アルスター家からの手紙が来てから、既に20日が過ぎていた。
あの後は父さんと母さんとフレックが話し合った結果、僕とアスティ嬢を会わせてみるという事で結論が出たみたい。
その返事をしたのが次の日なので、どんなに早くたどり着く方法を取ったとしても、返事がまた来るまでさらにひと月はかかると思う。
因みにひと月というのは30日間の事で、それが12カ月有り、360日で1年間とドラバニア王国では定められている。
アルスター家の有る領地はアイザック家とは正反対にあるので、かなり時間がかかるのは知っている。でもそれは馬車や徒歩で移動した場合の事で、使者へと返事を渡すと一緒に来ていたもう一人の人が馬へと乗って颯爽と走り去っていたと聞いたから、早馬を乗り継いで行くのだろうと思う。そうなると少しだけ期間は短くなるけど、それでもやっぱり時間はかかる。
――使者の人って大変だよね。馬に乗って走って行った人って、しっかりと休憩は取るのかな? まさかそのまま走りっぱなし、乗りっぱなしなんて事は無いよね?
自室の机の前に座り、そんな事をぼんやりと考えながら、フレックとお勉強に精を出していた。
手紙を持ってきた使者は、乗ってきたであろう馬車に乗って街の中へと戻って行くから、
そのままアルスター領まで戻ったのかは分からない。もしかしたら街の中で宿屋に泊まって伝令の人が戻ってくるのを待っている事も考えられる。
因みにアイザック家が収めている土地は、隣にはさらに大きな領地を持つマリアス辺境伯領が有って、王都まで行くには大小少なくない貴族領地を通らないといけない。そうなると時間は掛かるし、もちろんただでとおるという事もできないからお金もかかる。
――そうなるとやっぱり、ウチの領地で待ってるのがイイのかもね。
<お茶を飲みながらソフィアと他愛もない話をしたり、ソフィアの話に耳を傾け、テッサと一緒に笑いあったりと楽しい時間を過ごしていると、屋敷の玄関の方向から何やら騒がしい物音が聞こえ始める。「なんだろう」「何でしょうね?」「だれかきた?」 僕が音のする方向を見ながらそうこぼすと、2人も同じ方へ視線を向けながら、それぞれ思った事が口から洩れる。バタバタ!!どたどた!! 凄い音も聞こえてくるようになったし、これは何かあったに違いないと、テッサに見にいってもらう事にした。 そのテッサが屋敷の方へと歩いていく中、僕は不安そうな表情をしているフィリアの頭をなでなでしてあげた。 いつものフィリアならこれだけでも落ち着いてくれる。ただ、フィリアはフィリア自身が本当に好きな人でないと触るどころか、側に寄る事も許さない程人見知りをする事が有る。 そんな時はいつも僕の側に来てくれるので、そこがまた可愛いと思ってしまったりもする。 屋敷に戻っていたテッサもちょっと焦っているような表情をして、僕とリフィアのいる場所へと小走りで戻ってきた。「ロイド様」「あ、テッサ。……何かあったの?」「実はですね……」「うん」 そこで一旦話を切るテッサ。そして少しだけ息を吸い込む。「アルスター伯爵家の方々が、既にアイザック領へと入られたと報告が来たそうです」「は? え? もう……来たって事?」「そうですね」「え? でもまだ20日位しか経ってないけど……」「その辺はちょっと分かりませんが、領内に入っている事は確かなようです
アルスター家からの手紙が来てから、既に20日が過ぎていた。 あの後は父さんと母さんとフレックが話し合った結果、僕とアスティ嬢を会わせてみるという事で結論が出たみたい。 その返事をしたのが次の日なので、どんなに早くたどり着く方法を取ったとしても、返事がまた来るまでさらにひと月はかかると思う。 因みにひと月というのは30日間の事で、それが12カ月有り、360日で1年間とドラバニア王国では定められている。 アルスター家の有る領地はアイザック家とは正反対にあるので、かなり時間がかかるのは知っている。でもそれは馬車や徒歩で移動した場合の事で、使者へと返事を渡すと一緒に来ていたもう一人の人が馬へと乗って颯爽と走り去っていたと聞いたから、早馬を乗り継いで行くのだろうと思う。そうなると少しだけ期間は短くなるけど、それでもやっぱり時間はかかる。――使者の人って大変だよね。馬に乗って走って行った人って、しっかりと休憩は取るのかな? まさかそのまま走りっぱなし、乗りっぱなしなんて事は無いよね? 自室の机の前に座り、そんな事をぼんやりと考えながら、フレックとお勉強に精を出していた。 手紙を持ってきた使者は、乗ってきたであろう馬車に乗って街の中へと戻って行くから、そのままアルスター領まで戻ったのかは分からない。もしかしたら街の中で宿屋に泊まって伝令の人が戻ってくるのを待っている事も考えられる。 因みにアイザック家が収めている土地は、隣にはさらに大きな領地を持つマリアス辺境伯領が有って、王都まで行くには大小少なくない貴族領地を通らないといけない。そうなると時間は掛かるし、もちろんただでとおるという事もできないからお金もかかる。――そうなるとやっぱり、ウチの領地で待ってるのがイイのかもね。
「ロイドと同じ歳の子なら、確か名前はアスティ嬢だったはずだ」「そうそう!! アスティ嬢だ!!」 父さんが思い出す前にフレックが答えを出してくれた。「どんな子?」 今度は父さんではなく、直接フレックに聞いてみる。ちょっと父さんがいじけたような顔をしたけど気にしない。「アスティ嬢は……。その前にロイド」「なに?」「アルスター家ってどういう家柄か知っているか?」「ううん知らない」 僕は左右に頭を振りながら答える。 はぁ~っと大きなため息が二人から聞こえてくる。「アルスター家は、アイザック家とは少し時期は違うが古くから有る名門だ。そしてアルスター家は代々にして優秀な魔術師を出している家でもある」「魔術師?」「さすがに魔術師は分かるだろ?」「さすがに知ってるよ」 僕があまり優秀じゃないにしても、その位は知っている。だからちょっとだけフレックの言った事にムッとした。「すまん。しかしそこが大事でな。アルスター家も代々優秀な魔術師を出している事で、それ以上の力を持つことを危険視されて、爵位はずっと据え置かれている。どれだけ戦争などで活躍しても爵位はそのまま。領地は多少変えられて来たらしいが、今の場所へと移ってからは既に数百年経ってるはずだ」「へぇ~」「へぇ~って……」 フレックがあきれたような顔をして僕の方を見つめる。「フレック、ロイドはそういう事にあまり興味がないみたいなんだ」「ロイドらしいと言えばいいのか、なんといえばいいのか……」「でもさ、優秀な家の子だってことはわかるけど、どうして僕なんだろ?」「「え?」」 二人共に、僕の言葉に驚く。
テッサが父さんのいる執務室に入り、用事を終えて退出した頃を見計らい、僕は自室を出て無駄に長い廊下を歩いていく。 アルスター家と我が家であるアイザック家とは、実のところそんなに交流が無い。ドラバニア王国国内で行われるイベントなどで顔を合わせたら話す程度の仲だと父さんからは聞いたことが有る。 しかもこちらは伯爵家相当だとしても、向こうは紛れもない伯爵家であるのだ。向こうから何かお願いという名の命令が来ることは有っても、こちらからお願いできる立場にはない。 それが今回一番厄介な所。――いったい何の用なんだろ? 廊下をとぼとぼと歩きながら大きなため息をついた。 因みにドラバニア王国の爵位は最上位に公爵位があり、この爵位を叙爵出来るのは、王家の血縁の方々だけと決まっている。その下に侯爵、辺境伯、伯爵があり、そのまた下に我がアイザック家の子爵位、その下の男爵、騎士爵と続く。 実はこの下にも準騎士爵というのも有るのだけれど、この準騎士爵位は長年軍などで貢献した、それまで貴族としては爵位を持たなかった者が名誉職として叙爵される事が慣例となっている事が多く、その他にも商家として大きな貢献が認められた時など、平民とされている人たちへも贈られることが有るのが特徴だ。 ただし、名誉職と同じ扱いなので、正式な貴族というわけではない。なので、はき違えた人たちが今までも数多く罰せられてきたという歴史もある。そしてもう一つ。この準騎士爵から騎士爵へ上がれるかというと、現状では『無理』だと言われている。 そもそも貴族と平民とでは、視えない差が大きく開いているのだ。と、まぁそんな爵位の差から、今回訪問の予約という名の命令の難しさを実感したところで、父さんがいる執務室の前へとたどり着いた。 ドアをノックする前にもう一つ大きなため息を吐く。コンコンコン「ロイドです。入っても良いですか?」「入れ!!」「お仕事中に失礼します」 父さんの返事を聞いてから、静かにドアを開け、一礼して声を掛けた。「そんなにかしこまらなくていい。こっちに来て座りなさい」「はい」 言われるままに移動すると、それまで自分の執務机の前で書類を眺めていた父さんも、その書類を手にしたまま僕と同じように移動して、来客用のソファーの上に座る。 父さんが座ってから、僕も父さんと対面になる様にしてソファー
僕は――。『黒髪に黒目』の容姿をしているから。 つまりは他の貴族家からは『本当にアイザック家の人間か?』なんて事を思われているという証。 それはこのアイザック家に使えてくれている使用人や、メイド、そして領兵の人たちまで、同じ様な疑いを持っている人はいる事でも証明できると思う。 だからこそ表には出さないけれど、長年使えてくれているメイド長のコルマまでが、僕に対してあのような事を口走ってしまう事でも分かる。 皆がどう思っているのかは、僕自身が良くわかっている。ただそれを表立って出さないだけ。 それに父さんや母さんが本当に僕の事を愛してくれていると感じるからこそ、そのような雑音にも何もにせずに居られる。フィリアにしてもまったくにした様子もなく、僕の事を心から慕ってくれているし、僕が仮に『アイザック家』とは関係のない人間だったとしても、これから先も気にはしないで生きていけると思っている。――さて……考えるのはよして、ご飯を食べようかな。 まだ少しプリプリとしているフィリアをなだめながら、目の前でイチャつく両親に苦笑いしつつ、目の前に用意された食事を、作ってくれた人たちに感謝しながら口の中へと混んでいった。 子供とはいえ、食事をした後はお勉強の時間が待っている。貴族社会にて生き残っていくためにというのも有るけど、このドラバニア王国内という事に関して言えば、アイザック家という名前に何処か期待している節が視られる。 代々の先祖様方が偉大だったという事も有るのだけど、現当主である父さんの評価も高いので、次世代の当主と目されている僕にももちろん期待が掛かっているとはひしひしと感じる。――そんな事は僕にはどうでもいいんだけどね。ただ自分の大切な人達と仲良く、楽しく暮らしていければそれだけでいいんだ。 実のところ僕は、アイザック家当主という響きと、その名誉にはあまり興味がない。いや着る事ならばそのような立場になる事を回避したいとも思っている。――僕の事は僕が一番知っているさ。 そう思いながらも、自室の中で大きな机に向かい、参考にしている本とにらめっこしている。 僕の直ぐ脇には教師として、アイザック家執事のフレックがずっと立って僕の様子を見つめている。だから逃げ出すことはできない。「坊ちゃん分からない所でもありますか?」「フレック」「なにか?」「
いつものようにベッドの上で目覚めて、そこから少しだけ|微睡《まどろ》んで待つ。ちょっとだけまた眠りに入ろうかとする瞬間に、まるで狙ったかのようにドアがコンコンコンと3度ノックされる。 そのままノックをした者が何も言わずにスッと部屋の中まで入ってくると、足音も立てずに僕の眠るベッドの脇まで近寄ってきて――。「おはようございます坊ちゃん。もう朝ですから起きてくださいね」 いうが早いか、頭まですっぽりと被っていたふわふわで温かな布団をガバッ!! と引きはがされてしまった。「寒いから返して……」「いいえ。そこまで起きているのなら起きてくださいませ」「えぇ~」「えぇ~ではありませんよ。まったく……リフィア様はもう起きていらっしゃいますよ? お兄様のロイド様がそんな事では……」「そんな事では?」 僕はしっかりとした表情をしながらも、視線を言って本人へ向ける。「……失礼しました」 僕の視線を感じて、表情を変えることなく深く一礼をする。『しまった!!』という想いを表に出さないのは、さすが長年メイド長をしているコルマだと感心してしまう。「ごめんね。別に深い意味はないんだよ」「わかっております。こちらこそ大変失礼しました」「じゃぁ起きるからお願いしてもいいかな?」「かしこまりました」 またも一礼をしてから、てきぱきと動き出したコルマの姿を見ながら、僕は大きくため息をついた。 このようなやり取りが毎日のように続いている。 僕の名前はロイド。ドラバニア王国という国の中の貴族の一つである『アイザック家』に生まれた。今年で7歳になるのだけど、今のところ一応は後継者と言われている。 ドラバニア王国とは、今から数千年前に起こった大陸間戦争において、その大陸間戦争を終結に導いた8人の賢者により、僕らの住む大陸に興った国の一つと言われている。 まだ勉学が開始されて間もない僕だけど、大体の家の人はこの事を初めに習うらしい。この事が国の起源にしてすべての始まりと、忘れたくても忘れられない位、本当に聞き飽きるくらいに教え込まれる。 8人の賢者によって国が興ったと習うのだけど、実際には僕らの住む大陸には国は7つしかない。賢者の2人が結婚して土地に住み着き、そこに人々が多く住み着くようになって興ったのがドラバニア王国。その初代が賢者の一人で、そのお妃様も賢者の一