Masuk一夜限りの相手とバーでトラブルになった咲羅(さら)を助けてくれたのは、転勤してきた同じ会社の斗夜(とうや)だった。 ふたりは恋愛について話しているうちに、大人になるにつれて最低な恋しかできていない共通点に気づき、純愛を取り戻せるように、恋愛感覚のズレを正すための“リハビリ”と称したデートをする。 咲羅はシンプルで健全なデートを楽しいと感じることができたが、時枝(ときえだ)という女性が斗夜に近づいてきて嫉妬してしまう。 そんな中、以前合コンで知り合った戸羽(とば)と再会し、デートに誘われるが、昼間ならという条件付きで応じる。 草食系だと思っていた戸羽に、ホテルに誘われた咲羅は……
Lihat lebih banyak斗夜の言葉を聞いて、私は深くうなずいた。 私が今日戸羽さんとデートしているのはマスターも知っているし、心配してくれていた。 まさかその日に斗夜と付き合うことになったとは予想していないだろうけど。「それに、咲羅をあきらめるように言わなきゃ」 「マスターは全然そんな気持ちはないよ」 「今日の医者は咲羅がちゃんと断ったんだろ? じゃあ、あとは重森か。まさか他にも伏兵が?」 人をモテキャラに仕立て上げないで、とあきれた顔をすると、斗夜が綺麗な顔で笑う。 今のはヤキモチだろうかと考えたら、それもうれしく思えた。 雨の上がった歩道を、ふたりで手を繋いで駅まで歩く。 気持ちが通じ合ったあとの“恋人繋ぎ”は、たったそれだけの触れ合いでも胸がキュンとした。 バーに着いてマスターにきちんと報告しようとしたら、ニヤリと意味ありげな笑みを先に投げかけられた。 私たちが“恋人繋ぎ”のまま入って来たのを見て、すぐに状況がを理解したらしい。 お店にいるあいだ、ずっと冷やかされていた気がするけれど、マスターは私たちのことを喜んでくれて、それがすごくうれしかった。 お酒を飲んで喋って、ふわふわとした幸せな時間を過ごし、斗夜とふたりでバーを出た。 再び歩きながら、“恋人繋ぎ”で幸せをかみ締める。 なのに、いつかの日のように、突然斗夜が繋いだ手を引いて狭い道へと入った。人のいない、真っ暗で狭い路地だ。 深いブラウンの髪から覗く色気のある瞳に射貫かれて、「どうしたの?」とは聞けなくなってしまった。 大きな手が私の背中に回り、ふわりと抱き寄せられる。 私の瞳はまだ、斗夜に囚われたまま。 ゆっくりと斗夜の顔が近づいてきて、私がわずかに瞳を伏せると、斗夜の温かな唇が私の唇を優しく覆った。 愛情が伝わってくるような、しっとりとしたやさしいキスで、決して荒々しさのないそれは、繰り返されることなくそのまま離れた。「キスは……するんだね。……ハグも」 「それはしたいって言っただろ。だけど部屋だと理性が飛んで歯止めがきかなくなるから。ここなら、この先はできないし」 今どうしてもキスしたくなったんだ、なんてそんな顔で言われたら、幸せで胸がギューっと苦しくなる。「俺、咲羅のこと本気だから」 「うん」 「浮気はしないよ」 本当にしない? とは、聞かな
堂々と私を好きだと言っておきながら、斗夜は今さら表情に不安の色をにじませる。「そんなの決まってるじゃない。お互い同じ気持ちだったことがうれしいからよ」 お互いに惹かれ合い、心と心が繋がる感動を、私は長年ずっと置き去りにしてきてしまっていた。 相手ときちんと向き合って、真正面からぶつからなければこの気持ちは得られないのに、私は怖がって逃げてばかりだったのだ。「そうか」と優しいまなざしで微笑んだあと、私の頭を撫でていた彼の手が頬に触れ、伝っていた涙を拭った。 私は胸がキュンとして、急激に愛しい気持ちがこみ上げてきてしまい、斗夜の首に腕を絡めて自分から抱きついた。「おいおい咲羅、今ここでそれは反則だろ」 「どうして?」 「……俺は必死で我慢してるんだぞ? さっきから必要以上に触れないようにしてるのに、俺がその気になったらどうするんだよ」 せっかく良い雰囲気なのに、と私は小さく口を尖らせたけれど、斗夜は柔らかく笑って私の身体をそっと離した。「別にいいんじゃないかな? 私たちはちゃんと両思いになれたんだから」 「いや、ダメだ。付き合った初日にそうなったら、それこそ彰になにを言われるか。 野獣だの節操なしだのと、言いたい放題だろ」 マスターの発言をそこまで気にする必要があるのかと思ったら笑えてきた。 別にそう言われても開き直ればいいのに。「じゃあ、マスターには内緒にする?」 私たちに男女の関係があるかどうかは、自ら言わなければわからないだろう。 だけど斗夜は私の提案に首を振った。「アイツを見くびりすぎ。そういうの、見ただけでわかるみたいだ」 「すごい特殊能力ね。というより、斗夜がわかりやすく態度に出してるんじゃないの?」 「……そうなのか」 マスターは、いつもと雰囲気の違う斗夜を見てピンと来ているだけだと思う。友達だからわかるのだ。「とにかく、しばらく我慢する」 「……いつまで?」 「そうだな……一ヶ月は我慢しようか」 真剣に悩んで期間を設定した斗夜がおかしくて、吹き出しそうになってしまう。 私はそれをぐっとこらえ、質問を続けた。「キスもしないの? ハグも?」 「いや……それは……」 私がわざと誘うように言うと、斗夜はうなって腕組みをし、さらに悩みだした。「キスは……したいな」 「あはは」 「だけど今は
「リハビリ……もう辞めないか?」 しばしの沈黙が流れたあと、斗夜から飛び出した言葉はそれだった 。 マスターから、斗夜がリハビリはもう必要ないと言いだしていると聞いていたが、それは本当だったのだ。 実際に本人の口から聞くと、ダメージが大きい。 後ろからなにかで殴られたみたいな衝撃が走った。「マスターから聞いたよ」 私が溜め息を吐きながら言えば、「あのおしゃべりめ」と斗夜のつぶやく声が聞こえた。 胸の内側に、どんどん悲しみが広がっていく。 今、斗夜の顔は見られない。見たら……泣いてしまうから。「リハビリはもうなしね。わかった」 そう返事をするしかなかった。 私と斗夜はリハビリ仲間という関係を解消し、ただの同僚に戻る。 それだけの話なのに、お前は新しい男とデートでもしてろ、と言われたような気持ちになった。 そしてもうひとつ、悲しい感情を思い出した。 好きな人に振られる“失恋”は、こんなに辛いものだったのだ。「私とリハビリでデートしていても仕方ないもんね」 「……え?」 「好きな子にきちんと気持ちを伝えなきゃ。私と練習ばかりしていても前に進めないよ」 うまく笑えている自信はないけれど、うつむくことなく私は精一杯笑顔を作った。 だけど斗夜は隣に座る私の肩を掴み、自分のほうへ向かせて視線を合わせる。「……なんの話だ?」 それはまぎれもなく、たくさん傷つけて後悔しているという斗夜と元カノの話だ。 すべて言わなくてもわかっているはずなのにと、私は小さく溜め息を吐く。「元カノに……気持ちを伝えてきなよ」 「え? 元カノには、俺じゃなくてもっとふさわしい男がきっといる。たしかに俺のせいで彼女とはうまくいかなかったけど、やり直したいとは思ってないよ。俺がリハビリを辞めたいのは、そうじゃなくて……」 斗夜の大きな手の平が、私の頭をゆっくりと優しく撫でた。「咲羅とは、もうリハビリなんか要らないと思ったから」 「………」 「俺は咲羅が好きだって、きちんと自覚がある。リハビリとか理由をつけずに、これからは普通にデートがしたいし、一緒にいたい」 私の感情がジェットコースターみたいに激しく上下して、処理が追いつかない。 斗夜が元カノと復縁したいだなんて、私の勘違いだったのだ。「“リハビリしよう”なんて、咲羅と一緒
「簡単に入れていいのか?」 「だって……この雨だし」 「俺、襲うかもしれないぞ?」 斗夜の言葉で微妙な空気になり、沈黙が流れた。 たった今、恋をしていると気づいたのだから、好きな男に抱かれるのならばかまわない、と少なからず思った私はバカなのだろう。 今までのリハビリがまったく活かされていないではないか、と反省の念にかられる。「ウソだよ。実は話があるんだ」 こんな状況で余裕の笑みを浮かべる斗夜は、私よりも何枚もうわてだ。「……どうぞ」 玄関扉の鍵を開け、部屋の中に彼をいざなう。 私はこの状況のドキドキして、スリッパを差し出すだけで精一杯だ。 部屋の中をキョロキョロと見回す斗夜を、そんなにじろじろ見ないでとソファーに座らせる。 私はキッチン冷たいお茶を用意し、斗夜の前のテーブルに置いた。 すると斗夜が私の腕を咄嗟に掴んだので、何事だろうと驚いた。「……なに?」 「デート、どうだったんだ?」 斗夜は気になっていることを直球で聞いてきた。「誘われただろ? ホテル」 「……うん」 斗夜の推測は当たっているけれど、たとえ私が誘いに乗っていたとしても、戸羽さんは私を本当に抱いたのだろうか。 試されただけかもしれないと考える私は甘いのかな。 私が口ごもるように返事をしたのが気に入らないのか、斗夜の眉間には不満だとばかりにシワが寄っている。「草食系には見えないって、彰の言った通りだったな」 私は以前は戸羽さんに対して草食系だという印象だったけれど、マスターは最初からそうは見えないと言っていたから、その見立ては当たっている。「行ったのか?」 「行くわけないでしょ」 「よく逃げてこられたな」 不機嫌そうにしている斗夜に、「そんな人じゃないから」と私も少しムっとしながら反論した。 戸羽さんを本城みたいな男と同じ扱いをされた気がしたから、腹が立ったのだ。 戸羽さんは無理やりホテルに連れ込んだりしない。穏やかでやさしい紳士なのは間違いないもの。「その男と付き合うのか?」 「え?」 「……好きなのかと聞いてるんだ」 斗夜の声のトーンは静かだけれど、熱のこもった真剣な瞳が私を射貫いた。「付き合わないよ」 斗夜はなぜ聞くのだろう。 もしかしたら……などと、嫌でも期待してしまう。 もし斗夜が私を好