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007.父子

Author: 小嵩 名雪
last update Last Updated: 2025-10-18 18:00:37

「……さん」

「か……さ…ん」

「母さん!!!」

友莉子は思い出の中に浸っていたが、怜の呼びかけに意識が現実に戻った。

そして目の前の少年から青年に育った怜をじっくりと見つめ、やがて笑顔を見せる。

「ごめんなさい。昔の事を思い出していて…」

「昔の事?」

「えぇ…あなたが家に来たばかりの頃、部屋を何回も間違えてしまったり、外から帰ってこれなかったり…お化けが出るって夜中に私の布団に入ってきたり...フフッ…」

「母さん!その話はやめてくれよ!」

友莉子は本当は2年前、怜達が海外へ行った時の事を思い出していたが、怜達は自分の事になるとかなり無茶をするので、彼らが居なかった時の事は怜や凛には伝えないように心に決めていた。

「それより...いつ帰ってきたの?連絡ぐらいくれたら、空港まで迎えに行ったのに…」

「母さんを驚かせたくて、こっそりきたんだ!」

「驚いた?」

怜は悪戯が成功した子供のように、無邪気な笑顔を浮かべた。

友莉子はそんな怜を愛おしく感じた。

――この子のこんな表情は変わらないわね。可愛い...

そんな事を考えていると、怜の手が友莉子の目元に触れた。

「母さん...ごめん...そんなに驚かせてしまった?」

「えっ...?」

友莉子が怜の指の上にのってる水滴に目を見張った。

そして自分でも触れてみると、涙がとめどなく溢れてきていた。

「あれ?どうして...?こんなに嬉しいのに...なんで涙が...」

友莉子は手の甲で涙を拭っているが、とめどなく出てくる涙の量が多く、間に合っていない。

怜はそんな友莉子を見ていると、心が苦しくなった。

そしてそっと友莉子を抱きしめる。

「母さん...ごめん...ごめん...」

――母さんを1人にしてごめん...。

友莉子
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