Masuk真田准(さなだじゅん)は名門真田家の一人息子であり、唯一の後継者だ。 彼は現当主、真田怜士(さなだれいじ)の弟夫妻の一人娘、真田芽衣(さなだめい)を誰よりも可愛がっている。 彼女は13才年下で軽い知的障害があり、それ故に純粋で、彼にとってなんの思惑もなしに一緒に過ごせる相手だった。 だが准の婚約者の座を狙っている女性たちにとって芽衣は邪魔者でしかなく、彼女はそんな女たちによって陰で執拗に虐められていた。 准がその事に気づいた時、芽衣は深刻な病気に罹り既に余命宣告も出されていた。 彼は芽衣に寄り添いつつ、彼女を虐めた連中への報復をした。 「芽衣はお星さまになるの」 彼女の最期の言葉に、准の涙は止まらなかった。
Lihat lebih banyak「おめでとう!」
周りから拍手とおめでとうの声に迎えられて、真田准は驚いて玄関先で目をパチパチとさせていた。
目の前には父親である真田怜士と、自分にピアノを教え続けてくれているピアニストの浅野美月、それから叔父の真田聖人と、その妻で美月の親友でもある如月尚。彼女は人気作家でもあった。それから一番下の叔父の英明。
そして真田家に仕える執事や使用人たち。皆が自分の大学合格を祝ってくれていた。
残念ながら、進学先に不満を持っていた祖父母はここにはいないようだが、構わない。
自分は今、目の前にいる人たちの祝福だけで十分だった。
「准、よく頑張ったな」
「はい。ありがとうございます」
父親からの褒め言葉に照れながら、チラリと美月を見ると、彼女も嬉しそうに微笑っていた。
「先生」
「准くん、合格おめでとう。これからも頑張ってね」
「はい。これからもよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げた。
するとその時、トテトテと歩いてきた従妹、聖人と尚の娘の真田芽衣(さなだめい)が、准の足にギュッと抱きついてきた。
「じゅんちゃ、おめえとー」
その舌足らずな言葉に、一気に場の雰囲気が柔らかく慈愛に満ちたものになった。
准は彼女の頭を優しく撫でて「ありがとう」と言うと、ひょいとその身体を抱き上げた。
「きゃ〜」
楽しそうに笑い声を上げる芽衣は5歳の女の子で、誰もが目に入れても痛くないほど可愛がっていた。
*
彼女が生まれた時、医師は言いにくそうに疲労困憊の尚に伝えた。
「大きな病院での検査をお勧めします」
と。
どういうことか尋ねると、医師は「赤ちゃんには障害があるかもしれない」と言った。
そこで尚は産後の療養もそこそこに聖人と大学病院に行き、〝芽衣〟と名付けた娘の検査をお願いしたところ、難しい顔をされたのだった。
「正直に言いますと、まだよくわかりません。脳波の検査はもう少し大きくなってからでないと、診断が難しいんです。ただ言えるのは、お子さんの反応から見て、発達に何らかの障害がある可能性があります。定期的に診察しますので、予約を入れておきます」
そう言われて、尚は重く頷いた。この時点で、彼女は聖人との話し合いが必要だと思った。真田家のような家に障害のある子どもがいることを、彼らが受け入れることは難しいだろうと思ったのだ。
大丈夫。一人でも子供は育てられる。
尚はそう覚悟して、夫である聖人に問うた。
「どう?受け入れられる?」
その言葉に、聖人は優しく微笑んだ。
「尚、受け入れるかどうかの話じゃない。この子は俺たち2人の子供だ。絶対に手放さないよ。君も、この子も」
「……」
嬉しかった。でも同時に、不安でもあった。
彼はよくても、聖一や英恵はやっぱり無理だろうと思うのだ。
「尚…」
彼は尚の顔を見て、その不安を察したようにまた言った。
「言ったろ?この子は俺たちの子だ。父さんたちに口を出す権利なんかない」
「でも…」
聖人は尚の頭を撫でた。
「いざとなったら、家を出てもいいんだ。君たちに苦労はさせない」
「聖人……」
「考えすぎないで。まだどうなるか、分からないんだから」
「うん…」
聖人の言葉に頷いたが、尚には分かっていた。
医者があんな風に言った時は、だいたいその通りなのだ。彼らはただ誤診だったと言われない為に、ああやって曖昧な、確信ではない言い方をするのだ。
〝可能性がある〟この言葉は良いようにも悪いようにも捉えられる。
だから尚は、最悪な状況を想定して心の準備をしておいた。
そしてこのことを皆に告げた時、やっぱり聖一と英恵は眉を顰めた。
「どういうこと?要するに、その子に障害があるってこと?」
英恵は嫌そうにそう言った。
「母さん、だったらどうだっていうんだ?」
聖人が険しい顔で問うと、彼女は一瞬視線を逸らしたが、すぐに聖一の方を見て勇気を得たかのように言い放った。
「もしそれが本当なら、施設に預けてしまいなさい」
「母さん!」
聖人が大きな声を出したからか、芽衣がふぇ…と泣き出した。
尚はあやす為にすぐに立ち上がり、部屋を出ようとした。
その背中に向かって、英恵はまた言った。
「尚さん、辛いだろうけど手放しなさい。子供なら、またできるわ」
「あり得ない!!」
ピタリと立ち止まった彼女だったが何も言わなかった。代わりに聖人が怒りも顕にそう喚き、話にならないとばかりに尚の後を追った。だがー
「聖人」
父親である聖一の、静かな声に立ち止まった。
「手放せないなら、離婚しなさい。尚さんには十分な慰謝料をやろう。外で会えばいい」
そう言われ、彼の額には太い青筋が瞬時に浮かび上がった。
「ふざけるな!!」
彼は一言そう怒鳴りつけ、前を歩く妻を追いかけた。
それを見送って聖一はため息をつき、英恵は眉根を寄せた。
その時ー
「父さん」
最初から最後まで静かに事の成り行きを見守っていた怜士が、口を開いた。
「あなたの考えはもう時代にそぐわない。例え障害があったとしても、私はあの子を受け入れます」
「怜士っ」
聖一の叱責にも、彼はしれっとまた言った。
「それくらいのことも受け入れられないなんて、あなたの力も大したことありませんね」
「なんだと…?」
「あなた…」
剣呑な雰囲気に、英恵が夫の腕をそっと撫でた。
だが、怜士は例え父親だろうと容赦がなかった。
「なんです?事実でしょう?言っておきますけど、全ての決定権は当主である私にあります」
「お前…っ」
ぶるぶると拳を震わせる父親を、怜士はじっと見つめた。
「あの子がうちの弱みにならないと言えるか?」
悔しげにそう吐き出した聖一に、
「弱み?」
彼はバカバカしいというようにフッと嗤い、口を開いた。
「私と准がいる限り、そんなことにはなりませんよ」
「准?あれは優しすぎる。役には立たんだろう」
訝しげにそう言った聖一に、今度こそ怜士はバカにしたように嗤った。
「今更ですけど、衰えましたね。あの子は、その時がきたら私よりも容赦ありませんよ?理解できたら、大人しくしていてください。でないと、あなた達のほうが手放されることになりますよ?」
「な…!」
「怜士!なんてこと言うの!?」
両親揃っての怒りにも頓着せず、彼はくるりと背を向けて立ち去って行った。
残された2人は呆然としながら、やがて自分たちの住まう別邸へと戻って行ったのだった。
コンコン…「入れ」その言葉に、中原はドアノブを握った。今日の夕方、レッスン終わりに芽衣が倒れた。たまたま本日分の報告書をスタッフルームで書いていた中原が、ふと見た窓外の景色に慌てたように駐車場へと向かっている関根という芽衣のボディーガードと、ここの男性スタッフを見つけた。あの女…何してんだ…?中原がそう訝しんでよく見ようとした時、彼女の隣を早歩きに歩いていたスタッフが芽衣を横抱きに抱えているのを目にした。「は?」アイツら、何やってー!そう思った時には自然と身体が動いていた。中原はスタッフルームを駆け出して、駐車場への最短ルートを走った。「おい!何やってる!?」駐車場の真田家の車の、後部座席のドアを大きく開けた友梨が、中原を見て一瞬慌てたのを見逃さなかった。スタッフが身体を屈めて車の中にそっと芽衣を横たえているのを見て、中原は彼が外に出て来るのを待った。そうして静かにドアを閉めたところを問い詰めた。「彼女に何をした!?」「え…?」狼狽えるスタッフを睨みつけていると、関根友梨がしゃしゃり出てきた。「やめてくださいっ」彼女は、中原からスタッフを庇う自分自身を正義の味方かなにかと勘違いしているのか、その細い腕を彼の前に広げてきゅっと唇を引き結んだ。フッ…中原はそのわざとらしい懸命な姿に、内心で嗤った。「説明しろ。彼女に何をした?」チラリと視線で芽衣を指すと、友梨は次にはもう呆れたように肩を竦めていた。おいおい、〝一生懸命な私〟はどこにいった?「何もしてません。それに、大丈夫ですよ。ただちょっと気を失っているだけです」は…?「〝ちょっと気を失っているだけ〟だと?」その言いように、中原はグッと息を詰まらせた。そして突然、腹の底から怒りが湧いてきた。「どうしてそうなった!?状況を説明しろ!」再び彼女を問い詰めると、小さな声で、だがはっきりと聞こえた。「うるさいな…」と。「お前ー!」「もういいじゃありませんか。今は一刻も早く彼女を連れて帰りたいんですよ。邪魔しないでもらえますか?」そのまるで、聞き分けのない奴に言い聞かせるような口調に中原もカッとしたが、ひとまず「芽衣を連れて帰りたい」という言い分は理解できたので、ここは引き下がることにした。なぜならその時、今まで黙って控えていた運転手からの眼差しに気が付き、
真田家は、数多のボディーガードを育成している。それは、いちいち他から手配するのが面倒なのと、スパイが潜り込むことを防ぐ為。それから、忠誠心を育てる為だった。専属として抜擢されていない者は全て、このセンターの所属になっている。そうすることで彼らの過去は徹底的に調べられるし、個人のスキルも把握できる。信頼のおけないボディーガードほど危険な存在はない。だから怜士は、自分が当主になってすぐに彼らを育成するセンターを作った。センターではあらゆる体術を教えているし、その指導者も一流どころを揃えている。それに加えて自己研鑽も奨めているので、やりたことがあれば希望を出せるようにしている。それが有用ならば講師も専門家を雇うし、スキルを磨けば磨くほど、手にする給与も上がるのだった。もちろん、給与を貰いながらタダで学ぶだけ学んで、ふい…と辞めてしまうリスクを避けるため、彼らは最初にここに入る前、1つの契約を結ぶ。『センターに入ったら、最低でも10年間勤めること。例外として雇用主からの解雇、本人の死亡、または病気などやむを得ない場合を除く』とある。給与を与える以上、もちろん彼らにも査定がある。それによって給与も違ってくるし、場合によっては解雇の対象になる。不真面目だったり、遊び気分でやっていけるほど甘い所ではないということだ。いつもなら、そんな彼らの中から能力だけを参考に専属のボディーガードを選んでいた。だが芽衣の場合、そういう訳にもいかなかった。いくら優秀でも彼女との相性が悪ければ駄目なのだ。実力だけで選べれば、こんなにも出来の悪い女など絶対に選ばなかった。だが彼女を選んだのは、芽衣だ。まだ数の少ない女性のボディーガードたちを集め、芽衣と短い時間だったが交流させることで、相性をみたのだ。そうして彼女自らが選んだのが、この関根友梨だったというわけだ。怜士は目の前に立つ友梨を見て、湧き上がる不快感を隠せそうになかった。「答えないのなら、もういい。さっさと出て行け」「そ…!」その言葉は、クビ宣告と同じだった。彼女は驚愕に目を見開いた。まさか、そんなー!「なぜですか!?」思わずそう問い詰っていた。チラリと見上げる怜士の視線に怯みそうになりながらも、友梨は言い募った。「わ、私は適切に対処しました!」「適切?」ただでさえ苛立っているのに、こんな頭の悪い
ドンッ「あ…!」すれ違う時に強く身体をぶつけられ、よろけてしまった。「あら、ごめんね。大丈夫?」ぶつかってきた少女は振り向いてそう言ったが、その顔は意地悪そうに嗤っていた。「……」芽衣は悲しそうに眉を寄せ、それでも小さな声で「だいじょぶ…」と言った。「そ。なら、いいわね」少女はふんっと鼻を鳴らし、一緒にいた友人と共に去って行った。芽衣はその後ろ姿をじっと見つめ、やがて俯いて呟いた。「痛い…」大きな瞳から、涙が一粒転げ落ちた。芽衣にはわからなかった。なぜいつもあの子は自分にぶつかってくるんだろう…。芽衣はこの乗馬クラブに通い始めて、学校とか病院とか、今までとは違う世界が開けたみたいでとても嬉しかった。始めは知らない人ばかりで不安だった。だけど始めのうちはお母さんがついて来てくれていたし、新しく紹介されたコーチの中原さんは優しくて、自分の話もニコニコして聞いてくれて、「ゆっくりでいいよ」て言ってくれた。だから、だんだん安心して通えるようになった。新しくお友だちになった陸も優しかった。彼と話すのはとても楽しかった。でも、彼のお友だちの比奈は意地悪だった。彼女は初めて会った時もすごく怒ってた。何を言っているのか全然分からなかったから訊いてみたけど、余計に怒られてしまった。芽衣は彼女が苦手だった。どうしていつも怒ってるの?どうしていつも足を踏んだりぶつかってきたり、意地悪するの?訊いてみたこともあったけど、前と同じ。余計に怒られただけだった。でも芽衣は、彼女に怒ることができなかった。なぜなら、小さい頃から「ごめんね」と言われたら「いいよ」て言おうね…と言われてきたからだ。でも、どうして?「ごめんね」て言ってても意地悪だよ?それなのに「いいよ」て言わないといけないの?全然そんな風に思えないのに…。芽衣は比奈に「いいよ」と言いたくなかった。だから彼女は、黙って返事をしなかった。「准ちゃ…」芽衣はぐす…っと鼻をすすって、大好きな名前を呟いた。准はいなくなる前、芽衣に言った。「嫌なときは〝嫌〟て言っていいんだよ。許してあげたくない時には〝いいよ〟て言わなくてもいいんだよ」て。「お仕事が終わったらすぐに帰るからね」て。「ずっと大好きだよ」「ずっと味方だよ」て。だから芽衣はずっと待っている。「准ちゃ…会いたいよ…うぅ…」
亮介がダイニングに現れた時、既にこのバトルは繰り広げられていた。「どうしてプレゼントでくれたものまでお金払わなくちゃいけないのよ!?」「あら、だってそれは穢れたお金で買った物だもの。受け取りたくないでしょ?」「……」沙知子は実に無邪気な顔で首を傾げた。それを見て、莉緒は奥歯をグッと噛み締めた。「じゃあ、どうして持って行っちゃいけないの!?」「まだお金払ってないじゃない。払えば持って行こうが捨てようが好きにすればいいわ」「ハッ!ケチくさいわね!これだから成り金は!」莉緒が腕を組んで嘲るように嗤う姿を見ても、沙知子は肩を竦めただけだった。「当たり前でしょう?従業員たちが汗水垂らして働いて稼いだお金よ?1円だって無駄にできないわ」「それなら置いて行くから、その分引いてよっ」その言葉に、沙知子は今度こそ呆れたようにため息をついた。「あれを私たちが使うと思ってるの?置いて行かれたところでゴミになるだけよ。あなたが欲しがったから買ってあげたの。だからあなたが買い取って、持って帰るか捨てるか決めなさい」「なによ、それ!…ちょっと!」それ以上、沙知子はもう莉緒の相手をしなかった。なぜなら、ダイニングの入り口に佇んで苦笑している夫に気がついたからだった。彼の顔を見て、沙知子は昨夜莉緒の部屋に入った時に見た、床で粉々に割れていた写真立てを思い出した。それは、莉緒がここに来て亮介を「お父さん」と呼んだ日に撮った、3人の〝家族写真〟だった。彼女はそれをベッドサイドに飾って微笑っていたのに、いとも簡単に投げ捨てて壊したのだ。その時から、沙知子の中で彼女は家族ではなくなった。夫の仕事を蔑むのも許せなかったし、家族写真を躊躇いもなく壊したことも沙知子を失望させた。だが亮介はどうだろう…?自分は違うが、彼は正真正銘、莉緒の血の繋がった父親だ。どんなに怒っていても結局は絆されてしまうのではないだろうか…?沙知子はそっと窺うように夫の顔を見た。亮介はそれに気がつくとふっと笑い、「おはよう」と言うと妻の額にキスをした。彼には、沙知子が何を心配しているのか分かったのだ。沙知子は、彼が結局は莉緒に絆されて許してしまうのではないかと思っているのだろう。だが心配は無用だった。莉緒は母親によく似ていた。顔もだが、その心根が。当時この国に短期の交換留学生とし