旅に出る前……わたしが雪山の山小屋集落でうじうじしてた頃は何も思わなかった。
ジルから、セロがわたしと旅に出たがってるって聞いた時は、嬉しかった。レオナの言う通り塞ぎ込むより、自分から仲間を探しに行く旅もいいかもって。
だからあの時、急な状況よりもわたしの心は浮かれてた。細かいことなんて考えなかったもの。
でも旅をしてれば必ずこんな事も起きる。
「……っ」
「……」
「ね、ねえ。セロ。ちょっと先に行っててくれる ? 」
「……いや。そろそろ次の森に入る。単独行動は控えてくれ」
「ト、トイレよ」
「なら……ここで待つ。そこの草の影で……別に見たりしない。鳩を連れてけ」
そういう問題じゃない ! それにあの草、すぐそこじゃん、近すぎるわ !
「いや、でも。わたしも……ほらあの草薮は風上だしさ。匂いとか……」
気付いて !
「別に気にならんが ? 」
気にして !! そこは気にして !!
「わたしは恥ずかしいの ! 」
「そうか。じゃあ、風下のそっちで……」
「違うの ! もっと距離を !! 」
「危険だ」
危険なのはわたしのお腹なの !!
うえ〜ん、なんで ? 空腹で急に食べたから ?「なんでそんなに一人になりたがるんだ ? 」
深い意味は無いの !!
「あの、あのね !! 」
ギュルルルルルウ…… !
「くっ !! 」
「もう、腹減ったのか ? 」
「お腹壊したの !! 察してよ ! 出来ないわよ !
「一ついいか ? 」 セロが気まずい顔で立ち止まる。「リコといる時、レイルに会った」 え………… ?「飛竜一族と共に来たんだ。リコに言ってもピンと来ないし、一先ず帰って貰ったんだが。 リコにその気が無かったから、二人で相談してグリージオには行かないつもりだ」 グリージオに向かわない ? 何 ?「あんた何言ってんの ? これはわたしの身体で、わたしが主人格なの ! グリージオには仲間がいるのよ !? わたしは歌はやらない !! 冒険者に戻るの !! 」「リコは了承してない」「リコはあんたの玩具でしょ ?! その自由はわたしが与えてるのよ !? リコが欲しいならわたしの言う事を聞きなさいよ !! 」「リコは玩具なんかじゃない」 論点そこじゃないし。 レイと会った事なんて、朝起きたらすぐ話す情報じゃない。「セロ、あんた何か勘違いしてるようだから、もっとはっきり言ってあげる。 わたしはリコを鬱陶しく思ってる。戦えもせず、わたしの身体で勝手な人生を歩もうとしている。わたしはグリージオに戻るし、あんたとレイならレイに従うわ。リコをどうにかしたいなら、主人格のわたしから説得する事ね」「……」 わたしが怒らないとでも思ってるの ? グリージオを目指すようだから保留にしていたけど、向かわない挙句、仲間に会った事を隠して、増して断るなんて !!「あの……本当にリラさんが主人格なのですか ? 」 こいつまで何を言い出すの !?「そうよ。何か文句でも ? 」「いえ。ただ、気になることが。 コデは貴女を執拗に魔族だと言い立て取り乱していましたが……。実際にはリラさんは女王の娘……王は人間で、混血なのですよね ? 」「そうだけど ? 」「でしたら、そもそも嗅ぎ分けられるはずが無いんです。わたし達ヴァンパイアは、人間の血に反応して獲物を探す一族ですから、コデはリ
「その石の歌は城を統率させる力がありましたよね ? だからこそ魔王もDIVAを持って逃げた魔族の女性を探し続けた。後の女王陛下……。 その話は魔王大陸にいる全員にも広まり、わたし達一族は、同じく魔王大陸から出ることに興味を持ったのです」「DIVAの女王はバッドエンドな人生だったけれどね」「それも聞いてます。どうぞこちらへ」 立ち上がり、セロとわたしもなすがままアナについて行く。「ここが村人を招く言わば集会所です。聖堂と言うには不謹慎かもしれませんが、祈りを捧げます」「祈り ? 精霊信仰なの ? 」「いいえ。別なものです」 アナは最奥の壇上へ上がると、天井を見上げる。凄い天井窓。殆どガラス張り。「そういえば、ヴァンパイアなのに村人も貴女も、陽光が平気なのは何故 ? 」「人間と敵対する為に、長年一族が魔王の血を貰って来た為です。もし、ヴァンパイアが討伐対象としてギルドに貼られたら、それらは昼も動けると思って間違いないです。危険ですよ」「そう。魔王の血は強大ね」「ええ。でも全員に行き渡るわけじゃない。 でも魔王も戦力を削ぎたくはない。ですから、魔族を魔王の側に居させる方法や、生活を潤沢にする為の道具。アイテムや術が使われているそうです。 色々あるけれど、わたしたち一族にもある日、希少アイテムを与えられた。 それがこの杯です」 アナは大きな布をバサリと落とす。 現れたのは巨大な金の聖杯だった。見た目は綺麗だし、汚れ一つ無い。 けれどその完璧さが、にじみ出る魔力を更に引き立たせるようだわ。「なんの術がかかってるの ? 」 アナは小さな手でソッと聖杯に触れる。「水を、生き血に変えるものです」 これは側で聞いてたセロも驚いた。「じゃあ……それがあれば、人を襲わないで生きられる…… ? 」「定期的に長が術を使い、全員に汲み上げないとなりません。いつでも飲める訳では無いんです。 先程の男は昨日の集会に間に合わなか
「ほら、早くセロ。移動するよ」「……リラか ? どうなってる…… ? 」 セロは結局、朝まで寝込んでた。見るからに虚弱そうだし、今も顔が青い。「倒れてた所を彼女達に助けてみらkつたq。ここはプラム。でも村人に襲われた。助けてくれた娘が村長の孫娘。イマココ」「理解した」「あっさりだな……」 マシュラはしょうもない顔でセロを見下ろす。そのセロの顔はまだまだ青いまま。 いや、青いのはマシュラともう一人の女……村長代理のアナスタシアがいるからか。 わたし達は宿を出て、アナスタシアの家へと向かった。襲ってきた男もそのままマシュラが引っ張り歩いてる。 何にしても、呪いを解くだの人格がどうとか言ってるわたし達の旅で、まさかヴァンパイアの寝ぐらに迷い込むとはね。「そ、その女 ! そいつぁ、黒魔術師じゃないのか ! こいつ、魔王からの手先……ブべッ ! 」 うっさい。「リラさん、顔は踏み蹴らないであげてください」「あ、つい」 声がデカイもんで、思わず塞いじゃった。「あんた凄いねぇ ! 関節柔らかいしスピードも凄い」「あんがと」(あと……あのセロって男は一言も喋んないけれど…… ? )「植物みたいなモノよ。害はないわ」「とんでもないね」 門まで来ると、流石に全員の視線が男に向いた。「マシュラ、その方は保安さんに連れて行ってちょうだい」「かしこまりましたお嬢様」 マシュラが男を先の家まで引きずっていく。「保安員 ? そんなのまでいるの ? 」「村長だけでは独裁的になりますからね」 アナスタシアは人懐こく微笑んでるけど……如何にも純朴そうな地味子って感じ。でもヴァンパイアの本性なんて魔物と似たようなものである事を知ってる。 魔族の中でも、制御の効かない特性を持った連中は嫌われ者って聞いたことがあるけれど……こいつらはどういうつもりなのか。
カタ……カタン……。「…… ! 」 やっぱり何か居る ? 窓だ。 隙間から向かいの屋根が少し見えるけど、ここ……二階よね ? ──来るよ !! ガシャーーーン !!「っち ! 」 布団を跳ね除け、サイドテーブルに置かれた魔銃を手に取る。 魔法石は ? うん、大丈夫。付いたままね。「おめぇ、人間かぁ〜 ? 」 全く。戦闘の度に呼び出されるのかしらわたし。 リコは勘が働かない。「あんたこそ。人って感じじゃないわね……」 おかしい。 ここは村なのよね ?「おい、今の音は !? 」 新手っ !? チキッ !! 窓の男とドアの女剣士。 両者に銃口を向ける。「って、おいおい。あたしは……」「ごめんなさいね。わたし別な人格なの。リラよ。あんたは ? 」「ほ、本当に !? ……そ、村長の孫の護衛さ。倒れてたあんたらを助けたんだけど……。マシュラって名だよ」 そういえば、少し胃が痛い感じがするわね……。「色々、説明省くけど、こいつが窓からダイブしてきた。気配が尋常じゃない。敵よ」「一先ず、あたしに向けてる銃を降ろしてよ」「出来ないわ。 貴女もこの男と同じね。人じゃない」「……。説明する。だが、そいつは責任もってあたしが処理する。銃を納めて」 シキン…… 出来るわけが無い。 この二人はわたしと同じ。魔族か…&
村人達はアナスタシアの屋敷に来ると、まずは寝たきりの村長にそれぞれの挨拶を交わす。皺の多い顔に戻らない意識。 それでも手を握り締め、感謝をするように皆は語りかける。 メイドが一人、それを世話し、案内人として動く。 村長の部屋を後にした家族から、大広間へと通される。「どうぞ」 開かれた大広間は天井がガラスで、大きな満月がよく見えた。 キャンドル以外の照明アイテムはないが十分な明るさだ。 村人は用意された長椅子に座る。この大広間こそが聖堂なのだった。 何列もある長椅子と大きな祭壇。「お嬢様、最後のご家族の支度が済みました」「ありがとう、お爺様のお世話に戻っていいわ」「はい、なにか御座いましたらすぐにお呼びください」 メイドが立ち去ると、村民達も自然に口を噤む。「今夜も綺麗な月ですね。幾年月、こんなに平和でいられるか。わたしたちは幸せです」 アナスタシアが祭壇の前でしっとりと話し始める。 しかし、その様子は通常の聖堂とは違っていた。あるべきはずの、神の像がない。どんな聖堂でも、石製、木製に関わらず、信仰する精霊や神の像を建てるのが慣わしなのである。 像が無いどころか、大きな聖杯がアナスタシアの左右に置かれていた。それは彼女の半身以上もある大きさである。「それでは祈りましょう」 アナスタシアの言葉に、村民は胸の前で手を組んだ。「我らの聖杯よ、今宵も命の水を与え給え」 暫く続く詩のような祈り。 それは紛れもなく呪文のようで、呪文ではない言葉だった。正しくは、呪文は精霊や神に対する感謝や助けを乞う言葉である。しかしアナスタシアの口からはそれらの信仰対象の存在は無かった。「我らに恵を。平和の為の命の水を」 詠唱が終わると共に、前列の家族から順に立ち上がりアナスタシアの前へ出る。母親の手の中には持ち運びが出来る壺が抱えられていた。 アナスタシアは大きな柄杓に似た物で、聖杯の中から壺へと注いで行く。 続いて次の家族も総出で
馬車に乗せられたリコとセロは、水の泉を飛ばし、運良くプラムの村に早目に到着する事になった。医者が手配され、大事には至らなかったが、汚物に塗れた冒険者に村人は呆れ返っていた。 リコ達が食べたベリーはプラムだけではなく、アリアでも他の北国でも群生し、毒があるのは現地の常識だったのだ。「全く、わたしとお嬢様がいなかったらどうなっていた事か」 女剣士が欠伸をしながら、ベッドに寝かされた二人を見る。 その傍で、三つ編みの少女は興味津々な様子でセロの狐弦器のケースを眺めていた。「お嬢様、なにか気になることでも ? 」「マシュラ、この狐弦器のケース、とても高価な物だわ ! 中もきっとそうね。マシュラが彼を持ち上げた時も、無意識でケースを手放さなかったもの」「まぁ、吟遊詩人にとっては商売道具ですからね」 マシュラと呼ばれた女剣士は、護衛対象の娘を見下ろし不安にかられる。「お嬢様、もう夜です。お屋敷に戻りませんと集会に間に合いません。この二人は明日まで目覚めない」「そうね。でも他の人の目に付いたわ。今日は彼女達の護衛についてちょうだい」「いけません ! お嬢様」「マシュラ、お願い。それに、夜のお屋敷は安全よ。村の人より部外者の二人の方が異質なのだから」「……ええ。それはごもっともです……。 では、お気をつけて」 三つ編みの少女は無邪気に笑うと、病室から出て行った。靡いたワンピースの裾が花のようにふわりと翻る。「アナスタシアお嬢様……」 □□□□□□□□□ 村と言うには、どれも豪勢な石造りの建物だ。 地図上に村として記してあるプラムの村は、冒険者にとっては旨味がない辺境である。 財力のない冒険者はグリージオのような支援金制度のある街を目指す。 そして腕に自信のある者たちは、リコのいたレベルの高い魔物のいる高山を目指すが、流石に考え無しに雪山の集落を目指すほど安易ではない。魔物は強くなれば強いほど遭遇率も落ち、勿論一度出会したら命に関わる討伐となる希少生物なのだ。故に一度は