元夫の後悔

車を降りて、ゆっくりと豪邸へ向かう。手は震え、体は汗ばんでいる。

まだ信じられない。ついに離婚したという実感がない。でも離婚の証拠はバッグの中にしまってある。私はここに来てやっと最後の書類を彼に渡し、息子のノアを迎えに来たのだ。

家に入り、ひそひそ声が聞こえる方に足を進めたが、キッチンの手前で足が止まった。

今、その声がはっきりと聞こえてきた。そしてその言葉が私の心を凍りつかせた。

「どうしてお母さんと一緒に住めないの？」ノアが男に尋ねた。

震える手で胸を押さえる。彼の悲しみに満ちた声に心が千切れる。彼のために私は何でもするが、この離婚は避けられなかった。

私たちの結婚は間違いだった。すべてが間違いだった。ただ、真実に気づくのに時間がかかっただけだ。

「ノア、お母さんとお父さんがもう一緒にいられない理由、分かるだろう？」男が静かな声で答えた。

本当に不思議だが、彼は夫婦生活の中で一度も私に優しく話してくれたことがなかった。いつも冷たく、感情のない声だった。

「でも、なんで？」ノアが尋ねる。

「そういうものなんだよ」と男がつぶやく。

想像できる。ノアに納得させて、質問をやめさせるために眉間にしわを寄せている様子が。

「お父さん、お母さんのこと好きじゃないの？」

ノアの素直な問いかけに息をのむ。その簡単な一言に胸が締めつけられる。一歩下がり、壁にもたれた。心臓が鼓動し、彼の答えを待つ。

答えは既に知っている。ノア以外の誰もがその答えを知っている。

事実は、彼は私を愛していない。愛したことがないし、これからも愛することはない。それは明らかだった。それでも、彼の答えを聞いてみたかった。息子に真実を言うのか、嘘をつくのか。

彼は咳払いをして、明らかに時間を稼ごうとしていた。「ノア……」

「お父さん、お母さんを愛してるの？」ノアは決意した声で再び尋ねた。

彼は諦めたようにため息をつき、「ノアを産んでくれたことには感謝しているよ」と答えた。

それは慰めの言葉で、答えではない。

目を閉じ、痛みが押し寄せるのを堪える。どれだけ時間が経っても、まだ痛む。心がまた砕け散る。なぜか、一部の自分は違う答えを期待していた。

彼は私に「愛している」と一度も言わなかった。結婚式でも、ノアが生まれたときでも、その後の年月でも、ベッドの中でさえも。

結婚していた間、彼は自分を閉ざし続けた。私は全てを捧げたが、彼からは何も返ってこなかった。ただ、苦しみと悲しみだけが返ってきた。

私たちは結婚していたが、二人ではなく三人いた。彼、私、そして彼の本命。彼が9年間手放せなかった女性。

涙が込み上げるが、拭った。泣くのは疲れた。彼を追い求めるのも疲れた。

「他人の会話を盗み聞くのは非常識だと言われたことはないかい？」

彼の深い声が静寂を切り裂き、私の思考を中断させた。私は肩を正し、キッチンに入った。

そこには、カウンターに立つ元夫、ローワン・ウッズがいた。

彼の皮肉な灰色の目が私を釘付けにする。

目線を息子に移した。誇りであり喜びである息子だ。人生で唯一の良い出来事をもたらしてくれた存在。彼の整った顔立ちには父親方の遺伝子が強く出ている。茶色の髪と鋭い灰色の目を引き継いでいる。

「こんにちは」私は小さく微笑む。

「こんにちは、お母さん」ノアは半分食べたサンドイッチを置いて、カウンターから飛び降りて走ってきた。私の腰に飛びついて、「会いたかった」と言ってくれた。

「私も会いたかったよ、ノア」私は彼の額にキスをし、彼が食事に戻るまで離れなかった。

私はそこに立っていて、居心地の悪い気持ちになった。かつてここは私の家だったが、今は場違いな感じがする。ここに属していないような気がする。

本当は、ずっとそうだった。

彼は彼女のことを意識してこの家を建てた。これは彼女の夢の家で、色合いに至るまで全てが彼女の好みだった。

それが最初の兆しだった。彼は彼女を手放すつもりはなく、私への愛情は返さないつもりだった。

「何をしているんですか？」彼は苛立ちを込めて私に尋ね、腕時計を見た。「ノアとの時間を邪魔しないと約束したはずだ」

「知っています……今日離婚判決が出て、コピーを持って来ました。そして、ノアを迎えに来たんです」

彼の顔が石のように硬くなり、唇が細い一文字に引きつけられた。彼が私をこんな風に見つめるたびに、私の心は砕ける。覚えている限り彼を愛してきたが、それは彼にとって何の意味もないのだ。

何度も何度も彼は私の心を砕き、魂を粉々にした。それでも私は彼を愛し続け、希望を持ち続けたが、何も変わらなかった。

結婚したときは、ついに彼からの愛を得られると思っていた。子供の頃から欲しかった愛。しかし、それは誤りだった。結婚は悪夢になり、彼の過去の亡霊と常に戦わなければならなかった。どんなに努力しても、彼の過去の女性には到底及ばなかった。

胸を押さえて、痛みを和らげようとする。

それでも無駄だ。何ヶ月も経っているのに、まだ痛む。

「ノア、部屋に行って。お母さんとお父さんは話し合わなければならないんだ」ローワン・ウッズは歯を食いしばりながら言った。「お母さん」という言葉には軽蔑の感情が込められている。

ノアは私たちの間を見つめ、少し考えてからうなずいた。

「ケンカしないでね」ノアはそう言い残して去っていった。

ノアが聞こえない範囲になると、ローワンは怒りに震えてカウンターに拳を叩きつけ、氷のような灰色の目で私を見据えた。

「オフィスに持ってきてくれればよかっただろう。どうして息子との時間を邪魔するんだ？」彼の言葉は怒りを込めて吐き出された。手は強く握りしめられ、爆発寸前の様子だ。

「ローワン……」私はため息をつき、言葉を続けようとした。

「ダメだ！絶対にダメだ！9年前に俺の人生を台無しにしたのはお前だ。離婚を申し出たときも同じだった。それが俺を傷つける方法だったのか？俺がお前を愛せないから、息子から引き離そうとしたのか？言っておくけどな、ケイ、俺はお前が大嫌いだ」

彼は息を荒げてそう言い放った。怒りの言葉が弾丸のように私に向かって飛んでくる。心が刺され、すでに脆くなった心がさらに砕け散る。

「あ、あ……」

愛している男が私を憎んでいると言っている。私は何を言えばいいのか。

「早くこの家から出て行け……ノアは俺との時間が終わったら連れて帰る」彼は叫ぶ。

離婚判決をカウンターに置く。謝ろうとしたとき、携帯電話が鳴った。バッグから取り出して着信者を確認する。

お母さんからだ。

無視しようと思ったが、彼女は何か重要なことがない限り電話をかけてこない。

画面をスワイプし、電話を耳に当てる。

「お母さん……」

彼女は私に言葉を続ける暇を与えない。

「今すぐ病院に来なさい！お父さんが撃たれたの！」彼女はヒステリックな声で言うと、電話を切った。

携帯が手から滑り落ち、驚きで目を見開いた。

「どうした？」彼の声が頭に響く。

心臓が激しく鼓動し、顔を上げずに電話を拾い、彼に答えた。

「お父さんが撃たれた」