元悪役令嬢ですが、断罪カフェで人生を焙煎し直します

元悪役令嬢ですが、断罪カフェで人生を焙煎し直します

last updateLast Updated : 2025-09-08
By:  フクロウUpdated just now
Language: Japanese
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貴族社会から盛大に追放された悪役令嬢リディア。 前世の記憶をもとに教会の片隅で開いた「断罪カフェ」は、罪悪感ごと煮詰めて抽出する名物コーヒーだった。 ところが常連のなかに、紛れているのは王族!? 恋とスローライフが同時抽出される、人生再焙煎コメディただいま開店! ※毎週月~金の20時更新予定

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Chapter 1

第1話 「断罪カフェ」、本日も開店ですわ!

 深煎りのコーヒーの香りが教会の無垢な白壁に染み込む頃、わたくしの一日は始まります。

 その名も「断罪カフェ」。とある理由で断罪からの追放されたわたくしに与えられた教会の一隅──今は使われていない納骨室を改装して開店した本格焙煎珈琲喫茶です。

 ご紹介が遅れましたわ。

 わたくしの名は、リディア。姓は──以前は長ったらしい名前がありましたが、追放と同時に失いましたの。

 そう、わたくしはいわゆる悪役令嬢。ですが、追放された今となっては·悪役令嬢。貴族の身分がなくなったわたくしは、現在一市民として自由にこのカフェを営んでおります。

 断罪カフェという物騒な名前は──おっと、最初のお客様、神父様がいらしましたわ。

 罪の重さに合わせて抽出したコーヒー、味わっていただきましょう。

「……ごきげんよう神父様。今日のコーヒーは、深煎りのデゼルコーヒーのブラック。罪悪感によくお似合いですわ」

 デゼルコーヒー。前世で愛した深煎りにそっくり。

 そう、わたくしは異世界転生者。こうしてのほほんとカフェを営めているのも、前世の知識と経験のおかげ。

 前世はブラック企業のOL。コーヒーだけが生きがいで、まさかの過剰摂取で死にましたの。

「うむ……くっ……苦い、苦すぎる。だが、不思議と沁みわたる味わい。これが、罪の味か……」

「懺悔の味ですわ、神父様。明日は軽めに抽出いたしますから、いい加減、神に仕える身のくせに罪を増やすのはやめていただけますか」

 これが、罪の味か……じゃないですわ。

 神父様がなめらかな光沢を帯びた真っ黒なコーヒーと格闘している間に、私はお店の外に出て看板を掲げますの。

 わたくしの元メイドで今は共同経営者のクラリスが見事な達筆で書いた「断罪カフェ」の看板。

 断罪カフェは、カウンターが3席、テーブルが2つだけの小さなお店。教会で懺悔をした者のみが入る資格のある罪と赦しの憩いのカフェ。

 今日も、元気に開店いたします。

「クラリス。お水をもう一杯お願い」

 店内に戻ると、神父様はいまにも絶望に瀕しそうなひどい顔をしていましたわ。

「了解です、お嬢様! あっ、神父様、今日の罪は自覚ありですか?」

 出されたお水を一気に飲み干すと、神父様は震える手でカップに手を付けますの。

「ぐぅ……さっき懺悔したばかりだ」

「懺悔したばかりなのに再犯とは──コーヒーが許しても神はお許しになるのでしょうか」

「言うな、リディア嬢。神はどんな罪をもお許しになられる。……懺悔さえすれば」

 こんなことばかり言っていては、一向にコーヒーは薄まりませんわ。

 そんなやり取りをしていると──カラン、と扉の開く音がして次の来客がやってきます。

 目深にフードを被った黒ずくめの殿方。明らかに素性を隠したい気持ち見え見えのご様子ですが、いつものように詰めが甘いですわ。

 翻ったマントにつけられた金の刺繍は、本物。つまり、やんごとなきお方の印。

「リディアお嬢様! 今日も来ました! またあのお方です! 絶対に王族です!」

「クラリス、いつも言っていますが……あなたの声のボリューム、最低あと8割抑えていただけないでしょうか?」

 慌てて寄ってきたクラリスは耳元でコソコソとしゃべっているつもりでしょうが、元々がよく通る声。全く筒抜けになっているのです。

「そんな悠長なことを言っている場合じゃないです! 事情をお聞きに──」

「タナカだ。今日は、アルヴィカ・ルシアンの深煎りを頼む」

 クラリスの声を遮るように厳かな声で注文した「タナカ」様。

 アルヴィカ・ルシアン。まあ、たとえるのならば前世で言うところのブルーマウンテン。1000メートルを超える高地の厳選された栽培地で、人が手ずから収穫する希少な一品。

 しかし、この世界では深いコクと強い苦味が特徴ですの。それを深煎りで頼むということは。

「ずいぶんと罪が重いんですの?」

「そういうわけではないが……いや、そうかもしれない」

「わかりましたわ。知っての通り、断罪カフェは通常のコーヒーとは違う特別な一杯を提供します。ですので、少々時間をいただきますわ」

 明らかに偽名を名乗る殿方は大きくうなずきました。

「ああ、頼む。その香りと味わいがいいんだ」

 そうして、私は焙煎室──と言っても教会の物置──で特別に焙煎から始めました。

「クラリス。アルヴィカ豆をひとつかみ、お願い」

「はい、お嬢様」

 アルヴィカ豆を手回し焙煎機に入れると、窪みに緋色の魔石をはめ込む。この魔石には初級の火魔法が込められていますわ。魔力で火力の調整をいたしますの。

 焙煎するときのこの静かな熱気と豊潤な香りの中にいるのが、わたくしの心地のいい時間の一つ。

「お嬢様。タナカさんの素性を聞かないのですか?」

「必要ないですわ。断罪カフェに必要なのは、罪。罪を犯したものは、みな同様にお客様。お客様にあれこれと事情を聞くのは野暮というものですわ」

 豆が爆ぜる音が聞こえ、タイミングを見計らって焙煎機を止める。普通コーヒー豆は風味が安定するまでここから3日は置くのですが──。

「これをすぐにミルで砕き抽出しますわ。クラリスはネルドリップの用意を」

「わかりました!」

 ネルドリップは、紙ではなく布を用いたドリップの方法。紙でもいいのですけれど、ネルドリップの方が柔らかい口当たりになりますのよ。

 でき上がったコーヒー粉をネルドリップに入れて、熱湯で抽出する。……断罪カフェのアルヴィカ・ルシアンは、あまりにも雑味と苦味がひどい荒々しい味ですわ。これはだから、せめてもの慈悲。

「お待たせしました。アルヴィカ・ルシアン。ブラックの深煎りですわ」

「うむ」

 タナカ様は、フードを被ったまま香りを楽しむと一口。

「……非常に苦い。だが、不思議と上手いな。これは、我が国の武器になる」

 タナカ様はぶつぶつと何かを呟きながら思いにふけっています。

 断罪カフェに肩書きは不要。

 ──それに、もし本当に王族だとしたらいずれ向こうから正体を明かすはず。

 それまでは気づかぬふりをして、わたくしは罪と赦しのコーヒーを提供する。心の重さに調整した一杯を。

 神父様がいなくなり、外では教会の鐘の音が鳴り響きます。罪人も罪なき者も、日々の祈りに向かいます。

 その小さな片隅で、今日もわたくしは静かなコーヒーの香りに包まれ、皮肉まみれの会話を楽しむ。

 いいですわね。これこそが、私の求めていたスローライフというやつですわ。

 断罪されたって、人生、ここから再焙煎できますわ。

「これは、代金だ。それではまた来る」

 席を立つタナカ様に向けてわたくしは、お礼を述べていつもの口上を並べるのです。

「では、ごきげんよう。罪の重さは自己申告でお願いしますわ!」

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第1話 「断罪カフェ」、本日も開店ですわ!
 深煎りのコーヒーの香りが教会の無垢な白壁に染み込む頃、わたくしの一日は始まります。 その名も「断罪カフェ」。とある理由で断罪からの追放されたわたくしに与えられた教会の一隅──今は使われていない納骨室を改装して開店した本格焙煎珈琲喫茶です。 ご紹介が遅れましたわ。 わたくしの名は、リディア。姓は──以前は長ったらしい名前がありましたが、追放と同時に失いましたの。 そう、わたくしはいわゆる悪役令嬢。ですが、追放された今となっては元悪役令嬢。貴族の身分がなくなったわたくしは、現在一市民として自由にこのカフェを営んでおります。 断罪カフェという物騒な名前は──おっと、最初のお客様、神父様がいらしましたわ。 罪の重さに合わせて抽出したコーヒー、味わっていただきましょう。「……ごきげんよう神父様。今日のコーヒーは、深煎りのデゼルコーヒーのブラック。罪悪感によくお似合いですわ」 デゼルコーヒー。前世で愛した深煎りにそっくり。 そう、わたくしは異世界転生者。こうしてのほほんとカフェを営めているのも、前世の知識と経験のおかげ。 前世はブラック企業のOL。コーヒーだけが生きがいで、まさかの過剰摂取で死にましたの。「うむ……くっ……苦い、苦すぎる。だが、不思議と沁みわたる味わい。これが、罪の味か……」「懺悔の味ですわ、神父様。明日は軽めに抽出いたしますから、いい加減、神に仕える身のくせに罪を増やすのはやめていただけますか」 これが、罪の味か……じゃないですわ。 神父様がなめらかな光沢を帯びた真っ黒なコーヒーと格闘している間に、私はお店の外に出て看板を掲げますの。 わたくしの元メイドで今は共同経営者のクラリスが見事な達筆で書いた「断罪カフェ」の看板。 断罪カフェは、カウンターが3席、テーブルが2つだけの小さなお店。教会で懺悔をした者のみが入る資格のある罪と赦しの憩いのカフェ。 今日も、元気に開店いたします。「クラリス。お水をもう一杯お願い」 店内に戻ると、神父様はいまにも絶望に瀕しそうなひどい顔をしていましたわ。「了解です、お嬢様! あっ、神父様、今日の罪は自覚ありですか?」 出されたお水を一気に飲み干すと、神父様は震える手でカップに手を付けますの。「ぐぅ……さっき懺悔したばかりだ」「懺悔したばかりなのに再犯とは──コーヒーが許しても
last updateLast Updated : 2025-09-05
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第2話 ごきげんよう、断罪されました
 今日も、元気に罪人を受け入れる準備をしていきますわ。 ──けれど、コーヒーが煮えきる前に、わたくしの煮えきらなかった過去のお話を少し。 上手いこと言おうと思って、全く言えていませんわね。 それはさておき、事件は半年ほど前の王宮大広間。黄金のシャンデリアが輝き、社交界の可憐な花々がドレスを揺らす王国の学院卒業舞踏会の夜のこと。 突然、耳をつんざくような大声が発せられました。「リディア・フォン・グレイス! 貴女の悪行、この場で断罪する!」 婚約者である中央貴族リグレイン侯爵家の嫡男──その名もセドリック様が声の主でしたわ。 セドリック様の傍らには、庶民出身の令嬢エリス様が涙目でその細腕をセドリック様に預けていました。 これからすらすらと罪状を述べるために、美声自慢のセドリック様が、咳払いをしながらステージ中央に進むあいだ、わたくしは心のなかで拍手していましたわ。 ──これきた、テンプレート……と。 エリス様と言えば清楚な白いドレスに身を包まれ、涙の真珠で着飾っておりました。とはいえ、セドリック様が離れてからはすぐに涙を拭い、キョロキョロと周りの様子をうかがっておいでです。これは──自然な演技派、いえ無垢な演技派。いじめられ令嬢、つまりはヒロイン・ポジションですわね。 わたくしの心のうちなど知る由もないセドリック様は、高らかにお得意のテノールの声を響かせて断罪を続けます。「──エリス様は、階段で貴女に突き落とされて危うく命の危険を──」 ああ、いけません。「危うく」と「危険」で二重表現になってしまっています。 せっかくの見せ場が台無しですわ。 ──それに、わたくしは彼女が階段を降りるときに近くにいただけですわ? むしろ手を差し伸べて支えようとしたのですが、なるほど結果的に悪役令嬢になってしまったのですね。「他にもいくつもの罪の報告を受けているが、リディア。……君からなにか弁明は?」 あまりの出来事に王宮交響楽団の演奏も止まってしまいました。観客席の取り巻き令嬢たちは冷たい微笑を浮かべて見事な掌返し。騎士団のざわめきが場面を盛り上げてくださいます。 広間に集う多くの紳士淑女の皆様が、わたくしの醜い弁明をいまかいまかと待っています。 けれども、すでにおわかりの通り、この断罪イベントの前にわたくしは前世の記憶を思い出していたのです。 悪
last updateLast Updated : 2025-09-06
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第3話 秘密の罪はほろ苦く
「こちら、ミオリナ・ブレンド浅煎りです。当カフェで最も軽やかな味わいと、ほどよい苦味が特徴ですわ。ミルクを入れると子猫でも飲めるくらい、さらに飲みやすくなりますが、いかがいたしましょう」「子猫か、よしておこう。私はそんなかわいいものではない」「では──」 温めておいたカップにゆっくりとミオリナコーヒーを入れていく。 フードの下で、タナカ様の視線がこちらを観察するように見ている気がします。なるほど、たしかに子猫ではなくまるで獰猛な虎ですわね。「どうぞ」「いただこう」 タナカ様はフードに手を掛け、まさかフードをさっと外しました。 中から現れたのは、金糸のように輝くブロンドの髪に力強い青色の瞳。──やはり、王族の血統がよく現れた容姿。 後ろでクラリスが悲鳴に近い声を上げました。「やっ、やっぱり! リディアお嬢様! この方は王──」「クラリス。お使いを頼みますわ、ミオリナ豆が少なくなってしまいましたの。市場へ行って買ってきてちょうだい」「えぇ!? で、でもお嬢様!」「軽い罪の方はあまりいませんの。ですので、ストックがあまりないのです」「わっ、わかりました……」 クラリスはタナカ様を一瞥すると、緊張気味に会釈をして外へ出ていきました。途端に店内は静かなコーヒーの香りだけが香ります。「2人きりですわ。タナカ様──とお呼びしたままでいいかしら?」「構わない。リディア嬢。──いや、かつてのグレイス家の名前で呼ぶべきか」 射抜くような目が私をまっすぐに見つめます。自信満々なその表情、何度も舞踏会や社交の場でお見かけしましたわ。「もうその名はありませんわ。今の私はただのリディア。タナカ様──いえ、レオナール・エルヴァン=アグリオス=ディ・ヴァルシュタイン殿下」 王家ヴァルシュタイン。レオナール様は、その第一王子。本来ならば、このような場末のカフェなどとは全く縁のないお方。 わかりません。なぜ、レオナール様がこのカフェを知ったのか、そしてタナカ様と偽名を使い何度も来訪されたのか。 わたくしのことは知っているかもしれません。もしかしたら婚約破棄の名場面にいたのかもしれませんし、断罪と追放の噂──と言っても小さな噂に過ぎないでしょうが──を小耳に挟んだのかもしれません。 それでも、断罪カフェのことはご存知ないはず……。 じりじりと様子をうかがう
last updateLast Updated : 2025-09-07
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第4話 「ざまぁ」の味は深煎りですわ
 タナカ様──もといレオナール王子が正体を現して数日。どこで噂が広がったのか、断罪カフェは満員御礼、大忙しの形相を呈しています。コーヒーの香りの代わりに罪の匂いが渋滞していると言ってもいいでしょう。 今、席についている商売人に旅人、近隣に住むみなさんがそろって罪の味がするコーヒーをお飲みになる。 これほどまでに罪が日常に溢れていますと、人間の本心は罪にこそある、とついつい哲学にふけってしまいそうですわね。 ですが、罪にはかわいい罪もありまして──。「当店、罪の重さは自己申告となっておりますの。どうしても、という場合はわたくしがあなたの罪を測り、ふさわしい一杯をお出しいたしますが」 わたくしは、罪の重さに対応するコーヒーが書かれたメニュー表を見せました。 黒い髪をロングに伸ばした学生風の乙女は、恥ずかしそうに顔を赤く染めて、わたくしだけに聞こえるように小声で罪を告白します。「! なるほど。……その罪──中罪ですわ。少々お待ちになって」 焙煎室へ向かうと、わたくしはクラリスにフェルガナ・ブレンドを指示。……ここへ来ると、レオナール王子との「秘密の共有」を思い出し、あのときの感覚がよみがえってきてしまいます。 澄んだ声。熱い体温。 浅煎りから深煎りへ──わたくし、本格的に溺愛ルートに移行しているのでしょうか。 ぼんやりと、そんなことを考えていますと焙煎後のコーヒー豆を持ってきたクラリスがいつもの大声を出しました。「お嬢様! 今の方はどんな罪だったんですか?」「……あら、気になりますの?」 キラキラと輝く瞳をこちらに向けるクラリス。興味津々といった感じですわね。「あの学生さん。私と同じ年くらいですから、いったいどんなお悩みを抱えているのかと」 豆を受け取ると、ミルに入れて手回しで豆を砕いていきます。濃厚な罪の香りが漂います。「リディアお嬢様!」 しつこく食い下がるクラリスに、わたくしは微笑みで応えますの。「罪は秘密ですから尊いのです。罪を知っていいのは、コーヒーと神のみ。これ以上、詮索するのならクラリス。あなたにも懺悔が必要になりますわね」 人の秘密を勝手に知るのは、極重罰ですわ。*「大変、お待たせしました」 学生の前に人肌に温めておいたカップを置き、「罪の器」であるコーヒーポットに抽出したコーヒーを注いでいきます。絹糸のように
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