私を突き放した初恋の先生。落ちぶれた彼は今、ようやく私の愛を乞う

私を突き放した初恋の先生。落ちぶれた彼は今、ようやく私の愛を乞う

last updateLast Updated : 2026-10-13
By:  揚羽渓名Updated just now
Language: Japanese
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大手飲料メーカーで大きなコンペに勝利し、プロジェクトを任された葵。 そんな葵が組まされたのは、お荷物と言われる外部の研究所だった。 しかしそのチームの主任として現れたのは、高校時代に密かに恋心を抱いていた桐生蓮で……。 教師と生徒。立場が逆転した二人の恋が今、動き出す。

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Chapter 1

第一話『栄光の裏の罠とお荷物研究所』

「誰だっけ?    お前」

 初恋の男、桐生蓮は確かにそう言 った。

 その一言に葵は凍りつき、すっかり落ちぶれてしまった蓮を見下ろす。

「……臨時講師だったとは言え、たったの数年でもう生徒の顔と名前すら忘れてしまいましたか? 先生」

 冷たい声でそれだけ言うと、 説明しようの無い苛立たしい気持ちを押し殺した。

 高校三年の時、葵のクラスに臨時講師としてやってきた蓮の所作はいつだって洗練されていて、理知的な瞳の奥には常に知的な光が灯っており、誰も、校長すらも蓮にまるで平伏すかのように接していたのを今でも思い 出す。

 ところが今はどうだ。見るからにボサボサの頭、無精髭、更には ヨレヨレのシャツを着ている。

 蓮の今の姿を見て葵は酷く傷ついた。

 勝手な話だとはおもうけれど、蓮にはいつまでも憧れのままで居てほしかった。いつまでも孤高のような存在のままで居てほしかった。

 高校時代にどれほど冷たくされても、ほとんどの思い 出が苦いものだったとしても、たまに見せてくれた甘い記憶だけで十分だったのに。

◇

 大手飲料企業に入社した葵は、同期の中でも群を抜いて良い評価を得ていた。

 けれどそれは別に葵に特別な能力があった訳ではない。地道な努力を重ね、ここまでコツコツと積み上げてきた評価がようやく実を結んだだけの事だ。

 そして勝ち取ったのは社内を上げての一大プロジェクトのコンペの出場権だった。

「今回の大型プロジェクトのコンペには、うちの部署からは橘さんに出場してもらう事になった。彼女の成績を見た上層部からの人選だ。橘さん、頑張ってね」 

「は……はい!」

 葵が舞い上がりそうなほど嬉しい気持ちをどうにか押し込めて返事をすると、部長はにこやかに頷いてデスクに戻っていく。

 これをやり遂げれば、もしかしたら誰かに必要とされるような存在になる事が出来るかも知れない。

 それを聞いて部署の皆はそれぞれ葵にお祝いの言葉をかけてくれる。 

「橘さん、すご~い!     同期の期待の星だよ!」

「頑張ってね!    応援してるから!」 

「うん!     ありがとう!」

 素直にお礼を言った所で休憩時間になりお手洗いに行 くと、少 ししてさっきの同期達がやってきた。

 それに気づいて慌てて個室から出ようとすると、 次いで聞こえてきたのは彼女達のこんな会話だ。

『てかさーあの子が一人頑張るだけで比べられるこっちの身にもなってほしいよね』

『社運をかけた コンペ だか何だか知らないけど、そんなの適当に参加してベテランに譲れば良いじゃん。ここで下手に良い成績出されたら、また私たち課長に何か言われるんでしょ? やってられないって』

 そんな会話をうっかり聞いてしまった葵は、悔しくて仕方なくて泣きそうになるのを堪え、天井を見上げて心に誓った。絶対にコンペで優勝してやる、と。

 そうして勝ち取った一大プロジェクトだったが、喜びは一転、奈落へと落ちていく。

「Qラボ……ですか?」

「ああ。君も名前は聞いた事あるだろう?」 

「ありますけど、あそこは……」

 変わり者で落ちこぼればかりが集まるお荷物と揶揄される、超がつくほど有名な外部研究所の研究所だ。今までにもいくつかのプロジェクトを引き受けたらしいが、そのどれも完成間近で全て頓挫するという、曰く付きの研究所でもある。

 葵の表情を見て何かを察したのか、部長が苦笑いを浮かべて言った。

「まぁ噂はあまり良くないかもしれないが、頑張り屋の君ならきっと上手く扱えるさ!」

「お言葉ですが部長!    このプロジェクトは会社の為にも絶対に成功させないといけないんですよね?    それなのにどうして コンペに優勝した私にそんな研究所を——」

「ああ、うんうん。そうなんだけどね、上層部からの指定だから僕にはどうしようも 出来ないんだよ。それにプロジェクト 自体はもう一つ新たにチームが組まれるそうだから、君はそこまで気負わなくていいよ。明日には先方に挨拶に行 ってきなさいね」

「ちょっと部長!    まだお話が——」

 人好きのする笑顔を浮かべて部長はそれだけ言うと、まるで逃げるように部署を去っていく。

 後に残された葵はただ立ち尽くし、 ポカン としていた。

 しばらく頭の中は真っ白だったが、次第に言いようのない怒りが湧いてくる。 どうしてこれだけの実績を重ねて実力で掴み取った、社内を上げての一大プロ

ジェクトのコンペでこんな仕打ちを受けなければならないのだ。

 おまけにコンペのレースに参加すらしていない人が存在する? ありえない。

 あまりの理不尽さに苛立ちながらも、葵はその足で研究所に挨拶に向かった。ところがその研究所の責任者というのが、他の誰でもない、桐生蓮だったのだ。

◇

「……先生は随分と変わられましたね」 

「そうか?  俺は元々こんなだよ」

 思わず漏れた嫌味にも蓮はどこか投げやりな態度でスマホを弄 りながら淡々と答えた。そんな蓮に葵はとうとう苛立ちを抑えきれなくなってしまう。

「だったら、私が勝手に先生に幻想を抱いていたんでしょうね。先生は当時の生徒が自分の上に立つことをお気に召さないかもしれませんが、今回のプロジェクトは絶対に成功させたいので、最後までどうぞよろしくお願いします!」

強い口調で言い返すと、葵は即席で用意されたデスクへと向かった。

 Qラボは噂に聞いていたよりもずっと酷い場所で、葵が今日 ここへ来る事すら誰も聞かされていなかったらしい。

 ため息をつきながら荷物の整理をしていると、後ろからチームの一人、須藤本広が声をかけてきた。

「君、蓮さんと知 り合いなの?」

「ええ、まぁ。 高校の時の臨時講師だったんです。それがどうかしましたか?」

 詳しい話はあまりしたくなくて端的に答えると、須藤が苦笑いして頷く。

「先生って呼んでたから気になって。蓮さんって教員免許も持ってたんだ。でもあの人の授業は難解そうだね」

「いえ、授業はとても分かりやすかったですよ。ただ……厳しい先生でしたね」

 そう、厳しかった。授業以外の質問をしようものなら視線だけで黙らせてくるような、そんな教師だった。

 当時の蓮は正に孤高と言っても過言ではないぐらい輝いていた——。

 その態度は教師陣に対しても一貫していて、そんな蓮が葵は大好きだったのだ。 『それなのに、あの桐生先生がどうしてこんな事に……』

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第一話『栄光の裏の罠とお荷物研究所』
「誰だっけ? お前」  初恋の男、桐生蓮は確かにそう言 った。  その一言に葵は凍りつき、すっかり落ちぶれてしまった蓮を見下ろす。 「……臨時講師だったとは言え、たったの数年でもう生徒の顔と名前すら忘れてしまいましたか? 先生」  冷たい声でそれだけ言うと、 説明しようの無い苛立たしい気持ちを押し殺した。  高校三年の時、葵のクラスに臨時講師としてやってきた蓮の所作はいつだって洗練されていて、理知的な瞳の奥には常に知的な光が灯っており、誰も、校長すらも蓮にまるで平伏すかのように接していたのを今でも思い 出す。  ところが今はどうだ。見るからにボサボサの頭、無精髭、更には ヨレヨレのシャツを着ている。  蓮の今の姿を見て葵は酷く傷ついた。  勝手な話だとはおもうけれど、蓮にはいつまでも憧れのままで居てほしかった。いつまでも孤高のような存在のままで居てほしかった。  高校時代にどれほど冷たくされても、ほとんどの思い 出が苦いものだったとしても、たまに見せてくれた甘い記憶だけで十分だったのに。 ◇ 大手飲料企業に入社した葵は、同期の中でも群を抜いて良い評価を得ていた。  けれどそれは別に葵に特別な能力があった訳ではない。地道な努力を重ね、ここまでコツコツと積み上げてきた評価がようやく実を結んだだけの事だ。  そして勝ち取ったのは社内を上げての一大プロジェクトのコンペの出場権だった。 「今回の大型プロジェクトのコンペには、うちの部署からは橘さんに出場してもらう事になった。彼女の成績を見た上層部からの人選だ。橘さん、頑張ってね」 「は……はい!」  葵が舞い上がりそうなほど嬉しい気持ちをどうにか押し込めて返事をすると、部長はにこやかに頷いてデスクに戻っていく。  これをやり遂げれば、もしかしたら誰かに必要とされるような存在になる事が出来るかも知れない。  それを聞いて部署の皆はそれぞれ葵にお祝いの言葉をかけてくれる。 「橘さん、すご~い! 同期の期待の星だよ!」 「頑張ってね! 応援してるから!」 「うん! ありがとう!」  素直にお礼を言った所で休憩時間になりお手洗いに行 くと、少 ししてさっきの同期達がやってきた。  それに気づいて慌てて個室から出
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第二話『Qラボの人たち』
 ただでさえお荷物研究所に配属されてショック を受けていたというのに、そこに来てまさか、かつての恩師であり初恋の相手がこうも見て分かるぐらいに落ちぶれているなどとは思ってもいなかった。  あの雲の上に居た桐生蓮が、今や葵よりもはるか下の方に居るように思えた。それと同時にほんの少しの安心感が湧いてくる。  当時は一生かかっても追いつけないと思っていた蓮が、今は葵のすぐ側に居るような気がして。  この短期間の間に蓮の人生に一体何があったのかは分からないが、蓮と再会した事であの時の気持ちが今もありありと蘇ってくる。  とっくに精算出来たと思っていた感情は、どうやら月日がどうにかしてくれた訳ではなかったようだ。 『俺は、お前のその主体性の無さが嫌いだ』  最後に蓮に言われたこの言葉は良くも悪くも葵の人生を大きく変えた。  嫌がりながらも卒業写真を皆と撮 っている蓮を見て声をかけると、蓮は葵を見下ろしてそう言 ったのだ。  結局、葵だけが蓮と写真を撮ることが出来ず、親友の日向 菜摘に朝まで慰めてもらったのは苦い 思 い 出である。  葵はそんな事を考えながらチラリと視線を蓮に向けた。  蓮はまだスマホを見ているが、 突然何か思い 出したかのようにパソコンの電源を入れたかと思うと、おもむろにキーボードを打ち始める。 「あの、先生急にどうしたんですか?」  何気なく隣に座っていた研究所のメンバーである芝浦タケルに話しかけると、芝浦は肩を竦めて笑った。 「蓮さんの日課。ああやっていっつも俺達には理解出来ないような数式考えてんの」 「数式?」 「そ。あの人天才だからさ、何か考えてないとバグるんじゃない? ここめっちゃ暇だからさ」  そう言って芝浦はデスクの引き出しを開けると、中から漫画を取 り 出して読み始めてしまう。  周りを見渡すと芝浦だけでなく、須藤も紅一点の真中瞳すら各々好きな事に興じていた。 「……流石Qラボ」  絶望にも近い気持ちで呟いた葵は、今回のコンペで勝ち取った物の虚しさを噛みしめる。  こんな調子で本当にプロジェクトは成功するのだろうか? それともコンペに出場すらしなかったチームが結局全てを持っていってしまうのだろうか。  葵はため息をついて席につくと、 皆で話し合おうと思って
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第三話『立場逆転。地上に下りてきた教師』
「だったら今の蓮さん見て驚いたでしょ?」  須藤の言葉に葵は間髪入れずに頷いた。そんな葵を見て須藤が困ったように笑う。 「蓮さんにも色々あったんだよ。まぁでも言動が冷たくてキツイのは今もだから安心して」 「……そこは少しは丸くなってて欲しかったですね」 「言えてる」  須藤はあえて深くは尋ねてはこなかった。きっとそれほど葵の表情が酷かったのだろう。  あれほど雲の上の人物だと思っていた人が、 今は葵に使われる立場に居るだなんて、ここに来るまでは考えもしなかった。    研究所にもランクがあり、権威の高い研究所ほど研究者としての立場も高い人たちが揃う。そんな所にプロジェクトを頼む時は企業側もへりくだるような態度を取るが、 そうではない研究所に対しては辛辣だ。  葵には自負があった。新進気鋭で倍率の高い飲料メーカーに内定が決まり、努力に努力を重ねてコンペを勝ち取るまでの実力をつけた事を誇 りに思っていた。  その自負があるからこそ、余計に自分の気持ちに折 り合いをつける事が出来ない。  おまけに葵の人生の道しるべになっていた人は、今や葵よりも下の立場で訳の分からない計算式を組み立てて遊んでいる。  それでも心の何処かで未だに蓮と過ごしたあの高校生活に縋るような気持ちもあった。  だからだろうか。こんな蓮を見て、もしかしたら蓮の人生にも何かがあったのではないだろうか、などと理由を探してしまうのは。  とはいえそれとこれとは話が別だ。蓮に同情をしたり過去の気持ちに振り回されていては、また葵は自分の人生の主導権を握れなくなってしまう。  ここまで築き上げてきたキャリアや頑張りは葵が自分で積み重ねてきたもので、それは蓮にも言える事である。  蓮がここでどんな振る舞いをしようと蓮の勝手だが、そんな蓮に足を引っ張られる事は絶対にしたくない。 「私、決めました。 絶対に諦めません。このプロジェクト」  夢中になってキーボードを打つ蓮にも聞こえるように言うと、葵は フンと息を吐いて資料をパソコンに取り込み始めた。◇  蓮は今日も計算式を組み立てながら、葵の決意を背中で聞いていた。  本当は葵の存在を覚えているし、蓮自身も葵に投げつけた言葉を忘れた事はない。  けれど蓮には葵の存在を忘れた振りをする
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