ある野望を話したら夫が子どもを連れて出ていった話

ある野望を話したら夫が子どもを連れて出ていった話

last updateLast Updated : 2025-08-07
By:  七賀ごふんCompleted
Language: Japanese
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大戦が終わり、平和な世界で尚も武器を生産する大国、ランスタッド。 その国には武器製造を生業とする一族がいる。 統括として日夜武器を卸す青年、ノーデンスは自他ともに認める美貌を持つ。 彼は愛する夫と息子と幸せな生活を送っていたが、実は一年前に夜逃げされていた。 その発端は、彼が密かに抱いていたある「野望」を話したからで────。 一国を滅ぼす力を持つ暴走系武器商人(妻)と、妻が大好きなマイペース王子(夫)のお話。 ※ファンタジー、異世界。出産が可能な世界観です。

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Chapter 1

【ひとり暮らしの武器商人】

剣に槍、弓、銃。武器が産まれたことで争いは増え、多くの命が失われた。

時代が移るにつれ神術や呪術を扱う者も現れたが、そんな力を開花させるのはほんのひと握り。自分もそうだがせいぜい一国に五、六人いればいいものだ。火を出現させる程度のものから地形を変える神術まで、力の幅もまるで違う。大きな力を持つ者が革命を起こそうとしないのは、まだ武器の存在が抑止力になっているからだ。

どれほどの神術を持ち得ていたとしても、大国が協力し合って兵と武器を用意すれば、世界の均衡そのものが危うくなる。資源も人も失われた土地など手に入れても仕方がない。

どこの国もなにかひとつ、他所にはない資源を獲得している。隣のサンセン王国は農作、北のヨキート国は羽毛や木綿、絹などの織物。そしてこのランスタッド王国は武器生産。百年以上前に世界がひとつになったことで領土争いなどは無縁となったが、未だに武器の需要は高い。

争いがなくなったのに武器がなくならないってのは本当に可笑しい。

ランスタッドは元々鍛治屋が多い小さな町だったが、戦火の中生き残る為、他国から武器生産の依頼を受け続けた。その見返りとして大国から庇護され、町のものは誰も兵として招集されることなく、やがて世界の三分の一に近い領土を占める大国に成長した。

誰も使わないはずの武器を造り続け、他国に輸出する日々。どの国も平和を謳い、しかし地下に巨大な研究施設を拵えている。人間という生き物の恐怖、醜さ……武器の存在は負の感情を象徴している。武器を生み出したことも、また失くすことができないのも、所詮は弱さ故だ。皆心のどこかでは分かっているが、決して口に出さない。

けど自分は違う。自分の信念の為に王を敵に回す覚悟がある。

ランスタッドの中央には巨大な城がある。王族だけでなく一部の貴族も住まうその城の最上階で、明るい銀髪を靡かせる青年がいた。白く大きなローブを脱ぎ、見晴らしの良いテラスへ出た。まだ夜明け前で、薄紫の空が果てしなく続いている。

実質的には武器商人の最高権力者の青年、ノーデンスだ。

古くからこの地に住んでいた武器商人の一族であり、両親が病で亡くなった今では一族の長でもある。まだ二十六歳だが、鍛冶師達を取り纏めているのは理由があった。

ノーデンスは高い神力をその身に宿しており、自身の気を込めることで精度の高い武器を造ることが可能なのだ。

今では自分は武器造りに携わることはせず、原料となる銅や鉛など鋼材に神力を込め、それを鍛冶師に与えている。神気が満ちた材料は、時にノーデンスも驚くような武器に生まれ変わる。無限の可能性に気付いてからは新たな武器の製造と輸出に重点を置き、指揮をした。それも全てある目的の為だ。

ランスタッドは鍛治屋の集まりが暮らしていた土地で、さして認知もされていなかった。現在でこそランスタッド「王国」などと公言しているが、王族は終戦の頃に他所の地から転がり込んできた貴族に過ぎない。美味しいところだけを横取りする今の王族に対しノーデンスは嫌悪と憎悪しかなく、一刻も早く追い出したいと思っていた。それも言わばひとつの「革命」に等しいのかもしれない。

多くの血が流れることも覚悟し、王族と争うべきかずっと考えていた。皮肉なことに王族という「飾り」があるから外交がしやすく、他所からのプレッシャーも最小限に抑えられている。曲がりなりにも強国としてやってこられたのは、彼らのおかげもある。

だから下手をしたら自分が国を滅ぼしてしまうかもしれない。それでも先祖の為に、侵略者を排除すべきか……。

こんな時に相談したい一番の相手は、ノーデンスの前から忽然と消えてしまった。

「ノーデンス様、おはようございます」

「おはよう」

赤い霊鳥が鳴く時刻、街も目覚める。朝が早いのは漁師や農家、商売人だけではない。旅人が毎日何百人と訪ねてくる為、国境付近の警備隊、軍人達も慌ただしく動き始める。これまでに大きな事件など一度もないが、城の中でふんぞり返る者は常に怯懦だ。全方位を警戒し、大層な武器を兵士に持たせる。武力をちらつかせることで自身の権威を示している。

「さて……。今日は国王陛下に謁見して、それから城下町の見回りかな」

「承知しました」

同じ鍛冶師の青年、オッドを連れて国王が待つ間へ向かった。かつてこの地を支配下にした憎い一族の子孫。

ノーデンスより五つ歳上の国王、ローランドだ。

彼は前王の一人息子で、文武両道な傑人でもあった。現在は最愛の美しい皇后と、四人の子どもを育てている。国民からの支持も高く、誰もが跪く存在だ。

ノーデンスは全身白のスーツを着ており、赤ばかりの王宮では嫌でも目立つ存在だった。尤も視線を感じるから、などという理由で自身の恰好を変える気は毛頭ない。それこそ陛下の指示なら変えるかもしれないが、つっこまれない限りは堂々と振舞っていた。

国軍の重要なパイプとして、幼い頃から王とも交流があった。ローランドが王位を継ぐ前は複雑な感情も絡まず仲良くやれていたと思う。というより、自分が無知だったからだ。一族が利用され、ランスタッドを政略した外敵だと知らなかった。大人になってからその史実を知り、ノーデンスは彼らを憎むようになった。

この国を収めるロイ一族。表向きは彼らに頭を下げ、国の為に働いている。

「おはようございます、ローランド陛下」

「ノースか。おはよう」

王宮の最奥、謁見の間へ入ると、立派な玉座の上に陛下が腰掛けていた。まるで女性のような美しい黒髪と、ぬれたような瞳。まるで王になるべくして生まれたような容姿だ。

ここにはいないが、皇后もこの国一の美人と言われている。しかしローランドが歩くと、時折彼女の存在も霞んでしまう。それほどに圧倒的な魅力、気品、カリスマがあった。

でも所詮ただの人間だ。彼も武人だが、一体一でやり合えば勝てるに決まってる。いや闘うまでもない。遠方から銃で一発だ。

頭の中で彼のこめかみに弾を数発入れ、床に片膝をつく。

「最近積極的に城下町に行ってくれてるらしいな。なにか変わったことはないか?」

「近頃は小火が増えているようで。乾燥する季節ですし人為的なものではないと思いますが、念の為御報告します」

オッドに持ってこさせた報告書を淡々と読み上げ、普段視察している街の近況をローランドに伝えた。

作物の収穫量やら国民の税金等というのは別に調査する者がいる。各専門的なことは政治が大好きな奴らに任せ、ノーデンスは犯罪に関する報告を一手に引き受けていた。

「あとは、そうですね。先々月から東の地区で強盗が三件。いずれも深夜の出来事ですが、死傷者はいません。夜中の見回りを増やすことも視野に入れた方が良いかもしれませんね」

「分かった、次の会議で伝えよう。いつもありがとう。お前のおかげでランスタッドの平和は保たれている」

「とんでもございません」

当たり前だ。心の中で答え、深々と礼をした。

「それでは……。陛下に幸多からん一日となることを願っております」

王室を後にし、顔を合わす全ての者と笑顔で挨拶した。ノーデンスは軍事側の人間ということもあり、中には畏れる宮女もいる。挨拶も程々にして城門を抜け、街へ続く一本道を進む。

武器製造の右腕でもあり、長い従者でもあるオッドのことは(無理やり)城に置いてひとりで出てきた。

ノーデンスはこの国では有名人の為、誰もが一度は振り返る。立場もある為一般人の中では狙われる存在だが、誰もが彼の隠した力を畏れて手は出さない。王族以上に堂々と街を闊歩できる。歩く度に長い丈のスーツが靡き、白銀の髪が揺れる。女性達は皆ノーデンスを目にすると、距離は置きつつ感嘆の声を上げていた。

「あぁ……今日もかっこいいわ、ノーデンス様」

「ね。まるで歩く宝石みたい」

歩く宝石。なるほど、あながち間違いではない。中々良い形容詞じゃないか……と内心頷きながら街中を見て回った。

美しいのは罪だ。

弱さも罪。

強さは、罪にならない罪。

裁く力を持つ者がいなければ、おのずと頂点が正義になる。この国の頂点と言える自分が大人しくしている為、ずっと弱いはずのローランドが王としてのさばる。本当に面白い世界の仕組みだ。反吐が出る。

世界で一番綺麗なのは自分だし、一番強いのも恐らく自分だ。それは確信してる。

決してそれを知らしめたいわけじゃない……ただロイ王族を遥か彼方に追放し、自分達のような鍛冶師、そして無害な人間だけのランスタッドに戻したい。

この国に王族なんていらないのだ。民から税を搾り取って、悠々自適な生活を送る愚かな種族なんて消えてしまえばいい。

というのが本音の一つ。他国の王族から礼物として送られてくる鋼材や宝石が欲しいのも本音の一つ。あれは王族同士でないと手に入れられないもので、自分はローランドから報酬として貰っている。あれは酷く魅力的だ。本来の目的を忘れさせ、冷静な思考判断能力を奪い取る。

身に付けている高価な石はどれもお気に入りだが、“彼”からは「似合わない」と言われた。

懐かしいな……。

俺に大切なものなんていらない。そもそも勝手にいなくなったんだし、今後のことを思えば邪魔なだけだ。弱点になるかもしれないものなら捨て去った方が断然良い。

再び歩き出し、賑々しい大通りに入る。

子ども達が可愛らしい玩具を持って横を駆けていく。そういう姿を見ると嫌でも力が抜けて、ため息が出た。

王族がいてもいなくても、実際のところ民は逞しく生きるのだろう。これは自身の心の問題だ。

誰に指示されなくとも、ノーデンスは武器を造り続ける。それはきっと変わらない。

逆に、もしここで武器を造らなくなったら? 間違いなく、王族は混乱に陥るだろう。この国の礎を築いた大事な資本。武器生産は文字通り、他国の侵略を防ぐ目印。武器が造れなければランスタッドは弱体化する。

にも関わらず水源もあり文化もある、他所から見れば喉から手が出るほど欲しい土地だ。王族を弱体化させるというのは悪くないが、他の国に乗っ取られるのは困る。

やはり武器を手放すことはできない。

道中喉が渇いたので、行きつけの店で水を買った。作物が育ちやすい気候ではあるが、日が高い間は蒸し暑く感じる時もある。額の汗を拭い、店主に金貨を渡した。

「ノーデンス様、武器造りは順調ですか」

店の女主人が、複雑そうな表情で身を乗り出した。

「皆難しいことは分からないけど、本当は不安でいっぱいなんですよ。武器を大量に輸出して、今この国は潤ってる。でもいつかその代償がくるんじゃないかって……」

……そうだ。皆分かってる。

「ええ。でも大丈夫ですよ。皆さんのことは国軍が守りますから」

矛盾してるが目には目を、というやつだ。今は王族の好きなようにさせればいい。たくさん武器を造って、売り捌いて、金儲けをさせる。最終的には自分が王族を抑えて国を統治する。

王族を大人しくさせたら、必要以上に武器を外部へ渡すことはしない。

商店が並ぶ大通りを越え、見晴らしのいい荒野を進む。この国の東に巨大な工場地帯がある。裏には未だ開拓中の鉱山があり、志願者が昼夜問わず材料を運び出してくれる。

これがランスタッドの要だ。他所では採れない特別な鉱石が眠っている。宝石のような価値はないが、人々の暮らしを脅かす武器となる。

要塞のような施設を見る度に溜飲が下がる。今はただ現場を指揮するだけだが、いつかあの王城も解体して武器工場にするのだ。

「おはようございます、ノーデンス様」

入口付近で背後から声を掛けられ、思わず姿勢が良くなる。振り返ると同じ鍛冶師の青年がハンマーを持って佇んでいた。

中年の彼はにっこり微笑み、ポケットから小さな石を取り出した。

「これ、初めて見る鉱物です。お忙しいと思いますが、是非一度見ていただきたくて」

「ありがとうございます。これは夜、じっくり調べさせてもらいます」

「お願いします。もしかしたら武器の増強に使えるかもしれません」

笑顔で頷き、工場の中へ入った。

一応一族の長として、冷静沈着な人物を装っている。

イメージが崩れると計画に支障が出るわけではないが、念の為に完璧な人間を演じた方がいいだろう。咳払いし、軽く襟元を正した。

巨大なドームの中へ足を踏み入れた途端、凄まじい金属音と熱風がノーデンスを迎えた。二階はあるが、作業場は地下にある。吹き抜けとなっており、柵の下には武器が大量に造られる光景が広がっていた。息を飲むほど壮観だ。

これが全て俺だけのものだったら、世界の平和は約束されたようなものなのに。

ため息を飲み込み、不安定な階段を下りた。ノーデンスに気付いた職人達が顔を明るくし、作業の手を止めて一斉に駆け寄ってくる。

「ノーデンス様!」

「お久しぶりです。こちらに来るなら一言言ってくださればいいのに……!」

「すみません、ちょっと様子見に来ただけで……。それよりいつもありがとうございます。体調管理も大事な仕事だから、適度に休憩と水分補給をしてくださいね」

「はい!」

明るく働き者な鍛冶師達の話を聞き、トラブルや報告はないかリーダーから聴き出す。ある意味これが一番大事な仕事だ。この工場がストップしたら武器の生産が危うくなる。鍛冶師もあくまでただの人間で、材料と機械が駄目になったら何もできないのだ。

「本当に感謝してます」

採集した鋼材を保管する倉庫へリーダーと向かい、ひとつひとつの山に手を当てた。ここから自分が持つ気を注ぎ込み、頑丈で特別な素材にする。

「ノーデンス様のおかげで我々の生活は随分変わりましたよ。昔はただ武器を造る道具のように扱われて、街中に住むことも許されなかった。それが今は皆安定した収入を得て、好きな場所に好きな人と暮らすことができる」

「えぇ……」

安定した収入どころか、全員素封家にするつもりだ。

心の中で密かに誓い、掌についた土をはたき落とした。

金貨をたくさん貰っても、人権を与えられても、「利用」されてることに変わりはない。自分達にしかない力を目につけ、王族は美味しいところを搾取している。

他の国でもこういった例は珍しくないだろう。だが争いが起きたという話を聞かない限り、どこも現状を受け入れてるのだ。力ある者が弱い者に従い、馬車馬の如く使われている。

そんな事があってはならない。少なくとも、俺は許せない。だから壊す。彼らを守る為に……父の願いを叶える為に。

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