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Novels by フクロウ

元悪役令嬢ですが、断罪カフェで人生を焙煎し直します

元悪役令嬢ですが、断罪カフェで人生を焙煎し直します

貴族社会から盛大に追放された悪役令嬢リディア。 前世の記憶をもとに教会の片隅で開いた「断罪カフェ」は、罪悪感ごと煮詰めて抽出する名物コーヒーだった。 ところが常連のなかに、紛れているのは王族!? 恋とスローライフが同時抽出される、人生再焙煎コメディただいま開店! ※毎週月~金の20時更新予定
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Chapter: 第24話 ごきげんよう、罪の重さは自己申告でお願いしますわ!
 乱暴に音を立ててカップを置いたお父様。わたくしはそのことを予想しておりました。  罪の味は、耐え切れないほどに苦い。特に頑なに罪を認めようとしない方には、わたくしのコーヒーはただの泥水と一緒。  ですから。 「お父様。こちらの砂糖をお試しください」  わたくしは小瓶の中から黒砂糖を一つつまむと、お父様へ。お父様は一度逡巡しましたが、わたくしの手のひらから黒砂糖をつかむとコールタールのような真っ黒なコーヒーの中へ。  スプーンでかき混ぜると、香りがほんの少し変わります。苦い罪の味がすぐに受け入れられないのであれば、口あたりを変えればいいのです。  お父様は改めてコーヒーを飲みました。目が少し開き、カップを置くと、味を確かめるようにもう一口。  わたくしはその行動に、微かな、でも確かな希望を見ました。お父様は罪を味わおうとしているのです。  カップを置いたお父様は、目を閉じると腕を組みます。  しばし沈黙が続きました。コーヒーの香りと静かな談笑が続く店内で、わたくしたちだけが時が止まったようでした。  口を開いたのは、ハンカチで涙を拭ったお母様。 「あなた、諦めてください。もう、意地を張るのはやめて。リディアの想いがあなたにも伝わったはずです」  強い口調でした。わたくしの記憶がある中で一番強い口調。  いつも付き従うだけだったお母様に意見を言われ、お父様は腕組みを解きます。そして、居心地悪そうにわたくしに視線を向けました。  瞳の中が揺れます。お父様に真正面から見つめられることは、本当に久しぶりのことでした。 「……私は、私のやり方で貴族の責務を果たした。一つの失敗が次の失敗を生み、やがてそれは領地全体の混乱として広がっていく。……だから私は、お前を──赦すことができなかった」  そう言うと、お父様はカップに手を伸ばしコーヒーカップを手にしました。 「私がやったことは間違いとは思わない。──だが、もしかしたら他のやり方があったのかもしれぬ。……リディア、ともかくこのコーヒーは……悪くない」  お父様は顔を背けたまま、コーヒーを飲むと席を立ちました。 「今日は帰ろう。……ところで、クラリス!」  突然、お父様はクラリスの名前を呼びました。そばにいたクラリスは変な声を出すと、驚いたのか両肩を
Last Updated: 2025-10-06
Chapter: 第23話 白無垢のミオリナ・カフェと、贖罪のフォルテ・ルシアン
 お母様にお出ししたのは、「白無垢のミオリナ・カフェ」。 最も口当たりが柔らかなミオリナ・ブレンドにミルクをたっぷり入れて、花蜜を加えた一杯。ミルクの白さに隠れていますが、しっかりとコクのあるコーヒーが存在している。赦しへの希望と優しさを伝えるコーヒーですわ。「お父様にはこちらを」 お父様には、アルヴィカ・ルシアンの深煎りにさらに炭を混ぜた強い苦味のあるコーヒーを。 さらに今回、わたくしは初めて直接コーヒー豆に火を当てる「直火焙煎」を行いました。いつものアルヴィカよりもさらに苦味とコクが一段階強くなっています。 その名も「贖罪のフォルテ・ルシアン」。「これが、リディアのコーヒー……普通のカフェとは随分と違うのね」 遠慮がちに口を開いたのはお母様でした。お父様の前で見せるトゲトゲしさは今はなく、穏やかな表情。「ええ。当店ではお客様の罪に応じて豆も味も変わります。わたくしがお二人の罪に一番合うコーヒーを淹れました」「……罪に合うコーヒー」「やめろ」 お母様がカップに手をつけようとしたところで、お父様の硬い声が響き、空気が張り詰めました。「コーヒーで罪が測れるわけもない。茶番だ、帰るぞ」 立ち上がろうとしたお父様に、レオナール様がお声を掛けます。「また逃げるのですか? 娘がこうして向き合っているのに──あなたは逃げるのですか。グレイス候」 レオナール様の言葉の中には、見えない怒りが滲んでいます。わたくしのためを思ってくださる熱が感じられます。&nb
Last Updated: 2025-10-03
Chapter: 第22話 特別な一杯を
 「断罪カフェ」が断罪から免れ、教会から正式に認められて一月──カフェは前以上のにぎわいを見せていました。 遠方からのお客様も多数訪れるようになり、中にはこっそりお忍びでやってくる貴族の方々も……。「お待たせしました。アルヴィカ・ルシアンの深煎りです」「ありがとう。リディア」 コーヒーを提供したのはまさかのセドリック様。セドリック様はコーヒーカップを受け取ると、まじまじとわたくしの顔を見つめました。「……すまなかったリディア。私はどうかしていたんだ。このカフェで立派に働く君の姿を見て、そして王子が懇意にしていることも知って、私は──」 セドリック様の噂は、聞いています。わたくしを追放したきっかけをつくったエリス様も、今となってはカフェの常連客のお一人。 口を開けば、セドリック様も含めた愚痴ばかり言っていますから。 あの一件以降セドリック様の性格の悪さが露呈し、周囲からは避けられ婚約も進まないこと、もちろんエリス様も愛想を尽かして婚約を破棄したこと、悪い噂ばかり聞いています。 私は内心「ざまぁ」の気分を楽しんでいるのですが、こう何度も通われるのはさすがに迷惑ですわ。 しおらしい態度を装っているセドリック様の本心もお見通しなのですから。「どうだろう、リディア。もう一度──婚約者というわけにはいかない、一人の友人として付き合うというのは……?」 わたくしはいつかのように差し出された手を拒否し、そのままコーヒーカップを押し当てました。「わたくしを二度も断罪しようとしたこと、忘れたとは言わせませんわよ? 今、こうして、お客様と
Last Updated: 2025-10-02
Chapter: 第21話 どうか、赦しの一杯を
「お父様。あなたがわたくしを断罪しようとし、わたくしの店を嫌った理由は明白ですわ。家の名誉。己の体面。そして、追放したはずのわたくしが賞賛されていること。それが、赦せなかったのでしょう?」「……リディア……!」 大司教様は、深く長く息を吐きました。「残念ながら、断罪するべきものが誰なのか、もはや明白ですね──」「お待ちください、大司教様。わたくしは父を断罪したくはないのです」「リディア!」 わたくしはレオナール様に微笑みかけました。大丈夫です、と伝えるために。「もし、今この場で父を断罪すれば、わたくしは自ら断罪カフェを否定することになります」「うぅむ……」 わたくしの言葉に、大司教様が立ち上がります。眼鏡を外し、しばしの沈黙の後、思慮深げに口を開きました。「なるほど……ならば、リディア様。私にも一杯、あなたのコーヒーをいただけますか?」 目を見開いたわたくしは、思わず姿勢を正し──悪役令嬢ではなくカフェの店主として頭を下げました。「承知しました。心を込めてお淹れいたしますわ。しばし、お待ちください」 そして、わたくしはクラリスの名を呼ぶと、ドレスの裾を持って背筋を正したまま、扉へ向かいました。 扉の前ではセドリック様が、情けない困惑顔で立ちすくんでいます。「…
Last Updated: 2025-10-01
Chapter: 第20話 今、断罪のとき
 ざわつく教会。ことの重大さに気づいたお父様が一歩前に出て、無理に笑みを張りつけて言いました。「……ま、待ってくれ。これは誤解だ」「グレイス様。誤解ではありません。……大司教様。使用人を代表して私が証言をしても?」 眼鏡を上げると、大司教様は微笑みを浮かべてうなずきました。しかし、阻止するようにお父様は声を荒げました。「やめろ! めったなことを言うな! お前たち、いつクビにしてもいいんだぞ!!」 脅し。とても卑怯な、貴族とは思えないやり方。お父様はそうやっていつも支配してきました。わたくしも含めてみんなを。 しかし、今度ばかりはそうはいきませんでした。わたくしたちがいるのは、教会。つまびらかに罪を明らかにする場所。 つまり、お父様の権威はここではなくなるのです。「……クビにしていただいて構いません。私たちはグレイス様と司教様が、リディアお嬢様の断罪カフェを潰そうと密かにやり取りしているのを聞いていました。私一人ではなく、私たちリディア様の使用人全員が、その証人です」「ち、違う! お前たちは誤解をしているのだ!」 情けない父の姿に、わたくしは哀しくなりました。あんなに大きかったはずなのに、今はとても小さく見えます。 なおも無理な弁解を続けようとするお父様の姿を見て、レオナール様は呆れたようにため息を吐きました。「私の従者に調べてもらった。この一月の間に、グレイス侯とベスティアン司教は何度も不自然な面会を重ねている。それに、あなたはここへ来る際に嬉々としていた。娘の──リディアが再び断罪の憂き目にあうやもしれないというのに……」
Last Updated: 2025-09-30
Chapter: 第19話 悪役令嬢のように、気高く
「その通りですわね」 いら立つ司教様とは反対に、わたくしはゆっくりと口元に微笑みを浮かべました。物語の悪役令嬢が、そうするように。「ですが、断罪カフェの話を持ち込んだのは司教様ではありませんね?」「な、なにを言う!」「ふふっ。焦りがわかりやすく顔色に出ていますわよ。──断罪カフェが神を騙る。それが事実なら大問題でしょう。しかし、それが事実ではないとしたら? 誰かが仕組んだ罠だとしたら?」「誰かが仕組んだ? 罠? そんな絵空事、どこに証拠が──」「まだ気づかれないのですか? 今、ここに集まったのはグレイス家の使用人の方達ですわ」「「なっ……!?」」 司教様とセドリック様は仲良く一緒に驚きの声を上げました。「……グレイス家、つまりはグレイス伯爵の使用人ということですな?」 大司教様が立ち上がり、みなさまに視線を向けます。「大司教! 信じてはなりません! 私が──」「ベスティアン司教。これだけ多くの民が押し寄せているのです。話をうかがわなければ、それこそ神に背くことになる──私はそう思いますが」 落ち着いた大司教様の言葉にベスティアン司教様は何も言い返すことができずに、その場に座りました。一方、セドリック様はお顔を真っ青にされています。「あ、ああそうだ。申し訳ない、危急の用事を思い出しました。私はこれで失礼します」 震えた声でぼそぼそととってつけた嘘を述べると、セドリック様は慌てて教会の外へ出ていこうとしました。「おや、
Last Updated: 2025-09-29
一度王子を殺した秘書官、今度こそ愛を誓います

一度王子を殺した秘書官、今度こそ愛を誓います

ティナ・アールグレンは、成人を迎えた王子の秘書官に抜擢された。 ──しかし。 「そんな……! なんで私が……」 戦いに巻き込まれた結果、ティナは愛する王子を自身の剣で刺し殺してしまう。 絶望するティナは、自ら死を選ぶ。そして、気がつけば王子の「成人の儀」の最中、目を覚ます。 「ここは──過去!?」 一度死んで戻ったティナは、今度こそ王子を守り抜くために剣を握る。 「死に戻り×溺愛」の異世界恋愛ファンタジー! ※毎週火・木・土の3回更新!
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Chapter: 第6話 頼むのはライバル
 結局、私は王子の要求を断り切れずにフェルセン大臣の元へと向かった。あんなにかわいくお願いされてしまえば、断ることなんてできない。私の一番の弱点は、きっと王子自身……。 歩きながらもため息が出る。どうしたらいいのか、わからない。 私のこの謎の記憶が正しければ、王子は明日の視察で敵に襲われることになる。それを防ぐためには、通例に従い、軍を引き連れた視察に切り替えるしかない。でも、それができない今は──。 今からもう一度王子の説得に……? いや、王子にお願いされたら断り切れる自信がない。私が身をていして守れば──いや、私一人でどうにかできる相手ではない。 なにか突破口は? 王子の要求を呑みつつ、ことが穏便に済むような──敵の襲来を防げる方法は。 ダメだなにも浮かばない! 私は、どうしたらいいんだぁあああ!!!「ど、どうかなさいましたかアールグレン様?」「し、神官殿……」 取り乱していたところを見られてしまった。わけのわからない状況に頭を抱えていた瞬間を……! 姿勢を正すと、私はなにごともなかったように咳払いをしてごまかす。……神官は眉をひそめたまま私に視線を注いでいる。ごまかしきれていない。「いや、その……ぞ、賊が」 「賊? ああ、成人の儀に乗じて王宮に忍び込んだ賊ですね。なんでもアールグレン様がお一人でつかまえたとか」 神官が柔和な笑顔に変わる。ごまかすことに成功したらしい。賊のことなんて悩んでいなかったけど。「ええ、すぐに発見できて幸
Last Updated: 2025-10-21
Chapter: 第5話 二人きりのティータイム
「ふぅ……終わったよ。ティナ。そっちはどうだった?」 私は、淹れたばかりの紅茶を王子の座るテーブルに2人分置いた。心のうちを読み取られないように固い表情のままに王子の質問に答える。「お疲れ様でした、王子。成人の儀は滞りなく終わったようで。こちらも首尾よく終えることができました」 本当はまったく順調じゃないけれど……。ただ、客観的に見れば城内に侵入した賊を一網打尽にしたことになっている。「そうか──」 重い鎧を脱ぎ捨て簡素な召し物に着替えた王子は、さっそくイスに座るとティーカップを持ち上げた。 私の入れた紅茶が王子の柔らかそうな唇を経由し、口の中に入っていく。気づかれないようにそっと根詰めていた息を吐くと、私も紅茶を口にする。「美味しい」「ありがとうございます」 その言葉だけで救われる気持ちになった。とりあえず、今、私が王子とともにいる状況は変わらないのだから。 王子はティーカップを置くと、心配そうに視線を合わせてきた。うぐっ……く、至近距離で二人きりで──あー落ち着けティナ!「──でも、報告だと牢屋に賊が入ったって」 目は逸らさない。真面目な話題だ。平静を装って受け答えしなければ!「は、はい。ですが、予想はできていたことだったので、適切に対処致しました。幸い死者は出ておりません」 ウソは吐いていない……か? 記憶がよみがえり、賊の予想ができていたのは本当だし。「そうか。だけど──」 王子はなぜか神妙な面持ちで私を見た。瞳の中に多少の揺らぎが見える。 ま、マズい! この後の記憶、見たことがある! 王子は私を──。「ティナ。君は無事なのか? ケガなどはどこにもなく?」 そう、心配してくれたんだ! 王子が私を気にかけてくれている! ふだんニコニコしているだけに、真面目な顔に切り替わる瞬間のギャップがたまらない──じゃない。「はい。問題ございません」 私は表情を変えずにそう答えた。「そうか。それならいいんだけど」 ホッとした顔をすると、王子はまたティーカップを手にしてゆっくりと紅茶を味わっている。 あぁ。ずっとこうして向かい合って紅茶を飲んでいたい。できれば他愛もない話をしたり、声を出して笑い合って時を過ごしたい。 でもしかし、私は秘書官だ。これから始まる王子の公務を滞りなくサポートするのが私の役目。王子への思いも、この不
Last Updated: 2025-10-16
Chapter: 第4話 秘書官の仕事
「くっそ、こいつ!」 床にたおれた大男はガバっと起き上がると、落とした斧を拾った。片手斧だ。威力は低いが小回りがきく。 私の記憶ではたしか、「秘書官かなにか知らねぇが!」とかなんとか言って、片手斧を上段から力任せに振り下ろしてきたはずだ。「秘書官かなにか知らねぇが! くらいやがれ!」 予想通りの台詞とともに振り下ろしてきた斧の刃に、剣の刃をかみ合わせる。滑らせるように斧の一撃をさけ、隙をついて大男の後ろへと回る。そして、頭を思い切り蹴った。 男は気を失ったまま後ろへと倒れていく。これでこの男はノックダウンだ。 残り、牢屋で身構えているのは──たしか3人。賊の加勢は来ない。そして、部屋の隅に固められていた2人の看守は縄で縛りつけられているだけで意識はある。 記憶のことは気にかかるけど、やっぱり賊をつかまえるのが先決。集中しないと。「くそっ! あいつ、小柄のくせに強いぞ! でも、2人掛かりでやればなんとか!」 細身の2人の男が剣を上段に構えたまま走り寄ってくる。 前も聞いたけど、その言葉は気に入らないな。小柄のくせに強いんじゃない。小柄だから強いんだ。どれだけ修練を積んだかわからないだろう。 私は、一度身体を深く沈ませた。目の前に2本の剣が重なる。そのタイミングで剣を振り上げる。下から軽く小剣で叩けば、剣は持ち主の手を離れて床へと突き刺さった。 そして、問題は次──。 体が熱くなるのを感じて、上空へと跳び上がる。顔の横を子猫ほどの大きさの小さな火球が通り過ぎていった。 やっぱり……いるんだよね。紋章士《もんしょうし》のフリーダが。
Last Updated: 2025-10-14
Chapter: 第3話 一度見た光景
「街の様子はどうだ?」 こう聞くと、兵士は『王子の成人を祝う町民たちで賑わっていますが、今のところ怪しい動きはなさそうです』と返してくる。記憶のなかにある声と、後ろから聞こえる声が重なって聞こえた。「了解した。では、引き続き王子の警護を頼む」「了解。しかし、アールグレン様はどこへ?」「私は、一つ心当たりがあるのでな。では、失礼」 兵士は兜の下からきょとんとした顔をのぞかせたが、すぐに元の配置へと向かった。それを見届けてから私は小走りでとある場所へと向かう。  一度見た光景が同じようにくり返される。理由はわからない。だけど、今は「賊」をとらえるのが先決。 混乱する頭を落ち着かせ、私は地下へと降りていった。* 成人の儀の喧騒とは打って変わって静寂に包まれた薄暗い階段を降りていく。足音はわざと革靴の音を立てていた。靴の音に怖気づき逃げていくならそれでいい。 もちろん、私の思い過ごしであるならばそれにこしたことはない。賊は一人も現れず、王子の成人は平和に和やかに国中の皆に祝福された。最も素晴らしい理想的な形だ。 だが、今日は王子がいよいよ公職に就かれる成人の儀。国に異を唱える者にとっては、王子を襲撃し、国の威信をおとしめる絶好の機会となる。 ──なんて初仕事だから、格好つけて思っていたら本当にいたんだよね、賊が。「看守長! 見回りだ!」 牢屋への扉が近付いたので、私はわざと大声を張り上げた。記憶と違ってくれと願いながら。 でも。やっぱり返事はない。つまり──。 なかから斧が飛んでくる音が聞こえて、後ろへ跳
Last Updated: 2025-10-11
Chapter: 第2話 重なる記憶
「……いったい、なにが起こっているの?」 私は頭を抱えたまま、王子が座るイスの向かい側に腰かけた。イスの感触に、山並みに描かれた絵画、見慣れたソファにベッド、そして心を落ち着かせるウッドの香り。 この部屋に入るのは3回目なのに、なぜか何カ月も過ごしたような安心感があった。「とにかく、状況を整理しないと」 記憶を一つ一つたどっていく。 私は、王子の秘書官だ。マリク・ベルテーン王子。この国の第一王子で、私がずっと仕えたいと夢見ていた人。 王子は……優しい。優しいというか、とっても優しい。男女隔てなく、年齢関係なく、人も動物もすべての生き物に慈愛の目を向けているような感じ。 初めて王子に出会ったとき、今まで見てきたなかでだれよりも澄んだ瞳だと思った。柔和な笑顔に優しい声色。私の名を呼んでくれる度に、鼓動が高鳴ると同時になぜか心地よさを感じていた。 思えば、私はそのときから王子のことを──。「……いや、待て」 王子の思い出にふけっている場合じゃない!  私は頭を振った。 ……とにかく私は、王子に仕えるためにここまでやってきた。 一平民で孤児院出身でなんの後ろ盾もないから、剣の腕を磨いて軍に入った。男だらけの場所で文字通り血と汗にまみれながら、剣を振るってきた。 そして、晴れて成人となる王子を支える秘書官として、抜擢された──これが今日までの記憶のはずだけど。「おかしい」
Last Updated: 2025-10-09
Chapter: 第1話 王子を殺した夜
 なぜ……? どうして……? 真っ暗闇のなか、大粒の雨が降っていた。降りしきる雨は、でも、血を洗ってはくれない。 ──王子の傷を治してはくれない。「王子! マリク王子!!」 胸を貫いた剣はそのままに、地面にたおれた王子の名前を呼ぶ。 暗闇のような空洞の瞳が私を見つめていた。指も唇も動かず、雨に打たれるまま。赤い水たまりが王子の体の周りに広がっていく。 即死だった。剣で心臓を一突き、驚愕の表情のままに王子はたおれ、そして絶命した。 殺したのは──私だ。 なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ!?「どうして!?」 思い返しても、はっきりとは思い出せなかった。ただ、ぼんやりとした意識の中で私は剣を取り、振り向きざまに王子の胸を突き刺していた。 体の震えが止まらない。現実に起こったこととはとうてい思えなかった。でも、両手には、雨でも流れ落ちていかない真っ赤な血。 血。呪い。呪われた血。「やはり私は、王子のそばにいるべきではなかった」 震えた手で剣を握り締めると、私は立ち上がった。「王子と関わるべきではなかった」 王子の体から一気に刀身を引き抜く。「私は、とうの昔に死ぬべきだった」 剣の切っ先を自分に向けて、迷うことなく胸を貫く。「うぁあああああああああああ!!!!!!!!!!」 今まで味わったことのない激痛が体
Last Updated: 2025-10-07
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