ログイン結婚して3年。二宮潤(にのみや じゅん)が最も得意とするのは、村田明里(むらた あかり)の心をえぐるような言葉を投げつけることだった。 義理の両親からの風当たりが強く、恩師からも見放されかけても、明里は夫をいつか自分の真心で温められると信じていた。 しかし今日、彼女は残酷な真実を知ってしまった。なんと夫の初恋の相手は、夫の弟の婚約者だったのだ。なんて滑稽な話だろう。 潤と少しでも長く一緒にいるために、子供を産もうと考えていた明里だったが、資格がないと告げられた。さらに滑稽な話だ。 結婚記念日当日、明里はついに潤のもとを去ることを決意した。そして、研究に打ち込み、賞を目指し、国に貢献しようと心に誓った。 輝きを増す明里の周りには、優秀な男性たちが次々と現れ、言い寄ってきた。 3年後、明里が子供を連れて産婦人科から出てきたところに、潤がまるで狂ったように駆け寄り、こう言った。「明里、妊娠してたのか?」 明里は微笑み、見下ろすように言った。「私が子供を産もうと、元夫に関係あるかしら?」
もっと見る潤はもうその話で言い争うのをやめて、静かに尋ねた。「どうしても、学校へ行くのか?」「だから、休む必要はないって言ってるじゃない」結局、また元の平行線に戻ってしまった。潤はついに、用意していた切り札を出した。「実は、お義母さんにも相談したんだ。お義母さんも、一週間後の定期検査が済んで結果がわかるまでは、とにかく家で待機していなさいって言ってたよ」「それは私から直接お母さんに話すわ」と明里は引かなかった。こうなると潤にはもう何も言えず、朱美の説得に期待するしかなかった。朱美は、誰よりも明里を溺愛している。最初の妊娠のときは、お互いにまだ実の親子だと知らなかったあの頃とは、今回は状況がまったく違う。愛する娘が再び妊娠したと知った今、朱美は仕事を全部放り出してでも、つきっきりで娘のそばにいたいくらいだったのだ。潤から、明里がどうしても仕事に戻ると頑なに言い張っていると聞いた朱美は、内心少し焦った。彼女は明里の腕を引いて宥希のおもちゃ部屋へ連れ込むと、そっとドアを閉めた。明里は不思議そうな顔をした。「お母さん、どうしたの?」「アキ、私がこういう口出しをするのもなんだけど、今あなたにとって一番大事なのは、とにかく自分の体よ。新しい命を授かったんだから、前とは状況がまったく違うの。それなのに無理をして仕事に行くと言って、潤がどれだけ心配するか、あの子の気持ちをちゃんと考えたの?」明里は少し面食らった。「でも、全然大丈夫だから。この前、先生にも直接聞いたけど、無理さえしなければ普通に働いていいって言われたのよ」「万が一お腹の赤ちゃんに何かあったら、いくら後悔してもしきれないでしょ」「でも……」「でもじゃないわよ」朱美はピシャリと言った。「たった一週間のことじゃない。あなたが一週間休んだって、あの学校が潰れるわけじゃないわ。いい?会社や学校なんて、誰か一人が休んだところでちゃんと回っていくものなのよ」「お母さん、そんなことわかっているわ……」「わかっているならいいのよ」朱美は声のトーンを落として続けた。「とにかく、休めるならしっかり休んで、しばらくは家でゆっくりしていなさい。ゆうちっちを産むとき、そばにいてあげられなかった。つらい思いをさせたのに、何もしてあげられなかった。でも今回は、ちゃんとそばで見守ってい
一生独身を貫くと言っていたあの二人に、突然可愛い子どもが生まれたとあって、両家の祖父母たちは揃って、目に入れても痛くないほど朔都を溺愛していた。今は樹と胡桃がずっと病院にいて、両親が常に傍にいない状況ではあるが、朔都の世話をしている人間は、両家の親族やベビーシッターを含めて常に七、八人はいるのだ。まさに、一族みんなから宝物のように大切に育てられていた。だからこそ、胡桃は子どものことに関してはまったく心配していなかったのだ。胡桃が少し真面目な顔になって話題を変えた。「ねえ、妊娠したってことは、学校の仕事はどうするの?普通に続けるの?」「続けるわよ」明里は事もなげに言った。「私、ゆうちっちを妊娠したときだって、産む直前のギリギリまで普通に働いてたの、忘れたの?」「あのときは誰もあなたの体を気にかけてくれる人がいなかったからでしょ」胡桃は鋭く指摘した。「今の潤が、あなたが身重の体で働くのを黙って認めるかどうか、怪しいもんね」そう言われてみると、明里も少し不安になってきた。しばらくして、潤が病室まで迎えに来た。明里はもう少しだけ胡桃と一緒にいたかったが、胡桃が「妊婦は長居しちゃダメ」と、病院に長く留まることを許さなかった。潤も、彼女とまったく同じ考えだった。病院はただでさえ人が多く、さまざまな病を抱えた人が出入りしている。万が一ここで風邪でもうつされたら大変だからだ。車に乗って走り出してから、明里は彼に向かって直接切り出した。「二日ほどゆっくり休んだら、学校の仕事に戻るからね」潤もちょうど、その仕事の話をしようと思っていたところだった。朱美という強力な後ろ盾ができたことは、潤にとっても非常に大きな精神的支えだった。「先生が、来週また念のために検査に来るようにって言ってたよな」「わかってるわ」明里は頷いた。「ちゃんと行くよ。あの日、先生に聞いたら、夜間診療もやってるって言ってたし」「俺が言いたいのは……」潤は少し言葉を選びながら続けた。「これから数日間は、しばらく学校は休んでくれ。できるだけ安静にするようにって先生もはっきり言ってたし、今の時期の無理は絶対にダメだ」「学校にいても、座ってるだけだから無理なんてしないよ」「でも……」「もう、仕事の話は家に帰ってからゆっくり話そう!」明里は話題を逸
朱美はその知らせを聞いた瞬間、大きな喜びと、娘の体への心配が同時に押し寄せた。旅行自体はとても楽しかっただろうが、慣れない環境での移動は体力も相当消耗していたはずだ。明里の体が心配でたまらなかった。信頼する病院でしっかりと診てもらい、少しの出血も大事に至るものではないとわかると、ようやく安堵の息をつき、胸を撫で下ろした。宥希は、大好きなママが赤ちゃんを産むのだと聞いて目を輝かせ、わくわくした様子で明里のまだ平らなお腹を見つめながら聞いた。「ねえママ、絶対に妹だよね?」「さあ、それはまだなんとも言えないわ」すると潤が自信満々に言った。「ああ、絶対に妹だよ」明里は潤をジロリと睨んだ。「子どもに変な期待を持たせるようなこと、言わないでよ」「変なことじゃないさ」潤は真剣な顔で言った。「俺の勘だ。絶対に、可愛い妹だから」その根拠のない自信に、明里は呆れて突っ込む気にもなれなかった。一日ゆっくりと体を休め、翌日、明里は胡桃に会いに行った。胡桃の様子は、結婚式のときとあまり変わっていなかった。相変わらず痛々しいほど細いが、その瞳にはしっかりとした意志の光が宿っていた。明里が新しい命を宿したことを知ると、胡桃は飛び上がるほど喜び、またしても「子ども同士を結婚させよう」というあの話を嬉々として持ち出してきた。「最初は二人とも男の子だったから話が流れちゃったけど、今回こそは私にも大きな望みがあるわ」胡桃は言った。「さすがのあなたも、二人続けて男の子を産むってことはないでしょ?」「そうだといいんだけどね」明里自身も、心の底では女の子を望んでいた。男の子一人、女の子一人――それが彼女の夢だったのだ。「でも、たとえ男の子だったとしても仕方ないし」と明里は少し笑って続けた。「そればかりは、私の意志で決められることじゃないんだから」「もちろん、どっちでもいいわよ」胡桃は優しく言った。「女の子なら華やかだし、男の子なら頼もしくていいじゃない」「そうね」明里は胡桃のひんやりとした手をきゅっと握った。「でも、どうしてこんなに痩せてるの。ちゃんとご飯、食べてる?」「食べてるわよ」胡桃はこともなげに言った。「もともと、もう少し痩せたいって言ってたじゃない」「これ以上、どこをどうやって痩せるっていうのよ」明里は心配そうに
あの潤が、街角の小さな食堂の店主を相手に、気さくな世間話を交わすような人間ではなかったはずだ。いつだって彼は、手の届かない高い場所に立っていた。近づきがたくて、冷徹で、まるで下界を見下ろす孤独な存在だった。でも、今の潤はもう神様などではない。喜怒哀楽の感情を持ち、明里という一人の女性を深く愛している、ただの一人の普通の人間なのだ。心温まる朝食を終えて店を出ると、ちょうど産婦人科の診察に間に合う時間になっていた。「あの店主さん、本当に親切でいい人だったね」明里は微笑みながら言った。「他人に情けをかければ、いつか必ず自分に返ってくるものさ」「そうだよね」明里は深く頷いた。「いい人のところには、ちゃんといいことが巡ってくるはずだわ」店主は知る由もなかった。あの朝の些細な親切が、やがて自分たちの人生にどれほど巨大な幸運をもたらすことになるかを――その後、彼の妻が近所のスーパーの福引きに参加したところ、なんと特賞である高級マンションの一室を引き当てたのだ。さらに、一人息子が地元で一番の大手外資系企業への就職を希望した際、大勢の優秀なライバルがいたにもかかわらず、最終的に三名という狭き門を突破した。息子の学歴は他の候補者たちと比べて決して飛び抜けたものではなく、もともと合格は絶望的だと思われていた。それでも、彼はその信じられない幸運を掴み取ったのだ。なぜ自分が受かったのかまったくわからないまま、息子は無事に入社を果たし、持ち前の誠実さと実力で地道に実績を積み上げ、やがて立派な中間管理職にまで昇進して――そこではじめて、ある噂を耳にした。あのとき自分が採用されたのは、とてつもない大物からトップへの「口添え」があったからだ、と。すでに社内でしっかりと認められる立場になっていた息子は、その得体の知れない恩人に心から感謝を伝えたかった。しかし、どれだけ手を尽くして相手を探そうとしても、誰も詳しい事情は知らず、ただ「一番上からの指示だった」ということしかわからなかった。この一件はずっと、息子の心の奥底に引っかかっていた。この仕事が、この幸運が、自分の人生を根底から変えてくれたのだから。やがて長い年月が経ち、大きな会食の席で偶然にも会長と同席する機会が訪れ、息子は勇気を出してその真相を尋ねてみた。会長も
「たまに」なんてレベルではない。完全に確信犯だ。潤のやつとは犬猿の仲だが、二人がSNSで相互フォローしているというのも、おかしな話だが。そう、さっきの投稿は、ただ一人に見せつけるためアップされたものだ。しかも、潤なら必ずその真意を読み取る。写真自体は何の変哲もない料理だが、添えられた一言が【友人の退院祝い】だからだ。今日退院した友人といえば、他でもない明里しかいない。一方、潤がどうやって明里に連絡を取ろうか、どうやって話す糸口を見つけようかと思案している矢先、スマホに大輔の投稿が通知された。互いに敵対しているからこそ、それゆえに互いの思考回路を誰よりも理解している。
潤が呆然と立ち尽くしている間に、ドアの外へ締め出された。言葉にできない苦痛が胸を襲う。生きたまま心臓を抉り出されるような痛みだ。明里は……どうしてこれほどまでに冷酷になれるのか。そんなに自分が憎いのか。離婚だけでは飽き足らず、子供の存在まで消してしまわなければ気が済まないのか。自分自身の血肉だというのに!潤は痛みで呼吸すらままならず、その場に崩れ落ちそうになる。全身の力が抜け、壁に寄りかかって辛うじて体を支えた。目を閉じる。息をするたびに、内側から引き裂かれるような激痛が走る。どのくらい時が経っただろうか、ポケットの中でスマホが鳴った。機械的に取り出し耳
胡桃が駆けつけた時、明里はまだ車の中に座り込んでいた。身動きひとつせず、手足に力が入らず、目は泣き腫らして真っ赤だった。胡桃は胸が張り裂けるような痛みを覚え、彼女を運転席から抱き出すようにして、自分の車に乗せた。明里を後部座席に横たわらせ、病院には行かず、まずは自分のマンションへ連れ帰った。先ほどの電話で、明里は途切れ途切れに事情を話していた。拓海から、緊急の知らせが入ったのだ。彼女がアルバイトをしていた化学工場で事故があったと。以前、ある作業員が不注意で、強力な放射線を発する機器のスイッチを切り忘れ、丸一日つけっぱなしにしていたという。その機械の放射線量は極めて高く、
潤ははじめ、明里がこの二日間胡桃の家に身を寄せているとは知らなかった。まず大学へ探しに行ったが、千秋は明里がまだ戻っていないと答えた。次に慎吾に電話をかけた。慎吾は最初驚いた様子だったが、明里のことを訊かれると、拍子抜けするほどあっさりと答えた。明里は実家である村田家にも帰っていないという。潤が慎吾から情報を引き出した後、電話を切る直前に釘を刺した。「お前はもう大人だ。彼女を心配させるような真似は慎め」慎吾が萎縮した声で答える。「分かりました……」潤が電話を切る。以前なら、他の手でも使って明里の居場所を即座に特定させていただろう。だが今は、様々な葛藤が、彼を躊躇
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