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第3話

Author: 果林
三日目は、母の誕生日だ。

熱は少し下がったけれど、まだ頭はくらくらする。

手首の紫色の印は、もう最後のほんの一欠片しか残っていない。

ナースステーションに行き、何度もお願いして、ようやく鈴木看護師が休憩室の小さなキッチンを1時間だけ貸してくれた。

「お嬢ちゃん、顔色がすごく悪いよ。やっぱり休んでいた方がいいんじゃない?」

鈴木看護師はかわいそうに思いながら、私の頭を撫でた。

私は身をすくめて避けた。他人に触れられることに慣れていないのだ。たとえそれが善意からのものであっても。

「ありがとう、おばさん。でも、私、お母さんにご飯を作ってあげたいの。今日はお母さんの誕生日だから」

私は残っていた小銭をすべて使い、スーパーへ食材を買いに行った。

豚肉の野菜炒め、アサリの酒蒸し、それに茶碗蒸し。どれも母の大好物だ。

祖母は教えてくれた。人の胃袋を掴めば、その人の心も掴めるのだと。

私は、母の心を掴むことはできない。

だけど、やっぱり試してみたかった。

キッチンの油煙にむせて咳き込み、包丁を握る手はひどく震えて、危うく指を切りそうになった。

それでも、私はこの上なく真剣に料理をした。

豚肉を下茹でし、弱火でじっくり煮込む。どの手順も、細心の注意を払って進めた。

ご飯が出来上がると、私はおかずを保温容器に詰め、病室へと持ち帰った。

ドアを開けた途端、結愛がベッドから身を乗り出し、机の上の水差しに手を伸ばそうとしているのが見えた。

私は慌てて保温容器を置いた。

「動かないで。お姉ちゃんが注いであげるから」

私はお湯を注ぎ、慎重に彼女へと手渡した。

病気で弱っている彼女の指先から力が抜け、コップを全く支えきれなかった。

「あっ!」

煮えたぎるような熱湯が丸ごとひっくり返り、私の足の甲に降り注いだ。

私が悲鳴を上げるより先に、結愛が甲高い悲鳴を上げた。

「熱い!熱いよぉ!」

彼女は反射的に自分の手の甲を押さえ、大粒の涙をボロボロとこぼした。熱湯なんて一滴も跳ねていないというのに。

この可憐で痛々しい姿は、彼女が幼い頃から一番使い慣れている武器なのだ。

病室のドアが乱暴に押し開けられた。

「どうした!?」

父が飛び込んできて、泣き叫ぶ結愛と、床に散らばる陶器の破片を真っ先に目にとめた。

彼は何も考えず、振り返りざまに私を思い切り突き飛ばした。

「結愛がこんなに具合が悪いのに、まだ何かさせようっていうのか!」

その突き飛ばす力はあまりにも強く、私はそのまま後ろに倒れ込み、床の陶器の破片の上に強く打ち付けられた。

掌に鋭い激痛が走り、血が噴き出して、床の熱湯と混ざり合い、目を覆いたくなるような惨状になった。

「ちがっ、違うの……」

私は口を開き、説明しようとした。

結愛が自分で落としたのだと。彼女が私にお湯を注がせたのだと。

彼女に火傷をさせるつもりなんてなかったのだと。

だが、喉の奥が詰まったようになり、まともな声にならなかった。

祖母は言っていた。言い訳することは、口答えすることなのだと。

口答えする子は、誰からも愛されないのだと。

私は父の血走った目を見た。彼が、怪我なんてしていない結愛の手を大事そうに包み込み、息を吹きかけているのを見た。

心の中の何かが、完全に粉々に砕け散った。

「ごめんなさい。私が落としちゃったの。私が悪かったの」

私は俯き、血の海に涙をこぼした。

私が謝りさえすれば、この嵐は終わるよね。私が言い訳しなければ、お母さんの誕生日が台無しになることもないよね

案の定、私が非を認めたのを聞いて、父の怒りは少しだけ収まった。

「あっちへ行け!目障りだ!」

私は掌の激痛を堪え、黙って立ち上がり、床の破片を少しずつ拾い集めて綺麗にした。

そして、あの保温容器を差し出した。

「お母さん、これ私が作ったの。誕生日おめでとう」

母がちょうど病室に入ってきて、この光景を見て眉をひそめた。

だが、机の上の手料理を見た時、その表情は少しだけ和らいだ。

彼女は私を怒らなかった。

ご飯を食べている間、結愛はずっと母にまとわりついて話しかけていた。

私は部屋の隅に座り、冷たくなった白ご飯の入ったお茶碗を両手で抱えていた。

突然、一切れの豚肉が私のお茶碗の中に転がり落ちてきた。

母が取り分けてくれたのだ。

「もう、そんなお葬式みたいな顔しないで。今日はいい日なんだから、あんたもたくさん食べなさい。この豚肉、まあまあね。お祖母ちゃんの味がするわ」

私の涙が、ボロボロと止めどなく溢れ出した。

これは、母が初めて私におかずを取り分けてくれた瞬間であり、初めて私を褒めてくれた瞬間だった。

私はその豚肉を口に運んだ。

とてもしょっぱい。全部、涙の味がした。

だけど、私はとても丁寧に噛み締めた。

これがきっと、私の人生で一番美味しい食べ物だ。

そして、これが最後なのだ。

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