蛍に立ちはだかった問題。
「くっ……」
2.6kgという量。
このウサギの血を抜いたとしても、蛍が普段 食べる食事の量では無いのだ。骨の重さも抜いたところで2kg以下にはならないのだ。 これは椿希と同レベルに辛いゲームになってしまった。更に、思った以上に美果の髪の量も効いていた。 ウサギの内臓は皆が思うより個性的である。 観覧者達も仮面の中の素顔に、思わず眉間に皺を寄せている。それでも蛍は内容物があるであろう部分は切開せず、そのまま口へ運び、丸呑みしていく。
それにMは気付いたいた。 慣れ。 蛍は食肉加工品以外の肉を食べなれている、慣れを感じる。 長い腸の部分は途中で切ると、剥いだ毛皮を内側にし、包み込んで流していく。スルリと流れるものの、一口が多い。喉に負担がかかってくると、胴体の肉へ味変する。鶏のように弾力のある肉。 その繰り返しだ。一方、椿希のフォークは完全に止まってしまった。少しの生肉を口にしただけで、普段口にする鳥や豚とは明らかに違う臭み。
内臓と血液だけで時間がかかるほどキツくなる匂い。「 !! ハフフッーーー !! フヘー ! 」
猿轡をされた坂下が「食え ! 」と、椿希に抗議する。
「うるさいなぁ……。こんなん……ウプ……あ〜。
そもそも俺ぇ〜。考えたら、伯父さんの腕喰うのも無理だったわ、あははは !! 」「フゴーーーっ !! 」
そんな椿希と坂下の小競り合いの隣、黙々と食べ続ける蛍を観察し続けるM。
その脳内に浮かぶ、一つの疑問と予想。 調査書にはルキと不仲でルキの護衛をしっかり行うという黒服同士の注意書きがあったが、逆なのではないかと。蛍はルキに本当に恨みがあるのだろうか ? 蛍の性質性癖、異常性。望んでゲームに参加し、ルキを誘惑してまで檻に入れ巻き込んだ。 蛍は『ルキに死んで欲しい』の蛍は自分の鞄を抱えたルキの背を見る。 何度見ても細い。肩幅は標準だが、その腰にコルセットがあると思うと信じられない気持ちになった。「武装……してるんだよな ? 」「はは。急に何 ? ケイ。もう俺を脱がせたくなっちゃったの ? 」「……そういう話じゃない……」 押し黙る蛍を見て、ルキもパカっと開いた口を閉じ微笑んだ。ルキから見下ろした蛍は、やけに従順で、ちょこちょこと傍に付いて来る子鳥のようだった。ルキは静かに目を細めて、会話を続けた。「俺の装備が気になるかい ? 」「まぁね。普段は護衛もいるだろ ? そんな量を持ってなくても……一本で十分なんじゃないの ? 」 以前、コルセットに蛍が触れた際、すぐに分かるほど分厚く、鋭利なものが凸凹と並んでいた。決して身軽な物では無い。 二人は獣医を出ると歩道を歩く。絡みつくような温いビル風。ルキのシャツの香りを、蛍の鼻腔へ芳しく運ぶ。 しかし町の空気を感じる間もなく、すぐ横のコインパーキングへ入ることとなる。「その話も、後からゆっくりね ? 」 一台のワゴンと高級外車が停まっていた。ワゴンの前にはスミスが立っていて、二人を待っていた様だ。こんな時でもスミスは大柄な体型に似合わない程に、礼儀正しく直立していた。そして側にいた蛍を見ると、ぎこちない笑顔で挨拶を口にする。「涼川 蛍さん。今回も生き残りおめでとうございます」「あ……いえ……はい」 突然のスミスの言葉に、蛍は意外だと思いながらアーモンド色の瞳を見上げた。流暢な日本語。椎名がルキを盲信しているのとは違い、スミスはビジネスとして完璧な側近だと言い切れるだろう。「ルキ様のお連れである貴方に物申す立場ではありませんが……。側近としましては、ルキ様をゲームに巻き込むのは、やめていただきたい。……あのノコを
「みんな元気そうだね」「ル、ルキ様 ! 」「椎名、約束通り戻っておいで。でも、お前の事だ。焦って無理してでも退院しそうだから忠告に来たの」「う……」「ゆっくり治療するんだ。いいね ? 」「はい。ありがとうございます」 そして椿希の方を向く。「やぁ。頼まれてたモノ、回収したよ」「あざっす、ルキさん」 椿希のベッドのサイドテーブルに布の袋が置かれる。蛍も椎名も、それがなにか察した。「納骨袋……。坂下 晃のものですか ? 」 椎名の問いに、ルキだけでなく椿希もポカンとした。その二人の表情に、椎名も蛍も困惑する。「違うよ、しなモン」「しなモン ? 何それ !?」 ルキがすかさず反応する。「椎名……ぷくく、いつの間にそんな……くくっ…… ! 高校生にあだ名付けられてるとは…… ! 」「同意じゃないですよ……」「あーっははは ! こりゃいいや」 ルキがケラケラ笑う後ろで、蛍もやっぱり肩を震わせていた。「しなモンか。ギャップが凄いね。椎名、俺も呼んでいい ? 」「ルキ様、やめてください ! 」「俺が付けたっす。 同室だしぃ ? お互いイライラしてると腕痛ぇから。楽しくしてた方がいいかなぁって」 椿希の言葉をルキは頷き承諾する。「椎名は一見堅物だけど短気だし、案外大衆的な物が好きなんだ。たまにはシャバの空気も悪くないだろ」「この面子でシャバって……反社の集まりじゃん」 蛍はぽそりと呟いてしまった。「それで、その遺骨は…… ? 」「これは伯父さんじゃないよ」 椿希は小さな布袋に手をやると、ソッと撫でる。「これ、俺とけいが殺したウサギちゃんなんだ」「え ?! 」 椎名だけではなく、蛍が強く反応した。「だって可哀想じゃん」「そう……だけど……」
ゴッ !! Mが掴んでいた坂下の首を、床に投げ捨てた。「Foooooooooooo ! 」 Mのパフォーマンスは会場のあちこちで盛り上がりを見せていた。「蛍 ! 今回もおめぇに賭けたぞ ! 勝ったな !! 」「あ。さっきの……ありがとう、おじさん」「おう !! 俺ァまた、お前に賭けるぜ ! 」 単細胞なのか、芯がぶれないのか、この中年男性はマスクからはみ出た目尻をくしゃくしゃにして笑っていた。「またな ! 」 そして最後。 降参した椿希。 Mは鮮血で真っ赤に染まったシャツのまま、椿希を見下ろしていた。 椿希には少しの恐怖の色が見える。しかし泣きわめくことも無く、覚悟を決めて椅子に座る。先程までの軽薄な軽口を叩く子供とは面持ちが違っていることにMが気付く。「面白い。しかし、普段の軽薄な様子は何も、お前に恩恵を齎さないと思うぞ」「う〜ん。わざとではないんですよぉ。子供の頃から口が減らないものでぇ」「なぜここへ ? 」「ルキさんに招待受けて」「入るには金がいったはずだ。どこから出した ? 」「継いだ山王寺グループの中から……」「ルキ、山王寺グループとはなんだ ? 」「マフィアです。半グレからヤクザ崩れの者で構成された組織で、高学歴者が多いのが特徴です。詐欺やマルチ商法が得意で、人前に直接姿を現すタイプの犯罪が生業のようです」「……減らず口は職業病か」 Mがしょうもなさそうに椿希を見る。「まぁ腕は諦めろ、出せ」 そこへ椿希が右腕を差し出す。「ふ……ふはは。お前、正気か ? それともサービスか ? 」「マジでぇ ? すっげー ! 」 Mを騙すことは出来ないのだ。「何 ? 」 美果がぽかんとしている側で、ルキが椿希が使っていたナイフを指差す。「椿希くん。左利きだよ」「えぇ ? あ、本
蛍に立ちはだかった問題。「くっ……」 2.6kgという量。 このウサギの血を抜いたとしても、蛍が普段 食べる食事の量では無いのだ。骨の重さも抜いたところで2kg以下にはならないのだ。 これは椿希と同レベルに辛いゲームになってしまった。更に、思った以上に美果の髪の量も効いていた。 ウサギの内臓は皆が思うより個性的である。 観覧者達も仮面の中の素顔に、思わず眉間に皺を寄せている。 それでも蛍は内容物があるであろう部分は切開せず、そのまま口へ運び、丸呑みしていく。 それにMは気付いたいた。 慣れ。 蛍は食肉加工品以外の肉を食べなれている、慣れを感じる。 長い腸の部分は途中で切ると、剥いだ毛皮を内側にし、包み込んで流していく。スルリと流れるものの、一口が多い。喉に負担がかかってくると、胴体の肉へ味変する。鶏のように弾力のある肉。 その繰り返しだ。 一方、椿希のフォークは完全に止まってしまった。少しの生肉を口にしただけで、普段口にする鳥や豚とは明らかに違う臭み。 内臓と血液だけで時間がかかるほどキツくなる匂い。「 !! ハフフッーーー !! フヘー ! 」 猿轡をされた坂下が「食え ! 」と、椿希に抗議する。「うるさいなぁ……。こんなん……ウプ……あ〜。 そもそも俺ぇ〜。考えたら、伯父さんの腕喰うのも無理だったわ、あははは !! 」「フゴーーーっ !! 」 そんな椿希と坂下の小競り合いの隣、黙々と食べ続ける蛍を観察し続けるM。 その脳内に浮かぶ、一つの疑問と予想。 調査書にはルキと不仲でルキの護衛をしっかり行うという黒服同士の注意書きがあったが、逆なのではないかと。蛍はルキに本当に恨みがあるのだろうか ? 蛍の性質性癖、異常性。望んでゲームに参加し、ルキを誘惑してまで檻に入れ巻き込んだ。 蛍は『ルキに死んで欲しい』の
蛍の中にある、ほんの少しだけの高揚感。 コレはウサギを殺すことか ? それともルキの腕が失われる事か ? ふと、椿希の方をまた伺う。 耳や生肉は何とか切り分けているようだが、食べにくそうに、何度も水を飲んで苦戦している。 その姿を見て、蛍は本当に自覚してしまった。自分は常人とは違うと。 幼少期……最初のターゲットは人ではなく小動物だった。そしてその血肉を身体に取り込んで来たこと。人間に対象が変化し、最初に手を伸ばしたのは斎場の死人相手だった。やがて──生きた人間に。 自分は本当に異常者なのだと悟ってしまった。「……やるよ、ルキ。なんだっけ ? デート一回 ? デートごときで利き腕のペナルティーか。ご苦労さま。 でも、マジで勝っちゃうから意味ないよ」「ふふ。そう ? 期待してるよ」 蛍はウサギの足を掴み逆さにすると、ペティナイフを首に突き刺す。その首をテーブルから垂らし、吹き出す血をものともせず、手早く胴体の皮を剥いで行く。「おぉー ! 」「あのガキ慣れてやがんな」 観覧者達は蛍の手捌きに唸った。 丸裸になったウサギの死骸。 その腹を捌き、内臓を傷付けず取り出し、そこから食す。 鮮度が命の獣肉は時間が経つほど臭みが増す。胴体は血抜きしつつ、鮮度のいい内臓からかたをつける気だ。 隣の椿希が大きく「オエッ」っと嘔吐いたのが聞こえる。 差し掛かったのは同じくウサギの内臓だ。 胃や腸にはまだまだ内容物が蓄積していた。 しかし蛍のナイフとフォークは止まらない。「マジかよ、けい〜。なんで食えるの〜 ? 」 隣の檻から椿希が蛍の勢いを見て口をへの字に曲げていた。「ウサギの食べ物を考えれば人体に害はないよ」「そういう問題じゃな〜い〜 ! 」「ウサギって自分のウンコも食うじゃん。だから大丈夫じゃない ? 」「え、それってプラス思考になるの ? ウッ、
椿希は勢いよくウサギの背を掴むと、ひっくり返し一撃。心臓があるだろう場所を刺した。 ウサギは鳴かないなんて嘘だ。プキキ ! ともがいて反抗する。 自分と同じ哺乳類とはいえ、素人が正確な心臓の位置を突くのは不可能だ。パタパタともがく手を握り、胸部を滅多刺しににする。「はぁーっ、はぁーっ…… ! 」 テーブルの上に横たわったウサギ。前屈みになり、椿希の表情は先程の軽口を叩いていた人間とは思えないほど大人しく、静かに錯乱していた。 悲しみ。同情。罪悪感。表現は沢山あるだろうが、そのどれもが当てはまる。 まだ、ただの小悪党だ。不要な人間は処分出来ても、女子供は殺せない。椿希はそんな性分だった。 一方、蛍は。 そんな椿希の様子を感じながら、固定されているルキの右腕をチラりと見る。「…… ? ケイ ? 何も心配いらないよ ? 」「別に」「残念だったね。俺を殺すルールは無くなったし、俺の肉も食べれなくなったけどさ。利き腕が無いなんて刃物使いには痛い話だ。十分、今後を考えればハンデだよ。 なにを迷ってるの ? 」 蛍は。食べなければいいのだ。 ペナルティーはルキが受けるのだから。片腕を失うのはルキだけだ。 本来、Mの提示したルールでルキにダメージを与えるなら、これが正攻法。 しかし、蛍は敏感にMという白い男の不気味さを本能で感じていた。「Mが気になる ? 」 ルキが声のトーンを落とす。「ああ。ルール外の事をしたら……躊躇いなく俺もどうにかなるだろ…… ? 」「流石、鋭いね。 でも、ケイ。なにか勘違いしてるといけないから初めに言っておくよ。 俺は幼少期に拾われてからずっと、Mに感謝する毎日を送って来た。彼は幼児を奴隷にして虐げるような男ではないんだ」「ふーん。じゃあ、なんであんたはこの世界に居続けるんだ ? 百戦錬磨のデスゲーム王 ? 結局、あいつ