正しさの選択

正しさの選択

last updateLast Updated : 2026-06-20
By:  久遠遼Updated just now
Language: Japanese
goodnovel12goodnovel
Not enough ratings
47Chapters
233views
Read
Add to library

Share:  

Report
Overview
Catalog
SCAN CODE TO READ ON APP

「姉の死の真相を……調べてください」 桐ヶ丘学園・推理部 学園内で持ち上がるさまざまな謎や依頼を解決するその部室の扉を一人の女子生徒が叩く。 彼女が持ち込んだのは、先月自殺した姉の死の真相を探ってほしいという依頼だった――。 ——『知恵を絡め取る蒼き影。その牙の奥に、扉を開く手がかりは眠る。』——。 残された謎のメッセージを手がかりに、主人公朝倉悠真は真相に迫る。

View More

Chapter 1

序章:「誰かの手の中で」

五月九日、火曜日、夜の校舎。

静まり返った廊下を、少女の影がひとつ、ふらつくように歩いていた。

その手には、屋上の鍵。制服の袖は乱れ、足取りは重い。

まるで誰かに追い詰められたかのように、彼女はただ前へ進むしかなかった。

扉の前で立ち止まり、震える手で鍵を差し込む。

カチリ——と乾いた音が響いた。

***

佐倉美月の瞳には、既に生気はなかった。屋上の冷たい風が、無言で彼女を迎える。

美月はゆっくりと縁へ向かうが、その背中には、まるで見えない誰かの影が重なっているようだった。

美月は足を止めた。

そして、わずかに振り返る――誰もいないはずの暗闇を、恐れるように見つめる。

その視線は、確かに誰かを意識していた。

次の瞬間、風に押されるように、一歩、前へ。

静寂の中、制服の裾がふわりと舞い上がり、少女の姿は闇に消えた。

***

屋上の静寂を破ることなく、夜はそのまま更けていく。

だが、校舎の離れた場所では、一つのスマホの画面がぼんやりと光っていた。

そこに表示されていたのは、短いメッセージ。

——『終わらせます』——。

画面の送り主の名前は表示されていない。

ただ、メッセージを見つめる人物は、ゆっくりと満足げに頷く。

その指先が、もう一つのメッセージを開いた。

——『これで問題ありませんよね?』——。

その言葉に、誰ともなく小さく笑う声が漏れる。

まるで、すべてが計画通りに進んだことを確認するかのように。

やがて、スマホの画面は消え、闇に溶けていった。

誰が、誰に報告していたのか。

その答えは、まだ誰にも分からない。

ただ一つ確かなのは——。

この夜、佐倉美月が命を落としたという事実だけだった——。

この夜、桐ヶ丘学園は、ひどく静かだった。

わずかに吹き込む風の音と、遠くで軋む窓枠の音だけが響いていた。

そんな静寂の中——。

二つの影が、ゆっくりと校舎を後にする。

一つは、規則正しい足音を響かせながら、迷いのない歩みで進む。

その背中からは、既に終わったことへの満足すら漂っていた。

まるで、全てが予定通りに運んだと言わんばかりに。

もう一つは、足音を殺すように、息を潜めながら進む。

顔を上げたその瞳には、消しきれない痕跡が宿っている。

恐怖か、後悔か――それとも、ほんの僅かな安堵なのか。

その表情からは、ついさっきまで何をしていたのか、誰にも読み取れなかった。

二つの影は、交わることなく、しかし確かに隣り合っていた。

言葉を交わすこともなく、視線すら交差しない。

けれど、その場に漂う空気は、まるで二人の呼吸が重なっているようだった。

――同じ場所で、同じ夜を共有していたのか。

それとも、ただすれ違っただけの存在だったのか。

誰にも、その境界は分からない。

ただ確かなのは、二つの影が同じ闇の中で動き出したという事実だけだった。

校舎は、二つの影をただ無言で送り出した。

夜風が最後に、微かにページの捲れる音を運ぶ。

それは、一つの命が消えたことを告げる音だったのかもしれない。

こうして、誰にも知られぬまま、二つの影は闇へと溶けていった――。

Expand
Next Chapter
Download

Latest chapter

More Chapters
No Comments
47 Chapters
序章:「誰かの手の中で」
五月九日、火曜日、夜の校舎。 静まり返った廊下を、少女の影がひとつ、ふらつくように歩いていた。 その手には、屋上の鍵。制服の袖は乱れ、足取りは重い。 まるで誰かに追い詰められたかのように、彼女はただ前へ進むしかなかった。 扉の前で立ち止まり、震える手で鍵を差し込む。 カチリ——と乾いた音が響いた。 *** 佐倉美月の瞳には、既に生気はなかった。屋上の冷たい風が、無言で彼女を迎える。 美月はゆっくりと縁へ向かうが、その背中には、まるで見えない誰かの影が重なっているようだった。 美月は足を止めた。 そして、わずかに振り返る――誰もいないはずの暗闇を、恐れるように見つめる。 その視線は、確かに誰かを意識していた。 次の瞬間、風に押されるように、一歩、前へ。 静寂の中、制服の裾がふわりと舞い上がり、少女の姿は闇に消えた。 *** 屋上の静寂を破ることなく、夜はそのまま更けていく。 だが、校舎の離れた場所では、一つのスマホの画面がぼんやりと光っていた。 そこに表示されていたのは、短いメッセージ。 ——『終わらせます』——。 画面の送り主の名前は表示されていない。 ただ、メッセージを見つめる人物は、ゆっくりと満足げに頷く。 その指先が、もう一つのメッセージを開いた。 ——『これで問題ありませんよね?』——。 その言葉に、誰ともなく小さく笑う声が漏れる。 まるで、すべてが計画通りに進んだことを確認するかのように。 やがて、スマホの画面は消え、闇に溶けていった。 誰が、誰に報告していたのか。 その答えは、まだ誰にも分からない。 ただ一つ確かなのは——。 この夜、佐倉美月が命を落としたという事実だけだった——。 この夜、桐ヶ丘学園は、ひどく静かだった。 わずかに吹き込む風の音と、遠くで軋む窓枠の音だけが響いていた。 そんな静寂の中——。 二つの影が、ゆっくりと校舎を後にする。 一つは、規則正しい足音を響かせながら、迷いのない歩みで進む。 その背中からは、既に終わったことへの満足すら漂っていた。 まるで、全てが予定通りに運んだと言わんばかりに。 もう一つは、足音を殺すように、息を潜めながら進む。 顔を上げたその瞳には、消しきれない痕跡が
last updateLast Updated : 2025-11-14
Read more
第一章:青き影のはじまり①
桐ヶ丘――。 山と川に囲まれたこの街は、静かで穏やかな地方都市だ。駅前には昔ながらの商店街と、少し場違いなほど立派な図書館。休日になれば、子供たちの笑い声と、年配の人たち の世間話がそこかしこで聞こえる。 便利すぎるわけじゃないが、不便でもない。そんな、よくある住みやすい街。 けれど、この街には一つだけ特別があった。 ――桐ヶ丘学園。 桐ヶ丘学園は、長い歴史と伝統を誇る、落ち着いた学び舎だ。その入学は非常に狭き門で、全国から優秀な生徒が集まる難関校として知られている。ここに合格するだけでも称賛の対象となり、卒業すれば桐ヶ丘ブランドとして社会的な評価を得られる――そんな学校である。整備された校舎には、現代的な設備と歴史的な趣が調和しており、生徒たちはその環境の中で、のびのびと日々を過ごしている。 教師と生徒会は、互いに信頼と責任を持って学園を支え合う存在だ。生徒会が行う自治活動も活発で、教師陣との連携は良好そのもの。生徒の手でより良い学園を作るという理念が、しっかりと根付いている。 旧校舎や理科室のように、⻑い歴史を感じさせる場所も点在しているが、それもまた、この学園の⼀つの魅力として生徒たちに親しまれていた。 穏やかな時間が流れ、誰もが当たり前のように平穏を享受している――。ここには、不安や恐れなど存在しない。 桐ヶ丘学園は、誰もが口を揃えて居心地の良い学校だと言うだろう。少なくとも、表向きは。 ――推理部。 この閉ざされた世界の中で、俺たちだけが自由に真実を追いかける部活。 くだらない噂も、誰かが隠した秘密も、時には教師の不祥事すらも――俺たちの前では隠し通せない。 そんな日々の中で、あの事件が始まった。 六月の風が、湿り気を帯びて肌にまとわりつく昼下がり。桐ヶ丘学園は、どこにでもある普通の高校に見えていた。 チャイムが鳴り響き、昼休みの喧騒が一気に広がっていく。廊下には生徒たちの笑い声、購買のパンを巡る小競り合い――どこにでもある普通の高校の風景だ。 そんな日常の中、俺――朝倉悠真(あさくら ゆうま)は鞄を肩に引っかけながら歩いていた。 桐ヶ丘学園二年生。 そして、この学園でも少し風変わりな存在、「推理部」の部長をしている。 校則違反の調査依頼から、教師の失せ物探しまで――探偵ごっことも
last updateLast Updated : 2025-11-14
Read more
第一章:青き影のはじまり②
チャイムが鳴り、校舎に放課後の空気が広がる。 授業を終えた生徒たちの声が、廊下を賑やかに満たしていく。 部室の窓を開けると、遠くから生徒たちの話し声がかすかに聞こえ、グラウンドで運動部が声を上げていた。 穏やかな陽射しが差し込むこの部室に――「死」と「嘘」にまみれた事件が舞い込んでくるとは、この瞬間まで、誰も予想しておらず、俺たちはまだ平穏の中にいた。 ――そのはずだった。 陽が傾き始めた部室で、俺たちは他愛もない会話を続けていた。 陸はホワイトボードにいたずら書きをし、澪は無言でタブレットを操作し続ける。 コンコン――不意に部室の扉を叩く音が響いた。 「珍しいな、こんな時間に訪問者か?」 陸が言い、俺が「どうぞ」と声をかける。 ゆっくりと扉が開き、そこに現れたのは、まだ着慣れていない様子の制服姿――胸元には、この学校で一年生を示す明るいグレーのネクタイが揺れていた。 三年生は濃紺、二年生はエンジと、学年ごとにネクタイの色が分けられているなかで、彼女のそれは明らかに見慣れない色だった。 「失礼します……」 澪と同じくらいの背丈の少女は、セミロングの黒髪が肩にかかり、整った制服を着ていた。乱れひとつない身なり。けれど、第一印象は自信のなさだった。どこか不安げに縮こまった立ち姿、内に入り気味の肩。そして、目元にはわずかな影。疲れているのがわかった。 目の下には薄くくまが浮かび、声はどこか震えている。その表情には怯えの色が混じりつつも、どこかに決意のようなものが宿っていた。 今にも崩れそうな儚さと、それでも踏みとどまろうとする意志――その矛盾が、彼女という存在の輪郭を際立たせていた。 「ご用件は?」 俺が声をかけると、少女は深く頭を下げた。 「一年の……佐倉優衣(さくら ゆい)です。お願いがあって……ここに来ました」 その名前に、澪の指が止まる。 「佐倉……?」 陸も眉をひそめた。 「君は……佐倉美月先輩の妹か?」 佐倉は静かに頷き、鞄から一冊のノートを取り出した。 「姉の死の真相を……調べてください」 その言葉に、部室の空気が一変する。 陸そして澪も、一瞬だけ動きを止めた。俺は佐倉の震える声を聞きながら、頭の奥であの日のことを思い出していた。 ——桐ヶ丘学園に、重たいニュー
last updateLast Updated : 2025-11-14
Read more
第一章:青き影のはじまり③
「……君のお姉さんは、佐倉美月先輩だったかな? 三年の……先月、自殺したって……」  俺の声は、少しだけ固くなっていた。佐倉は首を振る。 「違います。姉は自殺なんかしてません。誰かに殺されたんです」  その瞳には、確信に満ちた光が宿っていた。  沈黙が落ちる中、陸が慎重に口を開く。 「警察は、事件性なしって判断したんだろ? 屋上からの飛び降り……状況証拠も揃ってたって」 「……そうです。でも、おかしいんです。姉は最後の一週間、別人みたいに無口で……スマホの中身は全部消されていました。それに……屋上に行けるはずがないんです。鍵が必要なのに……」  澪が冷静に問いかける。 「お姉さんは鍵を持っていなかった?」  佐倉は、小さく頷いた。 「姉は……鍵を持っていませんでした……だけど屋上の鍵は空いていたんです……」 「佐倉さん……」  続きを言いかけたとき、彼女が静かに口を開いた。 「……あの、わたしのほうが後輩なので、呼び捨てで構いません」  言い切る声は小さかったが、どこかはっきりしていた。  彼女の性格が、少しだけ見えた気がした。 「わかった、改めて——佐倉、そのことを……他に知っている人間は?」  俺が慎重に問いかけると、佐倉はわずかに首を傾け、考えるように視線を落とし答える。 「他には……誰にも伝えていません。知っているのは、警察の方と……私たち家族だけだと思います」  その言葉に俺は小さく頷いた。 「……なるほど」  彼女は机の上にノートをそっと置く。 「これが、家にあった姉のノートです。最後のページに、これが……」  俺たちは身を乗り出して覗き込む。  そこには、震えるような文字でこう書かれていた。  ——『知恵を絡め取る蒼き影。その牙の奥に、扉を開く手がかりは眠る。』——。  陸がノートを覗き込み、頭をかきながら視線を彷徨わせる。 「……これ、暗号なのか?」  疑念と興味が入り混じった声だった。 「あるいは、何かの隠し場所を示すサインかもね」  澪はタブレットを操作しながら返す。 「どちらにせよ、普通のメモじゃないことは確か……」 「いやいや、そもそも俺たちに依頼するレベルの話か?」  陸が顔を上げ、佐倉に視線を向ける。 「これがマジで殺人絡みなら、警察案件じゃね?」  その言葉に、佐倉
last updateLast Updated : 2026-05-06
Read more
第一章:青き影のはじまり④
隣では澪が画面をスクロールしながら、冷静に状況を整理していく。 「確かにリスクはある。だけど、放っておけば真相は闇に消えるだろうね」 澪が淡々と言葉を重ねる。 「少なくとも、佐倉は本気で助けを求めてる」 俺は視線を佐倉に向けた。彼女は必死に不安を押し殺しながら、俺たちの判断を待っている。この依頼を断れば、彼女は独りで動こうとするかもしれない――その未来が一番危うい。俺は息を吸い、二人に向き直る。 「……どうするかは、もう決まってる」 陸が苦笑しながら肩をすくめた。 「だと思ったよ。お前がそう言うなら、最後まで付き合うさ」 澪も小さく頷く。 「推理部として動くなら、私は協力する」 俺は再び佐倉に向き直り、覚悟を込めて言った。 「……分かった。この依頼――俺たち推理部が引き受ける」 その瞬間、佐倉の瞳が潤み、微かに震えた声で呟く。 「……ありがとう、ございます……」 深く頭を下げると、彼女は部室を後にした。ドアが閉まる音だけが、静まり返った空間に響く。その余韻の中で、陸がノートを指差しながら口を開いた。 「なぁ悠真、この暗号……どういう意味なんだ?」 頭をかきながら、ノートに書かれた一文を見つめる。 「なんとなくカッコつけた感じはするけどさぁ……正直、意味がわからねぇよ」 「これは、そんなに難しくない」 俺はノートを手に取りながら答える。 「『青い蛇』と、真相に繋がる何かを隠している場所を示している」 「はぁ?」 陸が目を丸くする。 「もう分かったのかよ、これで?」 「ああ。まあな」 俺はノートに書かれた字を見つめながら続ける。 「『知恵を絡め取る』って表現は、蛇の象徴的な意味だ。昔から蛇は知恵や狡猾さの象徴とされている。『蒼き影』は、そのまま『青い蛇』だな」 「……なるほど、言われてみればそうか」 陸が感心したように頷く。 「『牙の奥に扉を開く手がかり』。つまり、蛇に関連した場所か物に、真相に繋がる何かが隠されている可能性が高い」 俺はノートを閉じて机に置いた。 「問題は、『青い蛇』が実際に何を指してるのかだね」 澪が言葉を挟む。 「比喩なのか、それとも本当に蛇の形をした何かが校内に存在するのか……」 「そのあたりは、明日調べてみるしかないな」 俺は二人を見渡して言
last updateLast Updated : 2026-05-07
Read more
第一章:青き影のはじまり⑤
佐倉が部室を訪れた翌日の水曜日、昼休み。昨日と同じように、俺たちは部室に集まっていた。 机の上には、彼女が置いていった姉のノート。 そこに刻まれた蒼き影の言葉だけが、じっとこちらを見つめているようだった。 静寂を破ったのは、副部長の陸だ。 「……どうする、悠真。これ、本気でやるつもりか?」 「当たり前だ、依頼は依頼だ」 俺はノートを見つめたまま答える。 「それに……俺は正しくありたい、見過ごすことはそれに反する」 「おまえらしいな」 俺の言葉に対し、陸が歯を見せ、笑いながら呟く。 俺たちのやり取りに、澪がタブレットを操作しながら口を挟む。 「とはいえ、もし殺されたってのが本当なら前例がない。慎重に動くべき」 「ああ、分かっている」 俺は深く息を吐き、ホワイトボードに向かって歩いた。 マーカーを手に取り、現時点の情報を整理し始める。 「一応、昨日の夜のうちに少し調べておいた」 タブレットをスクロールしながら、澪が報告する。 「佐倉美月先輩の死亡は、五月九日、火曜日の夜。校舎の屋上から飛び降りた。警察は即座に自殺と断定している」 澪がタブレットをスクロールしながら淡々と告げた。 「五月九日……」 俺はカレンダーを思い浮かべながら呟く。 「中間テスト直前だよな。十五日から開始予定だったはずじゃね?」 「そう。ただ、事件当日に佐倉先輩は学校を休んでいた」 「そんな時期だったな……」 俺は小さく頷きながら言う。 「普通なら、テスト勉強で一番忙しい時期のはずだ」 陸が頭の後ろで手を組みながら話す。 「だよな?そんな時に欠席して、その夜に学校に来る……やっぱおかしくね?それで、夜にわざわざ来て屋上から……て、普通じゃねぇよな。学校休んで、夜に学校に来て、そのまま……って」 「遺書はなかった。スマホのデータも、全部消去されてた」 澪が続ける。 「そして、屋上には本来、鍵が必要。勝手に出入りできる場所ではない」 俺は小さく息を吐き、ホワイトボードに情報を書き込んだ。 ◆ 佐倉美月 死亡事件 ・状況:屋上からの飛び降り(警察は自殺と断定) ・遺書なし ・屋上は立ち入り禁止 → 鍵が必要 ・スマホデータ全消去 ・妹・佐倉優衣の証言:「姉は脅されていた」「殺された」 ◆ 手がか
last updateLast Updated : 2026-05-08
Read more
第一章:青き影のはじまり⑥
俺はノートの暗号から解読した言葉を思い浮かべながら口を開いた。 澪がすぐに頷く。 「蛇が、実際に存在するものだとしたら、まずは校内にそれがありそうな場所を絞るべき」 「……蛇なんて、普通は飼っていなくね?ペットじゃあるまいし、どこにそんなもんがあるんだ?」 陸が首を傾げる。 「生きてる蛇じゃない可能性もある」 俺は考えながら言葉を続ける。 「模型や、図柄……理科の教材にありそうだな」 「それなら、理科室周りだね」 澪は淡々とタブレットを操作し始めた。 「念のため、昨日のうちに校内の備品リストを確認しておいた。蛇って単語が引っかかってたから」 「……え、ちょっと待てよ。まだ、蛇が本当に存在するかどうかもわかってなかっただろ? なんでそんなとこまで調べてんだよ」 「気になる単語が出た時点で、調べるのは当然のこと」 澪は淡々と答えると、画面をこちらに向けた。 「理科室の準備室に、蛇の模型がある記録を確認済み。」 「……マジかよ」 陸が驚き混じりに呟く。 「さすが澪だな……」 俺も感心しながらノートを見直す。 「『青い蛇』つまり、これがその模型を指してるなら、そこに鍵か何かが隠されている可能性が高いな」 「準備室に蛇の模型……。——青い——ってのがポイント」 「青って言えば、生徒会バッジのイメージだよな」 陸が腕を組みながら言う。 「でも、なんで蛇なんだ? 教材なら色なんて関係ないし、わざわざ蒼い影って強調してるのは意味があるんじゃね?」 「蛇は象徴的な存在……絡め取るもの、罠、あるいは知恵を表すこともある。つまり、この『青い蛇』はただの模型じゃなく、何かを象徴する物として選ばれている可能性が高い」 俺は頷き、考えをまとめる。 「佐倉先輩が真相に繋がる何を隠していると考えるのが妥当だろうな」 「どっちにしても、確かめるしかなよな」 陸が軽く笑いながら言う。 「青い蛇の腹の中に何が入ってるのか、見つけてやろうぜ」 「焦るなよ、陸」 俺は苦笑しつつ、次の話題に視線を向ける。机の上には、もう一つの謎が残っていた。 「それと……もう一つ気になるのが、屋上の鍵だ」 三人の視線が、自然と次の考察へと移っていく。 「屋上の鍵か……」 陸が腕を組み、
last updateLast Updated : 2026-05-09
Read more
第二章:沈黙の蛇①
翌日の放課後、陽が傾き始めた頃、俺たち推理部の三人は、旧校舎一階にある理科室へ向かっていた。 この学校は、数年前に新校舎が建てられたが、理科室や美術室といった専門教室は今も旧校舎側に残されている。 だが、新旧の校舎は室内廊下で繋がっているため、移動はスムーズだ。 ただ、旧校舎の屋上――佐倉先輩が命を落とした場所――だけは、基本的には立ち入り禁止となっており、理科室から屋上までは距離があってすぐに出られるわけではない。 「しかし、『青い蛇』か……ミステリーとしては王道だが、実際に探すとなると面倒だ」 俺は、そう呟きながら前を歩く。 陸は苦笑しつつ、後ろで肩をすくめた。 「悠真、お前こういうの好きだろ?文句言うなよ」 「好きなのと、面倒なのは別問題だ」 隣では、無言でタブレットを操作する澪が、こちらを見ずに話す。 「理科室の準備室に、それらしき物がある記録は確認済み。あとは現場を押さえるだけ」 相変わらず冷静なやつだ、と俺は内心で感心する。 校舎を移動する前、俺たちは職員室に寄って、理科室の鍵を借りてきた。 「課題研究のために資料を確認したい」と伝えたら、意外なほどあっさり許可が下りた。 推理部の名前が多少なりとも信用されているらしい――皮肉にも、それが今は役に立っている。 理科棟へと続く静かな廊下を歩いていると、向こうから誰かの足音が響いた。 「――あ、君たちは……推理部かい?」 声をかけられ振り向くと、そこにいたのは爽やかな笑顔を浮かべた男子生徒だった。 焦げ茶の髪をきれいに整えた横顔は、どこか中性的で、見る者に柔らかな印象を与える。整った顔立ちに加え、清潔感のある身だしなみと落ち着いた動作が相まって、その佇まいには自然と目を引かれる品の良さがあった。制服の胸元には、生徒会のバッジがきらりと光り、ネクタイには鮮やかな青のタイピンが留められている。 その一点が、彼の整った外見の中でどこか個性として際立ち、無機質ではない存在感を添えていた。 「生徒会副会長の綾野奏斗(あやの そうと)です。こんなところで何か活動中かい?」 俺たちは一瞬だけ顔を見合わせ、陸が肩の力を抜いた様子で応じた。 「ちょっと、理科室に忘れ物があって」 「そうかい」 綾野先輩は笑顔を崩さずに、わずかに目を細める、ふと俺
last updateLast Updated : 2026-05-11
Read more
第二章:沈黙の蛇②
――中学二年の冬。全国規模で開催された、『全国中学推理選手権。』 決勝戦の舞台には、特設の事件再現セットと審査用の大型スクリーン、そしてテレビカメラが何台も並び、全国中継までされた。 ステージに立った瞬間、照明の熱が肌にじわりと滲み、観客席からの視線が突き刺さるように感じられた。 「中学生の大会」とは思えないほどの本格的な空気に、俺は少しだけ気圧されていた。 対戦形式は一対一。 向かい合う形で座ったのは、俺と同世代の少女。 黒髪のセミロングに、少し大きめの眼鏡。 制服の着こなしも地味で、パッと見では目立つようなタイプじゃなかった。 だが、彼女の目だけは違っていた。 淡々と事件資料に目を走らせるその瞳は、静かに獲物を狙うような鋭さを帯びていた。 大会形式は、与えられた架空の事件を、証拠と証言、映像記録をもとに制限時間内に読み解き、論理的に犯人とその手口を導き出すというものだった。 出題されるのは、ただのパズルではない。 現場の状況、証拠の矛盾、証言の揺らぎ――真実と嘘の間に潜む違和感を、言葉と理屈で突き崩す推理力が求められる。 司会者の合図で、決勝戦がスタートする。 時間制限付きの超難問ラッシュ。 会場の緊張感は高まるばかりだったが、彼女は微動だにせず、推理のピースを組み立てていく。 ――強い。そう感じた。 言葉を交わした記憶はない。 ただ、黙々と論理を組み上げていくその姿が、強烈に印象に残っている。 俺は知らず知らずのうちに、彼女をただの相手ではなく、乗り越えるべき壁として意識していた。 最終問題――犯人の動機とトリックを言葉で説明するステージ。 プレゼンのラスト、わずか数秒の差で、俺の解答が先に成立し、勝敗が決した。 拍手が湧き起こり、司会者が俺の名前を読み上げる声が響く。 だが、彼女はゆっくりと立ち上がると、しばらくこちらを向いたまま動かなかった。 その顔には、何かを言いかけて飲み込むような、そんなわずかなゆらぎがあった。 目元は静かで冷たく、そしてどこか遠くを見るようで、口元にはぎこちない硬さが滲んでいた。やがて感情の痕跡を閉じ込めるように視線を伏せ、一礼し、無言のまま控室へと歩き出す。 何も言わず、何も見せなかったはずのその背中が──どうしてか、今でも焼き
last updateLast Updated : 2026-05-12
Read more
第二章:沈黙の蛇③
俺たちは旧校舎の理科室前に到着した。鍵を使って扉を押し開けると、途端に、空気が変わった。 室内に満ちる異質な静けさ、窓から差し込む夕陽が、薬品棚や実験器具の影を長く長く伸ばしている。微かに鼻をつく薬品の匂いと、重苦しい空気が入り混じり、そこだけ時間が止まったかのようだった。まるで、別世界に足を踏み入れたような感覚。 俺たちは互いに頷き合い、教室奥の理科準備室へと歩を進めた、準備室の前で一度立ち止まり、俺はゆっくりとドアノブを回す。 ギィ、という微かな軋み音と共に、扉が開いた。 中は薄暗く、ほのかに薬品の匂いが漂っていた。 俺は手探りで壁のスイッチを探し、カチリと電気をつける。蛍光灯が一瞬だけ点滅し、やがて白い光が天井から降り注ぐ。 棚の試薬瓶やホコリをかぶった器具が、その光に無言で照らされた。 「さて、宝探しの時間だな」 陸が冗談めかして言う、俺は苦笑を浮かべつつ。 「おまえ、よくそんな軽口叩けるな。これは、れっきとした遺品探しだぞ?」 「……分かってるよ。でも、あまり深刻に考えすぎると動けなくなるだろ」 そう答えながらも、少し緊張しているのか表情は少し固い。事件の真相に繋がるかもしれない手がかりを探すということが、どれだけ重いことか、本当は理解しているのだろう。 「陸は、こういう時ほど口数が増える」 澪がぽつりと呟く。 「癖なんだよ、昔からな」 陸が小さく笑う。 俺はふと周囲に目をやった。 「……それにしても」 「ん?」 「佐倉先輩は、こんなゲームの宝箱みたいな、隠し方をするタイプだったのかと思ってな」 陸と澪が顔を見合わせる。 「確かに。真面目で誠実な性格だったって話だよな。こんな回りくどいことを、わざわざする理由が気になる」 澪は表情を変えずに答えた。 「逆に言えば、それだけ、誰かから隠さなきゃいけなかったってこと。日常的に使われる場所じゃない準備室を選んだのも、偶然じゃない」 「……確かにそうか」 俺は棚の上を見上げながら呟いた。 「怖かったんだろうな。何かに追われてるみたいに」 その瞬間、澪が棚の一点を指差した。「……あった。青い蛇」 澪が指差した先に、青い蛇の模型があった。俺はそれにそっと手を伸ばし、蛇の模型を手に取るが、鮮やかな青の蛇の模型には、埃一つ付いていな
last updateLast Updated : 2026-05-13
Read more
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status