002.過去

沢山の桜が舞い散る桜並木道を友莉子がゆっくり歩いている。

一歩一歩踏みしめ、これから四年間の大学での学びに心を躍らせる。

そして友莉子を見た周りの人は友莉子に心惹かれていた。

友莉子は腰まである銀色の髪に瞳の色がオッドアイという目立つ容姿をしていた。

また容姿だけではなく、友莉子が纏う優しい雰囲気も人を魅了している。

彼女の両親は白蓮国によく生まれる黒髪黒目という容姿をしており、友莉子だけが違った。

しかし母方の親戚は外国の血筋が混ざっているので、稀に生まれる特徴的な容姿なのだそうだ。

幸い、この容姿で虐められることもなく両親に愛されて育ってきた友莉子だったが、15歳の時、両親が交通事故に合い母はこの世を去った。

父は運良く命を繋いだが、植物状態となっている。

事故が起きた後、母方とは絶縁状態だった為、父方の祖父母に育てられた。

友莉子は祖父母に負担をかけないように、そして父の治療費を少しでも稼ぐためにインターネットで自分が作った歌を流して少しずつ稼いだ。

昔から歌うのが好きだったので、趣味もかねてというのも継続する力になった。

そうして細々と活動しているうちに、16歳の春、バンド仲間ができた。

そこからはネットでの人気が高まり収入がかなりよく、治療費や生活費だけではなく大学に行ける費用も稼げた。

そんな経緯で入学できた大学は友莉子にとって楽しみの場所になるのは必然だ。

バンド仲間もそれぞれの道に進んだが、これからも一緒にバンド活動をし、ゆくゆくは顔を出してメジャーデビューをしたいと夢を語っていた。

実際、事務所からの誘いもあった為、皆は大学生活に慣れたら本気で考えるつもりでいた。

それに一人は本格的に海外へ音楽を学びにいってしまった為、メジャーデビューの話を受けるにしても彼が帰ってきてからになる。

入学してから暫くが経ち、大学生活にもようやく慣れてきた頃、友莉子の前に赤いバラを両手いっぱいにして立ちふさがった青年がいた。

彼は二年先輩の長井信二。

世界第三位の大企業の御曹司であり、その容姿も優れていた為、学校中の女生徒が彼に好意を抱いていた。

更にはどの女性にもなびかない難攻不落の城塞で、女生徒の告白を断る時も冷淡に突き放すように断る事で有名だった。

彼に告白して撃沈した女生徒は涙を流して去り、翌日からは彼に近づかないようにするくらいだ。

噂だとかなり酷い振られ方をするらしい。

そんな有名人の長井信二が今、目の前で信じられない事を言ってきている。

「篠嵜友莉子(しのざきゆりこ)さん！私と結婚を前提にお付き合いをしてください」

慎二は緊張からなのか、顏を耳まで真っ赤にして、バラを持っている手が小刻みに震えている。

「私は必ずあなたを幸せにします！この命をもってあなたを最後まで愛しぬくと誓います！

だからどうか、私とお付き合いをしてください！！」

「…えっと…ごめんなさい？私はあなたの事をよく知らないので…その…結婚前提はちょっと…」

友莉子が断ると、さっきまで真っ赤だった慎二が今度は真っ青になっている。

「そ…そうですよね…はは…ではお友達から…は…」

慎二は簡単には引き下がらなかった。

どうしても友莉子とお近づきになりたいという雰囲気が体からでていた。

実は友莉子はこういう事に慣れている。

友莉子の人生で、自分の事をあまり知らないのに告白してくる人は後を絶たなかった。

なので友莉子は心を鬼にして断る事に決めている。

「ごめんなさい先輩。お断りいたします。

先輩にはこれから先、もっと良い方が現れますよ。それでは失礼いたします。」

そうして終わったかと思った友莉子だが、慎二も負けていなかった。

次の日もそのまた次の日も毎日毎日赤いバラの花束を持って友莉子に告白をしていた。

そんな光景が半年以上続いたある雪の日。

夕方から大雪警報が出ていたので、どの講義も午前で終了し生徒は皆学校を後にした。

――さすがに今日は来ないわよね…

友莉子は帰宅して、部屋で曲を作りながら慎二の事を考えていた。

あれから諦めずに毎日告白してくる彼。

慎二は決して暇な人ではなかった。

単位も既に卒業するには十分に足りており、あとは四年生になった時の必修科目と卒業論文を残すのみ。

三年の今もほとんど授業がない。

彼は卒業後に会社を継ぐため、大学生の今も働いているらしい。

だから学校にはほとんどいないはずなのだが、毎日夕方に友莉子へ告白する為だけに学校に来ているらしい。

友莉子が窓の外を見ると、雪が降ってきていので曲を作る手を止め、玄関や家の前に塩を撒きにいった。

一通り塩を撒き終わった頃には雪が本格的に降ってきており、翌日に雪搔きがすぐにできるように道具を準備しようとした所、友莉子の携帯が鳴った。

「友莉子大変！！今大学の前を通ったんだけど…いるよ…傘もささずに！！」

「えっ！？」

友莉子は友人の知らせに驚き、急いで校門前に行った。

校門前に到着すると、そこには本当に傘をささずにいつもの赤い薔薇の花束を持って待っている慎二がいた。

頭や肩には雪が積もっている。

――彼はどれくらいここにいたんだろう…。

友莉子はそう思いながらゆっくりと慎二に近づき、慎二が友莉子に気がつくと笑顔でいつもの言葉を伝える。

「篠嵜友莉子さん。私と結婚を前提にお付き合いをしてください」

そう言って花束を差し出す。

友莉子は暫くその花束を見て口を開いた。

「あなた…馬鹿なんですか…なんでこんな日まで…風邪ひくじゃないですか…

そもそもなんで毎日毎日こんな事するんですか…気持ち悪いです…」

「ハハ…気持ち悪いですか…確かに…でも…俺は本気であなたと結婚したいと思ったんです。」

「だから何で！！私の事知らないじゃないですか！！」

友莉子は知らず知らずの内に涙を流しながら声を荒げていた。

「確かに最初は一目惚れでした。あなたの事を知らなかったけど、桜の花びらが舞う中を歩く貴方はとても美しくて…

天使様かと思いました。そしてそれから毎日のように貴方を見て話して…本気で好きになりました」

「全く…ストーカーですよ…こちらは迷惑です…それにあなた…忙しいのでは？」

「確かに今は父の後を継ぐ為に会社で働いていますけど、忙しくても必ずこの時間は確保するようにしています」

慎二は一呼吸おいて満面笑顔を友莉子に向けた。

「だって友莉子さんと会える大切な時間ですから！」

「あなたって人は…」

友莉子はそっと自分の傘に慎二を向かい入れて、そっと呟いた。

「私は裏切りが嫌いです…」

「？」

「私はとても嫉妬深いですよ…浮気なんて絶対に許しません…言い訳なんて聞かずにすぐ別れます！！」

「！？」

「…それでも後悔しませんか…？」

「もちろんです！俺は一生友莉子さんを大切にします！！」

友莉子は心からの笑顔を慎二に見せた。

こうして慎二の努力は報われ、二人はお付き合いを始め、友莉子が大学を卒業したと同時に結婚をした。

慎二はずっと友莉子を大切にしていて、友莉子も慎二を大切に思っていた。

これから先、どんな困難が待ち受けていても二人なら乗り越えられると信じていた。

だけど現実は残酷にもそうではなかった。