Chapter: 015 セレナ・ウィルソン6「フィル!ちょっとよろしいですか?」 ある日の放課後、私は意を決してフィルを呼び止めた。 「どうしたの、セレナ?」 「フィルに確認したい事がありますの。これから私の家に来ていただけますか?」 フィルエットは少し考えてから、承諾の意を伝えた。 「じゃぁ…帰るのが遅くなる旨を伝えないと…」 「いいえ。私から伝えますわ。私の急な誘いなのですから…」 「ありがとう。」 私はこの日、決めていた。 例えフィルに嫌われようと、もう友人ではないと言われようと真実を確かめると。 これが今、私にできる精一杯の事だから。 こうして私とフィルは私の家、ウィルソン家に到着した。 ◆◆◆◆ ウィルソン家に着き、私の部屋にお茶を持ってきてもらうようにメイドにお願いした後、フィルを連れて自分の部屋に入り、ソファに腰かける。 「フィル。こちらへ…」 「……なんか今日のセレナ変だよ?」 私の雰囲気がいつもと異なると感じたのか、フィルは怪しみながら私の隣に腰かけた。 「えぇ…そうでしょうね。私、今日は覚悟を決めてますの。」 「覚悟?」 私はフィルの目を真っ直ぐに見つめて、意を決して話した。 「フィル…今…どうなのですか?」 一瞬フィルの肩がビクッと揺れたが、その顔に笑顔が浮べられていた。 「何の事?」 「とぼけないでくださいまし!」 「セレナ?」 「フィル。私達は友達ですわよね?」 「うん…」 「では、あなたは…あなたは今…」 ーーコンコンッ 「お嬢様、お茶
Last Updated: 2025-10-18
Chapter: 014 セレナ・ウィルソン5それからというもの、私の日常は慌ただしくなった。まずは社交界デビュー。これは滞りなく終わった。昔リリス様から貴族社会は腹の探り合い、騙し騙され、弱者は淘汰される最悪な所だと聞かされていた。だからこそ、私は私の価値を周りに示し続けた。本当はこんな所にいたくなかったし、こんなくだらない所でどうでもいい人達と笑顔を貼りつけたこんな顔でくだらない事を話して、笑いたくもないのに笑っていたくなかった。こんな事している時間があるのならば今すぐフィルの元に行って、ずっと側にいたかった。あの公爵が喪が明けたと同時に愛人とその子供達を本邸に住まわせ、散々フィルの事を放っておいたくせに今更フィルに新しい家族に慣れるように努力しろとか言ったと報告がきた時は、本気で腹立たしくて仕方がなかった。でも私はこの社交界で少しでもフィルを傷つけないようにするにはどうしたらいいかずっと考えて、私自身が力をつける事が一番良いと結論に至った。フィルがデビューを果たした時、きっと良くも悪くも好奇の目に晒されるのは目に見えている。あのリリス様の子供でもあり、そのリリス様を気にもせず、愛人に溺れた公爵の娘。それを少しでも軽減できるよう、悪い虫が寄り付かないように私自身を盾にする必要があった。そしてあともう一つ…王太子殿下の婚約者候補のトップになる事。家格は悪くないのでそれ自体はうまく行くが、王太子に本気で迫られては困るのでそこは悩んだ。他の令嬢達は自分が王妃にふさわしいと思っているのか、たんにあの整った顔に群がっているのか…私にはあの笑顔は貼りつけているだけで、この場にいる誰よりも腹に何か抱えている…そんな気がした。そもそも王太子妃に興味がなかったし、あの王子とはどうもそりが合わなそうだったので遠慮願いたいと思っている。だがここで、下手に変な令嬢を婚約者にされてしまったら、もしその令嬢や取り巻き達がフィルを嫌ってしまったら…最悪の事態となる。どうするか悩んでいたのだが、割と早く解決することができた。王太子と婚約者候補達の面談。そこで私は王太子と契約を結んだ。王太子は意外にも女性が嫌いなのだそうだ。結婚は義務であるのは理解しているが、今はまだ決めたくないそうだ。ただ、へたにご令嬢を選んでしまうとその先が決まってしまうので、王太子は王太子で悩んでいたそうだ。だから私は
Last Updated: 2025-10-17
Chapter: 013 セレナ・ウィルソン4「ねぇフィルエット…」「なぁに?」最初に沈黙を破ったのは私だった。「もし…もし貴方が…お母さまの本当の子供ではなく…もし…他の人の子で…」「……」「何か理由があって、引き取られて…でもその理由ももう意味がなくなって…」私はフィルエットに自身の事を例え話としてぽつぽつと話しながら、いつの間にか目には涙を溜めていた。多分最後の方は聞き取りにくかっただろう。だけどフィルエットは目を逸らさずに真剣な瞳で私が話すのを聞いてくれている。話終わる頃の私は、もう涙で顔がぐちゃぐちゃになっており、声を上げて泣いていないのを心の中で自分を褒めるありさまだった。少しの沈黙の後、フィルエットが話はじめた。「そっか…でもさ…その子は今までお母さまと思っていた人が嫌いになったの?」「それともそのお母さまは、その理由の意味がなくなったからって、今まで大切に育ててくれたのにいきなり突き放したりしたの?」「他の人の子だって言って愛してくれなくなったの?」フィルエットが次々と質問をしてくるが、泣きすぎて言葉を発する事が難しい私は全てに首を振り、否定する事しかできなかった。「じゃぁその子は何が悲しいんだろう…」「な…に…が…??」フィルエットはその瞳に涙でぐちゃぐちゃになった私を映して問いかけてきた。――私は…何が…。「あっ!お母さま!」私が思考を巡らせていると、フィルエットは自身の母親を見つけ、嬉しそうに駆け寄り、そんなフィルエットを母親が抱き上げた。そしてフィルエットの母親の隣には私の母が立っていた。「お…かあさま…」「セレナ…」――にげ…なきゃ…私…さっき…弟に…ひどいことを…私の頭の中では母から逃げなくては…と警告してきているが、体はその場に立ち尽くすのみで、足が全く動かなくなっていた。そんな風に立ち尽くしていた私の元へ、母が駆け寄り、強く…息が詰まりそうなほど強く抱きしめてくれた。「ごめんなさい…あなたがそんなに悩んでいるなんて…あなたはまだ小さいからと本当の事を言わなかった為にこんなにも苦しめてしまったなんて…」「おかあ…さま…」「えぇ…えぇ…私はあなたのお母さまよ。例え私自身と血が繋がっていなくても、あなたは私と旦那様との子。愛しい我が子なのですよ…」「わ…たし…」「あなたは立派なウィルソン公爵家の子供です。誰がなんと言おうと
Last Updated: 2025-10-17
Chapter: 012 セレナ・ウィルソン3私は、人通りの少ない所のベンチに膝を抱えて座っていた。 「はぁ…逃げちゃった…」 母が到着する前に、幼い弟を気に掛けることもなくその場を走り去ってしまった。 自分で精一杯だったとはいえ、弟にあたるなんて最低だ… 「はぁ……」 何度目かわからないため息をついた時、ふと隣に人の気配がして顔を上げてみると、そこには左右で瞳の色が違う少女が私の顔を覗くようにして近づいていた。 「あなた大丈夫?」 「……」 「どこか痛いの?」 「………」 「どこか怪我しちゃったの?」 「…………」 「……」 「……………」 「はっ!!もしかして…お漏らししちゃったの?」 「違うわよ!!!!」 その少女は内緒話でもするかのように耳元に近づいてきたと思ったら、小さな声でそんな事を言ってきた。 無視を決め込んでいた私だが、思わず返答してしまった。 これは仕方ない…矜持に関わる事だ…。 「じゃぁなんで?」 少女はジッと私の顔を覗き込んできた。 「なんで貴方なんかに言わないといけないのよ…」 「えぇ~お母さまが言ってたよ。もやもや~とかいらいら~ってした時は人に話して少しでもスッキリした方が楽だって!」 「いや…だからなんで…」 「で?っで??なんで???」 「話聞きなさいよ…」 この子なんなの… …しかも人の話全然聞かないし…。 「はぁ…」 私はさっきとは違う意味で大きなため息をついた。 その間、目の前にいた少女は私が言うのを待つためか、隣に座りこちらをジッと見てくる。 ――本当になんなの…。 私はうずくまる形をとりながら、少女を覗き見した。 ――左右で違う色…なんか綺麗だな…。 左右で瞳の色が異なるのは珍しい。 それにその瞳で見られると、なんだか全てを見透かされたような感覚に陥る。 「ねぇ…」 私は意を決してその少女に語りかけた。 少女は私が言葉を発すると、立ち上がり、また目の前にきた。 私も蹲っている体勢から、きちんと椅子に座る形に戻し、少女を見つめた。 「私はセレナ。あなたは?」 何を言うにしてもまずは自己紹介からだろう。 それにここに来ているという事は、貴族であり身元ははっきりしているから名乗っても問題はない。 「私はねフィルエット!フィルエット・ルキニア!7歳です
Last Updated: 2025-10-04
Chapter: 011 セレナ・ウィルソン2弟を産み、安静にしている母。 そんな母を心配して、仕事から帰ると母の側にいる父。 生まれたばかりの跡継ぎとなる弟に掛かりきりの使用人達。 あの時ほど家にいても誰にも会わない日が続く日はそうそうない。 だからだと思う…乳母は私を家から連れ出した…。 あれは多分誘拐なんだと思う。 家に私と乳母がいない事に気づいたのは執事長だった。 ちょうど乳母に仕事の申し送りをしようとした所、屋敷内に姿が見えず、部屋から私もいなくなっており不審に思ったのだろう。 執事長はすぐに主である父に報告した。 父はすぐに私達を見つけ、乳母が泣いて父に謝っていたのを私は執事長の腕の中に抱かれながら見つめ続けた。 そしてその日を境に乳母は屋敷からいなくなった。 ◆◆◆ 私はどうやって弟のいる庭に戻ったのか、記憶がない。 とにかくその場から離れないとと思い、体が勝手に動いたんだと思う。 だけど私の心は、思考は、今までにないぐらいぐちゃぐちゃで、幼い私はうまく整理ができずそのまま庭で倒れてしまった。 あの日以降、元気がなくなっていくのを心配した両親は、私の為に近い歳の子達を集めた小さなお茶会を開いてくれた。 本音を言えば、今はそんなことではなく真実を知りたかった。 でも母達が私の為に開催してくれたお茶会だったので、欠席することもできずに参加した。 だけど私はもう限界だったんだと思う。 「おねーえしゃまー!」 弟は笑顔で私の為に持ってきた皿を、中身がこぼれないようにゆっくりと運んでくる。 「はい!どうじょ!おねえしゃまのしゅきなものたくしゃんよしょってもらったでしゅ!」 言葉は覚えたてなのに、かなり話せている…この歳にしては早いのではないかと、どうでもいい事が頭をよぎる。 「私はいいわ…あなたが食べなさい。」 せっかく弟が一生懸命運んできた皿を受け取らず、そのまま弟に背中をむけた。 「おねえしゃま、げんきがにゃいので、これたべてげんきだしてほしいれす」 弟が食べて食べてと皿を押し付けてくる。 ――鬱陶しい… ――私なんか放っておいてよ…なんでかまうの?私はもう用済みなんじゃないの?なんでまだ心配してくれてるの? ――ねぇなんで… “私に弟なんてできたの?” この弟がいなければ乳母はまだいたかもしれないし、私が母の本当の子ではないと知らずに済んだ
Last Updated: 2025-10-04
Chapter: 010 セレナ・ウィルソンセレナ・ウィルソン。 それが私の名前だ。 ウィルソン公爵はトリス国四代公爵家の一つとなり、二番目に歴史が古い家だ。 そんな家に私は生をうけた。 容姿は父に似て赤い瞳を持ち、髪は目の色より赤みが少し薄く、癖毛な所がよく似ている。 しかし反対に母には似ているところがないと感じる。 昔は【娘は父に似るのだから気にするな】と両親に言われた。 しかし3歳年下の弟は、母によく似ているが、父にも似ているところがあると私は思っている。 私にとって両親は尊敬の対象だ。 父は王宮で仕事をしつつ、広い領地を管理している。 夜遅くまで仕事をしているなんてよくある事だった。 そんな父を母は精神面でずっと支えていた。 休憩を取らずに働く父に無理矢理休憩を取らせるのが母の役割で、父は母の言う事は比較的聞く。 私は二人が大好きだった……いや…今でも大好きですわ…。 でも私にはそれを思う事も、ましてや言う事なんておこがましい… だって… だって私は… …… 母の本当の子供ではないのですから…。 だけどそんな私を母は本当に大切に育ててくれた。 弟を身籠り自身の体調が優れない時でも、私が熱を出して寝込んでいる隣にいつもいてくれた。 眠れない時によく歌を聞かせてくれた… ――私にはそんな資格がないのに… 母は私を愛してくれた。 ◆◆◆ ある日私は弟と庭でお菓子を一緒に食べようと、厨房に自ら足を運んだ。 ただ、厨房にまさか私がくるとは思わなかったのか、使用人達が数名で話し込んでいた。 そこで私が声をかければ今でも知らなかったことだと思う… だけど私は自身の名前が聞こえてしまい、好奇心からその場に止まってしまった。 その内容は、幼い私に衝撃を与えるほどだった…なにせ自分の出自についてだったのだから。 母は長年子供ができずにいた。 貴族にとって跡継ぎを産み育てるというのは義務である。 もちろん生粋の貴族である母もそれは認識していた。 だからだろう…中々子供ができない母は少しずつ自責の念に押しつぶされていった…。 周りからも子供の事を急かす者もいれば、失礼な事に不仲説を社交界に流した者もいた。 もちろんその者に関しては父は早急に対処し、噂はすぐに消えたのだが… しかし母はだんだん塞ぎ込むように
Last Updated: 2025-10-02
Chapter: 007.父子「……さん」 「か……さ…ん」 「母さん!!!」友莉子は思い出の中に浸っていたが、怜の呼びかけに意識が現実に戻った。 そして目の前の少年から青年に育った怜をじっくりと見つめ、やがて笑顔を見せる。「ごめんなさい。昔の事を思い出していて…」 「昔の事?」 「えぇ…あなたが家に来たばかりの頃、部屋を何回も間違えてしまったり、外から帰ってこれなかったり…お化けが出るって夜中に私の布団に入ってきたり...フフッ…」 「母さん!その話はやめてくれよ!」友莉子は本当は2年前、怜達が海外へ行った時の事を思い出していたが、怜達は自分の事になるとかなり無茶をするので、彼らが居なかった時の事は怜や凛には伝えないように心に決めていた。「それより...いつ帰ってきたの?連絡ぐらいくれたら、空港まで迎えに行ったのに…」 「母さんを驚かせたくて、こっそりきたんだ!」 「驚いた?」怜は悪戯が成功した子供のように、無邪気な笑顔を浮かべた。 友莉子はそんな怜を愛おしく感じた。――この子のこんな表情は変わらないわね。可愛い...そんな事を考えていると、怜の手が友莉子の目元に触れた。「母さん...ごめん...そんなに驚かせてしまった?」 「えっ...?」友莉子が怜の指の上にのってる水滴に目を見張った。 そして自分でも触れてみると、涙がとめどなく溢れてきていた。「あれ?どうして...?こんなに嬉しいのに...なんで涙が...」友莉子は手の甲で涙を拭っているが、とめどなく出てくる涙の量が多く、間に合っていない。 怜はそんな友莉子を見ていると、心が苦しくなった。 そしてそっと友莉子を抱きしめる。「母さん...ごめん...ごめん...」――母さんを1人にしてごめん...。友莉子
Last Updated: 2025-10-18
Chapter: 006.裏切り2再び友莉子が目を覚ました時、見知らぬ天井が目に入った。ふと横を見ると慎二が友莉子の手を強く握りながら疲れた様子で眠っていた。その目の下には濃い隈ができてる。友莉子は慎二に握られている手を意識した時、嬉しさより先にこう思ってしまった。――気持ちが悪い。やっとの事で慎二から手が抜けそうになった時、更に強い力で握られた。「友莉子!目を覚ましたんだね!!良かった…本当に良かった…」慎二は涙をとめどなく流しながら友莉子の右手を両手で包み込み、自身の額に当てた。「家に忘れ物をして帰ったら、倒れている君がいたんだ」「頭から血を流してて...呼びかけても...呼びかけても返事がなくて...君に万が一の事があったら俺は生きていけない...」慎二は友莉子を愛おしそうに...そして本当に友莉子がいないと生きていけないと思わせる程の悲壮感を漂わせている。そんな慎二を友莉子は冷たく見つめていた。ようやく慎二が落ち着きを取り戻した頃、病室に担当医と看護師が入ってきた。「長井さん。頭は恐らく倒れられた時に切れただけだと思いますが、念の為、詳しい検査をしましょう。」「それと長井さんには持病もなく、今回の検査ではどこも異常が見受けられませんでした。今回倒れられたのは恐らく心理的負担…まぁストレスですね。そして寝不足のせいかもしれません。」医師は目元を緩めてゆっくりと伝える。「長井さんには入院が必要なので、入院中はゆっくり休んで、体力を回復するのに務めてください」「わかりました」担当医の説明が終わると同時に、看護師も点滴を変え終わり、2人で病室を後にした。病室に静寂が訪れた。その静寂を最初に破ったのは友莉子だった。「ねぇ慎二…」「何?」友莉子は窓の外を見ながら一言一言確実に伝えられるようにゆっくりと言葉を紡いだ。「私達……」「離婚しましょう…」
Last Updated: 2025-10-17
Chapter: 005.裏切り怜は後継者ではなくなったが、元々呑み込みが早く、何をやらせてもすぐに覚えていた。 19歳の時、表向きはアルバイトで雇用していたが、社長である慎二の口添えで一つのプロジェクトを任せてみた。 するとそのプロジェクトが成功し、会社に大きな利益をもたらした。 怜の実力が確かだった為、20歳の成人の日、潰れかけの子会社を任せてみたところそこでも成果をあげて立派な会社に育て上げた。 そうした怜の努力は周りに認められ、長井家の本家にも怜は認められた。 体が弱かった妹の凛も5年間の治療のおかげで体調が良くなり、今では齢15歳で怜を陰ながら補佐していた。 凛の得意分野はIT系だった為、学校に通いながら自宅で作業ができた。 本当にこの兄妹は天才といえる。 友莉子にとって自慢の子供達だった。 それでも友莉子は怜を跡継ぎにしてあげられなかった事をとても後悔しており、凛の体も良くなったので、二人に独立を提案した。 二人の足かせになるのなら、養子縁組を解消しても良いと言った程だ。 しかし二人は友莉子に泣きついてきた。「捨てないで母さん」 「私、お母さんがいないとお勉強できない」 「そうだよ母さん。僕達が仕事や勉強できないと母さん困るだろ」 「お母さんと一緒がいい~」 「僕も凛も母さんがいないと生きていけないんだ!」そう。この二人は友莉子にとても懐いていた。 怜は何をもってしても凛と友莉子が優先。 凛も怜と友莉子が優先となっていた。 慎二が仕事で朝まで帰ってこない日は三人で横並びになり寝る事もよくあった。 もちろん友莉子が真ん中で、両隣には兄妹が友莉子の腕にしがみついて寝る。 当時赤ん坊だった翔が泣き出すと、友莉子より怜や凛が世話をしに行き、大変だと思っていた子育ても二人のおかげでだいぶ楽ができた。 友莉子にとって、二人は我が子同然の存在だった。 そんな二人が6年前に慎二から梓を紹介された時、嫌悪感を露わにしていた。 二人は元々慎二には懐いておらず、また慎二も二人を嫌っており、最低限のコミュニケーションしかとってこな
Last Updated: 2025-10-04
Chapter: 004.養子***** 友莉子は重たい体を無理矢理起こして、身支度を始めた。 そして洋服を着て一階にゆっくり降りている最中に、ドアが開く音がして足を止めた。 ――帰ってきたのかな… 友莉子は逡巡した。 今あの二人に会えば問い詰めてしまいそうだからだ。 それにまだ決断するには、あの二人の存在は友莉子にとって大きすぎる。 だけど大きすぎるが為に、一度傷つくと立ち直れなくなる。 友莉子は足音を立てずに自室に引き返そうとした時、背後から嬉しそうな声をかけられた。 「ただいま、母さん。」 友莉子が振り向くと、そこにはスーツを完璧に着こなし太陽のような笑顔を浮かべる青年、長井 怜(ながい れい)が立っていた。 「…怜…あなただったのね…お帰りなさい」 友莉子は怜だと認識した途端に緊張で強張らせていた表情から一変して、優しく包み込むような笑顔を見せた。 その表情の変わりように怜は眉を寄せたが、気にせずゆっくりと友莉子に近づき抱擁した。 「…はぁ…本当にただいま。母さん…会いたかった…」 「もぅ!子供じゃないんだから甘えないの!」 怜は友莉子より頭一つ分ほど身長が高かったが、友莉子の肩に頭をのせて自分の臭いをつけるかのように頭を擦り続けた。 怜は慎二と友莉子が九年前に引き取った養子だ。 結婚一年目で子供ができなかった友莉子は慎二の義母、時子に必要以上に責められた。 会うたびに子供が出来ない事を罵られ、無能呼ばわりされていた。 それを知った慎二が祖母のふみ江の許可を取り、後継者候補にする為に孤児院から養子を引き取る事になった。 それが当時十四歳の怜だった。 怜は体の弱い妹、凛《りん》をとても大事にしており、早く治療をしてくれて大切に育ててくれる養子先がくる事を日々願っていた。 そしてようやく来たのが友莉子達だった。 怜は身なりでとても裕福そうな家だと判断し、そして何より友莉子の容姿に惹かれた。 二人の会話を聞いていると、慎二は友莉子には優しかったが、近づいてきた子供達に手を差し出そうとはしなかった。 ただ仮面のような笑顔を貼りつけているだけだった。 反対に友莉子は子供を抱っこしたり、服に子供の鼻水や涎がついても笑顔でその子の頭を撫でていた。 怜はとても悩んだ。 確かに友莉子はとても良い人だろう。それは
Last Updated: 2025-10-03
Chapter: 003.過去2鳥の囀りが眠っていた友莉子の意識を少しずつ覚醒させる。――…夢…昔の夢。友莉子は慎二と出会った頃の夢を見ていた。「はぁ…何が一生よ…本当…嘘つき…」結婚してから10年…本当に色々な事があった。慎二の継母には出自が卑しいというので嫌われており、毎年新年や慎二の祖父のお墓参りの時は神経を使い、嫌がらせにも耐えている。幸いな事に、祖母や双子の弟妹には好かれているので、それほど居心地が悪いわけではない。慎二の父親は形式的な挨拶以外、友莉子には無関心でいる。ある出来事がきっかけで、夢を諦める事になってしまったが後悔はしていなかった。それは全部、慎二と共に生きる為だったから。翔が生まれてからは夫婦生活は大変だったけどとても幸せだった。しかし六年前、慎二の幼馴染の流連梓(りゅうれんあずさ)が海外から帰国した時、この生活が徐々に壊れ始めた。――慎二は梓さんの事が好きなの…よね…梓が帰国してからの慎二は、梓が生活における何よりの優先事項になっていた。どんなに忙しくても梓が寂しいと言えば、家からすぐに出て行き一日中戻らない。帰国したすぐ後に歓迎パーティーをすると言って、お金を何億とつぎ込みクルーズ船で行い花火を上げたりとそれはとても豪華な歓迎パーティだったそうだ。梓が友莉子の事を嫌っている為、歓迎パーティには来るなと言われ、そして当時一歳だった翔まで連れていかれた。友莉子一人が家に残った。友莉子が風邪を引き苦しんでいる時、梓もまた風邪を引き、慎二は翔を連れて梓の看病に行った。――それに…友莉子が一番傷ついたのは半年前の出来事だった。梓から夜の港に呼び出されてこう言われた。「そろそろ慎二から離れてくれないかしら?もちろん翔君は大切に育ててあげるから…」「何を言っているの…」「フフ。だって慎二は今も昔も私が好きなんだもの…翔君だって、貴方より私が好きだって。あなたが邪魔なの。私は慎二をずっと愛していたのに、帰ってきたら貴方がいたのよ…本当に腹立たしいったらないわ!」「私は!!!!」友莉子が反論しようとした所で、梓は友莉子の後ろに何かを見て目を光らせてこう続けた。「そうだ…賭けましょう。慎二は私と貴方のどちらを優先するか…そしてどちらの言い分を信じるか…」梓の口元が怪しい笑みを浮かべた瞬間に叫び始めた。「きゃ~~!!友莉子さんや
Last Updated: 2025-10-02
Chapter: 002.過去沢山の桜が舞い散る桜並木道を友莉子がゆっくり歩いている。一歩一歩踏みしめ、これから四年間の大学での学びに心を躍らせる。そして友莉子を見た周りの人は友莉子に心惹かれていた。友莉子は腰まである銀色の髪に瞳の色がオッドアイという目立つ容姿をしていた。また容姿だけではなく、友莉子が纏う優しい雰囲気も人を魅了している。彼女の両親は白蓮国によく生まれる黒髪黒目という容姿をしており、友莉子だけが違った。しかし母方の親戚は外国の血筋が混ざっているので、稀に生まれる特徴的な容姿なのだそうだ。幸い、この容姿で虐められることもなく両親に愛されて育ってきた友莉子だったが、15歳の時、両親が交通事故に合い母はこの世を去った。父は運良く命を繋いだが、植物状態となっている。事故が起きた後、母方とは絶縁状態だった為、父方の祖父母に育てられた。友莉子は祖父母に負担をかけないように、そして父の治療費を少しでも稼ぐためにインターネットで自分が作った歌を流して少しずつ稼いだ。昔から歌うのが好きだったので、趣味もかねてというのも継続する力になった。そうして細々と活動しているうちに、16歳の春、バンド仲間ができた。そこからはネットでの人気が高まり収入がかなりよく、治療費や生活費だけではなく大学に行ける費用も稼げた。そんな経緯で入学できた大学は友莉子にとって楽しみの場所になるのは必然だ。バンド仲間もそれぞれの道に進んだが、これからも一緒にバンド活動をし、ゆくゆくは顔を出してメジャーデビューをしたいと夢を語っていた。実際、事務所からの誘いもあった為、皆は大学生活に慣れたら本気で考えるつもりでいた。それに一人は本格的に海外へ音楽を学びにいってしまった為、メジャーデビューの話を受けるにしても彼が帰ってきてからになる。入学してから暫くが経ち、大学生活にもようやく慣れてきた頃、友莉子の前に赤いバラを両手いっぱいにして立ちふさがった青年がいた。彼は二年先輩の長井信二。世界第三位の大企業の御曹司であり、その容姿も優れていた為、学校中の女生徒が彼に好意を抱いていた。更にはどの女性にもなびかない難攻不落の城塞で、女生徒の告白を断る時も冷淡に突き放すように断る事で有名だった。彼に告白して撃沈した女生徒は涙を流して去り、翌日からは彼に近づかないようにするくらいだ。噂だとかなり酷い振られ
Last Updated: 2025-10-02