LOGIN小さなクラス内事件をきっかけに、金髪の美少女・海堂エリカは「探偵事務所(謎解き部)」を立ち上げる。 幼馴染みの雨宮直央は、そんな彼女に巻き込まれながら、止まった時間を動かすように歩き出す。 次々と舞い込む日常の謎を解き明かす二人。 だが、彼らはまだ――あの日の痛みを抱えたまま、笑っていた。 そして、誰も気づかなかった“もう一つの謎”が、静かにその輪郭を現していく――。 それでも、蒼眼の名探偵は今日も笑顔で叫ぶ。 「ひらめいた!」
View More「高校でも直央くんと一緒でよかったわね、エリカ」
海風が窓から入り込む。助手席に座る私――海堂(かいどう)エリカは、うなずきながら笑顔をこぼした。 大好きな幼馴染みの男の子と、高校も同じ学校に通えることに胸を踊らせていた。 「うん! しかも大学も一緒に行こうって、ふたりで決めたんだ」 「ふふっ、気が早いわね。でも、そういうの……いいと思うわ」 ママが目を細めて笑う。ハンドルを持つ手が、優しく揺れていた。 金髪に青い瞳。肩までのウェーブヘアに、澄んだ白い肌。春の陽射しによく映える青いカーディガンと白シャツ。黒のスキニーパンツがその足の長さを際立たせている。 私も一応金髪と青い目だけど、肌はパパに似てママほど白くはない、スタイルも……うん、まだまだ。けど、それが逆に「私だけの形」って気もして、ちょっとだけ誇らしい。 「ねぇ、エリカ」 ふいに、ママが真面目な声で聞いてきた。 「なに?」 「直央くんとは、どうなの? なにか進展は?」 「な、なにそれ……!」 心臓がドクンと跳ねた。顔が熱くなるのがわかる。 「ま、まだ……何もないっていうか……!」 「やれやれ。あなた、美人なんだから積極的にならなきゃ。直央くんだって優しくて、可愛い顔してるし、女の子から人気あるんじゃない?」 「そ、そんなことないよ……!」 本当は、わかってる。優しくて、いざという時には頼りになって。そして、誰よりまっすぐで。 まるで……王子様みたい、なんて。思ってても絶対に言えない。 ママがくすっと笑った。 「実はね、ちょっと前に耳にしたの。“直央くんのこと、好きだった”っていう子……何人かいたらしいわよ?」 「……えっ? うそ、だれ? ホントに誰……っ!」 急に焦ってる自分がちょっとおかしくて、だけどどこか、嬉しくもあった。 こうして、ママと恋の話ができて。同じ高校に、直央くんと通えて。 今が、夢みたいに幸せで。 ふと、前方の道がカーブを描いた。 ……静かだった。波の音と、タイヤがアスファルトを滑る音だけ。 その先で、何かが見えた。 前方の対向車線。大型トラックが、中央線を越えそうなほどに寄ってくる――ハンドルが逸れた? 違う、まっすぐこっちに――! 「え……?」 異常に気づいた直後、ママがブレーキを踏み込んだ。 「な、なに――っ!?」 叫ぶ声と同時に、視界が、ひっくり返った。 ――ガシャアアアアアアン!! 強烈な衝撃。シートベルトが私の胸を締めつけ、車体が傾ぐ。 どこかでガラスが砕ける音。鉄の軋む音。 私は、声を上げることもできなかった。 「う……くっ……」 全身が、痛い。どこをぶつけたのかもわからない。 頭から何かが流れている。ぬるくて、重い感覚。 「ママ……?」 震える手で顔をぬぐいながら、隣を見た。 でもそこには――ママはいなかった。 「……え?」 目の前には原型を留めていない運転席、そのシートには、青いカーディガンの布の切れ端が引っかかっている。 金色の髪……ウィッグのようなものが転がっている。 それ以外は、ただ赤く、濡れた世界。 「ママ……?」 “それら“が、さっきまで笑っていたママだと気づいた瞬間。 私の世界は、音も、色も、光さえも――消えた。「う、嬉しい……!エリカ先輩、やっぱ優しくて可愛いし、ずっと仲良くなりたいって思ってたんです……!」 その気持ちが本物だって、言葉の熱から伝わってきた。 少しだけ遠慮がちにしていた蒼井さんにも、エリカはにこっと微笑みながら言う。 「ねっ、千紘ちゃんも、“エリカちゃん”って呼んで?」 「エ、エリカちゃん……」 頬を赤らめながらも、そう呼ぶ蒼井さん。 「うんっ、千紘ちゃん!」 嬉しそうに返すエリカの笑顔に、ふたりともつられて笑った。 ――そんな三人のやり取りを見て、微笑ましい気持ちになった。 「ねぇ、せっかくだし――二人とも、一緒にお昼どう?」 エリカが屈託のない笑顔でそう言った瞬間、蒼井さんと花守さんはぴくりと反応した。視線は、なぜか俺に向けられる。 「でも……二人って、今デート中ですよね?」 「いや〜、さすがにラブラブカップルの間に割り込む勇気はないですよ~?」 そんなふうに言いながらも、どこか探るような視線を向けてくる二人。俺は苦笑しながら答えた。 「大丈夫だ。エリカも話したがってるし、二人さえよければ、ぜひ。……それに、まだ付き合ってないから」 その瞬間だった。 「「まだ……付き合ってない?」」 二人の声が、まるでハモったみたいに重なる。 蒼井さんは一瞬、目を見開いて、ぽっと頬を染めた。 花守さんにいたっては、口元を押さえながらニヤニヤが止まらない様子。 ……ん? なんだその反応? 俺は一拍置いて、自分の発言を思い出す。 ――まだ付き合ってない しまった……そ
イルカの不調の原因を突き止めた俺たちは、水族館の一階にあるレストランへと向かった。 そのレストランは、ショーで使われたプールと隣接していて、大きなガラス越しにイルカたちが泳ぐ姿を間近に見ることができる。時間はまだ昼前で、店内は思ったより空いていた。おかげで、俺とエリカはガラスのすぐそば、特等席に座ることができた。 「直央くん!見て見てっ、イルカさんがめっちゃ近いよ!かわいい~~っ!」 エリカが、身を乗り出すようにしてガラスに顔を近づける。その瞳はキラキラと輝いていて、まるで本当に子どもみたいに無邪気だった。 その笑顔に、つられて俺まで笑ってしまう。 ――そのとき。 「……あれ?海堂先輩?」 不意にかけられた声に、俺たちは顔を上げた。 立っていたのは、「教科書の謎」を通して、想いを寄せていた日向くんと無事付き合うことができた蒼井さんだった。 昨日会ったばかりの彼女が、今日は私服姿で、友達らしき女の子と一緒にこちらを見ていた。 円さんに出会ったことに続いて、こんな偶然が二度もあるとは。 「あ、えっと……」 エリカが、ちょっと戸惑った表情で視線を泳がせる。 そうだった。円さんのときとは違い、エリカは目の前の相手が誰かが分からず、蒼井さんのことは初対面のようなものだ。 安直だった。休みの日だから大丈夫だろうと人物図鑑を読まなくていいと言ってしまった俺の落ち度だ。 だが、今その事で反省会をしても仕方がない、今は俺がフォローをすることが優先だ。 「蒼井千紘さん、偶然だね。昨日の”ファミレス”での”教科書の謎”で会ったばかりだね。”付き合い出したサッカー部の日向くん”は今日は一緒じゃないんだね? それに……そっちの子は初めましてだよね? 名前、聞いてもいい?」 エリカが日記か
イルカたちの様子がおかしかった原因を突き止めたあと、円さんから「少し待っていて」と言われ、俺とエリカはイルカショーのプールを泳ぐイルカたちを観客席から眺めていた。 「早く、安心できるおうちに戻るといいね」 「そうだな」 エリカが少し前のめりになりながらつぶやいたその一言。 そのとき彼女がどんな表情をしていたのか、横顔しか見えず、俺にはよく分からなかった。 エリカは、お母さんを悲惨な事故で亡くしてしばらくしてから、うちで暮らすようになった。 皮肉にも、最愛の人との思い出が詰まった家は、彼女にとって“安心できる場所”ではなくなってしまった。 記憶リセットのこともあり、皆で相談した結果――俺がそばで見守れる環境に身を置くのがベストだという結論になった。 エリカ自身もそれを望んだし、俺もそうするべきだと思った。 彼女が心の底から安心していられる場所を作りたい。そのためにも、今の 「事故の光景は忘れているが、お母さんが亡くなった事実だけは覚えている」 という状態を維持したまま、記憶リセットの問題を解決する。 都合がいいのは分かっている。それでも――。 「直央くん、どうしたの? 怖い顔して」 エリカの声にハッとして顔を上げる。 気づけばすぐ目の前に彼女がいて、心配そうにこちらを覗き込んでいた。 「いや、なんでもない」 「そっか……」 そう言ってエリカは俺の隣に座り直す。 なにも言わず、ただ隣に来るだけ。だけど、さっきよりも距離が近い気がした。 「お待たせ、二人とも……あら〜? もしかしてお邪魔だったかしら? 悪いわねぇ〜」 ちょうどそのとき、水族館の職員服に着替えた円さんがやってきた。 俺たちの雰囲気を誤解したのか、ニヤニヤしながら悪びれる様子もなく謝ってくる。 「円おばさん、そんなことないよ! 気にしないで」 「こら〜、誰がおばさんですって?」 「あ、あふぁふぁるひゃら、ふぉっへはやへて〜」 自分から悪ノリしたくせに“おばさん”と言われてエリカの頬をむにっと引っ張る円さん。 楽しそうに笑うエリカを見て、張りつめていた俺の表情も自然とほぐれていった。 「円さん、それより俺たちに、まだ何か話があるんじゃないですか?」 さっき待つように言われた理由を尋ねると、円さんはエリカの頬を離し、真
「ライトの種類が違うからだよ!」「ライトの……種類?」 藤田さんが首を傾げると、エリカは説明を始めた。「メインのプールは LED に変わってるけど、練習用のプールはハロゲンライトのままですよね?」エリカが天井を指差して、藤田さんはそれにつられ、天井を見上げる。「……ええ、そうね」 エリカは立ち上がり、二つのプールの天井を見比べる。「LEDって、光が白くて強いんだ。真下に向けて光を当てると、水面で反射が強くなって“鏡みたい”になるの」 対して、練習用プールの光は柔らかく広がっていた。「でも、ハロゲンライトは暖色で光が広がる。だから、水がちゃんと“水の色”に見える」 藤田さんが小さく呟く。「……だから水面の青さが違って見えたのね」「そう。水質は同じでも、光が違えば、水の見え方が変わるの」 俺はスマホの画面を操作しながら、エリカから引き継ぐ形で説明する。「イルカたちは、俺たちより“視力がいい”。しかも、水中で光の反射や影にとても敏感。つまり……メインプールのLEDが眩しすぎて、イルカが上を見られなかったってことか」「その通り!」 エリカが指を鳴らした。「ジャンプもバブルリングも、イルカが上を見る行動なんだよ。でも、LEDの強い白い光が水面で跳ね返って、イルカには“何が映っているのか判断できない世界”になっていたの」 円さんが息を呑んだ。「……だから、ジャンプする寸前で止まったり、位置がズレたりしたのね」「あの子たち、本当はやりたかったんだ。でも、“上が眩しくて見えなかった”。それだけ」 エリカの言葉は、決して責めていなかった。 ただ、イルカの気持ちを代弁するような優しさに満ちていた。 藤田さんは唇を噛み、震える声で言った。「……気づいてあげられなかった」「違うよ、藤田さん」