Chapter: 第五十七話「…………え?」 脳裏に、あの写真の少女の笑顔が浮かんだ。 玲司がずっと家族として愛していた少女。 玲司が、私の母に殺されたのだと信じていた少女。 そして――私の命を救うための手術の裏で、命を落とした少女。 あの子が――。 「妹……?」 声にならないほど小さな言葉が、震える唇から零れ落ちた。 「いきなりこんなことを聞かされて、戸惑うでしょうね。でも、事実よ」 鷹宮麗華は眉をわずかに歪め、痛ましげな表情を浮かべる。 けれど、それすらもどこか演技がかって見えて仕方がなかった。 「幼い頃、まだ赤ん坊だったあなたたち姉妹は、二人そろって星見の丘に預けられたそうよ。ご両親は事故で亡くなったと聞いているわ」 「私たちの……両親が……」 また新しい事実が頭の中へ押し込まれ、理解が追いつかない。 それでも鷹宮麗華は、こちらが飲み込むのを待つことなく言葉を続けた。 「そして、その少しあと。子供を産めない身体になっていた美玲さんが、あなたを引き取ったの」 「……どうして?」 「え?」 「どうして、私だけなんですか?」 気づけば身を乗り出していた。 「双子だったんでしょう? どうして私だけが引き取られて、紗良さんは施設に残されたんですか?」 もし二人が姉妹だったのなら。 もし同じ場所で生まれ、同じ場所へ預けられたのなら。 どうして人生は、そこで二つに分かれたのだろう。 「さあ。それは私にもわからないわ」 鷹宮麗華はあっさりと答えた。 「それこそ、当時あなたを迎えた本人たちに聞かないと」 その視線が父へ向けられる。 私も、ゆっくりと父を見た。 「……お父さん」 しばらく黙っていた父は、観念したように重く息を吐いた。 「当時、美玲はまだ研修医だった。俺も仕事に追われていた。乳児を二人同時に育てる余裕などなかった」 「だから……一人だけ?」 「ああ」 「私を選んだ理由は?」 父の表情が僅かに強張る。 「……お前を選んだのは美玲だ」 「どうして私だったの?」 「知らん」 「知らないって……」 「本当に知らないんだ。美玲がお前を引き取りたいと言った。俺はそれに同意しただけだ」 あまりにも淡々とした言葉だった。 それだけで、私と紗良さんの人生が分かれたというの? そんな
Last Updated: 2026-09-02
Chapter: 第五十六話「…………」 まったく想像していなかった人物の登場に、私は言葉を失った。 「千影。挨拶くらいしたらどうだ」 父の咎めるような声に、ようやく我に返る。 「……久我千影です」 自分の夫の浮気相手の母親。 そして、父が私と母を捨てて選んだ女。 そんな相手に頭を下げなければならないことが、どうにも腑に落ちなかった。 「一度、会ってお話をしてみたかったの」 私の胸の内を知ってか知らずか、鷹宮麗華は余裕の笑みを絶やさない。 むしろ、私がどんな反応を示すのか楽しんでいるように、唇の端をさらに持ち上げた。 「さあ、立ち話もなんですし、座ってくださいな」 ゆっくりと近づいてくると、ソファへ手を向けて席を促してくる。 ふわりと、甘い香水の匂いが鼻をついた。 この部屋に入った時から漂っていた香り。 どうやら、その主は彼女だったらしい。 まるで自分こそがこの部屋の主人だと言わんばかりの態度が、余計に鼻についた。 促されるままソファへ腰を下ろす。 その向かい側に、父と鷹宮麗華が並んで座った。 「……いったい、私に何の用ですか?」 警戒を隠さず問いかけると、鷹宮麗華はどこか愉快そうに目を細めた。 「そんな怖い顔をなさらないで。言ったでしょう? 少しお話がしたいだけよ」 「話?」 「ええ」 一度、鷹宮麗華の視線が父へ向く。 父は苦虫を噛み潰したような表情で黙っていた。 その態度に、嫌な予感が胸の奥で膨らんでいく。 彼女は再び私を見ると、微笑みを崩さないまま言った。 「あなたの出自についてよ」 心臓が、大きく跳ねた。 「……私の?」 「麗華」 低い声で父が遮る。 「その話はするな」 「あら。どうして?」 「関係のないことだ」 「関係ない?」 鷹宮麗華がくすりと笑う。 「この子はその真実を知るために、わざわざあなたのところまで来たんじゃないの?」 「……何を言ってるんですか?」 二人を交互に見る。 父は露骨に目を逸らした。 その瞬間、背筋に冷たいものが走った。 「お父さん」 「…………」 「私に何を隠してるの?」 「お前には関係ないと言っている」 「私の出自の話なんでしょう!? だったら関係ないわけないじゃない!」 思わず声を荒らげるけど父は答えない。
Last Updated: 2026-08-31
Chapter: 第五十五話 玲司がホールを去ったあと、私は一人、舞台の上に取り残されていた。 静まり返った客席を見つめながら、張り詰めていた息をゆっくりと吐き出す。 正直に言えば――ほっとしていた。 私の演奏を聴いて、玲司が何を思ったのか。 何を感じたのか。 それを聞くのが、怖かった。 あの曲を弾いたことで、玲司は気づいたのかもしれない。 星見の丘で、幼い彼と紗良さんの前でヴァイオリンを弾いた少女が、私だったのだと。 それを知った玲司の中で、何かが変わったのだろうか。「…………」 私は無意識に、自分のお腹へ手を添えていた。 そこにはもう、何もない。 それでも時々、こうして触れてしまう。 もしもっと早く、玲司が知っていたら。 あの頃、星見の丘で出会っていた少女が私だったと知っていたら。 私に向ける感情も、少しは違っていたのだろうか。 そして、私のお腹にいたあの子に向ける感情も。 もしかしたら、あんなことにはならなかったのかもしれない。 私たちの運命そのものが、大きく変わっていたのかもしれない。「……やめよう」 小さく呟き、首を横に振る。 そんなことを考えても仕方がない。 どれだけ考えたところで、過去は変わらない。 玲司との間にできた溝も。失った命も。私に残された時間も。 すべて、もう起きてしまったことなのだから。 視線を落とすと、私の手には玲司が置いていったヴァイオリンがあった。 そのネックを握る手に、自然と力がこもる。 変えられない過去に縋るよりも、今やるべきことがある。 私たちをここまで振り回してきたもの。 私たちの悲劇の始まりとなった――紗良さんの事故。 あの日、いったい何があったのか。 どうして紗良さんは亡くなったのか。 母は、本当に玲司が思っているようなことをしたのか。 その裏に何があったのか私は知らなければならない。 たとえ、その先にどんな真実が待っていたとしても。 今まで以上に、そう強く思った。 『このあと三十分後に本社へ来い』 父からそんな連絡が届いたのは、ホールを出て間もなくのことだった。 三十分後って。 人の都合なんてまるで考えていない。 相変わらず勝手な人だと思いながらも、私は朝霧ファーマトレードの本社へ向かった。 こ
Last Updated: 2026-08-29
Chapter: 第五十四話【玲司side】 確信があったわけじゃない。 ただ、ずっと胸の奥に引っかかっているものがあった。 気のせいだと何度も切り捨てようとした。 むしろ、そうであってほしかった。 星見の丘で、幼い俺と紗良の前でヴァイオリンを弾いた少女。 俺はずっと、あの少女が香澄だったのだと思っていた。 香澄自身がそう言ったからだ。 施設に残されていた記録。 そして、あいつがヴァイオリンを弾いていたこと。 偶然だと言ってしまえば、それまでだ。 だが、一度芽生えてしまった疑念は消えてくれなかった。 ――あの日、ヴァイオリンを弾いていた少女は、本当に香澄だったのか? もしかすると、あれは――千影だったんじゃないのか。 だから俺は確かめたくなった。 いや、本当は確かめたくなんかなかった。 違っていてほしかった。 千影にヴァイオリンを弾けと言ったあとも、何を弾かせるのか最後まで迷っていた。 他の曲なら意味がない。 あの日の少女かどうか確かめるなら、あの曲しかなかった。 それでも、口にする瞬間まで躊躇した。 もし、本当にそうだったら。 一度すべてを失い、裏切られたと思っていた俺の前に現れて、再び生きる理由を与えてくれたと思っていた香澄が――俺に嘘をついていたのだとしたら。 そして、俺が憎み続けた千影が――俺が何度も傷つけた女が。 ずっと昔に、俺を救っていた人間だったとしたら。 ステージの中央に立つ千影がヴァイオリンを構える。 弓が弦へ触れ、最初の一音が誰もいないホールへ響く。 俺は音楽に詳しいわけじゃない。 だが、そんな素人の俺でも分かるほど酷い演奏だった。 かつてプロとして舞台に立っていた人間の演奏とは思えない。 音はかすれ、ときおり震え、音程も何度となく外れる。 原因は、香澄に火傷を負わされ、白い包帯に覆われたあの左手。 指を弦へ押しつけるたび、千影の眉が僅かに歪む。 それでも千影は弾くことをやめなかった。 「……っ」 胸の奥がざわついた。 聞くに堪えないほど崩れた演奏のはずなのに。 なぜだ? どうして俺は耳を塞ぐことができない? どうして目を逸らせない? 弓が弦を擦り、旋律が流れていく。 音が積み重なるたびに、胸の奥に沈んでいた古い記憶が浮
Last Updated: 2026-08-27
Chapter: 第五十三話 私はステージへと上がり、客席へ振り返った。 広いホールに並ぶ無数の座席。 その中央、最前列に玲司たった一人が座っていた。 ヴァイオリニストとして活動していた頃、何度もこの舞台に立った。 本番はもちろん、リハーサルだってスタッフや関係者が何人も客席にいた。これほど観客の少ない演奏なんて、たぶん初めてだ。 なのにどうしてだろう。 今まで経験してきたどんな大舞台よりも、心臓がうるさかった。 静まり返ったホールのせいだろうか。 それとも――たった一人の観客が玲司だからだろうか。 考えるのが馬鹿らしくなって、私はヴァイオリンを肩に乗せる。 「何を弾けばいいの?」 問いかけると、玲司はすぐには答えなかった。 薄暗い客席から、じっとこちらを見つめている。 やがて僅かに視線を落とし、低い声で告げた。 「……《愛の挨拶》」 「え……」 思わず弓を持つ手が止まった。 よりによって、その曲だった。 エルガーの《愛の挨拶》。 幼い頃、母に連れられて訪れた児童養護施設――星見の丘。 そこで私が、子供たちの前で初めて弾いた曲。 そしてあの日、幼い玲司もそこにいた。 だけど玲司は、あの時ヴァイオリンを弾いていた少女が私だったということを覚えていなかったはずだ。 まして、大人になって再会してから、私は玲司の前で《愛の挨拶》を弾いたことなんて一度もない。 それなのに、どうして。 「……玲司」 呼びかけても、玲司は何も言わなかった。 私はその顔をじっと見つめる。 何を考えているのか分からない、冷たい瞳。 何度、その目に昔のような温もりが戻ることを期待しただろう。 何度、期待してそのたびに裏切られたことだろう。 もう玲司に期待しない。この人が私をどう思っていようと知ったことじゃないと、そう決めたはずなのに。 私がようやく玲司を見限ろうと思ったあとに、この男はほんの少しだけ、期待したくなるようなものを見せてくる。 今だってそうだ。どうして《愛の挨拶》なの? もしかして何か思い出したの? あの頃の私に、気づいたの? 「……ほんと、むかつく」 小さく呟く。 玲司には聞こえなかっただろう。 本当に、何なのだろう。この男は。 私を散々傷つけておいて。 何もか
Last Updated: 2026-08-25
Chapter: 第五十二話 玲司の表情から、一瞬で色が消えた。 「……なんだと? 正気か、お前」 玲司が立ち上がった。 先ほどまでの冷静さは消え、その声には明らかな焦りが滲んでいた。 「もちろん正気よ」 「ふざけるな!」 怒鳴り声がホール中に響き渡った。 「でも、そんなことにはならないと思ってる」 「……何?」 「私は信じてるもの」 胸元に手を置く。 「お母さんは身勝手だし、頑固だし、人に言えないことだってたくさん抱えてる。でも……自分の利益のためだけに、誰かを不幸にできる人じゃない」 玲司は何も言わない。 「それがたとえ――」 一度、息を呑む。 「私の命を救うためだったとしても」 玲司の目をまっすぐ見た。 「だから調べるの。お母さんが無実だって証明するためだけじゃない。私自身が真実から逃げないために。 奏人先輩だって、そのために協力してくれているだけよ」 私は僅かに顎を上げる。 「だから、もう邪魔しないで」 「邪魔だと?」 「そうよ。いちいち奏人先輩のことで絡んでこないで。誰と会おうと私の自由でしょう」 玲司の眉間に皺が寄る。 「お前は俺の妻だ」 「だから何?」 「夫の知らないところで、他の男とこそこそ会うことなど許さん」 「じゃあ堂々と会えばいいわけ?」 「そういう問題ではない」 「やましいことなんて何もないわ。あなたと一緒にしないで」 「……何?」 玲司の声が低くなる。 「香澄さんとは随分堂々と会ってたじゃない」 「それは――」 「私は奏人先輩に恋愛感情なんてない。向こうだって、今はそんなこと考えてないわ。ただ協力してくれているだけ」 そこで少し間を置く。 「少なくとも、妻がいるのに他の女との間に子供を作るようなことはしてない」 「……」 玲司の口が閉じた。 言い返せないのだろう。 少しだけ胸がすっとした。 「もういいでしょう。私、行くから」 席を立つ。 「待て」 「何?」 呼び止められ、振り返る。 玲司は少しの間、何かを迷うように私を見ていた。 それから、不意に通路側へ歩き出す。 何をするのかと思って見ていると、彼は最前列の端に置かれていた黒いケースを手に取った。 見覚えのある形。呼吸が止まった。 「それ……」 玲司が留め具を外す。
Last Updated: 2026-08-23
Chapter: エピローグ──こうして、俺たち推理部が受けた初めての本格的な依頼は、幕を下ろした。 すべてが明らかになったわけじゃない。 事件の裏には、まだ解けていない謎がいくつも残されている。 あの日、なぜ屋上の鍵が職員室から盗まれていたのか。 事件当日、校舎内の防犯カメラには、なぜ誰の姿も映っていなかったのか。 朝早く、誰が職員室の鍵を開けていたのか。 ──佐倉美月先輩が、どうしてあの時、職員室に入れたのか。 点と点は繋がったようで、まだ線にはなっていない。 そして綾野奏斗。 彼は、真相が明るみに出た後も、何ひとつ語ろうとはしなかった。 まるで終わった役割を果たした人形のように、口を閉ざしたままだ。 けれど、その後の報せはあまりにも突然だった。 事件から数日後。 綾野は、両親と共に乗っていた車で、交通事故に遭い──死亡した。 雨の日の夜、ブレーキ痕すら残らない奇妙な事故だったという。 原因は不明。詳細な報道もないまま、ただ一行の訃報だけが新聞の隅に載った。 偶然なのか、それとも……。 真実は、まだ深い闇の中に沈んだままだ。 それでも。 あの日、あの屋上で見届けたものは、確かな救いのひとつだった。 佐倉──いや、優衣は事件のあと、推理部に入った。 最初は戸惑いもあっただろう。けれど今では、俺たちと一緒に、校内のあちこちを駆け回っている。 ときには真剣に、ときには口喧嘩しながら。 それでも確かに、彼女は前を向こうとしている。 佐倉美月先輩のことは、まだ乗り越えたとは言えない。 けれど、家族に支えられ、友人に守られ、 そして、自らの居場所を取り戻しながら、少しずつ――歩き始めている。 そうだ。 この物語に、はっきりとした勝者なんていない。 でも……少なくとも、光を見つけた者は、いたのだと思う。 そして俺たちは、この事件がまだ始まりに過ぎないことをまだ知らなかった。事件を解決するたびに、何者かの影が潜んでおり、その影は俺たち家族の死にかかわっていた……。 長きにわたる謎、因縁解決へ今歩み始めた。
Last Updated: 2026-07-06
Chapter: 終章:沈黙を破る声⑤ それから数分後、屋上には、なお沈黙の余韻が漂っていた。 綾野はその場に座り込み、もはや立ち上がる気力さえ残っていなかった。俯いたまま微動だにせず、顔の影に感情は読み取れない。そのそばで、片桐先生と仁科校長がそっと寄り添っていた。 「ここは任せろ」 短く、それでいて深い信頼を込めた片桐の声に、悠真たちはうなずいた。 推理部の三人――悠真、陸、澪。そして如月、小池、佐倉。六人は無言のまま屋上の扉へと向かい、ゆっくりとその重い扉を押し開ける。その瞬間――。 「優衣!」 甲高くも震えた声が響き、次の瞬間、ふたりの女子生徒が駆け寄ってきた。 一人はそのまま優衣に飛びつくように抱きつき、もう一人は彼女を庇うようにその前に立った。 「大丈夫!? ……ほんとに大丈夫なの!?」 「ずっとここで見てたの、あんたが屋上に行くのを……でも、何もできなくて……」 その声は涙で詰まっていた。彼女たちの表情には、ただただ心配と後悔が滲んでいた。 「……あんたが辛いのに、気づいてやれなくてごめん。でも、でもね、これからは私たちが――あんたを守るから」 「そうよ。さっきの話……全部聞こえてたけど、悪いのは綾野先輩じゃない! 優衣は……優衣は何も悪くない!」 「中学の時は両親を亡くして、今度はお姉さんが亡くなっても、毎日学校に来て、誰にも当たらないで、私たちにだってずっと気丈に接してくれて……」 「そんな優しい優衣を、責めるなんて……絶対に許さない!」 言葉が、涙とともに次々と溢れていく。優衣は、その場に立ち尽くしたまま、目を見開いていた。その視線は驚きに揺れ、そして、何かが溶けていくようだった。 そのとき、陸が一歩前に出て、口を開いた。 「……俺も、兄貴を亡くしてる。だから、わかるよ。大切な人を失ったときの気持ち、簡単には癒えないし……周りに何を言われても納得なんてできるもんじゃない。でもな、優衣ちゃん。君は――二度も、大切な人を失ったかもしれない。けど……失われていない絆も、確かに残ってるんだ」 陸は、泣きながら優衣の肩を支えるふたりの女子生徒を見た。 その視線は真っ直ぐで、どこまでも真剣だった。 「どうか、それを大事にしてほしい。俺が、こいつらを大事にしてるみたいに――」 その瞬間だった。佐倉の目から、大粒の涙がひとしずく、頬を
Last Updated: 2026-07-04
Chapter: 終章:沈黙を破る声④「勝手に死んで、勝手に人を責めて……少し言葉をかけただけで、人を殺しただなんて。バカげてる」 「……は?」 陸が呟いた。目を見開き、信じられないというように一歩前へ出る。 「お前、今……なつった?」 仁科校長は沈黙のまま綾野を見据えていた。その瞳には、鋭い光が宿っていた。 小池は口元に手を当て、震える指先を抑えるように立ち尽くしている。 「……何言ってんの、あんた……?」 如月先輩は、はっきりと声に出した。 「だってそうだろ? あれくらいで死ぬような奴なら、最初から死にたがってたんだよ!むしろ感謝されたいくらいだ。僕のおかげで、あいつは死ねたんだからな!それで僕を恨むなんて、筋違いもいいところだ!そもそも――」 綾野はゆっくりと歩を進め、佐倉の真正面に立った。 「僕が犯罪者だというなら、この女だって同じだ。証拠を捏造して、僕を殺人犯に仕立て上げた。とんでもない嘘つき女だよ。それに、殺人罪偽造の、証拠だってあるんだからな!」 佐倉は綾野を睨み返した。沈黙のなか、怒りと恐怖、そしてもう一つ、名づけがたい感情が彼女の瞳に交錯していた。 「犯罪者は、お前だけだ。綾野」 俺はそう言いながら、佐倉を庇うように綾野との間に立った。少し遅れて、陸と澪も前に出て、俺の隣に並ぶ。 「人をもてあそび、心を壊したお前と、たとえ過ちがあったとしても誰かを想って動いた優衣ちゃんを、同じ土俵に並べるな!」 「あなたは、間接的に人を殺した……その事実から、目を背けないで。……証拠もある。罪は、償うべき」 陸と澪がそう言葉を投げかけたあと、二人の言葉を引き継ぎ俺も続いた。 「確かに、お前が殺人犯だという構図は、作られた嘘——虚構だった。だが――お前は佐倉先輩を追い詰め、壊し、自らの手を汚すことなく死へと導いた。その現実は、佐倉が作り出した虚構よりも、ずっと冷たい」 言葉を区切り、口調をさらに冷たくして続けた。 「本当に恐ろしいのは、虚構が現実を超えることじゃない。現実が、それすら飲み込んでしまうほどに、邪悪だったという事実だ。お前の行いで、周囲の人間は絶望に突き落とされた、それを自覚しろ」 そして、俺はわざと不敵に笑って、軽い調子で言った。 「それに証拠?──そんなもの、どこにあるんだ?」 「……は?」 その直後、乾いた音が場を裂
Last Updated: 2026-07-03
Chapter: 終章:沈黙を破る声③「ええ、そうよ。途中までの——殺人罪を立証させる推理は、私が思った通りに推理してくれて、計画どおりになると思ったのに……」 その答えには悔しさが滲んでいた。だが、なぜかその答えを何度も繰り返し胸の内で練習してきたかのように、迷いは一切なかった。 「こんなの……直接手を下してないだけで、殺人と何が違うの?」 声がわずかに揺れた。 「支配して、追い詰めて、逃げ場を奪って……それでも自殺だからって軽く済まされるなんて、私はどうしても許せなかった」 その言葉には怒りだけでなく、長い葛藤の末に形になった痛みがにじんでいた。 如月先輩と陸が顔を見合わせる。だが、そこに浮かぶのは怒りでも非難でもなく、ただ困惑だった。 「……どういうことなんだ?」 陸が小さくつぶやき、それに応えるために俺は息を整える。 「今、説明する」 今この場を預かる者としての責任を果たそう。 「綾野は十八歳、つまり特定少年に該当します。殺人罪が適用された場合は、成人と同等の刑罰――極刑こそないが、重い罪を科される可能性がある。実際には慎重な判断が求められますが、少なくとも佐倉の思惑どおりなら、重い罪に問われていたでしょう」 澪が補足するように言葉を重ねる。 「自殺幇助も刑法上は処罰対象だけど、特定少年が対象となると、実際には大幅な減刑がなされることが多い。執行猶予付きの判決が出ることもある……つまり、殺人と比べて罪の重さがまるで違う」 「だからこそ、佐倉は殺人罪として裁かせようとした……そういうことだ」 澪から引き継いだ、俺の言葉が響いたそのとき、口を開いたのは小池だった。 彼はうつむきがちに口を開く。声は小さかったが、はっきりと響いていた。 「……僕は、佐倉先輩に……恋をしていました。ずっと伝えられなかったけど……それでも、ずっと、ずっと想ってたんです」 一瞬、彼の視線が綾野へと向く。 「でも、綾野と佐倉先輩が親しげに話しているのを見て……僕は勝手に、二人は付き合っているんだって思い込んでしまって……悔しくて、嫉妬して、どうしようもなくて……それで、生徒会室に隠しカメラを仕掛けたんです。スキャンダルでも撮れたら、って……最低な動機でした」 その顔には自己嫌悪の色が濃く滲んでいた。 「でも……そこに映っていたのは――あの動画だった」 声がわ
Last Updated: 2026-07-02
Chapter: 終章:沈黙を破る声②俺の言葉に皆が息を呑む、明かされただ真相の重さに、言葉を失っていた。それを最初に破ったのは、綾野自身だった。 「……それがどうした……結局、自分で勝手に死んだだけだろ? 自殺なんて、本人の意思だ。僕がどうこう言っても関係ないだろ!?」 「ふざけるなっ!」 怒声とともに、佐倉が綾野を睨みつける。その表情は怒りに満ちていたが、その目だけは冷たく綾野を捉えていた。 「お前がお姉ちゃんを殺したんだ! お前がいなければ……お姉ちゃんは自殺なんてしなかった!」 その姿、その静かで冷たい目を見て、俺の記憶が呼び起こされる。……あのときの、中学二年冬の全国中学推理選手権であった少女の姿を——。 「……君は、三年前の冬に全国中学推理選手権決勝で会った……あのときの……」 俺が目を細めながら口にした瞬間、佐倉は小さく、皮肉めいた笑みを浮かべた。 「ようやく気づいたのね。あの大会の決勝であなたと戦ったのは、私よ」 その声はとても凍てつくように冷たかった。 「……あの大会の帰り道、私はひどく落ち込んでいた。応援してくれた父と母の顔を見るのが辛くて、車の中でずっと黙りこんでたの。でも、父は私を励まそうとして何度もこちらを見た……そして――そのとき……」 言葉を切った佐倉の視線が、遠く過去を見つめるように揺れる。 「運転していた父は、対向車に気づくのが遅れた。正面衝突だった。助手席にいた母と、ハンドルを握っていた父……二人とも、その場で亡くなったわ」 「……それは……」澪が、絞り出すように声を上げかけた。 佐倉はわずかにうなずき、遮るように言葉を継ぐ。 「ええ。もちろん、彼に責任はない。事故は事故よ。わかってる……頭では。でも――簡単に割り切れるものじゃない」 声がかすれた。だが次の瞬間には、その表情がまた冷たい仮面を取り戻していた。 「だから、精々あなたの推理力を利用させてもらおうと思ったのよ。あの男を殺人犯に仕立てあげるために」 彼女の目が再び綾野に向く。 「お姉ちゃんの遺体からあの鍵を拾ったのも私。すべては計画の一部。あなたたちが真相にたどり着くように、導いてきたの……最後の最後で、台無しにしてくれたけどね」 その吐き捨てるような言葉に、一瞬、場の空気が凍りついた。 「優衣ちゃん……それって……」 如月先輩が、顔をこわばら
Last Updated: 2026-07-01
Chapter: 終章:沈黙を破る声① 異変に気づいたのは、お風呂から上がって自室に戻ろうとしたときだった。 その日、お姉ちゃんは朝早く登校したのになぜか帰宅して、学校の授業を休んで家にいるはずだった。なのに、部屋の前に立っても、扉の向こうからは何の気配も感じられない。トイレかもしれない一瞬、そんな考えがよぎった。 でも、胸の奥に小さなざわつきが広がり、理由のない不安が膨らんでいった。 嫌な予感がして私は、居間、洗面所、台所、玄関……家中を駆け回るように探した。 けれど、どこにもいなかった。 不安は、じわじわと恐怖へと変わっていった。 まさか──その言葉が脳裏をよぎると同時に、私はパジャマのまま外へ飛び出していた。夜の町を走った。冷たい風が肌を刺した。でも、それすら感じなかった。向かったのは、旧校舎。なぜそこなのかはわからない。ただ、直感が告げていた。 そして──屋上のフェンスの先に、身を乗り出すお姉ちゃんの姿を見た。 「なにをしてるの──」 その言葉が口を出るより早く、お姉ちゃんの身体はふわりと宙に浮き、闇へと消えていった。叫ぶ間も、考える間もなかった。私はただ、足が千切れるほど走っていた。そして、地面に叩きつけられたお姉ちゃんのもとへ駆け寄った。血の色が、夜の光に鈍く滲んでいた。声をかけるまでもなく、その姿を見た瞬間、すべてが終わったとわかった。 そのとき、気づいた。お姉ちゃんの右手が、何かをしっかりと握りしめていた。 震える指でそっと開いてみると、そこにあったのは一つの鍵。 タグには「屋上」と書かれていた。 ……次に意識をはっきり取り戻したとき、私は自宅の自室にいた。 どれだけの時間が経っていたのかはわからない。ただ、手の中にはひとつの鍵が握られ、そのタグには『屋上』の二文字があった。 それを見た瞬間、初めて感情が溢れ出した。涙ではない。嗚咽でもない。もっと、得体の知れない、深く黒いものが胸の奥から込み上げてきた。怒りとも違う。悲しみとも違う。 ——その数日後、真相を知った時、その深く黒いものは『復讐心』という明確な形を成した——。*** 動画は、淡々と終わった。だがその余韻は、屋上に集まる全員の胸に重く沈殿した。 明かされた真実は、衝撃的だった。 それは、綾野奏斗による佐倉美月への――自殺幇助。 ただの自殺ではない
Last Updated: 2026-06-30
Chapter: エピローグ 明日へ「ふぅーっ……」 エリカに想いを伝えた、あの夜から一夜明けた朝。 俺は彼女の部屋の前で深く息を吐き、胸の奥に渦巻く気持ちをなんとか落ち着けようとしていた。 告白したこと。 彼女の言葉を受け取ったこと。 ぐるぐると頭の中を巡って、ほとんど眠れなかった。 ――たぶん、人生で一番、大きな出来事だったと思う。 だからこそ、期待してしまう自分がいた。 昨日のあれがきっかけで、少しでも何かが変わるんじゃないかって。 覚悟を決めて、ドアノブを握り、ゆっくりと扉を開ける。 「……」 部屋の中では、エリカがいつも通りぐっすりと眠っていた。 だけど、よく見ると……目元には、昨日流した涙の痕がうっすらと残っている。 「エリカ、起きて」 「ん……直央くん? おはよ〜……」 ぼさぼさの髪のまま、眠たげな目をこすりながら、彼女はそっと顔を上げた。 「おはよう……エリカ。今日は何月かわかるか?」 「え、なに急に? 三月でしょ」 その答えに、俺はそっと目を伏せた。 やっぱり……まだ変わっていなかった。 今は七月も後半。季節は、もうとっくに夏だ。 「……日記、読んでみろ」 「ん~? 日記? ……うん、わかったぁ~」 まだ頭がぼんやりしているのか、エリカは小さく首をかしげながらも、素直に机の上にある日記を手
Last Updated: 2026-02-06
Chapter: 日記61 希望 ――エリカが、死ぬ? “いま目の前にいる、この大好きな女の子が、あと数分でいなくなる”。 その意味を理解した瞬間、俺の足元から力が抜けた。 よろけながら近くの机に手をつくも、うまく支えきれず、そのまま膝をついて崩れ落ちる。 その拍子に、机の上にあった一冊のノートが床へ滑り落ちた。 エリカの――人物図鑑。 ぱらり、と開かれたページには、真司と茉莉花のことが丁寧にまとめられていた。 幼なじみで、毎日一緒にいるような二人でさえ……記録していないと、その存在すら曖昧になってしまうという現実。 ――俺たちは、当たり前のように“昨日”を背負って“今日”を生きているのに。 エリカだけが、時間に取り残されている。 そして―― 俺の目の前にいる“今日のエリカ”は、昨日までの彼女とは違う、別の“新しい存在”なのだという事実が、胸を容赦なく締めつける。 震える手で、無意識にページをめくる。 そして、辿り着いたのは―― 《エリカの人物図鑑ファイル No.000-A》■名前:雨宮直央(あまみや・なお)■学年:高校一年生 → 高校二年生■年齢:16歳 → 17歳直央くんは特別な存在!大切な幼なじみで、私の大好きな人! ――たった、それだけ。 けれど、その“たったそれだけ”を書いたエリカは、もうどこにもいない。 そう思っただけで、視界が滲んで、頭が真っ白になりかけた。 でも。 ふと、胸の奥に、かすかな“引っかかり”が残る。 ――それは、ほんの些細な違和感だった。 頭が真っ白になるのを必死に抑え、思考を巡らせる。(考えろ、なにか……なにか引っ掛かる……!) そのとき。「あのすごくかっこよかった直くんも忘れちゃってるんだよ。前の日は寝癖のついた頭だったのに、灯籠流しのお祭りの日には髪もちゃんとセットして、浴衣まで着て……」 涙交じ
Last Updated: 2026-01-28
Chapter: 日記60 スワンプウーマンエリカが日記を書いている間、俺はずっと黙っていた。 家に帰るまでの間、エリカが話しかけてきてもほとんど上の空だった。 「……直央くん。どうしたの?」 そっと問いかけられて顔を上げる。 心配そうに俺を見つめてくるエリカの顔を正面から見て、最近見た夢が蘇る。一年前の、あのときのエリカが――。 俺の胸が痛む、またあの壊れそうなエリカを見るのは耐えられない、君には笑顔でいてほしいだけなんだ。 気づけば、俺は口を開いていた。先週母さんと話したことなど完全に頭から抜けてしまって―― 「……思い出さなくても、いいんじゃないか」 「……え?」 思わずこぼれた言葉に、自分でも焦る。だが、もう止められなかった。 「……今はなんとか生活できてる。あんなつらい記憶を無理に思い出すより、今のままの方が――」 「どうして?」 俺の言葉を遮るように、俯いていたエリカがぽつりとつぶやいた。 「え……?」 顔を上げた彼女の目は、涙に濡れていた。 その頬を伝う雫が、言葉より先に俺の胸を締めつける。 「どうしてそんなこと言うの……? “今のままでいい”だなんて……!」 急に叫ぶように声を荒らげるエリカに俺は狼狽える。 「急にどうしたんだエリカ……!?」 けれど、エリカは止まらなかった。 「ねぇ、直央くんにわかる!? 朝起きるたびに、周りの景色が“知らないもの”になってる怖さ。 どれだけ日記を読んでも、“知らない今日”が始まることの不安が、どれだけ苦しいか……!」 「だけど……ちゃんと日記を見れば、わかるようになってるんだろ?」 「“わかる”だけで、“覚えてる”わけじゃないの! そこに“気持ち”がないの。“つながり”もない。ただの、知識なの」 日記を指差して、彼女は叫ぶ。 「ここにあるのは、昨日のエリカが残した“ただの記録”なの! 感情も、記憶も、何も――“今の私”には残ってない!」 言葉が詰まる。 エリカの声が、胸の奥をえぐるようだった。 「イルカさんたちの謎を解いたときも、日向くんに千紘ちゃんの想いが届いたことも、琴音ちゃんのおじいちゃんが記憶を思い出した瞬間も……」 彼女は、自分の胸に手を当てる。 「そのときの私が感じたこと、喜びも悲しみも、全部――“今の私”には届いてな
Last Updated: 2026-01-30
Chapter: 日記59 空き教室の謎⑥ 榊原先生には、「猫が教室に忍び込んでたんです! よく見たら窓の鍵、開いてたんです! きっと器用に開けちゃったんですよ!」という、どこまでも無理がある言い訳を、エリカの勢いと笑顔で押し切った。 当然ながら先生の目は明らかに怪しんでいたが──深く追及はせず、「約束は約束だから」と言って、教室の使用を許してくれた。 「ふ~んふふんふ~ん♪」 エリカは鼻歌まじりに、ご機嫌で俺の隣を歩いている。 「よかったな。教室、使えるようになって」 「うんっ!念願の探偵事務所だよ! これからいっぱい依頼が来ちゃうかも~!」 エリカは小さな拳をきゅっと握って、高く掲げる。目がきらきらと輝いていて、テンションは完全に最高潮だ。 「明日から、さっそくお片づけだね!使えるように整えなきゃ!」 と、そこでふと、彼女の表情が変わった。 横顔から俺の方へ視線を向け、まっすぐに真剣な眼差しを向けてくる。 「ねぇ、直央くん。……いつも私の思いつきに付き合ってくれるのは知ってるけど、今回のことは、なんだか直央くんの方が気合い入ってる気がするんだよね。やっぱり、私のため?」 無邪気なようでいて、鋭い。 何も考えていないようでいて、周囲の空気も、人の気持ちも、ちゃんと見ている。 そして、本当に必要なことを、ちゃんとわかってる。 「うん。エリカがやりたい“謎解き”を通して、なにか……新しい刺激が見つかるんじゃないかって思ったんだ。きっかけって、案外そういうところに転がってるから」 俺がそう答えると、エリカはぱっと笑って、そして優しく言った。 「ありがとう、直央くん。私も、頑張るね」 前を向こうとしている。その瞳に、少しだけ決意が宿っていた。 ふいに、過去の記憶の残像が、脳裏に淡くよみがえる。 ――棺の蓋は、最初から閉じられていた。 白い布に包まれた棺の前で、誰も言葉を発しなかった。まるで、そこに触れてはいけない何かがあるように。 “お顔は……お見せできない状態です” そう告げた葬儀社の人の声だけが、妙に鮮明に耳に残っている。 エリカは、無言だった。 制服姿のまま、ただまっすぐに棺を見つめていた。涙ひとつこぼさず、唇ひとつ動かさず。 まるで、壊れかけの人形のように無表情だった。 遺影に映る笑顔だけが、そこにあった。 だ
Last Updated: 2026-01-19
Chapter: 日記58 空き教室の謎⑥「でも、どうやって教室に入ったの? あそこ、密室だったよね?」「うーんとね、窓の鍵が開いてたからだよっ!」 ……って言われても、全然ピンとこない。だって、さっき見たときは、どう見ても鍵はちゃんと閉まってたように見えたし。「あ、それはですね。こういう仕掛けなんです」 花守さんに連れられて、俺たちは窓の前へ。「このテープを、鍵のツメとレバーの間に貼ってから鍵を閉めると──ほら、見た目はちゃんと閉まってるように見えるんです」 言いながら、花守さんはぺたりとテープを貼って、カチリと鍵を回す。「あっ、爪が届いてない!」 なるほど。テープが間に挟まってるせいで、見かけだけはロックされてるけど、実は引っかかってない。つまり――「だから、外から押せば、簡単に窓が開いちゃうんですよ」「すごいね、花守さん………こんなこと、よく思いついたね?」「えへへ……ミステリー小説が大好きでして。それをちょっと思い出しちゃって!」 俺がそういうと、花守さんはちょっと照れたようにはにかんだ。 さっき鍵のところにリストバンドの繊維がついていたのも、テープを貼っていたからなんだと気づいた。「でもさ~、やってることはダメなやつだよ? 茉莉花ちゃんとか先生が知ったら、怒られちゃうよ~?」 エリカがいたずらっぽく言うと、「ひぃ~っ、それだけはご勘弁を~!」 花守さんは勢いよく頭を下げて、さらにその頭の上で手を合わせた。「部活がちょっとキツくてですね……。5月に先生とここに備品を取りに来たとき、だれも使ってないって聞いて、つい、魔が差しちゃいました」 要するに、バスケ部がめっちゃ厳しくなって、こっそりサボるためにこの教室を“避難場所”にしちゃったらしい。「うちのバスケ部、去年から外部コーチ雇ってて、急にガチ化したらしいんですよ。私、もっとゆるいとこだと思って入ったのに……あれ? 話がちがう!って」 それでも、仲良くなった先輩や友達がいるから辞められなかったんだって。「でも、やっぱりダメだよ?こんなことしたら、まわりに迷惑かけちゃう」「……ですよね。バスケ自体は好きだし、ちゃんと頑張ってみます」 しっかり反省はしてるみたいだけど、名残惜しそうな表情も浮かべる花守さん。「だったらさ、どうしても無理なときだけ、この部屋使っていいよ。私たち、これからここを“ひらめき探偵
Last Updated: 2026-01-16
Chapter: 日記57 空き教室の謎⑤「直央くん、しっ。しゃがんで、耳を澄ませて!」 エリカは素早くドアに耳をぴたりと当てる。俺もつられて同じようにすると―― カラカラ…… ……窓の開く、小さな音が聞こえた。 ――誰かが、教室の中に戻ってきた。 その瞬間。 「そこまでだよ、琴音ちゃん!」 バンッ! エリカが勢いよくドアを開けた。 「ひぃっ!?」 中にいたのは、驚いたように目を見開き、机の下に隠れようとしてそのまま固まって、こちらを見つめる── 花守さんだった。 花守さんは、ドアの向こうにいた僕たちを見て、ぴたりと動きを止めた。まるで時間が止まったみたいに、固まったまま。 そんな彼女を見て、エリカはゆっくりと一歩前に出ると── 「この教室に、不法侵入して……隣の手芸部の子たちを怖がらせた犯人は……」 一度、目を閉じて深呼吸。溜めを作る。その動きがやたらサマになっている。 「あなたよ、琴音ちゃん!」 ビシィッ! キリッとしたバッチリ決まった表情で、エリカが花守さんを指差した。 「ひぃぃ、ごめんなさいぃぃ……っ。つい出来心で……!」 うん、ノリが良いなこの子。 「……花守さん、どうしてここに?」 俺が聞くと、花守さんは目を泳がせながら答えを探す。 「え、えーと……その……」 「部活、サボるためだよね~?」 エリカがジト目でにやにやしながら追い打ちをかける。 「……は、はいぃ……」 罰が悪そうに視線をそらし、しょんぼりうなだれる花守さん。リスか小動物みたいでちょっとだけ罪悪感。 でも、気になってたことを聞いてみた。 「……エリカ、どうして花守さんが中にいるって、分かったの? 姿も見てなかったよね?」 そう、エリカは教室に入る前から、名前までバッチリ呼んでた。あの確信、どこから来た? 「それはね~。さっき琴音ちゃん、校庭走ってくるって言ってたでしょ? それとね、窓の鍵に青っぽい繊維がついてたの!」 そう言って、ドヤ顔エリカが「どうだ!」と胸を張る。 うん、やっぱりこうなるよね。と思いながら、 俺はもう一度、教室の中を見渡す。そして、花守さんの手首に目をやった。 ──ネイビーに白いラインが入ったリストバンド。茉莉花がよく着けてる、女子バスケ部のやつだ。 さらに思い出す
Last Updated: 2026-01-12