二階堂は姫宮に言った。「そうか。なら話を続けるよ。それにしても俺がカメラを押収してすぐに京極が現れるなんて偶然にしては出来過ぎていると思わないか?」「さあ……大体私はその京極という方は存じませんので」「でも彼はあの式典に参加していただろう? 招待客リストに乗っていたなら京極という名前くらいは聞いているんじゃないのか?」「いいえ、出席者リストには京極と言う名前はありませんでした」「ふ〜ん……でも無くて当然じゃないか? 俺も式典に呼ばれていたから招待状を貰っていたけどね。出席者リストは名前ではなく企業名が書かれていたよね?」「!」「なぜ出席者リストには京極と言う名前は無かったと言ったんだ? 元々リストには参加する代表者の企業名しか書かれていなかったのに……。まるで最初から姫宮さんは京極の名前を知っていたような口ぶりに聞こえてしまったけど……それは俺の気のせいかな?」「そ、それは……」今の姫宮は誰が見ても狼狽えているのが分かった。恐らく翔が姫宮の姿を見たらさぞ、驚いたことだろう。「バレンタインの日、鳴海と女性記者のインタビューのセッティングをしたのは姫宮さんだろう? 何故そんな日にあんな場所で日時を組んだ? 普通に考えればあの日は避けるべきだった。鳴海からは君が優秀な秘書だと聞いているよ。何せ以前はあの会長の秘書をつとめていたそうじゃないか。そんな君がうっかりミスであんなことをしてしまうとは思えない。しかもご丁寧にその日のうちに鳴海のスマホにメールが入ってきた。写真付きでね。あんな写真を見たら……2人は恋人同士に見られても仕方が無い話だ」「……」姫宮の顔色は完全に色を失っているようにも見えた。(参ったな。これじゃまるで俺が虐めているみたいだ……。女性を追い詰めるのは俺の趣味じゃ無いのにな………)二階堂は心の中で溜息をついた。そして姫宮の様子を見守っていたが、もはや冷静さを完全に失っていた。(正人の馬鹿……! 監視カメラを仕掛けていたなんて聞いていないわ! しかもそのカメラは二階堂社長の手の中だし……どうしたらいいの……)そんな震えている姫宮に二階堂は言った。「だけど……君は京極とは違う」「え……?」「京極は朱莉さんを怖がらせてばかりいる。朱莉さんにとって京極はもはや恐怖の対象でしかない。だけど姫宮さん」二階堂は優しい口調で続ける
「え? これは小型カメラ……?」姫宮は二階堂が突然出してきた小型カメラを見て戸惑った。何故、自分にこのような物を見せてくるのか理解が追い付かなかった。「あの……この小型カメラがどうかしたのですか?」何のことか分からず、二階堂に尋ねた。「え?」姫宮の反応に戸惑う二階堂。(何だ? この反応は……もしかして本当に何も知らないのか? それなら……)小型カメラを見せても姫宮の様子に何も変化が見られないので、二階堂はさらに話を続けた。「この小型カメラ……何処で見つけたと思う?」「さあ? いきなりそのような質問をされても私には何のことなのかさっぱり分かりませんが?」その姿に二階堂は思案した。(どうやらわざととぼけているような感じでは無いな。なら……仕方が無い)「実はこの小型カメラは鳴海社長の住む億ションで見つけたのさ。エントランスが良く見える場所に功名に隠してあったよ。水やりが殆ど必要無い観葉植物にね」「……」姫宮は黙って聞いている。「この日は丁度ひな祭りの日でね、初めて鳴海の家にお邪魔したんだ。駅までの迎えは朱莉さんが来てくれたよ」姫宮は朱莉の名前が出るとピクリと反応した。その様子を二階堂は満足げに見ると再び続けた。「そしてエントランスにやって来た時偶然見つけたんだよ。この小型カメラをね。驚いたよ。まさかあのセキュリティがしっかりしているはずの億ションで隠しカメラが見つかるとは思いもしなかった。それで俺は物騒なこの小型カメラを押収したのさ。……姫宮さんはどう思う?」「どう思う……とは?」「いや、どんな人間があの億ションにカメラを仕掛けたのかなと思ってね」「さあ、私は警察でも探偵でもありませんので想像できかねます」あくまで冷静に姫宮は対応しているが、内心はすごく焦っていた。(どういうことなの? 何故二階堂社長は私にカメラを見せてきたの? ひょっとして何か気付かれてしまったのかしら……)そんな様子の姫宮を二階堂は黙って見つめていた。(ふ〜ん……こういう状況でもまだ表情1つ崩さずに、ポーカーフェイスを装っていられるのか……なかなかやるな)そこで二階堂は再び会話を続けた。「実はこのカメラを押収した後、面白いことが起きたんだよ」「面白いことですか?」「ああ、ある男が現れたんだ。年齢は……そうだな俺と姫宮さんと大して変わらないんじゃ
「は? 今……何て言ったんですか?」料亭の中庭で翔は二階堂に詰め寄っていた。「何だ? 聞こえなかったのか? お前、部屋に戻ったらすぐに帰れって言ってんだよ」二階堂は壁に寄りかかりながら翔を見た。「ふざけないで下さいよ! まだ料理だって半分は口を付けていないし、大体何て言い訳して帰るんですか! て言うか何故帰らなくてはいけないんです?」「そんなの決まってるだろう? お前の秘書に直接問い詰めるからだよ。京極との関係を。お前がいる前でそんな話出来るはずが無いだろう?」「まさか……いきなり今日聞くつもりだったんですか?」「ああ、そうだ。何せお前達の引っ越し迄後一月しかないからな」「それと何か関係があるんですか?」「あるかもしれないし……無いかもしれない」「何ですか、それ……」翔は頭を押さえた。「とにかくあまり遅くなるとお前の秘書に疑われるだろう? 帰る理由適当に考えろよ」二階堂の無茶ぶりに翔は反論した。「いきなりそんな無茶言わないで下さいよ。理由なんか考え付きません!」「そうか……なら朱莉さんが高熱を出したとか適当に理由考えろ、きっとそれを伝えれば了承するだろう? 俺を信じろ。な?」二階堂は翔の肩をバンバン叩いた。「わ、分かりましたよ……ダメもとで言ってみますよ」果たしてその結果は――「ええっ!? 朱莉さんが高熱を出したのですか!?」姫宮は驚いて翔を見た。「あ、ああ。さっき外にいたら突然メッセージが入ってきて……だから今日は……」「ええ、すぐに朱莉さんの元へ行ってあげてください。高熱なんて赤ちゃんがいるのに大変でしょうから。幸い、本日は会議等はありませんので後の事はお任せください。頼まれていた資料は作成して副社長のアドレスにファイルを添付して送らせていただきますので」そんな姫宮を見ながら二階堂は思った。(ふ〜ん。やはりな……。この間の式典で朱莉さんと姫宮さんのやり取りを見ていてまさかとは思っていたが、ここまで献身的に朱莉さんのことを思っているとはな。やはり姫宮さんと朱莉さんの間には何かある。それが分かればおのずと京極との関係も明らかになりそうだ)「それでは、2人供……申し訳ないけれどもお先に帰らせて貰います」荷物を持って、上着を着ると翔は2人に声をかけた。「ええ、朱莉さんによろしく伝えて下さい」「お大事にと伝えてあげ
水曜日午前11時半―― 3人は赤坂にある和風料亭『江戸』に来ていた。二階堂の向かい側の席には翔、そしてその隣には姫宮が座っている。テーブルには豪華な懐石料理が並んでいた。「「「……」」」3人は無言で座っていたが、痺れを切らした翔が尋ねた。「どういうことですか? 二階堂社長?」「どういうこととは?」二階堂は落ち着き払った声で答える。「何故そちらは秘書の方が同席していないのですか? しかも料理も3人前しかありあせんけど?」二階堂の隣の空席に目をやる翔。「ああ、実は私の秘書の向井君だが、突然お子さんが風邪を引いてしまって今日は出社することが出来なくなってしまったんだよ。そういう訳ですまないが今日の昼食会は3人でやろう。さて、それでは料理が冷めないうちに皆で食べましょう」言いながら二階堂は早速エビの天ぷらに箸を伸ばし、口に入れた。「うん、美味い! この衣のサクサク感がいい」二階堂が美味しそうに食べている姿を見て姫宮もシイタケの天ぷらに箸を伸ばして口に入れる。「確かにとても美味しい天ぷらですね」翔も2人にならってレンコンの天ぷらを食べてみた。(うん。確かに衣の歯ごたえがいい……そうだ、今度朱莉さんに天ぷら料理を振舞ってみるか……)「ところで先程お話されていた、向井さんと言う方は女性なのですか?」料理を食べながら姫宮が二階堂に尋ねた。「ええそうですよ。7歳になる女の子のお母さんですよ」「まあ。小学生のお母さんだったのですか。子育て中の忙しい中でも秘書という仕事をされている方なのですね。素晴らしい」「ええ、我が社はまだ設立して間もない若い会社ですが既婚女性も多く働いています。フレックスタイム制も導入していますし、希望があれば在宅ワークも出来ます。既に女性社員の何割かは在宅勤務をしていますよ。勿論男性も在宅勤務を希望すればいつでも切り替え出来るようにしてあります」(成程……うちの会社ももっと在宅勤務を奨励するべきかもしれないな)翔は二階堂の手腕に心の中で頷いた。「既婚者で子供のいる女性が社会で活躍できるのは素晴らしいですね」姫宮の言葉に二階堂は尋ねた。「もしかして、姫宮さんは結婚しても仕事を続けたいと思っているんですか?」「ええ、そうですね。仕事は好きですから。あ、でもだからと言って家事の手抜きは考えてはいません。仕事と家庭の
「正人、食事出来たわよ。ほら、一緒に食べましょう」姫宮に促され、京極は顔を上げた。「ああ、そうだな。それじゃ食べようか」ダイニングテーブルに着くと京極は目を細めた。「さすが凄いな、静香は。あんな短時間でこんなに沢山食事を準備できるんだから」京極の言う通り、テーブルの上には出来立ての料理が並べられていた。ミートソースパスタに小エビのカクテルサラダにオニオンスープ。そしてインゲン豆のバター炒めが美しく並べられている。「そう? 1人暮らしで働いているから自然と短時間で料理を作る腕が上がったのかもね。さ、食べましょ?」姫宮も京極の向かい合わせの席に座ると手を合わせた。「「いただきます」」2人で同時に言うと、京極は早速ミートソースパスタに口を付けた。「うん、相変わらず料理上手だな。それにこのサラダも彩りが綺麗だ」小エビのカクテルサラダに手を付けながら満足そうに頷く京極。「ありがとう、料理は好きだしね」京極に褒められて少し嬉しそうに姫宮は笑う。「これならいつでも静香は嫁にいけるな。……誰かいい人はいないのか?」「いないわ、今の所はね」「だが、この間まで商社マンと付き合っていただろう? あの男はどうなったんだ?」「何言ってるの。その彼とは1年近く前に別れているわよ」「そうだったのか? 知らなかったな。何故別れたんだ?」「別に……特に理由は無いわ。何となく2人で会う時間が減っていって……それで自然消滅よ」話ながら姫宮は思った。別れた相手の男は京極に聞かれるまで、思い出すことも全く無かった。それに今となっては何処が良くて交際していたのか理由も分からないほどだった。(結局、私がこんな性格だから、愛想を尽かされたのかもね)だが、今となってはどうでもいい話だ。果たしてあの当時、彼との結婚生活を想像できるかと問われれば、多分答えは『ノー』だろう。そんな様子の姫宮を見て京極は尋ねてきた。「誰かとまた付き合おうとは考えていないのか?」「どうしたの? 今夜の正人は何だかおかしいわよ? 今迄私の恋愛事情に口を挟んできたことは無かったのに」熱々のオニオンスープに口を付ける姫宮。「いや、ただ勿体ないって思っただけさ。こんなに短時間で食事を用意できるんだから。誰かと結婚を考えてもいいんじゃないかなって」「だったら……正人が今みたいなマネをすぐにで
翌日――「え? 昼食会ですか? 今週の水曜日に?」本日のスケジュールを翔に伝えに来た姫宮は突然の申し出に首を傾げた。「ああ、そうなんだよ。『ラージウェアハウス』の二階堂社長と今後取引を考えていて、昼食会を設けて一度話し合いをしようと言うことになったんだ」なるべくさり気ない態度で翔は姫宮に説明する。「ですが私はその席に必要なのでしょうか? それに確か翔さんと二階堂社長はお知り合いでしたよね?個人的にも親しくお付き合いされていたようですし……」姫宮は首を傾げながら意見した。確かに今の説明では姫宮が在籍する意味が見いだせないことは、翔自身良く分かっていた。一体どう説得すれば姫宮は二階堂との昼食の席に参加してくれるのだろうか……? 翔は悩みに悩んだ末、苦しい言い訳を始めた。「あ、ああ。姫宮さんの言う通り、俺と二階堂社長は大学時代の先輩後輩と言うことで仲が良い。仲がよいからこそ2人きりでは話し合いにならないんだ。つまり俺達の馴れ合いの会話を止めてくれるような誰かが必要になりそうだから、互いの秘書にも同席して貰おうと言う話になったんだよ」「あの、仰る意味が良く分からないのですが……?」(一体翔さんは何を考えているのかしら? でも翔さんのことを知るには二階堂社長のことも少しは知っておく必要があるかもしれないわ)翔は姫宮が少し考え込んでいる姿を見て、内心焦りを感じていた。(まずいな。やはり怪しまれているようだ。大体、こんなはっきりした理由もなしに姫宮さんを先輩の前につれだすなんて……)そこまで考えた時、姫宮が口を開いた。「承知いたしました」「え……? 姫宮さん?」不意を突かれたかのように翔は目を瞬たせた。「それでは私も昼食会に同席させていただきます。それで時間と場所はもう決まっているのですか?」「あ、ああ。一応決めてはある。11時半から13時まで赤坂にある個室の料亭を予約してはいるんだ」「はい、承知いたしました。それでは水曜日同席させていただきます」姫宮は頭を下げた。****その夜――久しぶりに姫宮は京極の部屋を訪れていた。「ねえ、1人暮らしだからってちゃんと食事はとっているの? 冷凍庫にストックしておいた料理、全部無くなっていたわ。冷蔵庫の中だって野菜は何も入っていないし、お酒と牛乳にチーズしか入っていないわよ?」姫宮は手早くキ
合流した二階堂と翔は、温泉施設のレストランに来ていた。「ほら、鳴海。お前も車で来ていないんだから、酒飲めよ」お風呂上がりで赤ら顔の二階堂がテーブルに置かれたメニューを注文するタッチパネルを翔に手渡した。「分かりました。先輩は何を注文するんですか?」「俺か? それは当然ビールだろう?」「そうですね。なら俺もビールにします」「ついでに何か適当に料理も頼んでくれ」「ええ!? 俺が勝手に注文してもいいんですか?」翔の言葉に二階堂は少し考え……。「ああ、任せるよ。でも……そうだな。それじゃ取りあえず、だし巻き卵に鶏のから揚げ、ホッケの塩焼きにシーザーサラダ、焼きおにぎりに串揚げの盛り合わせを頼んで貰うかな」「……先輩」翔は二階堂を見た。「うん? 何だ?」「それだけ注文すれば十分ですよね? もうこれで頼むの終わりにしますよ?」「え? それで終わりにするのか? なら焼き鳥の盛り合わせと広島焼きを追加してくれ」「……」翔は思わず唖然として二階堂を見た。「どうした? 鳴海?」「い、いえ。昔から女性に大人気の先輩が何故未だに独身なのか分かりましたよ」「おい、何だ未だにって? 俺はまだ30歳だぞ?」「ええ、でもその調子では40を過ぎても独身になりそうですね。先輩の胃袋を満たせそうな女性は中々見つからないと思いますよ?」すると二階堂が冗談めかして言った。「なーに。それならいざとなったらお前の契約婚が切れて、朱莉さんに捨てられたらお前の所に転がり込んで食事の世話になるさ」「先輩……今のは冗談にしては質が悪いですよ……?」翔は恨めしそうな目で二階堂を見るのだった—— やがて料理とビールがテーブルに届き、2人は会話をしながら食事をしていた。「あ、そうだ。先輩、言い忘れていましたが、来月引っ越しすることにしたんですよ」「何? 引っ越し? それはまた随分突然の話だな?」二階堂はビールを飲みながら翔を見た。「ええ、やはり京極のことがありますからね。朱莉さんの為にも引っ越しすることにしたんです」「そうか、自分で物件を探したのか?」二階堂はさり気なく尋ねた。「いえ、違います。秘書の姫宮さんに頼みました。彼女の知合いの不動産会社に勤めている女性に頼んで探して貰ったそうですよ」「何!? お前……秘書に引っ越し先を探して貰ったのか!?」突然二
翌日の日曜日―— 翔は二階堂に誘われて都内の大型温泉施設に来ていた。横になって2人並んで岩盤浴で汗を流していると、二階堂が話しかけてきた。「悪かったな。折角の日曜日なのに呼び出してしまって」「いえ、いいんですよ。特に予定はありませんでしたから」タオルで汗を拭う翔。「何言ってるんだ。土日は朱莉さんとお前の子供と3人で過ごしているんだろう?」顔の上半分にタオルを乗せた二階堂が口元に笑みを浮かべた。「いえ……生憎それは無いですね。残念なことに」「何故だ? 土日位は3人で一緒に過ごそうと朱莉さんに声をかければいいじゃないか?」「それが出来れば苦労はしませんよ」翔は苦笑した。「……分からないな。何をそんなに気を使っているのか。書類上とはいえ、お前と朱莉さんは夫婦なんだろう? それに朱莉さんに気があるなら尚更声をかければいいのに」「ええ。だからこそ余計に声をかけることが出来ないんです」「どういう意味だ?」「いずれ本当の家族になりたいから警戒されたくないんですよ。もっと朱莉さんの信頼を得て、朱莉さんも俺と家族になってもいいと思う感情が湧いてこない限り無理ですよ」「ふ〜ん。余程朱莉さんのことを大切に思っているんだな?」二階堂は身体を起こした。「先輩、何処へ行くんですか?」翔はいきなり立ち上った二階堂に声をかけた。「少し露天風呂に入って来る。鳴海、お前はどうする?」「俺はもう少しここにいますよ」「そうか、なら時間を決めて待ち合わせをしよう。11時半にカウンター前に集合だ」「はい、分かりました」「じゃあまた後でな」二階堂は岩盤浴場を出て行った。1人残された翔は、今朝出掛ける前の出来事を思い返していた——**** 今から数時間前の午前8時― 翔は朱莉に電話で話をしていた。「朱莉さん。今日は何か予定はあるのかい?」『今日の予定ですか? そうですね。食料品の買い物もありませんし、ミルクやオムツも十分揃っているのでとくには無いですね。でも日差しが今日は暖かいのでレンちゃんを連れてお散歩に出も行ってみようかと思っています。今日は、母から面会も大丈夫と言われているので』「あ、ああ。そうなのかい」(朱莉さん……俺の予定は聞いてこないんだな。やはり俺には興味が無いってことか)思わず小さくため息をつくと、朱莉に聞かれてしまったのか、尋ね
遠藤は昼休みに入ると、早速姫宮に電話を掛けた。「もしもし、静香?」『真奈美、どうしたの? 今日は仕事でしょう?』「うん、そうなんだけど……ねえねえ、聞いて! 静香が紹介してくれた鳴海社長、早速契約を交わしてくれたのよ!」『ええ!? 本当に? もう決めたの!?』「うん。即決よ! やっぱり流石鳴海グループの副社長よね。一応あの物件はマンションとして売り出しているけど、部屋のグレードによっては億を超えるからね?」『そうね。今住んでいる部屋も億ションだから』「でも不思議よね? 何故2部屋なのかしら? 1LDKの部屋は賃貸だし……」2人の事情を何も知らない真奈美は不思議でならなかった。『そうね。私も実はその辺りの事情は分からなくて』秘密を漏らすわけにはいかないので姫宮は知らないふりをした。「そうよね、いくら秘書でもそこまでプライベートな事は分からないものね。でも、そのおかげでこちらとしては助かったわ。だって億ションが売れて、さらに月の家賃が65万円の賃貸契約を結んでもらえたんだもの~。ほんと、静香には感謝するわ。今度何か食事奢らせて?」『そうね~ならフランス料理を奢って貰おうかしら?』姫宮が冗談めかして言う。「ええ~っ! いやだあ! せめてイタリアンで勘弁してよ」真奈美があからさまに嫌がる素振りを電話越しに聞いて姫宮はクスクスと笑った。『フフ、冗談よ。でもイタリアンね? 約束よ?』「うん、まかせて! 何所かいいお店探しておくからね」『ところで、引っ越しはいつ頃になるの?』「引っ越し日ね? 4月の24日に決まったわ。」『4月24日……』「え? 何? どうかしたの?」『ううん、何でも無いの。引っ越しまで1カ月先なのかって思っただけよ』「そうなの。もう今日すべての手続きを終わらせてくれたわ。前金も来週の月曜日に振り込んでくれるって。大口のマンションが決まって本当に良かったわ。これでまた出世に近付いたわ」フッフッフッと嬉しそうに笑う真奈美。『ねえ、出世もいいけど、結婚とかは考えないの?』「そうね~。私達ももう30歳だものね。て言うか、そういう静香こそどうなのよ? 今付き合っている人とかはいないの?」『ええ、いないわ。でも気になって目が離せない人はいるけどね』姫宮は朱莉のことを思い浮かべた。「ええ!? いつの間にそんな相手がい