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久遠遼
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Romane von 久遠遼

ひらめき探偵エリカは毎日が新鮮

ひらめき探偵エリカは毎日が新鮮

泣けるハッピーエンド探偵天才幼なじみ学園誤解記憶喪失憂鬱
小さなクラス内事件をきっかけに、金髪の美少女・海堂エリカは「探偵事務所(謎解き部)」を立ち上げる。 幼馴染みの雨宮直央は、そんな彼女に巻き込まれながら、止まった時間を動かすように歩き出す。 次々と舞い込む日常の謎を解き明かす二人。 だが、彼らはまだ――あの日の痛みを抱えたまま、笑っていた。 そして、誰も気づかなかった“もう一つの謎”が、静かにその輪郭を現していく――。 それでも、蒼眼の名探偵は今日も笑顔で叫ぶ。 「ひらめいた!」
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Chapter: エピローグ  明日へ
「ふぅーっ……」 エリカに想いを伝えた、あの夜から一夜明けた朝。 俺は彼女の部屋の前で深く息を吐き、胸の奥に渦巻く気持ちをなんとか落ち着けようとしていた。 告白したこと。 彼女の言葉を受け取ったこと。 ぐるぐると頭の中を巡って、ほとんど眠れなかった。 ――たぶん、人生で一番、大きな出来事だったと思う。 だからこそ、期待してしまう自分がいた。 昨日のあれがきっかけで、少しでも何かが変わるんじゃないかって。 覚悟を決めて、ドアノブを握り、ゆっくりと扉を開ける。 「……」 部屋の中では、エリカがいつも通りぐっすりと眠っていた。 だけど、よく見ると……目元には、昨日流した涙の痕がうっすらと残っている。 「エリカ、起きて」 「ん……直央くん? おはよ〜……」 ぼさぼさの髪のまま、眠たげな目をこすりながら、彼女はそっと顔を上げた。 「おはよう……エリカ。今日は何月かわかるか?」 「え、なに急に? 三月でしょ」 その答えに、俺はそっと目を伏せた。 やっぱり……まだ変わっていなかった。 今は七月も後半。季節は、もうとっくに夏だ。 「……日記、読んでみろ」 「ん~? 日記? ……うん、わかったぁ~」 まだ頭がぼんやりしているのか、エリカは小さく首をかしげながらも、素直に机の上にある日記を手
Zuletzt aktualisiert: 2026-02-06
Chapter: 日記61 希望
 ――エリカが、死ぬ? “いま目の前にいる、この大好きな女の子が、あと数分でいなくなる”。 その意味を理解した瞬間、俺の足元から力が抜けた。 よろけながら近くの机に手をつくも、うまく支えきれず、そのまま膝をついて崩れ落ちる。 その拍子に、机の上にあった一冊のノートが床へ滑り落ちた。 エリカの――人物図鑑。 ぱらり、と開かれたページには、真司と茉莉花のことが丁寧にまとめられていた。 幼なじみで、毎日一緒にいるような二人でさえ……記録していないと、その存在すら曖昧になってしまうという現実。 ――俺たちは、当たり前のように“昨日”を背負って“今日”を生きているのに。 エリカだけが、時間に取り残されている。 そして―― 俺の目の前にいる“今日のエリカ”は、昨日までの彼女とは違う、別の“新しい存在”なのだという事実が、胸を容赦なく締めつける。 震える手で、無意識にページをめくる。 そして、辿り着いたのは―― 《エリカの人物図鑑ファイル No.000-A》■名前:雨宮直央(あまみや・なお)■学年:高校一年生 → 高校二年生■年齢:16歳 → 17歳直央くんは特別な存在!大切な幼なじみで、私の大好きな人! ――たった、それだけ。 けれど、その“たったそれだけ”を書いたエリカは、もうどこにもいない。 そう思っただけで、視界が滲んで、頭が真っ白になりかけた。 でも。 ふと、胸の奥に、かすかな“引っかかり”が残る。 ――それは、ほんの些細な違和感だった。 頭が真っ白になるのを必死に抑え、思考を巡らせる。(考えろ、なにか……なにか引っ掛かる……!) そのとき。「あのすごくかっこよかった直くんも忘れちゃってるんだよ。前の日は寝癖のついた頭だったのに、灯籠流しのお祭りの日には髪もちゃんとセットして、浴衣まで着て……」 涙交じ
Zuletzt aktualisiert: 2026-01-28
Chapter: 日記60 スワンプウーマン
エリカが日記を書いている間、俺はずっと黙っていた。 家に帰るまでの間、エリカが話しかけてきてもほとんど上の空だった。 「……直央くん。どうしたの?」 そっと問いかけられて顔を上げる。 心配そうに俺を見つめてくるエリカの顔を正面から見て、最近見た夢が蘇る。一年前の、あのときのエリカが――。 俺の胸が痛む、またあの壊れそうなエリカを見るのは耐えられない、君には笑顔でいてほしいだけなんだ。 気づけば、俺は口を開いていた。先週母さんと話したことなど完全に頭から抜けてしまって―― 「……思い出さなくても、いいんじゃないか」 「……え?」 思わずこぼれた言葉に、自分でも焦る。だが、もう止められなかった。 「……今はなんとか生活できてる。あんなつらい記憶を無理に思い出すより、今のままの方が――」 「どうして?」 俺の言葉を遮るように、俯いていたエリカがぽつりとつぶやいた。 「え……?」 顔を上げた彼女の目は、涙に濡れていた。 その頬を伝う雫が、言葉より先に俺の胸を締めつける。 「どうしてそんなこと言うの……? “今のままでいい”だなんて……!」 急に叫ぶように声を荒らげるエリカに俺は狼狽える。 「急にどうしたんだエリカ……!?」 けれど、エリカは止まらなかった。 「ねぇ、直央くんにわかる!? 朝起きるたびに、周りの景色が“知らないもの”になってる怖さ。 どれだけ日記を読んでも、“知らない今日”が始まることの不安が、どれだけ苦しいか……!」 「だけど……ちゃんと日記を見れば、わかるようになってるんだろ?」 「“わかる”だけで、“覚えてる”わけじゃないの! そこに“気持ち”がないの。“つながり”もない。ただの、知識なの」 日記を指差して、彼女は叫ぶ。 「ここにあるのは、昨日のエリカが残した“ただの記録”なの! 感情も、記憶も、何も――“今の私”には残ってない!」 言葉が詰まる。 エリカの声が、胸の奥をえぐるようだった。 「イルカさんたちの謎を解いたときも、日向くんに千紘ちゃんの想いが届いたことも、琴音ちゃんのおじいちゃんが記憶を思い出した瞬間も……」 彼女は、自分の胸に手を当てる。 「そのときの私が感じたこと、喜びも悲しみも、全部――“今の私”には届いてな
Zuletzt aktualisiert: 2026-01-30
Chapter: 日記59 空き教室の謎⑥
榊原先生には、「猫が教室に忍び込んでたんです! よく見たら窓の鍵、開いてたんです! きっと器用に開けちゃったんですよ!」という、どこまでも無理がある言い訳を、エリカの勢いと笑顔で押し切った。 当然ながら先生の目は明らかに怪しんでいたが──深く追及はせず、「約束は約束だから」と言って、教室の使用を許してくれた。 「ふ~んふふんふ~ん♪」 エリカは鼻歌まじりに、ご機嫌で俺の隣を歩いている。 「よかったな。教室、使えるようになって」 「うんっ!念願の探偵事務所だよ! これからいっぱい依頼が来ちゃうかも~!」 エリカは小さな拳をきゅっと握って、高く掲げる。目がきらきらと輝いていて、テンションは完全に最高潮だ。 「明日から、さっそくお片づけだね!使えるように整えなきゃ!」 と、そこでふと、彼女の表情が変わった。 横顔から俺の方へ視線を向け、まっすぐに真剣な眼差しを向けてくる。 「ねぇ、直央くん。……いつも私の思いつきに付き合ってくれるのは知ってるけど、今回のことは、なんだか直央くんの方が気合い入ってる気がするんだよね。やっぱり、私のため?」 無邪気なようでいて、鋭い。 何も考えていないようでいて、周囲の空気も、人の気持ちも、ちゃんと見ている。 そして、本当に必要なことを、ちゃんとわかってる。 「うん。エリカがやりたい“謎解き”を通して、なにか……新しい刺激が見つかるんじゃないかって思ったんだ。きっかけって、案外そういうところに転がってるから」 俺がそう答えると、エリカはぱっと笑って、そして優しく言った。 「ありがとう、直央くん。私も、頑張るね」 前を向こうとしている。その瞳に、少しだけ決意が宿っていた。 ふいに、過去の記憶の残像が、脳裏に淡くよみがえる。 ――棺の蓋は、最初から閉じられていた。 白い布に包まれた棺の前で、誰も言葉を発しなかった。まるで、そこに触れてはいけない何かがあるように。 “お顔は……お見せできない状態です” そう告げた葬儀社の人の声だけが、妙に鮮明に耳に残っている。 エリカは、無言だった。 制服姿のまま、ただまっすぐに棺を見つめていた。涙ひとつこぼさず、唇ひとつ動かさず。 まるで、壊れかけの人形のように無表情だった。 遺影に映る笑顔だけが、そこにあった。 だ
Zuletzt aktualisiert: 2026-01-19
Chapter: 日記58  空き教室の謎⑥
「でも、どうやって教室に入ったの? あそこ、密室だったよね?」「うーんとね、窓の鍵が開いてたからだよっ!」 ……って言われても、全然ピンとこない。だって、さっき見たときは、どう見ても鍵はちゃんと閉まってたように見えたし。「あ、それはですね。こういう仕掛けなんです」 花守さんに連れられて、俺たちは窓の前へ。「このテープを、鍵のツメとレバーの間に貼ってから鍵を閉めると──ほら、見た目はちゃんと閉まってるように見えるんです」 言いながら、花守さんはぺたりとテープを貼って、カチリと鍵を回す。「あっ、爪が届いてない!」 なるほど。テープが間に挟まってるせいで、見かけだけはロックされてるけど、実は引っかかってない。つまり――「だから、外から押せば、簡単に窓が開いちゃうんですよ」「すごいね、花守さん………こんなこと、よく思いついたね?」「えへへ……ミステリー小説が大好きでして。それをちょっと思い出しちゃって!」 俺がそういうと、花守さんはちょっと照れたようにはにかんだ。 さっき鍵のところにリストバンドの繊維がついていたのも、テープを貼っていたからなんだと気づいた。「でもさ~、やってることはダメなやつだよ? 茉莉花ちゃんとか先生が知ったら、怒られちゃうよ~?」 エリカがいたずらっぽく言うと、「ひぃ~っ、それだけはご勘弁を~!」 花守さんは勢いよく頭を下げて、さらにその頭の上で手を合わせた。「部活がちょっとキツくてですね……。5月に先生とここに備品を取りに来たとき、だれも使ってないって聞いて、つい、魔が差しちゃいました」 要するに、バスケ部がめっちゃ厳しくなって、こっそりサボるためにこの教室を“避難場所”にしちゃったらしい。「うちのバスケ部、去年から外部コーチ雇ってて、急にガチ化したらしいんですよ。私、もっとゆるいとこだと思って入ったのに……あれ? 話がちがう!って」 それでも、仲良くなった先輩や友達がいるから辞められなかったんだって。「でも、やっぱりダメだよ?こんなことしたら、まわりに迷惑かけちゃう」「……ですよね。バスケ自体は好きだし、ちゃんと頑張ってみます」 しっかり反省はしてるみたいだけど、名残惜しそうな表情も浮かべる花守さん。「だったらさ、どうしても無理なときだけ、この部屋使っていいよ。私たち、これからここを“ひらめき探偵
Zuletzt aktualisiert: 2026-01-16
Chapter: 日記57 空き教室の謎⑤
「直央くん、しっ。しゃがんで、耳を澄ませて!」 エリカは素早くドアに耳をぴたりと当てる。俺もつられて同じようにすると―― カラカラ…… ……窓の開く、小さな音が聞こえた。 ――誰かが、教室の中に戻ってきた。 その瞬間。 「そこまでだよ、琴音ちゃん!」 バンッ! エリカが勢いよくドアを開けた。 「ひぃっ!?」 中にいたのは、驚いたように目を見開き、机の下に隠れようとしてそのまま固まって、こちらを見つめる── 花守さんだった。 花守さんは、ドアの向こうにいた僕たちを見て、ぴたりと動きを止めた。まるで時間が止まったみたいに、固まったまま。 そんな彼女を見て、エリカはゆっくりと一歩前に出ると── 「この教室に、不法侵入して……隣の手芸部の子たちを怖がらせた犯人は……」 一度、目を閉じて深呼吸。溜めを作る。その動きがやたらサマになっている。 「あなたよ、琴音ちゃん!」 ビシィッ! キリッとしたバッチリ決まった表情で、エリカが花守さんを指差した。 「ひぃぃ、ごめんなさいぃぃ……っ。つい出来心で……!」 うん、ノリが良いなこの子。 「……花守さん、どうしてここに?」 俺が聞くと、花守さんは目を泳がせながら答えを探す。 「え、えーと……その……」 「部活、サボるためだよね~?」 エリカがジト目でにやにやしながら追い打ちをかける。 「……は、はいぃ……」 罰が悪そうに視線をそらし、しょんぼりうなだれる花守さん。リスか小動物みたいでちょっとだけ罪悪感。 でも、気になってたことを聞いてみた。 「……エリカ、どうして花守さんが中にいるって、分かったの? 姿も見てなかったよね?」 そう、エリカは教室に入る前から、名前までバッチリ呼んでた。あの確信、どこから来た? 「それはね~。さっき琴音ちゃん、校庭走ってくるって言ってたでしょ? それとね、窓の鍵に青っぽい繊維がついてたの!」 そう言って、ドヤ顔エリカが「どうだ!」と胸を張る。 うん、やっぱりこうなるよね。と思いながら、 俺はもう一度、教室の中を見渡す。そして、花守さんの手首に目をやった。 ──ネイビーに白いラインが入ったリストバンド。茉莉花がよく着けてる、女子バスケ部のやつだ。 さらに思い出す
Zuletzt aktualisiert: 2026-01-12
正しさの選択

正しさの選択

現代憂鬱家族愛探偵賢い子ども天才学園復讐後悔
「姉の死の真相を……調べてください」 桐ヶ丘学園・推理部 学園内で持ち上がるさまざまな謎や依頼を解決するその部室の扉を一人の女子生徒が叩く。 彼女が持ち込んだのは、先月自殺した姉の死の真相を探ってほしいという依頼だった――。 ——『知恵を絡め取る蒼き影。その牙の奥に、扉を開く手がかりは眠る。』——。 残された謎のメッセージを手がかりに、主人公朝倉悠真は真相に迫る。
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Chapter: 第四章:沈黙の向こう側②
放課後、推理部部室。「……以上が、今日の昼休みに話した内容だ。佐倉は如月先輩が犯人の可能性であることを強く否定していた。姉の親友だったから、そんなことをするはずがないと」 俺は椅子にもたれながら、佐倉との会話をかいつまんで報告した。「本人とちゃんと話せばわかる、って言ってたね」 澪が横で言葉を重ねる。その表情はいつも通り淡々としているが、どこか佐倉に対する共感が感じられた。 佐倉が語った姉への想い――そして、犯人をどうしても許せないという言葉の奥にある強い感情を、陸は黙って聞いていた。少しの沈黙のあと、椅子にもたれかかりながらぽつりとつぶやく。「……正直、思ったよりずっと重い話だったな」 口調はいつもとそんなに変わらないが、その目はどこか遠くを見ていた。「家族を失っただけじゃなくて、誰かのせいで奪われたって思ってるわけだ。それを信じてここまで来てるってことは……俺ら、簡単に中途半端なことは言えねぇよな」 そして、ほんの少しだけ笑ってみせた。「ま、だからこそ燃えるけどな!優衣ちゃんが信じてくれるのなら――こっちも、本気で応えなきゃ筋が通らないってもんだろ!」 気負った様子もなく、だがどこか熱を帯びたその言葉に、澪はそっと頷き、俺もまた心の奥で同じ想いを噛みしめる。 陸は一拍置くと、窓際の机に腰をかけたまま、手の中のメモを指先で軽く弾いた。 ——パン、と小さな音が部屋に響く。「で――報告の続き、いくか!」 陸がそう言い部室の空気が、再び引き締まる。「まず――真希先輩と佐倉先輩の口論。これさ、佐倉先輩が屋上から飛び降りる前日だったらしい。口論する声が聞こえたって子がいるって聞いたぜ」「前日……?」 俺は思わず言葉を漏らした。それは偶然とは考えにくい。「……何かあったんだろうね」 澪も目線を伏せながら呟く。声に感情はほとんどなかったが、その眉間にはかすかな影が落ちていた。「演劇部の部室、窓の外からだったから、内容までは聞き取れなかったらしい。ただ、かなり言い合ってたらしくて、険悪な雰囲気なのは確かだったみたいだぜ?」 俺たちの間に、しばし沈黙が流れる。それを打ち払うように、陸は次の話題へ移った。「次、小池。小池は――やっぱり、佐倉先輩に気があったらしい。前からそれっぽい話はあったけど、今回は確かな話だぜ。んで、綾野と佐倉先輩が
Zuletzt aktualisiert: 2026-05-26
Chapter: 第四章:沈黙の向こう側①
遠い記憶の中の夕暮れだった。校舎の裏手にある小さな花壇のそばで、小学生の澪がうつむいたまま立っていた。「……ごめん、悠馬……」 その声は小さく、かすかに震えていた。だが顔を上げた澪の表情は、涙ひとつ浮かべていなかった。目元には曇りガラスのような静けさがあり、口元は感情を閉じ込めるようにわずかに結ばれていた。 長い沈黙のあと、まるで「泣いてはいけない」と言い聞かせるように、彼女は無理に笑おうとした。だが、その笑顔はうまく形にならなかった。 その様子を見ていた幼い俺は、ただそばに立ち、言葉を探した。「……澪は悪くない。誰も、悪くなんかないんだ」 俺の声もまた、少し震えていた。 彼女は何も答えなかった。ただ一歩だけ、俺のそばへと寄ってきた──。 目を覚ますと、朝の光がカーテン越しに差し込んでいた。時計の針は、まだ登校までには少しだけ余裕のある時刻を指している。 ぼんやりと天井を見つめながら、俺はしばらく動けなかった。 あの夢は、久しぶりだった。もう何年も前のことで、忘れたつもりだった。 それでも、あのときの澪の顔は、今も心のどこかに残っている。 悲しい記憶のはずなのに、誰も泣かない。誰も責めず、ただ黙って、耐えていた。 それが俺たちにとって、あの出来事の唯一の受け止め方だったのかもしれない。 そして今も、おそらく変わっていない。感情の置き場を見つけられないまま、それでも俺たちは、何も言えずに前へ進むしかなかった。*** 週明け月曜日の昼休み、旧校舎の中庭に面したベンチに、俺たちは三人で腰を下ろしていた。 今日は、佐倉に来てもらっている。先週の調査を踏まえて、これまでの状況を報告しつつ、あらためて彼女の姉・佐倉先輩について話を聞くためだ。 陸には別ルートで動いてもらっている。生徒たちの交友関係や噂を中心に、校内での聞き込みを頼んでいるところだ。「……何か、進展はありましたか?」 佐倉が口を開いた。その声音には張り詰めたものがある。焦りではない。待ち続けている者の覚悟に聞こえた。「少しずつではあるが、捜査は進んでいる。今は、何人か疑わしい人物は見えてきてはいる。 だが……まだ決定的な証拠はない。だから、今は名前については伏せてさせてもらう」 俺がそう言い終えたときだった。「……何人か?」 佐倉の声が少しだけ低くなっ
Zuletzt aktualisiert: 2026-05-25
Chapter: 幕間:探偵たちの休日②
澪の希望で立ち寄ったのは、セントラルモール内の大型書店だった。 フロアの一角には、文芸から専門書、漫画まであらゆるジャンルが整然と並び、静謐な空気が流れている。「お、おい、広くねぇかここ……?」 陸が圧倒されたように呟く。彼は普段、本とはあまり縁がないらしく、店内をぐるりと見渡すだけでやや落ち着かない様子だった。「漫画コーナー、向こうだったよな。俺ちょっと見てくるわ」 そう言って、彼はふらりと階段を降りていった。 一方の俺は、入口近くの新刊コーナーで気になるタイトルに足を止めながら、何となく澪の姿を探す。(……澪はどこだ?) 気づけば、隣にいたはずの澪の姿がない。特に声をかけられた覚えもないし、何か言い残した様子もなかった。(まさか、もう行ったのか?) 軽く店内を見回すと、奥にある棚の陰――「哲学」と書かれたプレートの下に、彼女の見慣れた後ろ姿があった。佇む姿はまるで物音ひとつ許さぬほどに澄んでいて、他の客とは別の時間を生きているようにも見えた。 澪は、装丁の落ち着いた一冊をそっと手に取ると、真剣な表情でページをめくり始めた。その表情には、学校で見せる分析的な冷静さとはまた異なる、どこか柔らかな集中の色が宿っている。 思わず少し見とれてしまった俺は、気配を察した澪に軽く振り返られて、慌てて視線を逸らす。「……見つけたのか?」「うん。面白そうなのがあったから」澪はそう言いながら、ゆっくりとページを閉じた。「……ニーチェ。『解釈こそ真実』」 澪が小さく呟く。「また難しそうなものを選んだな」 俺は苦笑するが、澪はお構いなしに話し始めた。「これはね、人間が真実だと思っているものは、結局すべて自分の解釈でしかないって話」「真実が……解釈?」 俺が聞き返すと、澪は珍しく熱を帯びた声で続けた。「例えば――同じ出来事を見ても、Aは正義だと感じて、Bは悪だと感じる。事実はひとつでも、それをどう捉えるかは人それぞれ。だから、真実っていうのは存在しないとも言える」 俺は眉をひそめる。「なら、俺たちが信じてるものは全部ウソだということか?」「嘘じゃない。 でも、本物とも限らない。人は自分に都合のいいものを真実だと思い込むんだよ」そう言って、澪は隣の棚からもう一冊を取り出す。「こっちはボードリヤール。『虚構が現実を超える』」 俺
Zuletzt aktualisiert: 2026-05-24
Chapter: 幕間:探偵たちの休日①
少し湿った風が頬をなでる、梅雨入り前の土曜の朝。 駅前のロータリーに足を踏み入れた俺は、先に到着していた二人の姿を見つけた。 陸は薄手の白シャツに、グレーのカーディガンを羽織ったラフな格好で、スマホをいじりながらあくびをしている。 対する澪は、落ち着いたネイビーのワンピースに、薄手のベージュのカーディガンを羽織り、白いスニーカーを履いていた。 私服姿を見るのはこれが初めてじゃないし、それなりに見慣れている――はずなのに。 その柔らかな色合いと季節感のある服装が、今日はやけに新鮮に映った。 (……なんか、雰囲気違うな) 普段の無表情と知的な言動のせいで、澪は近寄りがたい優等生という印象が強い。だが今の彼女は、どこか自然体で、穏やかで――思わず、一瞬だけ目を奪われてしまった。「お、来たな。悠真」 陸が軽く手を上げて近づいてくるその横で、澪も小さく会釈を返した。「すまない、少し遅れた」「いや、予定通り。……というか、遅刻したら強制的にカラオケだったけど?」「……それはさすがに避けたいな」「じゃあ、さっそく行こうか」 澪が言い、俺たちは三人で並んで歩き出した。 金曜の放課後、推理部としての調査を終えたばかりだったが、今日は事件の話は禁止――というのが、陸と澪の決定らしい。「なあ悠真、まさか今日もノートとか持ってきてないよな?」 陸が横から覗き込んでくる。「……少しだけ、資料を……」「やっぱりかよ!」 澪が小さくため息をつきながら、澄ました声で告げる。「休息も計画のうち。……私はそう思うけど」「わかってるが……事件のこと、どうしても頭から離れなくてな」「……だからこそ、今日は息抜き」 陸が前を向いたまま、片手をポケットに入れながら言う。「しっかり遊ぶのも、推理部の大事な仕事ってことで!」「推理部、そんな部だったか……?」「今日だけはな!それに捜査の資料を普通こんなところに持ち出したらダメだろ?オマエ普段は切れ者なのに、そういうとこ抜けてんな」「悠馬は、昔から熱が入ると陸でもわかることが、頭から抜け落ちる……」「く……陸に指摘されるとくるものがあるな……」「どういうことだよ!」 俺たち三人は笑いながら歩き出す。季節の風と、街のざわめきが、事件の空気を飛ばして俺たちを普通の高校生にしてくれた。***
Zuletzt aktualisiert: 2026-05-23
Chapter: 第三章:影を追って⑦
◆ 現時点の犯人候補 ・小池陽太 ・如月真希 ・綾野奏斗「順番に整理しよう」 俺はマーカーを握り、三人の名前の下にメモを書き足しながら話し始めた。 まずは、小池陽太。 「蛇のような印象。好きな色は青。それに、佐倉先輩に淡い感情を持っていた可能性も高い」 俺は指折りながら言う。 「淡い恋心があったのであれば、むしろ守りたいはずだ。……にも関わらず、あの態度……。何か、隠しているとしか思えない」 「まあ、限りなく怪しいけどな」 陸が小さく鼻を鳴らした。 次に、如月真希。 「演劇部。サロメ役。蛇に例えられる存在。青のイメージカラーをまとう役でもある」 澪が冷静にまとめた。 「しかも、佐倉先輩と口論していた。それが引き金になった可能性も……なくはない」 「でも、先輩、思ったことすぐ口にするタイプだろ?悪気はなかったけど、キツい言い方になってただけかもしれないぜ」 「……そうだな、その可能性もある」 そして最後に、綾野奏斗。 「生徒会副会長。完璧な優等生像。表向きは誠実で清廉。だが、裏の顔があると噂される。仮面(生徒会の顔)も、青(生徒会のイメージカラー)も、両方を兼ね備えている」 俺の言葉の後に、澪も重々しく続ける。 「生徒会っていう立場で、佐倉先輩に圧力をかけることもできたかもしれない」 「うちの生徒会は、学校の特徴的に他の学校と比べたら権限あるよな?……やっぱ、綾野も十分すぎるほど怪しいって」 陸が腕を組みながら唸る。 俺たちはホワイトボードの文字をじっと見つめる。・小池陽太。 ・如月真希。 ・綾野奏斗。 それぞれが、それぞれの形で『青い蛇』の暗示に繋がる。一見、すべてが符合している──そう見えた。 だが、胸の奥で、微かな違和感が芽を吹いた。推理とは、理屈だけではない、違和感、直感、説明できない引っかかり──そういうものが、時に真実への扉を開く。 俺は、無意識のうちにペンを止め、ホワイトボードをじっと見つめた。 それでも、まだ言葉にはできない。今の段階では、ただの不確かな感覚に過ぎなかった。*** ──夜が、深まっていく。 どこかも知れない薄暗い空間に、ただ一人、座り込む影がある。 窓はない。時計もない。時の
Zuletzt aktualisiert: 2026-05-22
Chapter: 第三章:影を追って⑥
問い詰めるような声音になった瞬間、小池の目が一瞬だけ泳いだ。その動揺はごくわずかだったが、 俺の目は見逃さなかった。 「なんの話だい……?」 曖昧に返す小池。だが俺の空気が明らかに変わったのを察したのだろう、小池の肩がわずかに硬直する。 「人が死んでいるんだ。これは遊びじゃない。……ふざけてないで真面目に話せ」 低く抑えた声だったが、怒りと焦燥がにじんでいた。その言葉に小池の表情も変わる。 しかし、気圧されることなく、真っ直ぐに俺を見返してきた。 「ふざけてる? 僕は……ひとつもふざけてなんかいない」 冷ややかに返された言葉。俺たち二人の間に鋭い空気が走り、一瞬空気が張り詰める。 「お、おい……二人とも、落ち着けって」 陸が慌てて割って入る。 「悠真、お前ちょっと熱くなりすぎだ」 その言葉に、俺ははっと我に返り、深く息を吸い、静かに吐き出す。 「……すまない。少し感情的になりすぎた。悪かった、小池。情報提供には感謝している」 すると小池もわずかに表情を緩めた。 「あ、ああ。こちらこそ……少し熱が入りすぎたようだ。謝罪するよ」 緊張の糸がわずかにほどけたが、疑念の火種が消えたわけではなかった。 俺は最後に声をかけた。 「そういえば、小池。個人的なことなんだが」 「……なんだい……?」 「好きな色は、何色だ?」 不意の質問に、小池はほんの一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐにまた微笑みに戻る。 「青かな、落ち着くからさ。俺には似合わないかもだけど」 青いペンを指に絡めたまま、彼は軽く笑った。全てが、何かを裏付けている気がしてならなかった。 俺たちは無言のまま、部室を後にし、推理部の部室へと歩き出した。*** 推理部の部室へ戻ってきてすぐ、陸が俺に声をかけてきた。 「……珍しいな。お前があそこまで感情的になるなんて」 陸が、半ば呆れたように言った。 「……ああ。でも少し挑発してやったらやつの態度が変わった。確実に何か関係してるような反応だった」 「わざととかよ! ……ひやひやさせんなよ!」 陸が眉を釣り上げて前のめりになりながら言う。 「いや、実際あの軽薄な態度には本気で腹が立った。だが、思いがけない反応だったから引くに引けなくてな。……結果的には助かった」 そう言いながら視線
Zuletzt aktualisiert: 2026-05-21
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