く限り続けたい。迷った時や辛い時は首飾りに触れて心を落ち着ける。いつか帰ってくる彼の為に……。「紫弦様、護衛をつけてください!」「ああ、すまんつい……。でも武器を持った奴らをぞろぞろ連れていく方が目立つからな」短剣だけ腰に添えて、紫弦は城の門を抜けた。未だに皇子の自覚が足りないと董梅達から怒られるが、城の中でふんぞり返るだけの王なら街へ出て、畑仕事のひとつでも手伝った方がマシだと思う。耕した野菜や果物が誰かの糧になり、新たな命へ繋いでいく。今まで何百、何千年と続いてきたことなのだ。祖先が泥だらけになって頑張ってくれたから、今の自分達がある。「これ面白い!」商店が建ち並ぶ大通りでは、子ども達が玩具を持って走り回っていた。その姿を遠目で見て、思わず相好がくずれる。自分も幼い時はこっそり玩具を買って、あんな風に遊び回ったものだ。子どもは純粋で、何よりも弱い存在。誰かが守って、伸び伸び育つ環境を用意してやらないといけない。学校へ行けない子どもがいなくなったらいいのに、と彼も言っていた。今は少しでも変えられるように、子ども達を支援する為の法律も考えている。彼らは、命は国の宝だ。……昔のお前もそう思ったんだろ。空を仰いで、世界を照らす太陽を見つめる。どこにいても決して見失うことのない光。どれだけ心が冷えきっても、変わらない温もりを与えてくれる。今日も世界は平和だ。腰に手を当て、城の前の高台から街を見下ろした。見た目は何も変わらないけど、中身は着実に変化を遂げている。街と山の稜線を宙でなぞり、目を眇める。国を立て直すことができたら、いつかあの向こうへ行こう。そう奮い立ったとき、「うわっ! 駄目駄目、
Last Updated: 2025-11-01
Chapter: #18指に力が込められる。苦しいほどの抱擁だ。でも、肩に掛かる髪や花の香り。これは間違いなく千華だ。千華がいる。ずっと待ち続けた彼が、……今、この腕の中に。「俺も……会いたかった。ずっと、待ってたんだ」彼の背中を抱き留め、三年ぶりの温もりを噛み締める。夢じゃない。今なら幸せで死ねる気がした。神様に感謝して、笑顔であの世へ逝けただろう。でも死ぬには惜しい。むしろ今生き返ったような感覚だったからだ。全身に電流が走り、つま先まで温かい血が巡った気がした。命の息吹だ。こうして触れている間も、自分と彼の心音が聞こえるようで……生きてるのだと実感する。身体を離し、何とか彼と一緒に立ち上がった。「ごめんな。大丈夫?」「平気。一応お前がいない間も鍛えてたから」土埃を落とし、心配そうな千華に微笑んだ。「それにしても、本当に突然だったな。何かこう、先に文書とか送ってくるのかと思った」「あはは、できたら良かったんだけど。とりあえず天界の修行が終わったから、今度は人界で修行するように、って送り出されたんだよ」千華も手の汚れを払い落とし、袖から金色の筆を取り出した。「父上の仕事を引き継ぐ為の前段階って言うか……要は、天界だけでなく、人界の事情や常識も学んでくるように言われたんだ。二つの世界の連絡役になれたら、今度は自分の意思でいつでも行き来できる。だから頑張るよ」「そうか……!」「何だ。泣いてんの?」「な、泣いてないっ」視線を外して言い返す。千華は疑わしげにじっと見ていたが、「そっか」と言って息をついた。「ところで、お願いなんだけど……人界で修行する間は、紫弦のところで世話になってもいいかな? お金は持ってないんだよね……」恥ずかしそうに笑う千華に、紫弦は吹き出す。「当たり前だろ! っていうか、そのまま嫁入りさせるつもりだから」「嫁? ……え、嫁!?」「そ。次に帰って来た時には絶対婚姻を結ぶつもりだった。父上と母上もお前に会いたがってたから、喜んですぐに準備するぞ! さぁ城に戻ろう!」「ちょちょちょ、紫弦! いくらなんでも早すぎ……!」慌てふためく千華を引っ張って、紫弦は城門へと急ぐ。自分でも驚くほど足が軽かった。早く、とにかく早く。身体よりも心が先に走り出している。これ以上は待てない。だって、自分達はもう充分待ったのだから。これからは同
Last Updated: 2025-10-31
Chapter: #16人と人を結ぶ縁は聞いたことがあるが、地上の者と天上のものを結ぶ縁は聞いたことがない。もしかしたら縁などではなく、もっと強い力を持った何かが働いたのでは、と思った。「千華の師父は本当にお優しい人だから、彼が無事だと知って安心されている。私も彼も千華がいつ修行から逃げ出すのか坐視していたから、大して驚いてはいないんだ。でも、まさか下界へ行くとは思わなかったけど」甲高い鳴き声と疾風と共に、二羽の霊鳥が現れた。「私は天界と人界の両方を見守る連絡役を担っている。いずれは千華にこの役目を与えるつもりで、十四年前彼をここに連れてきた。……天界へ帰る時、千華が面白い子どもがいたと言っていたことを覚えてるよ」「子ども……」「話していてとても疲れたけど、とても楽しかったと言っていた」紫弦の横を風が吹き、周りの木の葉が舞い散る。紅天は立ち尽くす彼にこっと微笑んで、未だ揉めている二人に向かって手を鳴らした。「そこまでだ、お前達。これ以上騒ぐつもりなら吊るすぞ」「もっ……申し訳ございませんでした!」二人の声が重なる。一度にたくさんの嵐が来たような感覚から中々抜け出せず、紫弦は何度も目を擦った。「紫弦、大丈夫か?」それでも彼の目を見ると、心から安心する。「……もちろん!」その後は二人で一羽の霊鳥に乗り、再び鹿台へ戻った。千華は紅天と天界へ戻る運びとなった。悲しいけど、それは仕方ない。彼が元気でいられるなら、それだけで充分だった。さらになにか願えばバチが当たる。紅天は国王と皇后に事情を説明した。彼らも一安心したようで、千華と別れの挨拶を交わした。このまま時間が止まってほしいなんて、まだ未練がましく思っている。けどそんなこと、千華には既に見抜かれていそうだから黙っていた。紅天が霊鳥に跨る。ところが、千華の兄弟弟子の夕禅は当然のように紫弦の隣に立っていた。どうしたのか不思議に思っていると、紅天が思い出したようにこちらを向いた。「そうそう、さっき陛下とお話していたんだ。この先妖魔が現れても、千華はもうこの国を守ることはできない。だから夕禅を派遣することにした」「え?」紫弦と千華は呆気にとられて夕禅を見返す。すると彼は凄いだろうと言わんばかりに腕を組んだ。「彼の師から頼まれたんだ。夕禅も出来の悪い弟子だから、責任のある仕事を任せて成長させてほしいと」「師叔
Last Updated: 2025-10-30
Chapter: #15池の周りにある茂みから出てきたのは、千華と同じく道士服を着た青年だ。彼は千華と紫弦の間に割り込むようにして現れた。そして地面を指さし、青ざめながら叫ぶ。「ななな、何だあれ!?」「ん? ……蛙か?」青年に抱きつかれた紫弦は横にずれて、彼が指差す先を確認した。そこにはとても小さな蛙が、元気よく跳ねている。「そんな驚くもんじゃないだろ。ていうか、お前は誰だ」力ずくで青年を引き剥がし、紫弦は距離をとった。暗がりでよく分からなかったが、ようやく顔が見える。千華は彼に近付いて目を凝らした。「……夕禅!? どうしてここに?」何だか聞き覚えのある声だと思ったら、そこにいたのは天界の道場で一緒だった兄弟弟子、夕禅だった。「よっ、久しぶりだな千華。あれが本物の蛙なのか。へー、おそろし……」「千華、知り合いか?」紫弦は千華の隣へ移動し、夕禅を警戒する。しかし彼を宥め、すぐに説明した。「俺と一緒に修行していたんだ。なあ夕禅、お前何で人界に来ることができたんだ?」「ふふふ、驚いただろ。紅天様に連れられてきたんだ。まあ人界へ行くように言ったのは公雅翔様なんだけど」「公雅翔?」紫弦は眉を寄せる。「俺達の師だ」千華は力なく呟く。恐らく彼は師に命じられてやってきたのだろう。 天界に戻ったら一番に彼の元へ行って、罪を償わなければならない。密かに奥歯を噛み締めた。「千華、紅天様に縛られてたな。俺も影で見てたぞ」「見てたのか……」「愉快痛快って感じだった。何よりお前、俺が酒で酔い潰れてる間に道場から逃げやがっただろ! ふざけんなよ!」夕禅はとても露骨に憤激している。しかしやはり、これが当然の反応だ。紫弦も困ったように眺めている。「あの後俺は公雅翔様に呼ばれて、何っ……時間も説教されたんだ。お前の行先を尋問されてさぁ! 俺も騙されたのに、何も知らないのに、だぞ! 剥かれたりしばかれたり、本当に酷い目に合った! わかるか?」剥かれるの意味が分からなかったが、彼も自分が苦しめたひとりだ。千華は深く頭を下げた。「謝っても許されることじゃないけど……本当にすまない、夕禅」「ああ、絶対許さん。これから帰って師叔から罰を受けるんだな。命があると思うなよ」「い、命って……」紫弦は駆け出し、夕禅の腕を掴む。「罰って、一体何なんだ?」「うん? この国の皇子様だっけ。
Last Updated: 2025-10-29
Chapter: #14紅天は振り返り、近くの柱に背を預けた。霊鳥も一旦地に下りて羽をたたむ。「さっきの……息子の紫弦は城の中で育てたせいか、国外へ学びに行かせた弟よりずっと世間知らずに思う。だが人を見る目は鍛え上げたつもりだ。あいつが大きな信用を寄せる千華殿は、誠実な青年だと信じております」「……ありがとうございます。陛下にそのように言っていただいて、私も嬉しく思います。あの馬鹿は怠惰で、怖がりで、嫌なことからすぐ逃げようとする奴でした。王子の言う通り、そんな彼奴を一人前にしたくて、私が修行に送り出したんです」腕を組み、夜空を見上げる。空にはまだ星が瞬いていた。皇后も彼と同じ空に視線を向ける。こんな夜更けに鹿台へ来たのは初めてだった為、驚いた。ここは星がよく見える。今度息子達にも教えてあげようと密かに思った。「神道の鍛練が目的でしたが、千華に上級の術は使えないと思っていました。……いや、本音を言うともっと早くに逃げ出すと思っていた」「え? それは、どういう……」国王が目を見開いて尋ねると、紅天は立ち上がって笑った。「時に陛下。この国でお困りのことがありましたよね?」満月は太陽より大きく見える。そう思うようになったのは一体いつからか……千華は思い出せずにいた。どちらにしても美しい、この世界では不変の存在。月と太陽があるから、昼も夜も好きになった。大好きな世界を、人を照らしてくれる。息を切らして石畳の上を走り、ひたすら空を見上げていた。いっそこのまま誰もいないところまで行ってしまいたい。だが願いは風に攫われ、大切な想いは時が経つごとに色褪せていく。きっとこの温もりも奪われてしまう。そう思ったら、上を見ずにはいられなかった。俯いたら頭がおかしくなってしまう。「千華。……千華! もういいだろ、苦しい……っ」後ろに手を引かれ、千華は足を止めた。無意識のうちに、紅天達がいる鹿台からずいぶん走ってきてしまったようだ。手を引っ張っていた紫弦が近くの壁に手をついて息を切らしている。「ご、ごめんごめん」「ふぅ……一体どこまで行くのかと思ったよ。情けないけど、俺はお前ほど体力ないからな」額を伝う汗を腕でぬぐい、紫弦は仰け反る。「久しぶりに良い運動した。……お、今夜は月が綺麗だな」偶然見上げた先に満月を見つけ、紫弦は嬉しそうに背伸びした。千華も息を切らしていた。だ
Last Updated: 2025-10-28
Chapter: #13それもこれも全ては自分のせいだ。巻き込んでしまった彼らには申し訳が立たず、言葉が見つからなかった。鹿台には客人を歓迎する為の席が設けられ、父は促されて着座した。一方で自分は、そのすぐ近くの柱に無理やり括り付けられた。神器の縄はそのまま、逃げられないように強い力が込められている。「千華、大人しくしてろ。抵抗は許さない」低く、抑揚のない声が降り掛かる。千華は静かに頷いた。紫弦は席につくよう国王に言われたが、千華の隣に立っている。「お久しぶりです、陛下。十四年前にお会いしているのですが、ご記憶にごさいますでしょうか」「もちろん。紅天殿ですよね。あの時は祝福の言葉と礼物をいただき感謝しております。……しかしまさか、千華殿があの時一緒にいた方だったとは……。紅天殿に気を取られて、記憶していなかったようです。申し訳ない」陛下は苦笑している。千華はいよいよ罪悪感で潰されそうだった。十四年前のことも黙っていたから、陛下は二重で隠し事をされた、と感じてるはずである。「……俺の父上もそうだが、千華の父上も本当に若いな。むしろ俺達と同じに見えるぞ」「あぁ。歳はとらないから……」紫弦が驚きながらこそこそ話してきたので、声を潜めて答える。会うのは何年ぶりだろう。だがいつ見ても変わらない、端麗で優雅な出で立ちの父。いつも鉄面皮だが、今回初めて怒りの表情を見た。何事も動じない彼を怒らせたのは、きっと自分だけだ。「此度のことがなければ、次代の戴冠式で来訪するつもりでした。お騒がせして本当に申し訳ない」全てはこの愚息のことで、と紅天は千華を一瞥した。千華は身体を震わせて俯く。既に紫弦からも国王に話していたが、紅天の来意は修行から逃げ出した千華を連れ戻しに来たことだと告げた。「この馬鹿息子は修行に耐えかね、奸計をめぐらし神門から逃げ出したのです。しかも霊鳥を盗み、天界と人界を結ぶ門番も騙して」「で、でも……水を差して申し訳ありません。千華は、自分の意志で神門に入ったわけじゃないんですよね?」すかさず紫弦が尋ねた。「千華が自分の意志で修行に入ったのなら、途中で逃げ出したことは完全に罪だと思います。でも彼は元々自信もなくて、ひとりでずっと悩んでいたそうなんです。たくさんの方に迷惑をおかけしたことは償わないといけませんが、その……彼を悪と決めつけるのはあまりにも乱暴かと
Last Updated: 2025-10-27
Chapter: 2彼は遠慮がちだが、相変わらず窘めるような口調だった。「……わかりました。でもあんな危ない物を代わりに預かってもらうんです。必要な管理費を教えてください」「それには及びません。個人様に請求するものではありませんから」そう答えた時の彼の口元がわずかに笑っているのを見逃さなかった。「何よりも我々に託していただいたことに感謝申し上げます」「……」気付いた時には持って行かれていただけなんだけど……どう返そうか迷っていると、ルネに後ろへ引かれた。「私は妻と子どもと平和に暮らしたいだけです。ご面倒をおかけして申し訳ありませんが、あの剣は貴方達にお願いします」「では、長にもそのように伝えます。万が一処分するとしても、あの剣を壊すには相当な年月が必要となるので」ノーデンスは胸の奥が焼き付くような痛みを覚えた。この痛みの理由を考えていたが、ルネの横顔を見て思い出した。だらんと投げ出していた拳を握り締め、使いの男に向き直る。「あの……! 良ければヴィクトルさんに御礼をお伝えください。王城で、剣の暴走を止めてくれたこと……俺を止めてくれたことを」「もちろんです。必ず申し伝えます」それから男は小さな便箋をルネに渡し、一礼して去っていった。「何それ?」「えーと。要はあの剣を彼らが預かる……ことを私達に報告した、という証明書かな」緑色の便箋をポケットに仕舞い、ルネは扉を勢いよく閉めた。「わざわざ来てくれたのに、失礼な態度とっちゃったな。すまん」「あはは、あれぐらいなら平気だよ。彼も言ってたように、得をしたのは彼らさ。物が物だけに損得で考えるのは不謹慎だけどね」合理的な組織だからと、意に介さない様子でダイニングへ戻る。ぬるくなったコーヒーを口にした。「そもそもこっちの意思確認をする気なんてゼロだったろ。当然のように自分達のものにしようとしてた。助かるけどさ」あんなにも堂々とこられたら、よく分からない間に丸め込まれてしまいそうだ。もちろんこちらの手に余ることを見越した上での判断なのだろうが、色々圧倒されて録に話ができなかった。オリビエが部屋で本を読んでることを確認し、ルネの対面に座る。「ノースが費用の話をした時、彼少し笑ってたね」「あぁ」もちろん気付いている。あれは嘲笑以外の何物でもない。「俺なんかが到底支払える額じゃないってことか」ノーデ
Last Updated: 2025-08-07
Chapter: 1熱の中心が離れる。後ろの、ずっと痙攣していた口に当てられる。腰を掴む両手に力が入ったとき、意識を失いそうなほどの衝撃が訪れた。「あああっ……!!」彼が中に入ってくる。息ができない。苦しさに足をばたつかせると、顎を優しく掴まれた。「息して」深海に沈むように、ルネの腕の中で落ちていく。零れ落ちた涙をそっと指ですくわれる。やっぱり何度か意識が飛んだし、天井に向く自分の脚先がいやに鮮明だった。「ルネ、あっ待って、速い……っ!」激し過ぎてついていけない。気付いた時には既にイッてしまっていた。下腹部や胸には白い愛液が飛び散っている。今もイッてるはずだが、もうとけすぎて感覚がない。これ以上なく深いところに繋がっている。抜き差しされてルネの根元が当たる度に仰け反った。「私も悪いかもしれないけど、君があんまり可愛いこと言うから。もっともっと気持ちよくさせたくなっちゃったよ……っ」ルネの汗が、視界が揺れる度にはじける。悔しいけど気持ちいい。自分を手放してしまうほどに、彼の手技は絶妙だった。「ルネ、好き、好きだ……っ」伸ばした手を掴まれる。彼が好きだ。泣きたいほど、どうしようもないほどに。こんなにも愛されて、正直苦しい。でも彼がいなければとても生きていけない。「ありがとう。愛してるよ、ノース」前がまた弾ける。死んでしまいそうな快感が全身を包んだ。「イッ、ちゃ……っ」ドクドクと何かが吐き出されている。前も後ろも、もうぐちゃぐちゃだ。「とけちゃう……っ」脚を広げたまま背中をしならせるの、ルネはわずかに微笑み、さらに奥へと潜り込んだ。「私の愛がどれだけ重いか、知ってるだろう?」もう締め付けることもできないのに、腰を打ち付けられる。ルネは快感を求めてるんじゃなく、ただ自分を感じさせたいのだと分かった。「ああっ……! 分かった、分かったから…ぁ…っ……あ、も、やあぁ……っ!」逃れられない快楽に震える。絶倫なんてレベルじゃない。重症だ。愛され過ぎてやばい。自惚れにも程があるけど、ルネと目が合うとそう確信してしまう。彼が俺に抱く想いは依存や執着なんて生易しいものじゃなくて、災害レベルの愛情だ。なんて言ったらマジで抱き殺されるんだろうな……。とろけきった性器を扱かれ、言葉を失う。 あんな大変な事件を起こして、あれだけ迷惑もかけて。
Last Updated: 2025-08-06
Chapter: 家今日も空は快晴だ。冬が近付いてる為、早朝は少し肌寒い。ランスタッドは時間が止まってるかのように静かだ。他所の国のニュースでは違法薬物の密輸や政治がらみの暴動が起きたりしているけど、こちらは目立った事件もなく生活している。武器生産国とは思えない。少し皮肉に考えてしまい、慌てて思考を掻き消した。庭で遊ぶ主人と息子の姿を見ると弱気になってはいけないと再認識する。そして忘れてはいけない多くを思い出す。ちょうどオーブンの中のケーキが焼けた為、紅茶を淹れて庭へ持っていった。 「良い天気だなー……」雲ひとつない蒼空に、ノーデンスは呟いた。街の喧騒すら届かない丘の一軒家は否が応でも日常に引き込まれてしまう。それが苦く、また助かっている。初めこそ城から遠ざけられたことに落胆していたけど、仕事より何より大事なものに気付かされたから。「お。ちょうど苗植え終わったとこ?」庭に作った小さな畑。半分は葉野菜が顔を出している。もう片方はまだ小さな葉が均等に植えられていた。畑の中心にいた息子はこちらに気付くと手を振った。「お疲れ様。オリビエも手伝ってくれてありがとな」「ううん! 虫もいるし面白いよ。ほらっ」と、オリビエは近くにいた謎の赤い虫を差し出してきた。「うわ! ちょっ、持ってこなくていいから!」「え、かっこいいよ?」「オリビエ、ママは虫が苦手なんだ」後ろから苦笑いのルネが声を掛ける。オリビエはえー、と言いつつも虫を原っぱに連れて行った。「はー、俺はマジで虫は無理。バッタしか無理」「でもノース、オリビエが夏は虫捕りしたいって言ってたよ。ママと」「勘弁してくれ。それ以外なら何でもやるから」ネイビーのストールが風に飛ばされないよう抑えて、遠くにいるオリビエに手招きする。「ケーキ焼いたんだ。天気も良いし、せっかくだから外で食べよう」「おお~。良いね!」二人が手を洗った後、ミニテーブルを持ってきてケーキを皿に取り分ける。オリビエはお腹が空いていたのか、ひと口がとても大きかった。「ノースがケーキを焼く日が来るなんて。感無量だなぁ」「パパ、感無量ってどういう意味?」「感動してるってことだよ。ケーキもちゃんと美味しいし」「オイ、ちゃんとって何だよ」聞き流せない一言に詰め寄るが、ルネは優雅に紅茶を飲んで素知らぬふりをしていた。「君はクッキーは苦手
Last Updated: 2025-08-05
Chapter: 7再会してから何度悲しませたか分からない。これっきりにしようと思っても、気付けばいつも心配させて、困らせていた。今回はその最たるものだ。国の支配権を持つ王族を襲撃するなんて────これを呪いのせいだからと納得してくれる者などまず居ない。ルネだから冷静に話を聴いてくれているんだ。「俺はマトモじゃなかった」全身負った怪我なんかより、彼が苦しんでることの方が痛い。そして、これから彼の為にできることは限られている。「ごめん」ルネが置かれた気持ちを考えると、自分の今後を考えるよりずっとずっと怖かった。気付けば涙が溢れていた。いつかと同じように、嗚咽を堪えながら強く目を瞑る。小さな声で繰り返し謝ると、手を握られた。「もう謝るの禁止」「だって……っ」「私は大丈夫だよ。だから不安にならないで」額に口付けをし、そのままの体勢で呟いた。「何があっても……これからはずっと君の傍にいる」涙で顔がぐしゃぐしゃになって、前は見えない。左手を繋ぐと互いの指輪が当たって、何故か懐かしくなった。ルネは一年前に離れたことを後悔しているようだったけど、あの頃を思い返したら英断だと思う。ルネはもちろんのこと、オリビエへの影響が大き過ぎた。息子を自分から遠ざけてくれたことに感謝してるぐらいだ。大人になってからの方が目まぐるしく、月日が長く感じた。情報量が多過ぎて、間違った道にもぐんぐん入った。それでもぎりぎりで引き返すことができたのは、彼や周りの皆のおかげだ。謝るのを禁じられたら後はお礼の言葉しか出てこない。今度はルネが困るほど、一生分のありがとうを伝えた。「もう一つ謝っておきたいことがあるんだけど……言ってもいい……かな」「どうぞ」「陛下に、王族が憎いことも言っちゃった」息苦しい沈黙が流れる。覚悟を決めて怒声が振り落ちるのを待っていたが、何とも可笑しそうな笑い声が響いた。状況が状況なだけに、一応つっこむ。「笑うところじゃないぞ」「あはは、ほんとにね。でも言い方が、叱られてる子どもみたいで」このことを告白するのは勇気が必要だったのに、ルネはツボに入ったのかしばらく笑いが止まらなかった。まぁ実際、己の悪行を白状してるんだけど……。「呪いのせいじゃなくて、俺の意思で伝えたんだ。お前の立場を危なくして……本当にすまない」「ふふ……ふう。そうか」ひとしき
Last Updated: 2025-08-04
Chapter: 6「陛下、空が晴れました!」 細い光の矢が幾重にも差し込み、王室は瞬く間に明るさを取り戻した。 正午と相違ない日差しが辺りを包み込んでいく。いつもの風景を目にし、この場にいた全員が胸を撫でおろした。「一体何だったのでしょうね」「あぁ……」窓際まで歩いたローランドは暫く空を見上げていたが、側近に声を掛けられ振り返った。「陛下、他国の使者が続々と到着してるようです」「……来たと同時に事がおさまって申し訳ないな。先ずは丁重に迎え入れてくれ。説明は全員揃ってからにしよう」「はっ」ひとりの部下が扉まで向かう。すると彼は非常に驚いた声を上げた。「ノ、ノーデンス様!?」開け放された扉から影が現れる。見れば、目を疑う姿のノースが佇んでいた。彼は扉の手前で屈み、ローランドに礼をした。「な……ノース、大丈夫か? 一体何があった!」周りの制止を振り切り、ローランドは自らノースの元へ駆けつけた。かつてない大怪我に困惑し、ノースの頬に手を添える。ノースは表情ひとつ変えず、「突然申し訳ありません」と呟いた。「此度の天災と……城内の襲撃についてお詫び申し上げたいことがございます」「何? 襲撃だと?」下の階で起きたことを未だ知らないローランドは眉間を寄せた。「話なら聴く。だから先ず医務室へ」「陛下」ローランドは身体を支えて抱き起こそうとしたが、ノースはそれを拒んで頭を下げた。「私は……いや……俺は」再び膝をつき、消えそうな声を振り絞る。「王族が憎かった」突然の告白が理解できず、ローランドは口を噤む。そして分からないながらに彼の心境を汲み取ろうとした。部下が警戒して駆け寄ってきたが、その場に留まるよう命じる。二人にしか聞こえない距離を保ち、ノースを隠すようにして耳を傾ける。「今はまだ、何もお分かりにならないと思います。でも全て俺の不甲斐なさが起こしたことです。俺が王族を疎んでいたのは紛れもない事実で……そのせいで多くの人を傷つけた」拳はゆっくり開かれ、自身を支えるように床につく。「助けてくれた人達がいたから、またこうして陛下に拝顔できたのです。もしいなかったら、と思うと恐ろしくてたまらない」その言葉は恐らく本心だと感じ取れた。いつもは強気な彼が、今では蒼白のまま震えている。「如何なる処分も受ける所存です。……本当に、申し訳ございません」
Last Updated: 2025-08-03
Chapter: 5この天災の元凶である剣を奪うことに成功した。しかし床に倒れたままのノーデンスは仰け反り、血の塊を吐き出す。「ノーデンスさん……!」呪いを取り込んだ代償なのか、再び動かなくなった彼にヴィクトルは心臓マッサージを施した。すぐにでも医療チームを呼ぶべきだが、クラウスも既に限界を迎えており、足が動かない。床に手をついたまま祈ることしかできなかった。「死ぬな、ノーデンス」ここまできてそんな結末はやめてくれよ。反対側に屈んでいるヴィクトルは急いで携帯の端末を取り出した。どこかへ電話をかけているようだが、繋がらない。「くそっ……障害か?」「多分通信機器もおじゃんにしたんだろ。……このアンポンタンが」もちろん、そんなことができるのはノーデンス以外にいない。クラウスは這いずるように彼の側へ行き、額に手を当てた。「こういう時、処置ができるルネ王子が本当に羨ましいよ。大事な奴の命を助けることができるなら、悪魔にだって魂売っちまうかもな。……そういう気持ちもやっと分かった」「……」拳を握りしめ、血で汚れたノーデンスの口元をぬぐう。「大丈夫、死んだりしないさ。こいつはこれでもウチの長だからな」頭の下に薄いハンカチを敷き、大きく息をつく。「あなたは……」「クラウスだ」「クラウスさん。……僕は下に降りて、医者を呼んできます。隣国の僕が一番に到着したけど、もう他国からも救援や専門チームが着いてるはずだから」ヴィクトルはお願いしますと言い残し、剣を肩に背負って階段の方へ走っていった。お願いしますって言われてもな。これ以上できることはない。ノーデンスの生命力にかけるしかないだろう。今は罪悪感しかなかった。自分だけでなく一族の誰もが、このことを知ったら平静じゃいられないだろう。ヴェルゼの禁断の武器が存在していたことはもちろん、それをずっとノーデンスが管理していたなんて。恐らく彼の祖父の代から隠し通してきたんだろうが、一族は誰も気付けなかった。せめて内密にせず、負担を軽減できていたらこんなことにならなかったのでは……。そんな可能性の話も、今となっては後の祭りだ。あの武器を護っていたのがノーデンスだからここまで持ち堪えられていたとも言える。もし他の誰かが見つけていたら、もっと早い段階で意識を剣に乗っ取られていた。「……っ!」ノーデンスは再び血を吐き、呻い
Last Updated: 2025-08-02
Chapter: 後日談 〜2〜「柊先輩って悩みとかないんですか?」「うん?」いつもと変わらない夕刻、隣で動物の動画を見ている彼に問い掛けた。柚と柊は互いの顔を見合わせる。柚はドーナツ型のクッションを抱き締めて、寝転がった。今日も学校帰りに柊の家に邪魔して、二人で過ごしている。それが習慣化してる為、下手したら自分の家よりもリラックスしている。先輩の匂いに包まれてると安心するんだよな……。「悩み~? 今は、特にないけど」「嫌なことも? 柊先輩って本当にすごいですね。人の悪口言ってるのも聞いたことない」「はは、そんなことないよ? それに嫌なことならある。柚に会えないときは、すごい嫌」先輩は俺からクッションを奪い取り、意味ありげに笑った。先輩はフローリングの上に座り、後ろのベットに背中を預けている。でも俺の背に手を回し、わずかに抱き起こした。それだけなのに、何だか嬉しくて震えそうだった。「お前はどう? 俺に会えなくても意外と平気?」「へ、平気じゃありません。俺だって柊先輩がいなきゃ嫌だ……ていうか、もう生きてけません」俺の世界を変えたのは、他でもない柊先輩だ。彼がいない毎日なんて考えられないし、考えたくない。叶うことならいつも一緒にいたい。でもそれは無理だから、こうして過ごせる一瞬を大切にしたいんだ。「わ!?」照れくさいのを我慢してると、突然押し倒されてしまった。ちょっと不安になる。でも先輩の顔が迫ったとき、思わず目を瞑ってしまった。……キス、される気がする。「おーい、柚? 目開けろよ、キスしちゃうぞ」「えっ」どきっとしてすぐに目を見開く。すると先輩は可笑しそうに首を傾げた。「お前ってほんと素直だなー。やっぱりキスするわ」弾んだ笑い声が聞こえた後、頬に優しい口付けが落とされた。それもビクっとしてしまい、恥ずかしい気持ちになる。もう何回もキスしてもらってるのに、未だに慣れない。先輩の視線、手の動き、どれも意識して過剰に反応してしまう。ウブな奴だと思われてしまう。実際はそんなことないのに。「お前、俺に従順すぎるよ。嫌なことは嫌って言っていいんだからな。何でも話せて、我儘も言える。それが恋人だから」柊先輩は俺に馬乗りになって、シャツの中に手を入れてきた。「例えば、こういうこと。気が乗らない時はきっぱり断っていいんだぞ? 断ったら嫌われるかもー、とか思
Last Updated: 2025-11-06
Chapter: 後日談【継美と一架】崔本一架、十七歳。ここ最近のことを振り返る。たった一年の間に本当に色々あったからだ。もはや色々ありすぎてあまり覚えてない。きっと皆も同じ気持ちだと思う。男の担任教師と付き合ったり、男の後輩と男の幼なじみがくっついたり、世の中怖いことだらけだ。ただそういう世界に産み落とされてしまった以上嘆いても仕方ないから、目の前のアイスティーを一気に飲み干した。「俺は比較的まともな感性を持って生まれたけど、変態ばかりいたら性犯罪は増えてく一方だよね。警察はもっと取り締まった方がいいよ。ほんと恐ろしいね、継美さん」「そうだな。俺もお前みたいな奴が溢れかえったらこの世は終わりだと思うよ」最近できた恋人兼恩師、継美さんは笑顔で答える。今は久しぶりのデートで、仲良く彼と食事をしている。人目を気にしながらディープな会話をするのはもう慣れた。「一架、視姦趣味は完璧にやめることできた?」「もちろん、マニアックな趣味からは完全に足を洗ったよ。視姦が俺を求めることはあっても俺が視姦を求めることはないから安心して」「良かった。じゃあもし視姦趣味の奴が目の前にいたら止めようと思うか?」「いや、人の趣味を奪う権利は誰にもないから俺は止めない。もし誘われたら誠意をもってお受けするのがマナーだと思ってるよ」「はぁ……視姦もそうだし、お前のナルシストはいつ治るんだろうなぁ。まぁまだいいけど、社会人になる前には治す努力をしろよ」「うん! でも大丈夫、何も問題ないよ」「問題あるから言ってるんだよ」食事を終えてレストランを出た。街は人工の光で彩られ、夜の闇を感じさせない。人の数だけ輝きを増していくようだ。「継美さん、あと最低でも一万回はデートしようね」「ほー……三十年毎日デートすれば可能かな。でもお前だって大学行ったら忙しくなるし、就職したらもっと時間がなくなる。大変だぞ」人気のない並木道へ着いて、彼は振り返った。背後で、七色の光が幾重にも浮かんでいる。「時間は有限だからな。好きな人と同じぐらい大切にしなきゃいけない。わかるだろ?」「ん……っ」道の真ん中で、二人で立ち止まる。継美さんの問い掛けには反応できなかった。それよりも先に、唇を優しく塞がれてしまったから。柔らかいけど、硬い。硬いけど柔らかい。どう形容したらいいんだ……。「どうした。キスしてやったのに微妙な顔
Last Updated: 2025-11-06
Chapter: #2そうは言っても、子どもみたいに泣きじゃくる柚を見るとため息しか出てこない。本当にしょうがない奴だ。最後まで。柊とアイコンタクトした後、柚のことを強く抱き締めた。「分かったから泣くな。初めて、俺から抱いてやってんだから」普通に恥ずかしかったけど、柊がうんうん頷いてるから我慢する。とりあえずこいつを泣き止ませないことには帰れない。柚には散々振り回されたし、本気で忘れたい思い出ばかりだ。それでも、「会わなきゃよかった」とは思わない。多分俺達は目に見えない腐れ縁で繋がっている。似たもの同士に違いない。柚の頭をぐしゃぐしゃ撫でて瞼を伏せた。「いいか、これからは俺を見習って真っ当な人間になれ。後どんなに辛くても人前で泣くな。満員電車で痴漢扱いされた時以外、男は泣いちゃいけないんだよ」「そういうときこそ泣いちゃいけない気がするけどな……」後ろで柊が何か言ってるけど、聞こえない。ハンカチで柚の目元を強引に拭いた。「じゃあな。基本、柊の言うことを聞いて、プロテイン摂取して、夜道に気をつけて。……危ない真似はすんなよ」「……はい」ようやく泣き止んだことを確認して、もう一度彼の頭を撫でた。「崔本ー、これから打ち上げ行くだろ?」「あ、うん」他の友人から声を掛けられ、慌てて返事する。柊と柚を振り返ると、彼らは笑って頷いた。「行ってらっしゃい、一架先輩」「一架、ちょくちょく生存報告しろよ!」不思議なことに、笑顔は本当に人を安心させる。……前に進む勇気をもらえる。だから俺も、笑って二人に手を振った。「サンキュ。またな!」きっと想像もつかないようなことが、これからも待ち受けている。理不尽なこともたくさんあるけど、弱音を吐きたくなったら今までのことを思い出そう。楽しかったことも悲しかったことも、それを越えて生きてきたんだから……きっと自信に繋がって、勇気が出る。「はー、嫌だけどもうお開きか。崔本も気をつけて帰れよ」「うん。じゃ、みんな元気でね」クラスの打ち上げを終え、カラオケを出た。名残惜しくはあるものの、真っ暗な空は一日の終わりを告げるようでソワソワする。と同時にワクワクする。スマホで時間を確認して、ため息を飲み込んだ。もう少し、もう少し……。友人達と別れた後、不安を振り切るように軽く走った。忘れたいことがある。忘れたくないことがある
Last Updated: 2025-11-06
Chapter: #1卒業生の入場、校長先生の挨拶、卒業証書授与。全てリハーサル通り、順調に進んでいく。エスカレーターにでも乗ってるかのように。体育館の大きな丸時計を眺めながら、式の終了予定時刻ばかり考えていた。中には泣いてる生徒もいた。なのに終わる時間ばかり考えてる自分はかなり冷めてるというか、薄情かもしれない。でもとんとん拍子で進み過ぎて悲しむ間もない。自分が今いる場所すら不確かで、ボロボロの吊り橋の上にいる感覚だ。舞台の端で並んでいる先生達を一瞥すると、真剣な顔で佇む継美さんがいた。気付かないかと思ったけど、ふと目が合う。すると彼は片目を瞑って顎を引いた。多分、式に集中しろと言ってるんだろう。真面目にやるか。彼の注意を受け、そのあとは舞台から目を離さなかった。冷たいパイプ椅子に深く腰掛け、卒業生退場の合図がかかるまで……両手を強く握り締めた。「あぁー、卒業したくないよー!」「みんな、こいつ昨日はさっさと卒業したいって喚き散らしてたぞ! 信じるな!」教室で最後のホームルームを終えた。見送りに来ていた二年生はほとんど下校し、校門前に集まっているのは三年生とその保護者ばかり。それぞれ写真を撮り合い、別れの挨拶を交わしている。担任の先生には花束を渡して、俺も握手した。何かこれだけだと、本当に健全な高校生活を送っていたみたいだ。終わりよければ全てよし、有終の美を飾るという言葉がしっくりくる。「あれ、どうしたの。ボーッとして」「延岡!」まだ蕾の多い桜の木を眺めてると、延岡が笑顔でやってきた。彼は周りの友人から逃げてきたみたいだ。乱れた襟を直して隣に並ぶ。一年前とは別人のように元気になっている。それが内心嬉しかった。「卒業式となると崔本でも感傷に浸るんだな」「あったりまえだろ。俺は元々善良だし、今や誰もが認める秀才だからな。卒業生代表は、優しいから他の奴に譲ったんだよ」「視姦はやめてもナルシストは治らなかったか……」自信満々で答えたのに、延岡は心配そうに零していた。でも俺だって、彼には心配な点がいくつもある。「お前も大学行くんだよな。これからも、朝間さんと会うの?」「うん。心配ならたまーに連絡するよ。何か生存報告みたいだけど」彼は悪戯っぽく笑う。こっちとしてはあまり笑えないけど、明るくなった彼を見たら何も言えなかった。「崔本、元気でね」「あぁ
Last Updated: 2025-11-06
Chapter: 明日の景色目線も随分変わったもんだ。小学生のときは中学生が怖かったし、中学生のときは高校生が立派な大人に見えた。でもいざ高校生になってみると、そうでもない。まだまだバカもやるし、社会のルールも理解してない。電車に乗って遠くへ行っても、仕事で必死に頭を下げても、大人になった実感は湧かないまま。“大人”になるって言うのはそういうことじゃないみたいだ。カレンダーをめくって、月日の流れを確認しても同じこと。歳をとってるのは確かなのに、おかしな話。恋人ができてもう一年。長かった高校生活も終わろうとしている。まだ冷える早朝、着信と同時に部屋のカーテンを開けた。『一架、忘れ物はないな? ちゃんと最後に確認して、寝癖がついてないか鏡でも確認するんだぞ』「はあい……」スマホを耳に当てながら、寝ぼけ眼で洗面所へ向かう。口をゆすぎ、爆発した髪の毛を手ぐしで直した。シャツを羽織ながら台所へ向かい、パンを焼く。ボーッとしながら朝のニュースを見て、父の声に耳を傾けていた。電話を無視するわけにもいかず、一応出たものの……先程から些細な注意ばかりでうんざりしている。『帰りが遅くなってもいいけど、戸締りは忘れないこと。それと、あと……』「父さん、今色々言われても頭に入んないよ。寝起きだもん」『仕方ないだろ、卒業式なんだから! 今日みっともない失敗をしたら十年後まで後悔するぞ!』「いいやしない。絶対忘れる」即答すると、電話の先からまた一段大きな声が聞こえた。鼓膜が破れそうだったからスマホを耳から離す。軽く謝った後、焼けたパンにジャムをぬって頬張った。確かに、今日だけは父からモーニングコールが掛かっても仕方ない。“高校生”として登校するのは今日が最後だからだ。いつもより少し早い登校時間。持っていくものを確認して、家の鍵を手に取った。余裕かまして寛いでいたら案外ギリギリなことに気づき、急いで玄関へ向かう。『……ごめんな。本当は見に行ってやりたかったけど、どうしても大事な仕事が入って』「いつものことじゃん。それより遅刻しそうだから切るよ!」『あ、あぁ……。気をつけて』靴を履いて、鏡の前に立つ。自分の制服姿もこれで見納めだ。……結局、父さんにもあまり見せられなかったな。「行ってきます。……これから大学の入学式もあるし、気にしなくていいから。じゃ、仕事頑張って」通話
Last Updated: 2025-11-06
Chapter: #5街灯が一斉に点いて辺りを照らす。夜が来た。急がないと。もう時間だ。一架は慌てて電車を降り、改札口を抜けた。待ち合わせの時間を過ぎている為、人混みを掻き分けて目的の店へ向かう。思いの外時間がかかってしまった。病院を出たあと、特に寄り道もしなかったのに……通り雨に降られたのもツイてなかった。「継美さん、ごめん! 待った?」「全然待ってないよ。……って、言っといた方が株が上がるかな」「ははは。ごめんて、俺も全力疾走はできないからさ」待ち合わせしていたレストラン、その窓際のテーブルで待っていた人物に両手を合わせる。今夜は予定の空いていた継美と食事の約束をしていた。「走らなくていい、むしろ走ったら怒るぞ。お前もまだ全快じゃないんだから」彼からメニュー表を受け取り、食べたい洋食を注文した。待ってる間に、学校では絶対できない話を切り出す。「うん、でも俺、意外と丈夫なんだよね。……それとさっき延岡に会ってきた。思ったより元気そうだったよ」「そうか……良かった。一ヶ月の休学をとったとしても、彼の出席日数なら進級も問題ないからな」継美はアイスティーを口にし、軽く肩を竦めた。「……とは言え、久しぶりの学校は色々不安だろう。戻ってきたら、ちょっと気にしてやれよ」「ああ。友達だからね」最後の一言はかなり小声で言った。ちょうど頼んだ料理が二人分きたから、食べる方を優先する。……ん?継美さんは中々料理に手を付けない。頬杖をついて、じっとこちらを見つめてる。何だ。何か食べづらいぞ。「どうしたの? ご飯冷めるよ?」「いや、ちょっと感動してるんだ。お前は度量だけはあるよな。自分のことより延岡の心配ばっかしてるんだから」「そりゃ、俺はもうピンピンしてるし」軽く返したけど、継美さんがしおらしい理由はわかっていた。「大丈夫だと思うよ……あの二人。もちろん、心配なところは心配だけどさ」「ふう。……だと良いな」朝間さんにされたことも、彼は全部知っている。それを許し、且つ平然と学校生活を楽しんでいる自分に感心しているんだろう。俺は俺で、単純に深く考えない性質なだけだ。だって死ぬわけじゃないし、何かあれば常にやり返してやるつもりでいる。「朝間さんは……相当お前に執着してたからな。まだしばらくは様子見しないといけないけど」継美さんは小さなため息をつく。彼の言
Last Updated: 2025-11-05
Chapter: 1ねぇ和巳さん。和巳さんがいなくなった日のこと、思い出したくないけどよく覚えてるよ。冬の終わり。吸い込んだら喉がカラカラになりそうな風が吹く中、一緒に空港の周りを歩いた。フライトの時間まで残りわずか、何度も時計を確認した。いつ戻って来るのか。向こうで何を学ぶのか。……俺と、これからも連絡を取り合ってくれるのか。本当は訊きたいことが山ほどあった。けど和巳さんは俺が話す隙を与えず、心配そうに色々話してたっけ。勉強のこと、進路のこと、両親のこと。「無理しちゃだめだよ」って繰り返していた。何度も肩を落としては持ち直し、そして俺を見つめていた。彼だって、一人で異国の地に飛び立つ。今も不安で仕方ないはずなのに、口から出るのはやっぱり俺のこと。俺は中学二年生で、和巳さんは高校三年生。もうそこまで心配されるような歳じゃないけど、彼は最後まで俺の心配をしていた。見てきた景色も、立っている場所も全然違う。それでも心は繋がっている。地球を覆うこの青い空のように、全ては同じところに存在している。距離なんて大した問題じゃない。俺にそう教えてくれたのは他でもない、彼だった。触れたい時に触れられない。聞きたい時に声を聞けない。辛いことだ。でも、それはさほど珍しいことじゃない。例え同じ家に住んでいたとしても、心がすれ違えば触れられない。声を聞けない。遠い国にいるのと同じなんだ。心がすれ違ってしまったら。だから誰かを想う心に勝るものはない。絶対、会える。どれだけ遠い地にいても、海に遮られても、山が隔たっていても。この想いは、時間も空間も飛び越えられる。『大丈夫だよ。必ず戻って来るから』彼が旅立つ日にそう言ってくれたから、俺は諦めずに待ち続けることができた。惨めでも滑稽でも、愚直だと蔑まれても……カレンダーの前に立ち、日付を捲ることできた。そう、「大丈夫」。必ず戻って来る。だから和巳さんは俺の心配より自分の心配をして、元気でいて。貴方がこの地球のどこかにいるって思うだけで、怖いぐらい俺は強くなれるから。六年。流されそうな時間の中で大人になっていく。傍にはいないけど、一緒に生きていた。昼と夜が正反対の場所にいるけど……やっぱり俺達は今、確かに。……一緒に生きてるんだよな。◇「あぁ~! やっぱりビールはいつどこで飲んでも美味いっ!!」宿泊先の旅館の客室で、
Last Updated: 2025-08-08
Chapter: 誓いの言葉季節は次々に移り変わる。夏から秋、秋から冬へと。「ただいま、和巳さん」「おかえり、鈴!」肌寒い朝と夜を行き来する冬が訪れていた。大学から帰って、笑顔の恋人がいる暖かいリビングに入る。 俺達の生活は何も変わらない。忙しいのも変わらないけど、それは言い換えれば充実しているということ。大学、会社、家、その他のコミュニティを通して時間を費やす。最近は俺も和巳さんも、実家に顔を出すことが多くなった。以前はあえて避けてた親戚の集まりにも参加するようになった。会いたい人が増えたからだ。可愛い親戚の子も優しい祖父母も、気になって仕方ない。……会いたい衝動に駆られてる。そして会う度に、独りじゃないと気付かされる。たくさんの人に支えられて生きてるんだ、と改めて感じていた。「和巳さん、もうすぐ一年終わっちゃうね」「お、そうだね。俺と鈴が再会してから、もう半年も経ったんだ」リビングで寛ぐ和巳さんを尻目に、カレンダーを捲った。今でこそ何も考えずに捲れるけど、半年前は全然違ったな。和巳さんがいつ帰って来るのか。そればっかり考えて次のページを捲って、ゴミ箱に捨てていったカレンダー。あの苦い記憶すら今は懐かしい。恥ずかしいから和巳さんには絶対言わないけど。「そうだ、鈴! 俺達の輝かしい軌跡をお祝いしよう! 終わってしまうことを寂しく思うより、新しく始まる一年に乾杯するんだ!」「おぉ……さすが和巳さん、冬でも脳内は年中お花畑だね!」「鈴、その言い方だと皮肉になるから。それはさておき、冬と言えばスキー! 嘘! 俺は雪が嫌いなんだ! だから体も心も暖まる温泉に行こう! 雪見風呂なんて最高じゃない? 寒いのに暖かい所にいられる至福の時間、朝まで飲みたい!」色々と情報過多だけど、とりあえず温泉に行きたいことだけは伝わった。「温泉もいいね。せっかくだし、冬休みに入ったら行こう。和巳さんが乗りたがってた新幹線で」「おっ、分かってるねぇ鈴。じゃあさっそく計画立てていこうか」和巳さんがノリノリなので、新幹線で行く小旅行を計画した。スキーやスノボも良いと思うけど、和巳さんは「リフトが嫌なんだ」と真剣な顔で言ってきた。高い所が嫌いなんだろうか。でもすごい楽しみだ。和巳さんと初めての遠出……!その旅行は、わりとあっという間にやってきた。嬉しいことに、旅行当日は晴天。和巳さん
Last Updated: 2025-08-07
Chapter: 5明るい照明。嗅ぎ慣れないシーツの香り。壁。……吐息。向き合って密着している友人に、小声で囁いた。「秋……俺もう、二度とこっち関係は協力しない。次何かあっても、ひとりで何とかして……。いいね?」「あぁ……。俺も、もうやめる……もう、何もしない……」秋は投げやりというか、もう疲れて何も考えられない、というように肩を揺らした。安易に乗っかった俺も悪いけど、本当に困った友人だ。でもある意味、問題児は秋より……矢代さんの方が。「ごめん、鈴鳴。俺のせいで、こんな……」息も絶え絶えに、秋は手を握ってきた。くっ、本当はもっとこてんぱんに怒ってやりたいんだけど。こんな風に泣きつかれたらどつけないじゃないか。「いいよ。秋が意外と世話焼けるのは前から知ってたから」「んんっ……」彼の腹を汚す白い体液を指ですくといる。すると彼も腰を擦り付けて、俺のぬれた頬を舌で舐めとった。「ん、鈴鳴……やっぱ、お前可愛いすぎ」「ちょ、秋、くすぐったいってば」俺も同じようにやり返して、濡れた部分を舐め合う。そうしてじゃれあってたんだけど……途端に、背筋に寒気を感じて我に返った。「あははは。……矢代さん、どうします? ほんとの恋人の前で堂々とイチャイチャしてる、この子達」「うーん、そうだねぇ。可愛いけど、また時間をかけて教えてあげないといけないかもね」しまった……!!後悔しても、もう遅い。振り返って謝ろうとしたけど、また前を握られてドキッとする。「鈴は俺を嫉妬させんのが上手になったね。でも、もう本当に怒った。今度は潮吹くまで許さないよ」「えっ! そ、そんなの無理だって!」青ざめて訴える鈴鳴の隣で、矢代は無邪気に笑った。「ふふふ、人の潮吹きなんて久しく見てないな。ちょっと楽しみだよ。……秋、お前も負けてらんないな。俺の前で彼と戯れたこと、イッて後悔するんだな」「待っ、やだやだ、もう無理! もうイケないって!」「俺はまだイッてないんだよ。最低でも後三回、これから付き合ってもらう。足りない頭で反省しながら、身体で俺を覚えろ。いいな?」「ち、ちょっと待っ……あぁ、俺が悪かった! もう二度と余計な心配はしない! 俺は本当に先生に愛されてるよ……!」軋むベッド、染みだらけのシーツ。そして絶え間なく響く二人の青年の悲鳴に、その夜は色濃く染まった。地獄が終わったのは朝
Last Updated: 2025-08-06
Chapter: 4突然上半身を抱き起こされたと思ったら、今度は座位で貫かれた。嫌だと身を捩っても大きく脚を開かされ、挿入部分を確かめるように触られる。「ほら、中擦られるの気持ちいいでしょ?」「うっ、あっ、やっ……!」絶対、ハイとは言えない。だって目の前には矢代さんと、彼に抱かれてる秋がいる。だけど和巳さんはさらに激しく奥を突いて、俺の中を掻き回した。逃げようとすればするほど押さえ込まれる。「あっ、やだ、そんな激しいのっ……おかしくなっちゃうぅ……っ!」腰をホールドされる。彼の動きと連動して身体が震え、触ってもいない性器が跳ねてしまう。本当は触りたいけど、それはやっぱり許してもらえなかった。「……そうそう、忘れてるみたいだからおさらいしようか。鈴を世界で一番愛してるのは、誰だっけ?」「あっあぁ……か、和巳さん……っ」熱い。肉が蠢く穴の中も、剥き出しの下腹部も。どくどくと脈を打って、全身へと伝わっていく。 「じゃあ鈴が一番感じて。喘いで気持ちよくなっちゃう相手は、誰だっけ?」「ん、和巳、さんっ……和巳さん、だけ。あっ、中すごい事になってる……今も……っ!」胸の突起をぎゅっとつままれる度、口端から唾液か零れる。そしてその度に、彼の性器が高まる気がした。向きはそのまま、矢代さんと秋を盗み見みながら。恥ずかしいのに溺れた身体は快楽に逆らえなくて、むしろもっと彼を求めた。「和巳さん、もっと……もっと、強いの欲しい。おかしくして……っ!」「ふっ……もう、最高……!」後ろに押し倒され、正常位のまま激しく抜き差しされる。見上げる先の彼の顔は、快感に酔いしれてる。俺も多分、彼と同じか、……それ以上にだらしない顔をしてるんだろう。降ってくる汗が伝って、シーツに染みをつくる。肌と肌が触れ合う部分が滑って、なのに張り付いて、やらしい水音が響き渡る。和巳さんの熱で火傷しそうだ。感じ過ぎて制御できず、脚は限界まで大きく開いてしまった。「和巳さん、キスしたい……っ」「うん……いいよ」舌を出して求めると、舌ごと激しく吸い付かれる。ただでさえ熱い身体が、さらに熱く感じた。俺、今……上も下も、和巳さんと繋がってる……。もっと口を塞いで欲しい。離れたらきっと、また情けない声を出してしまうから。今は羞恥心も忘れたい。思考を溶かすほどの快感に包まれたかった。「ふふっ……和巳君と鈴鳴
Last Updated: 2025-08-05
Chapter: 3瞼に当たる和巳さんの手が、段々汗ばむ。どうなってんだ。そんなにやらしい光景なのか? すごく見たい。「でも、それなら何で……最近、俺とシてくれないんだよ。前は毎日シてくれたのに」秋の悲痛な声が聞こえる。でも、……あれ、毎日? 前に俺と話した時は週二って言ってなかったっけ?「あぁ。この前は本当に、疲れてやる気が出なかっただけだよ」「じゃあ、今回は何で……」「はは、そんなの決まってるだろ? 欲求不満に悶えるお前を観察するのが楽しくてしょうがないからさ」矢代さんの、十二分に喜色を含んだ声が鼓膜に届いた。……つまり今までわざとお預けにして、秋を焦らしていたのか。軽く鳥肌が立つ。姿が見えないからこそ、ベッドの軋み具合と彼らの声を全身で感じてしまう。やばい……。矢代さんからキチクの匂いがする。こんな人を敵に回したことが間違いだ。絶対倍返しに合う。後悔しても後の祭りだけど、案の定もう秋の喘ぎ声しか聞こえなかった。「く、そっ……サイテーだよ、アンタ……っ!」「ははは、否定はしないよ。でもお前も人のことは言えないだろ。さっきは本当に鈴鳴君と危ない空気になってたじゃないか。純直な和巳君に感謝するんだな」状況がよく分からないけど、何かガンガン音が鳴ってる。秋が暴れてるんかな。「いつまで経ってもお前は本当にどうしようもない……それでいて最高だよ。俺の為にこんな楽しい趣向を凝らしてくれるなんて」「ち、違っ……あぁ!」何かがビリッと破れる音がした。ちょっと、音声のみは怖くなってきた。「和巳さん、手を離して……! さっきから何も見えないよ!」「う~ん……どうしよっかな。今の光景は、ちょっと鈴には刺激が強いかも……」「ずっとこのままでいる方が気まずくない!?」尋常じゃなく情事の気配を察知している。和巳さんは二人をバッチリ見てるわけだし、俺も彼らと同じベッドに座っているし、この状況はやばい。彼らが本番に入る前に早くここから退散しないと!そう思っていたら、矢代さんの弾んだ笑い声が聞こえてきた。「せっかくだから和巳君と鈴鳴君もここですればいい。このベッドは大きいから、四人乗っても余裕があるよ?」い、今何て……。耳を疑った。矢代さんは秋と抱き合ってるベッドで、俺と和巳さんにもエッチをすすめている。正気じゃない。そんなの和巳さんだって断るに決まってる!「え
Last Updated: 2025-08-04
Chapter: 2「絶対やめた方がいい……嫉妬させるだけならともかく、このやり方は彼を傷つけることになるよ。恋人を傷つけるのは本望じゃないでしょ?」「ははは、心配ないって。先生は恋人が浮気してるぐらいで傷つくタマじゃないから」何言ってんだ、この子は。「恋人が浮気して傷つかないって、それはもう恋人じゃないよ! 矢代さんは絶対傷つくって!」「でもあの人はぬるいやり方じゃ絶対動じないし、本当の気持ちを確かめるにはこれしかないんだよ。あの人が俺のことをまだ想ってくれてんのか確かめるには、これしか」そう答える秋の目は、ガチだ。本気で切羽詰まってる。「こんな事に巻き込んでごめん……でも俺、あの人が好きなんだ」「秋……」彼も相当もがき、苦しんでいる。まぁ、それとこれとはちょっと話が違う気がするけど……。でも困った。彼の辛そうな顔を見てたら、全力で突き放せない。「矢代さんが、ショック受けて倒れないといいけど」計画に沿うことにするか。もちろん演技だから、変な所は絶対に触らない。俺は秋のシャツのボタンを外しにかかった。ところが。「うわっ、何してんだよ。攻めるのはお前じゃなくて、俺。お前はそういうの向いてないだろ」力任せにベッドに押し倒される。そしてあろうことか、彼は俺のベルトに手をかけた。瞬時に嫌な汗が溢れて、慌てて抵抗する。「ちょいちょいちょい! そんなの計画の時は決めてなかったじゃんか!」「決めてないけど、間違ってもお前はタチじゃない。つうか本来は俺がタチなんだよ。あの人にめちゃくちゃに抱かれなきゃ、そもそもこんな人生になってなかった!」よく分からない不満をぶちまけて、秋は俺のベルトを引き抜いてズボンを下ろした。以前、外の公衆トイレで彼にアナル開発を手伝ってもらったことはあるけど……今はちょっと状況が違う。ていうか、俺だけ恥ずかしい格好になるのは嫌だ!「こら! 秋も少しは脱いでよ」「はぁ? ……わ、やめろって!」ベッドが軋むほど、激しい取っ組み合いが始まった。尋常じゃなく息が上がる。互いに互いのズボンを奪い取ったとき、この争いはさらにヒートアップした。「おい、お前いつも和巳さんとする時は自分で後ろ弄るの? それとも弄ってもらうの?」「それは……あ、秋はどうなんだよ?」一瞬の不意をつかれ、ベッドに押し倒された。秋は真上に覆い被さり、俺を見下ろした。顔
Last Updated: 2025-08-03