鍾愛王子のあいしらい

鍾愛王子のあいしらい

last updateLast Updated : 2025-11-01
By:  七賀ごふんCompleted
Language: Japanese
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天界で暮らす美しい道士、千華は過酷な修行に嫌気がさしていた。 自由きままに生きようと下界へ向かった折、奔放で不思議な青年、紫弦に出逢う。 正体がバレないようさっさと退散したい千華だったが、なんと突然彼から求婚されて───?

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Chapter 1

千華

天界の代表……の、付き添い。見習い。またの名をおまけ。居ても居なくてもいいという、とても絶妙な立ち位置に俺はいた。

「新たな国王陛下、また聖上に御健康と御多幸を。この時世に平和と幸福、繁栄を祈念致します」

今から十数年前。父に連れられ、若き道士、千華は人界に下っていた。

時の王の戴冠式に出席し、祝辞を述べる。千華の父は天界でその役目を担う重要な存在だった。人界へ来たことが初めてで右往左往する千華は、普段とは別人の父の姿に二重で戸惑った。

もしかすると、大きな責任と誇りを背負った背中に怯んでいたのかもしれない。いつか自分がこの大役を引き継ぐ可能性があると思うと、立ちくらみがしそうだった。自分としては今隣に佇んでいるだけで精一杯だ。

両脇に並ぶ赤い柱や美しい装飾は天界の神殿と似ていて親近感があるものの、やはり地上の空気はひりひりして、喋ってもいないのに喉が渇く。くわえて幕のような何かが肌に張り付いていた。新鮮で美しいが、長居する場所じゃないな、と密かに首を横に振った。

凛々しい顔立ちの国王は中央に置かれた王座に腰掛け、嬉しげに笑みを浮かべた。

「上界の者が訪れるのも、祝辞を受けるのも、私にとって初めてのことだ。地上のもてなしが気に入るか分からないが存分に楽しんでいってほしい」

「ありがとうございます」

もう一度だけ寿いだ後、父は後ろへ下がって揖礼した。

時間の経過と共に人がどんどん増えていく。周りの礼式を注視してる間に城中の者が集まり、大広間で盛大な宴が始まった。

「すごい」

これほど多くの人が王を祝っている。少し背伸びしながら群衆を眺め、千華は何度も頷いた。

「道士様、宜しければ……」

「あ。ありがとうございます」

給仕をしていた女性が近くに来て、酒が入った金杯をくれた。

修行中の身だが、今日だけは酒を飲むことが許されている。

「…………」

でも独りで飲んでも楽しくないなあ。

父は物珍しい上に運気目当ての人間達に取り合いにされ、とても近付ける雰囲気じゃない。

暇だ。初めて会う“ 人間”と打ち解けられるほど社交的じゃないし、終わるまで何をしよう。

自分が抜けても問題なさそうな雰囲気だったので、お祭り騒ぎの鹿台から離れ、城下町を探索することにした。

生まれて初めて来た場所なのにどこか懐かしい雰囲気が漂う。牛車で作物を運ぶ人や、道端でものを売る人。自分が暮らしている世界とは些か離れているが、誰もが必死に生きている。気付けば故郷のような親しみを抱いていた。

花と土と風と雲。誇り臭くて泥臭いのに、体を包み込む温かさがある。

気持ちいい……。

満足のいくまで見物して城へ戻った。上機嫌で歩いていたものの、腰より小さな何かが突如ぶつかってきた。

「いったい!」

後ろにころんと倒れ、大きな声を上げたのは人間の男の子。背丈が小さいから視野が狭いのだろう。

「ああ、ごめんな。ほら」

手を差し伸べると、子どもは躊躇うことなく自分の手を掴んで立ち上がった。と同時にあることに気付く。彼は街で見かけた子ども達とはまるで違い、絢爛な着物を着ている。

「怪我はないか?」

「うん。……お兄さん誰? どこの人?」

「おっと~。相手に尋ねる時は自分から先に名乗るのが礼儀だぞ」

「うん。でもお父さんに、自分から先に名乗っちゃいけないって言われてるから」

「なっ!」

何だと。この子どもの親はなんって高慢なんだ。

ま、まぁそういうこともあるよな。時には……。

納得しながら袖で顔を隠し、動揺してることが悟られないように告げた。

「じゃあ、お互い名乗らない。どうだ、名案だろう?」

「うんっ!」

実際、不必要に名乗るのは控えたかった。にしても酷い方法で解決しちゃったな。千華が反省していることなど知らず、少年は元気よく隣に並んだ。

「ん? 君ここに用があるの?」

「用っていうか、僕の家だもん。お兄ちゃんこそ何の用?」

彼は不思議そうに首を傾げる。

家、と言ってもひとりで自由に動き回っているということは、きっと国王の臣下の子どもだろう。皇子なら常に護衛を連れているし、そもそもひとりで城外に行くことは許されないはず。

構われると落ち着かないけど、貴重な刺激をもらった。できれば彼の純然とした心は、いつまでも続いてほしい。

ふと思いついて、袖の中中からある物を取り出した。

「いや、用は済んだ。俺はもう帰るから、名前を教えない代わりにこれをあげよう」

以前縁結びの滝へ修行……もとい遊びに行った時、龍からもらった碧の玉石を渡した。価値があるかどうか分からないが、人界には絶対存在しない鉱物だ。それなりに高値で売れるだろう。

「わぁ、綺麗! 本当にもらっていいの?」

「あぁ」

「ありがとう!」

少年は期待以上に大喜びし、可愛くはしゃいだ。しばしの間その様子を眺めて癒されていると、彼はなにか閃いたように手招きしてきた。彼の目線に合わせて下に屈む。てっきりなにか耳打ちしてくると思ったのだが、聞こえたのは頬にちゅっ、と当たる音だった。

小さな顔が離れていく。

「な……っ!」

「お兄さんもこれと同じぐらい綺麗だから、いつか僕のお姫様になって!」

頬でも唇でも、今思えばこれが初めての口付けだった。

子どもって怖い。子ども相手に真っ赤になってる自分はもっと怖い。

ていうかお兄さんって言ってるのに何でお姫様になるんだよ。色々意味分からなくてくらくらする。

「もっ、もうここに来る予定はないよ」

「えぇー!」

「えぇーじゃない。だから、その……達者でな」

足早に、逃げるようにしてその場を離れた。動悸みたいな速さで脈が打っている。

あああ、何だこれ……。

それからどこで父と合流したのか、どうやって天界に戻ったのか記憶がない。何も覚えていない。思い出せるのは最後の出逢いだけ。

俺の記念すべき初めての人界訪問は、名前も知らない小さな男の子に全て持っていかれてしまったのだ。

上界と下界。

世界はたったひとりの神によって、太古に切り離された。上界は神道と呼ばれる者達が統治し、下界では人間という生命が幾つもの国を創建した。彼らは互いに干渉することなく、長きに渡り平和な時代と文明を築いた。

千華は天上の中でも清浄とされる花山に生まれた。見た目こそ人間の若者と同じだが、齢百五になる。

神山に宮殿を持つ両親の元で花の世話をして育ち、成長後は神に心血を注ぐ道士となった。道士入りをするといずれは神山の頂で神官として仕える為、神術、道術の修行に日々明け暮れる。

飛翔する青鳥の鳴き声で目を覚まし、畑で育てた野菜や木の実を採り、神官の一人でもある師叔の部屋を塵ひとつ残さず掃除する。正午までは雑用が専らで、午後はひたすら神泉の前で元気(がんき)を養う。自由時間が持てるのは夜更けになってからだ。幸い人間と異なり睡眠を必要としないものの、残された時間の中でできることは限られている。

一日の行程は事細かに管理されていて、雑用も多いため常に倦怠感と闘っている。それも何とか飲み下してやってきたのだが、瞑想をしていたある日のこと、とてつもない危機感を覚えた。

まずい。このままでは……。

「死ぬ」

両手を合わせながら呟いた。周りに誰もいなかったから良かったものの、本来この時間は独語も禁じられている。

しかしそれどころではなかった。足早に御堂を抜け、道士服を脱ぎ捨て、神気に満ちた泉に飛び込んだ。

間一髪。もう少しで疲労のあまり卒倒するところだった。

これが千華の最近にして最大の悩みだ。実は彼は、同じ山で修行している道士達の中で最も体力がない。

千華自身修行を始めた時から薄々勘づいてはいたが、長年蓄積していた負荷が一気に溢れてきたようだった。

神力が尽きた。このままでは生命を維持する力まで搾り取られ、干からびて死んでしまう。

修行中に神力が枯渇して亡くなった者など聞いたことないが、下手をしたら自分がその第一人者になるかもしれない。そしたら自分の名が瞬く間に天界中に広がるだろう。

死後に辱めを受けるなんて絶対嫌だ……。

元はと言えばこの絶望的な体力を嘆いた父親が、息子の千華を修行に送り出した。一人前の神官になることを期待しているのだろう。その思いに報いたい気持ちはあるが、やはりできることとできないことがある。というか、体力がつくまえに命が尽きる。

何とか逃げ出したい。しかし一度神官に弟子入りした者が神山を出ることは許されない。ここから抜け出すには師叔より位の高い神官の許しを得るか、破門されるか。大方その二つしかない。

「千華、また何か暗いこと考えてるな。眉間に皺寄ってるぞー」

不調を隠す日々にほとほと疲れてきている。

ひとり項垂れていると同じ門弟の道士、夕禅(ゆうぜん)が心配そうに話しかけてきた。彼もこの同派の中では若い方で、一番気が合う存在だ。それでも身体のことを打ち明けることはできない。これが師に伝われば、最悪もっと厳しい修行を命じられるからだ。

「ううん……皺はいつも寄ってるよ」

「嘘つけ。お前っていつもヘラヘラしてるから、笑顔以外だとすぐに分かるんだよ」

「そうか……?」

「そう! 何だ、それとも恋してるのか?」

千華は首を横に振る。恋なんて、自分とは最も縁のないものだ。

夕禅もそれを分かっているのか、それ以上は追求してこなかった。代わりに最近の、いわゆる世間話を延々と話し始めた。もうすぐ東の神山で祭りがあるだの、下界で妖魔に襲われる人が増えただの、どれも関連性はなく連続しない。

申し訳ないと思ったが、相槌を打つので精一杯だ。重だるい身体のことばかり気を取られている。

桃の木の下に寝そべる自分を見下ろすと、夕禅は袖の中から酒を取り出した。

「わっ、お前それどこから持ってきたんだ! 酒は駄目だろ!」

「何言ってんだよ、問題児のくせに。これさぁ、この前の宴会に手伝いに行かされた時くすねたんだ。師叔だって本当は呑んだらいけない身なのにずるいだろ? 俺達もたまには呑もう! 最高の花酒だぜ」

杯を二つ取り出し、美しく透き通った酒を注ぐ。

まったくどうしようもない。師叔にばれたら破門……いや、殺される。

でもこんな素晴らしい酒を飲まないなんて、それはそれで天罰が下るんじゃないか?

我ながら呆れるほど欲望に弱い。促されるまま夕禅から杯を受け取り、一気に飲み干した。

「確かに美味い!」

「だろ? もう一杯いけよ」

一気に込み上げる熱を感じ、千華は酒をあおいだ。破門だけでは済まされない、禁断の宴はしばらく続いた。終わる頃には夕禅は泥酔し、寝息を立てて横になってしまっていた。

「夕禅。おーい、夕禅。大丈夫?」

何度呼びかけても起きる気配がなく、幸せそうな寝顔を浮かべている。それほど酒に強くないのかもしれない。

酒器にはまだだいぶ残っている。彼が起きるまでここで休んでいようと思ったが……。

そーだ! 良いこと思いついたぞ!

閃き、自身の良案に膝を打った。まだ眠る夕禅を残し、酒器を持ってそっと離れる。すまん夕禅。

「……お前は元気にやれよ」

嬉しいことも悲しいことも共に分かち合った大切な兄弟弟子。彼が立派な神官になることを心の底から祈ってる。俺はごめん、無理。絶対無理。この修行地獄から足を洗い、今後は自由気ままに暮らす。

本堂へ戻り、気配を殺して師叔の部屋を訪れた。桃の木からつくった特別な焼香が馥郁たる香りを届ける。

体力も神力も下手したら地上の人間と変わらない落ちこぼれ。そんな自分を引き取り大切に育ててくれた恩師を愛敬している。

だが修行をやめたいなんて言ってみろ。すんなり破門させてくれる方じゃないから、きっと何百回も鞭で打たれて表の大木に百年は吊るされる。

千華は今日、師が留守であることを知っていた。留守中に師の部屋に入るなど御法度で、現在着実に罪に罪を重ねているわけだが、この山を出る為にとにかく必死だった。ここで犬死する前に、もう一度下界を自由に歩いてみたい。

箪笥を開け、中のものを物色する。そして目的のものを手に入れ、袖の中に入れた。

「最低だ」

生き残る為とはいえ、こんな形で師を裏切るなんて……。

断腸の思いで向かったのは霊鳥が集められている鶏舎。師の箪笥からくすねた……入口の鍵を取り出し、中へ入って一番扱いやすい小さな霊鳥に跨った。

「いや違う、ちょっと人界に行くだけだよ。師叔にお使いを頼まれたんだ……そんな目で見るなって」

訊かれてもいないのに霊鳥に言い訳した。案の定、霊鳥は不思議そうに首を傾げている。

あとは必要な私物をいくつか袖に仕舞った。誰にも見つからないようこそっと庭を抜け、手綱を握って下山する。侵入者を拒む為の結界を解いた時、今まで真面目に修行していて良かった、と心底思った。むしろこの為に道術を学んできたのでは……いや…………違う。

人界へ下りるための最後の吊る橋には門番がいる。それが文字通り最後の関門である。

そういえば人界にも関所とかいう似たようなものがあった。けど上も下も一緒で、“通行料”を払えば通過できる。

霊鳥が風を巻き起こし、橋の上に着地する。千華も一度下りて、門番の道士に近付いた。

「千華様!」

彼はこちらに気付くと驚き、それから心配そうに駆け寄ってきた。

「一体どうされたんですか、こんなところまで下りてくるなんて。上でなにかあったんですか?」

「いや。父上に頼まれて、国王にお酒を持って行こうと思っ」

て。じゃない。駄目だ。父に頼まれたと話せば、その連絡が先にくるはずだ、と返される。門番と最も繋がりの強い父を使えば自分の首を絞める。

「思っ……?」

「思っ……たんだけど、それは良いから民に振舞ってやりなさい、って師叔から頼まれたんたんだった」

「すごく噛みましたね」

「いや本当に素晴らしい酒なんだよ。誰にも言わないからさ、ちょっと味見してごらん」

杯を取り出し、酒を注いだ。道士は初め困惑し、それはいけません!と拒否し続けたが、千華の凄まじいしつこさに負けてとうとうひと口だけ……と酒を呑んだ。

道士は飲まず食わずで生きられる。しかし酒は数年に一回、祝いの席で飲むことが許されていた。生き物でなければ肴になるものも口にする。全ての道士にとって、酒はまたとない魅力的なご馳走なのだ。

「はー……。いや、驚きました。本当に素晴らしいお酒ですね」

「だろう? これを皆に振舞ってあげようと思ったんだった」

「過去形ですか?」

「いや未来形にしてみせる。だから門の結界を解いてくれ」

自分は何ともなかったけど、思いの外この酒は強いのかもしれない。門番はひと口で頬が紅潮していた。そしてあっさり、神官が張った陣を崩した。嗚呼……。

心が引き裂かれそうだ。これで何個目の罪なのか、もう分からない。なんせ数えてない……。

「それじゃあ行ってくる。君も元気で」

「元気で?」

「元気で……挨拶してくれてありがとう」

いかん。これは誤魔化せないやつだと思い、振り向きざまに昏迷の術をかけた。

朦朧として崩れ落ちた彼を支え、木陰に寝かせる。恐らく数時間は寝てくれるだろう。

とは言え、この間に本当の侵入者が来たら困る。周りに目隠しの幻術をかけてから霊鳥に跨り門をくぐった。直後凄まじい烈風が駆け抜け、視界を奪う。天上で生まれ天上で育った自分が、再び世界を越えた瞬間だった。

天上にいた時から見上げていた山脈は瞬く間に消え去り、青い景色に放り出された。

「うわ……っ!」

十数年ぶりの空。でも以前父と来た時は一面鼠色だったと思う。

ずっと遠くに恐ろしく光ってる物体がある。恐らくあれが太陽だ。

天界は朝も夜もなく、一定して白い雲に覆われている。だから目に飛び込んできた光景全てが衝撃だ。

刹那の感動。

……が降下する最中、あまりの風圧に霊鳥がバランスを崩してしまった。もう少しで無事地上に下りるところだったのに、豪快に投げ出される。

「うはっ!」

木の上に落下したと思ったらまた大きく投げ出されて目が回った。次いで固い壁に激突し、擦り落ちるようにして地面に叩き付けられる。

「…………」

痛いなんてもんじゃない。即死してもおかしくない衝撃だった。

むしろ何故まだ生きてるのか。周りに飛び散っている大量の血飛沫を見て疑問に思った。

不老不死はちょっとのことじゃ死なない。だが今の痛みの度合いとしては、死んだ方が幸せな気もする。

よろけながら何とか立ち上がり、空を見上げた。霊鳥はどこかへ飛び去ってしまったが、焦りと不安は一瞬で彼方に追いやられてしまった。

「きれい……」

さっきまで自分がいたはずの天空が、鮮やかな青一色に染まっている。しばらくその美しさに見蕩れ、立ち尽くした。

やっぱり来て良かった……!

周りは人間のことを醜いとか、地上は汚いとか言ってるけど、見たこともないのにそんなこと言っちゃいけないって。

青い空に鮮やかな緑の山々。どこを切り取っても絵になりそうな、見事な絶景。

見れば自分が落下したのは大きな街の一角だった。人がいなかったことが幸いだ。もし誰かの上に落下していたら、到着早々人を殺めていたことになる。

「あああ! 最高ー!」

両手を広げて快哉を叫び、その場で駆け出した。

気持ちが晴れやかだ。満身創痍で死にそうだけど、下山する為に犯した罪の数々を思えば当然の報い。むしろ軽過ぎる。

父と母には申し訳ないけど、これからは地上で慎ましく、人として生きるぞ!

走りながら片手を強く握り締める。その瞬間、横から飛び出してきた人の首に強烈な一撃を入れてしまった。

「あっ!」

しかも最悪なことに、その後ろに長い階段があった。悲鳴をあげた人物は後方に倒れ、派手に転がり落ちてしまった。

慌てて駆け寄り、階段の下を見下ろす。地面に大の字になっているのはひとりの青年。……思わず放心して見ていると、彼の頭の周りからじわじわと血が広がり、あっという間に地面を赤く染めた。

なんてこった。……人を殺した!

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天界の代表……の、付き添い。見習い。またの名をおまけ。居ても居なくてもいいという、とても絶妙な立ち位置に俺はいた。「新たな国王陛下、また聖上に御健康と御多幸を。この時世に平和と幸福、繁栄を祈念致します」今から十数年前。父に連れられ、若き道士、千華は人界に下っていた。時の王の戴冠式に出席し、祝辞を述べる。千華の父は天界でその役目を担う重要な存在だった。人界へ来たことが初めてで右往左往する千華は、普段とは別人の父の姿に二重で戸惑った。もしかすると、大きな責任と誇りを背負った背中に怯んでいたのかもしれない。いつか自分がこの大役を引き継ぐ可能性があると思うと、立ちくらみがしそうだった。自分としては今隣に佇んでいるだけで精一杯だ。両脇に並ぶ赤い柱や美しい装飾は天界の神殿と似ていて親近感があるものの、やはり地上の空気はひりひりして、喋ってもいないのに喉が渇く。くわえて幕のような何かが肌に張り付いていた。新鮮で美しいが、長居する場所じゃないな、と密かに首を横に振った。凛々しい顔立ちの国王は中央に置かれた王座に腰掛け、嬉しげに笑みを浮かべた。「上界の者が訪れるのも、祝辞を受けるのも、私にとって初めてのことだ。地上のもてなしが気に入るか分からないが存分に楽しんでいってほしい」「ありがとうございます」もう一度だけ寿いだ後、父は後ろへ下がって揖礼した。時間の経過と共に人がどんどん増えていく。周りの礼式を注視してる間に城中の者が集まり、大広間で盛大な宴が始まった。「すごい」これほど多くの人が王を祝っている。少し背伸びしながら群衆を眺め、千華は何度も頷いた。「道士様、宜しければ……」「あ。ありがとうございます」給仕をしていた女性が近くに来て、酒が入った金杯をくれた。修行中の身だが、今日だけは酒を飲むことが許されている。「…………」でも独りで飲んでも楽しくないなあ。父は物珍しい上に運気目当ての人間達に取り合いにされ、とても近付ける雰囲気じゃない。暇だ。初めて会う“ 人間”と打ち解けられるほど社交的じゃないし、終わるまで何をしよう。自分が抜けても問題なさそうな雰囲気だったので、お祭り騒ぎの鹿台から離れ、城下町を探索することにした。生まれて初めて来た場所なのにどこか懐かしい雰囲気が漂う。牛車で作物を運ぶ人や、道端でものを売る人。自分が暮らしている世界と
last updateLast Updated : 2025-09-09
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#1
既に酷いことをやらかしているけど、人を傷つけて(殺して)逃げ去るなんて真似は死んでもできない。急いで階段を駆け下り、地面に伏せている青年を抱え起こした。血だらけで見るも無残な姿だが、首に手を当ててみるとまだ脈があった。「良かった……!」死者を甦らせるような大術は千年かかっても自分は習得できないが、生きていれば望みがある。自分が持っている全ての生気を、唇の一点に集めた。青年の体内に注ぐ方法だけは簡単である。ただ、青年からすれば災難でしかない。わるいな……。彼の後頭部を引き寄せ、口を塞いだ。いきなり階段から叩き落とされて瀕死状態に陥り、男に接吻までされるなんて、この青年はなんてついてないんだろう。なけなしの神力を、底が尽くまで青年の体内に送り込む。頼む。……生きてくれ。願いが通じ、青年の傷はみるみる塞がっていった。規則的な寝息も微かに聞こえる。青白い顔だった青年は、今は穏やかな表情で眠っていた。彼を起こさないよう、そっと横にする。脈拍も安定しているし、何とか大丈夫そうだ。ほっと息をついた途端、急激な目眩に襲われた。「……っ!」ただでさえ慣れない地上の空気。激しい頭痛と動悸に襲われ、意識が遠のいていく。でも、彼が助かるなら……。全身の力が抜け、千華は地面に倒れた。最後に見えたのは綺麗な青年の顔で。こんな時に意味が分からないが、……ほんの少しだけ、触ってみたいなんて思った。パチパチと耳元でなにかが鳴っている。それに温かい。……近くでなにか燃えているようだ。火は何もかも灰にしてしまう危険なもの。嫌というほど知っているので、反射的に飛び起きた。狭い正方形の天井が真上に広がっている。千華は暗い民家の中で目を覚ました。寝台の上に横になり、腹には薄い毛布が掛けられている。暗い……静か……。小窓から射し込む光と、灰だらけの暖炉に灯る炎がいくらか仕事している。あの程度の火なら燃え移る心配はないか。胸を撫で下ろし、乱れた髪を適当に整えた。「起きたか」「ハイッ!」心臓が飛び出しそうなほど驚いてしまった。おそるおそる声の方へ向くと、先程千華が階段から叩き落とした、黒髪の青年が佇んでいた。すっかり顔色も良く、着替えをしたのか服のどこにも血はついていない。大体の年齢も予想がつく。恐らく人間の中で一番元気な時代だろう。一番元気な……確か二十歳
last updateLast Updated : 2025-09-23
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#2
……泣いてる?自分がおとす影のせいで視界が悪く、後ろへ引くまで気付けなかった。組み伏せていた華奢な青年は、大きな雫を零して泣いていた。不憫に思うほど小刻みに震え、唇を噛んで声を押し殺している。てっきり自分と同じで色事が大好きだと思ったのに。……そういえば勃つのも遅かったし、緊張し過ぎる。最初はわざと嫌そうな態度をとってるんだと思ったが、この涙は演技には見えない。そう分かった途端焦りと罪悪感が波のように押し寄せてきた。美しい見目の上好みの顔立ちだったからつい調子に乗ってやり過ぎてしまった。大変なことをした……!「すっすまん! 怖がらせるつもりはなかった……!」狼狽えて何度も謝る紫弦に、千華も驚いて言葉を失った。先程とは打って変わり、申し訳なさそうに手を合わせている。自尊心が高そうに見えたのに、こういう時は簡単に謝ることができるらしい。そう思うと何だか可笑しくて、涙は自然に止まっていた。紫弦は不安そうに千華の頬に触れ、そっと本音を零す。「俺なんか比にならないほど箱入り娘だったみたいだな」娘じゃないと訂正したかったけど、ここで反抗しても拗れるだけだと思い口を噤む。「中途半端にしてすまなかった」紫弦は気まずそうに後退ったが、千華の性器は昂ったままだ。それに気付き、紫弦は気まずそうに咳払いする。「後は自分でするか?」「え! ……ど、どうしたらいいのか分からない」千華は目元を袖で拭い、声を震わせた。「こんなのしたことないから……」「し、したことない、って……まさか自慰を?」躊躇いながら頷く彼に、紫弦は今までにない衝撃を覚えた。自慰をしたことない男がこの世に存在するのか。それは有り得ないだろう。貧民だろうと一国の王だろうと、生理的現象だし、欲望も等しく与えられるし、誰から教わらなくてもやることだ。なんて細かいことを考えるのも段々馬鹿馬鹿しくなってきた。それより自分のせいで戸惑い、震えている青年を早く楽にしてあげたい。「痛いことはしないから、ちょっとだけ我慢しろ」白いが、熱の中心だけは椿のように紅い色を帯びている。素直に綺麗だと思った。これで今まで誰にも襲われなかったのが奇跡だと思うほど。上下に激しく扱くと、千華はますます泣き喚いた。可哀想だと思う気持ちが半分。そしてもう半分は生まれて初めて抱く加虐心。可愛らしく泣く彼をもっと見たい
last updateLast Updated : 2025-09-24
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#3
深夜、彼の寝息を聞いてからこっそり部屋を抜け出した。外は無限の闇に包まれ、虫の鳴き声が響いている。空には丸く大きな発光体が浮かんでいる。多分、あれが月というやつだろう。「ふう……」逃げていいはずだ。このまま紫弦を置いて、好きな場所へ行く。最初からその予定だったし、彼の逃避行に付き合う義理はない。だが気になるのは何故なのか。三歩進んでは二歩下がるを繰り返してしまい、なかなか宿から離れられない。要所要所で確かに王族の誇りや威勢が感じ取れるのに、頼りなくて心配になる面もある。会ったばかりの俺にもまぁまぁ優しいし……。自分を悩ませている元凶が分からず葛藤した。何度目かのため息をついて、結局戸口へ戻る。しかしそれと時同じく、宿の周りをうろつく人影が見えた。相手も音を殺した歩き方をしていた為、反射的に物陰に隠れた。宵闇の中でも自分の眼にはよく見える。現れたのは大柄な二人の男で、声を潜めて話し出した。「……本当にこの宿に王子が泊まってるんだな?」「あぁ、宿の主人が言っていた。悪いが一緒に死んでもらおう。そうすりゃ王族反対派の奴らから報酬がもらえるさ」男達の顔がパッと明るくなる。そうさせたのは、ひとりが手にしているたいまつだ。彼は壁に手をつくと、格子しかはめられていない窓から、その炎を中へ投げ入れた。「何してるんだ!」予想外の行動に、思わず叫んでしまった。男達は見られていたことに驚愕し、一目散に逃げ出した。追いかけようとしたが、消火が先だったと思い直す。すぐに屋内へ戻って火事だと叫んだ。眠りについていた宿泊客も皆飛び起きて、千華のいる一階へ降りてきた。「火事!? 大変だ!」火を投げ込まれたのは誰もいない倉庫だった。男達で協力し、幸い木箱や樽に燃え移る前に消火することができた。怪我人がいないことを思えば間違いなく幸運だった。ただ床は黒焦げになり、部屋全体に異臭を放っている。「火を放った奴は、皇子がここにいると知ってたみたいで……」目撃者として黙っておくわけにもいかない。静かに紫弦に伝えると、それを聞いた宿の主人や客がざわめき出した。だけどそれ以上に、紫弦の反応が気に掛かった。彼は一歩前に出て、千華に退るよう手で合図する。そして深々と頭を下げた。「……俺のせいで危ない目に合わせて申し訳ない。今すぐここを出る。燃えた床は後日必ず修理するから許してくれ
last updateLast Updated : 2025-09-25
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#4
理性を投げ打って快楽に溺れるなんて許されざることだ。頭では分かっているのに、彼に見つめられると自分が今いる場所すら忘れそうになる。自分を受け入れてくれる世界に溺れたいと思ってしまう。ここは人の為の世界で、天が決めた仕来りはない。だから尚さら揺らぎそうになった。またあの快感を……。紫弦の手に自分の手を重ねようとした、その寸前で我に返った。「すみません! ……もう寝ます」「え。おい、千華?」彼は自分を呼び止めようとしていたが、聞こえないふりをして部屋を飛び出した。暗いため壁に手を宛てながら先へ進む。今のは本気で危なかった。なにか悪い気に当たっている気がする。でもこちらが影響されるほどの気を人間が発することなんてできないし、単に自分が血迷っているだけだろう。自分と彼では立場が違い過ぎる。今以上の関係になってはいけない。「は……っ」だが、まださっきの熱が下がってくれない。長い廊下を歩きながら、とうとう堪えられず近くの柱の影に隠れた。身体中が火照って苦しい。ずり落ちるようにして床に座り、衣の中に手を伸ばした。怖々確認すると、性器はまた真っ赤に反り返り、刺激を求めている。「何で……っ」あまりに卑猥なので咄嗟に視界から外した。醜い、浅ましい、怖い。何十年も生きていながら、自分の身体に恐怖を覚えた。今この身体は地上に馴染みつつある。それは即ち、人に近付いているということだ。それとは別に、紫弦といると異常なまでに反応してしまう……自分が歯痒くて仕方ない。無人の広間は冥々たる闇が広がり、無力感を助長していく。こんな不安定な身体でこれからやっていけるんだろうか。地上へ下りた時はあれほど自信に満ち溢れていたのに、もうよく分からない。ただの人間になったらどうしよう。熱を帯びた性器を握ったとき、恐怖や不安はわずかに薄れた。生理的な反応だろうが、涙が流れて床にぱたぱた落ちる。訪れる熱い快感に対し、孤独はやたらと冷めた目で自分を見ている。「千華!」ふいに自分の名が響いたとき、胸がぎゅっと締め付けられた。遠慮がちに顔を上げると、肩で息をしながら佇む紫弦がいた。わざわざ追いかけてくれたらしい。けど最悪だ。よりにもよって一番酷い姿を見られた。追いかけてきてくれたことは嬉しかったけど、羞恥心に打ち勝つことはできなかった。気まずくて俯くも、抱き抱えられた
last updateLast Updated : 2025-09-26
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#5
どれだけ考えても答えに辿り着けない。けど紫弦の必死な表情を目にすると思考が止まってしまう。これらは全て欲求を満たす行為のはずなのに、どうしてそんな顔をするのだろう。分からないから、尚さら困惑して力が抜ける。「千華……俺を見ろ」今度は仰向けに寝かされる。舌は離れたが、紫弦の冷たい指が柔らかくなったそこに入り込んできた。「見て……」鈍い痛み。冷や汗をかいた。怖い……怖いけど、真っ直ぐ見てくる彼から目が離せない。片手だけ繋いだ。紫弦のもう片手の指は、自分の中に潜り込んできている。どう受け止めていいのか分からず、何度も腰を揺らした。彼の指は角度を変え、中の出っ張りを擦る。時に優しく、時に激しく。指の数も増え、圧迫感に呼吸が荒くなる。その息すらも奪われ、本気で殺されると思った。「ん……紫、弦様……っ」けど何故か、全身の緊張は解けてきている。殺され方としては酷く情けないけど、さっきよりも悪くない。彼がこちらの視線や仕草に神経を注ぎ、分かろうとしている。心で繋がろうとしている。そう気付くと小さな光が灯った。どれほど時間が経過したか分からないが、指は引き抜かれた。彼の指には卑猥な液体が絡みついている。それは彼が千華の為に用意した潤滑油だったが、自身の体内から零れているところを見ると羞恥でおかしくなりそうだった。「すごいな。とろとろ」「わざわざ言わないでください……!」「すまんすまん」紫弦は申し訳なさそうに笑い、千華の額に口付けした。「酷いことはしない。つもりだけど、お前が可愛いせいでやり過ぎる可能性があるから、先に謝っておく」もっと真剣に防ぐ努力をしろ。怒りを通り越して呆れ返ってしまう。けどそれすらも笑い流し、彼は千華の腰を掴んだ。「不思議なんだ。最初は鎮めてやろうと思っただけなのに……お前に触れてる時が今までで一番、気持ちいい」白い衣がはらはらと落ちる。紫弦のものはとっくに勃ち上がり、千華以上に熱をまとっていた。その先端が小さな入口に当たり、優しく刺激を与える。「気持ちよくておかしくなる。何でなんだろうな。出会った時からずっとだ。お前といると不思議な経験ばかりする」「それは……」自分も同じだ。体内中の気が、紫弦によって掻き乱されている。唯一可能性があるとすれば、彼を助けたときだ。全ての神気を注いだことで、人と同じ存在に成り下がった
last updateLast Updated : 2025-09-27
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#6
理性を投げ打って快楽に溺れるなんて許されざることだ。頭では分かっているのに、彼に見つめられると自分が今いる場所すら忘れそうになる。自分を受け入れてくれる世界に溺れたいと思ってしまう。ここは人の為の世界で、天が決めた仕来りはない。だから尚さら揺らぎそうになった。またあの快感を……。紫弦の手に自分の手を重ねようとした、その寸前で我に返った。「すみません! ……もう寝ます」「え。おい、千華?」彼は自分を呼び止めようとしていたが、聞こえないふりをして部屋を飛び出した。暗いため壁に手を宛てながら先へ進む。今のは本気で危なかった。なにか悪い気に当たっている気がする。でもこちらが影響されるほどの気を人間が発することなんてできないし、単に自分が血迷っているだけだろう。自分と彼では立場が違い過ぎる。今以上の関係になってはいけない。「は……っ」だが、まださっきの熱が下がってくれない。長い廊下を歩きながら、とうとう堪えられず近くの柱の影に隠れた。身体中が火照って苦しい。ずり落ちるようにして床に座り、衣の中に手を伸ばした。怖々確認すると、性器はまた真っ赤に反り返り、刺激を求めている。「何で……っ」あまりに卑猥なので咄嗟に視界から外した。醜い、浅ましい、怖い。何十年も生きていながら、自分の身体に恐怖を覚えた。今この身体は地上に馴染みつつある。それは即ち、人に近付いているということだ。それとは別に、紫弦といると異常なまでに反応してしまう……自分が歯痒くて仕方ない。無人の広間は冥々たる闇が広がり、無力感を助長していく。こんな不安定な身体でこれからやっていけるんだろうか。地上へ下りた時はあれほど自信に満ち溢れていたのに、もうよく分からない。ただの人間になったらどうしよう。熱を帯びた性器を握ったとき、恐怖や不安はわずかに薄れた。生理的な反応だろうが、涙が流れて床にぱたぱた落ちる。訪れる熱い快感に対し、孤独はやたらと冷めた目で自分を見ている。「千華!」ふいに自分の名が響いたとき、胸がぎゅっと締め付けられた。遠慮がちに顔を上げると、肩で息をしながら佇む紫弦がいた。わざわざ追いかけてくれたらしい。けど最悪だ。よりにもよって一番酷い姿を見られた。追いかけてきてくれたことは嬉しかったけど、羞恥心に打ち勝つことはできなかった。気まずくて俯くも、抱き抱えられた
last updateLast Updated : 2025-09-28
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#7
そんな無茶な。だが文句を言う間もなく、愛撫は激しさを増す。いやらしい水音が大きくかる毎に、羞恥心も肥大した。頭の中では混乱の渦が巻き起こっている。”愛されること”って、何なんだ……。どれだけ考えても答えに辿り着けない。けど紫弦の必死な表情を目にすると思考が止まってしまう。これらは全て欲求を満たす行為のはずなのに、どうしてそんな顔をするのだろう。分からないから、尚さら困惑して力が抜ける。「千華……俺を見ろ」今度は仰向けに寝かされる。舌は離れたが、紫弦の冷たい指が柔らかくなったそこに入り込んできた。「見て……」鈍い痛み。冷や汗をかいた。怖い……怖いけど、真っ直ぐ見てくる彼から目が離せない。片手だけ繋いだ。紫弦のもう片手の指は、自分の中に潜り込んできている。どう受け止めていいのか分からず、何度も腰を揺らした。彼の指は角度を変え、中の出っ張りを擦る。時に優しく、時に激しく。指の数も増え、圧迫感に呼吸が荒くなる。その息すらも奪われ、本気で殺されると思った。「ん……紫、弦様……っ」けど何故か、全身の緊張は解けてきている。殺され方としては酷く情けないけど、さっきよりも悪くない。彼がこちらの視線や仕草に神経を注ぎ、分かろうとしている。心で繋がろうとしている。そう気付くと小さな光が灯った。どれほど時間が経過したか分からないが、指は引き抜かれた。彼の指には卑猥な液体が絡みついている。それは彼が千華の為に用意した潤滑油だったが、自身の体内から零れているところを見ると羞恥でおかしくなりそうだった。「すごいな。とろとろ」「わざわざ言わないでください……!」「すまんすまん」紫弦は申し訳なさそうに笑い、千華の額に口付けした。「酷いことはしない。つもりだけど、お前が可愛いせいでやり過ぎる可能性があるから、先に謝っておく」もっと真剣に防ぐ努力をしろ。怒りを通り越して呆れ返ってしまう。けどそれすらも笑い流し、彼は千華の腰を掴んだ。「不思議なんだ。最初は鎮めてやろうと思っただけなのに……お前に触れてる時が今までで一番、気持ちいい」白い衣がはらはらと落ちる。紫弦のものはとっくに勃ち上がり、千華以上に熱をまとっていた。その先端が小さな入口に当たり、優しく刺激を与える。「気持ちよくておかしくなる。何でなんだろうな。出会った時からずっとだ。お前といると不思議な経験
last updateLast Updated : 2025-09-29
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#8
骨の髄まで溶かされた。愛情と欲情が綯い交ぜになった、本気で自惚れそうな情事だ。紫弦は千華の細い腰を支え、首から爪先まで愛撫を繰り返した。既に性器は萎えており、それは千華も同じだったが、相変わらず寝そべって密着していた。動く度に淫らな糸が引き、自分達の卑猥な行為を自覚する。恥ずかしい……。慣れずについつい離れようとしてしまうが、紫弦はこれまで幾度と経験してきたのだろう。そう思うと何だかやりきれない気持ちになる。息苦しさもあって自身の首を加減せずに掴んだ。それに気付いた紫弦が律動を止め、千華の腕を掴む。「何してる。窒息するぞ」「ん……っ」傷を負いそうなところでしっかり止めてくれる、その優しさが今は煩わしい。このまま本当に息が止まれば……彼は少しは慌ててくれただろうに。でもこんなことで死ぬのは馬鹿だ。情事中に自死なんて、冥界へいくこともなく消滅しそうである。ほとんどヤケになって、せめて声を出さないよう唇を噛み締めた。だがそれも早々に阻まれる。彼は千華の鼻を掴み、無理やり口を開かせた。「だから、自分の身体を傷付けるな」「そん、な……っ!」気が狂いそうなほど攻めてくるくせに、あんまりだ。この絶倫め。思いつく限りの罵詈雑言を浴びせたいけど、これでも彼は国父の息子だ。下手に憤激させたら惨いやり方で処刑されるかもしれない。でも……ないかな。そんなことをする奴には見えない。と言うのも、またひとつの自惚れなのか。「あっ、ん、ふあ……っ」両腕を押さえられ、口付けをせがまれる。女のような喘ぎ声が、千華の耳元でずっと聞こえている。自分のものと思いたくないのに、それは紫弦が身動ぎする度にはしたなく響く。本当に、一番会ったらいけない人。一番捕まったらいけない人に捕まってしまった。意識が水にとけていく。押し寄せる後悔と快楽は、透明な世界に飲み込まれた。快楽から解放された頃────。窓から陽光が射し込み、鳥の囀りが聞こえた。微かではあるが、人が慌ただしく動いてる音も聞こえる。小さな変化を感じつつ、千華は未だ紫弦と同じ毛布にくるまっていた。きっと城の者は朝餉や朝会の支度などで忙しいのだろう。ぐうたらしていることに罪悪感が募るが、動きたくても動けないのが実情だ。紫弦は後ろから千華を抱き留め、長いこと放そうとしない。「あの~……。そろそろ起きないと誰か来
last updateLast Updated : 2025-09-30
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#9
差し出された手を取る。紫弦の笑顔は太陽のように眩しくて、正直困っていた。嬉しい気持ちと、このままではいけない、という切迫感の板挟み。人として渡っていきたいから、道士であることは隠しておきたい。だが彼とずっと一緒に居ると不器用な自分は必ずどこかでボロが出る。天界の者が人界へ下ることはまずなく、その珍しさや秘術を求めて悪巧みをする人間もいると父から聞いたことがある。恐らく人界については師叔よりも父の方が詳しい。人の素晴らしさも醜さも、きっと天界の誰より熟知している。「俺は普通の人とは違うと思っていた。良くも悪くも目立ってしまう」前を行く紫弦に続き、長い通路を渡る。彼は振り返ることもせず、一定の速度で先を歩いた。「子どもの頃は本当にたまに、城の外へ出ることが許されたんだ。けど長く付き合える友人はもつくれなかった。やっと気が合った奴は、俺が王族だと分かると離れていった。同い年の中で遊離していると気付いたら、さすがにちょっと虚しかったよ。共にひとりつくれないなんて……」国王の父には数えきれないほどの友がいる。だがそれはほとんど親類で、身分が近い者ばかり。権力に頼りたくない。自分は、立場を越えた友を作りたかった。「結局大人になるまで交流関係は全然広がらなかったけど。お前と会えて良かったよ」「あ……ありがとうございます」気恥ずかしくなって、礼を言いつつ顔を逸らした。俺達も“友人”とは違うと思うけどな……。昨夜のことを思い出して鳥肌が立ったとき、紫弦は急に手を叩いた。「そういえば。幼い時に、とても綺麗な青年と会ったことがあるんだ。ただ昔のことだから綺麗だったことしか覚えてない。困ったもんだな」「子どもの頃なら仕方ありませんね」「あぁ。告白したことは覚えてるんだけどな」「あはは! それは大胆……」笑いながらおどけた時、突然過去の映像が脳裏に流れた。────僕のお姫様になって。自身の前髪を軽く掻き上げる。馬鹿な。あれは……いや、そんな偶然あるわけない。「千華、着いたぞ。俺の後に来てくれ」前を歩く彼の声でハッとし、急いで襟元をなおした。両側に大きな柱がいくつも並び、前方には立派な絨毯が直線上に敷かれている。紫弦はその上を躊躇いなく進んだ。いいや、待てよ……。以前父と人界へ下りたときから、人界の王は変わってないはずだ。ならば王と会うのはこ
last updateLast Updated : 2025-10-01
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