Masukティナ・アールグレンは、成人を迎えた王子の秘書官に抜擢された。 ──しかし。 「そんな……! なんで私が……」 戦いに巻き込まれた結果、ティナは愛する王子を自身の剣で刺し殺してしまう。 絶望するティナは、自ら死を選ぶ。そして、気がつけば王子の「成人の儀」の最中、目を覚ます。 「ここは──過去!?」 一度死んで戻ったティナは、今度こそ王子を守り抜くために剣を握る。 「死に戻り×溺愛」の異世界恋愛ファンタジー! ※毎週火・木・土の3回更新!
Lihat lebih banyak王子は驚いていた。瞳が丸くなり、口が開いたまま。そんな王子に向かって秘書官になって初めてだろう微笑みを向ける。王子がいつもそうしてくれていたように。「意外にもあっさりと決めたな。もっと抵抗するものとばかり思っていたが」 男はいぶかしむように目を細める。簡単に信頼するはずもないが。「王子の命が何より優先される。私一人でどうにかなるなら考える余地もない」「ダメだ──ダメだティナ! そんなことは許されない!」 王子……。声を荒げてくれるその優しさがこんなときに愛しく感じてしまう。「咎人の血が流れてることを気にしているのか? 僕はずっと知っていた! 君が何者なのか、君があのとき一緒に過ごしたティナだと、僕は最初から知っていたんだ! だから君を選んだ。ティナがティナだと気づいていたから──」「王子。……もう、決めたことです」 王子は……知っておられた。子どものときに会った記憶を覚えておられた。だけど。「王子を救うにはこの方法しかありません。私は、王子の秘書官として任務を全うし、そして今このとき秘書官の任を降ります」 王子の瞳が真っ直ぐに私を見る。王子がいてくれてよかった。ここまで頑張ってきてよかった。王子の傍にいられてよかった。私の目指した道は間違えていなかった。だから。 唇が震える。本音を話すのがこんなにも苦しいことなのか。フリーダが言っていた通り、私は随分と長い間自分の本心を閉じ込めていたのかもしれない。「だから、王子──」 声も震えているのがわかる。でも、意志を曲げるわけにはいかない。ここで涙を落とすことはできない。
手から銀の剣が落ちていく。カランカラン、と地面に当たった音がした。 神に祝福されたと思ったのに。運命から逃れられると思ったのに。巡り巡ってまた呪われた運命は、最悪なタイミングでやって来た。 無精髭を生やした咎人は、何も言えないでいる私の態度に満足したのかその笑みをさらに広げた。「最初はな、あの場で王子をさらおうと思っていたんだ。ベルテーンの城下町でたいした護衛もつけずに歩いているところをな。神の紋章の一つ、太陽の紋章を授かったばかりの王子をさらえばいい交渉ができそうだろう。場合によっては、月の国──終わりの盾の国に渡したっていい」 全身が震えているのがわかる。顔を上げられない。王子の顔を、綺麗な碧の瞳を見ることができない。「だけど、お前が現れて気が変わった。王子の秘書官などと大層な肩書だが、お前の血には咎人の血が流れている。そうだろ?」 ティナ・アールグレン! 剣を拾え! 動け! 頭を回せ! 王子が──王子が待ってる。助けなきゃいけない。王子を守るために嘘をつき通してまでここまで来た! ……はずなのに。「母親を殺したとき、お前は弱かった。守ろうとすることも歯向かうこともできないほどにな。だから捨て置いたのだが、予想外にお前は強くなっていた。今のお前の力は、我ら神に見捨てられた咎人のために使うべきだ。この世界を変えるためにな」「あ……あっ……」 息がうまく吸えない。頭に痛みが走り、ぐるぐると視界が回る。父が倒れ、母が刺され、血が流れるあの夜の記憶が何度も何度も頭の中で回り続ける。「来い。ティナ・アールグレン。忘れたのか? お前は我々と同じ、人の創るこの世界に居場所などないただの咎人だ」 …
これが戦場ならば血なまぐさい臭いに鼻が曲がっていたことだろう。 もう何十体かわからないほどに沸くフォヴォラを両断しながら、ひたすら真っ直ぐに進み続ける。洞窟はまだ掘られたばかりなのか、途中に分かれ道などはなく、迷うことなく王子がいるであろう最奥へと向かっていけている。 また、幸いなことに街で襲ってきたような、あるいは宮殿を襲ったような大型のフォヴォラも出現せず、野生動物に毛が生えた程度の影しか出てきていない。 光がある以上、影はある。だから咎人は無限にフォヴォラを創り出すことができるのだろうか。この能力が神の力だとするならば、その可能性だって十分にある。 突然、地面から飛び出るように姿を現した黒い影をわけもなく斬り捨てる。と、ほのかに揺れる灯りが見えてきた。 王子! 罠かもしれない。いや、十中八九罠だろう。それでもその灯りの方へ私の足は止まることがなかった。 灯りの下へ足を踏み入れると眩い光に襲われ目が眩んだ。鈍く光る黒い光だ。 寒気がするような禍々しい光が消えると、今までいなかったはずのフォヴォラの姿があった。 人よりも二回りほど大きな、毛むくじゃらの巨人。それが大木のような太い腕を振り上げる。そのまま押し潰すつもりだろうが、振り下ろされる前に二本の腕は切り落とされ、次の瞬間には首がはねられていた。 着地。と、同時に拍手の音が聞こえた。音がする洞窟の奥を見れば上半身を縄で縛られた王子が固い地面に横たわっていた。「王子っ! 今! 助けます!」「ダメだ! 来るなティナ!」 駆け出そうとしたそのときだった。一人の男が灯りの当たらない暗がりから、まるで暗闇が分離したように静かに姿を現した。
地を蹴り、空を舞い、視界に入ったフォヴォラを王からもらった銀の剣で次々に斬っていく。息はとっくに乱れて心臓がうるさいくらいに早鐘を打っているが、疲れるどころか指の先から足の先まで力が張り巡らされているように体は軽かった。 でも、心は次へ次へと急いでいた。頭の片隅ではあの光景がずっと続いている。今は、1秒でも早く王子の捕われた場所を見つけなければいけない。 今こそ冷静になれ、ティナ。何も考えなくていい。やることはと言えば敵の殲滅。そのためにするべきなのは剣を振るい、目の前の怪物をただただ消していくことだけ。 醜い豚のようなフォヴォラが列をなして向かってくる。「契約」の言葉を述べて強化した力で剣を横薙ぎにすると、一陣の風が撫でるようにフォヴォラの体を真っ二つにしていった。「あそこだ」 開けた視界の先──梯子をいくつか上った先にある洞穴から、新たに何体かのフォヴォラが出現した。おそらくは鉱山夫が鉱石を掘り出すのに掘り進めた洞窟だ。「王子……」 剣を片手に持ち直して今にも壊れそうな梯子を上り始める。洞窟付近に群がった羽の生えた怪物たちが金切り声を出して滑空してくる。鋭いくちばしが顔に触れる寸前に剣で薙いだ。 思わず舌打ちが出たのは、一体仕留め損なったからだ。左の頬に燃えるような痛みが走り、血が滴り落ちていた。「うるさい!」 岩山の間を回旋し、もう一度鳴き声を上げながら突撃してきたところを確実に切り捨てた。 止血する間も惜しんで次の敵が出てくる前に梯子を上り続ける。洞窟が見えてきたところで、周辺に現れたフォヴォラを下から跳び上がって仕留めると、そのまま何の光も見えない洞窟の中へと入っていった。「マリク王子!」
フォヴォラもこちらに気が付いたのか、壁や屋根をつたってこちらに向き直ると獲物を狩るように猛スピードで突進してきた。 やはり速い。そして、滑らかに動く四足の筋肉は強靭だ。おそらく体当たりされただけでも、吹き飛んでしまうだろう。 倒すためにはやることは一つ。相手よりも早く斬ることだけ。 私は、剣を地面の上へ滑らせるとそのままの勢いで疾速《しっそく》していく。フォヴォラと衝突する寸前。敵よりも早く剣を振り上げれば──。
「アーダン」 私は、声を抑えてアーダンの顔を見上げた。前回同様異変にすぐに気がついてくれたようで、アーダンの顔から笑顔が消え、武骨な軍人の顔になる。「話は歩きながらといこうぜ。街の人間にもだが、王子に悟られるわけにもいかねぇ」 一つうなずくと、私たちは雑踏に紛れるようにして秘密裏に会話を重ねる。 通常の場合、アーダンの判断は正しい。立ち止まって深刻な会話をしていればそれだけで目立ってしまうし、せっかく街の人々の雰囲気を肌で感じて楽しんでいる王子の邪魔になってしまう。 だけど、私はそう思った過去の失敗を知っている。「それで、敵は賊か? それとも──」「フォヴォラだ」 アーダンは
「なぁ、ところで──」 ディンブラ殿は耳に顔を近づけると声を潜ませて聞いてきた。「どうやって、今回のお忍び視察、王や大臣連中を説得したんだ?」「ああ、それなら。『万が一にも王子の身に危険が及ぶことがあれば、賊と賊に繋がる全ての者を殺し尽くした後《のち》に私がその首を持って償わせていただきます』、とベルテーン現国王に述べることで、無事に王子の提案した無理難題を解決することができました」 前のときと同じ手法だ。
「それでは出発しよう。くれぐれも、私が王子だと気づかれないようにしてほしい」「承知しました」 秘書官以下、数人の近衛兵が口々にそう述べると、市民に扮した王子は、馬ではなく徒歩で王宮の門を出立《しゅったつ》した。王子の隣には街の若者を装った近衛兵の一人と、そして……なぜかフリフリ衣装のフリーダが付いている。友人3人で街を散策している、という設定だが、フリーダの背格好を考えると無理がないか? 他の近衛兵も各々、怪しまれない程度に何かに扮しているけど……。「なんだぁ? 不満そうだな? あの紋章士の嬢ちゃんに王子の隣を取られたのが不服なのか?」 私の背丈よりも遥かに大きい近衛兵長アーダン・