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辻野幸枝
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Novels by 辻野幸枝

クズ事務所に捨てられましたが、私の絵の才能を信じてくれた最古参ニートの正体は石油王でした

クズ事務所に捨てられましたが、私の絵の才能を信じてくれた最古参ニートの正体は石油王でした

元人気子役でYouTuberの相沢ひまりは、事務所から契約を打ち切られ、恋人にも捨てられてしまう。 そんな彼女の前に現れたのは、「働きたくない」が口癖の無職系配信者・神崎蒼。 だが彼の正体は、日本有数の財閥の御曹司だった。 さらに蒼だけが、ひまりの隠された天才的な画力に気付く。 どん底から始まる逆転劇。 ざまぁと恋が交差する、痛快現代ラブストーリー!
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Chapter: 第三十六話「急上昇ランキング」
休日の朝。相沢ひまりは、いつものようにコーヒーを飲みながらスマートフォンを手に取った。「おはようございます……。」何気なく動画投稿サイトを開いた、その瞬間だった。「あれ?」画面に表示された文字を見て、思わず目をこすった。「急上昇ランキング……七位?」何度見ても変わらない。昨夜のお絵描き配信が、VTuber部門の急上昇ランキングに入っていた。「うそ……。」思わず声が漏れる。配信を開くと、コメント欄は朝から大賑わいだった。『急上昇おめでとう!』『ランキング見て来ました!』『初めて見たけど癒やされる!』『子どもと一緒に見ています!』『優しい配信っていいね。』ひまりは口元を押さえた。「こんなにたくさん……。」昨日まで知らなかった人たちが、自分の配信を見つけてくれている。そのことが何より嬉しかった。そこへ一本の電話が鳴る。担当編集者の三浦だった。「相沢さん、おはようございます!」「おはようございます!」「見ましたか?」「はい! 急上昇ランキングですよね!」三浦も興奮した様子だった。「編集部でも朝から大騒ぎなんですよ!」「本当に私なんでしょうか……。」「もちろんです。」三浦は笑う。「絵本の売れ行きも好調ですし、動画から本を知ってくださる方も増えています。」「そんなことまで……。」「相乗効果ですね。」ひまりは嬉しさと驚きで胸がいっぱいになった。「ありがとうございます。」電話を切ったあとも、コメント欄を何度も眺める。その一つひとつが、自分の背中を押してくれているようだった。***午後。ひまりはいつもの喫茶店へ向かった。窓際では、神崎蒼がコーヒーを飲みながら本を読んでいる。「神崎さん!」「おはよう。」「見ましたか?」スマートフォンを差し出す。蒼は画面を見ると、小さく微笑んだ。「急上昇だね。」「七位なんです!」「すごい。」その一言だけだった。けれど、蒼らしい祝福だった。「私、まだ夢を見ているみたいで。」「夢じゃない。」静かな声が返ってくる。「相沢さんが積み重ねてきた結果だよ。」「でも、運が良かっただけかもしれません。」蒼は首を横に振る。「毎回、丁寧に描いてる。」「……。」「コメントも一つずつ読んでる。」「はい。」「それを見てくれている人が増えた。」その言葉に
Last Updated: 2026-08-09
Chapter: 第三十五話「私にもファンがいる」
春のやわらかな陽射しが窓から差し込み、相沢ひまりはパソコンの前で首をかしげていた。「メンバーシップ……ですか?」 画面の向こうでは、担当編集者の三浦が笑顔で頷く。「はい。出版社にも『応援したい』『活動をもっと知りたい』というお問い合わせが増えてきました。」「でも、私なんかが……。」ひまりは戸惑いを隠せなかった。子役時代にもファンクラブはあった。けれど、それは事務所が管理するもので、自分の意思とは関係なく運営されていた。今度は違う。自分の作品を好きだと言ってくれる人たちのための場所。そう考えると、不思議と胸が温かくなった。三浦は優しく言う。「無理に大きなことをする必要はありません。」「はい。」「配信予定やイラストの制作裏話を少し載せるだけでも、皆さん喜んでくださいますよ。」「……そうなんですね。」「相沢さんらしく続ければ、それで十分です。」その言葉に背中を押され、ひまりは静かに頷いた。「やってみます。」***数日後。配信の最後。ひまりは少し照れながら切り出した。「今日は、皆さんにお知らせがあります。」コメント欄が一気に流れ始める。『何!?』『新作!?』『重大発表!?』ひまりは小さく笑った。「今日は皆さんにお知らせがあります。」「応援してくださる皆さんとの交流の場として、公式の応援ページを作ることになりました。」「配信予定やイラストの制作裏話なども少しずつ載せていけたらと思っています。」 「メンバーシップという形式にはなりますが、無理のない範囲で応援していただけたら嬉しいです。もちろん、これまでどおり通常配信も続けます!」 一瞬、静かになったコメント欄が、次の瞬間には勢いよく流れ始める。『おめでとう!!』『待ってました!』『絶対入る!』『嬉しい!』ひまりは目を丸くした。「こんなに喜んでもらえるなんて……。」「本当にありがとうございます。」画面の向こうへ向かって深く頭を下げる。「皆さんと、これからも一緒に楽しい時間を作れたら嬉しいです。」優しい笑顔に、コメント欄も温かな空気に包まれた。***翌日。メンバーシップは予想以上の勢いで会員が増えていた。三浦からも電話が入る。「相沢さん、おめでとうございます!」「ありがとうございます。」「編集部でも驚いています。こんなに早く反
Last Updated: 2026-08-06
Chapter: 第三十四話「初めてのサイン会」
雲ひとつない青空が広がる休日の朝。相沢ひまりは、鏡の前で何度も深呼吸を繰り返していた。「だ、大丈夫……。」今日は、人生で初めてのサイン会。全国の書店で開催されるほどの大きなものではない。出版社が企画した、小さな記念イベントだった。それでも、ひまりにとっては十分すぎるほど大きな挑戦だった。「誰も来なかったら、どうしよう……。」思わず本音が漏れる。机の上には、今日サインを書くためのペンが何本も並べられていた。書き心地を確かめながら、何度も自分の名前を書いてみる。「緊張します……。」スマートフォンが震えた。神崎蒼からのメッセージだった。『楽しんできて。』たったそれだけ。でも、その短い言葉に自然と肩の力が抜けた。『はい! 行ってきます!』そう返信すると、ひまりは笑顔で家を出た。***イベント会場は、大きな書店の特設スペースだった。入口には、自分の絵本が並べられている。その光景を見ただけで胸が熱くなる。「相沢さん、おはようございます。」担当編集者の三浦が笑顔で迎えた。「お、おはようございます。」「緊張していますか?」「はい……。」正直に答えると、三浦は優しく笑う。「大丈夫ですよ。」「本当に来てくださる方がいるんでしょうか……。」「います。」迷いのない返事だった。「編集部にも『楽しみにしています』というお問い合わせがたくさん届いています。」その言葉を聞いても、まだ実感は湧かなかった。控室で待っていると、スタッフが慌てた様子で入ってくる。「三浦さん!」「どうしました?」「お客様が予定より早く並び始めています!」「もうですか?」「はい!」ひまりは思わず立ち上がる。「えっ……?」三浦が窓の外を見る。そして静かに微笑んだ。「相沢さん。」「はい。」「見てみましょうか。」恐る恐る外をのぞく。「……。」言葉を失った。入口の前には、たくさんの親子が並んでいた。小さな子どもが絵本を抱きしめている。お父さんと手をつないでいる子。お母さんの腕に抱かれた小さな女の子。列は少しずつ伸びていく。「うそ……。」目を疑った。「私に会いに……?」三浦は嬉しそうに頷く。「皆さん、相沢さんに会いたくて来てくださったんです。」ひまりは胸がいっぱいになった。「ありがとうございます……。」思わず
Last Updated: 2026-07-26
Chapter: 第三十三話「子どもたちからのお手紙」
窓から差し込む朝日が、机の上に置かれた色鉛筆を優しく照らしていた。相沢ひまりは、コーヒーを片手にメールを確認していると、一通の連絡に目が留まった。件名――【読者の皆さまからのお手紙が届いています】「お手紙……?」担当編集者の三浦さんからだった。『編集部にたくさんのお手紙が届きました。もしよろしければ、一度お越しいただけませんか?』ひまりは目を丸くした。「私に……お手紙?」子役時代にもファンレターをもらったことはあった。けれど、そのほとんどは人気番組に出演していた頃のものだった。今届いているのは違う。"絵本"を読んでくれた人からの手紙だ。胸が少し高鳴る。その日の午後。ひまりは出版社を訪れていた。応接室へ案内されると、机の上には大きな箱が置かれている。「えっ……。」思わず声が漏れた。三浦さんが優しく笑う。「全部、相沢さん宛てです。」「こ、こんなに……?」「はい。」箱いっぱいに詰まった封筒。色とりどりの便箋。幼い文字で書かれた名前。かわいらしいシール。「読んでみてください。」ひまりは一通目を開いた。『ひまりせんせいへこねこさんがかわいかったです。まいにちよんでいます。またえほんをかいてください。5さい ゆい』「……。」思わず口元を押さえた。続いて二通目。『ぼくはえをかくのがにがてでした。でも、このえほんをよんで、かいてみたくなりました。おおきくなったら、ぼくもえをかきたいです。6さい そうた』ひまりの目が潤む。三通目。『いつもねるまえに、おかあさんによんでもらっています。つづきもたのしみにしています。』四通目。『ままといっしょによみました。こころがぽかぽかしました。』 五通目には、一枚の折り紙が同封されていた。開くと、小さなチューリップが丁寧に折られている。『せんせいへ。おえかき、たのしいです。またかわいいえをみせてください。ありがとう。』たどたどしい文字を見つめながら、ひまりは折り紙をそっと両手で包み込んだ。「大切にします。」小さくそう呟くと、涙がもう一粒、頬を伝って落ちた。一通、また一通。どの手紙にも、小さな想いが詰まっていた。ひまりは静かに涙をぬぐう。「こんなに……。」三浦さんが穏やかに言う。「皆さん、本当に楽しんでくださっています。」「
Last Updated: 2026-07-25
Chapter: 第三十二話「初めての絵本制作」
柔らかな春風が、窓辺のレースカーテンを揺らしていた。相沢ひまりは、自宅の机に向かいながら、一冊目の絵本を何度も手に取っては微笑んでいた。本屋で見かけるたびに胸が高鳴る。SNSには読者の感想が毎日のように届き、子どもたちが笑顔で絵本を読んでいる写真も増えていた。「まだ夢みたい……。」そう呟いた時、スマホが鳴る。画面には、担当編集者・三浦さんからの着信だった。「はい、相沢です。」『おはようございます! お時間よろしいですか?』いつもより少し弾んだ声だった。「もちろんです。」『実は……嬉しいご報告があります。』ひまりは思わず背筋を伸ばす。「はい。」『絵本の制作をお願いしたいんです。』「……え?」一瞬、意味が分からなかった。『社内でも評判がとても良くて、ぜひ制作を相沢さんにお願いしたいという話になりました。』「わ、私に……ですか?」『はい。ぜひ、お願いします。』ひまりは言葉を失った。ようやくイラストを描き終えたばかり。もう次の依頼が来るなんて、夢にも思っていなかった。「ありがとうございます……!」自然と頭を下げていた。電話の向こうで編集者も笑う。『こちらこそありがとうございます。今回は少しだけ季節感のあるお話を考えています。もちろん、相沢さんらしい優しい絵でお願いしたいです。』「はい! 頑張ります!」電話を切ると、ひまりはしばらくスマホを見つめたままだった。「絵本製作……。」その言葉を何度も口にする。すると今度は、蒼からメッセージが届く。『今日、喫茶店?』ひまりは思わず笑みを浮かべた。『行きます!』***午後。いつもの喫茶店。「こんにちは。」「こんにちは。」蒼はコーヒーを飲みながら微笑んだ。「何かいいことあった?」ひまりは嬉しさを抑えきれず、鞄からノートを取り出す。「実は……。」編集者とのやり取りを話し終える頃には、頬が少し赤くなっていた。「絵本製作の依頼なんです!」「うん。」「また描いていいって言われました!」「そう。」蒼は静かに頷く。「よかったね。」たった一言。でも、その一言がひまりには何より嬉しかった。「ありがとうございます。」「俺は何もしてない。」「そんなことありません。」ひまりは首を横に振る。「あの日、スケッチブックを見つけてくれたのは神崎さんです。
Last Updated: 2026-07-24
Chapter: 第三十一話 「憧れのイラストレーター」
 朝の光が、カーテン越しに柔らかく差し込んでいた。喫茶店の窓際で、相沢ひまりはスマホの通知を見たまま固まっていた。神崎蒼は、いつものようにコーヒーを飲みながらそれを見ていた。相沢ひまりは、スマホの通知を見たまま固まっていた。「……え?」画面には一通のメール。【絵本作家・朝霧つむぎ先生とのオンライン対談企画について】「……朝霧、つむぎ先生……?」声が小さく漏れる。それは、ひまりが子どもの頃からずっと読んできた絵本作家だった。優しい色彩。静かな物語。誰かの心をそっと包むような絵。子役時代、仕事に疲れて帰っても、唯一安心できた世界。その作者と――対談。「む、無理でしょこれ……」思わずスマホを机に置く。その瞬間。「何が無理なんですか?」向かい側から声がした。神崎蒼だった。いつものように、何も考えていないような顔でコーヒーを飲んでいる。「朝霧つむぎ先生と……対談です……」「うん」「うん、じゃないです!」ひまりは机を叩きそうになる。「私、まだ全然ですし……! あんな人と話すなんて……!」蒼は少しだけ視線を上げた。「好きなんだ?」「……はい」即答だった。「ずっと憧れてました」「じゃあ、いいじゃん」「よくないです!」ひまりは身を乗り出す。「憧れって、遠いから憧れなんです! 近づいたら壊れます!」蒼は一瞬だけ黙った。そして静かに言う。「壊れないよ」「え?」「本物は、近づいても壊れない」その言葉に、ひまりは少しだけ言葉を失った。***対談当日。白い壁のオンラインスタジオ。画面の向こう側に、ひとりの女性が映っていた。柔らかな笑顔。落ち着いた雰囲気。それだけで空気が変わるような存在感。朝霧つむぎ。「はじめまして、相沢ひまりさん」「は、はじめまして……!」声が裏返る。コメント欄が流れる。『緊張してるw』『かわいい』『大丈夫かこれ』ひまりは手汗でマウスを握りしめていた。蒼は別の場所で配信画面を見ていた。コーヒーを飲みながら、小さく呟く。「……大丈夫」***対談は静かに始まった。最初は作品の話。絵本の制作過程。色彩の選び方。子どもへの思い。ひまりは必死に答えていた。「わ、私は……まだ全然未熟で……」そう言いかけたときだった。朝霧つむぎが、少しだけ笑った。
Last Updated: 2026-07-23
JK雀士は、異世界麻雀で無双する!

JK雀士は、異世界麻雀で無双する!

かつて雀姫と謳われた、女子高生雀士、リリィ篠宮。 だが、彼女は八百長疑惑をかけられた事で、プロ麻雀界を追放された。 これは、失われた誇りを取り戻すため、そして世界の理不尽に立ち向かう、「役満姫」の物語である。
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Chapter: 第9話 「眠れる雀士の覚醒」
  夕暮れの《王都雀荘》は、外の|喧騒《けんそう》を遮断するかのように、しっとりとした空気をまとっていた。牌を打つ乾いた音が、店内の奥まで低く響く。けれど、その奥の物置部屋に腰掛けるリリィの耳には、その音はどこか遠くの|潮騒《しおさい》のように、淡くぼやけて届いていた。「……また、同じ夢だったわね」机に置かれた湯飲みから立ちのぼる湯気が、ゆらゆらと揺れる。夢の中で見えるのは、あの時の牌山。仲間の笑顔、観客の熱狂、熱を帯びた視線。そして――突然響いた審判の声。“八百長の疑いあり”。リリィの指先が、微かに震える。その声の余韻は、何度夢から覚めても消えなかった。「リリィさん……?」戸口からそっと顔を出したミミが、不安げに覗き込んだ。小柄な身体、埃っぽい匂い。けれどその瞳は真っすぐだ。「顔色、悪いですよ。また、あの夢を?」リリィはかすかに笑って見せた。「心配性ね。ただ少し、思い出していただけよ」「……例の、過去のこと?」「そう。麻雀を愛していた、一番輝いていた頃の私の夢」短く返す声に、かすかな苦みが混じっている。ミミは、すぐには踏み込まなかった。だが、胸の奥にずっと沈んでいた疑問が、とうとう口をついた。「リリィさん……本当は、やってないんですよね? あの、八百長ってやつ」リリィは目を閉じ、深い息を吐いた。「いいえ。……やったわ」その答えは、驚くほど静かで、迷いがなかった。ミミは息をのむ。彼女の目からは、信じられない、という色が溢れていた。「でも……どうして……? リリィさんが、そんなことするなんて……信じられない」「守るためよ。私にとって、あの時守らなければならないものがあった。そのために、私は……勝負を捨てた。私の大切な、たった一人の雀士を、麻雀界の闇から守るために」その言葉の重みが、物置部屋の空気を支配した。ミミは膝の上で拳を握りしめ、言葉を探す。「でも、当時は誰も信じてくれなかった。……セディリオ、あの王子だけが例外だった」その名前に、ミミは小さく反応した。リリィの口から何度も聞いた名前。だが、その名を口にする時だけ、リリィの声音がわずかに柔らかくなるのを、ミミは知っている。「どうして、王子は信じてくれたんでしょう。リリィさんが八百長をやったって言ったのに」「さあ……私にもわからない。ただ、あの時の彼の目は勝負師の目だった
Last Updated: 2026-08-09
Chapter: 第8話 「天才の噂」
 「おいおい、本当に聞いたのか? 昨日の勝負のこと」「聞いた聞いた。ミミって小娘の代打ちに出た雑用係の女が、あのエドガーをぶっ倒したって話だろ? もう雀荘中がその話題で持ち切りだ」「しかも一晩で、あのエドガーの全財産をほぼ持っていったらしいじゃねぇか。いったい何があったんだ?」「信じられねえよな。雑用係だぞ? ただの掃除女が、王都の裏麻雀界でも屈指の打ち手と謳われたエドガーを、一方的に叩きのめしたってんだから」昼下がりの王都雀荘は、いつもよりざわついていた。普段なら牌を打つ乾いた音と、たまに漏れるため息だけが満ちているはずの空間が、この日はまるで昼間の酒場のようだ。カウンター席でも、個室でも、耳をそばだてた客同士がグラスを片手に小声で情報を交わしている。彼らの視線は、店の奥へと向かう廊下の先に向けられていた。「雑用係って……名前なんだったっけ?」「リリィだよ。」「……あ? 聞き覚えあるな。どこかで聞いたような……」「そりゃあるだろ。数年前にこの王都の麻雀界に突如現れて、向こうじゃ“最強の女雀士”って呼ばれてた天才だ。わずか数年で麻雀界の頂点に駆け上がり、誰にも手がつけられない怪物だったって話だ」「は? それがなんでここで雑用やってんだ。そんな才能、放っておくわけねぇだろ」会話に割って入ったのは、卓を囲んで牌を並べていた中年男だった。彼は深く煙草をくゆらせ、薄い笑みを浮かべながら口を開く。「お前ら、知らないんだな。リリィは一度、表舞台から姿を消した。その理由は誰も知らないが……裏じゃこう言われてる。八百長の濡れ衣を着せられたってな」「八百長……まさか、あのリリィが?」「ああ。ただ、それを信じちゃいない奴の方が多い。彼女を知る者たちは、むしろ“リリィがそんなことするか”って言う方が大半だ。それほどまでに、彼女の打ち筋は純粋で、誰よりも麻雀を愛していた」その噂話に、近くの若い従業員がふっと口をはさんだ。「俺、昨日の打ち筋見てたけど……あれはもう、反則みたいなもんだよ。エドガーがどんな巧妙なイカサマを使っても、リリィさんの前では何一つ抵抗できなかった。まるで、エドガーの手牌や心の動きが、全部リリィさんに見えているみたいだった」その頃――店の奥の物置部屋では、リリィとミミがほこりをかぶった丸椅子に腰掛けていた。窓から差し込む一筋の光が、埃の
Last Updated: 2026-08-06
Chapter: 第7話「救いの一打」
 雀荘の空気は、いつもよりも一段と張り詰めていた。煙草の煙が薄くたなびき、牌を叩く音とざわめきが入り混じる中で、ひとつの卓だけが静寂に包まれているように見えた。そこに座るのは、貧民街出身の見習い雀士、ミミ。彼女は額に薄く汗を浮かべ、険しい表情で牌を睨みつけていた。対局相手は中年の男。どこか貴族の品位を感じさせるが、その顔には冷酷な笑みが張り付いている。男の名はエドガー。王都の裏社会では名の知れた人物で、巧みなイカサマと容赦ない心理戦で多くの者を打ち破ってきた。「ミミ、お前の負けだな」男は余裕の声で言った。彼の表情には、ミミを|嘲る《あざける》ような|侮蔑《ぶべつ》の色が滲んでいた。ミミは焦ったように牌を動かしながらも、動揺が隠せない。彼女はエドガーの心理戦に完全に飲み込まれ、自分の打ち筋を見失っていた。「くっ!……こんなはずじゃ……」その時、リリィが卓の隅から声をかけた。「ミミ、冷静に。焦っても何もいいことはないわ」その声は、張り詰めた卓の空気を少しだけ緩める力を持っていた。ミミは顔を上げ、リリィの顔を見て、少しだけ落ち着きを取り戻した。「でも、相手の手が強すぎる……どうすれば……」ミミの弱々しい言葉に、エドガーは嘲笑を浮かべて割って入った。「雑用係のくせに、なかなかやるな。だが、そんな甘いもんじゃねえ。お前がどんなに頑張ろうと、所詮は貧民街のガキ。王都の麻雀の闇を知らずに、夢を見るのはやめな」エドガーの言葉は、ミミの心を深く|抉った《えぐった》。彼女の瞳から希望の光が消え、絶望の色が滲み始めた。リリィはその様子を見て、胸が締め付けられる思いがした。エドガーの言葉は、かつてリリィ自身が聞いた、そして麻雀を諦めるきっかけとなった言葉と重なったのだ。リリィは厳しい視線で男を見返した。「私が代わりに打つ」雀荘の|喧騒《けんそう》の中、その言葉は静かな衝撃を生んだ。客や従業員たちは、リリィの言葉に耳を疑った。「代打ちだと?お前が?」エドガーは|嘲り《あざけり》を隠さなかったが、その目は確かに驚いていた。牌を握ることをやめた伝説の雀士が、再び卓につこうとしている。その事実に、彼の冷酷な笑みにも動揺が走った。「そうよ。ミミはまだ未熟。今のままじゃ潰されるだけ。私に任せて。この勝負、私が引き受けるわ」リリィは毅然と席に着くと、改めて牌を手に
Last Updated: 2026-07-26
Chapter: 第6話 「ミミとの出会い」
 雀荘の奥、薄暗い休憩室。 リリィは木製の椅子に腰掛け、窓の外の庭園をぼんやりと見つめていた。 色とりどりの花々が風に揺れ、空に向かって鮮やかに咲き誇る。 その中心には、麻雀牌の形をした巨大な噴水が水を吹き上げ、太陽の光を受けて煌めいていた。 だが、リリィの胸の内はその美しさとは裏腹に、重苦しい暗闇に包まれていた。「牌を握らずに、ただ雑用として生きる……こんなはずじゃなかった。あの時、自分で決めたことだけど」 彼女は低く呟いた。 リリィの心は過去の失敗と罪の影に縛られ、自由を奪われていた。 八百長ですべてを失った、あの日の出来事が、彼女の心を常に締め付けていた。「本当にこれでいいのか、私……」そんな時、不意に軽やかな声が休憩室に響いた。「ねえ、あなた。雑用係のリリィさんでしょ?」 声の主は、薄汚れた服をまとった少女だった。 しかし、その瞳には生き生きとした輝きが宿り、決して屈しない強い意志を感じさせた。 リリィは驚き、警戒心を強くした。 王宮の人間や、この雀荘の客たちとは明らかに違う雰囲気を、その少女から感じ取ったのだ。「はい、そうですが……何か?」 少女は物怖じせずに笑みを浮かべた。「私、ミミ。貧民街からここに来た見習い雀士。どうしてもあなたに会いたくて来たの」 リリィは戸惑いの表情を隠せなかった。 貧民街の人間が、どうして自分のことを知っているのだろう。「なぜ、私に?」 ミミは真剣な眼差しで答えた。「噂を聞いたのよ。『牌を握らない姫』だって。みんなからは色々言われてるけど、私は違うと思う。あなたには誰にも負けない強さがある。だって、こんなに麻雀が盛んな王都で、牌を打たないなんて、並大抵のことじゃないでしょ?」 リリィはその言葉に胸がざわついた。(強さ……私に?)「だから、弟子にしてください」 ミミの声は真摯で、決して諦めない決意が込められていた。 リリィはその目を見つめ返しながら、自分の心の扉がゆっくりと開かれていくのを感じた。「弟子……?」「はい。私はまだまだ未熟。もっと強くなりたい。あなたの経験や技術を学ばせてほしい。あなたのように麻雀を知り尽くした人が、どうして牌を握らなくなったのか、その理由を知りたいんです」 ミミの瞳は熱を帯び、まるで炎のように揺らめいていた。 リリィは沈黙した。「私が教
Last Updated: 2026-07-25
Chapter: 第5話 「雑用係の日々」
 雀荘の扉が開くと、熱気と煙草の匂いが一気に襲ってきた。  豪華な王宮の清らかな空気とはまるで違う、雑多で粗野な空気に、リリィは思わず顔をしかめる。  しかし、すぐに深呼吸し、背筋を伸ばして内部に足を踏み入れた。麻雀卓が所狭しと並び、麻雀牌がぶつかり合う小気味よい音、高揚した男たちの怒声、そして勝利の雄叫びが空間を満たしている。  王宮では聞くことのない、剥き出しの感情が渦巻く場所に、リリィは少しだけ恐怖を覚えた。貴族A「リーチだ! これで終わりだ!」リリィは配膳をしながら卓を見てしまう。一瞬だけ表情が変わる。リリィ「……」その打牌を見た瞬間、思わず口が動いた。リリィ「その一打は危険です」卓が静まり返る。貴族B「……は?」貴族A「何だと?」リリィは慌てて頭を下げる。リリィ「も、申し訳ありません……出過ぎたことを……」しかし貴族Aは立ち上がった。貴族A「雑用係風情が、私に麻雀を教えるつもりか?」周囲の客も笑い始める。「聞いたか?」「牌も握れない雑用係が助言だってよ!」「王宮を追い出された娘らしいぞ」笑い声が広がる。リリィは唇を噛み締めた。リリィ「……失礼しました」彼女はその場を離れようとする。その瞬間――貴族B「ロン」貴族A「……え?」貴族B「倍満だ」場内が静まり返る。貴族A「な……」手牌を見る。リリィが危険と言った牌こそが、放銃牌だった。貴族B「その牌さえ切らなければ、君の勝ちだったな」貴族A「そ、そんな馬鹿な……」周囲もざわつき始める。「あの雑用係……」「当てたのか?」「偶然じゃないのか?」しかし貴族Aは顔を真っ赤にして怒鳴った。「まぐれだ!」「たまたま当たっただけだ!」「二度と口を挟むな!」リリィ「……はい」頭を下げて去るリリィ。しかし、その後ろ姿を見ながら、一人の常連客が小さく呟く。「いや……あれはまぐれじゃない。」「一瞬見ただけで危険牌を見抜いた。」「もし本当に実力者なら……」「面白い娘が来たな。」 休憩時間。 リリィは一人、窓際で目を閉じていた。 喧騒から離れたこの場所でも、彼女の心は休まらなかった。 貴族たちの冷たい視線と、客たちの軽蔑の目が、瞼の裏に焼き付いている。「リリィさん、あまり無理すんなよ」 年配
Last Updated: 2026-07-24
Chapter: 第4話 「王子の庇護」
 王宮の夜は静かに更けていた。  豪華なシャンデリアの光が大理石の廊下を淡く照らし出し、窓の外からは涼しい夜風とともに遠くの噴水のせせらぎが微かに聞こえてくる。  しかし、その美しい光景の中にあっても、リリィの心は一向に安らぐことはなかった。  彼女の背中を押す重圧は日に日に増し、王宮の冷たい視線が刺さり続けていた。「また、あの子が廊下を通ったわね」 「相変わらず、まるで幽霊のように静かに……」 「まるで牌を握ることを拒否するかのように……あの“牌を握らない姫”って噂は本当らしいわ」 「外の世界から来たというだけで、何の才覚もない娘に王子の|寵愛《ちょうあい》を注がれるなんて、我々の面子はどうなるのやら」 貴族たちの囁きは、夜の闇に溶け込むと同時に、リリィの心中を深くえぐり続けた。  麻雀が絶対的な価値を持つこの世界で、牌を握ることを拒否する彼女は、異端でしかなかった。  その孤独を紛らわせるために、彼女はいつも夜の回廊を一人で歩いていた。  その足音が途絶えると、代わりに貴族たちの軽薄な笑い声が響き、彼女の心をさらに凍てつかせるのだった。そんな中で、彼女を見守り続ける人物がいた。 第一王子セディリオ。  言わずもがな、王宮で数少ないリリィの理解者であった。  彼は権威を振りかざすことなく、誰に対しても分け隔てなく接する穏やかな青年だった。  王子の|庇護《ひご》のもとにあっても、リリィにとってこの世界は決して優しい場所ではなかった。  しかし、セディリオは彼女の痛みを誰よりも知り、静かに支え続けていた。 ある晩、リリィはまたひとり、王宮の長い回廊を歩いていた。  大理石の床に反響する自分の足音が、彼女の孤独をいっそう深める。  その足音に混じって、もう一つの足音が近づいてくることに、彼女は気づかなかった。「……リリィ」 呼び止められた声は、セディリオだった。  彼の声は静かだが、確かな温もりが宿っている。リリィは振り返り、はっと目を見開いた。「セディリオ様……こんな時間に、何をしているのですか?」「それはこちらの台詞だ。この時間まで起きて、何をしていたんだ?」 セディリオは彼女の隣に並び、静かに歩き始めた。「散歩です。……考え事をしていました」「考え事、か。この宮殿は、夜になると
Last Updated: 2026-07-23
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