大戦が終わり、平和な世界で尚も武器を生産する大国、ランスタッド。 その国には武器製造を生業とする一族がいる。 統括として日夜武器を卸す青年、ノーデンスは自他ともに認める美貌を持つ。 彼は愛する夫と息子と幸せな生活を送っていたが、実は一年前に夜逃げされていた。 その発端は、彼が密かに抱いていたある「野望」を話したからで────。 一国を滅ぼす力を持つ暴走系武器商人(妻)と、妻が大好きなマイペース王子(夫)のお話。 ※ファンタジー、異世界。出産が可能な世界観です。
View More剣に槍、弓、銃。武器が産まれたことで争いは増え、多くの命が失われた。
時代が移るにつれ神術や呪術を扱う者も現れたが、そんな力を開花させるのはほんのひと握り。自分もそうだがせいぜい一国に五、六人いればいいものだ。火を出現させる程度のものから地形を変える神術まで、力の幅もまるで違う。大きな力を持つ者が革命を起こそうとしないのは、まだ武器の存在が抑止力になっているからだ。
どれほどの神術を持ち得ていたとしても、大国が協力し合って兵と武器を用意すれば、世界の均衡そのものが危うくなる。資源も人も失われた土地など手に入れても仕方がない。
どこの国もなにかひとつ、他所にはない資源を獲得している。隣のサンセン王国は農作、北のヨキート国は羽毛や木綿、絹などの織物。そしてこのランスタッド王国は武器生産。百年以上前に世界がひとつになったことで領土争いなどは無縁となったが、未だに武器の需要は高い。
争いがなくなったのに武器がなくならないってのは本当に可笑しい。
ランスタッドは元々鍛治屋が多い小さな町だったが、戦火の中生き残る為、他国から武器生産の依頼を受け続けた。その見返りとして大国から庇護され、町のものは誰も兵として招集されることなく、やがて世界の三分の一に近い領土を占める大国に成長した。
誰も使わないはずの武器を造り続け、他国に輸出する日々。どの国も平和を謳い、しかし地下に巨大な研究施設を拵えている。人間という生き物の恐怖、醜さ……武器の存在は負の感情を象徴している。武器を生み出したことも、また失くすことができないのも、所詮は弱さ故だ。皆心のどこかでは分かっているが、決して口に出さない。
けど自分は違う。自分の信念の為に王を敵に回す覚悟がある。
ランスタッドの中央には巨大な城がある。王族だけでなく一部の貴族も住まうその城の最上階で、明るい銀髪を靡かせる青年がいた。白く大きなローブを脱ぎ、見晴らしの良いテラスへ出た。まだ夜明け前で、薄紫の空が果てしなく続いている。
実質的には武器商人の最高権力者の青年、ノーデンスだ。
古くからこの地に住んでいた武器商人の一族であり、両親が病で亡くなった今では一族の長でもある。まだ二十六歳だが、鍛冶師達を取り纏めているのは理由があった。ノーデンスは高い神力をその身に宿しており、自身の気を込めることで精度の高い武器を造ることが可能なのだ。
今では自分は武器造りに携わることはせず、原料となる銅や鉛など鋼材に神力を込め、それを鍛冶師に与えている。神気が満ちた材料は、時にノーデンスも驚くような武器に生まれ変わる。無限の可能性に気付いてからは新たな武器の製造と輸出に重点を置き、指揮をした。それも全てある目的の為だ。
ランスタッドは鍛治屋の集まりが暮らしていた土地で、さして認知もされていなかった。現在でこそランスタッド「王国」などと公言しているが、王族は終戦の頃に他所の地から転がり込んできた貴族に過ぎない。美味しいところだけを横取りする今の王族に対しノーデンスは嫌悪と憎悪しかなく、一刻も早く追い出したいと思っていた。それも言わばひとつの「革命」に等しいのかもしれない。
多くの血が流れることも覚悟し、王族と争うべきかずっと考えていた。皮肉なことに王族という「飾り」があるから外交がしやすく、他所からのプレッシャーも最小限に抑えられている。曲がりなりにも強国としてやってこられたのは、彼らのおかげもある。
だから下手をしたら自分が国を滅ぼしてしまうかもしれない。それでも先祖の為に、侵略者を排除すべきか……。
こんな時に相談したい一番の相手は、ノーデンスの前から忽然と消えてしまった。
◇
「ノーデンス様、おはようございます」
「おはよう」赤い霊鳥が鳴く時刻、街も目覚める。朝が早いのは漁師や農家、商売人だけではない。旅人が毎日何百人と訪ねてくる為、国境付近の警備隊、軍人達も慌ただしく動き始める。これまでに大きな事件など一度もないが、城の中でふんぞり返る者は常に怯懦だ。全方位を警戒し、大層な武器を兵士に持たせる。武力をちらつかせることで自身の権威を示している。
「さて……。今日は国王陛下に謁見して、それから城下町の見回りかな」
「承知しました」同じ鍛冶師の青年、オッドを連れて国王が待つ間へ向かった。かつてこの地を支配下にした憎い一族の子孫。
ノーデンスより五つ歳上の国王、ローランドだ。
彼は前王の一人息子で、文武両道な傑人でもあった。現在は最愛の美しい皇后と、四人の子どもを育てている。国民からの支持も高く、誰もが跪く存在だ。
ノーデンスは全身白のスーツを着ており、赤ばかりの王宮では嫌でも目立つ存在だった。尤も視線を感じるから、などという理由で自身の恰好を変える気は毛頭ない。それこそ陛下の指示なら変えるかもしれないが、つっこまれない限りは堂々と振舞っていた。
国軍の重要なパイプとして、幼い頃から王とも交流があった。ローランドが王位を継ぐ前は複雑な感情も絡まず仲良くやれていたと思う。というより、自分が無知だったからだ。一族が利用され、ランスタッドを政略した外敵だと知らなかった。大人になってからその史実を知り、ノーデンスは彼らを憎むようになった。
この国を収めるロイ一族。表向きは彼らに頭を下げ、国の為に働いている。
「おはようございます、ローランド陛下」
「ノースか。おはよう」王宮の最奥、謁見の間へ入ると、立派な玉座の上に陛下が腰掛けていた。まるで女性のような美しい黒髪と、ぬれたような瞳。まるで王になるべくして生まれたような容姿だ。
ここにはいないが、皇后もこの国一の美人と言われている。しかしローランドが歩くと、時折彼女の存在も霞んでしまう。それほどに圧倒的な魅力、気品、カリスマがあった。でも所詮ただの人間だ。彼も武人だが、一体一でやり合えば勝てるに決まってる。いや闘うまでもない。遠方から銃で一発だ。
頭の中で彼のこめかみに弾を数発入れ、床に片膝をつく。 「最近積極的に城下町に行ってくれてるらしいな。なにか変わったことはないか?」 「近頃は小火が増えているようで。乾燥する季節ですし人為的なものではないと思いますが、念の為御報告します」 オッドに持ってこさせた報告書を淡々と読み上げ、普段視察している街の近況をローランドに伝えた。作物の収穫量やら国民の税金等というのは別に調査する者がいる。各専門的なことは政治が大好きな奴らに任せ、ノーデンスは犯罪に関する報告を一手に引き受けていた。
「あとは、そうですね。先々月から東の地区で強盗が三件。いずれも深夜の出来事ですが、死傷者はいません。夜中の見回りを増やすことも視野に入れた方が良いかもしれませんね」
「分かった、次の会議で伝えよう。いつもありがとう。お前のおかげでランスタッドの平和は保たれている」 「とんでもございません」 当たり前だ。心の中で答え、深々と礼をした。 「それでは……。陛下に幸多からん一日となることを願っております」 王室を後にし、顔を合わす全ての者と笑顔で挨拶した。ノーデンスは軍事側の人間ということもあり、中には畏れる宮女もいる。挨拶も程々にして城門を抜け、街へ続く一本道を進む。 武器製造の右腕でもあり、長い従者でもあるオッドのことは(無理やり)城に置いてひとりで出てきた。ノーデンスはこの国では有名人の為、誰もが一度は振り返る。立場もある為一般人の中では狙われる存在だが、誰もが彼の隠した力を畏れて手は出さない。王族以上に堂々と街を闊歩できる。歩く度に長い丈のスーツが靡き、白銀の髪が揺れる。女性達は皆ノーデンスを目にすると、距離は置きつつ感嘆の声を上げていた。
「あぁ……今日もかっこいいわ、ノーデンス様」
「ね。まるで歩く宝石みたい」歩く宝石。なるほど、あながち間違いではない。中々良い形容詞じゃないか……と内心頷きながら街中を見て回った。
美しいのは罪だ。
弱さも罪。 強さは、罪にならない罪。裁く力を持つ者がいなければ、おのずと頂点が正義になる。この国の頂点と言える自分が大人しくしている為、ずっと弱いはずのローランドが王としてのさばる。本当に面白い世界の仕組みだ。反吐が出る。
世界で一番綺麗なのは自分だし、一番強いのも恐らく自分だ。それは確信してる。 決してそれを知らしめたいわけじゃない……ただロイ王族を遥か彼方に追放し、自分達のような鍛冶師、そして無害な人間だけのランスタッドに戻したい。この国に王族なんていらないのだ。民から税を搾り取って、悠々自適な生活を送る愚かな種族なんて消えてしまえばいい。
というのが本音の一つ。他国の王族から礼物として送られてくる鋼材や宝石が欲しいのも本音の一つ。あれは王族同士でないと手に入れられないもので、自分はローランドから報酬として貰っている。あれは酷く魅力的だ。本来の目的を忘れさせ、冷静な思考判断能力を奪い取る。
身に付けている高価な石はどれもお気に入りだが、“彼”からは「似合わない」と言われた。懐かしいな……。
俺に大切なものなんていらない。そもそも勝手にいなくなったんだし、今後のことを思えば邪魔なだけだ。弱点になるかもしれないものなら捨て去った方が断然良い。
再び歩き出し、賑々しい大通りに入る。
子ども達が可愛らしい玩具を持って横を駆けていく。そういう姿を見ると嫌でも力が抜けて、ため息が出た。 王族がいてもいなくても、実際のところ民は逞しく生きるのだろう。これは自身の心の問題だ。誰に指示されなくとも、ノーデンスは武器を造り続ける。それはきっと変わらない。
逆に、もしここで武器を造らなくなったら? 間違いなく、王族は混乱に陥るだろう。この国の礎を築いた大事な資本。武器生産は文字通り、他国の侵略を防ぐ目印。武器が造れなければランスタッドは弱体化する。 にも関わらず水源もあり文化もある、他所から見れば喉から手が出るほど欲しい土地だ。王族を弱体化させるというのは悪くないが、他の国に乗っ取られるのは困る。やはり武器を手放すことはできない。
道中喉が渇いたので、行きつけの店で水を買った。作物が育ちやすい気候ではあるが、日が高い間は蒸し暑く感じる時もある。額の汗を拭い、店主に金貨を渡した。
「ノーデンス様、武器造りは順調ですか」 店の女主人が、複雑そうな表情で身を乗り出した。「皆難しいことは分からないけど、本当は不安でいっぱいなんですよ。武器を大量に輸出して、今この国は潤ってる。でもいつかその代償がくるんじゃないかって……」
……そうだ。皆分かってる。
「ええ。でも大丈夫ですよ。皆さんのことは国軍が守りますから」
矛盾してるが目には目を、というやつだ。今は王族の好きなようにさせればいい。たくさん武器を造って、売り捌いて、金儲けをさせる。最終的には自分が王族を抑えて国を統治する。
王族を大人しくさせたら、必要以上に武器を外部へ渡すことはしない。商店が並ぶ大通りを越え、見晴らしのいい荒野を進む。この国の東に巨大な工場地帯がある。裏には未だ開拓中の鉱山があり、志願者が昼夜問わず材料を運び出してくれる。
これがランスタッドの要だ。他所では採れない特別な鉱石が眠っている。宝石のような価値はないが、人々の暮らしを脅かす武器となる。要塞のような施設を見る度に溜飲が下がる。今はただ現場を指揮するだけだが、いつかあの王城も解体して武器工場にするのだ。
「おはようございます、ノーデンス様」
入口付近で背後から声を掛けられ、思わず姿勢が良くなる。振り返ると同じ鍛冶師の青年がハンマーを持って佇んでいた。
中年の彼はにっこり微笑み、ポケットから小さな石を取り出した。
「これ、初めて見る鉱物です。お忙しいと思いますが、是非一度見ていただきたくて」 「ありがとうございます。これは夜、じっくり調べさせてもらいます」 「お願いします。もしかしたら武器の増強に使えるかもしれません」 笑顔で頷き、工場の中へ入った。一応一族の長として、冷静沈着な人物を装っている。
イメージが崩れると計画に支障が出るわけではないが、念の為に完璧な人間を演じた方がいいだろう。咳払いし、軽く襟元を正した。巨大なドームの中へ足を踏み入れた途端、凄まじい金属音と熱風がノーデンスを迎えた。二階はあるが、作業場は地下にある。吹き抜けとなっており、柵の下には武器が大量に造られる光景が広がっていた。息を飲むほど壮観だ。
これが全て俺だけのものだったら、世界の平和は約束されたようなものなのに。 ため息を飲み込み、不安定な階段を下りた。ノーデンスに気付いた職人達が顔を明るくし、作業の手を止めて一斉に駆け寄ってくる。「ノーデンス様!」
「お久しぶりです。こちらに来るなら一言言ってくださればいいのに……!」 「すみません、ちょっと様子見に来ただけで……。それよりいつもありがとうございます。体調管理も大事な仕事だから、適度に休憩と水分補給をしてくださいね」 「はい!」明るく働き者な鍛冶師達の話を聞き、トラブルや報告はないかリーダーから聴き出す。ある意味これが一番大事な仕事だ。この工場がストップしたら武器の生産が危うくなる。鍛冶師もあくまでただの人間で、材料と機械が駄目になったら何もできないのだ。
「本当に感謝してます」 採集した鋼材を保管する倉庫へリーダーと向かい、ひとつひとつの山に手を当てた。ここから自分が持つ気を注ぎ込み、頑丈で特別な素材にする。「ノーデンス様のおかげで我々の生活は随分変わりましたよ。昔はただ武器を造る道具のように扱われて、街中に住むことも許されなかった。それが今は皆安定した収入を得て、好きな場所に好きな人と暮らすことができる」
「えぇ……」安定した収入どころか、全員素封家にするつもりだ。
心の中で密かに誓い、掌についた土をはたき落とした。金貨をたくさん貰っても、人権を与えられても、「利用」されてることに変わりはない。自分達にしかない力を目につけ、王族は美味しいところを搾取している。
他の国でもこういった例は珍しくないだろう。だが争いが起きたという話を聞かない限り、どこも現状を受け入れてるのだ。力ある者が弱い者に従い、馬車馬の如く使われている。
そんな事があってはならない。少なくとも、俺は許せない。だから壊す。彼らを守る為に……父の願いを叶える為に。
彼は遠慮がちだが、相変わらず窘めるような口調だった。「……わかりました。でもあんな危ない物を代わりに預かってもらうんです。必要な管理費を教えてください」「それには及びません。個人様に請求するものではありませんから」そう答えた時の彼の口元がわずかに笑っているのを見逃さなかった。「何よりも我々に託していただいたことに感謝申し上げます」「……」気付いた時には持って行かれていただけなんだけど……どう返そうか迷っていると、ルネに後ろへ引かれた。「私は妻と子どもと平和に暮らしたいだけです。ご面倒をおかけして申し訳ありませんが、あの剣は貴方達にお願いします」「では、長にもそのように伝えます。万が一処分するとしても、あの剣を壊すには相当な年月が必要となるので」ノーデンスは胸の奥が焼き付くような痛みを覚えた。この痛みの理由を考えていたが、ルネの横顔を見て思い出した。だらんと投げ出していた拳を握り締め、使いの男に向き直る。「あの……! 良ければヴィクトルさんに御礼をお伝えください。王城で、剣の暴走を止めてくれたこと……俺を止めてくれたことを」「もちろんです。必ず申し伝えます」それから男は小さな便箋をルネに渡し、一礼して去っていった。「何それ?」「えーと。要はあの剣を彼らが預かる……ことを私達に報告した、という証明書かな」緑色の便箋をポケットに仕舞い、ルネは扉を勢いよく閉めた。「わざわざ来てくれたのに、失礼な態度とっちゃったな。すまん」「あはは、あれぐらいなら平気だよ。彼も言ってたように、得をしたのは彼らさ。物が物だけに損得で考えるのは不謹慎だけどね」合理的な組織だからと、意に介さない様子でダイニングへ戻る。ぬるくなったコーヒーを口にした。「そもそもこっちの意思確認をする気なんてゼロだったろ。当然のように自分達のものにしようとしてた。助かるけどさ」あんなにも堂々とこられたら、よく分からない間に丸め込まれてしまいそうだ。もちろんこちらの手に余ることを見越した上での判断なのだろうが、色々圧倒されて録に話ができなかった。オリビエが部屋で本を読んでることを確認し、ルネの対面に座る。「ノースが費用の話をした時、彼少し笑ってたね」「あぁ」もちろん気付いている。あれは嘲笑以外の何物でもない。「俺なんかが到底支払える額じゃないってことか」ノーデ
熱の中心が離れる。後ろの、ずっと痙攣していた口に当てられる。腰を掴む両手に力が入ったとき、意識を失いそうなほどの衝撃が訪れた。「あああっ……!!」彼が中に入ってくる。息ができない。苦しさに足をばたつかせると、顎を優しく掴まれた。「息して」深海に沈むように、ルネの腕の中で落ちていく。零れ落ちた涙をそっと指ですくわれる。やっぱり何度か意識が飛んだし、天井に向く自分の脚先がいやに鮮明だった。「ルネ、あっ待って、速い……っ!」激し過ぎてついていけない。気付いた時には既にイッてしまっていた。下腹部や胸には白い愛液が飛び散っている。今もイッてるはずだが、もうとけすぎて感覚がない。これ以上なく深いところに繋がっている。抜き差しされてルネの根元が当たる度に仰け反った。「私も悪いかもしれないけど、君があんまり可愛いこと言うから。もっともっと気持ちよくさせたくなっちゃったよ……っ」ルネの汗が、視界が揺れる度にはじける。悔しいけど気持ちいい。自分を手放してしまうほどに、彼の手技は絶妙だった。「ルネ、好き、好きだ……っ」伸ばした手を掴まれる。彼が好きだ。泣きたいほど、どうしようもないほどに。こんなにも愛されて、正直苦しい。でも彼がいなければとても生きていけない。「ありがとう。愛してるよ、ノース」前がまた弾ける。死んでしまいそうな快感が全身を包んだ。「イッ、ちゃ……っ」ドクドクと何かが吐き出されている。前も後ろも、もうぐちゃぐちゃだ。「とけちゃう……っ」脚を広げたまま背中をしならせるの、ルネはわずかに微笑み、さらに奥へと潜り込んだ。「私の愛がどれだけ重いか、知ってるだろう?」もう締め付けることもできないのに、腰を打ち付けられる。ルネは快感を求めてるんじゃなく、ただ自分を感じさせたいのだと分かった。「ああっ……! 分かった、分かったから…ぁ…っ……あ、も、やあぁ……っ!」逃れられない快楽に震える。絶倫なんてレベルじゃない。重症だ。愛され過ぎてやばい。自惚れにも程があるけど、ルネと目が合うとそう確信してしまう。彼が俺に抱く想いは依存や執着なんて生易しいものじゃなくて、災害レベルの愛情だ。なんて言ったらマジで抱き殺されるんだろうな……。とろけきった性器を扱かれ、言葉を失う。 あんな大変な事件を起こして、あれだけ迷惑もかけて。
今日も空は快晴だ。冬が近付いてる為、早朝は少し肌寒い。ランスタッドは時間が止まってるかのように静かだ。他所の国のニュースでは違法薬物の密輸や政治がらみの暴動が起きたりしているけど、こちらは目立った事件もなく生活している。武器生産国とは思えない。少し皮肉に考えてしまい、慌てて思考を掻き消した。庭で遊ぶ主人と息子の姿を見ると弱気になってはいけないと再認識する。そして忘れてはいけない多くを思い出す。ちょうどオーブンの中のケーキが焼けた為、紅茶を淹れて庭へ持っていった。 「良い天気だなー……」雲ひとつない蒼空に、ノーデンスは呟いた。街の喧騒すら届かない丘の一軒家は否が応でも日常に引き込まれてしまう。それが苦く、また助かっている。初めこそ城から遠ざけられたことに落胆していたけど、仕事より何より大事なものに気付かされたから。「お。ちょうど苗植え終わったとこ?」庭に作った小さな畑。半分は葉野菜が顔を出している。もう片方はまだ小さな葉が均等に植えられていた。畑の中心にいた息子はこちらに気付くと手を振った。「お疲れ様。オリビエも手伝ってくれてありがとな」「ううん! 虫もいるし面白いよ。ほらっ」と、オリビエは近くにいた謎の赤い虫を差し出してきた。「うわ! ちょっ、持ってこなくていいから!」「え、かっこいいよ?」「オリビエ、ママは虫が苦手なんだ」後ろから苦笑いのルネが声を掛ける。オリビエはえー、と言いつつも虫を原っぱに連れて行った。「はー、俺はマジで虫は無理。バッタしか無理」「でもノース、オリビエが夏は虫捕りしたいって言ってたよ。ママと」「勘弁してくれ。それ以外なら何でもやるから」ネイビーのストールが風に飛ばされないよう抑えて、遠くにいるオリビエに手招きする。「ケーキ焼いたんだ。天気も良いし、せっかくだから外で食べよう」「おお~。良いね!」二人が手を洗った後、ミニテーブルを持ってきてケーキを皿に取り分ける。オリビエはお腹が空いていたのか、ひと口がとても大きかった。「ノースがケーキを焼く日が来るなんて。感無量だなぁ」「パパ、感無量ってどういう意味?」「感動してるってことだよ。ケーキもちゃんと美味しいし」「オイ、ちゃんとって何だよ」聞き流せない一言に詰め寄るが、ルネは優雅に紅茶を飲んで素知らぬふりをしていた。「君はクッキーは苦手
再会してから何度悲しませたか分からない。これっきりにしようと思っても、気付けばいつも心配させて、困らせていた。今回はその最たるものだ。国の支配権を持つ王族を襲撃するなんて────これを呪いのせいだからと納得してくれる者などまず居ない。ルネだから冷静に話を聴いてくれているんだ。「俺はマトモじゃなかった」全身負った怪我なんかより、彼が苦しんでることの方が痛い。そして、これから彼の為にできることは限られている。「ごめん」ルネが置かれた気持ちを考えると、自分の今後を考えるよりずっとずっと怖かった。気付けば涙が溢れていた。いつかと同じように、嗚咽を堪えながら強く目を瞑る。小さな声で繰り返し謝ると、手を握られた。「もう謝るの禁止」「だって……っ」「私は大丈夫だよ。だから不安にならないで」額に口付けをし、そのままの体勢で呟いた。「何があっても……これからはずっと君の傍にいる」涙で顔がぐしゃぐしゃになって、前は見えない。左手を繋ぐと互いの指輪が当たって、何故か懐かしくなった。ルネは一年前に離れたことを後悔しているようだったけど、あの頃を思い返したら英断だと思う。ルネはもちろんのこと、オリビエへの影響が大き過ぎた。息子を自分から遠ざけてくれたことに感謝してるぐらいだ。大人になってからの方が目まぐるしく、月日が長く感じた。情報量が多過ぎて、間違った道にもぐんぐん入った。それでもぎりぎりで引き返すことができたのは、彼や周りの皆のおかげだ。謝るのを禁じられたら後はお礼の言葉しか出てこない。今度はルネが困るほど、一生分のありがとうを伝えた。「もう一つ謝っておきたいことがあるんだけど……言ってもいい……かな」「どうぞ」「陛下に、王族が憎いことも言っちゃった」息苦しい沈黙が流れる。覚悟を決めて怒声が振り落ちるのを待っていたが、何とも可笑しそうな笑い声が響いた。状況が状況なだけに、一応つっこむ。「笑うところじゃないぞ」「あはは、ほんとにね。でも言い方が、叱られてる子どもみたいで」このことを告白するのは勇気が必要だったのに、ルネはツボに入ったのかしばらく笑いが止まらなかった。まぁ実際、己の悪行を白状してるんだけど……。「呪いのせいじゃなくて、俺の意思で伝えたんだ。お前の立場を危なくして……本当にすまない」「ふふ……ふう。そうか」ひとしき
「陛下、空が晴れました!」 細い光の矢が幾重にも差し込み、王室は瞬く間に明るさを取り戻した。 正午と相違ない日差しが辺りを包み込んでいく。いつもの風景を目にし、この場にいた全員が胸を撫でおろした。「一体何だったのでしょうね」「あぁ……」窓際まで歩いたローランドは暫く空を見上げていたが、側近に声を掛けられ振り返った。「陛下、他国の使者が続々と到着してるようです」「……来たと同時に事がおさまって申し訳ないな。先ずは丁重に迎え入れてくれ。説明は全員揃ってからにしよう」「はっ」ひとりの部下が扉まで向かう。すると彼は非常に驚いた声を上げた。「ノ、ノーデンス様!?」開け放された扉から影が現れる。見れば、目を疑う姿のノースが佇んでいた。彼は扉の手前で屈み、ローランドに礼をした。「な……ノース、大丈夫か? 一体何があった!」周りの制止を振り切り、ローランドは自らノースの元へ駆けつけた。かつてない大怪我に困惑し、ノースの頬に手を添える。ノースは表情ひとつ変えず、「突然申し訳ありません」と呟いた。「此度の天災と……城内の襲撃についてお詫び申し上げたいことがございます」「何? 襲撃だと?」下の階で起きたことを未だ知らないローランドは眉間を寄せた。「話なら聴く。だから先ず医務室へ」「陛下」ローランドは身体を支えて抱き起こそうとしたが、ノースはそれを拒んで頭を下げた。「私は……いや……俺は」再び膝をつき、消えそうな声を振り絞る。「王族が憎かった」突然の告白が理解できず、ローランドは口を噤む。そして分からないながらに彼の心境を汲み取ろうとした。部下が警戒して駆け寄ってきたが、その場に留まるよう命じる。二人にしか聞こえない距離を保ち、ノースを隠すようにして耳を傾ける。「今はまだ、何もお分かりにならないと思います。でも全て俺の不甲斐なさが起こしたことです。俺が王族を疎んでいたのは紛れもない事実で……そのせいで多くの人を傷つけた」拳はゆっくり開かれ、自身を支えるように床につく。「助けてくれた人達がいたから、またこうして陛下に拝顔できたのです。もしいなかったら、と思うと恐ろしくてたまらない」その言葉は恐らく本心だと感じ取れた。いつもは強気な彼が、今では蒼白のまま震えている。「如何なる処分も受ける所存です。……本当に、申し訳ございません」
この天災の元凶である剣を奪うことに成功した。しかし床に倒れたままのノーデンスは仰け反り、血の塊を吐き出す。「ノーデンスさん……!」呪いを取り込んだ代償なのか、再び動かなくなった彼にヴィクトルは心臓マッサージを施した。すぐにでも医療チームを呼ぶべきだが、クラウスも既に限界を迎えており、足が動かない。床に手をついたまま祈ることしかできなかった。「死ぬな、ノーデンス」ここまできてそんな結末はやめてくれよ。反対側に屈んでいるヴィクトルは急いで携帯の端末を取り出した。どこかへ電話をかけているようだが、繋がらない。「くそっ……障害か?」「多分通信機器もおじゃんにしたんだろ。……このアンポンタンが」もちろん、そんなことができるのはノーデンス以外にいない。クラウスは這いずるように彼の側へ行き、額に手を当てた。「こういう時、処置ができるルネ王子が本当に羨ましいよ。大事な奴の命を助けることができるなら、悪魔にだって魂売っちまうかもな。……そういう気持ちもやっと分かった」「……」拳を握りしめ、血で汚れたノーデンスの口元をぬぐう。「大丈夫、死んだりしないさ。こいつはこれでもウチの長だからな」頭の下に薄いハンカチを敷き、大きく息をつく。「あなたは……」「クラウスだ」「クラウスさん。……僕は下に降りて、医者を呼んできます。隣国の僕が一番に到着したけど、もう他国からも救援や専門チームが着いてるはずだから」ヴィクトルはお願いしますと言い残し、剣を肩に背負って階段の方へ走っていった。お願いしますって言われてもな。これ以上できることはない。ノーデンスの生命力にかけるしかないだろう。今は罪悪感しかなかった。自分だけでなく一族の誰もが、このことを知ったら平静じゃいられないだろう。ヴェルゼの禁断の武器が存在していたことはもちろん、それをずっとノーデンスが管理していたなんて。恐らく彼の祖父の代から隠し通してきたんだろうが、一族は誰も気付けなかった。せめて内密にせず、負担を軽減できていたらこんなことにならなかったのでは……。そんな可能性の話も、今となっては後の祭りだ。あの武器を護っていたのがノーデンスだからここまで持ち堪えられていたとも言える。もし他の誰かが見つけていたら、もっと早い段階で意識を剣に乗っ取られていた。「……っ!」ノーデンスは再び血を吐き、呻い
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