ディミトリは三十五歳。傭兵を生業としている彼は世界中の戦場から戦場へと渡り歩いていた。 彼の記憶の最後に在るのはシリアだ。ヨーロッパへの麻薬配給源である生産工場を襲撃したまでは作戦通りだが撤収に失敗してしまった。 仲間の一人が敵に通じていたのだ。ディミトリは工場の爆発に巻き込まれてしまった。 ディミトリが再び目が覚めるとニホンと言う国に居た。しかも、ガリヒョロの中学生の身体の中にだ。街の不良たちに絡まれたり、老人相手の詐欺野郎たちを駆逐したり、元の身体に戻りたいディミトリの闘いが始まる。
ดูเพิ่มเติม平日の昼頃。
「う…… ううう~…………」
ディミトリ・ゴヴァノフは手酷い頭痛で目が覚めた。
彼は今年で三十五歳になる。傭兵を生業とするロシア出身の男だった。
もちろん、軍隊での戦闘経験は豊富で、退役する時には特殊部隊にも所属していた。 最後の作戦で戦闘ヘリコプターをお釈迦にしてしまい除隊させられてしまった。学歴もなく手にこれといった技術を持たなかったディミトリは、仲間に誘われて傭兵に成ったのだ。
それについては別に不満は無かった。彼は戦闘行動が無類に好きだったのだ。 上官が学士学校上がりのガチガチ芋頭から、諜報学校上がりのピーマン頭に変わるだけだからだ。(馴染みの酒場で出された、安っすい酒の二日酔いより酷いな……)
頭の側でグワングワンと鐘を鳴らされているような頭痛の鼓動が迫ってくる。
身体が強烈に重くなるのも一緒だった。何とか動かそうとするも一ミリも動いた気がしない。(うぅぅぅ…… ここはどこだ?)
ディミトリは眩しそうに目を開けた。眩しいのは自分の頭上にある蛍光灯のせいのようだ。
だが、視界が定まらないのかグルグルと部屋が回っているような感覚に襲われている。 ディミトリは目を瞑った。(1・2・3・4……)
目眩がする時には、目をつぶって深呼吸しながら数字をカウントするのが有効だと兵学校で教わった。
これは砲弾が近くに着弾した時に目眩に襲われやすいからだ。 戦闘時の目眩は爆風や爆圧で頭を揺さぶられてしまうので発生してしまう。そこで軍は初期教練で対象方法を教えている。 自分の少なくない経験でも知っていることなので冷静に対処法を実践してみた。 何回か目をシバシバと瞬きしていると、落ち着いて部屋の中を見ることが出来るようになった。(……………… 病院!?)
白を基調とした飾りっ気の無い部屋。消毒液の匂い。まあ、病院なのだろうと納得したようだ。
(六人部屋だけどオレ一人だけか……)
ディミトリがベッドの中でモゾモゾしていると、病室の中に入ってきた看護師がひどく驚いていた。
そして、彼女は慌てて部屋を出ていった。しばらくすると医師と他の看護師を連れて部屋に入ってきた。(ずいぶんと顔が平ったい黄色い連中だな……)
彼らを初めて見たときの印象だった。
ディミトリはロシアのクリミヤ生まれだ。
自分が生まれた街には白人しか居なかったので、黄色人種には馴染みが薄かったのだ。(ターバン巻いた連中じゃねぇんだな……)
イスラムの過激派に捕まったようでは無いので一安心だった。連中の拷問の凄さは嫌というほど知っている。
やがて、ドヤドヤという感じで白い服を来た集団が部屋に入ってきた。全員、東洋人のようだ。
その、たくさんの医師や看護師がディミトリを覗き込んでいた。 見ると医師や看護師胸のプレートに象形文字が書かれている。 恐らく名前であろうことは想像が付く。 だが、読めない。ディミトリには馴染みの無い象形文字だからだ。(確かカンジと呼ばれている文字だ……)
それはアニメオタクの仲間が教えてくれた形に似ていた。彼はアニメの中でカンジを覚えたらしい。
『俺…… 作戦が終わったらアキハバラに行くんだ……』
彼もある意味フラグを立てていた。彼は作戦行動中に地雷を踏んでしまい、文字通り霧散してしまった。
それ以来、街中でカンジを見かけると彼を思い出すのだ。(カンジは中国などで使われていると言っていたな…… アキハバラは中国のどの辺りにあるんだろう?)
ユーラシア大陸のどこかにあるのは漠然と分かっていた。だが、さほど関心のある国では無いので覚えていなかったのだ。
「市販の灯油では、十分もしない内にエンジンが駄目になってしまう」「……」 剣崎はディミトリが灯油を買った理由を看破していたのだ。「ちっ…… もう少し男前に撮ってくれよ……」 何もかも見透かしている剣崎相手に、ディミトリは悪態を付いてみせた。「君が大人しく日本を出ていくようだったから何も言わないつもりだったんだがね……」(クソッタレが…… 日本から脱出する事を知っているのか!) つまりディミトリの携帯電話は盗聴されていると言う事だ。 まあ、国家の諜報機関であればそれぐらいは出来てしまうのだろう。「だが、少し事情が変わってきた……」「事情?」 今度はディミトリが怪訝な表情を浮かべた。「君に或る物を探して欲しいんだよ」「俺は探される方だと思っていたがね……」 剣崎はディミトリをちらりと見て、懐から写真を一枚取り出してみせた。「この写真に写っている物は知っているかね?」 映されているのは黒い携帯用魔法瓶。スーパーなどで普通に売られている奴だ。「さあね……」「最近、市内のロッカーで見つかった物でね……」(田口兄め……) どうやら田口兄がロッカーに入れて警察に通報したブツのようだ。「中身は知っているかね?」「いいや」「中身は幻覚剤のリキッドと言われる物だ」 電子タバコに幻覚成分を入れて吸引するタイプだ。大麻などのキツイ匂いが無いので欧米などで愛好者が爆発的に増えているらしい。そして、それは各国の犯罪組織の資金源になりつつあった。 最近もスポーツ選手が密輸入しようとして報道されたばかりだ。「それが国内に流通しつつある」
自宅にて。 ディミトリは剣崎と連絡を取る事にした。「むぅーー……」 ディミトリは机の引き出しに放り込んでおいたクシャクシャにした名刺を広げながら唸っていた。 あの男から有利な条件を引き出す交渉方法を考えていたのだ。(ヤツは俺がディミトリだと知っているんだよな……) それどころか邪魔者を次々と処分したのも知っているはずだ。なのに、逮捕して立件しようとしないのが不気味だった。(金にも興味無さそうだし……) 金に無頓着な人種もいるが稀有な存在だ。自分の身の回りには意地汚いのしか寄って来ないので都市伝説ではないかと疑っているぐらいだ。「ふぅ……」 ディミトリは考えるのを諦めて、携帯電話に電話番号を入力した。 剣崎は電話が来ることを予見していたのか、直ぐに電話に出たきた。『やあ、そろそろ電話が来る頃だと思っていたよ』 相変わらずの鼻で括ったような物言いだった。ディミトリは携帯電話から耳を離し、無言で携帯電話を睨みつけた。「ああ、そうかい。 少し逢って話をしたいんだが……」 気を取り直したディミトリは挨拶もせずに用件を伝えた。『別に構わないよ。 何処が良いんだね?』「デカントマートの駐車場はどうだい?」『ふむ。 いざと成れば手軽に行方を眩ませることが出来るナイスな選択だね』「人目が有った方がお互い安全だろ?」『アオイくんを迎えにやるよ』「分かった」『アオイくんは私の命令で見張りに付いていたんだ。 殺さんでくれたまえ』「分かったよ…… 家の前で待っている」 自宅の前で待っていると、車でアオイが迎えに来た。 ディミトリは後部座席に座り、自分の鞄から反射フィルムを取り出した。これは窓に貼るだけでマジックミラーのようになるものだ。 貼っておけば狙撃者
「この後。 ホームセンターに行ってくれ」「良いですよ。 何か買うんですか?」「灯油を入れるポリタンクを買いたいんだよ」「分かりました」 ホームセンターに行き灯油用ポリタンクを十個程手に入れた。それと一緒にオリーブグリーンのビニールシートも購入した。 それと血痕を掃除する洗剤なども買った。「何に使うんですか?」「灯油を入れるポリタンクって言ったろ……」 ディミトリたちは、そのまま複数の給油所に行き、次々と灯油を購入していった。 一箇所だと怪しまれるのでポリタンクの数分だけ給油所を回っていった。「同じとこで入れれば時間の節約になるでしょう」「一箇所で大量に灯油を購入すると怪しまれるだろ?」「そう言えばそうですね……」「何事も慎重に行動するんだよ」「……」「アンタは何も考えずに行動するから面倒事になっちまうんだ」「はい……」 田口兄は訳も分からずに手伝っていた。ディミトリは買って来た灯油はヘリコプターに積み込む予定だ。 あたり前のことだがヘリコプターを飛ばすには燃料が要る。 本来ならジェット燃料がほしかったが、個人でジェット燃料など購入することは結構難しい。一般的に使われる類いの燃料では無いので売って貰えないのだ。 そこで代替燃料として灯油に目を付けたのであった。本当は軽油が良かったが、ポリタンクで軽油を購入するのは目立つのでやめた。 基本的にジェット燃料と灯油や軽油の成分は一緒だ。違うのは含水率と添加剤の有無だ。 もちろん、正規の物では無いのでエンジンが駄目になってしまう可能性が高い。それでも手に入れておく必要があった。(剣崎の野郎と会う必要が有るからな……) 何故ヘリコプターの燃料を心配しているかと言うと、近い内に公安警察の剣崎に会う必要が有るからだった。 相手の考えが読めないので、脱出手段の一
大通りの路上。 田口兄が車でやってきた。一人のようだ。「よお……」「どうも、迷惑掛けてすいません……」 ディミトリは憮然とした表情で挨拶をした。 田口兄は愛想笑いを浮かべながら、自分の問題を解決してくれたディミトリに感謝を口にしていた。「……」 ディミトリは田口兄の挨拶を無視して車に乗り込んでいった。「俺の家に帰る前に寄り道してくれ」「はい」 田口兄は素直に返事していた。年下にアレコレ指図されるのは気に入らないが、相手がディミトリでは聞かない訳にはいかない。 何より怒らせて得を得る相手では無いのを知っているからだ。「何処に向かえば良いですか?」「これから言う住所に行ってくれ……」 そこはチャイカたちが使っていた産業廃棄物処分場だ。 確認はしてないがそこにジャンの所からかっぱらったヘリが或るはず。その様子を確認したかったのだ。 処分場に向かう間も無言で考え事をしていた。田口兄はアレコレと他愛もない話をしているがディミトリに無視されていた。 やがて、目的の場所に到着する。山間にある場所なので人気など無い。道路脇に唐突に塀が有るだけなので街灯も何も無かった。 産業廃棄物処分場の入り口には南京錠が取り付けられている。ディミトリは中の様子を伺うが人の気配は無いようだった。「なあ…… ワイヤーカッターって積んである?」 きっと泥棒の道具として、車に積んでいる可能性が高いと考えていた。「ありますよ。 コイツを壊すんですか?」「やってくれ」 田口兄はディミトリに初めてお願いされて、喜んでワイヤーカッターで南京錠を壊してくれた。 後で違う奴に付け替えてしまえば多分大丈夫と考えていた。 中に入るとヘリコプターは直ぐに分かった。ヘリコプターは処分場の中程にある広場のようになった真ん中に鎮
『はい……』「帰りの足が無くて往生してるんだ」『はい……』 ディミトリは電柱に貼られている住所を読み上げた。田口兄は十五分程でやってこれると言っていた。『あの連中は何か言ってましたか?』「ああ、鞄を返せとは言っていたが、それは気にしなくて良い」『どういう事ですか?』「話し合いの最中にバックに居る奴が出て来たんだよ」『ヤクザですか?』「そうだ」『……』「ソイツの組織と別件で前に揉めた事があってな……」『あ…… 何となく分かりました……』「ああ、かなり手痛い目に合わせてやったからな」『……』 ディミトリの言う手痛い目が何なのか察したのか田口兄は黙ってしまった。「俺の事を知った以上は関わり合いになりたいとは思わないだろうよ」『い、今から迎えに行きます』 田口兄はそう言うと電話を切ってしまった。 大通りに出たディミトリは、道路にあるガードレールに軽く腰を載せていた。考え事があるからだ。 帰宅の心配は無くなった。だが、違う心配事もある。(本当に諦めたかどうかを確認しないとな……) 追って来ない所を見ると諦めた可能性が高い。だが、助けを呼んでいる可能性もあるのだ。確かめないと後々面倒になる。 その方法を考えていた。(家に帰って銃を持って遊びに来るか…… いや、まてよ……) そんな物騒な事を考えていると、違う方法で確認出来る可能性に気が付いた。(剣崎が灰色狼に内通者を持っているかもしれん……) ディミトリの見立てでは剣崎は灰色狼に内通者を作っていたフシがある。 灰色狼は日本に外国製の麻薬を捌く為
隣町の路上。 店を出たディミトリは、大通りの方に向かって歩いていった。なるべく人通りが或る方に出たかったからだ。 彼らが追撃してくる可能性を考えての事だった。相手が戦意を失っている事はディミトリは知らなかった。だから、追撃の心配は要らなかった。 だが、違う問題に直面していた。(う~ん、どうやって家に帰ろうか……) 学校帰りに大串の家に寄っただけなので、手持ちの金は硬貨ぐらいしか持っていない。ここからだとバスを乗り継がないと帰れないので心許ないのだ。(迎えに来てもらうか……) そう考えたディミトリは、歩きながら大串に電話を掛けた。 まさか、バーベキューの串で車を乗っ取るわけにもいかないからだ。「そこに田口はまだ居るのか?」『ああ、どうした?』「田口の兄貴に俺に電話を掛けるように伝えてくれ」『構わないけど……』 大串が言い淀んでいた。気がかかりな事があるのは直ぐに察しが付いた。「田口の兄貴を付け回していた車の事なら、もう大丈夫だと言えば良い」『え!』「お前の家を出た所で、田口の兄貴を付け回してた連中に捕まっちまったんだよ」『お、俺らは関係ないぞ?』前回、騙して薬の売人に引き合わした事を思い出したのだろう。慌てた素振りで言い訳を電話口で喚いている。「ああ、分かってる。 連中もそう言っていた」『……』「きっと、見た目が大人しそうだから言うことを聞くとでも思ったんだろ」『無事なのか?』「俺が誰かに負けた所を見たことがあるのか?」『いや…… 相手……』「大丈夫。 紳士的に話し合いをしただけだから」『でも、それって……』「大丈夫。 今回は殺していない……」『&helli
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