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第2話

Author: 狼天薄雲
星奈はそっと手を雅臣の掌から引き抜いた。

「たぶん、今日出かけるときにうっかり落としたのかも」

雅臣はすぐにスマホを取り出して、誰かに連絡を取ろうとした。

「今すぐ人を手配して探させる」

星奈は首を横に振った。

「いいの。失くしたことにしておいて」

「そんな簡単に済ませられることじゃないだろ?あの指輪は俺たちの結婚指輪で、愛の証なんだぞ」

愛の証?

彼の裏切りの数々の中で、その愛はすでに形を失っていた。

星奈は笑みを浮かべた。

「ただのアクセサリーよ。愛を守れるものじゃない」

雅臣は真剣な顔で言った。

「ダイヤモンドは地上で最も硬い物質だ。俺の変わらぬ気持ちの象徴なんだ」

「もし、あなたが私を裏切ったら?」

「そんなこと、ありえない」

「仮に、の話よ」

雅臣は彼女を見つめ、真剣な眼差しで、誓いを立てた。

「もし俺が君を裏切ったら、この身、無残な死を遂げよう」

星奈は顔を背け、その誠実さを装った顔をもう見たくなかった。

かつて、彼を愛していた頃。

もしこんなふうに彼が誓いを立てたら、彼女はきっと彼の口を塞いで、「そんなこと言わないで」と泣きながら抱きついていただろう。

彼をそこまで追い込んでしまった自分を責めすらしたかもしれない。

でも今は、もう愛していない。だから、その言葉がただの滑稽な冗談のように聞こえた。

「星奈……」

雅臣は彼女を後ろから抱きしめ、少し拗ねたように言った。

「なんだか最近、君の様子が変なんだ。俺に冷たくなった気がする」

「そんなことないわ」

「あるよ」

雅臣は言い切った。

「星奈、もしかして俺が最近忙しくて、あまり一緒に過ごせなかったから怒ってる?」

「怒ってない。とにかく、離して……」

「いやだ」

雅臣はさらに力を込めて彼女を抱きしめた。

「来週は俺たちの結婚五周年記念日だろ?星奈のためにサプライズを用意してあるんだ……」

そう言いかけたとき、彼のスマホが鳴った。

雅臣はすぐに彼女を離し、スマホを取り出して画面を確認した。

星奈の視点から見えたのは、雅臣が口元に挑発的な笑みを浮かべ、画面に視線を落とすその目が、途端に艶やかに変わったことだった。

彼は素早く何かを返信し、それから少し申し訳なさそうな表情で言った。

「星奈、急に会社でトラブルがあって……今すぐ行かなくちゃいけない」

星奈は心のどこかで、まだ少しだけ期待していた。

「いつ帰ってくるの?」

雅臣は彼女の腰を抱き、額にキスを落とした。

「今夜は帰れないかも。明日の朝、君の好きなスイーツを買って帰るよ。いいかな?」

雅臣はそのまま家を出た。

彼のタブレットはまだリビングのソファの上に置かれていた。

星奈はそれを手に取り、画面を見ると、雅臣のSNSがまだ同期されていてログイン状態だった。

2分前、「みおちゃん」という名前の女から、1枚の写真が送られてきていた。

写真の中で、女は露出の多いバニーガールの格好をしていた。

黒い網タイツに、真紅のハイヒール。

潤んだ瞳、頬は赤らみ、指を舐めるような挑発的なポーズ。

【雅臣:また欲しくなったの?】

【みおちゃん:ご主人様がいない夜は、寂しくてたまらないの~】

【雅臣:昼間、7回も愛してやったのに、まだ足りない?】

【みおちゃん:来ないの?今日は全部ご主人様に委ねる~好きにして~】

雅臣の返事は極めて簡潔だった。

【雅臣:待ってろ】

星奈はタブレットの電源を落とし、目を閉じた。

もう何も感じないと思っていた。

だけど、現実にこのやりとりを見せつけられると、まるで後頭部を鈍器で殴られたような衝撃があった。

涙が熱く、頬を伝った。

いつ寝落ちたのか覚えていない。ただ夢の中、男女が激しく絡み合う映像ばかりが繰り返されていた。

男の顔は、雅臣だった。

ブーン――

スマホが震えた。

開いてみると、一本の動画が届いていた。

画面の中の場面は、夢の中とまったく同じだった。

男女が激しく交わる姿。夢以上に、いやらしく、生々しく。

欲望に歪む雅臣の顔が、吐き気を催すほど醜悪だった。

【林水緒:こんな顔の彼を見たことある?彼、言ってたよ。私の上でしかこんなふうに興奮できないんだって】

たった1分の動画だった。

けれど再生が終わると、また最初から自動的に再生が始まった。

繰り返し、繰り返し。

星奈は、自虐のように何度もその動画を見た。

今の雅臣の姿を、目に焼き付けるため。彼に残っていた最後の情も、完全に消し去るため。

彼女はすでに離婚協議書の作成を弁護士に依頼済みだった。

涙を拭い、離婚協議書を一つの上品なギフトボックスに入れて、リボンを結んだ。

翌日の昼になって、ようやく雅臣が帰ってきた。手には彼女の好きなスイーツを提げて。

「星奈、俺は約束守ったよ。ほら、君の好きなスイーツ。嬉しい?」

星奈は「うん」とだけ返した。

雅臣は、彼女の赤くなった目元に気づいて、顔を両手で包みながらキスをした。

「どうしたの?泣いたの?誰がうちの星奈をいじめたの?教えて、俺が仕返ししてあげる」

彼の身体からは、昨夜の情事の残り香が漂っていた。甘ったるく、女の化粧品のような匂いが混じっていて、吐き気を誘う。

星奈は彼の手を払いのけ、少し距離を取った。

「違うわ。昨夜、感動的な映画を見ただけ」

雅臣は彼女を抱きしめた。

「今度からは一人で見ちゃダメだよ。俺と一緒に見よう」

一緒に?

彼は昼も夜も、水緒に捧げていたのに。

星奈はふと、尋ねたくなった――私に割く時間なんて、あなたに残っているの?

そのとき、雅臣はテーブルの上にあるギフトボックスを見つけて、声を上げた。

「星奈、これ俺へのプレゼント?」

星奈は頷いた。

「五周年の記念日にサプライズがあるって言ってたでしょ?私もあなたにサプライズを用意したの」

雅臣はとても嬉しそうに、そのボックスを抱えて手放そうとしなかった。

「開けてもいい?」

「一週間後、記念日の当日に開けて」
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