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第6話

作者: 月下焔
それを聞いても、滉はもう怯まなかった。とっくに腹をくくっていたからこそ、紗彩の視線から逃げずに真っ直ぐに見据え返した。

「紗彩、今のお前は海東市一の資産家だ。少なく見積もっても、資産は2兆円は下らないだろう。俺はそれを半分よこせなんて言う気はない。あれは俺が稼いだ金じゃないからな。

でもこの16年、お前はずっと俺を騙し続けてきた。精神的苦痛に対する慰謝料として、1年20億円、16年で320億円。俺は決して高すぎるとは思っていない」

紗彩の表情からすっと温度が消えた。美しい瞳でじっと滉を見つめ、そのわずかな表情の機微から本心を読み取ろうとしていた。

だが彼女が感じたことはただひとつ。16年も同じベッドで眠ってきた男が、今は見ず知らずの他人のように思える。それほどまでに、目の前の滉は別人じみていた。

滉は、紗彩が金の話で顔色を変えたのだと思い、内心で冷笑した。

「金の話になった途端、その顔か。でもおかげで、お前の醜い本性がまたひとつよく見えたよ。

俺が金目当てだと言うなら、金はいらない。今すぐ離婚しろ」

「あなた……」

紗彩は、滉の320億円という要求を、どうせ離婚を迫るための口実だと見ていた。そんな条件を飲むつもりはなかったし、厳しく撥ねつけるつもりだった。

だが、金はいらないからそれでも離婚しろと言われると、逆に返す言葉を失った。

滉はさらに言った。「不倫は認めない。慰謝料も払わない。離婚にも応じない。一体どういうつもりだ?俺を飼い殺しにして、骨の髄まで利用し尽くす気か。言っておくが、もうお前の思いどおりにはさせない」

彼の声は、さっきよりもずっと冷え切っていた。

紗彩はぴしゃりと言い返した。「滉、もう一度言うわ。私は浮気していないし、あなたを裏切ってもいない。これ以上、私を侮辱して名誉を傷つけるなら、あなたを訴える。夫婦だからって容赦されると思わないで。法的な代償はきちんと払ってもらうわ」

そう警告したあとで、彼女は声色をやわらげた。

「滉、もうこんなことはやめましょう。一緒に帰って。私にはあなたが必要なの。子供たちにも、家にも、あなたが必要なのよ」

子供の話さえ出さなければ、滉もまだ怒りを抑えられたかもしれない。だが家にいる子供たちは、自分の子ではない。よその男との間にできた3人を、なぜ自分が手塩にかけて育てなければならないのか。

もちろん、滉も大声で喚き散らすつもりはなかった。廊下の向こうから人の気配がしたこともあり、あえて声を落として言った。「紗彩、あれだけはっきりした証拠を見せたのに、どうして見ないふりをするんだ?もう一度言う。子供は俺の子じゃない」

「本当に聞き分けがないのね!帰れと言っているのに帰らないなら、もう二度と帰ってこなくていいわ!そこで好きなだけ落ちぶれていれば!」

紗彩は滉にすっかり失望し、そう吐き捨てて出て行った。

滉は窓辺に立ち、外を見下ろした。紗彩の高級車が、ホテルの前にそのまま停まっていた。

彼女はおよそ30分ほど、そこで待っていた。あれはきっと、自分が頭を下げて戻ってくるのを待っていたのだ。

――お前は浮気して、よその男との子を3人も産んだ。それでいて、俺の愛情まで踏みにじった。

――紗彩、お前は人として最低だ。

滉はカーテンを引き、またテレビの前へ戻った。気づけば、そのまま眠っていた。

翌朝、目を覚ますと枕が冷たかった。自分の涙で濡れていたのだ。

――くそ、昨夜紗彩が来たせいで、俺の心のガードはあっさり崩れちまったのか。

滉は自分では強い人間のつもりでいた。だが実際には、眠って気が緩んだ隙に、抑え込んでいた弱さが音もなく溢れ出し、知らないうちに枕を濡らしていた。

しばらくぼんやりしたあと、滉はホテルを出て義父母の家へ向かった。門の前で長く立ち止まった末、ようやく門扉を開けて中へ入った。

義父母の家も豪邸だった。建物自体は古いが、周囲の住環境は抜群にいい。この一帯に住んでいるのは、政府の元要人や、財界で名を馳せた元会長クラスばかりだ。要するに、富と力を持つ者しか住めない場所だった。

中へ入ると、義父の野村伯山(のむら はくざん)が威厳のある老人と将棋を指していた。挨拶をしてから尋ねると、義母は古い友人を訪ねて出かけているらしく、不在だった。

盤面はすでに中盤を越えて終盤に差しかかっていた。伯山はかなり押されていて、どう見ても負けが濃い。

彼は助けを求めるような目を滉へ送ってきた。滉が視線とわずかな身振りで助け船を出すと、伯山はなんとか引き分けに持ち込んだ。

その老人は少し悔しそうに伯山を見た。

「伯山、あれだけ有利だったのにひっくり返されるとは納得できんな。もう一局やろう。

ただし、義理の親子で目配せするのはなしだぞ」

滉は空気を読んで言った。「お義父さん、少し本を読んでいます。終わったら、お話ししたいことがあります」

相手の機嫌が少し悪くなったのを察し、伯山の了承をもらうと、滉は先に書斎へ向かった。

30分ほどして伯山に呼ばれ、滉は一緒にその老人を見送った。リビングへ戻ると、今度は伯山が滉と将棋を指し始めた。

だが、滉が互いに駒を取り合って、どうにか引き分けに持ち込もうとしているのに気づくと、伯山も早々に切り上げた。さらに、滉が家政婦まで遠ざけ、家の中を2人きりにしようとしているのを見ると、低い声で言った。

「なんだ。ずいぶん仰々しいじゃないか。言いたいことがあるなら、さっさと言え」

滉はまず伯山の体調をいくつか気遣うように尋ねた。顔色を見る限り、まだ十分に気力も体力もある。これならショックを受けても倒れることはないと判断した。

彼はそのままDNA鑑定書を取り出し、伯山へ差し出した。

伯山は一目見た瞬間、和らいでいた眉根をぴくりと寄せた。わずかな動揺が、その顔にはっきりと浮かんだ。

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コメント (4)
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宮崎不二子
サナはどうなりますか?
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宮崎不二子
続きを早く知りたいです
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宮崎不二子
とても気になっています
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