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フクロウ
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Novels by フクロウ

元悪役令嬢ですが、断罪カフェで人生を焙煎し直します

元悪役令嬢ですが、断罪カフェで人生を焙煎し直します

貴族社会から盛大に追放された悪役令嬢リディア。 前世の記憶をもとに教会の片隅で開いた「断罪カフェ」は、罪悪感ごと煮詰めて抽出する名物コーヒーだった。 ところが常連のなかに、紛れているのは王族!? 恋とスローライフが同時抽出される、人生再焙煎コメディただいま開店! ※毎週月~金の20時更新予定
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Chapter: 第24話 ごきげんよう、罪の重さは自己申告でお願いしますわ!
 乱暴に音を立ててカップを置いたお父様。わたくしはそのことを予想しておりました。  罪の味は、耐え切れないほどに苦い。特に頑なに罪を認めようとしない方には、わたくしのコーヒーはただの泥水と一緒。  ですから。 「お父様。こちらの砂糖をお試しください」  わたくしは小瓶の中から黒砂糖を一つつまむと、お父様へ。お父様は一度逡巡しましたが、わたくしの手のひらから黒砂糖をつかむとコールタールのような真っ黒なコーヒーの中へ。  スプーンでかき混ぜると、香りがほんの少し変わります。苦い罪の味がすぐに受け入れられないのであれば、口あたりを変えればいいのです。  お父様は改めてコーヒーを飲みました。目が少し開き、カップを置くと、味を確かめるようにもう一口。  わたくしはその行動に、微かな、でも確かな希望を見ました。お父様は罪を味わおうとしているのです。  カップを置いたお父様は、目を閉じると腕を組みます。  しばし沈黙が続きました。コーヒーの香りと静かな談笑が続く店内で、わたくしたちだけが時が止まったようでした。  口を開いたのは、ハンカチで涙を拭ったお母様。 「あなた、諦めてください。もう、意地を張るのはやめて。リディアの想いがあなたにも伝わったはずです」  強い口調でした。わたくしの記憶がある中で一番強い口調。  いつも付き従うだけだったお母様に意見を言われ、お父様は腕組みを解きます。そして、居心地悪そうにわたくしに視線を向けました。  瞳の中が揺れます。お父様に真正面から見つめられることは、本当に久しぶりのことでした。 「……私は、私のやり方で貴族の責務を果たした。一つの失敗が次の失敗を生み、やがてそれは領地全体の混乱として広がっていく。……だから私は、お前を──赦すことができなかった」  そう言うと、お父様はカップに手を伸ばしコーヒーカップを手にしました。 「私がやったことは間違いとは思わない。──だが、もしかしたら他のやり方があったのかもしれぬ。……リディア、ともかくこのコーヒーは……悪くない」  お父様は顔を背けたまま、コーヒーを飲むと席を立ちました。 「今日は帰ろう。……ところで、クラリス!」  突然、お父様はクラリスの名前を呼びました。そばにいたクラリスは変な声を出すと、驚いたのか両肩を
Last Updated: 2025-10-06
Chapter: 第23話 白無垢のミオリナ・カフェと、贖罪のフォルテ・ルシアン
 お母様にお出ししたのは、「白無垢のミオリナ・カフェ」。 最も口当たりが柔らかなミオリナ・ブレンドにミルクをたっぷり入れて、花蜜を加えた一杯。ミルクの白さに隠れていますが、しっかりとコクのあるコーヒーが存在している。赦しへの希望と優しさを伝えるコーヒーですわ。「お父様にはこちらを」 お父様には、アルヴィカ・ルシアンの深煎りにさらに炭を混ぜた強い苦味のあるコーヒーを。 さらに今回、わたくしは初めて直接コーヒー豆に火を当てる「直火焙煎」を行いました。いつものアルヴィカよりもさらに苦味とコクが一段階強くなっています。 その名も「贖罪のフォルテ・ルシアン」。「これが、リディアのコーヒー……普通のカフェとは随分と違うのね」 遠慮がちに口を開いたのはお母様でした。お父様の前で見せるトゲトゲしさは今はなく、穏やかな表情。「ええ。当店ではお客様の罪に応じて豆も味も変わります。わたくしがお二人の罪に一番合うコーヒーを淹れました」「……罪に合うコーヒー」「やめろ」 お母様がカップに手をつけようとしたところで、お父様の硬い声が響き、空気が張り詰めました。「コーヒーで罪が測れるわけもない。茶番だ、帰るぞ」 立ち上がろうとしたお父様に、レオナール様がお声を掛けます。「また逃げるのですか? 娘がこうして向き合っているのに──あなたは逃げるのですか。グレイス候」 レオナール様の言葉の中には、見えない怒りが滲んでいます。わたくしのためを思ってくださる熱が感じられます。&nb
Last Updated: 2025-10-03
Chapter: 第22話 特別な一杯を
 「断罪カフェ」が断罪から免れ、教会から正式に認められて一月──カフェは前以上のにぎわいを見せていました。 遠方からのお客様も多数訪れるようになり、中にはこっそりお忍びでやってくる貴族の方々も……。「お待たせしました。アルヴィカ・ルシアンの深煎りです」「ありがとう。リディア」 コーヒーを提供したのはまさかのセドリック様。セドリック様はコーヒーカップを受け取ると、まじまじとわたくしの顔を見つめました。「……すまなかったリディア。私はどうかしていたんだ。このカフェで立派に働く君の姿を見て、そして王子が懇意にしていることも知って、私は──」 セドリック様の噂は、聞いています。わたくしを追放したきっかけをつくったエリス様も、今となってはカフェの常連客のお一人。 口を開けば、セドリック様も含めた愚痴ばかり言っていますから。 あの一件以降セドリック様の性格の悪さが露呈し、周囲からは避けられ婚約も進まないこと、もちろんエリス様も愛想を尽かして婚約を破棄したこと、悪い噂ばかり聞いています。 私は内心「ざまぁ」の気分を楽しんでいるのですが、こう何度も通われるのはさすがに迷惑ですわ。 しおらしい態度を装っているセドリック様の本心もお見通しなのですから。「どうだろう、リディア。もう一度──婚約者というわけにはいかない、一人の友人として付き合うというのは……?」 わたくしはいつかのように差し出された手を拒否し、そのままコーヒーカップを押し当てました。「わたくしを二度も断罪しようとしたこと、忘れたとは言わせませんわよ? 今、こうして、お客様と
Last Updated: 2025-10-02
Chapter: 第21話 どうか、赦しの一杯を
「お父様。あなたがわたくしを断罪しようとし、わたくしの店を嫌った理由は明白ですわ。家の名誉。己の体面。そして、追放したはずのわたくしが賞賛されていること。それが、赦せなかったのでしょう?」「……リディア……!」 大司教様は、深く長く息を吐きました。「残念ながら、断罪するべきものが誰なのか、もはや明白ですね──」「お待ちください、大司教様。わたくしは父を断罪したくはないのです」「リディア!」 わたくしはレオナール様に微笑みかけました。大丈夫です、と伝えるために。「もし、今この場で父を断罪すれば、わたくしは自ら断罪カフェを否定することになります」「うぅむ……」 わたくしの言葉に、大司教様が立ち上がります。眼鏡を外し、しばしの沈黙の後、思慮深げに口を開きました。「なるほど……ならば、リディア様。私にも一杯、あなたのコーヒーをいただけますか?」 目を見開いたわたくしは、思わず姿勢を正し──悪役令嬢ではなくカフェの店主として頭を下げました。「承知しました。心を込めてお淹れいたしますわ。しばし、お待ちください」 そして、わたくしはクラリスの名を呼ぶと、ドレスの裾を持って背筋を正したまま、扉へ向かいました。 扉の前ではセドリック様が、情けない困惑顔で立ちすくんでいます。「…
Last Updated: 2025-10-01
Chapter: 第20話 今、断罪のとき
 ざわつく教会。ことの重大さに気づいたお父様が一歩前に出て、無理に笑みを張りつけて言いました。「……ま、待ってくれ。これは誤解だ」「グレイス様。誤解ではありません。……大司教様。使用人を代表して私が証言をしても?」 眼鏡を上げると、大司教様は微笑みを浮かべてうなずきました。しかし、阻止するようにお父様は声を荒げました。「やめろ! めったなことを言うな! お前たち、いつクビにしてもいいんだぞ!!」 脅し。とても卑怯な、貴族とは思えないやり方。お父様はそうやっていつも支配してきました。わたくしも含めてみんなを。 しかし、今度ばかりはそうはいきませんでした。わたくしたちがいるのは、教会。つまびらかに罪を明らかにする場所。 つまり、お父様の権威はここではなくなるのです。「……クビにしていただいて構いません。私たちはグレイス様と司教様が、リディアお嬢様の断罪カフェを潰そうと密かにやり取りしているのを聞いていました。私一人ではなく、私たちリディア様の使用人全員が、その証人です」「ち、違う! お前たちは誤解をしているのだ!」 情けない父の姿に、わたくしは哀しくなりました。あんなに大きかったはずなのに、今はとても小さく見えます。 なおも無理な弁解を続けようとするお父様の姿を見て、レオナール様は呆れたようにため息を吐きました。「私の従者に調べてもらった。この一月の間に、グレイス侯とベスティアン司教は何度も不自然な面会を重ねている。それに、あなたはここへ来る際に嬉々としていた。娘の──リディアが再び断罪の憂き目にあうやもしれないというのに……」
Last Updated: 2025-09-30
Chapter: 第19話 悪役令嬢のように、気高く
「その通りですわね」 いら立つ司教様とは反対に、わたくしはゆっくりと口元に微笑みを浮かべました。物語の悪役令嬢が、そうするように。「ですが、断罪カフェの話を持ち込んだのは司教様ではありませんね?」「な、なにを言う!」「ふふっ。焦りがわかりやすく顔色に出ていますわよ。──断罪カフェが神を騙る。それが事実なら大問題でしょう。しかし、それが事実ではないとしたら? 誰かが仕組んだ罠だとしたら?」「誰かが仕組んだ? 罠? そんな絵空事、どこに証拠が──」「まだ気づかれないのですか? 今、ここに集まったのはグレイス家の使用人の方達ですわ」「「なっ……!?」」 司教様とセドリック様は仲良く一緒に驚きの声を上げました。「……グレイス家、つまりはグレイス伯爵の使用人ということですな?」 大司教様が立ち上がり、みなさまに視線を向けます。「大司教! 信じてはなりません! 私が──」「ベスティアン司教。これだけ多くの民が押し寄せているのです。話をうかがわなければ、それこそ神に背くことになる──私はそう思いますが」 落ち着いた大司教様の言葉にベスティアン司教様は何も言い返すことができずに、その場に座りました。一方、セドリック様はお顔を真っ青にされています。「あ、ああそうだ。申し訳ない、危急の用事を思い出しました。私はこれで失礼します」 震えた声でぼそぼそととってつけた嘘を述べると、セドリック様は慌てて教会の外へ出ていこうとしました。「おや、
Last Updated: 2025-09-29
白無垢の呪恋唄

白無垢の呪恋唄

高校2年が間近に迫った春休み──古塚美月は、幼馴染の如月乃愛からSNSでつぶやけば必ず想い人と結ばれるという「白無垢の恋唄」の噂を耳にする。 全く興味のない美月だったが、不可思議な動画を見つける。それは、真っ暗闇のなかに佇む白無垢の女性の姿だった。 「白無垢の恋唄」を巡り広がる怪異に巻き込まれていく美月。やがてそれは、家族の秘密や自分の呪われた血筋が浮き彫りにしていく。 これは、「白無垢の恋唄」を巡る閉じない呪いの物語──。
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Chapter: 第11話 既読にならないメッセージ
 ──手を伸ばす。視線の先では母親と兄が手をつないでいて、自分もそこへ加わりたかった。駆けて、走って。どんなに近づこうとしても永遠に届かないそんな気がした。 諦めてうなだれて、地べたに座り込んで横になって。大声で泣く。 慌てて駆けてきた兄は心配そうに手を伸ばしてくれたが、その手をつかむ前に母親がまた兄の手をつないだ。 顔を上げれば母親はどこか何か遠くを見ていた。視線は自分をすり抜けて、ありもしない何かを見ている。 伸ばした手に気がつくことなく、母親は兄を連れて先を行く。もう片方の手は煤《すす》を被ったような真っ黒な手が引っ張っていた。手だけではない気がつけばいつの間にか無数の黒い手が母親の身体を取り囲んでいた。 全身が震える。口が大きく開く、息を吸い、口から──。* 幼い自分の悲鳴が遠くに聞こえた気がして、美月は目を開いた。(……夢……?) スマホのアラームが鳴っていた。少しでも目覚めを良くしようと思って選んだ小鳥の囀りだ。慣れた手付きでアラームを止めると、まだ眠い目を擦った。 指に何かが付着した。(涙……?) 泣いていたことに気がつくと同時に半分まだ夢の中にいた頭がゆっくりと動き始める。 美月の兄、弓弦《ゆずる》は何日か前から母親と一緒に田舎へと帰っていた。理由はわからない。美月の母親は気まぐれで、突然思い立っては有無を言わさず兄と二人でどこかへ行くことが多かった。今回は兄が18歳の誕生日を迎えたその日に、急に田舎に帰ると言い出して身支度を始め、本当に次の日の早朝にはいなくなっていた。 美月は何度か寝返りを打つと、ベッドに潜り込んだままスマホをいじり始めた。寝ている間の通知を確認したあとメッセージアプリを開くと、笑顔の兄のアイコンをタップした。(まだ返事は来てない。既読もついてないし……私が送ったのが3日前だから、兄さんが田舎に帰ったのも3日前か) 額に伸ばした腕を当てる。目を瞑って今見ていた夢の内容を思い出そうとするも、霞《かすみ》のようにほとんど思い出せなかった。 母親から連絡がないのはいつものことだが、兄から3日も連絡がないのはおそらく初めてのことだった。(それに、昨日乃愛に見せられた……なんだっけ? ……「白無垢の恋唄」……あれのせいだ) よくないもの、と直感的に感じてしまったからか妙に頭に引っかかり、昨夜寝る直前も
Last Updated: 2025-12-01
Chapter: 第10話 白い女
「あっ、あれ?」 二人して真っ暗闇の空を見上げる。「電気が消えたのか? こんなときに」 老朽化した電灯が消えた。それはよくあることかもしれない。「……ゆ、悠人。ち、違う」「違う? ……えっ、なんで?」 森久保はキョロキョロと周囲を見回す。老朽化した電灯が消えるのはありえる話だが、全ての電灯が同時に消えるのはありえない。 加護はつかまれたままの森久保の手を握った。「なに? どういうこと? 一体何が起こって──」 どこかから足音がした。真暗闇の中に密やかに。ただしはっきりと。普通の足音ではない、と加護は震える耳の奥で感じ取っていた。擦れるような音、地面を擦るような足音が次第次第に近づいてくるような気がする。 震えていた。確かに加護の体は震えていた。 ──ただの足音だ。いくら人気が少ないと言っても全く人が通らないような獣道でもない。普通の公道。駅から住宅街へと繋がるどこの街にもあるような何の変哲もない一本道。 そう意識が働くものの、体は真逆に震えている。初めて弓を射ったときの感覚に似ている気がした。頭では順序通りやればいいとわかっているのに、体が指先がどうしようもなく震えてしまう。 その根源は、恐怖だ。「に、逃げろ! 彩乃!」 森久保の声が弾けた。腕が思い切り引っ張られる。前を向く前に視界の隅に捉えたのは、白い、白い何かだった。 二人は懸命に走る。後ろを振り向くこともせず、立ち止まることもなくひたすらにがむしゃらに足を動かしていた。(おかしい) 暗闇はどこまでも続いている気がした。森久保の肩口から見える先も街灯のあかりはついていない。ここまで真っ暗だとしたら、停電でも起こったと考える方が自然だ、と加護は頭を巡らせた。 だが、それを口に出すことは憚《はばか》れた。わかっている。ただの偶然だ。急に暗闇になったことも、烏《からす》が羽ばたいたことも、不気味な足音も、白い光も全部が偶然か見間違い。その可能性の方が大きい。というよりも、きっとそれが真実のはずだ。 なのに、そうじゃないと体が否定する。森久保の手から離されないようにと全速力で走っているにも関わらず、全く熱くはならず鳥肌が立つほど凍える体が、現実に基づいた事実と真実を否定する。否定というよりも、それはもはや拒絶だった。 初めて見る必死の形相で走る森久保の息が荒くなっている。加護自
Last Updated: 2025-11-11
Chapter: 第9話 突然の静寂
 確かに目を引く美人だ。スラッと背も高くスタイルもいい。アイドルやモデルと言われても納得してしまうほどの美貌を備えていた。そして、悔しいことに弓の腕前も相当なものだった。 聞けば加護と同じ中学から弓をやっているにも関わらず、その実力の差はもう埋められないほどに開いていた。 これまで平等に注がれていた森久保の視線は、古塚美月一人に注がれるようになった。共同練習のときは顕著で、森久保は古塚美月の指導ばかりをしようとする。 古塚美月に群がる馬鹿な男どもとは違うが、加護にとっては同じことだった。(なのにあの女は、気にも留めない。悠人に見つめられているのに、恥じらいも戸惑いも何もなく平然としている) ──あの女は、悠人から好かれることを当たり前だと思っているんだ。 メッセージアプリを閉じると、次に加護はSNSを開いた。 数日前に上げた自分の投稿を見る。〈永久に先悠人をば待たん暗闇に花の塵ゆく定めとしても〉* 加護と森久保が駅を出たときには辺りはもう夜の闇に包まれていた。 1羽の烏《カラス》が耳障りな声で鳴き、翼を広げてどこかへと飛んでいく。急に目の前を飛び去った烏に加護は声を上げて驚きその場で転んでしまった。「大丈夫!?」「う……うん、大丈夫」 差し出された手をつかむ。がっしりとした、しかし手のひらの温かい感触が伝わり急に恥ずかしくなった。「あっ、ごめん……」 相手も同じだったのか、森久保の声が上擦る。支えられながら立ち上がると、温かい感触が離れていく。
Last Updated: 2025-11-11
Chapter: 第8話 加護彩乃
 弓道部の部活が終わり、いつものように加護《かご》彩乃《あやの》は仲のいい部員と他愛もない話をしたあと、ファストフードのお店を出た。「お疲れ様でした彩先輩!」「お疲れ様〜」 1年後輩の2年生二人と手を振って別れると、加護は頬を緩めながらそわそわと早足で歩き出す。 時間としては午後5時過ぎ。日はもう傾いてきており、辺りは真っ赤な夕暮れに染まっていた。 後輩たちからだいぶ離れたところで後ろを振り返ると、加護は近くにあった自販機の横に立ち止まり、制服のスカートからスマホを取り出した。 透明感、ガラス感があるオフホワイトのスマホの画面を開き、メッセージアプリを開く。トップに表示されている森《もり》久保《くぼ》悠人《ゆうと》の名前を見るだけで、加護は鼓動が早くなっているのを感じていた。(……本当に、連絡が来るなんて思わなかった……) 森久保悠人は、加護と同じ3年生、そして同じクラスだった。森久保が覚えているかどうかはわからないが、加護と森久保は3年間同じクラスで一緒だった。 柔らかな笑顔に端正な顔立ち、性格もよく優しい。それになにより、森久保は男子弓道部のエースだった。 運動ができる男子高校生は、花形のバスケやサッカー、テニス、野球などを選ぶことが多く、弓道部を選ぶ人は少なかった。加護は中学から続けている流れで弓道部に入部したが、同じ弓道部に森久保が入ることを決めたときは同じクラスから入部者が出たことで素直に嬉しかった。 森久保のフォームは初心者と思えないほど美しく、そして華があった。月に一度ある共同練習でも苦手な子や不得手な子にも丁寧に弓を教えていて、その姿勢と性格から同じ女子部員からも密かに人気があった。 加護が自然と森久保の姿を目で追うようになるまでさほど時間はかからなかった。 何度か告白されたという噂も聞いたことがある。けれど、森久保は誰とも付き合うことはしなかった。一人で優しく誰にでも平等──女子の人気は広がっていく。 どうにかなりたいと思ったわけではない、ただその美しいフォームを遠くで眺めているだけで加護は満たされていた……はずだった。 加護は袴姿の森久保のアイコンをタッチする。画面をスクロールさせて、少ないやり取りの一番上のメッセージを見た。もう何回、何十回と見たメッセージだ。〈急に連絡してごめん、弓袋破けちゃって新しいの買おう
Last Updated: 2025-11-06
Chapter: 第7話 悪い予感
 美月は、スマホを手にすると顔に画面を近づけた。手の平に支えられた画面のなかでは、「白無垢の恋唄」の一文とその下に動画だけが投稿されていた。ユーザーのアイコンはなく、ユーザー名も数字とアルファベットを適当に並べただけのものだった。 動画が勝手に再生される。どこかわからない暗闇が映し出された。建物も人もおらず、街灯の明かりや星や月の明かりもない、ただ黒いペンで塗りつぶしたような映像だけが何秒か続いた。(何の映像? 意味もないただの暗闇?) 白無垢の恋唄の詩と同じように妙に引き付けられている自分がいた。意味も分からないはずの暗闇の映像で、音もミュートになっているのになぜか息遣いのようなものが聞こえてくる気がする。生々しい何か、気配のようなものが。 瞬きをする。と、白い何かが映った気がした。暗闇の中に微かに一瞬。その何かを見たとき、モスキート音のような耳鳴りがした。しかし、それきりで動画は終わってしまった。耳鳴りもいつの間にか消えている。「どうしたの、みーちゃん?」「……ああ、いや、なんでもないよ。返すね」 わざと指をスクロールさせて違うユーザーの投稿に変えてから、乃愛にスマホを返した。(よくわからないけど、今のはあんまりいい感じがしなかった)「ふーん……」 乃愛は返されたスマホの画面をじっと見た後、また机の端に裏返しでスマホを置いた。「まあ、いっか! どうみーちゃん、これならすぐに恋人できるでしょ!」「乃愛。そもそも、私、好きな人いないから。無理やり恋人つくるのも嫌だし。そもそも、それじゃあ何の解決にもならないって!」「うーん、そっかぁ。我ながらい
Last Updated: 2025-11-05
Chapter: 第6話 白無垢の恋唄
 自信満々に手を上げる乃愛に、ストローを指で触る美月。数秒、二人の間に沈黙が流れた。「……いや、無理でしょ」「無理じゃない! このお呪《まじな》いならすぐにできる!」「いや、そういうことじゃなくて――」 乃愛のスマホの画面が美月にも見える位置に置かれた。「ほら、見てこれ。今、SNSで密かに広がっているんだけど」「いや、だから、そういう問題じゃなくて――」「実際に試した人がいるんだって。それでね、そのお呪いが」 美月は、額をおさえてため息を吐いた。何かに夢中になってしまうと誰の声も届かないことを美月は長い年月で身に染みるほど知っていた。(こうなったら、とりあえず話が終わるまで聞くしかない) 机の上で頬杖をつくと、美月はとりあえずスマホの画面を見つめた。誰かのアイコンと文字の羅列が延々と続いている。ただ、乃愛のふっくらとした指先でスクロールされていく文章には、一つの共通点があった。「永久《とわ》に先《さき》君《きみ》をば待《ま》たん暗闇《くらやみ》に花《はな》の塵《ちり》ゆく定《さだ》めとしても」「すごい! みーちゃん、よく読めるね」「うん、まあ……なんとなくだけど、そんなに難しい言葉じゃないから」 それは、短歌だった。五・七・五・七・七の計三十一音で組み合わされる日本の伝統的な詩。その短歌が、どの投稿者の文章にも綴られている。「これがね。お呪いなんだよ。お呪いの名前は、『白《しろ》無垢《むく》の恋唄《こいうた》』」(白無垢の恋唄?)
Last Updated: 2025-11-04
一度王子を殺した秘書官、今度こそ愛を誓います

一度王子を殺した秘書官、今度こそ愛を誓います

ティナ・アールグレンは、成人を迎えた王子の秘書官に抜擢された。 ──しかし。 「そんな……! なんで私が……」 戦いに巻き込まれた結果、ティナは愛する王子を自身の剣で刺し殺してしまう。 絶望するティナは、自ら死を選ぶ。そして、気がつけば王子の「成人の儀」の最中、目を覚ます。 「ここは──過去!?」 一度死んで戻ったティナは、今度こそ王子を守り抜くために剣を握る。 「死に戻り×溺愛」の異世界恋愛ファンタジー! ※毎週火・木・土の3回更新!
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Chapter: 第8話 死に戻り
 フリーダは、驚いたように口をパクパクさせながらもティーカップを口に運んだ。そして、心を落ち着かせるように紅茶を飲むと大きく息を吐く。「──意味がわからないわよ。だけど、初対面のはずなのに誰にも話していない私の目的を知っている……あなたに『なにか』があったってことだけは、わかるわ」「それだけわかってもらえれば、今は問題ない。……念のため聞くが、私のことは知らないという理解でいいか?」 大きくうなずくと、フリーダの赤い髪が揺れた。「初対面に近いわね。牢屋に忍び込んだときに一度、今で二度目よ」 ふふん、と偉そうに目を閉じて微笑むが、なんで賊なのにそんな態度なんだ?「一応、忠告しておくが自分の立場はわかっているか? 看守から温情をもらっているようだが、城に忍び込んだ事実は変わらない」「ふーん、罪人ってこと? でも、よくわからないけどあなたは私を頼ってるんでしょ? 協力するなら罪はなくしてほしいんだけど」 挑発するようにフリーダの瞳が揺れる。「……罪人か。それは、私のことかもしれないな」 この記憶が本当なら、王子を殺したのは他でもない私だ。「なに、急に?」「いや、なんでもない。罪をなくすことはできないが、上と掛け合ってみよう。だから、協力してほしい」「なーんか釈然としないけど、まあ、いいわ」 フリーダは強気に笑うと、紅茶に口をつけた。 かわいい顔をしているけど、こいつを王子に近づけさせるわけにはいかない。前の記憶のときだって、王子に魔法を教える大役をちゃっかり担って、毎日王子にくっついて手や腕や胸をペタペタペタペタと触りイチャイチャと──こいつは要注意人物。王子の身が危ないって──。 ああ、もう。それどころじゃない! 左右に頭を振って嫌な記憶を振り払った。「そう言えば、まだ名乗ってないんじゃない、王子の秘書官さん。私のことは知ってるみたいだけど」「ああ、そうだった。私はティナ。ティナ・アールグレン。王子の傍に仕える王子のための剣だ」「固っ! 肩書も態度も固すぎ!! もっとかわいらしく乙女な感じのやつがいいんじゃないの~?」 こいつ……! 人が一生懸命考えた台詞を小馬鹿に……!! いや、そうだ。こいつはこういうやつだった。 フリーダの顔がにやついている。もしかして、こっちの反応を楽しんでいるのか? くっ。振り回されたら終わりだ。
Last Updated: 2025-11-04
Chapter: 第7話 フリーダは最強の紋章士
「なぜって、出してくれたから。可憐な私の魅力に気がついてあまりにも不憫と思ったのよ」 どう見ても少女にしか見えないこの紋章士は、食べかけのりんごをお皿の上に置いて立ち上がった。束ねた赤髪を手で払いながら。 本人なりに可憐な動きなんだろうけど、全くそう見えないから不思議だ。 ……そう言えば、私の「記憶」のなかではフリーダと2度目に会ったのは街で王子が襲われているとき。 なぜ、牢屋から抜け出せたのかと疑問に思っていたけど、こういうことか。 それでも、罪人は罪人。私はキッとフリーダの隣にいる看守をにらみつけた。 慌てて両手を振りながら看守は弁明する。「いえ、誤解です! さすがに王宮に忍び込むという悪事は働きましたが、こんな小さな女の子を冷たい牢に入れておくのはかわいそうだと思っただけなんです! お腹も空いていそうでしたし!」「あっ」 フリーダにとっては、それは禁句だ。この小さな魔女は、なによりも自分が子どもに見られることを気にしている。 現に今も、腹を立てたのか拳を握ってぷるぷると震えている。「だれがぁ、小さな女の子だってぇ〜!!!!」 獣のようにわめきながらつかみかかろうとするフリーダを羽交い締めにして止める。やっぱり、怒り出したか。「落ち着け、フリーダ。それより重要な話がある」「これ以上重要な話なんてないわ! だいたいなんであんたが私の名前知ってるのよ!!」 それは、本当にこっちが聞きたいんだけど。ここで説明してもらちが明かないと判断して、私は職権を乱用してフリーダを連れていくことにした。「この者は神官殿も心配していた。まだ幼い見た目とはいえ罪人だ。魔法の才があるとのことだから、一度、紋章宮へ連れていく」「なに、ちょっと勝手なこと! あぁ! なにすんの、やめなさい!!」 問答無用でフードを引っ張ると、フリーダの体を引きずりながら私は牢屋を出ていった。*「で! なにが目的なのよ!? だいたい私は──」「フリーダ・ルフナ。幼い子どもに見えるが年は24歳。火の紋章を宿した紋章士……だな?」 フリーダは硬直した。丸い赤い瞳が驚いたように大きく見開かれている。「あんた、私を捕まえた人間よね? なんで私の素性を知ってるのよ」「そこが問題なんだ」 私は机に座るフリーダの前にティーカップを置くと、そのなかに淹れたての紅茶を注いだ。紋
Last Updated: 2025-10-31
Chapter: 第6話 頼むのはライバル
 結局、私は王子の要求を断り切れずにフェルセン大臣の元へと向かった。あんなにかわいくお願いされてしまえば、断ることなんてできない。私の一番の弱点は、きっと王子自身……。 歩きながらもため息が出る。どうしたらいいのか、わからない。 私のこの謎の記憶が正しければ、王子は明日の視察で敵に襲われることになる。それを防ぐためには、通例に従い、軍を引き連れた視察に切り替えるしかない。でも、それができない今は──。 今からもう一度王子の説得に……? いや、王子にお願いされたら断り切れる自信がない。私が身をていして守れば──いや、私一人でどうにかできる相手ではない。 なにか突破口は? 王子の要求を呑みつつ、ことが穏便に済むような──敵の襲来を防げる方法は。 ダメだなにも浮かばない! 私は、どうしたらいいんだぁあああ!!!「ど、どうかなさいましたかアールグレン様?」「し、神官殿……」 取り乱していたところを見られてしまった。わけのわからない状況に頭を抱えていた瞬間を……! 姿勢を正すと、私はなにごともなかったように咳払いをしてごまかす。……神官は眉をひそめたまま私に視線を注いでいる。ごまかしきれていない。「いや、その……ぞ、賊が」 「賊? ああ、成人の儀に乗じて王宮に忍び込んだ賊ですね。なんでもアールグレン様がお一人でつかまえたとか」 神官が柔和な笑顔に変わる。ごまかすことに成功したらしい。賊のことなんて悩んでいなかったけど。「ええ、すぐに発見できて幸
Last Updated: 2025-10-21
Chapter: 第5話 二人きりのティータイム
「ふぅ……終わったよ。ティナ。そっちはどうだった?」 私は、淹れたばかりの紅茶を王子の座るテーブルに2人分置いた。心のうちを読み取られないように固い表情のままに王子の質問に答える。「お疲れ様でした、王子。成人の儀は滞りなく終わったようで。こちらも首尾よく終えることができました」 本当はまったく順調じゃないけれど……。ただ、客観的に見れば城内に侵入した賊を一網打尽にしたことになっている。「そうか──」 重い鎧を脱ぎ捨て簡素な召し物に着替えた王子は、さっそくイスに座るとティーカップを持ち上げた。 私の入れた紅茶が王子の柔らかそうな唇を経由し、口の中に入っていく。気づかれないようにそっと根詰めていた息を吐くと、私も紅茶を口にする。「美味しい」「ありがとうございます」 その言葉だけで救われる気持ちになった。とりあえず、今、私が王子とともにいる状況は変わらないのだから。 王子はティーカップを置くと、心配そうに視線を合わせてきた。うぐっ……く、至近距離で二人きりで──あー落ち着けティナ!「──でも、報告だと牢屋に賊が入ったって」 目は逸らさない。真面目な話題だ。平静を装って受け答えしなければ!「は、はい。ですが、予想はできていたことだったので、適切に対処致しました。幸い死者は出ておりません」 ウソは吐いていない……か? 記憶がよみがえり、賊の予想ができていたのは本当だし。「そうか。だけど──」 王子はなぜか神妙な面持ちで私を見た。瞳の中に多少の揺らぎが見える。 ま、マズい! この後の記憶、見たことがある! 王子は私を──。「ティナ。君は無事なのか? ケガなどはどこにもなく?」 そう、心配してくれたんだ! 王子が私を気にかけてくれている! ふだんニコニコしているだけに、真面目な顔に切り替わる瞬間のギャップがたまらない──じゃない。「はい。問題ございません」 私は表情を変えずにそう答えた。「そうか。それならいいんだけど」 ホッとした顔をすると、王子はまたティーカップを手にしてゆっくりと紅茶を味わっている。 あぁ。ずっとこうして向かい合って紅茶を飲んでいたい。できれば他愛もない話をしたり、声を出して笑い合って時を過ごしたい。 でもしかし、私は秘書官だ。これから始まる王子の公務を滞りなくサポートするのが私の役目。王子への思いも、この不
Last Updated: 2025-10-16
Chapter: 第4話 秘書官の仕事
「くっそ、こいつ!」 床にたおれた大男はガバっと起き上がると、落とした斧を拾った。片手斧だ。威力は低いが小回りがきく。 私の記憶ではたしか、「秘書官かなにか知らねぇが!」とかなんとか言って、片手斧を上段から力任せに振り下ろしてきたはずだ。「秘書官かなにか知らねぇが! くらいやがれ!」 予想通りの台詞とともに振り下ろしてきた斧の刃に、剣の刃をかみ合わせる。滑らせるように斧の一撃をさけ、隙をついて大男の後ろへと回る。そして、頭を思い切り蹴った。 男は気を失ったまま後ろへと倒れていく。これでこの男はノックダウンだ。 残り、牢屋で身構えているのは──たしか3人。賊の加勢は来ない。そして、部屋の隅に固められていた2人の看守は縄で縛りつけられているだけで意識はある。 記憶のことは気にかかるけど、やっぱり賊をつかまえるのが先決。集中しないと。「くそっ! あいつ、小柄のくせに強いぞ! でも、2人掛かりでやればなんとか!」 細身の2人の男が剣を上段に構えたまま走り寄ってくる。 前も聞いたけど、その言葉は気に入らないな。小柄のくせに強いんじゃない。小柄だから強いんだ。どれだけ修練を積んだかわからないだろう。 私は、一度身体を深く沈ませた。目の前に2本の剣が重なる。そのタイミングで剣を振り上げる。下から軽く小剣で叩けば、剣は持ち主の手を離れて床へと突き刺さった。 そして、問題は次──。 体が熱くなるのを感じて、上空へと跳び上がる。顔の横を子猫ほどの大きさの小さな火球が通り過ぎていった。 やっぱり……いるんだよね。紋章士《もんしょうし》のフリーダが。
Last Updated: 2025-10-14
Chapter: 第3話 一度見た光景
「街の様子はどうだ?」 こう聞くと、兵士は『王子の成人を祝う町民たちで賑わっていますが、今のところ怪しい動きはなさそうです』と返してくる。記憶のなかにある声と、後ろから聞こえる声が重なって聞こえた。「了解した。では、引き続き王子の警護を頼む」「了解。しかし、アールグレン様はどこへ?」「私は、一つ心当たりがあるのでな。では、失礼」 兵士は兜の下からきょとんとした顔をのぞかせたが、すぐに元の配置へと向かった。それを見届けてから私は小走りでとある場所へと向かう。  一度見た光景が同じようにくり返される。理由はわからない。だけど、今は「賊」をとらえるのが先決。 混乱する頭を落ち着かせ、私は地下へと降りていった。* 成人の儀の喧騒とは打って変わって静寂に包まれた薄暗い階段を降りていく。足音はわざと革靴の音を立てていた。靴の音に怖気づき逃げていくならそれでいい。 もちろん、私の思い過ごしであるならばそれにこしたことはない。賊は一人も現れず、王子の成人は平和に和やかに国中の皆に祝福された。最も素晴らしい理想的な形だ。 だが、今日は王子がいよいよ公職に就かれる成人の儀。国に異を唱える者にとっては、王子を襲撃し、国の威信をおとしめる絶好の機会となる。 ──なんて初仕事だから、格好つけて思っていたら本当にいたんだよね、賊が。「看守長! 見回りだ!」 牢屋への扉が近付いたので、私はわざと大声を張り上げた。記憶と違ってくれと願いながら。 でも。やっぱり返事はない。つまり──。 なかから斧が飛んでくる音が聞こえて、後ろへ跳
Last Updated: 2025-10-11
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