Share

4-16 もう少し、このままで 2

last update Dernière mise à jour: 2025-05-13 21:21:09

「朱莉さん、顔を上げてくれ」

恐る恐る顔を上げた朱莉に翔は言った。

「俺は朱莉さんのことを何も疑ったりはしていない。どうせ京極が勝手に朱莉さんに付きまとっているだけだろう? ただ俺が心配しているのはあの男がどれだけ俺達の秘密を知っているかってことだ。そしてそれをネタに朱莉さんを揺すってこないかそれが一番気がかりなんだよ」

「翔さん……」

「教えてくれ、朱莉さん。一体京極と言うあの男は何者なんだ? 彼と朱莉さんはどういう関係が……」

「関係は何もありません!」

「朱莉さん……?」

「信じて下さい。私と京極さんは何の関係もありません。初めて京極さんに会ったのはここに引っ越してからなんです。ドッグランで初めて飼った仔犬を遊ばせていた時に出会ったのです」

真っ青になっている朱莉はとても嘘をついている様には見えなかった。

「そうか……ごめん。別に疑っていた訳じゃ無かったんだ。それで京極と琢磨も知り合いだったんだな?」

「知り合いと言うか……偶然会ったんです。一緒にネイビーを買って連れ帰ってきた時に偶然ここの敷地で出会って……京極さんは最初は九条さんのことを翔さんだと勘違いしていました」

「そうか。その時2人は初めて出会ったんだな?」

「はい……。初めて会った時から何となく険悪な雰囲気はあったのですが……」

「そうだったのか……」

(琢磨……俺には何も言わなかったが、まさか朱莉さんとウサギを買いに行っていたなんて。何故黙っていたんだ? お前……そんな以前から朱莉さんのことを好きだったのか?)

途端に酷い罪悪感が込み上げてきた。琢磨は今迄どんな気持ちで朱莉に接して来たのかと思うと、申し訳ない気持ちで一杯になってしまった。

(俺と言う偽装夫がいなければ……琢磨。お前、多分朱莉さんに告白していたんだろうな)

再び黙り込んでしまった翔を朱莉は不安げな気持ちで見つめていたのだが、いたたまれなくなり声をかけた。

「あ、あの……翔さん……」

すると突然翔は立ち上がった。

「ご馳走様、朱莉さん。食事もコーヒーもとても美味しかったよ」

「は、はい。こちらこそ本日はお世話になりました。ありがとうございます」

翔が玄関へ向かったので、朱莉も付いてきた。

「朱莉さん。戸締りはしっかりして寝るんだよ?」

「はい、分かりました。あの……翔さん」

朱莉は翔の顔を見上げる。

「何だい?」

「明日香さんのこと
Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application
Chapitre verrouillé

Latest chapter

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   4-34 クリスマス・イブのディナーの席で 2

    「で、でも……いきなり長野へ行こうと言われても…」朱莉が困った顔をする。「え? 何か問題でもあるのか?」翔が不思議そうな顔をする。「翔さん。明日香さんをお迎えに行くのですよね? 明日香さんは翔さんに取って大切な女性じゃないですか。それなのに私が付いて行くのはさすがにどうでしょうか? 恋人を迎えに行くのに、別の女性が付いて行くのは流石にあり得ないと思うんです。折角のお誘いなのに申し訳ありませんが、明日香さんのお迎えはどうか翔さん、お1人で行っていただけますか? 私は東京で翔さんが明日香さんを連れ帰って来るのを待っていますから」「朱莉さん……」思いつめた表情で語る朱莉の顔を、翔は呆然と見ていた。その言葉から、朱莉は翔が明日香とやり直すことを切に願っているのだと知り、同時に少し落胆する気持ちが自分の中に湧いて出て来た事に戸惑いを感じていた。(ひょっとすると俺は明日香よりも朱莉さんに惹かれ初めているのか……? いや、きっと明日香が俺の元から去ってしまって少しナーバスになっているだけなのかもしれない。ならやはり自分の気持ちをはっきりさせる為にも明日香を迎えに行くべきなのかもしれない……)「そうだったね。考えてみれば確かに朱莉さんの言う通りかもしれない。よし、今度の週末明日香を迎えに行って来るよ」「はい。きっと明日香さんは翔さんが直接迎えに行けば、とても驚くと思いますよ。喜んで帰ってくれるかもしれません」「だといいけどね……よし。食事も済んだし、そろそろ帰ろうか?」「はい、そうですね」そして翔と朱莉は蓮を連れて、店を後にした――**** 億ションの朱莉の部屋の前で別れ際に翔が言った。「朱莉さん」「はい、何でしょうか?」「これからは何か困った事があった場合は直ぐに相談してくれるかな? 力になりたいんだ。何故なら……」翔はそこで言葉を切った。「どうかしましたか?」朱莉が首を傾げる姿を見て、翔は思わず朱莉に触れようと手を伸ばしかけ……そこで動きを止めた。「朱莉さんは今は蓮の母親だからね」「確かに言われてみればその通りですね。悩みがあると育児に支障をきたしてしまうかもしれないですし……。分かりました。今後は翔さんに相談することにします」「ああ。是非そうしてくれ。それじゃお休み」「はい、お休みなさい」そして朱莉は翔が階段を下りていくのを

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   4-33 クリスマス・イブのディナーの席で 1

     食事もほぼ終盤に差し掛かった頃、朱莉が言った。「あ、そう言えば翔さんにクリスマスプレゼントを渡そうかと思って持って来たんです」「え? 俺にクリスマスプレゼント?」あまりの突然の話に翔は不意を突かれたかのように顔を上げた。「はい、気に入って頂ければよいのですけど……」朱莉はショルダーバックから青いリボンでラッピングされた手のひらに乗る程の箱を手渡した。「開けて見てもいいかな?」箱を手に翔は尋ねた。「はい、どうぞ」朱莉に言われてリボンを解き、箱の蓋を開けると中にはブランド物のキーケースが入っていた。「これは……車のキーケース?」「はい、そうです。以前車に乗せて頂いた時…キーケースが付いていなかったので。自分で車を運転するようになって気が付いたんですけど、キーケースはあれば便利だなと思って。もしよろしければ使って下さい」「……ありがとう」(そんなことまで気付いていたのか)翔は感動しながら礼を述べたのだが……。「朱莉さん……すまない。俺は結局朱莉さんに何をプレゼントしたら良いか分からなくて」翔はばつが悪くて朱莉の視線から目を逸らした。「もう頂いてますよ」「え?」「今日のディナーが私にとってのクリスマスプレゼントですから」そう言って朱莉はニコリと微笑んだ。「朱莉さん……」翔は言葉を詰まらせた。(これが明日香だったら、高級アクセサリーとか香水をねだってくるところなんだがな)そこまで考えて、翔はようやく明日香のことを思い出した。明日香からは一度も連絡は来ていない。再び黙り込んでしまう翔を見て、明日香のことを考えているのだろうと朱莉は気付いた。「翔さん、明日香さんのことでお話があるのですけど」「え? 明日香?」翔は驚いて顔を上げた。「はい。翔さんからお迎えに行かれてはどうでしょうか? ひょっとすると明日香さんは待っているのかもしれませんよ?」「明日香が俺を……?」(本当にそうなのだろうか? ここまで明日香から何も言ってこないと言うことはもう俺に愛想を尽かして他の男と恋愛関係に陥っているかもしれないと思うのだが……?)はっきり言えば翔は明日香を迎えに行くつもりはさらさら無かったが、朱莉の真剣な眼差しで自分を見つめてくると、このままでは流石にまずいと感じた。(ここで明日香に対して誠意ある行動を朱莉さんの前で見せておか

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   4-32 姫宮と京極 2

     京極の様子を見ていた姫宮は声をかけた。「ねえ正人。それだけ朱莉さんを思っているなら、何故彼女が窮地に追いやられるような真似をするのよ? 結局貴方は鳴海翔を追い詰めることだけを考えて、その結果朱莉さんを苦しめているのよ? そもそも今夜安西君をあの場に呼び寄せたのも、最近雰囲気の良くなってきた朱莉さんと鳴海翔に嫉妬してわざとトラブルを起こしそうな安西君を利用したのでしょう? それだけじゃない。更により一層、安西君を朱莉さんから遠ざける為にわざと仕組んだのは分かり切っているのよ? まさに一石二鳥だったと言う訳よね。最終的に正人の思惑通りになったのだから」「ああ。静香にはいつも感謝しているよ。いい働きをしてくれるからな」笑みをうかべる京極。「ふざけないで! とにかく以前にも似たような話はしたけれど、もう一度言うわ。これ以上余計な真似はしないで。貴方が勝手に動く度に尻拭いさせられるこっちの身にもなって欲しいわ。あまりこれ以上目に余る行動をするなら私はもう手を引かせて貰うからね?」姫宮は立ち上がった。「帰るのか?」「ええ、そうよ。明日も仕事だしね」玄関まで出て来た京極は尋ねた。「静香、車で家まで送ろうか?」「いいえ、結構よ。それこそ一緒にいるのを見られる方がまずいんじゃないの?」コートを羽織った姫宮が京極を振り返る。「別にいいじゃないか……見られたって。だって俺達は実の兄妹なんだから」「!」何処か笑みを浮かべながら京極の言った台詞に一瞬姫宮は固まる。「まだ……私を恨んでるの……?」姫宮がポツリと言った。「恨む? 何故だ? あれは大人たちが勝手に決めたことで、静香には何の関係もない話だろ?」「……」姫宮は何か言いたげに京極を見上げた。「それじゃあね、正人」それだけ告げると、京極の部屋を後にした――**** 「さあ、朱莉さん。好きな料理を遠慮なく頼んでいいよ?」2人は完全個室型の掘りごたつがある和風ダイニングカフェに向かい合って座っていた。蓮はお店のベビー布団を借りて朱莉の側で眠っている。「翔さん……クリスマスの季節なのによくこんな人気店予約出来ましたね?」朱莉はキョロキョロ部屋の様子を見渡した。「ああ一月ほど前に予約を入れていおいたんだ。気に入ってくれたかな?」「はい、勿論です。お座敷があるレストランって素敵ですね。だって

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   4-31 姫宮と京極 1

    「ええ……今からそっちへ行くから……分かってるわね? 私の言いたいことくらい。それじゃ、又後で」姫宮は電話を切るとため息をつくと足早に目的地へと向かった――****——ピンポーン 京極の億ションのインターホンが鳴った。「来たか……」気だるげに立ち上がると京極はドアを開けた。目の前には怒りを抑えた姫宮がそこに立っていた。「正人……私が何をしにここへ来たのか分かってるわよね?」「ああ、分かってる……。人目に付いたらまずいんだろう? 中へ入れよ」姫宮は返事もせずにヒールを脱ぐと、部屋へ上がり込んできた。そして洗面台へ行くと手洗いにうがいをして部屋へ戻って来た。「全く……相変わらずその辺はきちっとしてるよな?」京極は腕組みをして姫宮の一連の行動を見ていた。「何言ってるの? こんなのは当然のことでしょう?」一瞥すると姫宮は冷蔵庫を開けてビールを取り出し、ダイニングテーブルに座るとプルタブを開けて、一気に飲んだ。「おいおい……いきなりここへきてビールとは……らしくないじゃないか?」すると姫宮は缶ビールをテーブルの上に置いた。「何言ってるの? お酒でも入らないとさすがに今夜は話もしたくないわ。正人……貴方、一体なんて真似をしてくれたの? 今度という今度は流石に黙っていられないわ」「安西航を会場に向かわせたことか? ……本当に彼は俺の予想外の行動を取ってくれるよな? ククッ……」肩を上げて笑う京極を姫宮は鋭い剣幕で言った。「何言ってるの!? 本当はこうなることが分かっていて彼をあの場に行かせたんでしょう? しかも自分の手を汚さずに。安西君と一緒にいた女性は一体誰なの?」「ああ……彼女は俺の会社の新入社員だよ。ほんと、驚いたよ。まさか彼女があの安西と知り合いで……しかも彼に思いを寄せているとはね」「酷い男ね。何も関係無い自分の社員を利用するなんて。彼女、安西君に心無い言葉を投げつけられて……気の毒だったわ」「そうか……。でも意外とあの2人はお似合いだと思わないか? 2人がうまくいけば俺は恋のキューピッドって言うわけだ」あくまでもひょうひょうと語る京極に姫宮はぴしゃりと言った。「ふざけないで! 正人は朱莉さんから鳴海翔を引き離す為にはどんな手段を取っても構わないと思っているの? 本当に安西君にも酷いことをしてしまったわ。あれではもう彼は

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   4-30 姫宮の言い分 2

    「落ち着いて下さい。彼の行動がエスカレートしていたのは今まで翔さん……貴方と会ったことが無かったからです。でも今夜翔さんと会って、目が冷めたそうです」「あいつが……? そんなことを言ったのか?」(本当の話だろうか……? あの男が朱莉さんを見る目は……完全に男が女に惚れている目つきだったぞ?)しかし、姫宮はきっぱりと言い切った。「はい、もう金輪際朱莉様に二度と付きまとわないと約束しました」「しかし……やはり訴えたほうが……」「翔さん。それは我が社のスキャンダルに発展してしまいますよ?鳴海グループの御曹司の妻がストーキングされていたとなると、マスコミはどのように面白おかしく騒ぎ立てるか分かったものではありません。最悪、契約婚のことも公になってしまう可能性があります。訴えるのは得策ではありません。それに朱莉様も望んでおられないと思います」「朱莉さんが……?」「はい、朱莉様はおとなしい方です。目立つのを極力恐れます。それに彼に約束させました。もしもう一度同じ行いをした場合は社会的制裁を与えると告げました」「社会的制裁……」「はい、鳴海グループの力を持ってすれば簡単なことだと思いますが、心優しい朱莉様はそれを望んではおられません。なので……今回の件はこれで全て解決済みです」「解決済み……」翔は姫宮の言葉を口の中で繰り返した。「し、しかし……」翔が尚も言いよどむも……。「それに元はと言えば、こうなったのは多少なりとも翔さんにも責任があると思いますが……?」姫宮の言葉は的を得ていた。(そうだ……俺が契約妻の朱莉さんを今まで蔑ろにして……いわば彼女を放置状態にしていたから妙な男に付きまとわれたんだ……)「そうだな……俺にも責任の一環はあるよな……」「はい。だからあまり朱莉様を追及されないで下さい。いわば朱莉様はストーカーの被害者ですから」****「翔先輩……まだ話終わらないのかな……」朱莉は第二ビルのロビーのソファで蓮にミルクをあげながら翔の来るのを待っていた。蓮にミルクを与え、抱っこをしていると翔がガラス越しからこちらへ向かってやって来るのが目に入った。翔も朱莉の姿に気が付いたのか手を振って笑顔でこちらへ向かって来る。(え……? 笑顔……? どうして? もっと機嫌悪い顔で来ると思っていたのに……)「朱莉さん、お待たせ」翔は笑顔

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   4-29 姫宮の言い分 1

     点灯式も無事終わり、翔は朱莉の元へ向かおうとした時、姫宮に声をかけられた。「お疲れさまでした、副社長」「ああ、お疲れ様。それじゃ俺は朱莉さんの処へ行くから」「お待ちください、副社長」翔が背を向けて歩き出そうとした時、姫宮が呼び止めた。「姫宮さん、悪いけど今俺は朱莉さんに話が……」「はい、その件で私からお話があります」「え…? その件て……もしかするとさっきの男の件か?」「はい、そうです。こちらでは少しお話ししにくい内容なので……受付のソファに移動しませんか? 今の時間は殆ど人がおりませんので。それに朱莉様の耳にはあまり入れたくないお話ですので、少し別の場所でお待ちいただくよう伝えてまいります」姫宮はそれだけ告げると朱莉と蓮が座っている観客席ブースへと向かった。「朱莉様」「姫宮さん……。こんばんは」朱莉は立ち上がって挨拶をした。「朱莉様……大変なことになってしまいましたね」姫宮は同情心を露わに朱莉に話しかけてきた。「姫宮さん……か、彼は……」朱莉は声を震わせた。「いいのですよ、朱莉様。私には説明は不要ですから」それはまるで何もかも分かり切っているような口ぶりだった。「朱莉様、副社長にはどう説明されるおつもりですか?」「……」朱莉は黙ってしまった。何も妙案が思いつかなかったからだ。朱莉のそんな様子を見ていた姫宮が言った。「私にお任せ下さい。副社長を納得させる理由を思いつきましたので。ただし朱莉様は後程副社長に何か言われても決して反論しないで下さいね。この件につきましては安西さんも納得されているので」「え? 航君が……ですか?」「はい、そうです。全て私に一任されましたから。今は朱莉様の立場を守るのが最優先ですから」姫宮の言葉に朱莉は尋ねた。「何故……姫宮さんはいつもそうやって私を助けてくれるのですか……?」すると姫宮はフッと笑みを浮かべる。「今はまだお話しできませんが……いずれお話しいたします。それまでは……待っていて下さいね、朱莉様。外は冷えますので、一度第2ビルのロビーでお待ちください。私が副社長と話をしてまいります」そして姫宮は一礼すると急ぎ足で去って行った。「姫宮さん……」(どうして貴女は……そこまで私の為に……?)「レンちゃん。それじゃ寒いから中へ入ってパパが来るの待っていようね」朱莉は蓮をあ

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   4-28 航と姫宮 2

    「違う! 朱莉は……そんな女じゃない! あいつは……あの男は……!」そこまで言いかけた時、背後から突然声をかけられた。「安西航さんですよね?」「……」黙って振り向くとそこに立っていたのは姫宮だった。「あんた……やっぱり俺のこと知ってるんだな? 誰の入れ知恵だ? 京極か?」「……」しかし姫宮は答えない。「フン……黙っているってのは肯定ってことだよな……。俺に何の用だよ」「それはご自身が良く分かっていると思いますが?」そして姫宮は航の後ろに立っていた美幸に声をかけた。「申し訳ございません、少々安西さんをお借りしてもよろしいですか?」「は、はい……」美幸は返事をすると俯いた。「彼女の許可も頂きましたし……少し場所を変えましょう」姫宮の言葉に航は反論した。「別に彼女じゃない。只の知り合いだ」その言葉に美幸は傷付いた様に肩をビクリと震わせた。姫宮は美幸をチラリと見るとニコリと微笑んだ。「お話は長くはかかりません。5分程で戻って参りますね」そして再び航を振り向く。「私についてきて下さい」**** 人通りのない広場の隅に姫宮は航を連れて来ると立ち止まり、振り向いた。「貴方は何を考えているのですか? 朱莉様を困らせたいのですか?」「な……何でお前にそんなこと言われなくちゃならないんだ? 俺が朱莉を困らせたいだって? そんなのあるはず無いだろう!」「ですが貴方の取った行動はどう見ても朱莉様を困らせる様にしか思えません。よろしいですか? ここを何処だと思っているのです? 鳴海グループ総合商社の本社ビルですよ? 点灯式を目的に大勢の人達も集まっている中……仮にも副社長の妻である赤ちゃん連れの朱莉様を人目も気にせず抱きしめて、副社長がその場にいるとは思わなかったのですか?」「俺は認めちゃいない! あんな偽善の結婚……!」「それでも世間が何と言おうと、今朱莉様は正式な鳴海翔の妻なのですよ」「……」航は何も答えることが出来なかった。「……これから恐らく朱莉様は副社長に貴方との関係を追及されるでしょう。お気の毒に……。先程貴方の取った行動は朱莉様を窮地に追い込むだけだと言うのが分からないのですか?」「そ、それは……」「貴方が話の場に出てくれば……ますます朱莉様は立場が苦しくなります。貴方が朱莉様を好きなことはあの場で明るみになって

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   4-27 航と姫宮 1

     朱莉は主催関係者席のブースの一番後ろの目立たない席に蓮を抱いて座っていた。なるべく目立たないように縮こまるようにしているが、どうにも周囲から視線が集まっているような錯覚を覚えて、居心地が悪くてたまらない。正直に言えば今すぐにでも蓮を連れて帰りたい位だった。先程再会した航と翔のやり取りが頭から離れない。あれ程恐ろしい剣幕の航や翔の姿を目にしたことは初めてだった。(航君と九条さんが初めて会った時も険悪な雰囲気があったけど、今日ほどじゃ無かったのに……。それにしても何故航君はここにいたの? それにどうしてあんなことしたの? どうしよう……絶対に後で翔先輩に追及されてしまう……)朱莉は深いため息をついた。とてもではないが点灯式を楽しめる雰囲気になれそうには無かった。うつむいて席に座っている時に突如拍手が沸き起こる。何事かと顔をあげてみると、簡易ステージの上に翔が立っていた。(翔先輩……! ひょっとして挨拶するのかな……?)すると翔はマイクを手に取ると挨拶を始めた。何度も練習したのだろうか。とても聞き取りやすい声で説明をする翔の姿。その様子を見つめる若い女性客たちが大勢いることに朱莉は気が付いた。(何だか不思議な感じ……私もこの契約婚を始めたばかりの頃は翔先輩のことをあんな目で見ていたのに……でも、もう……)それなのに今の朱莉は翔のことをいつの間にか全く意識しなくなっていた自分に改めて気が付いた。翔に見つめられようが、抱き締められようが、戸惑いはあったものの…以前のように胸が高鳴ると言うことは無くなっていたのだ。(ひょっとするとレンちゃんがいるからかな? もしかしたら今の私は翔先輩を1人の男性としてではなく、レンちゃんのパパと言う目でしか見ることが出来なくなったのかもね……)朱莉は自分の胸の中でスヤスヤと眠る蓮を愛おしそうに抱きしめながら翔の話を聞いていた――**** スピーチが始まるその少し前のこと―なすすべもなく朱莉が翔に連れ去られて行く姿をただ見ているだけしか出来なかった翔は悔しそうに唇を噛み締めた。その時、背後から声をかけられた。「あ……あの……安西さん……」名前を呼ばれて振り向くとダウンコートを着た航とほぼ同年代とみられる女性が青ざめた顔で立っていた。「誰だ……?」航が尋ねると女性は目を見開く。「え……? 私ですよ? 本日

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   4-26 溢れる思い 2

     そして待ち合わせ時間の10分前――早々と航は会場に姿を現していた。待ち合わせの相手はまだ来ていない……と言うか、はっきり言えば航は顔も覚えていない。(まあ向こうから誘って来たって事は当然俺のこと知ってるんだろうからな……。それより鳴海翔はどこだ? まだ来ていないのか……?)目に自信がある航はキョロキョロ辺りを見渡し……ピタリと視線を止めた。(え……? そ、そんな……う、嘘だろう……?)ビルの前の噴水前で、航は見た。あの日、自分から一方的に別れを告げた愛しい女性……ずっと忘れられずにいた朱莉がいたのだ。ベレー帽をかぶり、ロングコート姿にベビーカーを押している。遠目からでも分かる、群を抜いたその美しい姿……。(あ……朱莉……)航の胸に熱いものが込み上げてきた。「朱莉!!」気付けば大声で名前を呼んでいた。驚いて振り向く朱莉の姿は本当に綺麗だった。息せき切って、航は朱莉の前に駆け寄った。「え……? まさか……航君なの……?」目を見開いて自分を見つめる朱莉を見て、航の理性は飛んでしまった。「あ……朱莉……。会いたかった……!」ここは鳴海グループの本社。大勢の人がいるのは十分承知していた。それにも拘らず、朱莉の肩を掴んで引き寄せると航は力強く朱莉を抱きしめていた。 感極まって抱きしめている航とは対照的に朱莉は焦っていた。航が現れたことも驚きだったが、大勢の前で抱きしめられるのはさすがにマズい。何とか話して貰おうと、朱莉は声をかけた。「あ……あのね……わ、航君……!」しかし、航は涙声で言った。「た……頼む……朱莉……もう少しだけ……こ、このままで……」「航君……? ひょっとして泣いているの……? ど、どうして? だけど……!)――その時。「おい……何をしているんだ?」航の背後で恐ろしい声が聞こえてきた。ハッとなって航が朱莉から離れると現れたのは翔だった。翔は朱莉を引き寄せ、腕に囲い込むと航を睨みつけてきた。「君は一体誰なんだ? 俺の妻に何をしている?」「しょ、翔さん!?」朱莉は初めて翔から妻と呼ばれた。しかも翔の様子がおかしい。今迄見たことも無い位、怒りに満ちた形相をしている。「鳴海……翔……!」(この男が……朱莉を苦しめる全ての元凶だ……!)航も翔を睨み付けた。「何? お前、俺のことを知っているのか?」翔はます

Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status