強引な後輩は年上彼女を甘やかす

強引な後輩は年上彼女を甘やかす

last updateLast Updated : 2025-09-19
By:  あさの紅茶Completed
Language: Japanese
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社内で高嶺の花と言われる朱宮姫乃(29) 彼氏いない歴=年齢なのに、彼氏がいると勘違いされてずるずると過ごしてきてしまった。 「じゃあ俺が彼氏になってあげますよ。恋人ができたときの練習です」 そう協力をかって出たのは後輩の大野樹(25) 練習のはずなのに、あれよあれよと彼のペースに巻き込まれて――。 恋愛偏差値低すぎな姫乃を、後輩の樹が面倒を見るお話です。

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Chapter 1

01_1 歓送迎会 姫乃side

白沢小春は、テーブルの上に置かれた離婚届をじっと見つめていた。そこには、すでに宮沢隼人の名前が書かれていた。

小春はふと顔を上げ、窓の外に目をやった。涙に濡れた瞳には、午後の陽光の中に立つ隼人の姿が映っていた。彼の身長が高く引き締まった体、まるで神様のような美しい立ち姿、そして冷たく孤高な雰囲気が、小春の心をさらに締め付けた。

「俺はもうサインした。お前も早くしてくれ。柔ちゃんが戻る前に、すべての手続きを終わらせたい」

隼人は手を背中に組んだまま、振り返ることもなく答えた。「婚前契約をしたから、財産の分与はしない。ただし、補償として4億円と郊外の別荘はやるつもりだ。お前が無一文で家を出れば、祖父に対しては顔が立たないだろうからな」

小春はびっくりして立ちすくんだ。「おじい様は、私たちが離婚することをご存じなの?」

「知っていても、それが俺の決意を変えられると思うか?」

小春は痩せた体をテーブルの端にしがみつくようにして支え、震える声で尋ねた。「隼人、お願いだから......離婚しないで」

ついに、隼人は不思議そうに彼女を見つめ、ゆっくりと振り返った。彼の鋭い目、薄い唇、端正な顔立ちは、今でも彼女の心をときめかせる。

「どうして?」

「......だって、あなたを愛しているから」

小春の目は赤くなり、涙が溢れ出した。「愛しているの、隼人。私はまだあなたの妻でいたいの......たとえ私へ何の感情も持っていなくても......」

「もう限界だ、小春。愛のない婚姻なんて、もう耐えられない」

隼人は手を振り、話を続ける気も失せたように言った。「俺と結婚したのは間違いだったんだ。俺は祖父に反抗するために結婚しただけということも、そして、他に愛する人がいることも、お前は知っているだろう。ただ、ある理由で一緒になれなかっただけだ。今、3年が経ち、柔ちゃんもアメリカから戻ってきた。彼女を妻に迎えるつもりだ。だから、宮沢家の妻の座を譲ってもらう」

小春はうつむき、涙がポタポタとテーブルの上に落ちた。それをそっと拭ったが、隼人はその涙を見逃さなかった。彼の目が一瞬、深くなった。

その時、隼人の携帯が鳴り、画面に表示された名前を見た瞬間、彼は急いで通話を受けた。

「柔ちゃん、もう飛行機に乗ったのか?」

なんて優しい声だろう。この冷たい隼人が、彼女の知っている隼人と同じ人とは思えなかった。

「隼人お兄様、もう盛京空港に着いたわ」電話の向こうからは金原柔の嬉しそうな声が聞こえてきた。

「なんだって?今夜の到着じゃなかったのか......」

「隼人お兄様にサプライズをしたくて」

「待ってて、柔ちゃん。今すぐ迎えに行くよ!」

そう言って、隼人は小春の横を風のように通り過ぎた。書斎のドアが閉まると、部屋には重苦しい沈黙だけ残った。

10年もの片思い、そして3年間の結婚生活。小春はこの家のために尽くし、隼人に全てを捧げた。しかし、結局、隼人にとってはただの苦痛でしかなかったのだ。

今、隼人はまるで刑務所から解放されたかのように、彼女を冷たく捨て、心に決めた人の元へと向かおうとしている。

本当に心が痛い。全てを捧げたのに、彼の冷たい心を温めることができなかった。

小春は深く息を吸い込み、苦笑いを浮かべながら頭を振った。不満の涙が離婚届に滲み、隼人の美しいサインの上に広がっていった。

その夜、隼人は柔ちゃんを潮見の邸に迎え入れた。

か弱くて柔らかな女性が、隼人の腕の中に抱えられ、そのまま堂々と別荘に入っていった。周りの視線が集まった。

「隼人お兄様、まだ奥さんと離婚してないのに、私たち......こんなに親しくしていいのかしら?奥さんが見たら、私を恨んでしまうわ」柔ちゃんは隼人の胸元を撫でながら、優しく囁いた。

「彼女はそんなことしない」

隼人は冷たく言い放った。「それに、俺は彼女を愛していない。俺たちはただの契約でしかないから。彼女にはそのことを理解してもらいたい」

宮沢家の人々は柔を取り囲み、温かい言葉をかけ続けた。その一方で、小春は一人で黙々と夕食の準備をしていた。

隼人はその静かな彼女の姿を見て、思わず薄い唇に嘲笑が浮かんだ。

こんな状況でも、彼女はまだ宮沢家の人々に媚びへつらっている。彼女はこうしてもまだ離婚に何かしらの転機を期待しているのだろうか?

馬鹿げている。

「隼人様!隼人様!」

その時、執事が慌てて駆け寄ってきた。「奥様が、奥様が出て行かれました!」

「出て行った?いつのことだ!」

「つ、つい先ほどです!奥様は何も持たずにエプロンを外して裏口から出て行かれました!黒い車に乗っていかれました!」

隼人は急いで寝室に戻った。部屋は整然と片付けられており、サイン済みの離婚届が静かにベッドサイドに置かれている。そこには涙の跡が残っていた。

彼は眉をひそめ、窓の外を見た。

一台の黒いロールスロイスが潮見の邸を高速で出て行き、その尾灯すらすぐに見えなくなった。

午後にはまだ去ることを惜しんでいたのに、今はまるで兎のように逃げ去るとは!

隼人はまるで誰かに騙されたかのように嫌になり、すぐに秘書に電話をかけた。

「盛A9999の車を調べろ!誰の車かすぐに報告しろ!」

「かしこまりました、宮沢社長」

数分後、報告が入った。

「社長、わかりました。あれはKSグループの社長の車です!」

KS......高城家の長男か?!

小春は小さな村から出てきた貧乏な娘で、金も背景もなく、彼と過ごした3年間で友人さえ作ることができなかった。しかし、そんな彼女が高城家の長男と繋がっていたとは?

もう次の相手ができたのか、よくやってくれたね

「でも社長、本当に今日奥様に離婚のことをおしゃったのですか?」秘書が恐る恐る尋ねた。

「今日ではだめか?どうしてそんなことを聞く?」

「いえ、今日は奥様の誕生日なんです」

隼人は一瞬驚いた。

........................

その後、黒いロールスロイスの後部座席で、高城家の長男である高城樹は優しく彼女の手を握りしめた。

「お前が帰ってくると聞いて、兄さんがもう千万円分の花火を準備してくれたんだ。今夜、それをお前のために打ち上げるらしい」

「花火なんて見る気分じゃないわ」

高城家の令嬢の身分に戻った小春は、この時、本来の名前である高城桜子に戻った。

桜子は兄の肩にもたれ、涙を浮かべながらため息をついた。

彼女はふと自分の携帯を見た。最後に受け取ったメッセージは、隼人からではなく、柔からのものだった。

「言ったでしょ?あんたに奪られた場所、いつか取り戻すからって。隼人お兄様は私のもの。あんたなんかが夢見るんじゃないわよ!」

彼女は苦笑いを浮かべ、最後の涙が彼女の目を覚まさせた。

「どうした?ここまで来て、まだ未練があるのか?」樹は優しく彼女を抱き寄せた。

「兄さん、今日、私の誕生日なの」

「知ってるさ。隼人は今日を選んだ。あいつは本当にどうしようもない奴だ!」

「だから、もう未練なんてないわ。小春はもう隼人に殺されたの」

再び目を開いた時、高城桜子の瞳には、隼人への未練は一切残っていなかった。

「やっと終わったのに、振り返るなんて、死ぬべきよ」
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01_1 歓送迎会 姫乃side
春は出会いと別れの季節。 毎年いろんなことがあるけれど、今年はどんな出会いと別れがあるのだろう――。わいわいと、賑やかで美味しい香りが漂う和風居酒屋で、我がIT管理課インフラグループの昇進お祝い&歓迎会が行われた。グループ長だった早田さんが、IT管理課長に昇進してグループを出ていくのだ。それと入れ違いに、入社二年目の大野樹《おおのいつき》くんがインフラグループに入ることになった。といっても大野くんは半年前から先に異動してきていて、その時はバタバタして歓迎会が出来ていなかったので、このタイミングで一緒に飲み会をしようとなったわけだ。下座に位置するテーブルを囲んで、仲の良いベテランパート社員の祥子さんと、若くてフレッシュな派遣社員の真希ちゃん、そしてインフラグループ唯一の女性社員であるアラサー独身彼氏なしの私、朱宮姫乃《しゅみやひめの》は、ペチャクチャとおしゃべりに花を咲かせていた。女性が集まると、主賓そっちのけでとたんに女子会のノリになる。「あ~、早田グループ長がいなくなるなんてショックです」「そう? まあ、なかなか良いグループ長だったけどねぇ」「癒しがなくなりますよぉ」真希ちゃんはしょんぼりと項垂れ、祥子さんはビールを煽りながらガハハと笑った。早田グループ長は、女性の間では“イケメンエリート”と称されていてなかなか人気が高い。高身長、高学歴、高収入とはよく言ったもので、プラス容姿端麗ときたらそれはもう人気が出るのがわかる。他の部署の女性たちからも、支持されているらしい。そんな早田さんのイケメン噂話を聞きながら、私は一人黙々とサラダを取り分け、注文したドリンクを配っていた。
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01_2 歓送迎会 姫乃side
「はい、真希ちゃん。カルピスサワーだったよね?」「ありがとうございます! あ、サラダも分けられてる。さすが姫乃さん」真希ちゃんはカルピスサワーを受けとりながら、目の前のサラダに箸をつけた。「真希ちゃんも姫ちゃんを見習いなー」「見習ってますよう。私だって姫乃さんみたいに綺麗で気立ての良い女になりたいですもん。そしてその暁にはイケメンエリート彼氏ゲットです!」真希ちゃんは胸の前でグッとガッツポーズをすると、私を見てうんうんと頷く。 私は愛想笑いをしながら、内心ギクリとした。「真希ちゃんもさ、姫ちゃんみたいにできる女になって、大手のイケメンエリートを捕まえなさいよ」「もー、祥子さんはすぐそうやって簡単に言うんだから。姫乃さん、どこで彼氏と知り合ったんですか?」「ええっと……」私は冷や汗をかきながら言い淀む。 真希ちゃんの純粋な視線が眩しくて、そして痛い。”綺麗で気立てが良くて名前負けしていない高嶺の花の朱宮姫乃は、大手企業に勤めるイケメンエリート彼氏持ち”そんな絵に描いたような噂が社内に流れ、あっという間に定着してしまった今のこの状況に、私は困惑しつつも否定できないでいた。”朱宮姫乃”という名前。 芸能人みたいな名前で、どこへ行っても目を引かれがちだ。名前負けするのが嫌で、勉強も頑張って良い大学に入ったし、加えて美容にも気をつかってきた。そんな努力の甲斐あってか、就職先も一応大手のメーカーに内定が通った訳なのだが、そこで働くこと早七年。 まわりが言うような、“大手企業に勤めるイケメンエリート彼氏”にはまったくもって出会っていない。むしろ、勝手に一人歩きするそのデマのせいで、男性が寄ってこないのではないかと疑っている。きちんと“違います”と言いたいのだけど、言う機会がないまま……いや、言っても信じてもらえないまま今日に至っているわけで。今日こそ言って信じてもらわなくちゃ。そう、”別れた”って言えば納得してもらえるよね、きっと。
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01_3 歓送迎会 姫乃side
私は一人納得し、意を決して口を開いた。「あの実は……」「それにね真希ちゃん、姫ちゃんはお茶汲みから経験してる女子社員の鑑なのよ」祥子さんがビールジョッキ片手に、私の肩をバンバンと叩く。思わず言葉を飲み込んだ。「ええっ? 今時お茶汲みですか?」真希ちゃんが、信じられないと言った顔でこちらを見る。「あ、うん。入社当時は、だよ」「さすがに今はそんなのないよね。今そんなことさせたら、セクハラパワハラだって問題になるわよー」「ですよねー。私絶対やりたくないもん。あ、早田さんにならお茶入れてあげたいかな」真希ちゃんは否定しつつも、調子の良いことを言う。「真希ちゃん現金な子! とはいっても、女は損よねー。頑張ったって出世の道もないんだからさぁ」祥子さんはビールを煽りながら嘆いた。 私は空いた大皿を店員さんに返しながら、新しく運ばれてきた天ぷらの大皿と交換する。「祥子さん、今はだいぶ緩和されましたよ。女性役職者もいますし」「そう? だったら姫ちゃんだってそろそろ階級が上がったってよくない?」「階級って何ですか?」真希ちゃんの質問に祥子さんは少し声を落とし、早田さんの方をこっそり指差す。「真希ちゃん、課長になるためにはいくつ階級があると思う?」「課長の前がグループ長で、その前が主任でしたっけ? だから三つ?」祥子さんはカバンからペンを取り出すと、割り箸の箸包みに階級を書き出す。 平社員から主任に上がるには、一級から三級までの三段階あり、主任からグループ長に上がるにも試験がある。その上の課長になるためには、試験と上司からの推薦が必要だ。 うちの会社は大手で歴史も古く、今なお昔ながらの階級制度が残っている。「さっすが、祥子さん詳しいですね」「私は元社員だもの。結婚出産で退職してパートで出戻りしただけだから、会社の事情は割りと知ってるわ。昔は産休育休なんて取れなかったのよねぇ」「へえー」真希ちゃんと私はしきりに感心した。確かに祥子さんの言うとおり、出世に関してはまだまだ男尊女卑の傾向は強い。今はだいぶ制度が整ってきたので、ようやく女性役職者が増えてきた。産休育休の取得率も上がっているみたいだ。
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01_4 歓送迎会 姫乃side
「姫ちゃん安心して。今は産休取りやすくなったし、いつでも結婚出産できるわよ」祥子さんは先程とはうって変わって、キラキラとした目で私を見る。なんだか期待されているようで、落ち着かない。「あの、そのことなんですけど、実は……」彼氏と別れた――と言いたかったのに、突然肩を叩かれて、私は飛び上がるほど驚いた。「ねえ、君たち、今日はお祝い会なんだけど、女子会になってない?」見上げれば、私の肩に手を置く早田さんが、爽やかに微笑みながら立っていた。「きゃあ、早田さん! 違います、いなくなって寂しいって話をしてたんです」真希ちゃんが慌てて否定し、祥子さんと私もうんうんと頷く。「ほんと? 厄介なやつがグループからいなくなって嬉しいんじゃないのー?」「まさか!」「ははっ、僕はちょっと寂しいな。皆と仕事するの楽しかったから。ねえ?」そう言って、早田さんは目配せをした。 私はそれに合わせて軽く頷く。「でも課長として同じフロアにはいるから、またよろしくね。あとは新人の教育は任せたよ」早田さんはもう一人の主賓、大野くんを顎で指す。大野くんのまわりに人はいるものの、大野くん自身はひとりしっぽりと過ごしていた。寂しそう……ではないかな。あまりはしゃがないタイプのようで、楽しいのか楽しくないのか表情からはよくわからない。「それなんですけど、大野さんなんか怖いんですけど」真希ちゃんがズケズケとものを言い、早田さんは苦笑いをした。「そうだね、ちょっと無愛想だよね。大野、こっちこい」早田さんが呼ぶと、大野くんは返事をして表情ひとつ変えずにこちらに来た。 私よりも四、五歳くらい若いのに、いつもクールで落ち着いている。
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01_5 歓送迎会 姫乃side
「大野、もう少し愛想よくできない?」早田さんの言葉に、大野くんはゆっくりと私たちを見回す。「すみません、これでも愛想よくしてるつもりです。結構気を遣ってますよ」物怖じしない貫禄っぷりに感心する。私が入社したての頃は、もっと先輩にペコペコしてたっけ。「堂々としてるわ~」祥子さんも感心したように呟き、私もそれに同調して頷いた。「えっと、何か飲む?」「じゃあビールを」「はい、どうぞ」私は空いている綺麗なグラスを大野くんに手渡すと、まだ残っているビール瓶を探して注いであげた。「どうも」淡々と受け答えする大野くんに、真希ちゃんがボソッと呟く。「姫乃さんにお酌してもらって喜ばない男、初めて見た」「はあ?」「確かに。ほら見て、あっちのテーブルのおじさんたちは羨ましそうにしてるわよ」祥子さんが指差す隣のテーブルでは、年配の男性陣がみんなこちらを見ている。「さすが姫ちゃん」「ちょっと、祥子さん、そんなわけないでしょう。からかわないでください」何だか急に恥ずかしくなって、私は慌てて否定する。お酌くらいで羨ましがるとか、意味がわからない。きっとみんな、大野くんを見ていたと思うの。「なるほど」「ちょっと、大野くんも真に受けないの」大野くんまで感心したように頷くので、私は居心地が悪い。「姫ちゃんも早く結婚したらいいのに」「えっ? いや、あの……」「あ、彼氏仕事に忙しいんだっけ? 大変ねー」「いや、だから……」突然の祥子さんからの話題に、私は心臓が跳ねる。そういえば今日こそ“彼氏と別れた”って言おうと思っていたんだった。 今こそチャンスじゃない?
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01_6 歓送迎会 姫乃side
私が口を開こうとしたときだった。「ふーん。姫乃さん彼氏いるんだ?」大野くんの言葉に、私は箸を落としそうになった。「おっ、新人、さっそく姫ちゃんを名前呼びとは、生意気~!」祥子さんがニヤニヤとからかい、真希ちゃんがうんうんと大きく頷く。「ダメでした?」「いいんですか、姫乃さん?」「えっ? いや、いいよ。名前の方が親しみやすいし、仲良くなれる気がするし。ね、大野くん」私は大野くんに向けて、にっこりと笑った。別に下の名前で呼ばれることくらい、何ともない。現に大多数の同僚が“姫ちゃん”とか“姫乃さん”と親しみをもって呼んでくれるので、むしろありがたく感じている。「いやー、いいよね。姫ちゃんのその笑顔、癒しだったなあ」早田さんが名残惜しそうに言う。「早田さん、私たちは?」「もちろん、君たちもだよ!」真希ちゃんが不満げに言うと、早田さんはすかさずフォローして明るく笑った。そんなこんなで、和気あいあいとした飲み会は宴もたけなわのうちにお開きになった。祥子さんと真希ちゃんと駅で別れ、私は一人電車に揺られる。今日もまた、“彼氏と別れました”と打ち明けられなかった。 このまま私は、彼氏がいると勘違いされつつ結婚適齢期を逃してしまうのだろうか。ていうか、アラサーの時点ですでに結婚適齢期は過ぎているのかもしれないけど。死ぬまで一度も彼氏ができずに、そのままおばあちゃんになってしまうかも。ああ、その前に嘘がばれて会社に居づらくなって、仕事も辞めることになったりして?考えれば考えるほど、よくわからないネガティブな思考になり、項垂れていく。
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01_7 歓送迎会 姫乃side
「はぁー」帰りの電車の中、思わずため息が漏れた。彼氏って、どうしたらできるんだろう? ガラス越しに映るカップルをチラリ盗み見しながら、私はまた大きく項垂れる。 世の中にはこんなにもカップルで溢れているのに、私はいつになったら彼氏ができるのだろう? もう一度ため息が出そうになったとき、タイミングよく電車が揺れ、私はバランスを崩して目の前のガラスへ頭をぶつけた。「いたっ!」鈍いゴチンという音と私の小さな悲鳴は、一瞬のうちに電車内の乗客の視線を集める。恥ずかしさと痛さで頭を押さえながら、隠れるように慌ててうつむいた。「大丈夫ですか?」ふいに声をかけられ振り向くと、そこには心配そうに覗き込む大野くんがいて、驚きのあまり心臓が跳ねた。「……だ、だいじょうぶ」と言ってみたものの、知り合いに見られていた羞恥心で一気に顔が赤くなるのがわかる。「お、同じ電車だったんだね」「姫乃さん案外どんくさいですね。飲み会中、なんか無理してる感ありましたけど、悩み事でもあるんですか?」悩み事ならあります! と心の声が叫んでいるけれど、“どうしたら彼氏ができるのか”なんて事を大野くんに言えるはずがなく、私は愛想笑いを浮かべた。「えっ? いや? ないよ。大丈夫。ちょっと飲み過ぎたのかなー? えへへ」「じゃあ彼氏に迎えに来てもらえばいいじゃないですか?」愛想笑いでごまかそうとしたのに、大野くんはしれっとした顔で心臓に悪いことを言う。「えっ、うん、そうかな? そうだよね? でも忙しいかも?」上手く受け答えができず、しどろもどろになってしまう。 ちょうど駅に到着するアナウンスがあり、私はそそくさと降りる準備をした。「私、駅ここだから、じゃあね」「俺もここです」「えっ?」扉が開くと同時に大野くんが降りる。私もその後を追うように、急いで降りた。「姫乃さんって最寄り駅ここでした?」「うん、最近引っ越したんだ」 「ふーん」 電車を降りて改札口まで一緒に歩く。 そこで別れるものだと思っていたのに、大野くんは私の帰り道と同じ道を歩いていく。歩道には桜の木が植わっていて、満開の桜が風に揺れている。 「大野くん家こっちなの? 方面一緒だね。全然気付かなかったなぁ」 といっても、私はまだ二週間前に引っ越してきたばかりだ。近所の事はまだよくわかっていないし、会社
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01_1 歓送迎会 樹side
入社して二年目、初めての人事異動でインフラグループに配属された俺は、歓迎会と称された飲み会に参加していた。歓迎会といいつつ、主役は別にいる。インフラグループ長の早田さんが課長に昇進したため、そちらがメインの飲み会だ。軽く挨拶だけ済ませて、あとは静かに座っている。あまり騒ぐのは好きではないし、ちびちびと飲みながら人間観察している方が面白い。たまにおっさんくさいだとかつまらん奴だとか言われるけど、仕方ない。これが俺なのだから。インフラグループには、社内でも美人で有名な朱宮姫乃さんがいる。インフラに異動が決まったとき、まわりから羨ましがられたっけ。確かに綺麗な人だとは思う。いつもニコニコしていて人当たりもよく、仕事もできる。美人なのに可愛い系? ふわっとした雰囲気がそう見えるのだろうか。ちょっと抜けてるとこもある、と俺は思う。つい守ってあげたくなるタイプというのは、こういう人のことをいうのかな。「姫ちゃんあっちの席かぁ」「いつもあの二人に守られてるんだよな。ガードが堅いわ」同じテーブルの先輩たちが、残念そうに言う。俺は通路を挟んだ隣のテーブルを見る。朱宮さんを囲うように、パート社員の本橋祥子さんと派遣社員の近田真希さんが、楽しそうにしゃべっていた。確かに、あの二人に守られてる感あるな……。「ちょっと大野、あそこ混ざってこい」「……僕ですか?」「俺らじゃ無理。きっかけ作ってきて」……って言われても。きっかけって、あれか、あのガードを外して姫乃さんをフリーにさせる、みたいな? んで先輩たちが乗り込む、的な?「……ガード、堅すぎません?」「だから突破口開いて来いって」「いやいや……」ひよっ子の俺に何をさせようとしてるんだ、この人たちは。ニヤニヤしていて、完全に俺で遊ぼうとしている。意地悪な先輩だ。そのとき、すっと違和感なく彼女たちの輪に入っていく人物がいた。早田課長だ。
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01_2 歓送迎会 樹side
早田課長は爽やかイケメンタイプで、仕事もできてまわりからの信頼も厚い。とりわけ女性に人気らしいが、男の俺にはその魅力はよくわからない。なんでも、結婚しているのに色気溢れていて、落ち着いた佇まいがいいのだとか。案の定、近田さんが黄色い声を上げている。朱宮さんは……いつもどおりニコニコしている。まあ、俺には無縁の世界だな、と息を吐いたところでふいに名前を呼ばれてそちらを見る。「大野、ちょっとこっちこい」早田課長が手招きするので「はい」と立ち上がった。「おっ、突破口!」いや、違うだろ。ツッコむ気にもなれずとりあえず目で牽制しておく。(先輩だけど)なぜ呼ばれたのか分からないままそちらへ行くと、全員の視線がこちらへ向いた。……ような気がした。「大野、もう少し愛想よくできない?」……いったい何の話だ。そんなに俺、愛想ないかな? そうでもないだろうと彼女たちを見回すと、早田課長に同意の目。「……すみません。これでも愛想よくしているつもりです。結構気をつかっていますよ」いや、本当に。気をつかってるつもりだけどな。早田さんが愛想よすぎなんじゃないだろうか。「えっと、何か飲む?」朱宮さんが聞いてくれたので、あたりさわりもなくビールをいただいた。「はい、どうぞ」「どうも」トクトクと注がれるビール。注ぎ終わると、朱宮さんはニッコリと笑った。
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01_3 歓送迎会 樹side
「姫乃さんにお酌してもらって喜ばない男、初めて見た」「はあ?」「確かに。ほら見て、あっちのテーブルのおじさんたちは羨ましそうにしてるわよ」本橋さんと近田さんが目配せする。俺もチラリとそちらを見れば、さっき俺に突破口を開いて来いと言った先輩たちが、チラチラこちらを見ていた。あー、これが突破口ってやつか。「なるほど」感心すると、「ちょっと大野くんも真に受けないの」と恥ずかしがっている。あー、なるほど。そういうとこね。確かに朱宮さんは可愛らしい。人気があるのも頷ける。「姫ちゃんも早く結婚したらいいのに」「えっ? いや、あの……」彼氏がいるのにこの慌てよう。恥ずかしがっているのか?まあ、そういうのも可愛いのだろう。朱宮さんは仕草ひとつとっても魅力的なのだと思う。女性らしさというのか、柔らかい雰囲気が一緒にいて心地いい。隣のテーブルでは、先輩たちが「行け行け」とジェスチャーで伝えてくる。何をどう行けと?だから俺は突破口にはならないって……。でもなんだかこの状況がとても貴重のような気がして、俺はふむと考える。「あ、彼氏仕事に忙しいんだっけ? 大変ねー」「いや、だから……」慌てる朱宮さんに対して、「ふーん。姫乃さん彼氏いるんだ?」と名前で呼んでみた。どうですか先輩、これが突破口ってやつですよ。「おっ、新人。さっそく姫ちゃんを名前呼びとは生意気~!」「ダメでした?」「いいんですか、姫乃さん?」「えっ? いや、いいよ。名前の方が親しみやすいし、仲良くなれる気がするし。ね、大野くん」姫乃さんは嫌がることなくニッコリ笑う。
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