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揚羽渓名
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Novels by 揚羽渓名

三年間、一度も愛してくれなかった公爵様へ。身ごもった私は、あなたの前から消えます~今さら溺愛されても戻りません~

三年間、一度も愛してくれなかった公爵様へ。身ごもった私は、あなたの前から消えます~今さら溺愛されても戻りません~

エマは最年少で博士号を取得した天才薬学士だったが三年前に家の事情で密かに想いを寄せていた美貌の公爵家嫡男カイルに嫁ぐことに。 夢も経歴も捨ててカイルと幸せになるはずだったのにカイルにはずっと思い続ける相手がいる事を知ってしまう。 その相手とは、カイルの義弟の婚約者でカイルの幼馴染でもあるクロエ。 義弟達が同居し始めた事で、エマの幸せは音を立てて崩れ去っていく。 エマはいくら想いを寄せても愛を返してくれないカイルとの生活に見切りをつけてかつての才能を活かし自立する事を決意するもその矢先に発覚した姙娠によって、エマの人生は大きく動き出す——。
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Chapter: 第二十一話『ただの独占欲? それとも嫉妬?』
 カイルはエマが一人で辻馬車に乗り込んだ所を確認すると、すぐさまその辻馬車を追った。 クロエとザックが話していたエマにまつわる噂を確かめる為に後をつけたが、どうやら二人が話していた事は本当だったようだ。「夫がいる身でありながら、人妻がこんな時間までよその男と会ってるだなんて、そんな事が許されるはずがない」 馬車の中で思わず呟いたカイルは、目の前を走る馬車を睨みつけた。  屋敷に戻ったエマは手早く夕飯を食べると、就寝の準備をして持ち帰った研究の書類とにらめっこをする。これはもはや日課のようなものだ。 そこへ、カイルがノックも無しにやってきた。「エマ、話がある」「なに? 今忙しいの」 冷たく言うと、ペンを握っていたエマの手をカイルが掴んだ。さほど力は入っていないものの、いつもエマに無関心のカイルにしては珍しい行動だ。「教えてくれ。いつも君はあの男と二人きりでこんな時間まで仕事をしているのか?」「あの男?」「そうだ。今日、研究所から一緒に出てきた男だ」 言い逃れは出来ないぞとばかりのカイルだが、何も後ろ暗い事の無いエマは頷いた。「そうよ。研究員は圧倒的に男性の方が多いんだから仕方ないじゃない」「そういう事を聞いてるんじゃない! 君は僕の妻なんだぞ!?」 耳まで赤くして怒鳴るカイルにエマは一瞬だけ目を見開く。『もしかして……嫉妬してるの? アランに?』 そんな考えが脳裏をよぎったのも束の間、すぐにこの三年間の仕打ちが蘇ってきて、そんな考えは一瞬でどこかへ行ってしまった。『そんな訳ない。カイルは私の事を所有物ぐらいにしか思っていないんだもの。今の台詞だって、ただの独占欲に決まってるわ』 エマはすぐさま思い直してカイルの手を振りほどく。「妻だから何? 妻は職場の男性と口も利くなって事? 見ていたのなら分かるでしょ? アランは一緒に辻馬車を待っていてくれただけよ」「そんな事は言ってない! 僕が言ってるのは、こんな時間になるまで他の男と一緒にいるのはどうなんだ? と言ってるんだ!」
Last Updated: 2026-11-08
Chapter: 第二十話『新しい研究所と、新しい研究』
 エマは教授に渡されたペンを握りしめ、内容を確認するなりすぐさまその書類にサインを落とした。「あの再開発研究所で副業を始めたと聞いた時からもしやと思っていたんだが、やはり君はアランと面識があるんだね?」「はい。とは言っても面識が出来たのは少し前の事ですが」 嬉しそうに腕組をして笑う教授に苦笑いして答えると、隣で話を聞いていたリズが震える声で言う。「教授……アランって、まさかあのアラン・フランソワですか?」「おお、君も知っていたか。そうなんだ。彼は大陸から来た頃からこちらでずっと取引先を探していたらしいんだ。それを聞いた私が新しい研究所の話を持ちかけたら快く承諾してくれてね」「ちょっと待ってください教授! どうして復帰したばかりのこの子が——」「アランとの契約内容にそういう記述があるからだ。今現在、何の研究も持っていない者を所長とする事、と。だから確認の為に君たちを呼んだんだよ」「そうだったんですね。では明日からそちらに通えば良いですか?」「ああ、そうして——」「ちょっと待ってください! 納得いきません!」 教授の話を遮って、またリズが声を荒らげた。その顔には焦りや怒りがごちゃまぜに浮かんでいる。「どういう事ですか!? これは示し合わせていたんですか!?」「そんな訳ないだろう。予め決まっていたのなら、私は何も君たちを呼びつけて確認をしたりはしないよ。最初から命令だと言ってそれぞれ任意の場所に移すだけだ」「ですが、今までも教授はエマを幾度となく特別扱いしていますよね? 今回研究所に戻るよう計らったのも教授です。その事を理不尽だと思う研究員は私だけではないはずです。そんな中、こんな話が出たら流石におかしいと言わざるを得ません!」「理不尽などではないよ。エマはその実力を私達に示して見せたじゃないか。国家の試験で満点を取るという偉業を成し遂げ、二度目の博士号を取った。私は今の君の地位を否定した訳じゃない。君が守りたいその地位は君のものだと言ってるんだ。その何に不満があるんだね」 穏やかな教授の言葉を聞いてエ
Last Updated: 2026-11-07
Chapter: 第十九話『小さな衝突。そして覚醒』
 その事を知って心配していた矢先、副業先に教授が自らやってきた。どうやら当時の先輩でもあったリズが試薬段階で失敗し、怪我をしてしまったらしい。「もちろんです! 所長とアランさんにもお伝えしておきます」 エマは二言返事でそう返す。 この三年もの間、リズはずっとエマの研究を引き継ぎ守り育ててくれた。 エマはその事を所長にすぐさま伝え、その日から教授の研究所で一日を過ごした。  ここには沢山の研究員がいるが、皆あまり他者と関わることなく黙々と作業をこなしている。 集中は出来るけれど、アランと意見を言い合いながら調合する事にすっかり慣れてしまっていたエマは、何となく寂しく思いながらもリズの代わりを務めた。 幸いな事にリズの怪我は大した事も無くすぐに復帰してきたが、リズはエマを見て一瞬だけ顔を顰めた。「お帰りなさい。もう大丈夫なんですか?」「……ええ。ありがとう」「大事にならなくて良かった。それから改めて、こんなにも長い間、私の仕事を引き継いでくれてありがとうございます」 さっきのリズの表情は一体何だったのだろうかと思いながらも改めてお礼を言うと、リズは今度ははっきりと眉根に皺を寄せる。「どうして私があなたにお礼を言われるのか分からないわ。あなたが私に寄越したのはメモだけ。まだ研究段階にもなっていなかったのに、それでもその薬をあなたの研究だと言えるの?」 リズの言葉にエマは固まってしまった。まさかそんな風に思われているとは思ってもいなかったからだ。ずっと快く引き受けてくれたのだとばかり思っていたので、リズの口からこんな風に言われた事に驚いてしまう。「いえ、でも研究段階にはなっていましたよね? 三年前に引き継ぎもしたはずです」「そうだったかしら? でもかなりの初期段階だった事には変わりないわよね? この研究はもう9割は出来上がっている。この三年間、私が地道に研究した結果よ。それでもあなたは、まだこの研究が自分の物だと言い張るの?」 確かにあの時の研究はまだ初期段階で、ここまで仕上げてきたのはリズだ。 エマはリズの言い分はもっともだと思い頷いた。
Last Updated: 2026-11-06
Chapter: 第十八話『アラン・フランソワ』
 エマがアラン・フランソワと初めて顔を合わせたのは、ずっと行き詰まっていた案件にようやく突破口が見えた時だった。「エマ君! 君の報告を聞いて、今から約半年ぶりにアランさんが様子を見に来てくれるそうだ!」「え!? まだ完成していないのに!?」 エマはそれを聞いて思わず髪と服を整えると姿勢を正した。「そうなんだよ! 私も驚いてしまって……急いで菓子を買ってくるからその間少しこの場を任せても——」「その必要はありませんよ。ごきげんよう、エマ・グランツさん」 慌てる所長の言葉を遮るように、誰かが研究所に入ってきた。柔らかい物腰と声音の持ち主を見てエマはゴクリと息を飲む。「ご、ごきげんよう」 アランは外見や容姿に疎いエマにも分かるぐらい美形だった。カイルも美形だが彼とはまた違うタイプの美形である。 思わずどもってしまったエマを見てアランは微笑んで少しだけ腰をかがめ、エマの顔を覗き込んできた。「僕の顔に何かついてる?」「いいえ。あまり会った事の無いタイプの研究者で驚いただけ。ごめんなさい」 自分も含めてエマの周りの研究者は大体容姿にまで気を配らない人が多いので、このあまりにもキラキラしたアランに驚いてしまったが、よく考えればこの人は会社を経営しているのだという事を思い出す。「面白い事を言うね。それは君もじゃない? 俺の周りにはいなかったタイプだよ」「そんな事はないわ。私はどこにでも居るただの研究馬鹿だもの」 どういう意図があってアランがそんな事を言うのか本気で分からないエマを見て、アランは苦笑いを浮かべる。「研究馬鹿というのは同意かな。噂でしか君を知らなかったけれど、君の功績は大陸にまで届いていたよ」 それを聞いてエマは目を輝かせた。「やっぱりあなたは大陸で学んだのね!?」「うん。というか、大陸出身なんだ」「凄いわ! あの案件、私が見たことも想像した事もないような調合だった。絶対にこの国発祥の考え方ではないって思ってたんだけど、本当に大陸産だったのね!」 感動したエマは改め
Last Updated: 2026-11-05
Chapter: 第十七話『制限』
 エマはそう言って二人のいるソファを避けて本棚に近づくと、その中から一冊を抜き取る。「それじゃあ、私はこれで」「待て。食事はどうした?」「一食ぐらい食べなくても平気よ」 それだけ言うとエマはリビングを出て自室に戻り、引き受けた案件の書類とにらめっこをする。 しばらくすると、メイドがエマの部屋へとやってきた。手にはサンドイッチを持って。「奥様、イーサンから聞いてサンドイッチをお持ちしました。奥様の好きな具材ばかりですよ!」「ありがとう! 卵にキュウリ……嬉しいわ。イーサンにもお礼を言っておいてね」 エマはメイドから受け取ったサンドイッチを見て笑みを浮かべた。本当にエマが大好きな具材ばかりだったからだ。「はい。ですが奥様、あまり無理はなさらないでくださいませ。皆、心配しています」「そうよね。でもどうしてもすぐに仕上げたい仕事があって。ねぇ聞いてくれる? もしかしたらこの調合が成功したら、沢山の人の命を救う事になるかもしれないの! 私では考えつかなかったような配合で調合されていてね——」 この喜びを誰かに聞いて欲しくて、エマは一番仲の良いメイドに今の仕事内容を話す。メイドはそんなエマを見て本当に嬉しそうに聞いてくれた。「夢のようなお薬なのですね!」「そうなの! こんなにも素晴らしい案件が止まっているなんて勿体ないわ!」 エマは興奮した様子でメイドに言って、サンドイッチに感謝しながら夜中まで作業する。 その間はカイルも忙しかったのか、いつものようにエマの身体を求める事も無かった。 この案件を受けてからエマはこの副業先に入り浸るようになった。この案件がどれほど重要か分かっているからだ。 けれど、それを分からない人たちにとってはそうではない。 カイルは帰りが遅くなる日が続くエマに、あからさまに腹を立てていた。「一体何時だと思っているんだ? 今の職場はそれほどまでに研究者を酷使するのか?」「そんな事ないわ。私が好きで残業をしているだけよ。それに私が居なくてもあなたには今は話し相手がいるで
Last Updated: 2026-11-04
Chapter: 第十六話『副業と新しい研究所』
 順調に当時のように研究で成果を出すエマは、新しい研究所でも重宝された。「いや~噂には聞いてたけど、申し込んでみるもんだ!」 そんな事を言うのは副業先の研究所の所長だ。彼はどうやらエマの存在も名前も知っていたようだが、当時勤めていたのは国一番の研究所で、引退したと思ったらグランツ家に嫁いでしまったので、声をかけるタイミングが無かったらしい。「ここの仕事は止まってしまった案件が専門なんだよ。けれど君は0から1を作る人だろう? だから頼みたくても頼めなくてねぇ」「そんな事! 私も他の方が考えた案件に触れる機会が今まで無かったので、凄く新鮮です! それに驚くような調合もあって面白いですね!」「そう言ってくれると助かるよ。奇を衒った調合は良し悪しでね。君も知っての通り上手くいくことの方が珍しい。でも君が来てからもう既に4件もの止まっていた案件が再始動したんだ! これがどれほど凄い事か分かるかい!?」 所長は鼻息を荒くしてエマが今しがた書き換えた調合レシピを皿のような目で見つめ、感嘆の声を漏らした。「どれもそうなんですけど、あと一歩が足りない物ばかりなんです。ここで案件を止めてしまうのは絶対に勿体ないです!」 実際どの案件も8割ぐらいは完成している。その最後の一歩を探し出して提示すれば、あっという間にまたその案件は動き出す。エマにとっては初めての働き方だったが、これはこれでとても面白いし、何よりも勉強になる。 エマはワクワクしながら次の案件の調合レシピを確認していると、所長が言いにくそうに一枚の書類を持ってきた。「そのぅ、良かったらこれも手伝ってやってくれないかな?」 そう言って所長が差し出してきたのは、まだほとんど何も取り掛かっていない案件だ。「これは?」 今までとは全く違う案件にエマが首を傾げると、所長が俯いて指先をこすり合わせる。「君はアラン・フランソワという青年を知っているかい?」「アラン・フランソワ?」 グランツ家にこもる前も研究室にほとんど引きこもっていたエマは驚くほど世間に疎い。キョトンとして首を振るエマを見て、所長は苦笑いを浮かべて言う。「新しく出来た薬
Last Updated: 2026-11-03
冷酷王の知られざる秘密

冷酷王の知られざる秘密

冷酷王の秘密を知ってしまった少女の異世界転生ラブ! とんでもない夢を持つ少女、ダリア。 そんな少女ダリアは、前世の記憶はあるが今生の記憶が全くなかった! 気がつけば異世界に居てどうやら王の軍の慰み者に大抜擢されていたが、その王とは悪名高き『冷酷王』と噂される人物。 けれどその王、人には言えないある秘密があって……。 記憶喪失のダリアと冷酷王の不思議な関係から始まる異世界恋愛ファンタジー! ※内はヒーロー視点となります!
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Chapter: 149・おもちゃの指輪
「ああ。突然悪かったな」「と、とんでもありません!」 緊張した様子の店員を横目にオズワルドが私に手を差し出してきたので、私はその手を取って馬車から下りると、その場でカーテシーをして店員達に挨拶をした。思い出して良かった、メリー・アンだ。「お世話になります」「は、はい! こちらでございます!」 静かな口調で言うと、店員達は息を呑んで返事をして私達を店内に案内してくれた。案内されたのは店の二階だ。気を使ってくれたのか、急遽拵えたであろう隣の席と隔てる簡単な目張りが置かれている。「ご、ご注文はこの電話でお願い致します」「ありがとうございます」 ニコッと微笑んだ私を見て店員達は安心したような顔をしてそそくさと去っていった。それを確認した私は大きなため息を落とす。「どうだった!? お淑やかな私!」「寒気がした」「ねえ!?」 肩を揺らしながらそんな事を言うオズワルドに思わず眉を吊り上げると、オズワルドは笑いながら私の頭を撫でてくれる。「悪い、冗談だ。上出来だったんじゃないか、お前にしては」「一言多いのよ! で、何頼む? 何食べる?」「お前に任せる。どう選べば良いのか分からない」「分かった! 任せて」 オズワルドに釣られたように笑いながらメニューを開くと、そこにはズラリと美味しそうな料理名が連なっている。そこからいくつか選んで電話を使って注文すると、さほど時間を置かずに料理が運ばれてきた。「美味しそう!」「ああ。こういうのは新鮮だな。なるほど、コースでは無くて食べたい物を選べば良いのか。ダリア、それを見せろ」「はい、どうぞ」 メニューをオズワルドに渡すと、オズワルドは真剣にメニューを見てさらにいくつか追加で注文してくれと言ってくる。どうやら本当にこういう店で食事をした事が無いようだ。「もつ煮込みはちゃんと注文出来たのにね」「あれは名物が分かっていたからな。おい、ちょっとそれ寄越せ」「いいよ。それじゃあそれちょうだい」 料理を堪能しながら私はお淑やかをすっかり忘れていつも通りの食事
Last Updated: 2026-11-08
Chapter: 148・満点
「そうなの。でも皆には悪いことしちゃったよね。一年間も恋愛相談室お休みしちゃったからさ」 私が刺されて記憶を失い村に戻った事について彼らがどう思っていたのかは分からないが、最近の兵士たちからの手紙はどれも私を心配する内容だった。 確かにそういう意味では私は兵士たちに慕われているのかもしれない。「皆、喜んでいたぞ。サキュバスはやはり悪魔の化身だった。生命力と精神力が半端ではない、と。それにしてもそういうカラクリがあったのか。やけに兵士たちがお前の事を心配するからおかしいとは思っていたんだが」「そういう事! それにしても皆の喜び方おかしくない?」「そうか? 至極真っ当だと思うが」「何でよ!」「腹にナイフが刺さったまま犯人の腕を掴んでいたんだぞ。そりゃ皆お前は人間ではないと思うだろう。諦めろ。お前はもう城の人間の間ではサキュバスだ。そしてそれが混ざって一般市民の間では英雄でありながら死の淵から舞い戻った悪魔だ」 どうやらあの事件のせいで私の噂はとんでもない事になっているらしい。 けれどサキュバスだと言い出したのは他の誰でもないオズワルドである。「サキュバスはあなたが率先して流した噂でしょ? 知ってるんだからね!」 腰に手を当てて言うと、オズワルドが真顔で言う。「癪じゃないか。俺はお前しか抱けないのに、お前は他の男とも寝るなんて」「それが理由で皆にハマるな、だなんて言ってたの?」「ああ。俺はお前と違って他の奴とヤッて最後に自分の元に戻ってくるならそれで良いとは思えないんだよ。好きなものは手元に置いておきたいし、誰にも触らせたくない」 当然のような顔をしてそんな事を言うオズワルドに思わず私は恥ずかしくて両手で顔を覆ってしまった。まさかこんな事をオズワルドに言われる日が来るだなんて思ってもいなかったのだ。 お風呂から出て部屋に戻ると、グレイがまだ同じ格好で部屋の真ん中で突っ立っている。 オズワルドは部屋に戻るなりどこかへ電話をしに行ってしまったので、私はグレイに近づいて顔を覗き込んだ。「ねぇ、疲れないの?」「鍛えてるからな」「でもさ、お
Last Updated: 2026-11-07
Chapter: 147・やり手
 きちんと挨拶をする私を見てオリガが首を傾げる。どうやらちゃんとしている私に違和感があるようだ。「そういう訳だオリガ。今日からまたダリアはここで暮らすが、知っての通りダリアは誰かに命を狙われている。ここでは誰とも接触させるな。もちろん、お前もだ。食事は時間通りに部屋の前に置いておいてやってくれ」「はい、畏まりました」 神妙な顔をして頷いた私を見てオズワルドは私の腰に腕を回して歩き出した。それはまるでオリガに私達の仲を見せつけるかのようだ。 そんなオズワルドを見上げて小さな声で「オズ?」と呼びかけてみたが、オズワルドはちらりとこちらを見下ろしただけだった。 その後、二人でオズワルドの部屋に行くと中にはグレイが相変わらず姿勢良く立っている。「やっほー! グレイさん」「王、ダリア嬢、お待ちしておりました」 グレイはオズワルドに敬礼をして姿勢を正す。そんなグレイにオズワルドは頷いただけだ。「ああ。ダリア、風呂へ行くぞ。着替えを取ってこい」「分かった。オズワルドのもいる?」「頼む。グレイ、報告を」 オズワルドがそう言ってグレイと話し込み始めたので、私はその間に着替えを取りに行く。 それから2人分の着替えを持ってリビングに戻ると、オズワルドと共に温泉に向かった。「はぁ~……やっぱり広いお風呂はいいよね~」 湯船に浸かって大きく伸びをすると、後ろから私を抱きかかえているオズワルドが顔を顰める。「おい、飛沫がかかる」「だって気持ち良いんだもん! オズワルドも伸びしなよ!」「いい。俺はお前を支えるのに必死だからな」 言いながらオズワルドは突然何の前触れもなく私の胸を後ろから揉み始めた。「あんっ! な、なに?」「誰か入ってきた。感じてる振りをしてろ」「んっ、あ、ちょ、そこは! んっ、や、ぁ」 振りも何も普通に感じてしまう私をオズワルドがどんな目で見ていたのかは分からないが、ふと私のお尻に何か硬い物が当たった。「オズ……振りで、いいんだよね?」
Last Updated: 2026-11-06
Chapter: 146・意見の一致
 するとそこにはいつものオズワルド専用馬車が停まっている。 私は御者が馬車のドアを開けるよりも先に馬車のドアを勢いよく開けると、中からオズワルドが驚いたような顔をしてこちらを見ている。「お前……せめてもう少しゆっくり開けられないか?」「ご、ごめん、また何かあったのかと思って」 言いながら私はいそいそと馬車に乗り込むと、オズワルドから少し離れてちょこんと腰掛けた。「おい、どうしてそんな離れてるんだ」「え、いや、汗臭くないかなと思って」 何せついさっきまで柔軟体操をしていた私だ。本当ならシャワーの一つも浴びて来たかったが、セバスチャンのあの神妙な顔を見て何かあったのかと思いこんで急いで駆けつけてしまった。 そんな私を見てオズワルドは眉根を寄せて怪訝な声で言う。「……まさか、また1人でしてたんじゃないだろうな」「違うよ! 食前の体操してたんだよ! いっつもしてるでしょ! ねぇ、私汗臭くない? 大丈夫?」「ああ、あれか。いや、汗臭いどころかお前はいつも何故か甘い匂いがするが——そうだな、これからサロンに行くからお前はそこで風呂に入ってこい」「サロン? 何でわざわざサロン?  お風呂ならここの入れば良くない?」 そう思うのにオズワルドは首を振る。「いいや、サロンでだ。ああ、何なら一緒にあの温泉の方に入るか」「え!? わ、私は嬉しいけどオズワルド嫌がってたじゃん!」 後にも先にもあのサロンの貴族温泉に入ったのはあの一度きりだ。オズワルドは他の人たちの邪魔をしたくないと言って、あれから二度と一緒には入ってくれなかった。 それなのに一体どんな心境の変化だ。思わず身を乗り出した私を見てオズワルドが静かに言う。「それはこれから説明する。おい、出してくれ」 オズワルドが馬車の小窓から御者に声をかけると、小さな返事が聞こえて馬車はゆっくり動き出した。 馬車が離宮を出て城門の側までやってきた時、ようやくオズワルドが口を開く。「元側室候補がきな臭い動きをしている
Last Updated: 2026-11-05
Chapter: 145.囮
 私はセバスチャンから手紙を受け取って一人さみしく席についた。 しかし成人男性がパン一個でお腹が膨れるものだろうか? そこまで考えてふと思う。気がつけば私もオズワルドの食事の心配をしているという事に。 それからオズワルドは一向に城から戻っては来ず、私はその間ただひたすら手紙を書いていた。相手はあの戦争の時に知り合った兵士たちだ。 あの時私は慰み者をする傍ら、兵士たちの恋愛相談に乗っていた。 他にも意中の人と上手くいった時どこをどうしたら気持ちが良いか、などの指南もした。 そのせいかこちらに戻って来てからというものセバスチャンを介して私宛にあの時の兵士達から手紙が大量に届くようになったのだ。ちなみにこの手紙の存在はオズワルドには内緒である。 それからどれぐらい時間が経っただろうか。窓の外はすっかり暗くなっていた。 それでもオズワルドは戻らなくて私が夕食前の柔軟体操をしていると、部屋にセバスチャンがやってくる。「ダリア嬢、少しよろしいでしょうか」「もちろん! どうかしたんですか?」 セバスチャンの顔はどこか強張っていて思わず私が身構えると、セバスチャンは神妙な面持ちでおもむろに言った。「今すぐ一番良いドレスに着替えてください。馬車で王がお待ちです」「え!? は、はい!」 突然の事に急いでドレスに着替えると、着の身着のまま離宮を飛び出した。※ 翌朝、朝一番に寝室の電話が鳴った。小さな物音でも目が覚めるようになっている俺は、腕の中で眠っていたダリアを起こさないようにベッドから下りて電話を取ると、相手はアーノルドだった。 アーノルドからの要件を聞いた俺は、すぐさま着替えてセバスチャンに事情を説明すると、メモに走り書きでダリアに伝言を置いてパンだけ持ってすぐさま城に出向いた。こうしておかないとダリアはまた俺の帰りを待とうとするだろうから。 城の俺の執務室には既にアーノルドとセルクが待機していて、お茶が人数分並べられている。「ある筋から連絡が入った。元側室候補達が何やらきな臭い動きをしてる」「誰だ?」「個人じゃない。複数だよ」
Last Updated: 2026-11-04
Chapter: 144・ダリアの生活能力
「俺か? 俺はお前の飯の心配をしていたな」 気になって聞いたものの、その答えはあまりにも私が考えていたものとはかけ離れていて思わず半眼になると、オズワルドはそんな私を真顔でじっと見つめてくる。「お前が俺に作った物と言えば酒しか無いからな。ただの一度も調理場に立っている姿など見たことが無いぞ。お前、飯はどうしてたんだ?」「ご飯? 作って食べてたよ、普通に」「自炊をしていたという事か?」「そうだけど……ねぇ、なんでそんなに私のご飯の心配するの?」「俺の中で一番強烈だったのはお前が血塗れになって倒れていた時に、精子を飲みすぎて飯が食えなかったなどと言った事だ。あの時に俺はコイツは駄目だと思った。誰かがついていないと絶対に栄養失調で死ぬ、とな」「酷くない?」「事実だろ。で、自炊してたのか?」「してたよ! ちゃんと毎日焦げたパン食べてたもん!」「焦げた……他は?」「野菜の塩スープとかベーコン焼いた奴とか。あ! 卵も焼いた! あと茹でた!」 前世でも料理はからっきしだった私が作れる物なんて知れている。 それでもちゃんと一年間生き抜いたのだ。そこは褒めて欲しいと思ってオズワルドを見ると、オズワルドはまるで憐れむような顔をして私を見ている。「……お前……渡した金は使わなかったのか? どうしてそんな質素な生活を送ってたんだよ」「食費にもちゃんと使ってたよ。仕事もいつ決まるか分からないし、贅沢は出来ないって。でもオズワルドの言う通り私の料理のレパートリーは無さ過ぎて、大体毎日そのローテーションだったかな」「それを一年間も続けたのか?」「うん」「……はぁ……」 呆れたような悲しそうな何とも言えない顔をしたオズワルドを覗き込むと、オズワルドは真剣な顔をして私に言う。「酒をあれだけ作れるんだ。お前、料理の練習をしろ。今のうちに」 何故か必死になって私に料理の練習を勧めてくる
Last Updated: 2026-11-03
私を突き放した初恋の先生。落ちぶれた彼は今、ようやく私の愛を乞う

私を突き放した初恋の先生。落ちぶれた彼は今、ようやく私の愛を乞う

大手飲料メーカーで大きなコンペに勝利し、プロジェクトを任された葵。 そんな葵が組まされたのは、お荷物と言われる外部の研究所だった。 しかしそのチームの主任として現れたのは、高校時代に密かに恋心を抱いていた桐生蓮で……。 教師と生徒。立場が逆転した二人の恋が今、動き出す。
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Chapter: 第三十話『夜の侵入者』
「なんだ」 菜摘がそう呼んでいたので同じように呼ぶと、蓮は動揺する事もなく返事を返してくれる。 何だかそれが妙に気恥ずかしいようなむず痒いような感覚だ。 そして今、初めて自分たちの関係性がほんの少しだけ教師と生徒から動いたような気がした。  その後、車は研究所に向かって方向を変えていく。やがて研究室に到着すると、蓮が車から下りた。「お前はここに居ろ。荷物だけ取ってくる」「はい」 葵の返事を聞いて蓮は颯爽と建物の中に消えて行ってしまった。 けれど夜の研究所というのは何だか不気味だ。夜になって全ての明かりが消えた敷地内を照らし出すのは、どこか気味の悪いオレンジ色の明かりだけである。『……ちょっと暗すぎない? あとどうしてこんな不気味なライトなの……』 特別に幽霊やその類のものが苦手という訳ではないが、あまりにも静まり返っていて炭疽菌やペストなどの危険な細菌がうようよいる場所だと思うと、何だかとても怖くなってくる。 ゴクリと息を飲んだ葵は鞄の中からある物を取り出すと、蓮が戻ってくるのをその場で待っていた。 ところがいくら待っていても蓮が戻ってこない。一体どうしたのだろうと思ってサイドミラーで後方を確認しようと窓を少しだけ開けたその時、運転席のドアを誰かが開けようとする。「先生?」 ホッとして葵が鍵を開けようとした瞬間、車の後方から蓮の怒鳴り声が聞こえてきた。「開けるな!」「えっ!?」 蓮の声が後ろから聞こえてきたので驚いてまじまじと窓を見ると、そこには全く知らない男が目を血走らせて車のドアをこじ開けようとしている。「ひっ!」 葵は短く叫んで少しだけ開いていた運転席の窓から持っていた物の先を出して、思い切り中身を噴射した。 すると男は短い悲鳴を上げてその場でのたうち回りだす。 そこへ駆けつけた蓮が男に馬乗りになって手と足の動きを封じ、こちらを向いた。「でかした、橘」「は、はい」 何が何だか分からないまま頷いた葵だったが
Last Updated: 2026-11-08
Chapter: 第二十九話『プライベートの仮面と少しずつ変わる関係』
「どうだろう? 秘密かな!」 ここで渉と蓮が幼馴染だという事を知ってしまったのでいつものように何でもかんでも話せないと思った葵は、そんな相手など居ないにも関わらずそうお茶を濁した。「そっか~。葵ちゃんもすっかり大人になって……お兄ちゃんは寂しい!」「もし上手くいったらちゃんと報告するよ」 笑いながら答えると、泣き真似をしていた渉がパッと顔を輝かせる。 昔からこんな調子で渉は葵に接してくるが、家族との繋がりが薄い葵の事情を分かっていて渉があえてこんな風に接してくれている事も葵は知っている。「それでこそ葵ちゃん! よし飲め! お兄ちゃんが奢ってあげよう!」「ありがとう!」 心の中では少しだけ苦しくる息を押し殺し、葵はいつものように演じた。こうしていつまでも人前で演じる癖を止めたいが、どれだけ自信が出来てもやはり難しい。 特に仕事中の仮面が外れると、途端に過去の自分が顔を出してしまう。『やっぱり根本的な所を改善しないといけないんだな……』 それはまるで仕事と一緒だ。少しずつ経験を積み重ねて改善点を見つけ、それを改善してくしかない。 そんな事を考えながら蓮が勝手に頼んだ料理を食べていると、ふと正面で飲んでいた蓮が葵をじっと見つめてくる。「なんですか?」「いや。……それはあの同じ部署の男か?」「へ?」 一体なんの話か分からずに首を傾げると、蓮は「何でもない」と言ってまたお酒を飲み始めてしまう。「まぁ何にしても教え子が優秀なのは蓮だって嬉しいはずだよ」「そうですか?」「そりゃそうだ! だって今回の中間発表も勝ったんでしょ? 滅多に自分から連絡してこない蓮がわざわざ深夜にメッセージ送ってきたからね! 嬉しいに決まってる」「おい、飲みすぎだぞ渉」「……」 慌てる素振りはないが、渉を止める蓮の口調はいつもよりも少しだけ早口だ。 その事に気付いた葵は、元生徒として蓮が今も接している事に傷つきながらも
Last Updated: 2026-11-07
Chapter: 第二十八話『ほんの少しの小休止』
 その日の夜、葵は久しぶりの休みを満喫していると、そこへ菜摘から突然の連絡が入った。『もしもし葵~? 駅前で飲んでるから今から来ない~?』 菜摘は既に酔っているのか声が浮かれている。そんな菜摘に苦笑いしながらも葵は急いで準備をしてタクシーで指定された店へと向かう。 店に到着すると店員の案内で個室に案内され、ついていくと菜摘が楽しそうに一升瓶を振り上げて迎え入れてくれる。「おまたせ! 誘ってくれてありがとう。一人で飲んでたの?」「んーん! 渉君と飲んでた~!」 お酒が入ると陽気に磨きがかかる菜摘は、同性の葵から見ても可愛らしくて思わず目を細めてしまう。「もうこんなになってるなんて、何時から飲んでたの」「夕方前~」 嬉しそうに葵に抱きついてくる菜摘を宥めながら一升瓶を取り上げると、葵は水を注文しながら菜摘に尋ねる。「そう言えばその渉君はどうしたの?」「なんかね~友達誘うって~だから私も葵誘った~」「そうだったんだ。じゃあそのお友達迎えに行ってるのかな。でも二人の時に私を誘うの珍しいね」 菜摘と渉はよくこうやって二人で遊んでいる所に誰かを誘い、何故かその二人は高確率でカップルになるというジンクスがある。 二人はその事に気づいていないようだが、実は周囲からはこっそり「恋のキューピッド」として呼ばれているのは本人たちには秘密だ。「だって葵はいっつも忙しそうなんらもん。呼んでも来ないし~」「お邪魔しちゃ悪いかなって思うんだよ」 拗ねるような菜摘に苦笑いしながら言うと、菜摘はまるで悪戯っ子のように鼻の下を指先でこする。「今日は召喚せいこう~! ほら、飲め飲め!」「ちょ、最初からそんな強いの止めて!」 葵が菜摘の手を止めようとしたその時、個室の襖が開いて姿を現したのは——。「先生っ!?」「……やっぱりお前か」 渉に連れられてやってきたのは他の誰でもない、蓮だった。あまりの事に葵が言葉を失っていると、蓮はため息をつきながら個室に上がり込んでくる。
Last Updated: 2026-11-06
Chapter: 第二十七話『盗まれたレシピ』
 発表会が大失敗に終わった翌日、悠は何度も何度も頭を下げてくる町田を冷たく見下ろして言った。「あー、もう大丈夫なんで。お疲れ様でした」 役立たずにはいつだって辛辣な悠だ。十分な功績を残せなかった者にいつまでも気にかけてやるほど暇ではない。 それだけ言って歩き出そうとした悠に、町田が泣きそうな顔をして尋ねてくる。「あの……昇進の話は……」「あると思います? 結果は散々、あなたあの橘とか言う女性の半分も商品の事理解してませんでしたよね?」 実際、あの橘葵という女は商品の事をきちんと調べ上げていた。 自分のプロジェクトなのだから当然だと思うかも知れないが、研究者でなければ知らないような成分の特徴などもスラスラと紙も見ずに答えていたので、分野外にも関わらず相当な努力を重ねたのだろう。『どうせならあの女の方に付きたかったな。そうすればこんな面倒な事にならずに済んだのに』 この采配をした左遷されたという顔も名前も知らない部長とやらを恨みたくなるが、そんな事を今さら嘆いても仕方がない。「専務の孫か何か知りませんけど、能力の無い者が楽に経歴を手に入れる時代は終わったんですよ。それを肝に銘じておくんですね。それではこれで」 悠は愕然とする町田をその場に残し、待たせていた車に乗り込んだ。『これで終わりだと思うなよ。今までとは違う。それはお前にも言えるんだからな』 心の中で大学時代、常に周りからの称賛と光を浴びていた男の姿を思い出し、発表会に参加していた重役から奪い取ったQラボの成分表を握りつぶした。「蓮さん、冗談ですよね?」「俺が冗談など言った事があったか?」 蓮は冷めた口調で言うとコーヒーを一口飲んだ。その様子にチームメンバー達は互いに顔を見合わせて息を飲んでいる。 どうして皆がそんな反応をするのかが分からない葵だったが、御堂チームの名が出た途端この態度だ。 けれど今の葵にはそんな事よりも、この先の調整の方が大切である。「相手が誰であれ私たちがする事は一つです。まだ品質が不安定な所もあるので商品
Last Updated: 2026-11-05
Chapter: 第二十六話『ただならぬ雰囲気』
 蓮の言葉に会場中が静まり返った。もちろん葵もだ。一体何を言い出すのかと蓮を凝視していると蓮はただ一人、御堂を見つめている。『先生?』 その目は見たことも無いぐらいに挑戦的で、一方御堂の方は怯んでいるのを隠すかのように蓮を睨みつけていた。「その相反する成分を有効な物に変えたのはうちのラボの真中だ。それにより早い段階から今回のプロジェクト内容を変更し、開発に注力する事が出来た。この我儘を叶えてくれた柔軟な上司には全く頭が上がらない。元々うちが作っていたのはそちらが説明した物と全く同じ成分の商品だったんだが——それはあえて変えさせてもらった。どうにかして情報を引き出そうとしたようだが、残念だったな」 最後の言葉だけは、はっきりと御堂に向けられていた。『どういう事? 先生と御堂さんは知り合いなの?』 葵は蓮を見つめたけれど、蓮は少しもこちらを見ない。ただ印象的だったのは、名指しをされた御堂の表情だ。 さっきまでとは打って変わって御堂の顔は醜く歪み、無意識なのかしきりに足を小刻みに踏み鳴らしている。「以上で内容物に関しての報告は終了する。大まかな成分表は後からうちの上司が配ってくれるだろうから、それを確認してくれ」 それだけ言って蓮は颯爽と葵の隣に戻ってきた。 言いたい事は沢山あるが、今はまだ中間発表の最中だ。葵は色々と飲み込んで笑みを絶やさぬよう上層部の結果を待つ。「えー、それでは中間考査の発表をします。どちらも今の段階ではとても良く出来ていますが、今回は橘チームの案を採用したいと思います。橘さん、これからも開発に尽力するように」「はい!」 葵は立ち上がって一礼すると、こっそりと拳を握りしめた。これで予算はもぎ取れるはずだという思いと、ここまでやってきた成果がやっと出たのだという喜びが胸に溢れる。『……あれ?』 喜びに溢れる葵とは反して、てっきり悔しそうな顔をしているだろうと思っていた町田は何故か安堵したような表情をし、その隣では御堂がほとんど憎悪に塗れたような顔をしていたのだ。 『どうしてあんな表情?』 シード枠
Last Updated: 2026-11-04
Chapter: 第二十五話『中間発表と競合チーム』
 翌日、全ての準備を整えて蓮と共に会場に入った。 今まで蓮とこんな風に外を歩いた事が無いのであまり客観的に蓮を見る事はなかったが、こうして見るとまるでモデルのような蓮に葵は息を飲む。「先生って、やっぱり目立つんですね」「なんだ、急に。そんな事よりお前が気にすべきは発表の内容の確認じゃないのか」 そう言って蓮は腕組をしていつにも増して横柄な態度を取る。 葵はそんな蓮を無視して会場内を見渡した。 壇上を挟んで葵達の反対側にはシード枠で勝ち進んだ競合チームが座っている。「あの人……」 葵はスーツを着たまだ若い男性二人を見て思わず呟いた。自信なさげな男性の隣に明るいお洒落なスーツを着た男性が足を組んで座っていたからだ。『あの人、どこかで見たことあるような……確かTVか雑誌で……』 思わず葵が考え込んでいると、隣に居る蓮が不意に足を組み直した。その時に膝頭が少しだけ触れて、意識が蓮に戻される。「よそ見するな」「はい、すみません」 確かに蓮の言う通りだ。どこで見かけたのかは全く思い出せないが、今は有名人よりも中間発表である。この結果で来月からの予算が決まるのだから、ここは集中しなければならない。 やがて会場内が埋まり発表の時間が訪れた。 発表の順番は競合チームが先だ。「えっと、ご紹介に預かりました町田です。今回のプロジェクトでは長く愛されるをテーマに、今までにない新しいコンセプトのスポーツドリンクを——」『スポーツドリンク!? テーマまでうちと同じ……』 まさかのテーマの丸かぶりに葵が息を飲んでも、隣の蓮は分かっていたとでも言いたげに尊大な態度を変えない。 けれどそんな蓮よりも気になったのは、自信なさ気な町田の隣に居る余裕の笑みを浮かべた男性である。「先生、これって……」 葵が何か言い終えるよりも先に、お洒落スーツの男性が壇上に上がった。「皆様、今回こ
Last Updated: 2026-11-03
一夜の相手は、私から奪われた婚約者でした

一夜の相手は、私から奪われた婚約者でした

亡き母の香水をつけて自身の婚約発表会に臨んだリリアナは、父から驚愕の事実を告げられる。 自分の婚約を妹アイリーンにすり替えられ、リリアナの新作『霧の果て』までもがアイリーンのものとして発表されてしまった。さらには富豪との強制結婚とアトリエ引退を命じられる。 すべてを奪われたリリアナは、母が残したレシピノートを手に会場を脱出。親友の手引きで逃げ込んだ場所で怪しい薬に苦しむ男性と遭遇する。 放っておけずに部屋で彼を介抱していたリリアナは、一晩身を隠す為にある決断を迫られる。
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Chapter: 67・敵か味方か
 屋敷に戻ってからもアルフレッドの頭にはガストンの言葉がこびりつていた。 自分の存在こそが、ローズを死に追いやったかもしれないのだ。「たかが後継者争いで無関係の人間を殺すのか。そんな奴がエバンズ家の後継者候補なのか!」 怒鳴りながら執務室の机に拳を思い切り叩きつける。 自分が今まで信じてきたものは一体何だったんだ。どうして自分はそれを今まで盲目的に信じていたんだ。 リリアナから借りたノートをめくり、そこに自分の事故の記憶を当てはめていく。さらに不自然に伏せられた場所に自分の名前を入れると、全ての線が繋がった。 アルフレッドは事故の前後の事は何も覚えていない。それほどの衝撃だったのだろう。誰かがあの事故の事を知っているとしたら、当時ラボに居た者たちだけだ。 それに気付いたアルフレッドはアドルフの屋敷へと馬車を走らせた。 夜遅くにアドルフの屋敷に辿り着くと、リビングからまだ明かりが漏れている。見覚えのある馬車が屋敷の前に停まっているので、ルーク達はまだ居るのだろう。 アルフレッドは馬車を下りると急いでドアをノックする。 一刻も早くリリアナに詫びたかったからだ。 何度目かのノックでようやく扉が開いた。出てきたのは顔色の悪いアドルフだ。「……今日は最悪の日だ」 アドルフはアルフレッドの顔を見るなり呟くと、視線だけで屋敷の中に入るよう促してくる。 アルフレッドはお言葉に甘えて真っ直ぐリビングへ向かうと、そこにはまだ皆が集まって真剣な顔をして話し込んでいる。「リリアナ!」 アルフレッドが声をかけると、リリアナは驚いたような顔をして立ち上がり、アルフレッドの顔を見るなり表情ぞ歪めた。その今にも泣き出しそうな顔を見て胸が詰まる。「どうした? 何があった」 まずはリリアナに謝ろうと思っていたのに、そんなリリアナの顔を見ると自分の罪悪感を少しでも軽くしようとしていた自分が途端に恥ずかしくなった。「父様は、家名の為に捜査を打ち切ったと、そう……言ったそうです」 震える声で言うと、アルフレッド
Last Updated: 2026-11-08
Chapter: 66・身近な毒物とヴィンスの行動
「コンフリー? これが毒なの?」「ええ。と言ってもこんな少量じゃ死んだりしないわ。それにこれがあったのは原料庫よ。だからローズさんの死とは関係ないと思うけど、一番最近の健康被害はこれかもね」 コンフリーは肌からも吸収されてしまう毒物を成分に持っている。そのため長期に渡って食べたり塗ったりするのは絶対にしてはいけないとローズは言っていた。こんな物が原料庫にあったと思うとゾッとする。「身近な葉っぱだと思ってたよ。でも君が見つけてきたのはそれだけじゃない。そうだよね?」「もちろん。庭にあった花壇、あそこに植わってたのはグロリオサだった。あれは猛毒よ。それまであそこはローズさんのハーブ園だったの。でもローズさんが亡くなる少し前からフィオナが手入れしていたみたい」「……それを与えていた可能性が高いって事?」「そこまでは分からないけど、可能性は無くはないかなって」 セレスティアは遠ざかっていくヴェール家の屋敷を見つめて呟いた。あの離れはもう無くなっていたのが思っていたよりもショックだったようだ。「うちの内装をさ、変えようと思うんだ」「え?」「君が住んでいた離れ無くなってたね。でも君の記憶の中にはまだあるんでしょ? それを元にさ、うちの家の中の内装を変えてくれない? そうしたら一緒に住んでくれる?」「……何よ、急に……」 セレスティアは急いで窓の外に視線を移して囁くようにお礼を言った。 セレスティアとルークが揃ってリリアナの所へやってきたのは、そろそろ夕食が始まろうかと言う時間帯だった。「どんなタイミング⁉」 アドルフは突然やってきた二人の分のシチューを注ぎながら悪態をつくが、そんなアドルフを見てルークはニコニコしている。「一応アルフレッドにも声をかけたんだけど忙しいみたいでね」「来なくていいよ。高級馬車がたくさん停まってたら何事かと思われるでしょ。で、これから何が始まるの? 僕が居ても良い話?」「もちろん。君も関係者だから聞く権利はあるよ。だって叔母さんの本当の死因、知りた
Last Updated: 2026-11-07
Chapter: 65・あの時、何があったのか
「それは……ローズの死因が公になれば、ヴェール家の評判が落ちると思ったのです。屋敷の中で衰弱死などが起きたと知られたら困ると……」 観念したかのようにヴィンスが語った。その肩は震え、しでかした事の重さを理解はしているようだ。「なるほど。妻の死よりもあなたは世間体を選んだという事ですか。やはり、リリアナはここには置いておけませんね。彼女にこんな愛の無い場所は似合わない」 ため息交じりに言うと、ヴィンスが勢いよく顔を上げてルークを睨みつけてくる。「違う! 私は確かに世間体を優先させたが、妻を愛していた! それなのに……どうしてあんな惨たらしい死に方を……!」 ヴィンスはそこまで言って声を詰まらせる。なるほど、確かに愛していたようだ。 けれど結局は家名を取ったのだ。これはリリアナに知らせるべきだろうか。こんな事を、聞かせるべきだろうか。 そんな事を考えていると、それまでずっと黙っていたセレスティアが不意に口を開いた。「お話の途中に申し訳ありません。お兄様、私、その……」 セレスティアがわざとモジモジすると、ルークは何かに気付いたかのように頷いてヴィンスに向き直る。「失礼ですが、彼女を手洗いに行かせても?」「え? ええ。妹さまなのですか?」「ええ。リリアナの話し相手をしてくれています。幼い頃に顔を怪我してしまい友人が居なかったのですが、リリアナのおかげで外に出るようになったんですよ。この仮面のせいで皆が気味悪がるのに、彼女だけは偏見の目を持たなかった。私はそんな彼女に惹かれたんです」 よくもまぁスラスラとこんな嘘が出てくるものだと自画自賛していると、隣から仮面越しに呆れたような視線を向けられる。「そんな訳で誰か案内してやってもらえますか?」「分かりました」「そうだ。こう見えて妹も調香師を目指しているのです。良かったらラボも見せてやってもらえませんか?」「それはもちろん構いませんが……」「あり
Last Updated: 2026-11-06
Chapter: 64・ルークとセレスティアの観察眼
 ルークはその日、エバンズ家の高級馬車を使ってヴェール家を訪れていた。ヴィンスに会った時は自己紹介などしなかったので、ヴィンスはルークの事をエバンズ家の人間だとは思ってもいないだろう。 けれど世間的にはリリアナはエバンズ家が保護しているという事になっているので、何かしら繋がりを用意しなければならない。それに気付いたルークはシャルロッテに相談してエバンズ家の遠縁だという地位を名乗ることになった。 何よりもエバンズの肩書は何をするにしてもこの国ではとても役に立つ。「そうしてると何だか本当に貴族みたいね」 セレスティアが正面にで足を組んで座るルークに言うと、ルークは片眉を上げて偉そうに言う。「聞き捨てならないなぁ。うちはこれでも一応伯爵家なんだよ?」「そうなの⁉」「そうだよ。でなきゃアルフレッドの側近なんて出来ないって」「確かにそうよね……でもそれにしちゃ、あなた下町に慣れ過ぎじゃない?」「よく出入りしてたからね。それに僕には下町の方が性に合ってる」「……でしょうね」 最初の印象も手伝って思わずセレスティアが呟くと、ルークは肩を竦める。「まぁでも下町を知っているからこそ、もしローズさんが君を保護しなかったらと思うとゾッとする」 セレスティアから過去の話を聞いた時、ルークは色んな事を想像した。 けれどセレスティアはすんでの所でローズに保護されたのだと聞いて、ホッと胸を撫で下ろした事を思い出す。「本当よ。年端もいかない子どもを娼館に売るなんて信じられない。おまけに孤児院がそれをしたのよ⁉」 セレスティアは逃げ出せたけど、そうじゃなかった子も居る。彼女たちが今どこでどうしているのかは分からない。ただどこかで生きていて欲しいと願うばかりだ。「まぁ過去は過去だ。嫌な事は違うことで上書きするしかないよ。さて、気を引き締めて。ここからは君の記憶が頼りなんだ」 表情を引き締めてルークが言うと、セレスティアも真面目な顔をして頷き仮面を被り直した。「分かってるわ。あいつら、絶対に許さないんだから」
Last Updated: 2026-11-05
Chapter: 63・リリアナが隠したい事
 ルークはアルフレッドの執務机の上に置いてある焼き菓子を勝手につまみながら言う。「随分と乗り気じゃないか」「ここで完全にリリアナ嬢にはヴェール家と縁を切ってもらいたいからね。それと一つ確認したい事がある」「セレスティアの為か?」「もちろん。リリアナ嬢が宙ぶらりんな存在で居る間はティアに変な奴らが付きまとうんだよね。危ないから一緒に暮らそうって言っても断られるしさ」「……その輩よりお前の方が危ないと思われてるんじゃないか?」 半眼になって思わずルークを見つめると、ルークは笑顔で肩を竦めただけだった。きっと本人もそう思っているのだろう。「まぁ何でもいい。頼んだぞ。ところでリリアナが貸してくれたノートなんだが、どうにも所々腑に落ちない所があるんだが、なぜそう感じるか分かるか?」 リリアナが貸してくれたノートにはまるで歯抜けになっているような違和感がある。その違和感が分からなくてノートをルークに手渡すと、ルークはペラペラと中身をめくって苦笑いを浮かべる。「あー……これはリリアナ嬢の愛だなぁ」「どういう事だ?」 ルークの答えの意味が分からなくて首を傾げたアルフレッドをルークがなにか言いたげにじっと見つめてきた。「僕には理由が分かるけど、それを伝えたら君が傷つくと思ってリリアナ嬢はあえてそれを書いてないんだよ。だからそれは君が自分で気付くか、直接彼女に聞くべきだ」「謎掛けみたいだな」 思わず呟くと、ルークはゆっくりと首を振った。「謎掛けじゃない。君が忘れているだけだ。重要な事を」「……」 いつもの軽口ではなく、ルークははっきりとそう言った。 このノートに記されていないアルフレッドが忘れている事について、どうやらアルフレッドは真剣に向き合わなければならないようだ。「分かった。思い出せるよう努力する」「そうしてあげて。早く思い出してリリアナ嬢が抱えている負担を少しは軽くしてやって。ティアの為に」 ルークは微笑んでそれだけ言うとリビングを出ていく。
Last Updated: 2026-11-04
Chapter: 62・犯人の目星
 リリアナの言葉にアルフレッドは息を飲んだ。「……唐突だな」「すみません。でもこれを見てください。父から送られてきた母が残したノートです」 リリアナがノートを手渡すと、アルフレッドは少しだけ読み進めてノートを閉じる。「これは俺が読んでもいいのか? なかなか赤裸々に綴られているが……」 手渡されたローズのノートはなかなか過激だった。日々の愚痴やあのシャルロッテへの暴言まで綴られていたからだ。 思わずノートを閉じたアルフレッドを見て、リリアナはきっと最初の方のページを思い出したのだろう。ハッとしたような顔をして慌ててノートをアルフレッドの手からひったくると、アルフレッドに関する事だけを消してまとめたノートを取り出す。「えっと、こっちの方が分かりやすいと思います」「あ、ああ。ありがとう」 リリアナにノートを奪われて驚きつつページを開くと、そこにはリリアナの丁寧な文字が並んでいる。 やがて全てを読み終えると、アルフレッドはノートを閉じてリリアナをじっと見た。「彼というのはガストンか。ではこの事務員というのは?」 犯人が分かったかもしれないというぐらいだ。リリアナにはこの人物にも見当がついているのだろう。「うちの当時の事務員は義母のフィオナです」「……そうか」 やはりな。そう思ったのはアルフレッドだけではなかったのだろう。リリアナもまた眉根を寄せ険しい顔をしている。「それで君の母が集めたこの証拠というのは?」「無いんです……」 視線を伏せて言うと、アルフレッドは静かに頷く。「そんな顔をするな。君が家を出た時はまさかこんな事に繋がるとは思ってもいなかったんだ」「それはそうなんですけど、母の遺品を整理している時には既に無かったんです。それに——」 リリアナはアドルフに聞いた母の身に起こったであろう事をアルフレッドに全て話した。「なるほど……では、彼女の死
Last Updated: 2026-11-03
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