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愛に傾いた代償

愛に傾いた代償

By:  星野 すずCompleted
Language: Japanese
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男尊女卑が根強いこの村で、僕の両親はその反対、姉を溺愛し僕を蔑ろにしていた。 姉はいつも可愛い服を着て、何もかもが流行の最先端。一方の僕は他人のように扱われていた。 姉が成人した夜、家の奥から姉の悲鳴が響いてきた。驚いて駆けつけようとした僕は、父に殴られてそのまま気を失ってしまった。 目を覚ましたとき、姉はすでに冷たくなっていて、その身体には青紫の痣が無数に残されていた。 ところが、両親は人が変わったように冷淡で、姉の遺体をゴミのように扱い、藁で簡単に巻くと村外れの山に埋めてしまった。 しかし翌日の夜、姉は何事もなかったかのように自分の部屋で布団に座っていた。 それ以来、村では次々と奇怪な出来事が起こるようになった。

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Chapter 1

第1話

姉の誕生日が近づいてきた。両親はとても嬉しそうで、顔には期待があふれている。

僕は部屋の隅っこで、それを羨ましそうに見つめていた。

母は姉に新しい服を次々と試着させている。

その光景を眺めながら、自分がこの家の他人みたいに感じた。

うちの村は、男尊女卑で有名だ。生まれた女の子は川に捨てられて溺れさせられるなんてことが普通にある。警察が何度も来たけど、結局何も変わらなかった。

でも、うちは少し違っていた。僕は男の子なのに、姉ほど両親に可愛がられていない。

「お母さん、僕も新しい服が欲しい」

僕の服なんて、数えるほどしか持っていない。

「また今度ね」

母は立ち止まってじっと僕を見つめた。

「また今度」、いつもそう言われるけど、結局一度も買ってもらえたことはない。

悔しくて、家を飛び出した。

背中越しに姉の声が聞こえてきた。

「私が柱君を探してくる!」

柱君は僕の名前だ。父は小さい頃の僕に、「お前はこの家の柱になるんだ」って言くれたことがある。

けれど、今の僕は全然両親に好かれていない。

両親は軽く頷いて、姉に任せた。

僕は庭の外に積んである薪の陰に隠れた。

すると、すぐに姉に見つかった。姉には僕がどこにいるのか、いつも分かるみたいだ。

姉は僕の手のひらに飴をひとつ握らせた。

この前、母が姉を街に連れて行った時、姉だけに買ったものだ。

「柱君、悲しまないで。私が大人になったら、働いてお金を稼いで、新しい服を買ってあげるからね」

姉はそう言いながら僕の頭を優しく撫でてくれた。

「どうして両親はお姉ちゃんばっかり可愛がるの?」

男の子の僕なのに、どうして両親の愛情は姉に向けられているんだろう。そんな疑問がずっと消えなかった。

昔は村の人からもうちのことを色々と言われていたけど、姉が大きくなるにつれて、そういう声も次第に消えていった。

「私にも分からないわ。でも、両親はいい人だよ。柱君、大丈夫。お姉ちゃんがちゃんと守るからね」

「うん」

僕は小さく頷いた。

大丈夫。僕には姉がいる。姉だけは、僕を気にかけてくれるから。

姉の誕生日の前日、両親がついに僕に学校に通う許可をくれた。

中学校には合格したものの、その学費は姉の服代に使われてしまっていた。

家は貧しく、最近は一日一品の野菜料理しか食べられない生活が続いていた。

「お母さん、私の服は少なくても平気だから、そのお金で柱君を学校に行かせてあげて」

姉はそう母を説得した。母は少し考えた後、頷いた。

「お前も大きくなったんだな。弟を支えてやるんだぞ」

ずっと黙っていた父が、突然そう言いながら少し複雑な表情で姉を見つめた。

父の視線に気づき、なぜか自分もほんの少し気にかけられた気がして、不思議な気持ちになった。

「もちろん、柱君は私の大事な弟だもん!」

姉のその言葉に、僕は感謝の気持ちでいっぱいになり、心の中で「絶対に姉を大切にしよう」と強く誓った。

そして、今夜は姉の誕生日だ。

母は姉のために特別に蕎麦を買ってきてくれた。

家で蕎麦を食べられるのは普段お正月だけだから、とても珍しいことだ。

「柱君、鴨肉を食べなさい」

母は鴨肉を一切れ取って、僕のお皿に乗せた。

さらにもう一切れを姉のお皿に置きながら、「ちゃんと栄養を取るんだよ」と言った。

姉の肌は村の他の女の子たちと比べて白くふっくらとしている。

他の女の子たちは日焼けして痩せ細り、枯れた花の茎のようなのに対して、姉は満開の薔薇のように美しかった。

「柱君が食べなよ。栄養を取らなきゃいけないのは柱君だよ」姉は自分のお皿から鴨肉を僕のお皿にそっと移した。

僕は両親の顔色を窺ったけれど、二人とも何も言わず、むしろどこか嬉しそうにしていた。

夕飯を終えた僕は、姉にとって忘れられない誕生日プレゼントを贈ろうと心に決めた。

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第1話
姉の誕生日が近づいてきた。両親はとても嬉しそうで、顔には期待があふれている。僕は部屋の隅っこで、それを羨ましそうに見つめていた。母は姉に新しい服を次々と試着させている。その光景を眺めながら、自分がこの家の他人みたいに感じた。うちの村は、男尊女卑で有名だ。生まれた女の子は川に捨てられて溺れさせられるなんてことが普通にある。警察が何度も来たけど、結局何も変わらなかった。でも、うちは少し違っていた。僕は男の子なのに、姉ほど両親に可愛がられていない。「お母さん、僕も新しい服が欲しい」僕の服なんて、数えるほどしか持っていない。「また今度ね」母は立ち止まってじっと僕を見つめた。「また今度」、いつもそう言われるけど、結局一度も買ってもらえたことはない。悔しくて、家を飛び出した。背中越しに姉の声が聞こえてきた。「私が柱君を探してくる!」柱君は僕の名前だ。父は小さい頃の僕に、「お前はこの家の柱になるんだ」って言くれたことがある。けれど、今の僕は全然両親に好かれていない。両親は軽く頷いて、姉に任せた。僕は庭の外に積んである薪の陰に隠れた。すると、すぐに姉に見つかった。姉には僕がどこにいるのか、いつも分かるみたいだ。姉は僕の手のひらに飴をひとつ握らせた。この前、母が姉を街に連れて行った時、姉だけに買ったものだ。「柱君、悲しまないで。私が大人になったら、働いてお金を稼いで、新しい服を買ってあげるからね」姉はそう言いながら僕の頭を優しく撫でてくれた。「どうして両親はお姉ちゃんばっかり可愛がるの?」男の子の僕なのに、どうして両親の愛情は姉に向けられているんだろう。そんな疑問がずっと消えなかった。昔は村の人からもうちのことを色々と言われていたけど、姉が大きくなるにつれて、そういう声も次第に消えていった。「私にも分からないわ。でも、両親はいい人だよ。柱君、大丈夫。お姉ちゃんがちゃんと守るからね」「うん」僕は小さく頷いた。大丈夫。僕には姉がいる。姉だけは、僕を気にかけてくれるから。姉の誕生日の前日、両親がついに僕に学校に通う許可をくれた。中学校には合格したものの、その学費は姉の服代に使われてしまっていた。家は貧しく、最近は一日一品の野菜料理しか食べられない生活が続いていた。
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第2話
夕飯が終わった後、母は姉に新しい服を着るように言った。「お母さん、明日でいいでしょ?今日はもう遅いし……」「いいから着なさい。このまま寝てもいいから、母さんはあんたがその服を着た姿が好きなのよ」姉は母に逆らえず、仕方なく服を着替えた。母は、姉が絵本に出てくるような人形みたいに可愛くなったのを見て、満足そうに部屋を出ていった。母がそこまで強く言った理由は分からなかったけど、それでも僕は嬉しかった。「お姉ちゃん、この服、ホタルと一緒だともっと似合うよ。絵本に描かれてたみたいにさ。ホタル、捕まえてあげるね!」「うん、いいね」そう言って僕が家を出るとき、父が姉の部屋の前にカラフルな花灯を一つ灯した。「もう大人なんだからな、ちゃんとした誕生日を過ごさないと」僕は心が踊るような気持ちで外に出て、姉へのプレゼントにホタルを捕まえることにした。姉が絵本の『蛍の少女』みたいに綺麗になることを想像しながら。家に戻る途中、ふと誰かが家の庭に入ったのを見かけた。「お父さん!助けて!お母さん!」僕はその人を追いかけて家の中へ急いだ。すると、姉の悲鳴が聞こえた。でも、姉の叫びを聞いた父も母も、誰一人として助けなかった。それどころか、父は姉の部屋の扉に鍵をかけてしまった。「助実、お前をこれまで食わせて、育ててきたんだ。この日が来たら俺たちに返してもらうのは当然だ」父はそんなことを正々堂々と言い放った。「佐川さん、優しくしてあげて。娘を壊さないでよ!」母はそんなことを言いながら嬉々としてお金を数えていた。「お姉ちゃんはどうしたの!」何が起きているのかはまだ分からなかったけど、姉の助けを求める声が聞こえる以上、何か大変なことが起きているに違いない。姉の部屋に閉じこもっている佐川隆造――あの毎日道をぶらついているだらしない独身の中年男と姉が同じ部屋にいるなんて、到底許せなかった。僕は必死で扉に飛びつき、中に入ろうとした。中から姉ちゃんの悲痛な声が聞こえ、「助けて!」と叫んでいた。でも、母は突然僕を抱きしめて動けなくしてしまい、父に目配せをした。その直後、僕の意識は遠のいていった。意識を失う前に、僕が姉のために捕まえたホタルが全て飛び去っていくのが見えた。
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第3話
目が覚めたとき、姉の部屋の前のカラフルな花灯はすでに消えていた。姉の様子を見に行こうとした僕を、母が制止した。「お姉ちゃん、昨晩からすごく疲れてるから、今日は休ませてあげなさい」僕は母の言いたいことがすぐに分かった。「なんでそんなことするの?お姉ちゃんのこと、好きじゃなかったの?」「バカね、これは全部あんたのためよ!」母は真剣な口調で言いながら、手に持っていたお金を振った。「あなたのためにお姉ちゃんを育ててきたのよ。お金だってあんたのために使うのが当然でしょ、あなたは私達の宝物なんだから」母は僕の同意を得たがっていた。でも、僕はそのお金を見て胸が悪くなり、母を押しのけて必死に姉の部屋に向かった。その速さに母は反応できなかった。僕は姉の部屋のドアを勢いよく開けた。佐川隆造はもういなかった。姉は動かずに横たわっていた。「お姉ちゃん!」ぼろぼろになった服では姉の体に残った青あざを隠せなかった。僕は震える手で姉の息を確かめた。その時、父と母が慌てて駆けつけてきた。「お姉ちゃんが……死んじゃった!」母はその場に崩れ落ちた。「佐川隆造のバカ、娘を殺しやがって!」「泣いてる場合じゃない。さっさと賠償金を取りに行け!」「そうね!」母は佐川隆造を探しに行った。父は黙って姉の遺体を見つめ、ボロい藁を取ってきた。「どこかに捨てろ」「こんなことして、お姉ちゃんが幽霊になって許さないから!」まさか、昔両親が姉に可愛がったことが全部嘘なんて思いもしなかった。僕は驚いて叫んだ。「ふざけんな!」その瞬間、父は僕に平手打ちを食らわせた。「土地に埋めるか、野良犬に食わせるか、お前の好きにしろ」そう言い放って、父は出て行った。僕は冷たくなった姉の体を抱きしめた。敷き藁で姉を包んで、「お姉ちゃん、ホタルを見に行こう」僕は姉を背負ってホタルがよく見られる川のほとりに来て、深く穴を掘った。これで野良犬に食われることはないだろう。家に戻ると、母は嬉しそうに椅子に座っていた。テーブルの上には20万円分くらいのお金が積まれていた。「この死に損ないが、最後にちょっとは役立ったわね」僕は警察に行こうと思った。佐川隆造が姉を殺したんだ。「お金なんか受け取るなよ
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第4話
まだ空は完全に明けていなかった。痛みで寝返りを打ちながら寝られず、夢と現実の狭間で目を覚ますと、冷たい手がゆっくりと僕の顔に触れ、そのまま深い眠りに落ちていった。再び目を開けると、赤い太陽が空の端から昇り始めていた。昨夜、姉の夢を見た。姉は僕のベッドの端に座り、悲しげな表情で両手で僕の顔をゆっくりと撫で、首筋まで滑らせて、それから一瞬で消えてしまった。壁を支えにして、ゆっくりと姉の部屋に足を踏み入れた。ドアを開けると、部屋の光景に思わず倒れ込んでしまった。昨日の傷もあって、耐えきれず痛みに声を漏らしてしまった。姉が帰ってきた。死ぬ前のあのボロボロの服が、新品のように元通りになっていた。静かにそこに座っていて、壊れやすい人形のようだった。音を聞いて振り返ったのか、ゆっくりと私を見つめ、虚ろな目でかすれた声で言った。「柱君、帰ったの?」「お姉ちゃん?」違う、姉じゃない。姉はもう死んだはずだ。これは......鬼だ、鬼だ!僕は痛みを無視して立ち上がり、部屋を飛び出そうとした。「バン!」風もないのに、部屋のドアが不自然に閉まった。姉にそっくりなその女性は、ゆっくりと僕に向かって歩き始めた。その雰囲気が変わり、より妖艶で魅力的になっていた。眉の間に浮かんだ無数の表情は姉とはまったく違うものだった。姉は絶対にそんな感じではなかった。一体、あの人は誰なんだ?「柱君、私を怖がるの? お姉ちゃん、悲しいわ」死んだ人のように白い手が幽霊のように僕の前に伸び、僕の首を掴んだ。黒い髪が顔を覆い、彼女の顔は見えなかった。僕は足が地面から浮いていくのを感じた。だんだんと息ができなくなり、必死で抵抗した。しかし、頭が一瞬真っ白になり、僕は地面に投げ出された。「柱君、私を怖がっちゃいけないよ」その女性の声には、何か冷たくて遠くから響くような感じがあった。「あなたは一体誰?」「私は助実、弟を助けるために一生尽くす助実、あなたの姉だよ」
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第5話
彼女は特に強調するように言った。姉の名前に、弟を助けるという意味が込められていたなんて、初めて知った。僕は目を閉じていたが、涙は勝手にこぼれ落ちていった。姉は、僕のために生まれてきたんだ。部屋の中から物音が聞こえて、両親が慌てて駆けつけてきたが、扉は開かなかった。「覚えておきなさい、私はお姉ちゃんよ。お姉ちゃんって呼んで」そう言うと、姉はその場から動かず、扉がひとりでに開いた。お姉ちゃんだと言うなら、お姉ちゃんでいいと思った。でも、お姉ちゃんが戻ってきた理由は、いったい何なんだろう。扉を蹴ろうとした父は、足を引っ込める間もなく転んでしまい、地面に叩きつけられて痛そうに叫んだ。「お父さん、大丈夫?」姉はすぐに父を助け起こしたが、父も母も後ずさりしながら震えた声で言った。「助実、お前、死んでないのか?」「閻魔様がね、弟を助け終えるまでは死んではいけないって言ったの」姉の肌はもう青白さが薄れ、手が僕の肩に触れたときには普通の人と同じ温かさを感じた。ただ、日の光の下でも姉には影がなかった。でも、両親は気づいていないようで、姉の言葉をそのまま信じ込んでしまった。二人とも笑顔で喜んでいて、父は痛みさえ忘れたようだった。「そうだな、お前の役目が終わるまで閻魔様もちゃんと見守ってるさ」「でも...... 佐川隆造のことはどうするの?」母が父に目を向け、意見を求めた。父は一瞬迷ったようだったが、その目にははっきりと殺気が浮かんでいた。僕は咄嗟に姉の前に立ちはだかり、背筋が冷たくなるのを感じた。でも姉はにっこり笑いながら僕をそっと押しのけた。「お父さん、今夜の花灯をまた飾ってくれる? 私じゃ手が届かないから」「わかった、任せとけ!」父は嬉しそうに笑い、目の中の殺気は消えていた。でも姉は......?花灯を飾る意味を、彼女が知らないはずがない。それでも、あの非道な屈辱を受けるつもりなのか?何か言おうとしたが、不思議な力で口を閉じられてしまった。その日、姉はほとんど何も食べず、夜明け前に父に花灯を飾らせた。午後には母が佐川隆造にお金を返しに行った。こうして村の人々は姉が死んでいないことを知るようになった。夜になると、花灯が闇の中でひときわ鮮やかに輝いていた。
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第6話
それからというもの、姉は昼夜を問わず、花灯をともしていた。ほぼ毎時間、誰かが姉の部屋に足を運び、艶やかな声が夜通し響き渡った。中には同じ男が一日に何度も訪れることもあった。よく見ると、姉の部屋を訪れる男たちは、みな娘を亡くした過去を持つ者ばかりだった。ある日、ひとりの男が用を済ませ、ズボンの腰紐を締めながら部屋から出てきた。彼は満足げに唇を舐め、いやらしい笑みを浮かべながらテーブルに金を叩きつけた。「明日も来てやるからな」母は無理に笑顔を作りながら男を見送り、家の外に出た瞬間、不意に汚水を頭から浴びせられた。「こんなふしだらな娘に育てやがって!売女め!」「そうだ、この家族は全員ろくでもない連中だ!」村の女たちが次々と罵声を浴びせてきた。というのも、彼女たちの夫は姉に夢中になり、家庭のことを全く気にかけなくなっていたからだ汚水をかけたのは、豚肉屋の女房だった。彼女は先月、二人目の子供を産んだが、それがまた女の子だったため、村の「死産井」と呼ばれる井戸に沈められた。産後間もない体がまだ回復していない中、夫が他の女と関係を持ち始めたことに、彼女の怒りは頂点に達していた。しかし、この村では夫に逆らうことが許されず、彼女は怒りを我が家にぶつけるしかなかった。姉は家から一歩も出ようとしなかったため、彼女たちは母を復讐の相手に選ぶほかなかった。だが、母もまた黙っているような人ではない。汚水をかけられるや否や、その女の髪を乱暴に掴み、力任せに引っ張った。髪の毛がごっそり抜けるほどだった。女が反撃しようとしたその瞬間、母は大声で怒鳴りつけた。「文句があるなら、豚肉屋なんか二度とうちには来させるんじゃないよ!」その言葉には母が何か大事な決定権を握っているかのような迫力があった。豚肉屋の主人はそれを聞いて慌てて妻の顔を平手で叩きつけた。「お母さん、怒らないでください。助実ちゃんが素晴らしいのは分かっていますから。こいつは家に連れて帰って、しっかり罰を与えます!」と謝罪した。そう言って、彼は妻の乱れた髪を掴み、そのまま家へ引きずり帰った。妻の悲鳴は村中に響き渡り、その声が途絶えることはなかった。
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第7話
姉はそんな暮らしを毎日楽しんでいた。お金はどんどん貯まり、両親の顔もどんどん明るくなり、姉への態度も神様を崇めるかのように慎重になっていった。姉は普段ほとんど部屋から出ず、僕と顔を合わせるのを避けているようだった。そんな生活が1か月ほど続いた頃、村で奇妙な出来事が起き始めた。村の男たちが次々と「男としての器官」を失い始めたのだ。最初は佐川隆造、次に豚肉屋の主人、そして根津鬼一。その後、村中の男たちが同じ状態に陥った。初めのうちは恥ずかしくて誰も病院に行けなかったが、声までもが女性のように変わり始めると、さすがに普通ではないと気づいた。村長は男たちを集めて緊急の話し合いを開いた。すると、外に出稼ぎに行っている男たちや子どもたち以外、ほとんど全員が同じ状態になっていることが明らかになった。その結果、疑いの目は姉に向けられた。「まさか、助実が原因だなんてことはないだろ!」父は頭を上げて必死に反論した。「お前の娘は死んだはずだろう?それなのに生き返ったなんて、妖怪以外の何だ!」そう言ったのは佐川隆造だった。彼はまだ母が金を無理やり取ったことを根に持っている。「くだらんことを言うな!」父は激しく反発したが、それは姉を守るためではなく、姉がいなくなれば家に男たちが来なくなるのを恐れていただけだった。村人たちは父の言葉を無視し、互いに目を合わせると、誰もが真相を察しているようだった。彼らはお金を出し合い、高名な法師を村に呼ぶことを決めた。僕は姉に知らせるために急いで家に戻ったが、姉は部屋から一歩も出ようとしなかった。「お姉ちゃん、早く逃げて!法師がお姉ちゃんを捕まえに来るんだよ!」僕は久しぶりに姉の部屋に足を踏み入れた。部屋にはほのかに生臭い匂いが漂っていた。しかし姉は僕の言葉に全く動じる様子もなく、微笑みながら言った。「心配しないで。私はあなたのお姉ちゃんだもの」その言葉に僕は静かに言い返した。「あなたは……本当のお姉ちゃんじゃない」その瞬間、姉はその意味を悟ったのか、艶やかな笑みを浮かべた。「出て行きな!」僕は姉を止めることも、村人たちを阻止することもできず。ただただ不安を抱えるしかなかった。しかし、必要とあらば、姉のために命を差し出す覚悟があった。法師
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第8話
「この村は無実の命を奪ったんじゃないだろうな!」法師は目を大きく見開き、厳しい口調で問い詰めた。「そ、そんなこと、絶対にありません!」村長は額の汗をぬぐいながら答えた。「ふん、なら手助けはできないな。心が不誠実な者には、私は力を貸さない」法師は振り返ると、その場を立ち去る素振りを見せた。「待ってください!法師様!」村長は一瞬ためらったが、法師の鋭い洞察力を目の当たりにし、全てを話すべきだと決心した。「村の子供たちが、夏の暑さで井戸に落ちて命を落としたのです」その言葉を聞いた瞬間、僕は吐き気がするほどの怒りを感じた。「その井戸へ案内しろ!」法師は鋭く命じると、噂の「死んだ子供たちの井戸」に向かって歩き出した。周囲を回りながら、手を動かし、低い声で呪文のような言葉をつぶやいていた。僕は緊張しながらその様子を見守った。「この井戸には深い呪いが宿っている。この村で起きている奇怪な現象は、この井戸に潜む霊の仕業だ」法師の一言に、村人たちは顔を見合わせた。誰一人としてその言葉を疑おうとする者はいなかった。それは村人たち自身が一番その理由を知っていたからだ。僕はほっと息をついた。これで姉が関わっているわけではないと確信できたからだ。「では、もう一つは?」村長は法師の言葉にまだ何かが隠されていることを悟った。「もう一つは、西の方だ」法師が指をさした先は、僕の家だった。僕は人混みから抜け出し、急いで家へと戻った。すると、すぐに村人たちが僕の家の庭に押し寄せてきた。僕は姉の後ろに隠れた。庭にはすでに多くの人々が集まり、彼らは私たちを見つめながら道を開けた。その目には復讐の炎が燃えているようだった。姉が現れると、法師は驚いて後ろに一歩下がった。その瞬間、僕は心臓が飛び出しそうなほど緊張した。「妖怪だ、妖怪だ!」法師の一言で、村人たちは一斉に騒ぎ始めた。「やっぱり妖怪だったんだ!」「前から思っていたけど、あの女はだらしなかったんだ、妖狐に違いない!」村人たちは姉を指差して騒いでいたが、誰一人として姉に近づこうとはしなかった。それは心の中では姉を恐れていたからだ。村人たちはみんな法師の後ろに隠れ、両親も例外ではなかった。父は僕を引き寄せた。「法師様、どうすればい
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第9話
僕は庭の外に身を隠しながら、黒い蛇が家に入ってくるのに驚いて外に飛び出した人々を見ていた。勇気のある者が鉄のスコップで蛇を叩き殺したが、不思議なことに、死んだはずの蛇は跡形もなく消えてしまった。「みんな、怖がるな!蛇は叩き潰せば終わりだ!」豚肉屋の主人がスコップを高く掲げ、勇ましい声を上げた。その言葉に触発された村人たちは、次々にスコップを手に取り、彼のやり方を真似し始めた。黒い蛇は次々と退治され、瞬く間に姿を消していった。「やめろ!」その時、法師が駆け込んできたが、すでに手遅れだった。「法師様、どうして止めるんですか?」村長は自分の家に入り込んだ蛇を退治したばかりだった。法師は困惑した表情を浮かべながら、一瞬言葉を詰まらせた。「蛇を殺してしまったら、お前たちは一生、この半端な姿のままだ」姉が庭に現れ、腰をくねらせながら艶やかな微笑みを浮かべた。法師はしぶしぶ頷いた。「この豚殺しめ!全部あいつのせいだ!」人ごみの中から怒りの声が上がった。「そうだ!あいつが蛇を殺せって言ったんだ!全部あいつが悪いんだ!」一人が声を上げると、群衆の怒りは瞬く間に豚肉屋に向けられた。豚肉屋は逃げ出したが、村人たちは追い詰め、最後には地面に倒れた彼を血まみれになるまで打ちのめした。「もうこの村はだめだ」法師はため息をつき、静かにその場を離れようとした。しかし、村人たちは法師の行く手を阻んだ。「法師様、大金を払ったんですから、責任を取ってくださいよ!」法師は観念したように小さく頷いた。「仕方ない……これも因果というものだ。この縄は一度だけ妖怪を捕らえることができる。これで捕らえたら、井戸のそばまで連れていけ。そこからは私が何とかする」その瞬間、姉の影がふと弱まった。先ほど結界を破るために力を使い果たしてしまったのかもしれない。「どうすればお姉ちゃんを助けられるんだろ……」僕は必死に考えた。そして気づいた。姉の影をもっと強くするには、誰かが犠牲になるしかない。ならば……自分しかいない。「姉さんの力になるためなら、僕は……!」生まれてからずっと姉に迷惑ばかりかけてきた。今こそ、償いをする時だ。法師が縄を姉に向かって投げた瞬間、僕は無我夢中で走り出し、姉を突き飛ばした。「お姉ちゃ
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第10話
お姉ちゃん、違うんだ。僕は必死に首を振りながら、誤解されないように訴えた。僕さえいなければ、お姉ちゃんは逃げられたかもしれないのに。全部僕のせいだ!この村人たちは赤ん坊を溺れさせ、姉を殺し、人の命を何とも思っていない。やっと姉の仇を討つ存在が現れたのに、僕のせいで全てが台無しになった。僕なんて、生きている資格なんかない!お姉ちゃんは井戸のそばで縛られてしまった。「今すぐ殺したところで、魂まで滅ぼすことはできない」その言葉に、一瞬希望の光が胸の中に灯った。「じゃあ、どうすればあいつを滅ぼせるんだ!」法師は胸を張って答えた。「満月の夜、師匠に頼んで特別なお札を描いてもらう。それを村全体に貼れば、あいつは逃げ場を失い、必ず滅びる!」満月の夜まで、あと一日。僕はその場で立ち尽くしたまま、途方に暮れていた。「急いで符を取りに行く。それまで誰も彼女にも井戸にも近づくな。それができなければ、お前たちがどうなるか知らんぞ!」法師が村人たちにそう告げ、睨みを利かせて去っていった。そのおかげで、誰も姉に近づこうとはしなくなった。夜になり、両親が寝静まった頃、僕はこっそり家を抜け出した。「出ておいで」お姉ちゃんの声が暗闇から響いた。僕が隠れているのをお姉ちゃんんには分かっていたらしい。失敗してしまったことへの罪悪感を抱えながら、僕はおそるおそる姿を現した。「助けたかったんだ……こんなことになるなんて、思ってもいなかった……」お姉ちゃんは僕をじっと見つめるだけで、何も言わなかった。「どうすればお姉ちゃんを助けられる?」そう尋ねると、お姉ちゃんは少し身じろぎしてこう答えた。「西山に曼荼羅が咲いているはず。それを掘り起こして、私の周りに植えればいい」幸い、お姉ちゃんは僕を責めることなく、ただ指示をくれた。理由を聞くことなく、僕はただ頷いた。言われた通りにするしかない。夜明けまでに掘り起こして戻らなくては。西山は村の墓地で、不気味な雰囲気に包まれている場所だ。子どもの頃、迷い込んだことがあり、曼荼羅の場所は覚えていた。姉の言う通り、花は咲いていた。一本の茎には葉が一枚もなく、先端に赤い花が揺れている。風に吹かれて魂を呼び寄せる鈴のようにゆらゆらと揺れていた。急いでた
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