優しい三途の川の渡り方

優しい三途の川の渡り方

last updateLast Updated : 2025-12-23
By:  氷高 ノアUpdated just now
Language: Japanese
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自殺願望を持った女性・若村有利は、今日を最高の一日にして、死ぬことを決意。 トランプで選んだ死に方の為に、あらゆる所へ向かっていた。 その途中、とある不思議な男に出会う。 それは、「死にたいのなら死ねば」と言うような男だった。 死にたい人間×生きたい人間。 そんな二人の最高の一日が終わりへと向かう中、互いの過去が明らかになり─── 真実を知った後、予想外の切ない展開が待ち受ける!

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Chapter 1

死に方1

さあ!人生最期の日だ!

世界が明るい。こんなにも楽しくて良いのだろうか。

きっと、まともな人は許してくれない。

誰しも私を止めるだろう。

カードで『死に方』を選んで、最高の服を身にまとい、最高の食事を済ました後、

「あぁ、これで最期なんだ」って噛み締めながら、死ぬんだ。

我ながら最高の計画だ。

午前四時。

暗闇の中、トランプに『死に方』を書き始めた。

***

「どれにしようかな!」

意気揚揚とした私の目の前に並ぶのは、裏返されたトランプ。

それは単にシャッフルされただけのものではないし、枚数も揃っていない。

とりあえず十二枚。

四枚ずつ綺麗に並べられている、同じ顔をしたカード。

表の数字なんてどうでもよかった。気にするのは、その上に書かれた文字。

「これにしよーっと!」

するりと机の上を滑らせて、私の手に吸い付いたカードはダイヤの4。

それを覆い隠すように、黒いマジックで大きく文字が書かれていた。

「“溺死”かぁ」

一瞬、頭の上まで汚れた水に浸かる自分を想像した。ごぷりと一つ、口から空気が漏れて、私の中から消えていく。それは二度と自分の元にやってくることはない。

思わず笑みをこぼした。いや、溢れたのか。

手に持つカードを床に置き、背の低い机に座るトランプたちを一枚一枚捲る。

それらは皆、正体を現してご機嫌そうだった。

『飛び降り』『轢死れきし』『首吊り』『リストカット』『切腹』『焼死』『OD』『餓死』『毒死』『ガス』『凍死』

とりあえず、思いつくだけ書いてみた。

実際にできるかなんて知らない。無理なら別のやり方を選べばいい。

でもなんとなく、『どれにしようかな』で死に方を決めるのも面白いと思った。そんなことする人なんて、そうそういないだろうから。

溺死は、この中でも割と美しい死に方を選べたほうだ。

ODは失敗すると後遺症を持って生きなければならなくなるかもしれないし、飛び降りや轢死は後々が汚い。餓死には時間がかかるし、凍死なんてどこの雪山に行けばできるのだろう。登ること自体、面倒くさい。

そう考えると、どうしてこれらを書いたのか。結局、どのカードの仮面を剥がしても『溺死』を選んだかもしれない。

私に選ばれた死に方は、軽く指で摘まれた。そのまま立ち上がりぐんと伸びをする。

汚れたパーカーの上を、爆発した髪が撫でた。

「楽しみだなぁ!」

胸が高鳴る。こんなにも幸福を感じたのはいつぶりだろうか。

本来の機能を果たしていない薄い遊び道具は、少し力を抜くだけで、すぐに手から舞い落ちる。

カーテンの隙間から、眩しい朝日が無造作な文字を照らした。

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死に方1
さあ!人生最期の日だ!世界が明るい。こんなにも楽しくて良いのだろうか。きっと、まともな人は許してくれない。誰しも私を止めるだろう。カードで『死に方』を選んで、最高の服を身にまとい、最高の食事を済ました後、「あぁ、これで最期なんだ」って噛み締めながら、死ぬんだ。我ながら最高の計画だ。午前四時。暗闇の中、トランプに『死に方』を書き始めた。*** 「どれにしようかな!」 意気揚揚とした私の目の前に並ぶのは、裏返されたトランプ。 それは単にシャッフルされただけのものではないし、枚数も揃っていない。 とりあえず十二枚。 四枚ずつ綺麗に並べられている、同じ顔をしたカード。 表の数字なんてどうでもよかった。気にするのは、その上に書かれた文字。 「これにしよーっと!」 するりと机の上を滑らせて、私の手に吸い付いたカードはダイヤの4。 それを覆い隠すように、黒いマジックで大きく文字が書かれていた。 「“溺死”かぁ」 一瞬、頭の上まで汚れた水に浸かる自分を想像した。ごぷりと一つ、口から空気が漏れて、私の中から消えていく。それは二度と自分の元にやってくることはない。 思わず笑みをこぼした。いや、溢れたのか。 手に持つカードを床に置き、背の低い机に座るトランプたちを一枚一枚捲る。 それらは皆、正体を現してご機嫌そうだった。 『飛び降り』『轢死』『首吊り』『リストカット』『切腹』『焼死』『OD』『餓死』『毒死』『ガス』『凍死』 とりあえず、思いつくだけ書いてみた。 実際にできるかなんて知らない。無理なら別のやり方を選べばいい。 でもなんとなく、『どれにしようかな』で死に方を決めるのも面白いと思った。そんなことする人なんて、そうそういないだろうから。 溺死は、この中でも割と美しい死に方を選べたほうだ。 ODは失敗すると後遺症を持って生きなければならなくなるかもしれないし、飛び降りや轢死は後々が汚い。餓死には時間がかかるし、凍死なんてどこの雪山に行けばできるのだろう。登ること自体、面倒くさい。 そう考えると、どうしてこれらを書いたのか。結局、どのカードの仮面を剥がしても『溺死』を選んだかもしれない。 私に選ばれた死に方は、軽く指で摘まれた。そのまま立ち上がりぐんと伸びをする。
last updateLast Updated : 2025-12-21
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死に方2
これは一週間ほど前から企てていた計画だ。 本当は、『何でも手に入れられる魔法の紙』を支給されてから事を起こそうと思っていた。 でも案の定、期日を守られることはなかった。 これだけ必死に働いているのに、渡されるそれは満たされるほどの分などない。それでもその紙がないと生きていけないから、すがりつく。 でもわかったんだ。 それは『金』という、なんとも価値ありげな名のついた、ただの『紙切れ』だ。火をつければ、一瞬で灰になる。 生きるためにお金が必要というのが常ならば、死んでしまえばいい。 死ねばもう欲すことは無い。 欲望のために身を削ることもない。 心が死んでしまえば、肉体《からだ》のために生きる理由なんてなかった。 敢えて思い出す必要もないだろう。何度も作り直した資料の山。理不尽に怒鳴られたこと。終わらない仕事。貰えない残業代。眠れない日々の事など。 だって私は幸せになる。 私を脅かす上司たちのいない世界へ逝く。 これほど楽しみなことはあるだろうか。考えるだけで狂った時計のように踊り出したくなる。 ワンルームの部屋の端に、いつしか一人暮らしをするため中古で買った廃れたパイプハンガーがあった。 むき出しになった服の中から、二・三着手に取り、鏡の前に立つ。 まるでデートに出掛ける可愛らしい女の子のように、鼻歌を歌いながら、鏡に映る自分に代わる代わる服を着せた。「やっぱり溺死するなら重い服の方がいいよね〜」 私は私に話しかける。同じ動きをする彼女は、うんうんと共感してくれているように見えた。それくらい、嬉々とした表情だった。 でも、重い服なんて持っていない。悩んだ挙句、かつてお気に入りだった赤いワンピースを選んだ。 別に、この服を着て死ぬつもりじゃない。私を途中まで見送る知り合いを決めたに過ぎなかった。 次いで、アクセサリーボックスをひっくり返す。 学生の時はそこそこ埋まっていた中身も、既にほとんどが『紙切れ』に変わっていた。 唯一、売りさばくことがなかったのは、両親の形見である結婚指輪だった。 銀色の輝きを放つ二つのリングは、大きさが異なっていて、人間が身に付けていたという生々しさを感じさせる。「うーん。チェーンも買いに行かないとな〜」 呟いた言葉に返事はない。狭い部屋が、机が、服が、壁が、私の声をただ吸収する。 床に
last updateLast Updated : 2025-12-21
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評価の仕方1
学生の時に頑張ってアルバイトをして買った、上等の白い革製の肩掛けの鞄に、財布とスマートフォン、それに通帳と保険証、あとは数の足りないトランプを詰めて狭い家に別れを告げた。 鍵はかけないでおいた。死体で見つかった時に自宅を捜索されるかもしれない。だから『どうぞ見てください』と言わんばかりに、入口の床に鍵を寝かせた。 「さようなら」 口角だけを最高に引き上げ、心の中で扉の向こうに挨拶し、錆びついた鉄製の階段を下りた。 まずは銀行。 明日払う予定だった家賃代と、無に近い預金、合わせて数万円。 返ってきた通帳に記載されていた数字は0。 久々に財布が潤った。 今日一日、この財布が痛いと叫び、枯れるまで自由だ。 生きるための『紙切れ』は、最後の最後に『自由券』へと変身を遂げた。 朝食は手軽に済ませる。銀行の向かいにあったコンビニで、パンとお茶を買った。 陳列台におとなしく座っている、物珍しいパン。まだ先だというのに、ハロウィン限定と札を張られた、カラフルなものだった。 ただの興味本位だった。私には来ないハロウィンを、一足先に味わえる。ほかに比べて少しだけ値段の高いそれは、それだけ価値があるように思えた。贅沢だ。私は幸せだ。 レジにそれらを持っていく。 「最近はイベントに合った商品の出が早いですね」 とんでもなく笑顔で言った気がする。もっとも、営業スマイルに近いが。 客の少ない時間帯のため会話をすることが少ないのか、店員は目を見開いて、「あぁ」と声を漏らす。 「そうなんですよ。まあ、こちらの商品は昨日から発売されたんですがね」 「そうでしたか。いやあ、私今日死ぬので、迎えることのないハロウィン気分が味わえて嬉しいです」 表情は点だった。一間を置き、聞き間違いだと思ったのか、息のような苦笑いをして商品の入った袋を渡してきた。 そして典型的なセリフを吐いて会話が終わる。 「ありがとうございました。またお越しくださいませ」 『また』なんて私には来ないよ。 私は終始笑顔だった。 店を出て、すぐそばのベンチに座り、袋の中身を口に運んだ。 「まっず」 イベントの先取りができるのは見た目だけだった。それとも、単に私の口に合わなかったのか、舌の機能が終了したのか。 ペットボトルのお茶で、口内に張り付い
last updateLast Updated : 2025-12-21
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評価の仕方2
大分日が昇った。シャッターを閉めていた店が次々と顔を出し始める。 その中でも、少し早くから開いた美容院に足を踏み入れた。 「すみません。予約してないんですが、いけますか?」 ヒノキの香りが鼻腔を引っ掻き回す空間に、綺麗なスタイルの女性スタッフが二人。 もちろんと言うように笑顔で受け入れてくれた。 「今日はどういったようにしましょう」 私の髪を櫛で整えながら、金色に艶めく髪を巻いた女性が言った。 手入れされてないことが一目でわかる私の髪とは大違いだ。 「うーん、そうですね。ちょっとね、人生の晴れ舞台に似合うような髪型にしてほしいんですよ」 「あら、それでしたら、可愛くアレンジもしませんとね」 鏡を通して彼女と私は視線を絡めた。やる気に満ちた表情から、生気があふれているように思える。おそらく、まだ私の笑顔が死んでいるとはバレていないだろう。 美容師はテンポよく私の髪を整えていく。伸びきって枝毛だらけの一部が床に捨てられる。 おめでとう、良かったね。最後まで私と一緒にいる必要なんてないよ。 髪の毛に語り掛けていることなど気付くはずもない美容師は、おしゃべり好きなのか職業病なのか、どうでもいいことをひたすら話しかけてきた。 もうすぐ十月になるのに暑いですねとか、電気代もばかにならないとか。 そして最後に、聞くであろうと思っていたことをやはり聞いてきた。 「失礼ですが、今日はどちらに行かれるんですか?」 「ふふっ、どこだと思いますか?」 はたから見たら、ただ楽しそうに会話をしている客とスタッフ。彼女は「えー、どこだろう」と幸せそうに考えを巡らせているようだった。 「結婚式とかですか?お姉さん、きれいな格好してますし」 「はは、残念!こんなの引っ張り出してきただけですよ。結婚式じゃありません。そんなものよりもっと幸せなことです」 「ええ!教えてくださいよ~」 「いいですけど、聞いたら後悔するかもしれませんよ?」 意地悪く笑った。なお一層興味をそそられた彼女は、これまで以上に興奮した様子で尋ねてくる。 「ふふっ。実はね、今日念願の自殺をしに行くんですよ」 敢えて視線を合わせずに、鏡へ伝えた。そうして跳ね返ってくる表情と言葉。 それは何の変化もなかった。 「やだ〜。冗談はやめてくださいよ〜。はい
last updateLast Updated : 2025-12-21
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考え方1
時計を見ると、まだ午前十時だった。 学生時代の私なら、まだ夢の世界にいる時間だ。 都会とも田舎とも言えないこの街の平日は、非常に穏やかなものだった。 それなりの人数がどこかへ向かって歩き、すれ違い、車の音や誰かの話し声が空気を泳ぐ。 次はどこへ行こうか。そうだ、一駅向こうの百貨店にでも行こう。 ただ漠然とそう思って、足を動かした。「危ないぞー」 耳元で息を吹きかけられたような気がして、勢いよく振り返る。 でも、その言葉を発した人間は誰もいなかった。 その代わりに、横断歩道の向こう側にいる若い男性が、真っ直ぐ先を見つめている。「あー!ぼーう、ぼーう!」 まだ発音がしっかりしない子供の声が、男性の視線の先から聞こえた。それと同時に、キャラクターもののサッカーボールが車道に投げ出される。「ダメだよ!あぶないから、にいちゃんが取ってくる!そこで待ってな!」 先程の子供よりは少し言葉のハッキリした子が、姿を現した。 それでも五歳くらいだろうか。兄らしくありたい年頃のその子は、軽やかにボールを目掛けて走り出す。 人型を描いた表示は、赤色だというのに。「だ……!」 私の足が早いか、あの子を目掛ける白い塊が早いか。 一瞬動かなくなった体を恨んだ。0.1秒の差が大きな差を産むことくらい、わかっているのに。 ボールを拾った男の子も同じだった。多分、彼もすぐ戻ってくるつもりだったのだろう。なのに、今目の前で起こっていることに理解が追いつかなくて、呆然と自分に襲い掛かる凶器を眺めている。 赤い人型は、しっかりと両足をつけて私たちを見下ろす。 白い線を大きく一つ跨いだ。ちぎれる程、腕を伸ばした。女の私なんかよりももっと細くて柔らかい腕を、握り潰すくらい強く掴んで引っ張る。 あとは足の反動で、後ろに戻ってくれることを願って。「キキキィー!」 結果的に、白い車は横断歩道の白線に触れる手前で止まった。 子供が、倒れた私の上に被さって固まっている。「…だ、大丈夫?」 子供がゆっくりと顔を上げ、目が合った。一瞬、こちらを睨むような表情をしたが、すぐに眉が下がり瞳が潤う。「うああああ!」「え、あ、ちょ……」 その声を聞きつけてか、母親らしき人とその友達、そしてまだ髪の毛の薄い男の子が公園から掛け出てきた。「ひろと!どうしたの?大丈夫!?」
last updateLast Updated : 2025-12-21
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考え方2
ひと駅向こうの百貨店に行くまでは、約二十分ほどだっただろうか。 その間、私たちが会話をすることはなかった。 私は最期になる全ての景色を噛み締めながら歩き、ナガトは一定の距離を保って後ろにつく。 閑静な住宅街を抜け、並木道を通り、大きな橋を超えると、やがて商店街が見えてくる。 人通りの多いこの場所は、私には眩しかった。 買い物に来た客。生きるためにそれに声をかける店員。派手な服装をした人。笑っている人。食べ歩きをする人。最近流行りの飲み物を手に、嬉々とした表情で商店街を見渡す人。 幸せそうでなにより。私も、今後のことを思い浮かべるだけで幸せだ。あなた達とは違う形のシアワセ。 後ろを振り返ってみる。人の流れに呑まれながらも、ナガトは私について来ていた。 変わった人だ。でも、彼だって私のことをそんな風に思っているだろう。 いきなり見知らぬ相手に話しかけ、今日一日付き合えだなんて言う人間なのだから。 そんな商店街を抜けると、もう目の前は駅だった。駅の中にある百貨店へ向かう。 百貨店の商品はどれも高い。当たり前のことだが、それを買う客もお金を持っていそうな人ばかりだった。 大粒の真珠のネックレスや、艶のいいカバン、オシャレに巻かれたパーマの人々が目に入る。 場違い感はもちろんあった。 だが今日は。今日だけはこの人たちと同じになれる。「いらっしゃいませ」 優しい声と微笑みが私たちを出迎える。目の前に広がるのは、当然ながらブランド物の服屋だ。「ナガトもいいの選んでよ。私に似合うパーティドレス」 掛かってあった白いドレスのスカートを、広げ見ながら呟く。 横目で様子を見ると、ナガトは少し口を尖らせ、嫌そうな表情をしながらも店内を見回していた。「何か、お探しでしょうか」 高らかな声の女性店員が、美しい営業スマイルを浮かべている。私もその色を真似て、作り出してみた。「可愛いパーティドレスを探してるんです。あとはカバンと靴も欲しいですね」「それでしたら、こちらの白いドレスはいかがでしょうか。新作でして、今とても人気なんです」 差し出されたドレスは、ウエディングドレスのような白さに、七分袖と襟元がレースというもの。スカート部分がふんわりと優しく落ちていて、逆さにするとブーケのようだ。「綺麗ですね!うーん、でも、もう少し暗い色か赤めの色はあ
last updateLast Updated : 2025-12-23
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考え方3
「さっきの、聞いてたでしょ?どう思った?」 反応を見ることが楽しくなってきた私は、ナガトに聞いてみる。ナガトは相変わらずで、「別に」と吐き捨てた。「別にってなによ、面白くないなぁ。私今日死ぬんだよ?」 周りの視線が、こちらに向いているのを感じた。わかってる。あなた達にとって死ぬことが間違っていることくらい。「死にたいなら死ねば?」 ナガトの言葉が私を締め付ける。なんだろうこれは。当たり前のことを言っているのはわかっているし、別に傷ついたわけでもない。 それなのに何故かその言葉は、私の中でパワーワードだった。「死にたいと思うやつは、死ぬ事が唯一の幸せなんだろ。だったら、そいつに『死ぬな』って言う方が酷じゃねぇか」 言葉が喉につっかえて出てこない。わかるのにわからない。 そうだ、ナガトの言うことは正しい。けど、死にたいと願う人を前にして、慰めの言葉も無視もせず、死ねと言う彼に驚いた。いや、尊敬したのかもしれない。 今までそんな人を、私は知らない。死を肯定する人に出会ったことがない。 ナガトの考え方は独特だ。その内側にある思考に、触れたいと思った。「まあ、俺は死にたいなんて一度も思ったことは無いけどな」「え?」「理解できないか?同じく俺も、死にたいと思うやつの考えが理解できない。ただわかるのは、俺にとって生きることは幸せで、死ぬことは不幸だけれど、生きることが不幸で、死ぬことが幸せだと感じる人もいるってことだ」 ナガトは、決して何かを否定するような物言いはしなかった。それが私を動揺させたのかもしれない。 人間は、一人一人考え方が違う。何が正しくて、間違っているのか。大多数を占めるものが『普通』であり、それに反する者は間違っている。 間違っている者を、正したくなるのも人間。大多数側である『普通』に引きずり込むためには、相手の考えを否定する必要がある。 それは間違っていると。これが正しいのだと。 果たしてそれが間違っているのかなんて、知りもしないくせに。 『普通』だから正しいなんて誰が決めたんだ、どうして自分だけの『正しい』を許してくれないんだと、本当は叫び続けていたのかもしれない。 だから、驚いたんだ。否定をせず、ただ自分の思考を述べるナガトに。他人は他人で、自分は自分の世界があるんだと、言葉から滲み出ていた。 それが心地よか
last updateLast Updated : 2025-12-23
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考え方4
商店街には、様々な店がある。 服屋、雑貨屋、本屋、もちろん飲食店も。 その並びの一角に、高級イタリアン料理店があった。かなり有名な店で、いくつもの賞を取ったことがあるのだとか。 いつか行こうね、なんて今では一切連絡を取り合っていない友達と、当たり前のように話していたことを思い出す。 もうそんな未来はこないけれど。 時間的に少し早かったおかげか、あまり長く待つことも無く、店に足を踏み入れることができた。 生きた人間を感知した扉は、静かに私を出迎えてくれる。「いらっしゃいませ」 甘いパスタの香りが鼻を掠める。広々とした入口には姿勢の正しい清楚な店員たちが数人おり、いかにも眠りへと誘い込みそうなBGMが鼓膜に触れた。 店の中にも関わらず、床には人工的な小川が流れており、下から照らすライトによって幻想的な雰囲気を醸し出している。「何名様でしょうか」「二人です」 そう言いながら振り返ると、ナガトは他人のような顔をして、少し離れたところに突っ立っていた。「なにしてるの?早く入りなよ」「いや俺、腹減ってないんだよな」「なにそれ、パスタ嫌いの言い訳?別に食べなくてもいいけど、ちょっと付き合ってよ〜。私にとって、最後の昼食なんだからさ」 並んでいた客や出迎えるスタッフたちの視線が突き刺さる。 やばいものを見た、といった異様な表情で。 そうだよ。そうやって私のことを記憶のどこかに残しておいて。数日後に、ニュースにでも載った私を見て『あの時の人だ』って驚愕してよ。 私はまたにんまりと笑い、スタッフさんと視線を交わす。「案内をお願いします!」 いかにも真面目そうな学生らしきお兄さんは、呪いが解けたようにハッとなって、「こちらです」と進行方向に手を伸ばした。 案内された席は、人工的な小川とは離れた、小さな個室のような空間だった。 靴は脱がないものの、狭く、ぼんやりとしたオレンジ色の照明が、いつしかの自宅のような安心感を誘う。 ナガトは私の向かいに座り、ジャケットを脱いだ。「ナガトは、何も食べないの?」「ああ」「もしかして、お金が無いとか?ふふっ、あいにく私も奢ってあげられるほどのお金はないのよね〜」「まあ、否定はしない。でも奢って欲しいとは微塵も思ってないな」「そっか〜!良かったぁ」 そういえば、ナガトは何かを探していると言った
last updateLast Updated : 2025-12-23
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考え方5
スープの器の底が顔を見せた頃、アンティパストミストというものが運ばれてきた。 アンティパストとは、いわゆる前菜。ミストは盛り合わせ。つまり、前菜の盛り合わせだ。 大きく平らな皿に、ちょこんと盛られた山が三つ。 それを二つほど崩した時に、パスタがやってきた。 たっぷりとかけられたトマトソースの香りが鼻腔に触れると、スープやアンティパストミストで既に満たされていたはずのお腹が、一気にそれを求めた。 真ん中にバジルの葉が飾られている、薄く平たいフェットチーネのスパゲティがフォークに絡まる。 その艶めきに見とれながら、開いた口で包んだ。 舌の上で、スパゲティが踊る。滑らかなフェットチーネが舌に絡み付き、バジルとトマトソースの香りが口内に広がった。 高級料理だからか、ナガトの言葉のおかげか、それら全てが『美味しい』と感じた。 当たり前なはずなのに、そんな感情は久々だった。 ナガトは相変わらず私を眺めるだけ。水も飲もうとしない。 こんなにも美味しそうな料理を見て、欲しくはならないのだろうか。「ナガト、ちょっとあげようか?」「いやいい。最期の昼食を盗む気はない」 いいと言われたら、それまでだ。私はまたフォークを回す。 次に届いたのは、メインらしい子羊のカチャトーラ風。 調べてみたところ、カチャトーラとは猟師という意味らしく、ワインビネガーとニンニク、ローズマリーを使うもの。 焼かれた子羊の肉が、ステーキのように大きく四枚ほど盛られており、ニンニクの香りが食欲をそそる。 ナイフを入れ、一口サイズにして食べた。 口に収められた肉に歯を立てると、ローズマリーとワインビネガーと思わしき酸味が広がり、肉の旨味を引き立てるのがわかる。 正直食レポというものは苦手だったが、あまりにも美味しすぎる食事に、脳内の語彙力は今までの人生で最高潮とも言えた。 頬っぺが落ちるとはこのことかと、初めて知ることが出来たと思う。 もう胃が限界だと悲鳴をあげ始めた。いくらなんでも、昼間からこんなにも入るわけがない。 昨日まで、水一滴入らなかった時間なのに。 夜ご飯はいらないなと思いながら空に向かって息を吐くと、デザートが運ばれてきた。 いちごとババロアのスープ仕立て。 ババロアの上に、可愛らしく苺が座っており、その上には粉糖が雪のごとく降り積もっている。
last updateLast Updated : 2025-12-23
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考え方6
また人並みの多い街中に出る。 チェーンなんて、なんでも良かった。 近くにあった、百円ショップで銀色に輝くアクセサリー用チェーンを見つけて買った。 その場でハサミを借り、紐を切り捨て、リングにチェーンを通す。 そしてまた、指輪は私の首元に戻ってきた。 完成した。 世間に知られる〝若村有利〟の形が出来上がった。 いつか、どこかの水辺か水中で見つかる若村有利は、綺麗に髪の毛が巻かれ、美少女のように化かされた顔で、どこかのパーティにでも向かうようなネックレスや靴、鞄、ドレスを身に付けた、いかにも自殺なんてしなさそうな女性だと。 そう言われるのだ。例え見つかった状態がボロボロで汚らしいものであっても、「どうして死んだんだ」と言われるように。 一瞬でも錯覚してほしい。何故だと思って、どこか記憶の隅にでも置いていてほしい。 きっと、家や貯金額を見たら、死のうと思った経緯なんてすぐにわかるだろう。 それでもいい。美しく死ねる私は幸せなんだ。 「ナガト!これからどこに向かうの?」 私の完成形を見せつけるように、くるりと回ってみせる。 スカートがふわりと舞った。 「そうだな…。大分離れてることはわかる。でも、記憶が曖昧なんだ。多分商店街をぬけて、ずっと歩いた先の住宅街だと思うんだが…」 人混みの中、周りを見渡しながら眉を寄せるナガト。 「わかった。行こう!」 私は笑ってそう言い、前に進んだ。 この時の笑顔は、本物か偽物かはわからない。 ただほんの少しだけ、心臓が動いている気がした。
last updateLast Updated : 2025-12-23
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