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7-5 姫宮と会長の電話会談 1

last update Last Updated: 2025-05-27 07:19:52

 翔に姫宮の後任の秘書が決まったことを告げる2日前の事——

姫宮は鳴海会長と電話で話をしていた。

『そうか……もう決心したなら仕方あるまいな』

電話越しから残念そうな鳴海会長の声が聞こえてくる。

「はい、申し訳ございませんでした」

『それで仕事を辞めた後はどうするんだ?』

「そうですね。少しのんびりしたいと思います。色々考えたいこともありますし」

『考えたいことか。でも姫宮君は本当に優秀な秘書だったからな。もしまた戻ってきたいという気持ちになればいつでも席を用意して待っているからな』

「はい、どうもありがとうございます。それで以前お話しをいただいておりました後任の秘書の方ですが……」

責任感の強い姫宮は後任秘書がどのような人物か気になって仕方が無かった。

『ああ、今は大阪支社の人事部にいるんだ。……期待しているから3カ月に一度の頻度で様々な部署を経験させている最中だ』

「秘書の仕事は初めてですか?」

『そうだな。だからすまないが不備の無いように教えてやってくれないか? まあ呑み込みは早いから一月もあれば十分だろう。とりあえず半年ほど秘書の経験をさせている間に、姫宮君のような人材がみつかるだろうしな』

「会長……それは買いかぶりすぎです」

姫宮は苦笑した。

『そうか? これでも人を見る目はあるつもりだ。だからこそ今の翔にこの会社をこのまま継がせても良いのか迷っている』

「それで……手元に呼び戻したのですか?」

『ああ、そうだ。いいか姫宮君。絶対に秘書の話は翔には内緒にしておくのだぞ? もし翔がこのことを知れば大騒ぎになって猛反対するに決まっているからな。ギリギリまで黙っているように。いいな?』

「はい、承知いたしました。副社長には内密で進めます。それではその方とは今後メールでやり取りさせて頂きます」

『ああ、こちらも秘書課の人間を派遣して、仕事のノウハウを教え込ませておくからな』

会長の言葉に姫宮は笑みを浮かべた。

「はい、よろしくお願いいたします。それでは失礼いたします」

「ああ。……今まで世話になったな。ご苦労だった」

「いえ、こちらこそ大変お世話になりました。ありがとうございました」

会長からの電話を切った姫宮は溜息をつくと、呟いた。

「本当にごめんなさい……翔さん。だけど私の本当の雇用主は会長なのでどうか許して下さい」

姫宮は今は主のいない副社長室でポツリと
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