Mag-log in元人気子役でYouTuberの相沢ひまりは、事務所から契約を打ち切られ、恋人にも捨てられてしまう。 そんな彼女の前に現れたのは、「働きたくない」が口癖の無職系配信者・神崎蒼。 だが彼の正体は、日本有数の財閥の御曹司だった。 さらに蒼だけが、ひまりの隠された天才的な画力に気付く。 どん底から始まる逆転劇。 ざまぁと恋が交差する、痛快現代ラブストーリー!
view moreだが、その数日前までは、彼女自身もまだ、自分の未来が大きく変わるなど想像もしていなかった。
***
東京都内の動画スタジオ。
「はい、今日は元子役あるあるをやっていきまーす!」
カメラに向かって笑顔を作るのは、YouTuberの相沢ひまり。
かつて国民的人気子役として活躍した彼女も、今は二十四歳。
登録者数は三十万人。
決して少なくない。
だが伸び悩んでいた。
撮影終了後。
ひまりはスマホを開き、コメント欄を見る。
『また昔話?』
『元子役って肩書しかないじゃん』
『オワコン』
『再生数落ちてて草』
「……はぁ」
思わずため息が漏れる。
慣れているはずだった。
それでも傷つかないわけではない。
かつては違った。
「ひまりちゃん、かわいい!」
「天才子役だ!」
「将来は絶対に大女優になるぞ!」
幼い頃のひまりは、テレビ局へ行けば誰もが笑顔で迎えてくれた。
CM、ドラマ、バラエティ。
毎日のように仕事があり、街を歩けば声を掛けられた。
サインを求められたこともある。
だが成長とともに仕事は減った。
子供だから求められていたものは、大人になれば通用しない。
気付けば「人気子役」ではなく、「元子役」になっていた。
そして今では。
『オワコン』
たった四文字で片付けられてしまう。
スマホを閉じたひまりは、小さく唇を噛んだ。
事務所へ戻ると、マネージャーが神妙な顔をしていた。
「ひまりさん、社長がお呼びです」
嫌な予感がした。
案の定だった。
社長は資料を机に置きながら言う。
「相沢くん。正直に言う」
「はい」
「君との契約を更新しない」
ひまりの顔が固まる。
「え……?」
「最近の数字を見れば分かるだろう?」
淡々と告げられる。
「うちは利益を出さなければならない。君はもう旬を過ぎた」
旬を過ぎた。
その一言が胸に突き刺さった。
***
一方その頃。
「働きたくない、働きたくない、働きたくないな〜……」
ソファに寝転がった男が、だらしなく天井を見上げながら呟く。
ボサボサの黒髪。
ジャージ姿。
テーブルにはコンビニ弁当の空容器。
どう見てもニートだった。
だが、その男――神崎蒼が、日本有数の財閥の御曹司であることを知る者は誰もいない。
***
収録を終えたひまりが事務所を出る頃には、空はすっかり暗くなっていた。
夜。さらに追い打ちが来る。
交際中の俳優・桐谷優斗に呼び出された。
高級レストラン。
そこで彼はワインを口にしながら言った。
「別れよう」
ひまりは言葉を失った。
「どうして?」
「俺、今度ゴールデン帯のドラマ決まったんだ」
「本当? おめでとう」
心から祝福した。
だが優斗は笑わなかった。
「だからこそ足を引っ張られたくない」
「……え?」
「SNS見たことある?」
「あるけど」
「君、結構叩かれてるよな」
胸が冷たくなる。
「それが何?」
「俺、これから売れるんだ」
優斗はため息をついた。
「オワコンYouTuberと付き合ってるって知られたらイメージ悪いだろ」
ひまりは何も言えなかった。
この人はもう恋人ではない。
自分自身のことしか見ていない。
「だから私は邪魔なの?」
「そういうことだ」
優斗は席を立った。
「ごめんな」
謝罪の言葉だけを残して。
帰宅後。
ひまりは机に向かった。
涙が止まらない。
悔しい。
悔しい。
悔しい。
子役時代から必死だった。
誰よりも努力してきた。
それなのに最後に残ったのは、
『オワコン』
という四文字だけ。
引き出しを開く。
そこには何冊ものスケッチブック。
誰にも見せたことのない宝物だった。
演技よりも。
動画編集よりも。
本当に好きだったもの。
それが絵だった。
ひまりは無意識にペンを走らせる。
少女の横顔。
夜空。
花。
優しい色彩。
気付けば何時間も描いていた。
そして完成した一枚を、なんとなくスマホで撮る。
「……どうせ誰も見ないよね」
そう呟きながら、サブアカウントへ投稿した。
アカウント名は、
『ひま@お絵描き練習中』
フォロワーはたった一人。
名前は、
『Aoi』
投稿から数秒。
通知が鳴る。
「今回も好き。」
たった五文字。
それだけだった。
でも、その一言だけで少し救われた。
「いつも一番に反応してくれるなぁ……」
誰なのかも知らない。
年齢も性別も知らない。
ただ、絵だけは毎回褒めてくれる。
唯一の最古参だった。
翌日。
事務所最後の仕事。
企画名は、
『底辺YouTuberコラボ企画』
「最後にこれか……」
スタッフが説明する。
「相手は無職系配信者ですね。」
「無職?」
「働きたくないが口癖らしいです。」
なんだその人。
そう思った瞬間。
スタジオの扉が開く。
「働きたくない、働きたくない、働きたくないな〜……」
「あ、ダメだこの人」
思わず吹き出す。
「何なんですか、その挨拶!」
青年は少し笑った。
「初めまして。神崎蒼です」
「相沢ひまりです」
視線が交わる。
その瞬間。
ひまりはまだ知らなかった。
目の前の男が、日本有数の財閥の御曹司であることも。
そして昨夜、
『今回も好き。』
とコメントを書いた、
たった一人の最古参ファンだったことも――。
第一話 完次回「君、この絵を自分で描いたの?」
神崎蒼だけが、ひまりの秘めた才能に気付き始める――。
休日の朝。相沢ひまりは、いつものようにコーヒーを飲みながらスマートフォンを手に取った。「おはようございます……。」何気なく動画投稿サイトを開いた、その瞬間だった。「あれ?」画面に表示された文字を見て、思わず目をこすった。「急上昇ランキング……七位?」何度見ても変わらない。昨夜のお絵描き配信が、VTuber部門の急上昇ランキングに入っていた。「うそ……。」思わず声が漏れる。配信を開くと、コメント欄は朝から大賑わいだった。『急上昇おめでとう!』『ランキング見て来ました!』『初めて見たけど癒やされる!』『子どもと一緒に見ています!』『優しい配信っていいね。』ひまりは口元を押さえた。「こんなにたくさん……。」昨日まで知らなかった人たちが、自分の配信を見つけてくれている。そのことが何より嬉しかった。そこへ一本の電話が鳴る。担当編集者の三浦だった。「相沢さん、おはようございます!」「おはようございます!」「見ましたか?」「はい! 急上昇ランキングですよね!」三浦も興奮した様子だった。「編集部でも朝から大騒ぎなんですよ!」「本当に私なんでしょうか……。」「もちろんです。」三浦は笑う。「絵本の売れ行きも好調ですし、動画から本を知ってくださる方も増えています。」「そんなことまで……。」「相乗効果ですね。」ひまりは嬉しさと驚きで胸がいっぱいになった。「ありがとうございます。」電話を切ったあとも、コメント欄を何度も眺める。その一つひとつが、自分の背中を押してくれているようだった。***午後。ひまりはいつもの喫茶店へ向かった。窓際では、神崎蒼がコーヒーを飲みながら本を読んでいる。「神崎さん!」「おはよう。」「見ましたか?」スマートフォンを差し出す。蒼は画面を見ると、小さく微笑んだ。「急上昇だね。」「七位なんです!」「すごい。」その一言だけだった。けれど、蒼らしい祝福だった。「私、まだ夢を見ているみたいで。」「夢じゃない。」静かな声が返ってくる。「相沢さんが積み重ねてきた結果だよ。」「でも、運が良かっただけかもしれません。」蒼は首を横に振る。「毎回、丁寧に描いてる。」「……。」「コメントも一つずつ読んでる。」「はい。」「それを見てくれている人が増えた。」その言葉に
春のやわらかな陽射しが窓から差し込み、相沢ひまりはパソコンの前で首をかしげていた。「メンバーシップ……ですか?」 画面の向こうでは、担当編集者の三浦が笑顔で頷く。「はい。出版社にも『応援したい』『活動をもっと知りたい』というお問い合わせが増えてきました。」「でも、私なんかが……。」ひまりは戸惑いを隠せなかった。子役時代にもファンクラブはあった。けれど、それは事務所が管理するもので、自分の意思とは関係なく運営されていた。今度は違う。自分の作品を好きだと言ってくれる人たちのための場所。そう考えると、不思議と胸が温かくなった。三浦は優しく言う。「無理に大きなことをする必要はありません。」「はい。」「配信予定やイラストの制作裏話を少し載せるだけでも、皆さん喜んでくださいますよ。」「……そうなんですね。」「相沢さんらしく続ければ、それで十分です。」その言葉に背中を押され、ひまりは静かに頷いた。「やってみます。」***数日後。配信の最後。ひまりは少し照れながら切り出した。「今日は、皆さんにお知らせがあります。」コメント欄が一気に流れ始める。『何!?』『新作!?』『重大発表!?』ひまりは小さく笑った。「今日は皆さんにお知らせがあります。」「応援してくださる皆さんとの交流の場として、公式の応援ページを作ることになりました。」「配信予定やイラストの制作裏話なども少しずつ載せていけたらと思っています。」 「メンバーシップという形式にはなりますが、無理のない範囲で応援していただけたら嬉しいです。もちろん、これまでどおり通常配信も続けます!」 一瞬、静かになったコメント欄が、次の瞬間には勢いよく流れ始める。『おめでとう!!』『待ってました!』『絶対入る!』『嬉しい!』ひまりは目を丸くした。「こんなに喜んでもらえるなんて……。」「本当にありがとうございます。」画面の向こうへ向かって深く頭を下げる。「皆さんと、これからも一緒に楽しい時間を作れたら嬉しいです。」優しい笑顔に、コメント欄も温かな空気に包まれた。***翌日。メンバーシップは予想以上の勢いで会員が増えていた。三浦からも電話が入る。「相沢さん、おめでとうございます!」「ありがとうございます。」「編集部でも驚いています。こんなに早く反
雲ひとつない青空が広がる休日の朝。相沢ひまりは、鏡の前で何度も深呼吸を繰り返していた。「だ、大丈夫……。」今日は、人生で初めてのサイン会。全国の書店で開催されるほどの大きなものではない。出版社が企画した、小さな記念イベントだった。それでも、ひまりにとっては十分すぎるほど大きな挑戦だった。「誰も来なかったら、どうしよう……。」思わず本音が漏れる。机の上には、今日サインを書くためのペンが何本も並べられていた。書き心地を確かめながら、何度も自分の名前を書いてみる。「緊張します……。」スマートフォンが震えた。神崎蒼からのメッセージだった。『楽しんできて。』たったそれだけ。でも、その短い言葉に自然と肩の力が抜けた。『はい! 行ってきます!』そう返信すると、ひまりは笑顔で家を出た。***イベント会場は、大きな書店の特設スペースだった。入口には、自分の絵本が並べられている。その光景を見ただけで胸が熱くなる。「相沢さん、おはようございます。」担当編集者の三浦が笑顔で迎えた。「お、おはようございます。」「緊張していますか?」「はい……。」正直に答えると、三浦は優しく笑う。「大丈夫ですよ。」「本当に来てくださる方がいるんでしょうか……。」「います。」迷いのない返事だった。「編集部にも『楽しみにしています』というお問い合わせがたくさん届いています。」その言葉を聞いても、まだ実感は湧かなかった。控室で待っていると、スタッフが慌てた様子で入ってくる。「三浦さん!」「どうしました?」「お客様が予定より早く並び始めています!」「もうですか?」「はい!」ひまりは思わず立ち上がる。「えっ……?」三浦が窓の外を見る。そして静かに微笑んだ。「相沢さん。」「はい。」「見てみましょうか。」恐る恐る外をのぞく。「……。」言葉を失った。入口の前には、たくさんの親子が並んでいた。小さな子どもが絵本を抱きしめている。お父さんと手をつないでいる子。お母さんの腕に抱かれた小さな女の子。列は少しずつ伸びていく。「うそ……。」目を疑った。「私に会いに……?」三浦は嬉しそうに頷く。「皆さん、相沢さんに会いたくて来てくださったんです。」ひまりは胸がいっぱいになった。「ありがとうございます……。」思わず
窓から差し込む朝日が、机の上に置かれた色鉛筆を優しく照らしていた。相沢ひまりは、コーヒーを片手にメールを確認していると、一通の連絡に目が留まった。件名――【読者の皆さまからのお手紙が届いています】「お手紙……?」担当編集者の三浦さんからだった。『編集部にたくさんのお手紙が届きました。もしよろしければ、一度お越しいただけませんか?』ひまりは目を丸くした。「私に……お手紙?」子役時代にもファンレターをもらったことはあった。けれど、そのほとんどは人気番組に出演していた頃のものだった。今届いているのは違う。"絵本"を読んでくれた人からの手紙だ。胸が少し高鳴る。その日の午後。ひまりは出版社を訪れていた。応接室へ案内されると、机の上には大きな箱が置かれている。「えっ……。」思わず声が漏れた。三浦さんが優しく笑う。「全部、相沢さん宛てです。」「こ、こんなに……?」「はい。」箱いっぱいに詰まった封筒。色とりどりの便箋。幼い文字で書かれた名前。かわいらしいシール。「読んでみてください。」ひまりは一通目を開いた。『ひまりせんせいへこねこさんがかわいかったです。まいにちよんでいます。またえほんをかいてください。5さい ゆい』「……。」思わず口元を押さえた。続いて二通目。『ぼくはえをかくのがにがてでした。でも、このえほんをよんで、かいてみたくなりました。おおきくなったら、ぼくもえをかきたいです。6さい そうた』ひまりの目が潤む。三通目。『いつもねるまえに、おかあさんによんでもらっています。つづきもたのしみにしています。』四通目。『ままといっしょによみました。こころがぽかぽかしました。』 五通目には、一枚の折り紙が同封されていた。開くと、小さなチューリップが丁寧に折られている。『せんせいへ。おえかき、たのしいです。またかわいいえをみせてください。ありがとう。』たどたどしい文字を見つめながら、ひまりは折り紙をそっと両手で包み込んだ。「大切にします。」小さくそう呟くと、涙がもう一粒、頬を伝って落ちた。一通、また一通。どの手紙にも、小さな想いが詰まっていた。ひまりは静かに涙をぬぐう。「こんなに……。」三浦さんが穏やかに言う。「皆さん、本当に楽しんでくださっています。」「