「ストリア公爵、ちゃんと話し合いの時間を先に取ってくれよ。俺は君からリリアナ嬢を取り上げようなんて思ってないんだから」
先程、私にしがみつき愛の告白をしてきたアッサム王子は、スッと立ち上がり私の手を取りレオの方に行くように促した。アッサム王子の手が微かに震えていて彼が気になってしまうが、私はなぜか彼の表情を見れずレオから目を逸らせなかった。
「そうでしたか⋯⋯失礼致しましたa。それでしたら、レオナルド・ストリア及び第1騎士団は王家に忠誠を誓わせて頂きます」 レオは膝をつき、剣を床に立てながら厳かに言った。 「リリアナ嬢、君は自分の気持ちに従えば良い。君がストリア公爵を好きで、王家に嫁ぎたくない気持ちを尊重するよ。俺は君の恋を応援する」 後ろから聞こえるアッサム王子の言葉が少し震えている。 (彼は本当に私が好きで、私の為に私を諦めると言っている⋯⋯) 「では、リリィは連れて行きます。この度の襲撃で王家が被った損害はストリア公爵家が持ちますので⋯⋯」 レオが立ちあがろうとした時、私はこの上ない怒りを彼に感じた。 ストリア公爵家は武力では王家を凌ぐ程の力を持っている上に、マケーリ侯爵家の財力も手に入れている。 カサンデル王家や他の貴族が無視できない財力と権力を持っているから、このような強引な手段に出られるのだ。 (それで、どれだけの犠牲が出たと思ってるのよ!) パシン! 私は気がつくと、立ちあがろうとしたレオの右頬を思いっきり引っ叩いていた。「痛い? 斬られた騎士はもっと痛かったのよ! 暴力に訴えるなんて、レオは会話もできないの? もし、誰か1人でも死んでたら許さないから。ここにいる騎士を全員治療するまではレオとは一緒に行かないわ」
私の言葉にレオが「あ、あれ?」目を開けると、あたりが騒がしい。ここはタケルと食事をしていた高級レストランだ。 胸に手を当てると薄っすらと血が滲んでいる。目の前には衝動的に私を刺した事で動揺するタケルがいた。よく考えれば食べ物ナイフごときで死ぬ訳がない。そして、根っからのオタクの私は普通の人より発達した脳を持っている。どうやら一瞬気を失った時に走馬灯の代わりに、推しのいる世界に入り込んだようだ。「お、お客様」狼狽えたように話しかけてくるボーイに私は強く言った。「110番通報してください! 私、今、彼に殺され掛けました」 私に指を刺すと、タケルは激しく動揺した。「ま、待てよ。だって、お前が浮気したとかいうから」「浮気しまくったのはあんたでしょ」 普段、ヘラヘラと彼の浮気を許してきた私の剣幕に彼が一歩引く。「警察呼ぶとか嘘だろ? 俺たち結婚するのに⋯⋯」「結婚なんてする訳ないだろ。この犯罪者が。目撃者もいるはずだよ。私を刺した場面を見てた人、手を挙げて!」 周囲の人が手を挙げる。(今、人生で1番注目されているわ⋯⋯) 皆、ドレスアップしていて、今日この時間を楽しみにしていたようだ。「皆様、このような素敵なレストランで騒ぎを起こして申し訳ございませんでした」 咄嗟に、頭を下げる。「いや、鈴木さんは悪くないでしょ。それより、ちゃんと止血しなきゃ」 すらっとした背の高い男性が私によってくる。 黒髪にメガネをかけて大人っぽく優しそうな印象だ。 おそらく傷は浅い。 位置が胸の辺りだからか、彼はハンカチを渡して来た。「えっ? あの、なんで私の名前⋯⋯」「俺、そんなに影薄いかな。仙崎総合病院で医師を務めてます。仙崎宗太郎と申します。」「あっ? もしかして外科の先生ですか? 外科病棟でお見かけしたことがあるような⋯⋯」 私の勤めている産科のある病棟から離れているが、彼を見かけたことがあ
「毒が入っていると分かってて飲んだ? 兄上は馬鹿なのか? いや、そこまでしてということか⋯⋯君も兄上が好きなんじゃないのか? ストリア公爵の元に行くよう言った僕が言える立場ではないが、君はこのままで良いのか?」 ルドルフ王子は、なぜ私がアッサム王子が好きだと思っているのだろう。 確かにアッサム王子は私を度々ときめかせる。 彼くらいのイケメンに優しくされたら皆少しは恋心を持つ気がする。 膝枕を強請ってきたり、年下の男の子の可愛さってこういう感じなのかと思ったりした。 前世では周囲から年下の良さを熱弁されても心が動かなかった。 しかし、時に甘えてきたり、急に頼りになったりする彼は聞いていた年下の男の子の良さを詰め込んだような子だった。(この世界では、私が年下だけどね⋯⋯) 私が唯一恋をしていたとはっきり言える相手は、小説の中のレオナルド・ストリアだ。 彼のことを考えるだけで、嫌な事があっても元気が出た。 彼のセリフを何度も読み返しては、ドキドキしたものだ。(本物のレオは思っていた人とは違ったな⋯⋯) 「私が好きなのはレオナルド・ストリアですよ」 私は立ち上がって、次の倒れている騎士の元に行こうとする。 そっとルドルフ王子は私を支えてきた。「君がそう言うなら、そうなんだろう。わざと毒を飲むくらいの気持ちを兄上が我慢できることを願うよ。毒を盛ったのは母上だ。母上は僕に王位を継がせたいが、僕は兄上を支えたいと思ってる。でも、女欲しさに毒を飲む君主はどうかと思うけどね」 ルドルフ王子は私にしか聞こえないような囁き声で言う。 彼は笑顔を作っているけれど、心が泣いているのが分かった。 彼は兄弟で争いなんかしたくないのに、母親がアッサム王子に毒を盛ったと思って苦しんでいる。 私は思わず、ルドルフ王子を元気づけたくて彼の胸に手を押し当て聖女の力を込めた。 その瞬間、私の世界が歪んでいった。♢♢♢ 目を開けるとそこには、私の大好きなレオの顔があっ
「ストリア公爵、ちゃんと話し合いの時間を先に取ってくれよ。俺は君からリリアナ嬢を取り上げようなんて思ってないんだから」 先程、私にしがみつき愛の告白をしてきたアッサム王子は、スッと立ち上がり私の手を取りレオの方に行くように促した。 アッサム王子の手が微かに震えていて彼が気になってしまうが、私はなぜか彼の表情を見れずレオから目を逸らせなかった。「そうでしたか⋯⋯失礼致しましたa。それでしたら、レオナルド・ストリア及び第1騎士団は王家に忠誠を誓わせて頂きます」 レオは膝をつき、剣を床に立てながら厳かに言った。「リリアナ嬢、君は自分の気持ちに従えば良い。君がストリア公爵を好きで、王家に嫁ぎたくない気持ちを尊重するよ。俺は君の恋を応援する」 後ろから聞こえるアッサム王子の言葉が少し震えている。(彼は本当に私が好きで、私の為に私を諦めると言っている⋯⋯)「では、リリィは連れて行きます。この度の襲撃で王家が被った損害はストリア公爵家が持ちますので⋯⋯」 レオが立ちあがろうとした時、私はこの上ない怒りを彼に感じた。 ストリア公爵家は武力では王家を凌ぐ程の力を持っている上に、マケーリ侯爵家の財力も手に入れている。 カサンデル王家や他の貴族が無視できない財力と権力を持っているから、このような強引な手段に出られるのだ。(それで、どれだけの犠牲が出たと思ってるのよ!)パシン! 私は気がつくと、立ちあがろうとしたレオの右頬を思いっきり引っ叩いていた。「痛い? 斬られた騎士はもっと痛かったのよ! 暴力に訴えるなんて、レオは会話もできないの? もし、誰か1人でも死んでたら許さないから。ここにいる騎士を全員治療するまではレオとは一緒に行かないわ」 私の言葉にレオが
「七海様⋯⋯リリアナ様はずっと死を望んでいた方でした。家のせいで悪女と罵られても、人を恨むことなく1人消えゆくことを願ってました⋯⋯」 確かに、リリアナの日記には彼女のそのような願望が書いてあった。 彼女が死を望んでいたかどうかよりも、彼女の清らかな心が誰にも理解されなかったのが悲しかった。 リリアナは周囲から悪女のように罵られながらも、最期は自分の命を使って皆を助ける選択をしたのだ。(自分を非難をしていたような人たちを、自分の命を犠牲にして時を戻して助けようとするなんて⋯⋯) 私が聖女の力を得たのは、そのような清らかな精神を持っていたリリアナの肉体が引き寄せたものだったのではないだろうか。(私の推しのレオに対する純粋な想いが引き寄せた力だと思っていたけれど⋯⋯)「リリアナ嬢はいつも苦しそうにしてたな⋯⋯」 アッサム王子が苦しそうに顔を歪めた。「カエサル⋯⋯あなたがリリアナが時を戻した事で元の世界に戻ってきたのなら、また誰かが時を戻したらリリアナはこの体に戻ってくるのかしら?」「時を戻すには魔法陣をかかなければなりませんが、古書を保管していたマケーリ侯爵邸が燃えてしまい再び時を戻すのは難しいかと⋯⋯」 私はマケーリ侯爵邸が火事にあったことも今知った。 その火事でマケーリ侯爵は亡くなったと言うことだろう。(どうして、レオは何も教えてくれないの?)「それにしてもアッサム王子殿下は、よくこんな途方もない話を信じてますね。それに、あんなに可愛らしいミーナ様に惚れなかったのですか?」 カエサルと私は七海の世界という共通の知識がある。 しかし、何も知らないアッサム王子がこの話を信じているのが驚きだった。 『蠍の毒をもった女』が1度目の人生でカエサルが経験した事をモデルにしてかかれたのであれば、アッサム王子はミーナに首ったけになる。「あんな女になんか惚れないよ。無礼なことを言ったから、これは罰だ」 アッサム王子が私に軽く口づけをしてくる。(やっぱり、プレイボーイ! 私、このタイプには免疫
「アッサム王子殿下! 少しお耳に入れたいことがあるのです。殿下のお知りなりたい情報かと思うのですが⋯⋯」 甘ったるい媚びた声、肩までのピンク髪に琥珀色の瞳をした女。 黒いレースのベールを被っていて表情は見えないが、うっすらと口元が笑っているのが見えた。「ミーナ嬢、馬車の中で話そう。乗るが良い」 俺はぼんやりとカエサルの言葉を思い出していた。 俺が、1度目の人生で彼女に熱を上げて周囲の言葉に耳を貸さなくなったという話だ。(この程度の女に騙されたとか、気分が悪いな⋯⋯)「実は私、聖女の力に目覚めたんです」 彼女はそっと俺の手に触れてくると、体が光り力を取り戻していくのが分かる。「そうなのか。じゃあ、このハンカチーフに力を蓄積してくれないか?」 サッと胸元のポケットから白いハンカチを出して彼女に差し出した。 魔女の回復魔法と聖女の力の違いは、おそらく物に治癒の魔力を蓄えられるかだ。「そういった事はできないのですよ」「そうか、ではそれは聖女の力ではなく、魔女の力だな。魔族は絶滅したはずなのに、紛れ込んでいたとは」 サッとミーナの顔色が変わる。 俺は逃げられないように、彼女の手首を強く握った。「アッサム王子殿下、意外と乱暴ですのね。殿下はリリアナ嬢が気になっているのですよね。今、彼女がどうしているか知ってます? 婚前前だというのに、毎晩のようにレオナルドと獣のように戯れあってますわ」 ケラケラとミーナが笑い出したかと思うと、彼女は姿を消した。(瞬間移動魔法も使えるのか⋯⋯厄介だな) ふと頭の中で、ベッドの上でリリアナとストリア公爵が激しくまぐわう姿が思い浮かぶ。 俺はそっと首を振って、自分のするべき事の邪魔になる妄想をかき消した。 ミーナは聖女として俺に取り入る事に失敗した。 次に彼女がやろうとしているのは、俺とストリア公爵を仲違いさせる事だろう。 自分でも薄々気がついていたが、俺がリリアナに好意を持っている事がミーナにもバレてしまっていたらしい。
アッサム・カサンデル、俺は自分を賢い人間だと思っていたが完全に1度目の人生で魔女ミーナにしてやられたらしい。 確かに、俺は魑魅魍魎の渦巻く王宮に住んでる中、漠然と聖女というものに憧れていた。 それでも、下心を持った人間にはすぐ気がつくという自信があったから、ミーナに騙された人生があったという話を聞いた時はショックだった。 その話を俺にして来たのは、リリアナの護衛騎士のカエサルだった。 カエサルはレオナルドがリリアナを連れて行った後、俺に接触して来た。 俺は既にリリアナに好感を持っていたせいか、彼女の信頼する彼の謁見は受け入れた。 「カエサルがアッサム・カサンデル王子殿下にお目にかかります」 彼に人払いをしてほしいと言われ、2人きりで話した内容は信じられないものだった。 彼はマケーリ侯爵邸にあったという古い書物を持ってきて、その中には自らの命と引き換えに時を戻せる魔術があると記してある。 その代償は時が戻った世界で自分自身は存在するが、自分の自我を失っているという事だ。 彼は俺がこの時間を過ごすのは3度目だと言った。 そして、1度目の人生でストリア公爵の恋人であるミーナに溺れ、ストリア公爵が王家に反旗を翻したという。 ミーナは聖女の力に目覚めたと言って、俺に近づいてくるがそれは偽りらしい。 彼女は魔女で、光の魔法と回復魔法を同時発動することで聖女の力を偽造してたという。 確かに俺の暗殺未遂事件の時の彼女のイヤらしい感じを見るに、純粋な心で聖女の力を得られる人間には見えなかった。 それでも、俺は自分が聖女の力を持っているというだけで女に熱を上げて他者への気遣いを忘れるとは思えなかった。 1度目の人生で俺はミーナの言いなりになり、かなり独裁的な政治に舵を切るらしい。 そしてマシケル・カサンデル国王がおそらくミーナにより殺され、彼女の言いなりになった俺も彼女に最終的に殺されていたという。 ミーナを含め魔族の生き残りは3人しかいなくて、3人で世界を堕とすのは難しいと考えたようだ。 それ