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第1116話

Aвтор: 夜月 アヤメ
侑子はまた、華のところに顔を出していた。

今の華は、彼女のことを若子としか認識していない。

侑子もその名前で呼ばれるのをすっかり受け入れているみたいで、まるで自分が本当に松本若子であるかのように、毎回きちんと応えていた。

修は本当は彼女に別れ話をするつもりだった。

でも、もし侑子と別れてしまえば、もう彼女を華のところに来させるわけにもいかなくなる。

とはいえ、それを理由に先延ばしにするわけにもいかない。

だから、今日はちゃんと伝えるつもりだった。

侑子が華のそばで寄り添っている間、修はソファで雑誌をめくっていた。

しばらくすると、彼女が小走りで近づいてきた。

「修!」

スマホを手に、嬉しそうに声をかけてくる。

「どうした?」

修が顔を上げると、

「前に話した私の従妹、覚えてる?」

「うん、従妹がいるって言ってたな」

彼女は小さくうなずいた。

「アメリカで、私が帰ったら遊びに来てねって約束してて......もうすぐ着くの。飛行機、あとちょっとで降りるって。迎えに行かなきゃ。ねえ、一緒に来てくれる?」

修は口元を少し引きつらせた。

「運転手に送らせるよ」

その言葉に、侑子の笑顔がすっと消える。

目の奥に、わずかな落胆の色が浮かんでいた。

「彼女、修のことすごく憧れてるの。会わせてあげるって、約束してたのに......」

修は視線を落とし、しばらく黙ってから雑誌を横に置いた。

「わかった。じゃあ、俺も一緒に行こう」

その瞬間、侑子の顔がぱっと明るくなる。

「ありがとう!」

そのまま勢いよく修の胸に飛び込んできて、ぎゅっと抱きついた。

「なんだ、そんなに嬉しいことか?ちょっとは恥ずかしがれよ」

「おばあさん」

侑子は華の方へ歩み寄り、その腕にしっかりと自分の腕を絡めた。

「私の従妹が来るの。これから修と一緒に迎えに行ってくるね」

「えっ、従妹なんていたっけ?聞いたことないわよ」

華が不思議そうに目を細める。

「従妹はずっと地方にいて、なかなか会う機会がなかったんだ。だから聞いたことないのも無理ないかも」

侑子が笑って答えると、

「あら、そうなの」

華はそれ以上深くは聞かず、

「じゃあ、その子も連れてきなさいよ。おばあさんに顔見せて」

「えっ、ほんとに?」

本当は近くのホテルに泊まらせるつもりだった
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